不幸のブログ  -38ページ目

不幸のブログ 

三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。




ネットで面白い物を拾いました。


元々はプレアデス星人とか、アンドロメダ星人といっては
紹介されていた写真です。




一部ではこの写真は金星人であるとされながらも、


「金星人は元々は半物質的な存在であり地球の波動で
肉体を再現するのに苦労した」と言う


偽の本人談まで語った状態で、
尚且つ”クリスティーナ”という名前までつけられて登場していました。


勿論これはやらせですし、
恐らくは金星人を半物質的な存在だと表現していることからも
地球の法則のオカルト情報の一つに利用されたものだと思います。


宇宙人情報を撹乱していた当時の指針の一つです。


そして本人がこの社会の中には既に居なくなった状態で
其の写真が使用されたのであろう事も想像が付きます。


私達が理解しているように金星人には名前などありません。


この写真の女性はあらゆる偽宇宙人として登場し、
其の信憑性を高める情報に使われていたのだと思います。


実は先日都議選選挙の結果が気になり
「リチャードコシミズ」と検索してブログを読もうとしたら
何故かこの写真が検索に引っかかってきました。


何故なのかその理由は判りませんが
実はこの写真には興味があります。


以前にどこかで見かけたと思っていたら
オカルトサイトのブログでの確認だったようで
そのサイトも突き止める事になりましたし


それよりも遥か以前に
この写真はどこかで私は見ているようです。


先日はプレヤデス星人とか書かれたサイトあたりで見かけて、
冷たい美人と放置してもいました。


山ほどUFO関係の書籍を見ていたのですから
どこかで確認していてもおかしくはありませんが
とにかく気になりだしました。


あまりにも美人だからかもしれません(苦笑)冗談です。


地球人でもこのような顔つきの整った美人も居ますし
それが何者かは確信できませんが


この写真の女性が本当に宇宙人だというのであれば
もしかしたら土星人の可能性があるのです。


地球社会にやってきている宇宙人は
彼ら太陽系の人間達だけです。


まして写真から見て取れる年代を想定すると
彼らしか考えられません。


(太陽系近辺の惑星にとって地球は立ち入り禁止状態で、
其の空域に入ってくるのはスペーズブラザーズだけだという話でした。)


実はアダムスキーの著書の中で
”未来予想”を得意としている、土星人の女性の話が出てきます。
(新アダムスキー全集11巻P223 P228)


身長が180ある大きな女性で
すこぶる美人だったと言う話でもあります。


アダムスキーの著書の中では其の女性の写真を二枚持っていたら
一枚をエグザミナー紙の記者に頼まれて譲ったと言う話です。


其の写真は新聞には載らなかったようですが、
其の記者から其の写真を手に入れた人間が
後日偽の宇宙人情報と併せてこの写真を公開した可能性があります。


当時「其の女性が宇宙人ではないか」という噂が飛び交うようになり
記者達が其の女性を追いかけだすようになったと言います。


当時の記者などの中には
この女性を見ている人間が居るのではないでしょうか。


もしもこの写真の女性が地球人ではなくて其の人物だとしたら。。


そんな可能性を感じて楽しんでください。(苦笑)


地球人であっても
この不思議な知性を感じる目は只者ではないですよね。


つい先日見かけた時はプレアデス星人?と看板がついていて
地球の法則の作り上げた偽宇宙人と認識し、
顔も冷たい表情に見えたので放置したのですが


冷静に見つめるとこれは冷たいと言うのではなくて
一切の感情を押し殺した表情にも見えます。


気になるのは耳を完全に隠して写っていることです。


アダムスキーが彼ら天使達には二~三の特徴があるので
それをそのまま絵では表現できなかったと言う話をしている箇所がありますが


彼らの特徴の一つはおそらくは耳だと私は想像しています。


そしてもう一つ、アダムスキーの講演会か、
何かの会合の席の時に撮影された金星人の写真です。


TVでは笑われていたであろう写真です。


こちらは、もし本物であれば金星人のブラザーズだと思います。


いずれにしても今の私達の社会では其の写真の真偽は判りませんし


「これはどこどこの誰々だ」と尤もらしい事をいわれると
それを信じ込む事になるでしょうが


私達はそれを無視して楽しめば良いのです。


「もしかしたら天使達かもしれない。」とです。


彼らが天使達ならば、私達が無事卒業を果たせば
彼ら本人達と出会う可能性もあります。


彼らは長寿だからです。


もしもここに写っている人物達が本物の天使達であれば
今も同じ姿で存在している事になると思います。


其の時には地球の法則の嘘を再認識することにもなります。


宇宙人=天使達は私達と全く同じ人間である。


だからこそ宇宙人=エイリアンと思い込まされている私達は
もしも本物の宇宙人写真を見せられても
それを本物と認識することが出来ないのですから


夢のある話?として楽しんでやってくださいね。



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http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11416741302.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11430335393.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く 第二章
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11430420591.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く 第三章
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11430421480.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く 第四章



思考が少し弱った状態での内容であることをご理解ください。


実はこの記事の一番最後にこそ、
兄弟姉妹達に一番理解して貰いたい記述があります。


それは今後の皆に、独自の決意を持って貰う為のものですし
私達にとっての大きな負担でもある話です。


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聞きなさい。金持ちたち。
貴方がたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。


貴方がたの富は腐っており、貴方がたの着物は虫に食われており、


貴方がたの金銀にはさびが来て、そのさびが、貴方がたを責める証言となり、
貴方がたの肉を火のように食い尽くします。


貴方がたは、終わりの日に財宝をたくわえました。


見なさい。貴方がたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、
叫び声をあげています。


そして、取り入れをした人たちの叫び声は、
晩軍の主の耳に届いています。


貴方がたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、
殺される日にあたって自分の心を太らせました。


貴方がたは、正しい人を罪に定めて、殺しました。
彼はあなたがたに抵抗しません。


こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。
見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、
秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。


貴方がたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。
主の来られるのが近いからです。


兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。
さばかれないためです。見なさい。
さばきの主が、戸口のところに立っておられます。


苦難と忍耐については、兄弟たち、
主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。


見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。
貴方がたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。


また、主が彼になさったことの結末を見たのです。
主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。


私の兄弟たちよ。何よりもまず、誓わないようにしなさい。
天をさしても地をさしても、そのほかの何をさしてもです。


ただ、「はい」を「はい」、「いいえ」を「いいえ」としなさい。
それは、貴方がたが、さばきに会わないためです。


貴方がたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。
喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。


貴方がたのうちに病気の人がいますか。
その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、
オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。


信仰による祈りは、病む人を回復させます。
主はその人を立たせてくださいます。


また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。


ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。
いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。


エリヤは、私たちと同じような人でしたが、
雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。


そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。


私の兄弟たち。貴方がたのうちに、真理から迷い出た者がいて、
だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、


罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、
また、多くの罪をおおうのだということ、貴方がたは知っていなさい。


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先ずは本文中の意味を私なりに解釈させて頂きます。


【貴方がたは、終わりの日に財宝をたくわえました。】


ここでは金持ちに対する批判とも言える内容が列挙されていますが、
単にお金を沢山持っている人間と言うよりも、


労働者を安い賃金で扱き使っては私服を肥やしている人間や、


当時の権力者の支配下にあり、
イエスキリストを十字架にかけたような人間達への批判。


更には、お金持ちである事でイエスキリストに対して
信仰を持てないでいる人間達への警告だと思います。


イエスの教えを受け入れる事は、
同時にお金との決別でもあるからです。


そしてこの内容はお金持ちに対して、
「地獄に落ちる」と脅かしていると言うよりは、
その生き方を変えて欲しいと言う強い想いだと想像しました。


ここでの”終わりの日”と言うのは
全ての人間がまとめて裁かれると言われている
”最後の審判”では無いと思います。


私が言っているように、
個々の人間が死ぬたびに、その人間にとってのその生に於ける
最後の審判が創造主の法によって行われるのですから、


2000年前に「最後の時が来る」と12使徒が語ったのではなくて、
意識改善を求める意味含めての
個々の人間が死んだ時への警告と認識すべきです。


「終わりの日に財宝を蓄えた」と言う表現は
「死ぬ時に必要以上の多くの財を持っていた」とも取れます。


当時も、一方では財を蓄積するどころか、
食事にも事欠く人間が居た事を思えば、


自分が生きていくために十分以上のものを蓄えて
それを自分達だけのために所有するような行為は
創造主の法の下では罪だと言いたかったのかもしれません。


【貴方がたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、
叫び声をあげています。】


この記述を額面どおり受け止めると、
「金持ちが使用人への給料を未払い状態で放置した」


と言う事になりますが、ここは別の意味にも取れます。


創造主の法に従う人間にとっては万人は平等です。


そこで作り上げらた富は平等に分配されるべきものです。


しかし、お金持ちはその富のうち、僅かな分を労働者に与え、
自分では余分に持つ事で富を蓄え続けてきたわけです。


そして他者の苦労の下に自分達は豊かな暮らしを続け
心のエゴを満たし続けた。。


労働の平等を考えれば、主人が使用人から多くを搾取しているために
貧しき労働者は本来与えられるべき取り分を受け取っておらず、


支払いされた分と、平等に受け取る分との差を”未払い”だと
表現したのかもしれません。


結局は労働者と金持ちの間に
”平等”が成り立っていない事に対する批判だといえます。


【そして、取り入れをした人たちの叫び声は、
晩軍の主の耳に届いています。】


ここでの”晩軍の主”とは創造主のことであり、
労働者の不平や不満の声が創造主にまで届いていると言う比喩だと思います。


この私達の社会の中では、そんな不平等な事が当たり前として
まかり通ってはいますが、


創造主の法則の下では、それは常識としては通用しないと言う
戒めの意味を含めた言葉かもしれません。


【貴方がたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、
殺される日にあたって自分の心を太らせました。】


一方では苦しんでいる人間達を横目に
自分達は経済的に富んでいる事で
心のエゴに従って十分に心の心地良い思いをし続けた。。


自分の心のエゴを増幅させ、甘やかし続けたと言う事です。


【貴方がたは、正しい人を罪に定めて、殺しました。
彼はあなたがたに抵抗しません。】


恐らくは使徒達の指導者でもあったイエスキリストの
十字架の死刑を執行した富裕層の人間達が
既存の価値観から抜ける事が出来ず


サンヘドリンに従ってイエスキリストを糾弾し
自分達の魂を救いに来た救世主を死に追い遣った事への
批判を含めての比喩だと思います。


そして恐らくは彼らの時代には、
直接犯罪を裁く権利のなかったサンヘドリンが


その富によって作り上げていた権力を武器に
人々を扇動した事を念頭に置いて、


「金持ちや権力者の中には金や権力を持って
一般市民を苦しめている人間が居る」


ということの比喩でもあると思います。


【私の兄弟たちよ。何よりもまず、誓わないようにしなさい。
天をさしても地をさしても、そのほかの何をさしてもです。】


私が聖書のイエスキリストの記述でも
一番悩んだ箇所と同じことをヤコブが取りあげています。


イエスは私達は自らは何できない存在である事を
触れていたはずです。


そしておそらくは”誓ってはいけない”の意味するものは、


「何かを為す事が出来るのは、創造主の法の世界の中では創造主だけであって、
私達はその世界の中では何の力も持たない存在である事を理解しなさい」


と言う意味だと思います。


ヤコブと同じことをイエスキリストが語っている箇所に


【あなたの頭をさして誓ってもいけません。
あなたは、一本の髪の毛すら、白くも黒くもできないからです。】


と言う言葉がありますが、
まさにその事を象徴して語っているのだと思います。


この社会の法則の全てを作り上げているのは創造主であり
私達人間はその中で自分で何かの法則を付け加える事が出来るのだと
思い上がってはいけないという意味にも解釈出来ます。


私達が言っているような自分への戒めや励ましのための
”誓い”とは区別して考えるのが良いと思います。


【互いにつぶやき合ってはいけません。】


ここは苦労しているもの同士としての
ヤコブの理解者達が、お互いを慰めあい愚痴りあうような行為も
慎みなさいと言っているのだと思います。


愚痴や傷の舐めあいは結果的には負の想念を
心から吐き出す事にも繋がります。


ヤコブはそんな気持ちすら抑えて
ひたすら忍耐を貫いてくださいと言っていたのではないでしょうか。


【信仰による祈りは、病む人を回復させます。
主はその人を立たせてくださいます。】


ここを科学的に説明するとすれば、


私達が正しい信仰をして12使徒のような啓示を受ける事になれば


創造主の意識から多くの力を与えられ
結果的には私達の脳機能の進化、さらには未知能力をも引き出し


その事で強い想いとなった創造主からのエネルギーが
時には病をも癒すような力となるのだという事だと認識できます。


イエスキリストは辛子種程度の強い信仰があれば
奇跡と言われるような事もできるのだと話していました。


しかしその信仰というものを実践できるだけの人間が
私達の社会には存在しては居ないのです。


真の意味の信仰は、創造主の意志を受け止める事をも含むもので
それは同時に私達が24時間発し続けている想いの元でもある
創造主のエネルギーを増幅する事に繋がる物であるからこそ


そんな事をも可能とするのだともとれますし、


私達の想いが三次元ではなくて直接創造主の意識の空間である四次元に届けば
それは三次元社会において具現化されるのだという意味かもしれません。


奇跡と言われる行為は、
恐らくは私達の想いが三次元に対してばら撒かれる事によって
表現されるのではなくて、


一旦その想いは、創造主の世界での想いとなって
それが三次元社会で具現化するという経緯をとるような気がします。


イエスキリストの言っていた”辛子種ほどの信仰”は、
私達が全身を持って発するものではなくて


創造主のエネルギーの世界を通して具現化されるものでは
ないでしょうか。


【義人の祈りは働くと、大きな力があります。】


こちらの内容は、


「私達人間の発する良い想いには力があって
それが良い効果をもたらす」


と言う表現だと思います。


良い想念が強く発現されることで
それは病をも治すエネルギーと成るという意味だと取れます。


12使徒の病を治す奇跡は、全てが彼らの業ではなくて、
一方では天使達の援護があったであろうと私は想像しています。


イエスキリストは12使徒に病を治す権威を与えたと表現していましたが、
実はそれは名目で、陰ながらの援助が存在していた可能性を感じるのです。


例えばアダムスキー(ヨハネ)が語っていたような
高周波治療器の様な物の存在です。


現在でもすでに利用されているその技術は、
私のような被害者が良くも悪くも影響を受けているように、
病の改善をも演出する事も出来ます。


そしてそれを用いながら病を癒す奇跡を演じて見せる事が
人々をイエスの教え、創造主の法への正しい信仰へと導く事に繋がるのであれば
それは決して詐欺でも悪意でもありません。


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上の本文の解釈はおまけなので
参考程度にして頂ければと思います。


今日一番理解して貰いたいのはこの一文です。


【私の兄弟たち。貴方がたのうちに、真理から迷い出た者がいて、
だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、


罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、
また、多くの罪をおおうのだということ、貴方がたは知っていなさい。】


私達は自称イエスの使徒として広報をするのであれば
このような場面に立ち会う事になります。


私達は誤った真理に囚われて居る人間に真理を指し示し、
それを父の元へと導こうとしているからです。


その時に私達がする行為は決して誤りでも罪でもありません。


しかし私達のそのような行為はこの社会の支配者関係者の
目に留まるでしょうし、付け狙われる事にも繋がりますし


実は私達に更なる負担をもたらす可能性があります。


この一文の最後に


【罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、
また、多くの罪をおおうのだ】


と言う表現があります。


ここでの”覆う”と言う表現の意味を、
既存の教えなどではどのように解釈しているかは判りませんが、


ここの”覆う”は英語ではCOVERとありました。


これも訳の仕方しだいでいくつかの意味と
受け止める事が出来ます。


ただ、アダムスキーが似たような内容で


「創造主の法を伝道する者には
多くの負担がのしかかる事になる」


と表現していた箇所があります。


宇宙の真理をこの地球社会で語れば
地球の法則に圧力をかけられると言う意味だけではないと
私は受け止めていました。


つまり、「私達が誰かが迷っているのを正しい道へと導く事で、
今度は私達はその人間の罪をも一緒になって背負う事になるのだ」


と言うのがここの真意の可能性が高いのです。


私達はこの社会の中で創造主の法を語るだけで
時には迫害を受ける事にもなりかねません。


サンヘドリンの傀儡には睨まれ
私のように圧力をかけられるかもしれません。


時にはハイテクの被害者になるかもしれません。


それだけでも十分苦しく、心が不快な思いをする羽目になる上に


私達が人を創造主の法へと導いた時には
その人間の罪をも、連帯責任として背負う事になる
可能性があると言う事です。


恐らくは、本来は誰もが自らの経験や自らの意志で気がついて
意識を変えて創造主の法に帰らねば成らなかったものを


私達が介入する事によってその機会を奪ったと認識されるか、


本来の創造主の法を捻じ曲げたペナルティーとして
与えられる事になる苦労かもしれません。


いずれにしても、私達は他人に影響を与えれば与えただけ
自分は今まで以上に苦しむ事になる可能性があるのです。


ただ、そんな苦労を知っていながら
多くの天使達が私達の社会の改善のためにその苦難に立ち向かいました。


下手をすればミイラ取りがミイラになるような空間に
生まれ変わりその中で改善を目指すためにです。


そして今私達は、恐らくはそんな人間達の強い想いによって目覚めさせて貰い、
創造主の法へと進んでいるのだと思います。


私はそんな人間達の想いに報いるためにも
そして自分の意志を貫くためにも、今の姿勢を変えることもありません。


ただ、この事に気がついてしまったのですから、
兄弟姉妹に対してその苦難の可能性を触れずに
自分と同じことをして欲しいとはいえません。


自分の背負う事が出来る苦難を想定して、
その範囲で自らが感じた創造主の意志を実践していって欲しい。


そして本音をいえば覚醒者と理解者が
苦しむことなく無事にこの経験を終えて、
自分の課題を負えて卒業していって欲しい。


今の私の正直な気持ちです。


【地球人の苦悩を光の前の暗黒の様に消すために
宇宙の創造主を地球の道しるべにしよう】


広報は自分の出来ると感じた範囲で構いません。


そして自分に何らかの使命を感じている方はそれを成し遂げるために、
そうでない方であれば今の日々の体験を進化の機会と看做して、
一日一日を大切に過ごして欲しいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

今日の記事はありません。


今日はそれどころではなかったからです。


今日は過去記事から読んでおいてほしい記事を
再更新しておきます。



続・宇宙の法則番外編 釈迦の教え テーマ:ブログ


一つ目の記事はこちらです


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11362349983.html
進化した諸星メガネ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361245976.html
アプローチの違い 仏教と覚醒
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361455669.html
アプローチの違い 仏教と覚醒 後書き


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今日はまた仏教に関して取り上げてみます。


仏教というよりもイエスキリストの先輩でもある
ブラザーズの指導者でもある”お釈迦様”の教えに関してです。


諸行無常、諸法無我という言葉が
仏教では釈迦の悟りの一つとして捉えられているので


私達はそれを生命の科学、宇宙の法則と関連させて
まずは理解して見たいと思います。


最初は少し難しい話からですが辛抱して頂ければと思います。


大切なのは後半です。


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まず諸行無常であるが、諸行無常の諸行とは、
森羅万象、物質的現象、精神的現象をとわず一切の現象を指す。


このような一切もろもろの有為現象は、常に生滅変化を続けて、
瞬時といえどもとどまることなく、
常住不変のものはないという原理が諸行無常である。

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宇宙空間の万物は元々は四次元空間の創造主の残像想念を、
物質としての元素で三次元空間で具現化させたものであり、


宇宙空間に存在する万物は同じ形状に留まる事はなく
常に創造と崩壊を繰り返している。


私達が生きている100年程度の時間ではなくて
もっと長い時間で測れば


この三次元において同じ形のまま留まっている物は存在しなければ
不滅の存在もない。


そのため全ての存在は
存在と言うよりは現象に過ぎないと言うのが
私達の理解でもありますが、


宇宙の法則の原理と
諸行無常が同じことを語っていると言う事が
ここでは容易に認識できるのではないでしょうか。


一方、先日から気になっているのが”無我”なる言葉の意味と
それが指し示すものが何であるのかと言うことです。


”自我”とか”無我”と言われたものが
何を指し示しているかを理解しなければ
私達は釈迦の教えの意味が理解できないかもしれません。


当初、”諸法無我”という意味は


”万物や自然界の理において
それ自体が独立して存在しているものはない”


と言う意味であると理解していたのですが


”自我”という物の捉え方が
必ずしも私達の想定しているものと同じであるとは限らないことも
仏教徒同士の論争を見ていて気がつきました。

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諸法無我とは第一の諸行無常より当然導きだされる印であり、
全てのものには固定した実体我というものがないという原理である。


 諸法とは全てのものであり、
第一の「諸行」は因縁所生の有為法たる現象を指しているが、
「諸法」は有為法のみならず、真如法性という無為法をも含めている。


 「無我」の「我」とは何を意味しているのか。
釈尊以前のインド哲学者たちは、我々の中に、


不生不滅の固定的実体があるように考え、
それをア-トマン(我)と名づけた。


ア-トマンとは「常一主宰」のという意味で、
単独でなりたち、常住で変化しない存在で、自身全体を支配しているものである。


 しかし諸行無常を顕かに観た釈尊は、
この我の思想を根底からくつがえし諸法無我を主張した。

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仏教知識の無い私にとって
何よりも言葉の難しさが理解を妨げます。


私達は言葉から教えを理解する時には
その言葉の意味する物がどのようなものであるかを
認識する事が大切です。


ここでは諸行無我についての説明になっていますが、
有意法とか真如法などと言う言葉が出てきます。


”諸法無我”以前に”我”と言われるものの意味
”自我””無我”の意味を理解することが前提のようです。

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後には、形而上的な思惟によって「法」を有為法と無為法とに分けて考えられる。
「有為法」は無常変転する存在として、それを色法、心法、不相応法などと説き、
「無為法」として常住不変の法を説く


真如(しんにょ)は、「あるがままであること」という意味があり、真理のことを指す

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諸行無常から諸法無我が導き出されると触れられていることからも、
万物が移り変わればそれに伴い諸法則も真理も


そして万物の存在も固定して存在することはできないと言う前提があって


固定して存在するものが無いと言うことは、
そこには固定を前提とする自我と言うものは存在しないと
言っているのだと解釈すれば良いのでしょうか。


ここで問題となってくるのが”自我”なる存在です。


人間を想定すれば自我と言うのは
”物思う自分と言う存在”
を示すことになるのだと思います。


もしくはその自分が持っている意識です。


万物が不滅ではあり得ず、
常に変化している存在と言う前提ですから


万物の意識もそれらと共に存在している
人間の意識も変化せずには存在できない。。。


つまり固定的に存在する自我など無いと考えれば
自我は存在しないとなる。


そう解釈するのでしょうか。


しかしこのような理解もあるようです。

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スッタニパータ』などの最初期の韻文経典では、無我はさかんに説かれる。
それらによれば、「無我」は我執の否定を意味し、


そのように、あらゆるものが我ではない(諸法無我)と観察し、
これを智慧によって理解すると、


清浄(しょうじょう)で平安な涅槃の理想に到達できるとする。

初期の散文経典では、我(自我)を


「私のもの」
「私」
「私の自我」


の3種に分かち、いっさいの具体的なもの、
具体的なことのひとつひとつについて、
「これは私のものではない」「これは私ではない」「これは私の自我ではない」
と3つの立場から観察する。

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無我とは我が存在しないことを意味するのではなくて
我執を否定することだという理解です。


これを見ると、仏教はどうやら無我という言葉の原点になった
”自我”なる存在を無いものとして否定しているのではなくて、


自我に執着することを否定的に捉えたものが”無我”であり
元々は自我の存在を前提として、
”無我の境地”などという話が派生していることが判ります。


では自我と言うものは一体何を象徴したものでしょうか。。


コギト・エルゴ・スム 我思う故に我あり


全ての現象を、幻や実在しないものとして捉えようとしても
思考する自分の意識を否定することはできない。


有名なデカルトの言葉です。


私達が何かを認識する時にそこには思考する自分が存在していて
三次元の現象の全てを存在しない幻のように認識しても


思考する自分の意識に関しては
それを存在しないものと認識することはできない。


当たり前の様で
実は究極の解答がここにあるのだと思います。


つまり自我なるものは存在している。


そして問題はその自我と言うものを具体的に
どのように認識し定義するかです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

お釈迦様はイエスキリスト同様に
太陽系の兄弟たちのマスターだったそうです。


つまりは創造主の法を理解している存在で、
イエスキリストが自らの教えを福音する前に密教などを学んだことも
それとは無関係ではないはずです。


地球社会で教えを与えた先人の知恵をイエスは受け継いで
その後、自分なりの手法で創造主の法を語ることになった。


その手本となったお釈迦様が、創造主の法を前提に
自我や無我をかたったのであれば


自我なるものが、”心”もしくは”魂”と言う
私達が意識として感じているものに触れた内容であろう事も
想像がつきます。


そしてその”我”に執着することを否定したのですから
それが私達が”心”と呼んでいるものであろう事も
想像がつきます。


私達が自分を他人と区別して、そこに自分を感じるために
使用しているのは間違いなく心だからです。


魂が共通意識であり創造主の分身であることは
繰り返し触れていますので取り上げません。


そしてお釈迦様は当時の人間に対しては
三次元と四次元を語ることなく、


魂と言う創造主の分身に関しては
具体的な説明はしなかったのだと思います。


イエスの時代でさえそれは理解されませんでした。


まして更に昔の時代に釈迦がそれを説いたところで
理解できる人間はいなかったのだと想像がつきますし


お釈迦様の教えの目的は、
心の暴走をいかに抑えるかを私達に教え
そのための道徳を実践させることだったのだと思います。


つまりは心の煩悩を抑えた先に存在するのが
無我の境地だという話になってくるのではないでしょうか。


お釈迦様の”悟り”に拘った後の人間達が、
お釈迦様の語った具体的な人のあり方については
それを当たり前の生き方だと捉えたのか重視することなく、


悟りなるものを意識しては
誰もが釈迦の到達した域へと自分たちが進むことを目的としたのが、
仏教といわれる宗教の始まりだったのではないでしょうか。


つまりお釈迦様がこの地球の中で自ら宇宙的覚醒を果たすことで
一般の人間に創造主の法への導きをはじめた時に


その一連の全ての様子が周囲の人々に認識されていたために、
お釈迦様のその宇宙的啓示をも含めた全ての過程こそが
地球に生きている人間にとっても必要であると認識され、


お釈迦様の到達した領域こそが
私達地球社会の人間に求められているものであると
理解されてしまったのではないかということ。


しかし、お釈迦様の域に達することのできる人間は
勿論この社会には存在せず、


そのためにも、お釈迦様の悟りの領域に到達するための
あらゆる手法が模索されて後の仏教として発展して行った。


それが現代にまで伝わっているのではないでしょうか。


しかし元々のお釈迦様が身近な人間に語った内容は
実際はもっと簡単なものであったことは
私の宇宙の法則の一番最初の記事で取り上げました。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11009631713.html
宇宙の法則


お釈迦様は人としてあるべき姿を実践した先に
”ブッタ”を想定していたのではないでしょうか。


再び引用して創造主の法と比較して見ます。


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―生きとし生ける者は幸せをもとめている。
もしも暴力によって生きものを害するならば、


その人は自分の幸せをもとめていても、
死後には幸せが得られない―(真理のことば)

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これなどは組織的犯罪行為などで
他人を攻撃している人間たちに聞かせてやりたい言葉です。


人間や動物に危害を加えることは良くないことだと
人としての当たり前の理を語っています。


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森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、
日に一食を取るだけであるが


過ぎ去ったことを思い出して悲しむこともないし、
未来のことにあくせくすることもなく、
ただ現在のことだけで暮らしている 

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宇宙の法則の、
現在こそが重要であり真理だという話につながる意識です。


過去を思い出しては悔やむのではなくて
将来を不安がるのではなくて今を精一杯生きる。


これは明日を思い悩むなというイエスの言葉にも通じますし
創造主の意志そのものなのだと思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、
気もちよく起き上がった


煩悩の汚れのなくなった覚った人に
われらは見えたからである
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ここで釈迦は”覚った”状態として
煩悩の汚れが無いことと触れています。


”覚醒”は煩悩、すなわち心のエゴから開放されることで
齎されるという前提での言葉と認識できます。


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われらは一物をも所有していない。大いに楽しく生きて行こう。
光り輝く神々のように、喜びを食む者となろう


かれらは快楽を求めないからである~かれこそ実に最上の人である―

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お釈迦様に関する言い伝えの中に
天からの声とお釈迦様が会話する場面があります。


その声の主をお釈迦様が神々と触れていたのだと想像できますし、
その時天から語りかけたのは
勿論、霊的な存在ではなくて天使達のはずです。


つまりここで光輝く存在とされていたのは
スペースブラザーズの事かもしれません。


最上の人と言っているので
それが創造主である可能性も否定はできません。


彼らはものを所有しませんし
心の欲する快楽を求めず生きています。


生の中で、私達が感じているものとは違った

本当の意味での喜びを感じ続けながら生きている存在でした。


アダムスキーの著書の中でブラザーズを語った一節です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
万物が奉仕し合っていることにたいして感謝をすること。


これは日々新たにはじめられることで、
彼らは創造主に奉仕するために日々がもたらす多くの機会を
喜びと熱心さをもって迎えるのである。


彼らは自分自身や自己の想念とか印象などを調べているので、
地球人が陥りやすい偏見でそれらを歪めるよりも、
純粋なままにそれらを認めてそれに従って行動することを知っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これがブラザーズの持っている意識の一環です。

そんな彼らを釈迦が取り上げた一節だと想像していました。

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すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、
自己の心を浄めること、これが仏の教えである。
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仏=ブッタだとすれば
仏の教えというのは、そのまま私達がブッタとなるために
実践すべき教えと言うことになります。


善悪の概念で私達のあるべき姿を説明してくれていますが、
結局は釈迦は良心を持って正しい行いをすることを奨励し、
心の改善を求めている事がここからも理解できます。


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わかち与える人には功徳が増大する


そなたのために仕事をしてくれる人々がいるのではない
誠実をつくして名声を得、何ものかを与えて交友を結ぶ

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他人は自分のための存在ではないと認識すればよいのでしょうか。


ここでの”分かち合うもの”と言うのは
おそらくは物質的なものに限定せず、


思想や知恵や慈しみのようなもの
全般を示しているのだと思います。


名声と言うと私達の社会では地位や名誉のような
捉え方をしてしまいますが


おそらくはここでは”信頼”のような意味で
使用されているのではないでしょうか。


他人を利用するのではなくて
他人に対して奉仕をすることで他人との間に
信頼関係や交友関係を結ぶ事。


そんな話へと繋がって来るのだと思います。

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ことばと心を正しくするようにこころがけ、身に悪事をなさないで、
もしも飲食豊かな富んだ家に住んでいるならば、


信あり、柔和で、よく分かち与え、温かい心でいるならば、
これらの四つの事柄に安住している人は、来世を恐れる要がない

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この辺が釈迦が述べ伝えた道徳の実践の中での
最たるものでは無いでしょうか。


内容は説明するまでも無いと思います。


ただ、ここで”富んだ家”と語っているのは
文字通りの家ではないと思います。


その後に”四つの事柄に【安住している】”という表現もありますし


富んだ家に住んでいると言うのは
間違っても裕福な家に住んでいると言う意味ではなくて


例えば
「豊かな心を持った肉体のフォームに魂を置いているならば。」


のような内容を家に例えて表現したものだと思います。


ここで釈迦は”来世を恐れる必要はない”と語っています。


釈迦は輪廻転生を前提に
このような話をしていたのだと言うことになると思います。
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苛酷なることなく、貪欲なることなく、
動揺して煩悩に悩まされることなく、
万物に対して平等である

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ここでの心のあり方も
そのまま創造主の法に繋がるものです。


心の動きに何かと誘導されることや、
心の動きに従うことでの極端な状況を良しとせず、

その上で万物に対しての平等を語っています。


先述の”分かち合う”、”交友を結ぶ”という言葉とともに
”調和”や”平和”にもつながる意識です。


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自分を楽しませ、喜ばせ、父母~妻子~友人~楽しませ、喜ばせ~

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これは”楽しませ喜ばせ”を”愛せ”に変えると
イエスの言っていた万物への愛に繋がるものです。


楽しませる喜ばせると言う意識は、
いうまでも無く”奉仕の心”だと理解できます。


つまりこの一節は奉仕の意識の重要性を語っていると
認識することもできます。

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愚劣な人が富みを得ると、自ら用いることなく、他人にも与えない。


健き人・智慧のある人は、富を得たならば、
自ら用い、またなすべきことをなす―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イエスが富を独占するのではなくて
持っているもが持たないものに分け与えろといった意識と
繋がるものです。


所有の概念にイエスは否定的でしたし
先の引用からも釈迦も同様の意識であった事が理解できるはずです。


富を得たならばそれを自分のためだけに利用するのではなくて
知恵ある人間、創造主の意志に従う人間は
それを奉仕のために利用しなさい。


そのように勧めていたのだと想像できます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して
一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ―

 
母が己が独り子を命を賭けても護るように、
そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、
無量の慈しみのこころを起こすべし~


この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで”崇高な境地”と呼んでいる状態こそが
仏教徒が”無我の境地”と呼んでいるものだとすれば


それは究極の理想としての、これら道徳の実践の元に
存在していると言うことにもなります。


そしてその時私達の有している意識は”慈しみ”の心。


それは創造主の意識そのものに通じます。


イエスはそれを”隣人への愛”として表現していました。


自分を愛するように隣人を愛せと言う言葉の真意は
万物に対しての慈愛の意識を持つ事

つまりは創造主の意志の実践だと私は説明しました。


釈迦はここでそれと同じ事を語っているのではないでしょうか。


ここで釈迦が”崇高な境地”と呼んでいる状態は
”万物に対しての慈しみを持った状態”であるということは
内容からも認識できます。


やはりそれは創造主の意志に他なりません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、
罪過は存在しない。


かれに過失(道から外れること)は存在しない―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここで釈迦は究極の理想を実現した存在として
修行完成者という意味で”ブッタ”と語っています。


これに相当する人間は勿論この世には存在していませんし
ブラザーズの社会にも存在してはいません。


存在しているとすればそれは創造主ですが
ここではそれを指しているとも思えません。


釈迦が自ら目指している究極の状態として
一切の過失(過ち)を犯すことの無い存在としての理想としてブッタを語ったか、


もしくは過失=”道から外れること”とありますので、
道徳レベルでの完成者として”ブッタ”という目的を設定し
人はそうあるべきだと皆に説いたかの何れかだと想像できます。


後者であれば勿論、お釈迦様は”ブッタ”に間違いありません。


そしてイエスキリストも”ブッタ”です。


仏や仏の教えの原点がここから見えてくるはずです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
信仰心あり、学び修めた賢明な人は、食物を用意して、
食乞う人々を飲食物をもって満足せしめよ~


貧窮なる人々、旅行く人々、宿無き人々、
乞う人々に施しとして与えよ―

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

旅人をもてなせと
イエスキリストも言っていました。


ここでの例えからも判るのは、


例え相手が社会的権威の無い人間であっても、
その時だけ一時的に関わる人間であっても、


身近な人間や権力者と言われる人間に接するときと同様の
奉仕の心を持って接しろと言うのが
お釈迦様の意識だと言うことです。


持っていない物には分かち、請うものには与え、
人々に対しての施しをすることが


学び修めた”ブッタ”としての
賢明な人間のあるべき姿だと言っているのではないでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  

この世でもの惜しみし、吝嗇(ケチ)で、乞う者を罵り退ぞけ、
他人が与えようとするのを妨げる人々、


かれらは、地獄、畜生の胎内、閻魔の世界に生まれる―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一方では悪しき心のあり方、悪しき人間の例として、


他人への施しや奉仕を拒絶し、

その上に他人が人に与えることをも妨げる人間を例にして


そんな人間達は地獄、畜生の体内、閻魔の世界といった
忌まわしいとされている場所に生まれ変わると脅かしています。


天国と地獄はブラザーズにとっては、
人々に創造主の法への深い理解を求めるための手段でした。


人々が恐れている概念をこのように取り上げることで
勧善を勧めたものであると理解すれば良いのではないでしょうか。


そして”畜生の胎内”に生まれると言った例えが、
そのまま人間が動物や他の生物に生まれ変わるという
誤解をも生み出したのだと想像する事もできます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

悪い行いをした人々は地獄におもむき、
善いことをした人々は善いところ(=天)に生まれるであろう。


しかし他の人々はこの世で道を修して、
汚れを去り、安らぎに入るであろう―

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
直に解釈すると悪人は地獄へ行き、善人は天国に行き、


その他の人間は汚れを取り除いた状態で
それらとは別の状況に置かれるのだと説明しています。


私達の理解を前提に解釈すれば


悪しきと言うのは創造主の意志からかけ離れている状態ですし
良いと言うのは創造主の意志にあっている状態です。


つまり行いの悪い人間達はいずれ地獄へと落ちていく。。。


私達風に解釈すれば何れ魂の消滅を迎える。


良いことをした人間は天に見える別の惑星に
記憶を持って生まれかわる。


そして残りの人間達はその生での心の汚れを
肉体の消滅と共にいったんリセットされて、
記憶もろとも消し去った状態になるわけで


その状態で新しい生をやり直すことになる事を
私達は認識しています(カルマは残りますが)。


【安らぎに入るであろう―】とありますが
私達が天国と呼んでいるところにいくのは善い行いをした人間、


恐らくはブッタを目指し道徳的に賢明に生きた人間なのですから


【安らぎに入るであろう―】と言われた場所は
天国ではありません。


転生の法則を天国と地獄
そして悪人と善人と言う分類で説明すると
このような説明になったと言うことで


生を終えた後に魂の消滅を迎えることなく、
且つ記憶を持っての転生を迎える事の無い人間は


それらとは別の道に進むのだと言う例えであると
認識すればよいと思います。


釈迦が語っているのは
転生の法則そのものであっただろうと
私達は想像できる筈です。


その指し示した進むべき道と、
そのためにあるべき私達の意識や必要とする生き方に関して


お釈迦様の教えとイエスキリストの教えは
何の違いも無いのだと思います。


後にブッタと言われる状態になることが
道徳の実践以上に重視され、


ブッタが道徳の実践の延長に存在していると言う
その実態を忘れ去られ、


修行や瞑想や座禅で自らの肉体に厳しい修行を課す事でこそ
ブッタと言われる状態や悟りや覚醒が齎されるのだと
意識される事となったために、


キリスト教徒が”救い”と”天国”を求めたのと対照的に

仏教徒は”悟り”や”覚醒”を求める事となったのだと想像しています。


しかし両者は同じ事を語っていたのです。


宗教の悲劇は、他の宗教との小さな価値観の違いを強調しては
それについて討論し争ってばかりいる事だと思います。


唯一神の意志を、誰もが自分の心の価値観に照らして
心地良くなる様に解釈してもいると思います。


しかし多くの場合、
真理は宗教の共通項こそに存在していているのだと思います。


ただ、その教えを与えた聖人の背景には、
特有の時代や文明や文化や生活慣習がありますし


そのそれぞれの置かれた環境の中で
異なる人間達に効果的に理解させるために
慣習や生活様式にも気を配り、


それをも盛り込んで日常生活の指針と併せて提示される事になるので
その結果与えるべき知識や説明も異なる手法がとられることになります。


聖人の教えに関する枝葉部分に関しては、
聖人が生まれ育ち、教えを語ることになった場所での
それぞれ異なった習慣や慣習が、


人間の作り上げた戒律として聖人の死後に成長するに至った。


しかしその教えの大元は、人としてあるべき姿を指し示し
意識の改善を求めたものであると捉えれば
全ての宗教は同じ場所へと集約されるはずです。


私達は思想や宗教の相違点に目を向けるのではなくて
共通点こそを追求すべきだと言うことです。


多くの場合そこにこそ真理が存在しているからです。


そしてそれこそが創造主の法であり
宇宙の法則だと言うことです。


このように私は解釈しましたが説得力はありますでしょうか。


多くの方の理解が得られれば幸いです。



【貴方に無限なる力の祝福がありますように】




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宇宙の法則
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宇宙の法則 VOL9
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宇宙の法則 VOL10
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宇宙の法則 VOL11
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宇宙の法則 番外編 その2
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宇宙の法則 VOL12
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11269525578.html
続・宇宙の法則
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イエスの転生
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宇宙の法則 番外編 イエスの言葉 前編
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宇宙の法則 番外編 イエスの言葉 後編




見直して文章の訂正が出来ていないので
妙な言い回しや、誤解を生じる表現がありましたら
勘弁してください。


先日に続いて、今度は私が知る限り
レプタリアンが初めて登場した箇所だろうと
認識している内容を紹介します。


並木伸一郎氏の著書”第六の選択”からの引用です。


もしかしたら、矢追純一氏の著書の中でも
すでに触れていた箇所があったかもしれませんが


詳細を取り上げていたのは
おそらくはこの並木さんの著書が一番最初だと思います。


地球で暗躍するエイリアンの二大勢力
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「レプトイド」


それがタル・レベスク氏の主張するエイリアンの種類である。


そして今、このレプトイドが地球を拠点として
グレイ種のエイリアン達と戦争を開始すべく準備をしていると言うのだ。


レプトイドを一体どういう奴等で、
何故地球を戦いの場にしなくてはならないのか?


もしこれが本当ならば、エイリアン同士の戦争と言うことになる。


では、このとんでもない事態は一体いつ起こると言うのだろう。


タル・レベスク氏の情報はあまりにも衝撃的な内容なので、
すぐに、全面的に信じがたい代物であるが
あえてここで説明してみよう。


レプトイドと言うのは
慎重2.1~2.4Mの行動に進化した爬虫類系のエイリアンで
体全体が鱗で覆われている。


「彼らはグレイ種が地球にやって繰るずっと前から
地球に飛来していて


巨大な地下都市と地下トンネル網をつくり

そこを活動拠点としてきたんだ。」という。


「私は1979年にニューメキシコ州のサンフェスタに住んでいたのだが
その時レプトイドに遭遇したことがある。
私の妻が襲われて体内から血液を採取されたんだ」


と当時の恐怖の体験を話してくれた。


そう彼は自らの体験をも踏まえて
レプトイドの存在を主張しているのである。


レプトイド、私はタルレベスク氏の研究資料の中で
彼がその存在を主張しているエイリアンの絵を目にしたのだが


その姿形は1981年にカナダのオタワにある
国立自然博物館の古生物学者ディル・ラッセルが
同博物館の技師、ロイ・セギューインと共同で制作し


一大センセーションを巻き起こした
恐竜人=ディノサウロイドを彷彿させるものであった。


ディノサウロイドとはディル・ラッセルが1968年に発見した
ステノニコサウルスという恐竜が絶滅を逃れて生きつづけていたとしたら


このように進化したであろうという仮説を具体的にモデルとして
制作したものである。


ディノサウロイド仮説のこれ以上の詳細については
ここでは省力するが、宇宙物理学者のカールモーガンも


「もし白亜紀の終わりに恐竜が絶滅しなかったら
地球は今頃恐竜人の支配する世界になっていただろう」


とその可能性を支持する発言をしている。


従って、他の惑星系に地球と似た環境の星があったとしたら
ディノスサウロイドのような生物が存在してもおかしくない。


そして彼らが更に進化を続け、地球人をも凌駕する高度な文明を持ち
何らかの理由で地球に飛来している。


と言う仮説だって十分に成り立つのである。


タル・レベスク氏は明言しているわけではないが
レプトイドがディノサウロイドのような生物であると考えているようなのだ。


なおレプトイドのような、
爬虫類型のエイリアンの存在を主張しているのが
彼ばかりではない。


オハイオ州ロームで、「センター・フォース」という地球の
ミステリーを研究するグループを主催するラリーピータース氏もその一人だ。


1981年に彼とそのグループは当地の農場で犬を食べている
怪物に遭遇している。


体つきは人間だが、身長が2メートル以上もあり
全身が鱗で覆われていて


縦長の瞳を持つその風貌は爬虫類そのものだったという。


彼らはこれまでにその怪物を六体目撃しているが
その存在を実証するためにビデオカメラ持参で追い続けているのだ。


また、タル・レベスク氏はこうもいう。


「レプトイドは、竜座のアルファー星を母星とする
エイリアンのドラコニアン(竜座人)の一派で
太古から地球に飛来していたグループのことなんだ。


彼らは母星にいるドラコニアンの配下に属しているらしい。
また、彼らはグレイ種と同様に人間を誘拐して交配したり
奴隷として利用してきているらしいんだ。」


レプトイドの中には、翼を持ち、英知を宿した存在がいて
それらが何度か古代に地球を訪れて人間に知恵を授けたり
時には交配しているー

つまり人類の誕生や文明の発祥には
彼らが何らかの影響を与えたというのが
彼の主張である。


かなりの異説ではあろうが
このレプトイド達の記録は神話や伝説に
残されていると言う。


例えばアステカ神の”ケツアルカトル”(翼のある蛇)
に代表される邪心信仰の形である。


更にドラコニアンの血を引く人は
脊椎や肋骨の数が多かったり
両目が光に対して過敏であったり


体温や血圧が低めだったり
特徴を持っていると言う。


また、現代におけるその存在は
アブダクティーの多くがエイリアンたちの制服の肩章や
胸の部分に翼のある蛇のマークがあった。


と繰り返し報告していることからもうかがい知れると
彼は言うのである。


したがって現代地球はこれらの「レプトイドグループ」と

グレイ種を主とした「オリオングループ」からなる
二大勢力と関わりを持っている。


いや持たされていることになるのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


レプトイドが地球社会に介入していた証拠と言う
過去の文明の記録に関しては


先日私が説明した、バイオ生命体としての化け物の存在で
それを説明することが出来るはずです。


進化論を肯定したとしても
爬虫類が進化して哺乳類になるのではなくて


それが別な進化の過程を経てヒューマノイドへと
進化すると言う説明自体がオカルトなのです。


そして終いには存在しない二つのエイリアン勢力が
この地球社会を舞台として戦うと言う話まで出てきています。



ここでレプタリアンの遺伝子がまるで特定の人間達に対して
残されているかのような話をしていますが
これはそっくりそのまま”魔女狩り”に利用することも出来ます。


「あいつはレプタリアンの血を引いている。」


と語ることで特定の人間を化け物扱いすることもできます。


他人の印象を貶めるためにも
特定の人間を危険人物に仕立て上げるためにも利用することが出来ます。


ただ、この二つの勢力の話はまるで太陽系の天使達の対立を
彷彿させるものである事に気がつくかと思います。


オリオンに由来するのはおそらくはピラミッドを製作したであろう
太陽系の後続の人間達です。



そしてこの話を鵜呑みにすれば
この社会の中で邪魔な人間達を”レプタリアンの末裔”とか
血を引いていると仕立て上げては魔女狩りも出来ることになります。


例えばユダヤ金融と言われて責め立てられている人間こそが
レプタリアン扱いされては改ざん動画まで出回っていると言う実態もあります。


実は血に関しては一つ気になる話があって
RH-血統を持っている人間は
特定の人間達の血を引いている可能性が高いのではないかと言うことです。


具体的にはそれは私達が”後続の民”と呼んでいる人間達であり
それにはそんな人間達の血統の名残の可能性があるかもしれません。


そして中にはそんな血に拘ってそれを守ってきた人間たちもいると思います。
後続の民は左脳的に優秀な人間たちだからだと想像しています。


血統に関して言えばYAP遺伝子は
天使達の血統の名残の可能性が高いと思います。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ところでここでも人間の作り上げたものであるからこそ
容易にそれに騙される要素があります。


ドラコニアンは竜座からやってくる。。


”竜座”と言うのは私達地球社会の人間が命名した名前であって
見た目の星の配列をそう呼んだもののはずです。


そこに偶然”ドラコニアン”といわれる
竜の化身のような人間達が存在していた?


思考しない私達は容易に騙される事にもなります。


幽霊も化け物もそれに遭遇したと言う人間がいるから
そしてその話が広まる事でそれが現実と認識されていくことになります。


幽霊に関しては想念と残留思念と言うことで説明しましたし、
それは誰もが見てしまう可能性があるものでしたが


それはあくまで想念や残留思念であり
私達が語っているような幽霊は存在しません。


そしてここでも他人の噂が
レプタリアンの存在の信憑性を高めることになっているのが味噌です。


偽の爬虫類人情報を尤もらしく流そうとすれば
例えば被り物をした人間が動物や人を襲って見せることも有効でしょうし


バイオ生命体を放し飼いにする事も効果的だと思います。


そうでなければ自分達の情報伝道の協力者に
尤もらしく嘘を語って貰う事も効果的です。


そして本当は居ないものがいるかのように誘導されることになる。


私はブッシュ元大統領の動画を見せられて
その中のブッシュの目が爬虫類のように変化するのを見ては
レプタリアンを信じかけた事があります。


NICE GIRL という動画では
普通の少女が突如レプタリアンを彷彿させる風貌に変化しては
私を驚かせました。


でも考えてみれば今の社会の技術を持てば何でも作り上げることが出来ます、
CG技術はそこに居ないものを居るように作り上げることも出来るのです。


そして私達は視覚から騙される事にもなる。


私達の社会は存在していないものまで
存在しているかのように受け止めさせらている反面、


実際に存在しているもののその存在を認めることができないように
誘導されてもいるのです。


そしてレプタリアンに関する利用価値は先日のこちらの記事からも
理解しておいてください。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11568834441.html


四次元に関しても私達が認識することができないために
そこが半物質化した存在であれば通っていける箇所であるかのように
私達は印象付けられることになります。


そして直接確認することは出来なくても
現実には存在している物が正しいと認識できなくもされている。


直接目に見えない事を前提に
誤った情報で私達に誤った価値観を与えて
それをもって新たな情報を分析させる。


私達が持った誤った価値観は更に
それと整合性を持った誤った価値観へと導いていくことになる。


それが長い年月積み重ねられれば
私達の脳には誤った情報が真理として置き換えられることに
なるのだと思います。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


エイリアンの否定にばかり特化していて
まるで精神的な話に触れることが出来ないので
意識的に少しだけではありますが”心”を持って取り上げて見ます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私はテレパシーの話に関連して
その中で人間には独自の波動と周波数が存在しているらしいと言う話をしました。


アダムスキーの話でも、その波動に関しては私達が延々と持ち続けるものであって
それは例え私達が死んで肉体を変える事になってもその波動を覚えていれば
その人間であると特定できると言うことでした。


アダムスキーあたりはイエスキリストの波動を覚えていて
それをオーソンに感じていたかもしれませんし


他人の波動を識別しては
テレパシーを特定する事も出来たかもしれません。


一方周波数の方は、それが延々と同じ状態で維持されるのではなくて
時には進化と共に周波数帯をあげる事になるらしいと言う例えでした。


私は波動と周波数の内容に関しては名言は出来ないので
あくまで例えとして説明していますが

実際もそれとはかけ離れていないと思います。


そして私達は生命の科学と宇宙の法則の理解の中で
おそらくは無自覚のうちに周波数帯の変化を
体験することになるかと思います。


私の例えでは、周波数帯は進化によって幅広く受信できるようになるものですし
その影響に関しても直接受け止めたり無視したりも可能なのだと言う内容を
アダムスキーの著書になぞらって説明させて頂きました。


そして私達は自分の進化を時には自覚できるはずです。


周波数帯の変化は私達の想いの変化へと繋がるようだからです。


私達が通常発している想いの周波数帯は低い物のはずです。


それ通常私達は自分の心のエゴこそが
その想いの元となっているから、


そして私達はそのエゴを心地良くしたいと願う事を
発している存在だからです。


その想いは私達の心のエゴから出ている。。


新約聖書のパウロの手紙あたりでは
それは”肉の想い”と表現されていました。


私や兄弟姉妹と理解者は、イエスキリストが言っていた

「外から中に入る食べ物が私達を汚すのではなくて
私達の中から出る思いが私達人間を汚すのだ」


と言っていた例えは、そっくりそのまま私達の想念が
自分の肉体を通じて自分に


更には他人に伝わって他人に影響を与える様子を
述べたものだと理解しました。


そして想念が他人に影響を与えると言う説明は、
この社会の中でも引き寄せの法則、そして波動の法則として語られていますが、


無自覚の内の自分の想いが他から想念を引き寄せては
それを増幅するのだとその内容を説明する事が出来ます。


私達は自分の持っている波動、もしくは意識している波動によって
他からも想念を引き寄せては無自覚のうちにその影響を受ける事になる
事を私はテレパシーの中でも説明しました。


私達が想念を受け止めてそれを表現しているのも
それはテレパシーの一環でもあると言うことです。


私達はこの周波数帯を高く意識することで
受け止める想念に関しても影響を受ける想念に関しても
それを改善することも出来るはずです。


私達が心のエゴを持って意識した想いではなくて
魂の意識の経路から感じた想いは
心のエゴが持っている周波数帯よりも高いのだと想像できます。


この社会の波動と周波数が低く抑えられているのは
私達が魂からの想いとしての高い周波数帯の波動を発することが出来ずに、
一方では自分のエゴを持っては低い周波数の波動を発生しがちであるから。。


そして私達は周囲にまき散らかされているその低い周波数帯の波動を受け止めては
それを自分の想いであると勘違いしては自分の引く周波数帯の波動を増幅させては
更なる低い思いを発してはこの社会を低い意識で覆っているのです。


それを繰り返す相互作用がこの社会の波動をますます低いものへと変貌している
そして私達の社会を取り巻く見えない波動と周波数帯は
下がり続けているのだと思います。


この想念と言うものがもしも私達の目に映るようなものであれば
それが壁の汚れやしみのように写るものであれば
私達はその汚れを認識しては
それを掃除する、そして吐き出さないように警戒することも出来ます。


しかしこの想念は私達が目では認識することが出来ないものですし
例え私の汚らしい周波数帯の想念が
室内に蔓延していたとしても私はそれに気がつくことなく
それにまみれて生活をする事にもなります。


そして自主的に改善を図ろうと意識することもないのです。


私はこの波動と周波数に関して意識したのは
勿論精神サイトを目にするようになってからのことです。


そこでは私達の波動が良い波動や悪い波動を引き寄せるという
引き寄せの法則が説明されていました。


そしてそれを科学的に説明すれば
結局はテレパシーという事になるのを
宇宙の法則の理解の末に気がつくことにもなったわけです。


私達の進化の発現は私達の周波数とテレパシーで
意識されることになるらしい。


その事を実態として私達は自分の身を持って体験することになる。


私達は自分の意識の変化と言う形で
その周波数帯の変化、更には進化を意識することになるのだと思います。


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私達の周波数帯の変化と一言で言ってもピンとは来ないかと思いますが
例えば私達が周波数帯が高くなるとその想いまで変化するのだと思います。


それは自分が意識するような事無くとも自然とそうなっている事を
自覚するような状態においてです。


兄弟姉妹は元々が無自覚の高い波動を持っていたかもしれませんが
その状態から更なる変化を自覚している人間だっているかと思います。


つまりは見た目は前と何の代わりもない自分が
意識的には以前とは変わっているような
そんな体験をする。。


例えばそれは他人が楽しそうにしている姿を見た時かもしれません。


お祭りを思い出してください。


お祭りの楽しさは単に出店だけではない事を
私達は理解していると思います。


その証拠に出店が沢山出展していても
そこにいるのが店番の人と自分だけであれば
その空間は殆ど楽しみを感じる事が出来ない空間だと思います。


私はお祭りのような場所は大勢の人間で賑わうからこそ
楽しいのだと思います。


そして私達は時には見ず知らずの他人が
楽しそうにしているのを見てはそれを心地良く感じるのです。


その時の自分の意識を思い出してみてください。


もしも私達が心がすさんだ状態で
例えば失恋でもして悲しみに打ち震えている状態の時に


気晴らしだといってお祭りに誘われても
それを断るかもしれません。


お祭りにいってみても心が浮かない状態で
楽しめないかもしれません。


しかしそうではなくて、もしかしたらその人は
自分の意識を回復しては元気になるかもしれません。


その時私達は他人から元気を貰ったのかもしれません。


それを同様に周波数で説明する事も出来ると思います。


私がいちいち説明するまでもないと思いますので
詳細は飛ばしますが


私達は自分の意識が安定している時には
他人の喜ぶ姿さえうれしく感じるという経験をすると思います。


しかし一方では自分の精神状態がぼろぼろであると
他人の嬉しそうな姿が却って疎ましく思えるものです。


これが私達の意識の変化として現れます。


勿論前者は私達が高い周波数帯を意識できているとき
もしくは自分の意識の周波数帯が高いと説明できますし、


それが他人の周波数対と共鳴し自らを喜ばせたとも、
他からの喜びのような周波数帯を引き寄せたと説明も出来ます。


私達は自らの周波数帯がそのまま意識となって現れるのだと思います。


恐らくは兄弟姉妹と理解者は
この二年間で多くの人間が色んな変化を感じたと想像しています。


私のだらだらとくどい記事を延々と読み続けてくれたからです。


例えば、私達の意識の変化は
虫などに対する意識としても現れることがあります。


私などは子供時には蝋燭をアリにたらしてしまうような
むごいことをした事もあります。


しかし歳をとってからは蚊とゴキブリ以外の虫には
情をもって接するようになりましたし、
今ではゴキブリや蚊やハエでも殺したくないと思うようになりました。


と言っても、それは下を向いて歩いては
あり一匹潰さない様にする。。。
などといった行動になるわけではありませんが
少なくとも目に付いた時の応対が変化しているわけです。


私達は生命についても学んでいます。


そんな実態が私達を変化させることにもなると言うことだと思います。


私達が他人の喜びを妬んだり羨んだりする時は、
間違いなく私達は低い周波数に満たされているような状態だと思います。


私は自分が苦しんで負の想念をまき散らかしているときは
近所で楽しそうな声が聞こえてくるだけでも
それを羨み妬みたくなるのが本音です。


そして自分の意識の変貌に気がつくことになります。


自分はとても低い周波数帯に意識をとらわれている。。。と
自分の精神の周波数帯が下がっている事をいやでも自覚するのです。


私達が日々の暮らしの中で何らかの変貌を自ら意識することがあれば
私達はそれを進化だと認識することになるのだと思います。


勿論それは人それぞれで、会社で大嫌いな人間に
笑顔で挨拶が出来るようになったとか(上辺という意味ではないです)


それまでおやつの取り合いをしていた兄が
弟に余分に分け与えることで喧嘩を避けることが出来るようになったとか
それはありとあらゆる意識に関して現れるのだと思います。


すぐにテレパシーの発現に繋がることがなくても
実はすでにそこでは自分が外部から高い意識の影響をも受けて
自分の想念を増幅しているのでしょうし


そこには大きな影響が見て取れるのだと言うことになります。


私達は進化を実感できるのです。

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聖書の中でのイエスキリストの教えに関して
形式ではなくて実質こそが大切だと言う話を取り上げていますが


物事の実質を学ぶことで
一から100をも学ぶことが出来るようになるということを
今私達は体験しているのだと思います。


大量の知識を宇宙の法則として詰め込むのではなくて
そこから得る事になった教訓をあらゆる方面で無自覚に使用しつつ
気がつくと多くの進化を体験することになる。


これこそが私達にとっての一番大切な意識なのだと思います。


私達が学んでいるのは知識だけではなくて
それは同時に理解され想いとして実践される事になる。


逆に言えばいくら私達が学んでも
それは想いとして実践されねばいけないのだと言うことにもなります。


しかし私達が低い周波数に留まれば
その意識を持つことも出来なくなります。


そして私達はその想いを実践する事が出来なくなる。


私達はその事をも身をもって体験しているのではないでしょうか。


想いと現象の関係はそのまま四次元と三次元の関係にも
繋がってくるものです。


宇宙の法則を理解し出来ている私達は
意識的にそれを実践することも出来る。
(私のように進化の止まっていない人間であれば)


日々の生活の中で進化を体験しては
創造主への信仰心を強くして頂ければと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
P.S.

【地球人の苦悩を光の前の暗黒のように消すために
宇宙の創造主を地球人の道標としよう】


スペースブラザーズの地球に対してのスローガン
私や兄弟姉妹そして理解者は
その意味をかみ締めて意識ある限り生きていきましょう。




レプタリアンに関して
私が始めてその情報を知る事となった著書から
その内容を引用してみます。]


今日は前半のオリオングループに関してです。


その中ではオリオングループと言われるエイリアン(グレイ)も
その詳細を取り上げられています。


勿論架空の存在ですし地球社会に対しての脅威を作り上げ
私達に宇宙人=恐怖の存在というイメージを
作りあげるために利用される情報の一環としての内容です。


当時はUFOを信じながらも
オカルト視線でエイリアンの地球侵略を心配しては
新たな地球への脅威を感じてしまっていた馬鹿な私です。


エイリアン情報が満載ですが

勿論真に受けて理解する必要はありません。


私が引用する内容は殆ど全てがフィクションであり
その内容は信じるに値しない間違った情報ばかりだと言うことを
まえもって宣言しておきます。


全てが闇政府が”宇宙人の設定”として作りあげた捏造ですし
エイリアンなるものなど元々が存在などしてはいないからです。


彼らは真の宇宙人情報をトップシークレットとして隠匿した一方で、
こちらの偽の一連の宇宙人情報からその一部を
設定資料とともに公表したようなものだと認識しています。


私が大量に存在しているUFO関係者の著書の中で得た
誤った価値観の一つを紹介します。


これだけでもちょっとしたミスリードの種ですが、
私はそんな知識を山ほど持ち合わせていたためにグレイの束縛から
逃れるまで34年もかかった馬鹿な男です。


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ポールベネディクト博士やトーマス・C.
そしてアブダクティーたちの証言から
エイリアンの存在や彼らの行動、


さらにはエイリアンが米政府の陰謀に加担していることなどについて
これまで述べられてきたが、


ここで、これまで得られた情報から地球に飛来しているエイリアンについて、
その種類、身体的特徴、彼らの目的などについて整理してみることにしたい。


現在のところ、その存在に関する情報が得られているエイリアンは数種類ある
まず、一つ目はオリオン座のベータ星を母星とする「リゲリアン」と呼ばれる種である。


彼らは身長1.2メートルで頭部が大きく、皮膚の色が灰色をしている。
このことから”グレイ”と呼ばれている、


このリゲリアンは目がアーモンド形で両腕は膝の下に達するほどの長さである。


指は四本でそのうちの二つは他の指より長い
また部分的に水掻きがついていてしかも指先はかぎ詰めになっている。


このリゲリアンは牛や人をミューティレートするなど邪悪な目的を持ち
人間を誘拐し自由に操ることで各種の情報を収集したり


組織を採取してクローンを作り、DNAを組み替えて人間を改良する
と言うことにまで手を染めているようなのだ。


米国のCIA(中央情報局)NSA(国家安全保障局)が彼らと深く関わっており
「マインドコントロール」のテクノロジーを供与されていると言われている。


二つ目はレティクル座のツェータ星から飛来してきている
「レティキュラン」と呼ばれる種族である。


レティキュランは見かけはリゲリアンと大差がなく
グレイⅡと呼ばれることもあるが
リゲリアンよりは頭の形がもっと丸く目も丸いと言う。


レティキュランは科学的な調査と生命科学に深く関心をもっており
その主要目的は人間を誘拐して遺伝子工学の実験をする事だ。


だが、彼らにはもう一つ大きな目的がある。


それはエイリアンの意のままに動く人間を作り上げることだ。


彼らは誘拐した人間にインプラントを施し
更にマインドコントロールを繰り返すことによって


人格を奪い、命令されたことは何でも実行するロボットに
仕立て上げるのだ。


三つ目はこのレティキュランと人間との交配によってうまれた
エサセニアンと呼ばれる混血種である。


これは彼らが誘拐してきた人間の女性を妊娠させて
作り上げたものだ。


以上のことは種に地下基地に連れ込まれた
アブラクティ達の証言によって裏付けられている。


エイリアンに関してはさまざまな情報源があるが
その一つに「MATRIX]という莫大な量の情報本がある。


これは「ネバダ・エアリアル・リサーチ・グループ」を主催する
バル・バレリアン氏が編集したものだが、


それにはエイリアンたちが地球に飛来することになった
原因を示唆する興味深い情報が載っている。


そもそもこの、バル・バレリアンというのが
謎に包まれた人物で、名前は仮名、年齢も明かさない。


軍と関係の深い関係にあるらしいと言うことだけはわかるのだが、

情報源はひた隠しにしている。


このような人物の言うことにどれほどの信憑性があるかわからないが
興味深い事を述べているので、以下、この資料に基づいて
エイリアン文明についても触れておこう。


エイリアンが出現することになったのは今から50年前にさかのぼることになる。
それは地球から約30万光年の彼方にある
琴座のリラという星に端を発すしているという。


このこと座で、ある時大規模な内乱が発生し
激しい戦いが続いた。


あちこちで核のエネルギー装置が爆発し
放射能が地表に充満した。


そこで彼らは放射能による滅亡から
逃れるためにその星の住人の一部が他のいくつかの星を求めて


脱出したのである。


だが高濃度の放射能を浴びていた彼らは
放射能の影響から逃れることは出来なかったらしい。


かなりの時がたち
第二第三世代になるころには放射能の影響からか
子孫の繁栄すら殆ど不可能な状態にまで陥っていたのである。


彼らの科学力をもってしても遺伝を司る
DNAへの放射能の影響を防ぐことは出来なかった
ということであろうか。


他の惑星に逃げていったものの中で、
オリオン座に安住の地を見出したのがリゲリアンで
レティキュル座のツェータ星に居住したのがレティキュランであった。


レティキュランとリゲリアンは体が灰色をしているいわゆるグレイ種であるが
彼らの中にもヒアデス座へ脱出した「ヒアデス」というグレイ種がいると言う。


また、彼らぐれ宇土は異なるかなり人間に近いタイプの
エイリアンの存在も指摘されている。


それは子犬座のプロキオンに脱出したブロンドの髪を持つ背が高い種で
彼らはのちに琴座のベガとプレヤデス星団へと散っていき
グレイ種とか異なる別の進化を遂げた種である。


バル・バレリアン氏は、彼らのことをブロンドと名づけている
実はリゲリアンとレティキュランとブロンドはいずれも地球に飛来していて
この三種は米政府から「オリオングループ」と呼ばれているエイリアンなのだ。


以上「MATRIX}に載っている情報を大まかに紹介したが
ブロンド種については最近米軍のネバダ実験場の地下基地で
土木工事に従事していると主張する作業員からの興味深い証言もある。


「背が高くてブロンドの髪をした奇妙な連中がいるんだ。


彼らは全くしゃべらず、作業員をまるで奴隷のようにこき使っている。

同じような連中がNASAにも配属されているらしいぜ」


これが事実だとすれば
彼らがブロンド種のエイリアンである可能性が高くなる。


ところでバル・バレリアン氏の研究仲間でもある
タル・レベスク氏がエイリアンの種類に関して
信じがたい情報を筆者にくれた。


彼は、長年にわたる研究の結果と
自分の体験を含めて、エイリアンのもう一つの種類の存在を主張している。

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とてつもない極秘事項に思わせるような内容ですが、


全てはMJ-12のような
この社会の宇宙人の実態を隠蔽する事を目的とした組織が作り上げた
広大なおとぎ話である事は今更私が説明するまでもありません。


私達はそれが”秘密情報”であるとか”トップシークレット”と言われると
如何にも真実であるかのように受け止めて信憑性を感じてしまう傾向にあります。


そんな人間心理を利用しては私達を誘導しては、
実際には存在していないものをあたかも存在するかのように
誘導して来たのがこの社会の支配者層の人間達。


繰り返しますが”国家の危機”をもたらす様な情報が国家内部から漏れて
UFO研究科などにリークされるなどという事自体が不自然なわけで、


元々はガセネタを掴ませるにあたり
尤もらしい魅力的な内容を準備して前もって捏造し作り上げて置いたものを


もったいぶってちらつかせる事で
尤もらしく見せていると言うのがこの社会のUFO情報の実態だと思います。


グレイ情報にしても実はこのようにその背景が詳細設定まで出来上がっていて
だからグレイは存在するのだと
彼らは私たちに説得力を持って主張しようとしているのだと思います。


私達は自ら思考しないからその話の
不自然さをも見逃すことになります。


放射能汚染で子孫繁栄が不可能になったから
エイリアンには生殖器が存在してはいないと言いたいのかもしれませんが


一方では人間の女性との間に子供を作ったというのが矛盾です。


エイリアンと言うぐらいですから
私達とは遺伝情報もDNA情報も異なるわけです。


動物だってDNAの形状のかけ離れた同士では
受精は出来ないのです。


ましてヒューマノイドと言っても
手の指の数さえ異なる生命体で水かきまであるとなれば
遺伝子情報が明確に異なってもいるでしょう。


まして生殖器がない精子も持たないエイリアンが
人間女性を妊娠させる事も不可能だと思います。


少し頭を使えば容易に判る嘘がここでもまかり通っています。


エイリアンと人間の間に子供が出来るとすれば遺伝子操作でしょうし、
それ以前に元々がグレイは遺伝子操作で作りあげた
化け物だという話だってあるのです。


そしてこのエイリアン情報は
私達が進化論と呼んでいるものを正しいと信じている事を前提として、
作り上げられたものである事も言うまでもありません。


各惑星の置かれている環境が異なっている事が前提に
なっていると思います。


大昔のオーソンウェルズあたりのSFに出てくる
タコの姿をした宇宙人のような発想だと思います。


異なった環境で進化を果たせば
そこでの生命体は姿を異なったものとして進化する
という発想だと思います。


エイリアンの存在する社会の中では特有の進化の形態が存在していて
ある空間では爬虫類が高度な進化を遂げたと言う事にされるのでしょう。


しかし地球社会の進化論を信じていても
これだって矛盾のはずです。


地球の進化論では進化の最高体系は哺乳類だとされているはずです。


爬虫類を極めて鳥類を極めれば
哺乳類へと進化すると言うのが進化論だったはずです。


このエイリアンを認めるのであれば
地球社会でも鳥や爬虫類のヒューマノイドが
発生する事になってしまいます。


鳥から進化したヒューマノイドが存在し
爬虫類から進化したヒューマノイドが存在し
哺乳類から進化した人類が存在するなどと言う実態が
現実には起きていないことがその進化論が誤っていることの何よりの証拠です。


進化論が元々誤っているのですから
吟味するまでのない情報です。


そして更なる矛盾は
私達が地球を奇跡の星だと呼んでいる事にも由来します。


この社会は偶然にも生命の発生する諸条件を整えていたから
生命体が発生した。。。。と言う説明です。


窒素、リン、カルシウム、酸素、水素、
その他の諸元素に更には生命の発生可能な最適の気温や湿度や環境。


それが整ったからこそ生命体が生まれたと言うのであれば


私達は生命の発生状況を想定していることになりますし
それに当てはまらなければ生命は発生しないことにもなります。


似たような環境こそが生命が生まれるための必要環境になるでしょうし
さらにその似たような環境で生まれ育つ生命には差はない事になるはずです。


つまりは生命を育むことの出来る環境では
爬虫類が進化して知的生命体となったりはしないのです。


だからNASAによりその条件にそぐわないとされた他の太陽系の惑星には
生命は存在しないと地球支配層は説明したはずです。


(しかしアダムスキーを除けば
誰も他の太陽系の惑星に降り立った人間がいないことを
私達は念頭に置くべきです。)


だとすればどこの空間であろうが
生命が生まれる条件は一緒だと言う事になりますし


その条件の元、もしも進化論が適用されるのであれば
やはり最高の進化の形態は人間となるはずです。


地球の進化論を前提として考えても、
爬虫類や両生類が進化してヒューマノイドになると
考える事態がおかしいのです。


そして現実にはそれがオカルトに聞こえようが
人間は創造主に似せて作り上げられた。


どの惑星も似たような元素を持って存在していて
その空間ではどこもが同じ法則の元で生命体を生み出し
進化させる事の出来るような環境が作り上げられている。


動物には多少の形態の差があっても、
どの惑星でも人間は私達人間と同様の神の似姿をしている。


生命体の最高形態は創造主の分身としての人間であると
創造主が残留思念の法則として定めているからです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ところで牛や人をミューティレートするなど
邪悪な目的をもった存在としてエイリアンを取り上げていますが


人間が自らの科学力を持って実行していたことを
全て宇宙人の所為にしていたことになります。


太陽系の天使達はこの社会にマイナスイオンとプラスイオンの装置
電子レンジの知識、宇宙船の知識、光ファイバーその他の知識を
与えるきっかけとはなっているでしょうが


少なくともハイテク兵器の悪用や乱用に繋がる事は
伝えていったわけではありません。


ここではマインドコントロール技術を
エイリアンから伝授されれたハイテクであると称し
一方ではエイリアンが人間ロボット化を進めているように取り上げられています。


しかし私達は理解しています。


実際にこれを進めていたのは宇宙人でもエイリアンでもなくて
この地球社会の管理支配を願っている一部の人間達であったことをです。


私達が知っている真の宇宙人はエイリアンでもインベーダーでもなくて
この社会に真の平和を齎そうと宇宙の法則を伝えてくれ続けていた人間達。


その人間達はこの社会の先人として
私達の社会を人間のあるべき姿が実践される社会へと
導きこうとしてくれた人間達です。


この社会に不幸を齎し、地獄へと変貌したのは間違いなく
私達この社会に住む人間のエゴですし


私達がそれにこだわり続ける間は
この世の平和など程遠いことも理解できます。


社会に起きている悪い要素を宇宙人の所為にしたり
他人の所為にし続けても私達の社会には改善はないのです。


無自覚に因を作り上げてその結果を受けていることに気がつかず
苦しみ続けているのが
私を含めたこの地球社会の人間だと言うことです。


私達は認めるべきものは認めて
それを反省しなければ進化はない。


私や兄弟姉妹そして理解者は
心に余裕があるときは少しでもその事を自ら
意識して地道な進化を続けて行きたいです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
P.S.

なにやら私の脅迫観念まで
彼らは私の思考から読み取っていたようです。


すごい技術だとは思いますが
科学を妄信しては私達の真の進化は
果たせないのではないかと私は危惧しています。


テレパシー一つとっても私達はその微妙な意識を
感じると言う行為こそが難しいのであって
音声送信のようなものや強制想念が
果たして本当のテレパシーの開発に
役立つのかと考えると正直否定的です。


私の理解では便利な機器が私達の進化を妨げてきたと言う意識があります。


私達は機械を使って恩恵を受けるべきときと
そうではない時をうまく使い分けて進化することを
意識すべきではないでしょうか。

プロジェクトブルービームに繋がる話ですし
私が記事で取りあげて紹介しているとおりです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10368561447.html
プロジェクトブルービーム発進VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10883299476.html
プロジェクト・ブルービーム発進?VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10886598187.html
プロジェクトブルービーム発信?VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10901416773.html
プロジェクトビーム始動 VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10901046650.html
プロジェクトブルービーム始動 VOL5



今日はGOOGLE検索が
”ロズウェル墜落事件”をモチーフとしたものになっていました。


この事件とUFOの宇宙人の実態に関しては
私は何度も記事でも取り上げていますし
こちらも参考にしていただければと思います。

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http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11428295140.html
UFOと宇宙人の実態 前編 
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11428314107.html
UFOと宇宙人の実態 後編


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この中でも使用しているWIKIよりの引用です。

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ロズウェル事件(ロズウェルじけん、Roswell Incident)は、
1947年7月アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近で、
何らかの物体が回収されたことを含む、一連のできごとを指す。


ロズウェルUFO事件(Roswell UFO Incident)とも呼ばれる。
なお、付近といってもロズウェルからは70マイル離れていたが、
ロズウェル陸軍飛行場(のちの ウォーカー空軍基地(1967年に閉鎖))が深く関わったため、
ロズウェル事件と呼ばれる。


この事件は1978年以来、様々な憶測や噂、研究、調査などの対象となってきた。
事件の真相については1997年6月24日にアメリカ空軍総司令部が提出した報告書の内容が
アメリカ政府の公式見解となっており、


それによると、1948年に回収された物は極秘の調査気球であり、
また「宇宙人の死体の回収と解剖」(捏造であったことが解明済み)とは、
1956年6月26日に発生したKC97航空機の墜落事故との記憶混同であるとされる。


一方、 UFO(軍事航空用語の本来の意味でではなく、超常現象としてのそれ)
の存在を信じる者たちの多くは、アメリカ軍が回収した残骸とは
「墜落した異星人の乗り物」であり、軍はこれを隠蔽しているのだと主張しているが、
その証拠は示されていない。

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まず気がついて欲しいのは
この事件を公に取りざたしたのが1978年ということ。


何故にそれ以前ではなくて
この時期になって取り上げられたのかと言うことを
考えて見て欲しいと思います。


アダムスキーは1950年代そして60年代当初に
このロズウェル事件含めて多くのUFO墜落があったこと


そしてその多くをアメリカなどの軍が回収し
機密情報としていた事などを取りあげていました。


当時は太陽系の惑星からのUFOの飛来は後を絶たず
その中では多くのUFOの墜落事件もあったようです。


その中の氷山の一角がこのロズウェル事件であり
本当は沢山存在していたUFO墜落事件と機体回収の一環として
認識される事件であると言うこと


そしてその時に発見された宇宙人の姿は
決してグレイのようなエイリアンではなくて
私達と全く同じ人間であったという事です。


1978年になってからそんな事件が
表に漏れ出したのには別の意図があると思います。


たとえば日本に対してのアダムスキー型UFOの飛来は
1973年から1974年頃にピークを迎えます。


そしておそらくは矢追純一スペシャルで
グレイを語るようになった頃に彼らは飛来をやめたのです。


日本にとって公で紹介された宇宙人は
残念ながらスペースブラザーズではなくて
宇宙人グレイだった事になります。


アダムスキーがこの日本に講演に来る機会がなかったからです。


当時アダムスキーの信奉者でもあった
アダムスキー全集の翻訳家の久保田さんは


アダムスキーを日本にも呼ぼうと奮闘したようですが
結局費用が捻出出来ず断念した様子が
アダムスキーとの手紙のやり取りから伺えます。
(旧アダムスキー論説集)


闇政府が1978年になってグレイ情報と併せるようにロズウェル事件を取り上げ
その後には未知との遭遇などの映画によって私達に対して
UFO=グレイ(エイリアンの乗り物)と言う印象操作をはじめたのは


おそらくはアダムスキーの時代のように
太陽系の同胞達が地球社会にやって来ては


地球人とコンタクトする危険性がなくなったと
彼らが判断したからではないでしょうか。


もしもアダムスキーの時代にそんな捏造を実行すれば
アダムスキーはじめ当時大勢存在していたコンタクティー達が
それをこぞって否定する事になったと思いますし


それ以前に天使達がこの社会に母船でも着陸させては
その実態を見せたかもしれません。


グレイの全身である”リトルグリーンマン”も
アダムスキーの口からはっきり否定されることになりましたし


半物質の金星人と結婚したとオカルトを主張した女性も
アダムスキーの口から否定されることになりました。


彼らはアダムスキーが健在だった当時は
他にも大勢コンタクティーがいた事もありますし、


偽宇宙人情報を、人々がUFOと宇宙人をオカルトだと思い込むことにこそ
利用していたのだと思います。


時間が経過し、そしてマスコミでも大々的に
偽宇宙人情報を流す時がきて地球社会から天使達は姿を消した。


彼らはそれを実行するに至ったのだと思います。


アダムスキーが亡くなってから13年後。


時の人アダムスキーの事を多くの人間が忘れるようになっていたと思います。


時の経過が人々の視線を変える事もありますし、
時間が経過する事で多くの情報を持っていた人間達が
皆が口を閉ざすように誘導されていた可能性もあります。


まして今の時代に至っては
当時の実態を知っている人間など殆ど存在していないのです。


つまり確証を持っている人間は極わずかだと言うことです。


生まれて来た時に与えられた宇宙人情報がグレイであれば、
そしてレプタリアンであれば


それを信頼しては真理であると
思い込んでしまう事にもなるかもしれません。


一方ではそれよりは賢明で自分の頭で思考する人間であっても
今度は宇宙人話を聞いてはあまりにも馬鹿馬鹿しいと認識しては
UFOも宇宙人もオカルトだと認識する事になるかもしれません。


どちらに転んでも彼らにとっては好都合なのです。


彼らが気がついて欲しくないのは真の宇宙人情報であり
私達の暮らしている社会と同じものが宇宙空間には
溢れているという実態なのです。


私だって騙されていた人間の一人です。


何度も繰り返していますが
私が9歳の時にはUFOブームがあって
その頃には結構の目撃者が私の周辺にもいました。


ただ、空を見上げない人間にはそれを確認する機会もありませんし
矢追純一スペシャルと同時に目撃情報は消えたようにさえ思えます。
(偽物らしいものは出てきていましたが)


更に日本での宇宙人デビューを果たしたのは
グレイだったわけですし、
私達はその情報を深く信じることにもなりました。


ついでにレプタリアンに関しても触れておきます。


私の記事の中でも書いてありますが
UFO著書を大量に読み漁っていた私が最初に確認したレプタリアンのデビューは
ドラコニアンという名の惑星からのエイリアンと言う設定だったと思います。


もちろんグレイなる宇宙人を存在することにしていた人間達が
太陽系の天使達の到来を危惧して作り上げた宇宙人だと思います。


何故に真の情報を隠すために
グレイでは力不足だったのか?


それはグレイが相手では天使達がこの社会に自ら姿を現すことで
その存在を示すことが出来たからです。


アダムスキーは「この時代の終わりに天使達は
この社会に自由に姿を表すことになるだろう」
と言う趣旨のことをその著書の中で触れています
(探してみてください)


それを警戒した人間達が、
一般市民が天使達を見てこの社会が彼らを受け入れる事にならないように
天使達を恐怖の存在に仕立て上げる必要があったのだと思います。


飛んできたUFOを見て「グレイだ」と言う先入観を持たせることは出来ても
その情報で私達をUFOを脅威であると認識させることは出来ても


彼らがそのままの姿を見せることで
グレイとは異なる人間であることを示すことになると
今度は私達が真の宇宙人の実態を認識してしまうのです。


「UFOだ」と恐怖してもそこから人間が降りてきて
にっこり笑ってしかも母国語で話しかけてきたとしたら
私達はどう反応するかと言うことです。


つまりグレイ情報では彼らの飛来を阻止する事が出来ないのです。


そこで登場したのがアメリカのドラマ”V”ビジターズにも出てくる
人間の皮をかぶったトカゲのような爬虫類の姿をしたエイリアンです。


ドラマの中での彼らは、
当初は私達と同じ姿をしていて地球社会は彼らを
友好的に受け入れようとします。


しかし彼らの目的はこの社会の支配であり
食料でもあったと言う内容だったかと思います。


彼らは人間の皮をかぶった恐怖の肉食エイリアンだったわけです。


これがレプタリアンのモデルになっていると思います。


ドラコニアンという惑星の人間達が1992年をめどとして
地球社会に向かっている。
(以前は1999年と書きましたが私の誤りです。訂正します)


そんな情報がUFO研究家の著書に登場してくるには
こんな背景があったと思います。


その時から地球はレプタリアンとグレイの二大勢力によって
支配されていると言う偽情報が
もっともらしく語られる事になるわけです。


レプタリアンに関しては色々な記述がありますが、
私が覚えているのは、昔からこの地球社会に住んでいた人間達であるとか
地底に住んでいると言う話です。


実はチベットのシャンバラにはスペースブラザーズの秘密基地があった
気配もありますが、レプタリアンが登場する事で
そんな基地までエイリアンの恐怖の空間に変えられてしまいます。


そしてガーゴイルなどはレプタリアンをモチーフとして
書かれたものであり、


彼らは大昔からこの社会に暮らしていたとか言われているので、
地球社会の古い文明に爬虫類系の神が出てくるのは
彼らがモデルであると言う話にもまでなってしまいます。


実は私は室内でも独り言をしていましたが、
爬虫類系の神々や人間離れした姿の神々の実態を
説明することも出来ます。


一言で言えば、
それは遺伝子実験の賜物の可能性が高いと言うことです。


この社会に飛来した古代の神々=太陽系の先住の民・後続の民は
間違いなく高い遺伝子操作技術を持っているはずです。


私の想像ですが恐竜と言うものを作り上げたのは
後続の民だと思います。


地球社会の中で遺伝子実験を繰り返して
その中で作り上げた一角が巨大爬虫類と言われた
恐竜という生命体だと言う可能性です。


UFOで地球に飛んでくる事の出来る彼らが
今の私達の社会における遺伝子実験以上の能力を持っていても
何の不思議もないと思います。


ただ、彼らの存在は地球社会の元々の自然体系を変貌しましたし
一方では宇宙の法則に触れたのではないでしょうか。


恐竜が絶滅したのは急激なポールシフトが原因であり
突然の氷河期が彼らを絶滅させたと言う科学者もいます。


恐竜が「創造主が造りたい」と思った創造物には思えません。


そして現に彼らは絶滅してもいるのです。


遺伝子操作を可能とした人間がこの社会に降り立って
しかもその中の野蛮人達を支配しようと考えたら
どんな手段が有効なのか?


いくらハイテク兵器を持っていて彼らをひれ伏させる事が出来たとしても
肉体的には多勢に無勢ではかなわないかもしれません。


そんな彼らはもしかしたら自らが神になるのではなくて
自らは神の意志の代弁者として君臨したのではないでしょうか。


遺伝子操作で作り上げた化け物を神と称しては
自らはその神官や預言者として君臨するのです。


自ら語ることの出来ない奇妙な姿の”神”の意志を
受け止めることが出来ると証しては
そこから伺いを立てたと語っては民に神託を語るのです。。。。


神とされたものが私達と全く同じ肉体を持った人間であれば
当時の人間達もそれを恐怖する事はないでしょうが


もしもその”神”とされたものが
異様な姿をしていたとしたらどうでしょうか。
(聖書の神は人の姿をしてましたから人格神だと認識してます)


例えば爬虫類のような風貌をしていたとか
とにかく人間でなければ良いのです。
(シュメール文明とかに出てくる神の姿)


それは知性を持っている事は条件にはなりません、


彼らはただ、民の畏怖の存在として
そこに存在していれば良いのです。


テントや洞穴の中に存在していれば
それで恐怖の象徴となったのではないでしょうか。


そして”本当の支配者”は自分の意志を
神の意志として民に対して伝えていた。


民達はその恐ろしい姿をした生物を見てはそれを神だと信じ込み、
神官の言葉に従う事になる。


時にはそんなものを象っては偶像として崇拝したかもしれません。


古代の、人間ではない、異様な生命体の姿を書いた壁画は
もしかしたらそんな遺伝子組み換えのような事をして
作り上げられた化け物がモデルであった可能性があると言う事です。


その中でも人間が一番恐ろしいと感じる事になるのは
おそらくは爬虫類系の生命体だと思います。


彼らは勿論、人間の言葉など語ることなく
存在していれば良いのです。


後は本当の神官が神という脅威を盾に
自らの意志を神の意志として語り続ける。


これで古代の神々は説明つきます。


ギリシア神話あたりでは人格神達が出てくるのですし


今現在のバイオテクノロジーが
化け物を作り上げることが出来る事も
私達は想像できると思います。


いつも語っているチュパカブラスなどは
おそらくは、地球社会の中でのバイオ生命体ではないでしょうか。


私達が宇宙船に乗って
進化の乏しい惑星にたどり着いた時の事を
考えて見てください。


原始的で野蛮な人間達の社会に降り立って
そこで支配者や指導者になろうとしても


彼らは同じ人間の姿をしている私達の事を警戒はしても
恐れる事はないかもしれません。


しかしその時に横にバイオテクノロジーで作り上げた
化け物を連れていたとすれば
それだけで彼らは恐怖するのではないでしょうか。


それを神であると説明しては彼らを誘導する。


彼らはそれを神と信じて壁画や土器に
それを書き刻むかもしれません。


つまりはそういうことだと思います。


地球社会の古代の人間は同じ事をされた可能性があると言うこと。


古代の神々に爬虫類系のものが多かったのは
当時の本当の神々がそれを利用していたからだと私は認識します。


私達にとって一番恐ろしくみえる象徴ほど
神にするのは都合が良いのです。


そして今の社会は今度はそれをレプタリアンという形で
継承しようとしているのではないでしょうか。


レプタリアンは上位種にはガーゴイルの様に
羽が生えているとか肉食であると説明されてました。


後には変身能力をも”授かり”人間に変身出来る事にされましたが
これはアメリカのTVドラマ”V”ビジターズの模倣でしょう。


更には四次元にも入り込む事が出来る
能力まで与えられてしまいます。


(この社会は私達のような三次元と四次元を
同時に生きていると言う認識がない)


そしていつしかこの社会の支配者層の人間達にとって
都合の良い様にどんどんと進化してしまったわけです。


レプタリアンはとても便利な存在です。


変身能力を持っていると言われてますし、
他人を貶める時に利用できます。
(例 あいつはレプタリアンだから倒さねばならない)


おまけに反物質化して四次元に逃げる事が出来るそうですから
その存在にすべての罪を擦り付ければ
罪はレプタリアンと共に四次元に消え去る事になります。


(例 悪の勢力はすべて四次元に逃げ去った)


デービットアイクあたりは90%の真実に10%の大嘘を混ぜ込んで
月面の裏にある天使達の基地をレプタリアンの基地にしてしまいました。


レプタリアンのおかげで本当の宇宙人達は
恐怖の存在とまでされてしまいます。


レプタリアンはとても便利な存在なのです。


コアグラフィック動画を作り上げて公開しそれを本物と信じ込ませれば
頭の弱い人間は視覚から入った情報を信じて疑う事もありません。


ところでレプタリアンもドラコニアン部隊として
1992年頃にUFOでやってきた事になっているようですが


なぜに四次元を移動できる存在が
宇宙船に乗って移動したり月に基地など作るのでしょうね。


地球に対しても前線基地など不要で
四次元空間に控えていていきなり出現すればよい訳ですし

宇宙船に乗る必要性など皆無です。


私達が理解している四次元には距離の概念はないのですから。


宇宙船に乗って万が一”物質化”している時に墜落すれば
命を失うことになるわけですし
そんな危険を冒す必要だってないわけです。


出来る物なら、四次元から突然現れて
四次元に突然消えれば良いのではないでしょうか?


一切の危険に晒されることなく
事を済ませることが出来るはずです。


人間が自分の価値観をもって作り上げるから

こんな矛盾した行動をとる宇宙人が出来上がることになる。


天使達が戦わない存在であり、
名のない存在である事を知らないで
地球社会の人間の思考で宇宙人を作り上げるから


悪い宇宙人と戦っている宇宙人が出てきたり
(アンドロメダ評議会や銀河連邦)
その宇宙人が自ら名前を名乗る事にもなるのだと思います。
(サ・ルーサ、サナンダ)


私達から見て尤もらしいものほど
実は一番真理からかけ離れていると言うこと。


アダムスキーが語ったような名前のない宇宙人などは
地球社会ではかえって奇妙に感じるかもしれません。


私達が通常持っている価値観が時には真理とは正反対であるからこそ
私達は自分の真理に近い価値観を正しいと認識しては
それと異なる情報を信じる事が出来ないのです。


そういえば金星や火星に生命体が住めないと理解している
私達の地球社会の常識に関連してその根底として
環境の実態に関わる太陽の熱の伝わり方の問題があります。


それを正しく理解していないと
こんな勘違いをもする事になる


そんなコメントを見つけました。

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918 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2013/07/07(日) 16:13:59.49


どうせ地球の磁場転換でバンアレン帯が消失して
太陽風で黒焦げになってみんな死ぬからどうでもいい


放射能の海なんかを作るまでもなく
イルミナティとかが何もしなくてもそうなる


というより単なる自然現象だからどうしようもない
というか2012年頃からバンアレン帯の消失が始まってるのはググればわかる
みんなオカルトネタ扱いして気にも止めてないけどね
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本人は恐怖の実態に気がついているつもりのようですが
大きな勘違いをしています。


一つにはバンアレン帯に関して
その消失を警戒している事に愕然としました。


この人間はバンアレン帯の実態を勘違いして理解しているようで、
それが消える事がこの社会にとって悲劇であるかのように捉えているからです。


私達にとっての悲劇は、
たとえばオゾン層が破壊されているような実態であり、
電離層に変化が引き起こされるような場合です。


バンアレン帯の実態をご存知でしょうか?

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ヴァン・アレン帯


ヴァン・アレンたい、英: Van Allen radiation belt)とは、
地球の磁場にとらえられた、陽子、電子からなる放射線帯。


1958年にアメリカ合衆国が人工衛星エクスプローラー1号を打ち上げ、」
衛星に搭載されたガイガーカウンターの観測結果より発見された。
名前の由来は発見者であるアメリカの物理学者、ジェームズ・ヴァン・アレンより。

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”ガイガーカウンター”を使用するのですから
その空間がどんなもので満たされているかも想像がつくはずです。


アダムスキーの説明がこちらです。

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地球の上空にはバンアレン帯と呼ばれる放射能帯があります。
われわれ地球人が核実験をやればやるほど困難な目に会うことになるのだと彼は言います。


覚えておられるかもしれませんが、約二年前、
クリスマス島とジョンソン島でミサイルの核弾頭を三二〇〇キロ上空で
爆発させようという計画がありました。救いようがありません。


実験のいくつかはうまくゆかず、そのうちの一つが途中で爆発しました。


何人の人が傷ついたか聞いていませんが、とにかく三二〇〇キロ上空ではなく、
三二〇キロの高度で一個を爆発させることに成功しただけです。


三二〇キロ上空にバンアレン帯よりもっと危険な放射能帯を作ってしまったのです。
宇宙人はまさしく真実を伝えてくれたのですが、


宇宙空間の真相


 アダムスキー氏が宇宙旅行において、
私たちのスペースプログラムを助けるのに何を発見したでしょうか? 
最も重要なものの一つは地球の周囲に放射能帯が存在することでした。


それが核爆発実験から出る放射能をとらえるのです。


私たちは、もし核戦争が始まったならば、放射能が大気圏外にも漏れ出て、
そのために近隣の惑星群の人が宇宙旅行をするのは危険になると警告されています。


それから数年後に、科学者はバンアレン帯のおかげで、
核実験から出る放射能は、かつて考えられたように
宇宙空間に逃げないという事実を発見しました。


私たちはチリが降りかかってくるごとに、
食物の中にストロンチウム九〇のごとき、ひどい元素を絶えず食べているのです。

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バンアレン帯は私達が地球上で核爆発などにより発生させた放射能などを
宇宙空間に垂れ流しするのを防御してくれる役目を果たしている
と言うのがアダムスキーの説明でもありました。


このバンアレン帯が存在を確認できるほど大きくなったのは
地球社会の中での繰り返しの核実験が宇宙空間に漏れ出す以前に
そのバンアレン帯でとどまる事になったものであると認識すべきなのです。


そしてそれを巨大化させたのはこの地球社会の繰り返しの核実験であり
それが消失していくと言う事は放射能汚染を減少させている事に
他なりません。つまりはそれは浄化なのです。


それが自然発生のものなのかそれとも
天使達によって改善を齎されたものかは不明ですが


彼らは地球社会の核に拠る放射能の影響が
彼らのUFOの航路にまで及ぶと言う実態を説明してくれていました。


つまりはっきりとその大きさを確認できるほどに
バンアレン帯を巨大化させたのは
地球社会の核実験が原因である可能性が高いと言う事です。


バンアレン帯はおそらくは人体には有害地帯であると想像する事が出来ます。


地球の社会の科学者が何と語ろうともです。


近年は一時ほど核実験の数は多くありませんし
地下核実験などの増加もあり
大気外に漏れる放射能も減ったのだと想像できますが


そんな実態もあり、バンアレン帯の減少は幸いでありこそすれ
災いではありえないはずです。


そして太陽放射線を緩和させているのは
私が繰り返し説明しているように地球の電離層です。


ここにおいて危険とされる多くの放射線が吸収され、
残りも大気圏上部で吸収されて
その残りが赤外線や紫外線や可視光線となって大気へと降り注いでいるのです。


私達が色を認識できるのは可視光線のおかげでしょうし
暖かさを感じるのは赤外線が微粒子などと反応しては
熱を発生しているからです。


紫外線も届きますがそれは日焼けはもちろんですが
私達の遺伝子を壊したり
老化促進の原因ともなっているようです。


有害なX線やガンマ線の多くが電離層において吸収されるのですし
必要以上の放射線が対流圏に入り込まないのは電離層のおかげだと言う事です。


【太陽風で黒焦げになってみんな死ぬ】


何を根拠にと思ってしまいましたが
まず、太陽風が届くのは地球社会だけではありません。


ここでの太陽風と言っている内容は”太陽放射線”の事でしょうが

例えばこれは最近流行の太陽フレア詐欺にも関わってきます。


太陽フレアが発生したと言って
それが地球社会にレーザービームの様に届いては
特定の地域に地震を引き起こしたり灼熱地獄を齎す事はないのです。


勿論太陽フレアが発生しようがそこで生じるものは太陽放射線であり
この放射線は地球だけでなくて太陽圏のすべての惑星に対して
更にはすべての空間に対して届けられる事になります。


つまり地球に対して入り込んでくるのは
その中の一部に過ぎないと言う事。


しかもその殆どは電離層で吸収されると私は説明しています。


更にこの地球社会の中での”熱”となって生じているのは赤外線であり、
その赤外線が対流圏内の微粒子などと反応して熱を生じていると説明しています。


例えば太陽が1万度の高熱を風として吐き出して
それが5000度位の熱となって私達の社会に届く事はありえないと言う事です。


放射線が宇宙空間を移動しているときは
それは光も発しませんし熱いものでもないのです。


その中の赤外線と言うものが大気の中で始めて熱として現れるのですから、
以前からの繰り返しになりますが
太陽熱の伝わり方は”熱の伝導”と言われるものではないということ。


ストーブのそばに近づくほど暖かい。


これが熱の空気伝導です。


これが太陽に関して当てはまるのならば、地表よりも太陽に近い上空は
地上よりももっと暖かい事になります。


そして地球から一歩でた太陽に近い場所では
私達は蒸し焼きにされるような思いをする事になります


しかし現実には太陽に近くても
宇宙空間は絶対零度-273℃の空間です。


私達の太陽熱の認識の仕方の誤りが
この書き込みのような太陽風によって焼け死ぬという
発想にも繋がって来るのです。


だからこそ太陽に近い金星や水星は
摂氏450度以上の灼熱の地獄であると公表されれば
私達はそれを信じ込むことにもなります。


更には他の惑星はどの惑星も表面に
不思議な色をかもし出しています。


地球のような緑や青と言った生命を感じさせる要素は
太陽系の他の惑星からは伺うことが出来ません。


でも、あれは雲や大気の成分の厚みで
その内部空間が見えないことを意味しているはずです。


表面を覆っている厚い大気は
それぞれの惑星の中に多く存在している元素の成分かもしれません。


その厚い大気や雲が彼らを有害放射線から守り
(紫外線ふくむ)彼らの長寿を実現してもいるのです。


この辺含めても私達の誤った宇宙への知識が
太陽系の実態を正しく認識させるのを妨害していて


尚且つエイリアンや偽の宇宙人を暗躍させることに
資しているのだと思います。


私達が正しい宇宙人の実態を理解すれば


私達はグレイやレプタリアンを消し去って
オカルトではない真の宇宙人情報へと目と向けて


その後はエネルギー問題や宇宙船開発にまで
着手することが出来るようになるかもしれません。


この社会を変えうるのは
私達が真の人間の実態を知ることだと思いますし


それを実現させる最善の策が
私達が宇宙人の実態を正しく認識すること。


私はそのように思いますが
兄弟姉妹と理解者はどう考えますでしょうか?


今回取り上げた内容は以前からの繰り返しですし
ヴァンアレン帯の話以外には目新しいものもありませんでした。


でも私達が常識としつつあるこの情報と知識は
この社会の中では未だオカルトであったり
理解不足で知られていないものも少なくありません。


科学者が理解して発表している内容であっても
私達はそこまで意識を伸ばして知識として知ることもありませんし


身近な他人に語られた話や目に付いた書き込みを鵜呑みにしては
それ以上追求しようとしないと言うのが実態だからです。


私達は何事をも自分の頭で思考しなければいけない。


そして物事の整合性を自ら確認しては、
それを正しいと判断しては自分の知識とする事も出来ます。


その上で新しい閃きや知識を得る事が出来れば
私達の情報は膨らむことにもなります。


時には科学者ですら理解できないことを
私達はオカルト扱いされながら語ることも出来るかもしれません。


そしてそれが私達の進化の証しにもなるのだと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


この記事の下に被害記事があります。
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進化の話です。


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以前「生命の科学以外にはどんな教えを参考…by○○○○

吉本隆明氏の本がきっかけで、私は今、宮澤賢治の作品を読んでいますが、
特に彼の童話はイエス・キリストが語った例え話を思い起こさせます。
宇宙の法則を念頭に置いて賢治の童話を読むと、
とても分かりやすいのです。


『銀河鉄道の夜』には「たったひとりのほんとうのほんとうの神さま」
という表現が出てきます。


また『貝の火』では、危険を顧みず、ひばりの子を救った子兎が王さまから、
一生満足に持っていることが難しいと言われる美しい宝珠「貝の火」をもらう。


皆から尊敬の眼差しで見られる子兎は次第に慢心し、
とうとう貝の火はただの白い石となり、
そして煙のように砕けてしまう。


日々、宇宙の法則を実践しなければ、魂(貝の火)は濁り、
やがては消滅してしまうということなんですね!?

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個人と言うよりも兄弟姉妹と理解者に対しての
返答のつもりでコメントさせて頂きますね。


宇宙の法則に関しては例えアダムスキーの事を知らなくても
私達が魂から感じる事が出来るものですから、


先日私が紹介した”ガンジー”のように、
宇宙の法則という魂からの真理を
身をもって感じている人間は沢山いるのだと思います。


私達がそれを主張している人間の存在に
気がつく事が出来るかどうかと言う話になるのでしょうが、
私達は多分、自分の意識でそれを選別する事になると思います。


私が頻繁に語っている魂の共鳴です。


自分の中から湧き上がってくる価値観が
それを正しいと認識することになる。


結果私達はそれをそれを”キリスト”(真理)と認識することに
なるのだと思います。


私が薦めることの出来るものは正直言えば、
アダムスキーと聖書以外にはないのです。


と言うのは、私が他の物からは
真理に気がつくきっかけがなかったからですし、


私の脳裏に20年来焼きつけられていたのは、
当時で言えばアダムスキーが太陽系の天使達の語っていたとした意識で
自分では「宇宙教」とか「一人教」と認識していました。


それに深く確信を得ることが出来たきっかけは、
”グレイ”を消せた事ですし、
その時にそれまで私の”理想”の社会だった天使達の世界は
現実になったのだと認識しています。


「宇宙からの使者」という著書を書いてくれた藤原忍さんには
深く感謝しています。


ただ、私達が参考とするのは
自分の今の精神状態で深く感銘を受けたものでも良いかもしれません。


偶然見つけて紹介した先日のガンジーも、
おそらくは私達の参考になるかと思います。


ただ、私達は沢山本を読んで数多くの真理に触れれば良いと言うわけではなくて
それが自分の進化に有効な内容があれば参考にすれば良いのだと思います。


アダムスキーの著書の場合は真理の監修としての天使達がいました。


記述は信頼して良いと思います。


しかし私達一般の人間の中の偉人が書いた物などは
時には自らの心の価値観が入り込むものもあったかと思います。


手放しでは信頼できない事になると思います。


それは私達と同じ人間が作り上げた価値観が
入り込む事になるからです。


私は聖書にしても独自の解釈をしました。


当時の時代背景や旧約聖書との関係、その後の歴史の流れ、
更にはイエスキリストが三次元と四次元を意識していたと言う実態含めてです。


その主張がパウロの手紙には顕著に現れていました。


その意味では偉人が書いたと言って、それを鵜呑みにするのではなくて
自分の魂の共鳴を信頼して頂ければと思います。


ただ、私達が進化を果たすために必要なのは
知識ばかりではありません。


大量の表に見える知識を持っても
それが自分の深い理解に繋がるとは限らないからです。


私は気がつくと、
アダムスキーの著書とマスターの言葉を
深く理解していました。


と言っても私は何度も生命の科学や
アダムスキーの著書を読んだわけではありません。


でも読み直すと自分が今もっている価値観が
そこに再現されたようなそんな不思議な感覚で
アダムスキーの著書を見つめていました。


勿論アダムスキーの著書を読んでいたわけですから
その時の記憶はあってもおかしくありませんが


その時には理解できずに頭に入っていかなかった内容が
その時にはしっかり理解できてそこに進化を感じることになります。


勿論それは私に限ったことではなくて
アダムスキーの著書を読んでくれている方であれば
感じることになっているかと思います。


でもそれは不思議でもなんでもなくて
私達の気がついた事と、アダムスキーが知っていることが
同じ源泉であったからこそ同じ感覚を得ることになった。


つまりは共通意識の問題だと思います。


そして私達が学ぶべきは知識ではなくて知恵だと触れましたが
その知恵が新たな知恵を呼び起こす。


そんな連携が私達の中では働くのだと思います。


自分の中で宇宙の法則に関しての骨格が出来上がっていれば
後はその残りの断片を探す作業となります。


私達が十分に魂を意識できれば、
宇宙の法則に照らして正しい事柄を無意識に選択したり、
選別する事が出来るようになっていくはずです。


そんな自分の直感と閃きを信じて、
共鳴したと感じた物を取り入れるのも良いと思いますし、


アダムスキーに関しては
その知識に関して深く思考してみるのも、
新たな知識とか知恵を得るために有効かと思います。


その思考の過程で閃く事もあるからです。


勿論そこに書かれていない事がです。


惑星の生成の過程や、UFOの飛行原理など
科学的な側面含めて思考する事も楽しいとも思います。


難しい本であれば哲学者の本などもためになる物があるかと想像していますが
(カント、デカルト、アリストテレスその他色々)


私は今回はアダムスキーで十分と考えていました。


思考的には宗教色の強いものではなくて、
哲学的な著書で真理を求め続けた人間達や
”昔の聖書研究家”の記述などは興味深いものがあると思います。
(過去の宗教論争の時などの)


コーランは難解ですが、仏教の開祖である、お釈迦様の”大元”の言葉
これはアダムスキーもイエスキリストも学んでいたはずです。


その様な内容を参考に進化のきっかけを見つけてください。


それから、”宇宙の法則を日々実践する”と言うよりは、
私達の原点を思い出してみてください。


私達の持っていたのはたった二つの戒律です。


創造主の存在を信じること。
自分の魂の意識の経路の存在を信じること。


宗教とは異なり、当初はたった二つの戒律だけが
私達に最初に課されるものだった事を思い出してください。


そして私達が当初実践するのは道徳全般、
私達のこの国が昔から当たり前と認識していたその思いを意識すること。


そして自分の進化を妨げている自分の悪徳を意識して
それを解消する努力をすること。


更には日々の体験の中で進化の妨害になると感じたものを
自分の戒律として課すことです。


私達にとっての戒律は自分が進化するために
必要とされるべきものを自分に課す行為です。


それは他人に対しての戒律ではありませんし
それをもって他人を裁くことも出来ません。
(実態を理解して語るのは裁きではありません)


しかし自分の進化の妨げになっていると感じることを改善することは
自分にとって間違いなく進化の助けになりますよね。


私であれば喜怒哀楽を抑える事や
自分の性的な欲を抑えること
(工作員に妨害され続けていて進化どころか退化を
果たし続けていますが)


更には自分の日々の生活の中で
記事のためになるような情報含めて
それが社会のためになると確信出来るものを探したり


自分が進化の妨げになると感じたことがあれば、
それを自らの戒律として心の価値観に置き換える。


私は本当にいろんな本を読んだり
無駄となった多くの勉強もありましたし、


いろんな体験をしてきた人間なので
その中で自分なりの価値観は出来上がっていたようです。


私達が記憶を持っての転生に向かうためには
多くの戒律は必要とされないと想像していますし
私達はそんな器でもありません。


私達にとっての戒律の模範は、魂から出ます。


創造主の意志と照らした時にその行動や意識が正しいかどうかだ
とアダムスキーも触れていました。


行動の動機が全体への奉仕や自分の進化に繋がる時には
それが正しいのだと私達は認識すべきです。


そしてその目的が自分の心の個人的価値観を満たす時
長期的総合的に見て全体への効果がマイナスだと認識した時には
それが正しくないとされるのだと思います。


創造主の意識が私達の調和と進化であるという意味が
ここからも理解できるかと思います。


私達にはそんな完全な行動が出来るわけもありませんし
私達は日々罪を繰り返す事にもなります。


そして天使達も罪を犯すのだと言う事でもあったはずです。


その中で自分が誤りであると認識した事を
私達は気がつき次第それを戒律として自らに課すことになる。


それが私達にとっての進化に繋がる行為でした。


私達は当初二つだけである戒律を、どんどんと増やし続けては
結果的には莫大な量の戒律をもって創造主に似ていく事になります。


私達はそのための一番最初のハードルを
今乗り越えようとしているのだと認識してください。


日々の実践と言っても私達が意識するのは心の持ち方ですし
その心の価値観は行動になって出るのだと思います。


想いがそのまま行動に出るのは
私達の感情を考えてみてくれれば良いと思います。
(私などは工作員に巧みに感情操作をされては
半ば開き直ってエゴを持って暴走していることもありますが)


その上で自分の体験の中で進化妨害になっていると気がつく事があれば
独自にそれを自らの戒律とすればよい。。。


そんな話にも繋がって来るのです。


アダムスキーが言って居たように
日々自分の想念を観察する事が良いかと思います。


それがどんな感情からとった行動かと言う分析が有効なようです。


戒律に関しては


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11326078801.html
自らに最適な戒律を課す
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11453252587.html
自らに最適な戒律を課す VOL2


の中で詳細は触れていますので是非読んでみてください。

読んでいない方は必読でお願いいたします。


私達が進化のために意識すべきことを
出来るだけ判りやすく書いたつもりの内容です。


天使達でさえ30点であるという試験問題で
多くの宗教が100点を目指していると言う実態に気がつくと思います。


私達は魂の卒業試験で10点を取ればよいのです。


そのためのきっかけに私の記事を参考にして頂ければ
うれしく思います。


前から繰り返していますが兄弟姉妹と理解者は
何時かこの社会からの卒業生同窓会で会いましょう。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


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P.S.


過去記事にあったように、
私達の卒業試験は加点方式と言うよりは減点と加点の合わさった
不思議な試験だと理解すれば良いと思います。


極端な例をあげれば、
聖人を見習おうと生きたつもりで自分では90点をとったつもりでも


一方では無自覚の心のエゴで動き続けてきた自分に気がつくことなくて
-200点を取っていれば総合点数は-110点で不合格です。


判りやすいですか?


私達は戒律を大量に課してそれを全て守ろうとするよりも
自分にとってのでっかい欠点を抑え続けることで
失点を減らす事のほうが大切だと説明できます。


ただ、自分が進化したとか、
記憶を持っての転生が出来そうだという意識は
兄弟姉妹であれば地道にその予感が強くなるはずです。


そしてそれも私達の進化が齎す感覚だと私は認識しています。




私は組織的犯罪の被害者と言う側面を持っています。


私が未だオカルト含めてユダヤの陰謀を
把握しきれて居なかった頃に
被害者とやり取りしていた被害関係のコメントを記事にしたのが

この下の二つのリンクです。


その更に下には闇政府傀儡たちの工作や
それに関する被害を集めてあります。


日々毎日の様に被害は語っていましたが
こちらはそれに特化した記事が集まって居ます。


http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/790ead758311746723d03f83f3dd7d6f
組織的犯罪被害リンク
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/09026e75d77ba99d80266d47d67db899
組織的犯罪被害リンクその2




http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10912028420.html
電磁波との究極の戦い
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10923924928.html
CIAのマインドコントロール
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10919169112.html
国家機密のマインドコントロールVOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10921459066.html
国家機密のマインドコントロールVOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10925224223.html
国家機密のマインドコントロールVOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10929208654.html
国家機密のマインドコントロールVOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10929681307.html
国家機密のマインドコントロールVOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10930533358.html
国家機密のマインドコントロールVOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10931542806.html
国家機密のマインドコントロールVOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10937115720.html
国家機密のマインドコントロールVOL8



http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11305190372.html
国内のフリーメーソン八咫鳥情報
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11315680256.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL10
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11314793994.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11313903208.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11313108061.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11312265515.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11310597616.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11305786106.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11304132385.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL3 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11304134054.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL3 後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11303470370.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11301681073.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11301356551.html
サンヘドリンとフリーメーソン

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11156860495.html
日本で何が起きている?VOL1


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11005236881.html
不条理な価値観 悪いのは誰?

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11008488934.html
今後の方針を徒然に語る
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003283734.html
闇政府の誘導にご注意を
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11075593910.html
TPP参加で日本民族滅亡必至
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11146444309.html
日本を沈没させたい人間達とは
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185465089.html
人権侵害救済機関設置法案を盾にするな


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11015529634.html
広報のお願い・小人の支配する社会
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11017507381.html
日本の住人の魂の危機
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003296847.html
地球レベルの意識の齎す物
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11024654218.html
地球の法則の暴走を止めたい
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11343299436.html
地震・工作員・終焉の社会
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11335843008.html
策略・陰謀・長老会サンヘドリン
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11329136460.html
終戦の日に闇政府傀儡を語る
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11324836079.html
アジアにおけるサンヘドリンの懐刀は。。。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11323272332.html
ユダヤ傀儡と化した朝鮮半島と対峙する
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11318987881.html
工作・被害・闇政府にオカルトまで
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-301.html
誰もが被害者となりうる世界

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11005610648.html
創価学会広宣部を糾弾する
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11265219823.html
ハイテク・工作・愛
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11262700419.html
被害・工作・カルト・神
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11271281719.html
人間>創造主という存在達
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11309742946.html
加害者よりも被害者が憎い不思議な人達
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11306413453.html
被害と工作員関係
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11161645709.html
工作員への右ストレート前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11161647845.html
工作員への右ストレート後編
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-268.html
工作員語録 VOL1
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-270.html
工作員語録 VOL2
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-271.html
工作員語録 VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185678410.html
工作員語録 VOL4 その1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185706235.html
工作員語録 VOL4 その2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11208890562.html
工作員語録  VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245931302.html
工作員語録 VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245997888.html
工作員語録 VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11285549451.html
工作員語録 VOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11243472463.html
集団ストーカー工作員に負けるな
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245823564.html
工作員の下ネタ工作
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11294912338.html
更に工作員記事二つ更新


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11028011739.html
究極の関与その1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11029850727.html
究極の関与その2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11034356140.html
究極の関与その3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11034358787.html
究極の関与 VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11048576169.html
究極の関与 VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11034363279.html
究極の関与 VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11034365058.html
究極の関与 VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11034366779.html
究極の関与 VOL8


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11060375274.html
集団ストーカーの実態VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11061358884.html
集団ストーカーの実態VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11066592382.html
集団ストーカーの実態VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11072393025.html
集団ストーカーの実態VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11074421727.html
集団ストーカーの実態VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11080156566.html
集団ストーカーの実態VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11063302281.html
広報と精神攻撃
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11065306200.html
集団ストーカー  うつ病にご用心
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11064264220.html
コメントへの返事H.23.10.31
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11067300467.html
本来なら憎んでも許される人間達
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11078215705.html
科学力の関与 風貌・美容被害その1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11085786914.html
冬場の健康被害警報
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11082498147.html
工作員達へのお礼
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11090603728.html
被害と組織的犯罪の現状
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11094411091.html
被害と体臭警戒警報
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11093456265.html
被害と掲示板活用法
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11092523166.html
被害と組織的犯罪の現状VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11098245689.html
被害と組織的犯罪の現状VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11096309676.html
エピローグへの序章?
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11099521490.html
人間淘汰ネットワーク
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11100994218.html
被害広報・闇政府傀儡カルト
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11117986805.html
加害者組織の人間達へ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11048566795.html
被害報告h23.10.15
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11063047357.html
被害報告H23.10.30
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11118489478.html
被害報告H23.12.27
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11130892124.html
電磁波自覚症状


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11254261702.html
被害愚痴
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11254956215.html
被害愚痴 H.23.05.19
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11255104629.html
被害愚痴 続き
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11258266365.html
加害者組織と工作員語録
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11259191618.html
陰謀策略最前線にて。。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11260849533.html
被害愚痴H24.05.26
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11264372542.html
被害激化H24.05.30
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11271173855.html
被害愚痴 H.24.06.07
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11271173855.html
被害愚痴 H.24.06.07
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11272891223.html
被害愚痴H24.06.09
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11276271576.html
愚痴H24.06.13
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11277100802.html
被害愚痴H24.06.14
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11283872873.html
被害愚痴H.24.06.22

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10995046621.html
マインドコントロールに抵抗する

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11144622659.html
予言成就?
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11080156037.html
二つの神の見えない戦い
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11148295099.html
徹底抗戦 闇VS神の使徒

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11057146792.html
心(視覚)に頼る弊害
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11044699304.html
素晴らしき人生
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11108422951.html
地球社会の不合格者
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11060583525.html
物の奴隷の地球人
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10466831857.html
人間を操るものその2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11151992342.html
実質闇政府傀儡達への憤り





http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11158923559.html
マインドコントロールと精神 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11158924430.html
マインドコントロールと精神 後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11274647036.html
洗脳とマインドコントロールと科学力


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11138145830.html
続・沈黙の兵器プロローグ


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11025768028.html
徒然にぼやく
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10995114973.html
ハイテクは神と管理を生む
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11030885149.html
予言?計画?リーク?そして愚痴
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11031827447.html
チラシの裏側H.23.9.28
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11034723891.html
灰色社会の実現のために
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11033771534.html
徒然に日本の裏を考える
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11032883444.html
緊急速報?ユダヤ教の元旦
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11081018288.html
チラシの裏側を読む 特番


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11045631820.html
想念と宇宙の法則と人工想念と地球の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11040613633.html
闇政府の日本への策略80%完了
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003288913.html
この情報は信用できるのか
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11055535820.html
科学力・科学力・科学力
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11059436764.html
日本の黙示録 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11059029034.html
日本の黙示録 後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11071704855.html
病?カモフラージュ?
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11074153641.html
UFO完全否定とUFO情報公開
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11080157189.html
巨大迷路からの脱出VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11081978635.html
巨大迷路からの脱出VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11057148615.html
王の望む民
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11105682673.html
少ない希望を百倍に
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11167313877.html
陰謀最前線 VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11167313877.html
陰謀最前線 VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11165514787.html
管理社会への足音
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11039300070.html
闇政府傀儡暗躍中
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11016589341.html
地球の法則 強さとは何か
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11039668625.html
陰謀論の基礎知識
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11266022964.html
工作員は民族と宗教の接点? ・ロックとロス提携
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11267820763.html
69歳の呪い
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11262708927.html
異常者からの迷惑メール
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11269896462.html
敵を悪人に仕立て上げる人間達
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11269711866.html
闇政府への牽制 
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11275485264.html
今の本音を語れば

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11294819254.html
朝鮮部落と同和部落
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11298986381.html
一年経って。。



http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11308113688.html
被害者に知ってほしいこと
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11309742946.html
加害者よりも被害者が憎い不思議な人達
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11309178962.html
四面楚歌の中で。。。。
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-301.html
誰もが被害者となりうる世界
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11309742946.html
加害者よりも被害者が憎い不思議な人達
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11306413453.html
被害と工作員関係
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11322353689.html
被害・工作報告 H24.08.08
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11321604009.html
被害報告H24.08.06
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11320050308.html
被害報告H24.07.04
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11318987881.html
工作・被害・闇政府にオカルトまで
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11379713291.html
地球の法則が手強くて。。。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11306413453.html
被害と工作員関係
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-310.html
ハイテク被害者の死
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11453852141.html
集団ストーカー被害者へ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11453852649.html
コメント紹介
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11457032915.html
被害の愚痴 H24.01.26
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11466870069.html
被害報告 H25.2.9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11470385828.html
コメントへの返事 H25.02.24


次の生を見つめてVOL 1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11192269406.html
次の生を見つめて VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11192435351.html


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読み物として、アダムスキーさんが著書の中に記した
UFOに関する動力となるものと、重力場を無効にする方法、
そして電磁場に乗って光よりも早く飛ぶという実態に関して紹介します。


これは、この社会の実態を理解していない人間にしてみれば
何のことはない単なるオカルトの延長であったり
素人の理論に見えるかもしれませんが


知る人が見ればこれはトップシークレットの部類に属しておかしくない
UFOと私達が呼んでいる物の飛行理論であり


私達一般人が理解できていない電磁場の理論と
それを利用することで可能となる
画期的な乗り物を作り上げる切欠になりうるものだと思います。


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宇宙船と重力


 地球人が大気圏外ヘの旅行を計画する時、
昔の船乗りがかかえていた問題と多くの点で比較できる諸問題にある程度直面する。
ちょうど海洋に海流があるのと同じように、宇宙にも一定の自然の道があるからである。


地球のパイロットたちはある高度を飛びながら
われわれの惑星の上空に”宇宙の川”を発見している。


これは偶然につきとめられたのであるが、
それ以来航空雑誌などに多数の記事となって載せられている。


科学者や飛行士たちは海洋の海流にたとえられる
大気圏内を動いているさまざまのタイプの気流に気づいている。


惑星間や太陽系間など、
宇宙にもあまねく同じような状態があることがいつかわかるだろう。


 他の惑星の住民は自分たちの惑星を取り巻いている
大気の中のこのような状態を研究したために、
最初の宇宙船を開発して大気圏外ヘ飛び出ることができたのである。


その時以来彼らにとって宇宙というものは、
ちょうど地球の航空機が地球上をあちこちと飛びまわるのと同じくらいに
安全で簡単なものとなってきた。


もし大気圏外に飛び出て安全に帰還しようとするのなら、
重い燃料を積み込んで船体に負担をかけるのは無理なことで、


それよりも推進力として大自然のエネルギーの利用法を
学ぶ必要があることに彼らはすぐ気づいた。


それでこの線にそって彼らの科学者は研究し、ついに成功したのである。


楕円磁場は太陽系のバランス


 別な惑星の宇宙船の磁気推進力をもっと明確に理解するためには、
地球磁気や各惑星や太陽を取り巻いている磁気の勢力範囲などをまず考えねばならない。


 地球の磁場は池の中ヘ小石を落とすことによって起こる
一連の丸い波紋(複数)にたとえることができる。


この丸い波紋は小石の落とされた中心点から外側ヘ動いてゆく。
そして大きさは広がってゆくが、動くにつれて力は弱まってくる。


 ところで二個の小石を数フィートの間隔をおいて同時に池の中ヘ落とすと、
二通りの丸い波が作られて各中心点から外側ヘ広がりながら動いてゆく。
すると両方の波の先端が出会う所で、二つの中心点のあいだに伸びる一つの干渉模様が作られる。


この干渉模様は広がった楕円形となり、
小石の落とされた二つの中心点がその楕円の各先端に位置することになる。


両方の波の先端は中心点から外側ヘ進むにつれて力が弱まるけれども、
干渉模様は両方の力の一部分を結びつけて第三の力を生み出しており、
波が活動し続ける限り、この第三の力は二つの中心点のあいだにいつまでも残るのである。


 太陽、各惑星、または衛星から空間に及ぼしている
磁場の影響範囲のあいだにも同じ関係が存在する。


こうした磁気の波の先端が他の天休からやって来るにつれて、
それらも一般的な広がる楕円形となる。


各惑星または太陽の磁場は空間ヘ進行するにつれてその強さは弱まるけれども、
このようにして磁気の波の干渉によって天体間に生み出された楕円磁場が
天体間にいつまでも変わらぬ強さを持った磁場を保っているのである。


 一惑星の磁場は電他から遠くヘ流れてゆくにつれて次第に弱まる”直流”に似ているけれども、
二つの惑星によって生み出される楕円磁場は、
遠方まで送ることのできる”交流”にたとえてよいだろう。


 太陽から惑星ヘ、惑星から惑星ヘ伸びているこれらの交流楕円磁場は、
太陽系のバランスを保っている目に見えない鎖である。


それは更に太陽系同士を結び、更に銀河系同士をも結んでいるのである。


それはまた”超小型太陽系”である原子の極微の磁場のあいだにも存在する。


 地球に影響を与えている各楕円磁場の長軸の先端の部分は
北緯五八度から南緯五八度にわたっている。


各楕円磁場の軸は磁極の軸にたいして直角をなしており、地球の磁気赤道に一致する。


円盤や母船はどのようにして作動するのか


 惑星間の”磁気の川”はその流れの方向を絶えず交互に変えており、
惑星間に往復の磁気パルスを起こしている。


この往復パルスの片道を利用して宇宙船は一方向ヘ進行するのである。


たとえば、もし宇宙船が惑星を中心として外向きのパルスだけを利用するならば、
それは惑星から離れて進行するが、
内側向きのパルスを利用すれば、それは惑星の方ヘ進行する。


またもし宇宙船が磁気の往復パルスを両方向ともに同時に利用すれば
船体は空間に停止することができるのである。 


一惑星の重力場の中で宇宙船がどのようにして作動するのかを説明するためには、
まずわれわれは地球磁気と惑星の自転との関係に気づく必要がある。


 地球では多くの作家が”反重力”について書いており、
科学研究の分野でも重力はどうにかして停止させることができるという考えが導入されている。
しかしこれは効果的な考え方ではない。


 現在他の惑星から地球ヘやって来る宇宙船群は
”プロ・グラヴィティック(重力に従う)”原理に基づいて作動する。


つまり自然の力に逆らうことをしないでそれを利用するのである。
これらの宇宙船群は静電気の力で作動するので船体が地磁気の力に逆らうのは無益となる。


地球の地磁気だけでも数十億ボルトのポテンシャルを帯びているのだ。


惑星の引力はその自転速度の遠心力と静電気の求心力のあいだの自然のバランスなのである。


遠心力は惑星の表面から物体を飛び出させようとするけれども、
静電気の引力は物体が空間に飛び出るのを防いでいるのだ。


 もし静電気の引力が存在しなかったら、
われわれは遠心力によって空間に投げ出されないようにするために、
木か岩にしっかりとしがみついていなければならないだろう。


逆に、もし静電気の力とその求心力のバランスをとるための遠心力が存在しなかったならば、
われわれは地面にヘたばることになるだろう。


 私は故アルバート・アインシュタイン博士が
その”統一場理論”でこのバランスのとれた不可分の関係について述べていると思う。


しかし私の考えはこの偉大な理論物理学者が達成したほどの深遠なものではない。


 地球人は航空機やロケットなどで引力に対してささやかな抵抗を試みてきた。
しかし今やわれわれはその引力を人類に利用することによって得られる便宜さを
考えるべきときに直面している。


 ロケットは引力よりも大きな圧縮された化学物質の推力によって前進する。
地球人が現在計画している”イオンロケット”は、
そのエンジンからイオンを放出して、
化学物質ロケットと全く同じように推力を得る。


しかしイオンロケットは惑星の統一場内で有効的に作用することはできない。
それは大気圏外の疑似真空圏内で有効に働くだけである。


空飛ぶ円盤すなわち”重力に従った”宇宙船は、
それ自体の重力場を発生させて作動する。


この重力場は大体に球体をなして船体を取り巻いている。
この重力場は惑星の磁場と調和して共振するように、
すなわち混ざるように調節されている。


すると、この共振重力場が船体を無重量にしてしまうのである。
この無重量つまりバランスのとれた状態にあると、
船体はどこにいてもわずかな推力で動かすことができるのだ。


 地球のイオンロケットはイオン化された分子の
電気的な推力を働かせるように作られている。
この推力たるや”蝶のため息”といわれるほどのわずかなものである。


しかし大気圏外においては、このイオンロケットも無重量になるだろう。
なぜならそれは惑星の引力とは無関係になるからだ。


現在の説によると、イオンの力のこの小さな”ため息”でさえも、
ついには時速四八〇万キロに達するほどのスピードで
ロケットを推進させることができるということになっている。


ファンドグラーフ起電機がカギ


 ところが自家発生の”重力に従った”場の中にあると、
円盤は光速を超えるほどの速度で進行できるのだ! 


自然界の力(複数)を利用するので、その運動は自然の力(複数)の運動と同じになるのだ。


 宇宙船(円盤や母船)内の発生器によって生み出される推進力は、
地球の物理研究所などで用いられる”ファンドグラーフ静電気発生機”で発生する力に
たとえることができる。


 空間に停止している円盤と同じような現象をあらわす興味ある実験は、
大きな電磁石の直立した鉄心のまわりにアルミニウムの輪を置くことによって示される。


加減抵抗器によってコントロールされたその電磁石の中に交流を流すことによって、
アルミニウム輪を空間に停止させることができるのだ。


しかし円盤はアルミニウム輪の場合のように磁気の渦動によって”浮き上がる”かわりに、
それ自体の共振場を生み出すのである。


 静電気の推力は、小さなアルミニウム片を
ファンドグラーフ起電機の放電球の近くヘ持って行けば証明される。
この金属片は力学的な関係なしにその放電球のまわりを回りはじめるのだ!


円盤が急に消滅する理由


 円盤はしばしば”光る物体”といわれている。
この状態は、円盤が進行する空間中の微粒子が船体を取り巻いている
共振周波数の場と接触するときに生じるのである。


この場の中の呼吸が、舗道から発散する熱波のようににぶく光る現象を生じさせ、
そのために船体を”生きて呼吸している”ように見せるのである。


 この力は船体のまわりの光波を完全に屈折させることもできるので、
船体が急に視界から消えるように見えることがあるけれども、
実際には依然としてそこに存在しているのだ。


ある人々が他人を信じさせようとして言っているように”非物質化”するのではない。


 この突然の消滅については別な説明の仕方がある。


船体の磁場の強さが変えられるにつれて、
イオン化もスペクトルの各色どりに変わってゆく。


エネルギーを高めると磁場は強化されて、
スペクトルの可視部分を通りすぎるので、そのために船体は目に見えなくなる。


これは厚い雲の層が飛行機を見えなくするのと同様である。


 強烈な共振磁場は宇宙塵を船体からそらさせるための防壁として役立っている。


と同時に、この磁場と大気または空間のあいだに混合状態が自動的に作られて、
いかなる種類の摩擦も防ぐのである。


 船体の作動時におけるこの”重力に従った”性質のために、
宇宙船の乗員はどんなに烈しい飛行や不快な大気状態の影響をも受けることはない
(訳注=船体の持つ人工的な重力場が内部の人間の人体細胞すべてを”引っ張る”ので、
光速で飛ぶ円盤が九〇度の急激なターンをしても人間には全く影響はないという意味)


 光よりも速いスピードで進行するので、
船体の磁場は高度な共振点に変えられ、船体は極限にまで達する。


このために船体には人力の操作の予備として
作られた自動のロボット検波器と制御装置が取り付けてある。


円盤は惑星と同じ原理で作られている


 一般で信じられている説に反して、
このような条件のもとでは物質が純粋なエネルギーに変えられることはない。


船体自体が発しているフォースフィールド(電磁場)の中にある船体は、
それ自体が持つ大気圏の中に存在して宇宙の構成単位として
運動している惑星にたとえることができる。


したがって宇宙船(円盤や母船)が加速して消えるように見えるのは、
ただ極限に達したのであり、そのフォースフィールドは
可視光より速いスピードで振動しているのである。


高周波になると、レーダー信号にとっても透明になることがある。


 多くの円盤写真で見られる”穴”現象は
”磁気の窓”によって生じるのである。


宇宙船の磁場の一小部分は中性化されているので、
眼視やレーダーなどの観測を可能にする。


ときどき船体のフォースフィールドがかなり高い共振状態になる場合、
この”穴”が必要になってくる。


 大抵の円盤に見られる三個の球型着陸装置は、
引っ込み式着陸装置と”三点静電推進制御装置”の両方を兼用している。


母船になると同じ制御目的のために骨組の中に組み込まれた
一連の帯(複数)を利用する。


地球のロケットを操縦するときに逆進ロケットを用いるように、
円盤も電荷を調節することによってその可変三点装置を用いるのである。


 惑星の電離層内で水平飛行をする場合は、
円盤はその惑星の地磁気の力線に沿って進行する。


急速にターンするには球の電荷を変えるのである。


このようにして宇宙船は宇宙空間のいたる所にある渦流に導かれたりそれを利用したりする。


宇宙船の運動の際における方向転換として急速な九〇度ターンや、
またはしばしば円盤の活動だとされている突拍子もない運動などが目撃されることがある。


宇宙船は潜水艦に似ている


 地球の宇宙船関係技術者が考えねばならない一つの重要な要素は、
推進装置の大部分を収容する室としてばかりでなく
安全目的のためにも必要な多重壁の構造である。


最少限二枚の電荷を帯びた壁面がなければならない。
外側の負の電荷を帯びた壁は
船体の周囲に作り出された保護用フォースフィールドと直接に接触する。


その性質そのものによって
この静電気のフォースフィールドは船体の表面近くのあらゆる物質の微粒子をイオン化させ、
そのフィールドの勢力範囲内に来る宇宙塵に負の電荷を帯びさせる。


用いられるパワーの量が大になればなるほど、
このフィールドの勢力は遠くヘ広がるのである。


 これに対応する正の電荷のフィールドが内側の壁に帯びさせてあって、
船内の中央の部分を中性化させている。


 さらに重要なのは船体の壁間の装備された自動濾過と
エアーコンディショニング装置で、これにより船内の空気を清浄化し、
あらゆる乗船者のために温度や気圧を快適な状態に保つのである。


 実際には(他の惑星の)現代の宇宙船と地球の潜水艦とのあいだにさほどの相違はない。


潜水艦は外部の圧力の低い水面上を走ったり
船体に対する圧力が高い深海ヘもぐったりするけれども、
どんな深度でも潜水艦は意のままに動きまわることが可能であって、
乗員を傷つけたり不快にさせることはない。


宇宙船にもそれと同じ事があてはまるのである。
大気圏外では船体に対する圧力は低いけれども、
惑星の電離層内に突入して惑星に近づくと圧力は激烈となる。


しかし宇宙船がどこにいようと、
乗員を傷つけたり不快にさせることはなく
意のままに動き回ることができるのである。


 地球の潜水艦の航海士が海面下を流れている多くの海流を
よく知っていなければならないのと同様に
、宇宙船の航海士も惑星とその電離層のあいだの磁気の流ればかりでなく、
宇宙空間の磁気の流れも知っている必要がある。


宇宙にあまねく存在する温度や磁気の流れは絶えず反復の形で変化する。
われわれが安全に宇宙旅行を行ない、
他の惑星群の隣人たちとの惑星間の関係を楽しもうとするのなら、
旅の方向を決めるのにこの宇宙の通り道を利用する必要がある。
そしてその通り道で発生しているエネルギーを推進力に変えねばならない。


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私達にとって判りやすく説明してくれているのでしょうが
残念ながら理解するには時間が掛かります。


でも元々が物理と化学の得意の人間であれば
早々と理解できる内容ですし、


「何でそんな簡単な事に気がつかなかったのだろう」


と認識する方もいるかもしれません。


とりわけ一番ポイントなるのは
磁場と地球の重力に関しての記述だと思います。


惑星も独自の磁場を持っていることは
私達も理解出来るかと思いますが、


アダムスキーさんのこの記述を読めば
私達は重力と言うものを正しく理解しては居ないのだと
言うことをも納得させられます。


それは天才アインシュタインの統一磁場理論よりも明快で
私達には判りやすい説明だと言うことでした。


一部の人間達を除けば
私達の社会の人間は”重力”と言うものを理解できては居ません。


その重力を判りやすくアダムスキーは説明してくれています。


それは二つの力の複合力としてです。


一つは私達の地球が持っている電磁場としての引力です。


これはもっと判りやすく言えば静電気であり、
それだけが存在していて自転による影響がなければ
私達地べたに貼り付けられる状態にもなりかねないと言う事でした。


そしてもう一つはこの地球社会の自転による影響です。


もしもこちらだけが存在していて、
引力となる電磁場が存在していなければ
今度は私達は自転の凄まじい速度で振りまわされる事になるようです。


その合力としてバランスの良い状態が保たれているからこそ
私達はその一方の力の影響だけを受ける事なく
今のような生活を送る事が出来るということになります。


勿論電磁場が今よりも遥かに大きくても
時点速度が今の倍になっても
そこには不具合が生じる事になりますし、


これにしても生命体が快適に暮らせるようなバランスが
出来上がっている事になります。


これをも含めて地球が奇跡の星だと言う人間が居たならば
それはそれでお目出度い思考を持っているのだと思います。


全ては惑星に生命体が生まれそこで活動が行われることを前提とした、
創造主の作り上げた法則の一環だと言えます。


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更にはUFOの推進原理です。


重力を無効にすると言う実態はこの内容からも判るように
自らが重力場を作り上げる事による
地球の重力場との共振がその効果をもたらすと言うことでした。


実験をも例に出して説明してくれていますし
科学を持って理解しなければ信じられない方であっても
十分な説明になっているかと思います。


そして


「惑星の中ではその惑星の地磁気の力線に沿って進行する。


急速にターンするには球の電荷を変えるのである。」


とその飛行原理まで説明してくれています。


私達が光速を超えると時間が逆行するなどと言う
誤った理論を信じているがゆえに


私達の社会の常識ではいつまでたっても
光速を超える事は不能となりますが


光を発している元となっている電磁場は
その光よりも早いのです。


あとはその波に乗ることで
光速を可能としているのが太陽系の天使達の
宇宙船であると言うことになります。


そしてその動力となる燃料は無限に存在している
電磁場エネルギーそのものとなれば
私達はこの技術を利用すれば


無限のエネルギーを無料で永遠に使い続けることも
可能となるのです。


ところでここにあるような理論が理解できれば
私達は一般人であっても技術と費用があれば
地球製の宇宙船を製造可能になるかもしれません。


今からでも地球製宇宙船の開発が始めることが出来れば
私達の惑星も宇宙時代を迎えることが出来るかもしれませんね。


私の兄弟姉妹と理解者はこの社会が変わることを願いながら
このアダムスキーさんの言葉の理解を進めてみてください。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



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私や兄弟姉妹そして理解者の夢見ている太陽系の同胞達の社会は
誰もが平等に暮らせる平和な世界です。


そこには戦争も争いも分割もありません。


そして人間関係においても上限関係は存在していません。


彼らは宇宙の法則の従って創造主の意識の元
調和と進化を続けている存在です。


私達人間が創造主の分身としての魂を持っている事を知っている彼らにとって、
他人であっても彼らにしてみれば創造主の分身です。


こんな私達であっても彼らは神の分身として
私達を敬ってくれる事でしょう。


それに対してこの社会は争いと分裂に満ちています。


民族が民族に、宗教が宗教に、時には個人が個人に対して
敵意を向けて生きています。


それどころか時にはそれが戦争や殺人にまで発展する
そんな状況が当たり前なのです。


国家レベルの大量殺戮も
「戦争だから仕方がない」で済まされるのがこの社会。


私達はその事に抗議をすることもありませんし
疑問すら持てないのが一般市民レベルでの意識だと思います。


金星のマスターは、
「地球社会の悲劇は分割してはいけないものを
分割している事だ」と触れても居ました。


ブラザーズの話ではその一つは”国家郡の存在”でした。


元々私達が、古代にどんな生活をしていたかを想像すれば
そこに国家が存在したのは
支配者なる人間が現れた事が原因だった事が判ります。


もしも私達の誰もが他人との関係において平等な意識を持って暮らしていれば
分割意識は起きなかった事にもなるはずです。


支配者や権力者が存在しなければ
誰もが服従すべき相手を持たない事にもなります。


人々を従えたり服従させようと言う人間が出てこなければ、
そして他の人間達がその人間の支配を認めなければ、
この社会の中にも王のような支配者も生まれる事もなかったわけで


結局は私達人間には支配欲や名誉欲、権力欲のようなものがあって
それが他人の上に立つ事で満たされる事がその原因だと思います。


(国家は隠れた王政だという話は繰り返し触れているので削除します)


私達は誰もが自分が他人よりも偉くなりたいと
願っているのだと言う事です。


そして私達は誰もが自分を心地良くして貰うことを
願っているのだと思います。


そして一方では何でも自分のエゴの思い通りにする事が
心地良いのではないでしょうか。


だからこそ他人を服従させ、他人に崇められ褒め称えられ
そして彼らに、自分の心を心地良くするように
振舞われる事を願うのだと思います。


私のような人間が社会の中で
粗末な扱いを受けてもそれは仕方がないと
諦めることになるのでしょうが、


もしも社会的地位と名誉を持った人間が
私のような一般市民の人間が受けるような応対をされれば
きっと不快だと怒り出すことになるでしょう。


恐らくは私達は無意識の内に自分を大きなものとしたいと言う
欲求を持つようになっていて


一方ではそんな自分の心を心地良くしたいと願うエゴが
この社会の中に権力と言うものを作り上げたのだと言えます。


私が良く例として取り上げる話があります。


私達が他人と自分との間に
格差を持つ事になったきっかけを説明する時にです。


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昔、ある漁村がありました。


その村では誰もが魚を取って生計を立てていて、
当初は個人個人が自分の網を持って一人一人で漁業を営んでいましたが


一人の力では網を引くにも力が足りないので
皆が協力して網を張ってはそれを皆で引くことで
共同で漁をするようになったわけです。


その結果一人で漁をしている時よりも多くの網を引き上げることが
できるようになり、張られる網の量も増えて取れる魚の量も増え、


彼らはそれを農家や畜産で生計を立てている人間と交換することで
自分達の食事を得ていました。


そんなある日、その村に一人の男がやってきました。


その男は他の村人よりも力持ちでした。


その人間も一緒に漁をする事になったおかげで
網を引く時間が短くなり更に多くの網を張ることができる様になり
彼らの取る魚の量も一段と増えることになりました。


結果、彼らの暮らしは向上したのです。


しかしある時その男がこんなことを言い出しました。


「この村が豊かになったのは俺のおかげだ。
俺が力持ちだから取れる魚の量も増えてお前らの生活も向上したんだ。


それを考えると俺がお前らよりももっと多く
分け前を受け取る権利がある。
そして今日から俺がお前らのリーダーだ」


それを聞いた村人は、戸惑いながらも
結果的にはそれももっともだと認識しては
その人間に従う事になりました。


その後はその人間をリーダーとして彼らは漁をするようになり
そのリーダーは他の漁師よりも多くの分け前を
与えられる事になりました。。。


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これが何の例えであるかは、
容易に理解して頂けるかと思います。


男は自分の能力が他人の能力よりも優れているから自分は偉いのだと主張し
他の人間がそれを認めた事で
人間関係において”上下関係”が生まれる事になったわけです。


勿論これは例え話ですが、昔の漁師のような仕事であれば、
肉体的な力こそが一番重要な能力となったでしょうし
その能力が一番高かった人間こそが偉いとされたと思います。


そして当時は民族や村同士の争いなどもあったでしょうし
そこでも重視されたのは腕力のはずです。


つまりは「力」が最重要な能力だった事になります。


しかし現代で言えば最重要とされがちなのは
「学校の勉強」と言う事になるかと思います。


学歴重視社会がそれを物語って居るのです。


私達の人間の上下関係や地位はその時代の風潮にあわせて
変貌することになったと思います。


もしもこの社会が音楽で満たされた社会で
それが生活と切って切れない社会であれば
作曲能力を持った人間が偉いとされたかもしれませんし


この社会の中が彫像に満ちていれば
それを作り上げる能力を持った人間が偉いとされたかも知れないわけです。


ただ、この今の社会は学校の勉強に特化されては
その後はその能力を元に試験制度が設けられ
それで人間の上下関係まで作り上げられているのが実態なのです。


しかし私達人間はありとあらゆる能力を備えています。


それは脳に起因するものであっても
学校の勉強だけでは私達の脳機能は測れません。


肉体的には、力という尺度もありますし、運動能力という尺度もあります。


そしてその能力はもちろん個人差があって
誰もが同じものではありません。


天使達の社会では誰もがその能力の差を理解していますし
その能力を他人と競うこともなければ
特定の脳力の秀でた人間が偉いとされる事もないのです。


私達の社会にしても
その時代や職業によって必要とされる能力は異なるでしょうが


その時々で求められている能力が優れている人間こそ
偉いとされて来たのがこの社会の実態だと言えます。


刀を持って戦争をしていた時代であれば、
剣術に長けた人間こそが偉いとされて
王や権力者となっていたかもしれません。


そして学力が優先される事が多い今では
学校の勉強ができる事が偉いとされる基準となっているのです。


そして、そんなものが尺度とされては
人間の間に上下関係が作り上げられている
それが今のこの社会の実態でもあります。


しかし天使達の社会は違います。


彼らは他人の能力と自分の能力に差があることを
当たり前だと認めています。


それは誰もが異なった人生を歩んで異なった経験をして
更には興味の対象となる事も異なるのですから


そこから培うことになる能力には差が出ることを
彼らは理解しているからだと思います。


ある人間は手先が器用で裁縫が得意かもしれませんし
ある人間は力持ちで力仕事が得意かもしれません。


そして誰もが得意と不得意を持っていて
自分も例外ではない事を彼らは知っているのです。


そんな社会の中で彼らはそれぞれが得意の分野を持っていて
社会に奉仕しています。


自分が苦手なことや不慣れなことを無理にやるのではなくて
得意な人間がその分野でその能力を生かせば効率が良いことも
彼らは理解しているからです。


そんな彼らはお互いの力を認めそれを称えあう事にもなります。


そして彼らは自分達の社会を維持するためには
誰かがそれをしなければならないことを知っています。


だからどんな仕事に携わっていようが
誰もが同じように敬られることにもなります。


つまり彼らの社会には、能力や職業の差による
人間の階級のような差別は存在しないのです。


私達の古代の社会では、力こそが能力であったと思いますし、


人格神であればハイテクを持って奇跡を起こして
その能力で民を支配したのだと思います。


他人にない能力を持った人間が、他の人間よりも偉いとされて
その上に立っては他の人間達を支配した。


そんな能力による階級差別がそっくりそのまま
この社会の基礎となっている事が想像できませんか?


更に先ほどの例えの続きです。


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その村にある男がやってきました。


その男は村人が見た事のないような物を持っていて
それを利用しては沖合いで漁をしては効率的に魚を取っていました。


村人達は海岸線に網を張っては魚を取っていたのですが
その人間は”船”と言うものを作り持っていて
それを使用しては沖まで出かけては魚を取り続けていたのです。


海岸線で漁をするよりは沖に出たほうが取れる魚の種類も増しますし
収穫も多かったので、他の村人もそれに同上させて貰う事になり
その村の漁獲量は更に増えて彼らの生活は更に向上しました。


そんな時に彼は言いました。


「皆の暮らしが向上したのは俺が船を提供しているからだ。
俺は皆よりも多く分け前を貰う権利がある」


以前のリーダー含めて、皆は思考しては
「それももっともだ」と思い
その人間に皆の取り分の一部を余分に分け与える事にしました。


結果その村は以前より裕福になり


その村の中ではリーダーとその船の主が


他の村人よりも大きな家を建てては
豊かに暮らすことになりましたとさ。。


ただ豊漁が続いているときには誰も持つ事のなかった不満ですが
後に魚が取れなくなった時には一般村人の懐を直撃し、
蓄財で暮らしていたリーダーと船の主を羨む事になったようです。。。

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と言うことでこれが何を意味するかは
兄弟姉妹と理解者であれば判るかと思いますが


資本家がその資本を提供する事で
その富を受け取る権利を主張している内容です。


船と言う技術が提供されたことで
生活は向上するのですが一方では資本家と
それを持たない者の間にも収穫の差が出ることになります。


今の私達の社会では資本と言う財を提供してくれる人間は
他の労働者よりも多くの富の配分を受け取る権利があることは
言うまでもありません。


他の人間達はその資本のお陰で元手をかけずに
富の配分を受け取る事ができるという事になり


それがゆえに富を出した人間が多くを得ると言うのは
この社会の資本主義のあり方そのものでもあります。


私達の社会ではこれが当然であると考えています。


その理由はまず私達の社会には”所有”という概念があるからです。


私達は自分の物と他人の物と区別してそれを使用するので
時には無駄なものまで持ち続ける事になります。


しかも蓄財と言う形でお金や物を備える事をも当たり前としています。


しかしもちろん太陽系の天使達には
蓄財や所有と言う概念はありません。


元々が彼らの社会にはお金がないからです。


お金の発展は物々交換の便宜として
生まれたものであろう事はこの社会の流れからも想像がつきます。


上の例であれば魚をとった人間はその魚を持って
農家や畜産家の元を訪れては
野菜や肉と交換することになるでしょうが


野菜を提供してくれる人間が魚ではなくて
肉をほしがっているような場合、


漁師は一旦魚を肉と交換して
それをその後農家へと持っていくことになります。


そんな手間を省くためにもお金という金権は
「物品交換権」として利用されたのだと想像できます。


それが交換経済を効率化したことになるのだと思います。


しかしもしもです。


漁師も農家も畜産家もそれぞれが生産物を
皆で平等に分け与えて暮らすような社会を実現していたとすれば
個々の品に所有と言う概念もないわけですから


お金と言う物は存在しなくても良いのです。


自分のとった”魚”自分の物である”魚”を
他人の物である”野菜”や”肉”と交換するという
概念を持っていたからこそ


私達はお金を仲介とすることになりましたが


とったものを皆で分けることを前提としていれば
そこにはお金など必要ないのです。


彼ら太陽系の同胞達の社会は
その構成員が必要とする全ての食料や富を全員で作り上げ、
必要とする人間誰もに分け与えられる事になります。


彼らの社会では明日の食料を心配する必要もないのです。


必要なものは誰もが手に入ることを知っていれば
食料を溜め込むこともありませんし
明日の食事を心配する必要もないわけです。


更には彼らは老後を心配して
蓄財する必要もない事になります。


勿論彼らは若いままの肉体で長い年月を生きるのですし
肉体の衰えとともに転生している可能性も高いので
老後はいずれにしても不要なのだと理解できます。


その上に彼らは元々が誰もが必要以上のものを欲しがらない事を
自分達の戒律としています。


アダムスキーの著書テレパシー入門などにも
その記述があったかと思います。



つまり彼らは物質的なものに捉われる事がないのです。


その上に彼らには”所有”と言う概念もありません。


それぞれの人間には”家”や”家財”なども与えられるそうですが
誰もが必要とするものを無料で手に入れるわけですし
彼らは元素(資源)の無駄もしないようです。


例えばプールが設置してある家があったとすれば、
使用していない時に隣の家の人間がやってきて
それを使用するのはあたりまえ。


つまりは彼らは全てを共有して生きている事になります。


誰かが所有をする事で誰かが使用できないではなくて
誰もそれを必要とすれば使用できる。


彼らの社会はそんな社会であるからこそ
蓄財も所有も必要ないという事になるようです。


一方では所有と言う価値概念が
今では著作権という知識的なものにまで及んでいる私達の社会は
誰もが所有と言う概念にとらわれていて


おまけに老後を暮らすためにも蓄財が必要な環境とされています。


この社会では所有と言う概念が当たり前になっています。

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過去に共産圏の国家が国家運営を失敗したと言う実態があるために


共産社会や所有のない社会が悪であるかのように
看做されている傾向もあります。


しかし共産圏で実地されていたのは真の共産社会ではありません。


天使達の社会には上述の様に
人間同士の間には上下関係はなかったからです。


そして誰もが自分の得意な分野で社会に奉仕することになりましたし
彼らは仕事も楽しみながら効率的に果たせることになります。


義務として望まない仕事を嫌々するのとは
生産性も効率も異なります。


そして共産圏ではチャウシャスク大統領が
自分では私服を肥やして一方国民が貧しい思いをしたような


管理者つきの共同生活が実行されたからこそ
共産的な生き方を失敗したに過ぎません。


私達が誰もが平等な社会を作り上げようとすれば
私達は誰もが同様に社会から便益を受ける社会を作り上げる必要がある。


しかも私達は企業にではなくて、その社会に対して
それぞれの人間が奉仕すると言う形を作り上げなければならない事になります。


今のこの社会はその暮らしの全てが
経済と金融に依存するようになっています。


つまりは私達の常識としてきたものが
実は常識ではありえない社会。


別な言い方をすれば私達は人間関係や
共同生活において進むべき道を誤ってきたことにもなります。


私達の今の常識は過去からの価値観の上に成り立っている。


そしてその価値観が正しいかどうかを
私達は認識する基準を持っては居ないのです。


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彼らの社会の実態では彼らは単に自分の能力を生かして
働くだけでなくて、その多くがロボットのような機械によって
作業をすることになるために

一日あたりの労働時間も短いと言う実態もありました。


誰もが必要以上のものをほしがらない為に
生産量も多くはないのだと思いますが
アダムスキーによれば日々2時間程度の作業で


私達の社会で言えば週休5日制の労働時間ということになります。

誰もに必要とされるものが行き渡るには
それで十分なのではないかと想像できます。


それ以前にこの社会の中との大きな違いは

彼らは恐らくは家具や機会や家なども
頻繁に変えるということもないのだと思います。


つまりは彼らの社会は実用主義です。

この社会であればTVが30年も写り続けて使用できると
電気メーカーが悲鳴をあげることになるかもしれませんが

彼らの社会には不必要な需要は存在しないからです。


きっと家にしても家財にしても風化しないような素材でできていて

更には機械も長い期間使用できるような環境となっていて
余計に製造すべき物も少ないのだと思います。


結果彼らは日々大量の時間を自分の進化のための知識の取得と
娯楽に向けることができるようになります。


そして私達が一番羨んでいるのは
彼ら全部の人間が当たり前に実行している
3ヶ月もの宇宙旅行。


私達の社会の人間は明日を生きるために今日を働いていますし
老後を考えて今を生きねばなりません。


そして朝から晩まで仕事に負われ
その後はボーとして酒でも飲みながらTVでも見ているのが
関の山だと思います。


彼らの社会と私達の社会はそのあり方が根底から違うのです。


彼らは人よりも豪華な暮らしをすることはできませんが
自分のために時間を使い自分を進化させることもできます。


私達の社会と比べるとそれだけでも彼らの社会は天国に見えてはきませんか??


その上に彼らの社会には病気も犯罪も、そして争いごともないのです。


私達が夢見ている社会のその実態が
この地球社会にとっての最大のタブーとなっているのは
この辺にも理由があるのだと思っています。


私のような社会の底辺にいる吹き溜まりにいる人間などは
彼らの社会が天国に見えますし
できるものならこの社会の中でそれを実現したいとも願うからです。


この社会の実態を比べると地球社会と他の社会では
天国と地獄の差があることも判りますし


ましてこの社会ではそんな違いに留まらず
この社会は日々地獄と化していることにも気がついているかと思います。


私や兄弟姉妹や理解者はこの社会の中でこの地獄を体験し
その後にはしっかりと天国を体験することで
そのギャップの差をも体験する事になるのだと思います。


今が苦しくてもその時を夢見て
この地獄を意識ある限り生きてください。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】




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兄弟姉妹と理解者は
自分の中で三次元と四次元を色んなイメージを持って
理解してくれていると思います。


私にとって生命の科学で一番の障壁となったのが
三次元と四次元の話でした。
(宇宙的啓示以後の分に関しては自分が理解不十分なので
ほとんど触れられませんでした)


アダムスキーはヒントを例え話で書いてくれましたが、
結局はその理解は私達が進化を果たさねば進まないような
そんな与え方をしているのだと思います。


勿論、それは私達に自分で思考する習慣を与えるためですし
私達の進化に役立つ事を想定していたであろう事は
私達にも想像つきます。


同じアダムスキーの言葉でも二度目に読んだ時には
その意味を深く理解することができた。。


そんな体験をする事も頻繁にあったのではないでしょうか。


聖書のイエスキリストの例え話がそうであったように、
私達は本来自らの思考を持って何事をも理解し
それを知識としてではなくて知恵として持つ事を求められているのです。


私はアダムスキーの著書の中で取り上げられている
マスターの宇宙の法則に関しての言葉が、
自分の中で地道に深い理解へと変わって行く事に驚きました。


新しい知識を得たわけではなくて
他の知識との兼ね合いで無自覚のうちにその理解が深まる
そんな体験をしていたのだと思います。


私の理解の進歩は
記事の中で自分なりに表現してきたと思います。


宇宙の法則と称した一連の記事と
創造主の意識とつけた記事などは
私の宇宙の法則の理解を表現したものだと思います。


私のこの記事はネット検索で掛かることもありませんが
少なくとも当初宇宙の法則と検索して掛かってきていたものよりも


遥かに天使達の教えに近い理解を表現できたと思っていますし
それは自分が閃き含めて導かれたと考えてもいます。


ところで私は、この三次元と四次元の内容が
生命の科学の本文からは当初正しく理解できず、


後に記事を書いている途中に閃いたりする事で
その理解を深めたのだと認識しています。


そして恐らくはここは兄弟姉妹や理解者にとっても
生命の科学の中で一番最初の障壁となったのではないでしょうか。


私達の社会の”次元”という概念が誤っているから、
もしくは私達には元々そのような知識が無いからです。


私達は元々が三次元と言う物質社会だけを生きていると
自分では認識していたのですし


魂という自分の実態の存在を信じる事が出来ても、
それを三次元で認識できずに
今までその性質や存在箇所など深く思考したことも無かったはずです。


電波や思念波のような物の存在を知りながらも
目に見えないものは全てが認識できなくて当たりまえだという意識が


「私達は四次元に魂を持っている」と言う事が
理解できずにいた原因なのだと思います。


四次元は思考の世界でもありました。


元々は創造主の思考の世界でありエネルギーの世界です。


私達は物理的なエネルギーの源泉を食材とカロリーに求めることが出来ても
一方では思念波というエネルギーの源泉を追求したこともありません。


結果、私達は自分達を目に見える世界の住人であると認識する一方で
同時にその魂は目に見えない世界の住人であると言う認識が出来無かったのです。


そしてそれこそが四次元だと理解すれば
私達の次元の概念が恐らくは根底から崩れる事にもなります。


四次元を霊界として捉えているような人達もいましたが
私達は自分の魂としての実態こそが
そこに存在していると言う事を理解することで


自分の魂が三次元と四次元を同時に生きていることを理解しました。


生命の科学を単に読んでいるだけでは
私達には理解できなかったであろうそんな理解を
私達に与えてくれたのも魂の存在でありそこからの想念だと思います。


私達は自分の実態としての魂の機能に関しても
自らの体験で理解を深める事になったはずです。


ただ、恐らくはこの四次元と言う世界の捉え方に関しては
兄弟姉妹と理解者一人一人が
誰もが異なったイメージを持っているかと思います。


今日はおさらい含めて私や兄弟姉妹と理解者が持つべき
この三次元と四次元の社会に関するイメージを
例え話含めてもう一度おさらいしてみたいと思います。


私達が理解できていても、
宇宙の法則を理解できない人間が理解し難いのは
その中での創造主の立ち位置だと思います。


その辺にも意識して触れてみます。

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まず私達人間は三次元と四次元という空間を
同時に存在していると言うのが私達の理解です。


後の問題は、私達はこの異次元という概念を
どのように受け止めるべきかと言うことです。


この社会の中では5次元や6次元など
高次元社会に触れる人間達がいます。


しかし私達はとりあえず三次元と四次元の
理解だけで良いと思います。


三次元と四次元の関係の難しさを理解できれば
たとえ多次元社会が本当に存在していたとしても
私達にはその関係を理解する事は不可能だからです。


そして創造主の立ち位置も問題となります。。


多次元が存在していたとしても、
それらはこの世界の中で三次元や四次元と関連して存在する事になるのですし
結局その全てを作り上げたのが創造主であると私達は認識することになります。


つまりは創造主は次元を超越した存在ではないかと想像できます。


あくまで私達が三次元と四次元と呼んでいるその社会を含む
全ての摂理の行き届いている社会を作り上げたのが
創造主だと認識する事が出来るからです。


創造主を5次元とか6次元の存在にする矛盾は
ではその次元を作り上げたのは誰なのかと言う話で集約できます。


更に五次元を説明できる人間がいるのなら
それが三次元や四次元と
どんな関係にあるのかを詳細説明して見せてくださいと言うことです。


私達の理解は今は四次元までで十分です。


高級霊の世界とか、波動の高い宇宙人の世界とか
そんな誤った価値観をも認識する事になるからです。


まずは創造主と言う名の存在が
宇宙と言う箱庭を作ろうとしたと考えてみてください。


ここでは私達が夏休みの宿題で
箱庭を作り上げるようなそんな感覚を思い出して頂ければと思います。


創造主はその自らの思念波(エネルギー)で、
四次元と言う自らの残留思念エネルギーの世界を
作り上げました。


その世界は想念の世界です。


そこに対して創造主は、あらゆる法則と摂理、
更には自分が作り上げたい創造物のイメージ含めて
全てを想いとして吹き込んだと考えてください。


創造主はもちろん三次元や四次元の存在ではありません。


三次元の私達が二次元と言う平面に自由に世界を描けるように
二次元の創造主になれるように、神はこの世界の創造主だと言うことです。


創造主は四次元と三次元と言う空間を作り上げ、
そこで自分の”思考”を”イメージ”と”現象”と言う両方の形で
同時に再現しようとしたと理解するのです。


三次元の私達は自分の想いを持って
自由に二次元の世界を改造する事もできます。


例えば念写と言う超能力は
私達の想いをそっくりそのままフイルムに表現する能力だと
私は説明しました。


もっと上の次元?恐らくは次元とは無縁のところ?に存在する創造主は
四次元ではそのイメージを蔓延させて、


三次元においてフィルムではなくて
元素を持って立体的にそのイメージを再現したと考えるのです。


創造主が作り上げたその想いの世界の理は
そのまま三次元において現象として表現させることになります。


四次元と言う創造主のエネルギーの世界には
ありとあらゆる法則やイメージが存在する事にもなります。


炭素に強い熱を加える事で火が燃える。


水素と酸素が化合されると水になる。


全ての星は一定の秩序をもって作り上げられ
それぞれが磁力や磁場そして引力によって関係し合う。


星は自転や公転という活動をすることになる。


ひとつの恒星には12の主系列の惑星が出来上がる


そんなあらゆる法則が四次元の中に
創造主の意志として存在しているわけです。


一方では創造主は人間を自分に似せて作り上げた
と言う話があるように、


創造主がイメージしたあらゆる動植物、
もしくはその派生もが法則かもしれませんが


あらゆる創造物がイメージされて
それぞれが独自の魂を持たされる。


そして四次元での想念が三次元においては
実体化されるという摂理が
その想念を元素を持って現象として再現されることになった。


こんなイメージが良いのではないかと思います。


ただ、このように理解できれば
三次元の上の次元とされている四次元は
本質的に三次元とは異なったものであることも理解できます。


そこに存在しうるのは思考のエネルギーであり想念ですし私達の魂です。


その上に五次元なるものが存在していたとしても
私達はそれを想像することもできないはずです。


そこにあるのも見えない節理であり
少なくとも生命体が存在するような空間ではあり得そうに無いです。


と言うことで私達の思考からは多次元ははずしておきます。


誤った多次元社会を理解する事は
私達の宇宙の法則の理解を妨げることになるからです。


そして創造主の法則は万物の進化と調和を目指すものでもありました。


私達はその空間で進化をしながら
より高いレベルでの調和を実現する事を求められているわけです。


これもそして記憶を持っての転生を私達が迎えるようになることも
全ては四次元に創造主の想いとして存在しているといえます。


そしてこんな全ての創造主の想いがそっくりそのまま
詰まっているのがこの四次元社会であり


創造主が生命の根源として吹き込んだエネルギーを
私達はそれぞれ魂として受け止めて
それを自分の実態としては三次元ではそれを元素で表現している


そんな感じになるかと思います。


ただ創造主は私達を単なる神のコピーとして表現したのではなくて
自分の男性面と女性面をそれぞれ独立した存在としては
一方では自分の意志だけではなくて


器としての魂の表現媒体に自分を他と区別する手段を与えた。


それが私達の持っている心であると認識できます。


そして魂と心の意識を選択するのが
私達の自由意志とでも理解すればよいのでしょうか。


私達はそんな想いを表現している実態なのですから
私達の存在は四次元と言われる創造主の意志の中にこそ存在していて
その外に存在しているわけではないことにもなります。


つまり宇宙空間は広がり続けていますが
それは四次元空間の枠からもはみ出たものではなくて


三次元が無限に広がっているのであれば
四次元を取り巻く創造主の残留思念としてのエネルギーも
無限なのだと言うことです。


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私達の社会は元素として物理的実態としての三次元と
魂=創造主のエネルギーの一部としての四次元とが
並行して存在することになります。


私達はその魂からも常時エネルギーを受けて
想いを発して生きています。


そして四次元は創造主が当初から用意してあった
あらゆる摂理の空間でもあるのですから


時にはその空間から魂を経由して
想いとしての創造主の法則を引き出して
理解することにもなります。


更には私達の創造主の意識の分身として存在している人間の記憶が
その空間にアカシックレコードとして記録されていると言う事ですから
私達はそこからも知識や閃きを受ける事にもなります。


”経験則”で何かを発見するのでなくて
最初に閃きありきの発明はそんな体験からも導かれることになります。


そして私達は三次元と四次元の間で
生命を受けて存在している事にもなります。


アダムスキーや金星の人間達は、
母なる原理と父なる原理を分けて理解しているので


恐らくは私達の想像できない様な深い理解であり
多くの現象や実態を説明してくれるのでしょうが私には無理なので
アダムスキーの言葉で触れておきます。


三次元は母性原理、そして四次元は父性原理で存在していて
そしてその両者の交わりで生命が生まれる。


つまり1+1=2ではなくて1+1=3としての
生命方程式がここで生まれることになるようです。


アダムスキーの話からも理解できるのは
宇宙空間を作り上げているのは


二極化した存在でした。


光と闇、陰と陽、男と女、三次元と四次元


このような対極に存在するものが
全てを作り上げていてしかもこの社会には
まったく同じものは二つと存在してはいないと言う事でした。


三次元と四次元の認識の違いは


三次元は肉体によって認識されて
四次元は魂によって認識されると言う差でした。


三次元で私達を司っている中心は
私達の脳機能です。


そしてそれを私達は心と呼びました。


更に私達の心に対して刺激を与えているものは
私達の感覚器官です。


視覚・聴覚・味覚・嗅覚。

そして一応は触覚のうち物理的な感触に関しても同様に
私達にとって外部からの刺激となるものでした。


私達はそれらによって外部から刺激を受け
かつそれらによって価値観を作り上げていくことにもなります。


一方は私達にはもう一つ魂と言う実態があります。


私達が霊魂と呼んでいる肉体にすっぽりかぶさったものです。


意識の中心は脳だと認識していますが
それらが私達が触覚と感じている延長の感覚を
”感じる”事になります。


私達はその機能で四次元的な存在を感じるのです。


四次元的な存在は私達の思念波でもありますし

四次元に渦巻いている創造主の想い
そしてその空間に存在しているアカシックレコードだということになります。


もしも私達がこの器官を自由に使うことができれば
私達はその空間で調べ物まで出来るようになる。。


そこは無限の図書館であるかのような表現を
アダムスキーはしていました。


残念ながら私達が受け止めるのはその空間からの
想いの断片でありそれを閃きや印象として受け止めるに過ぎず
求めようとして求めることが困難です。


一方では思念波として存在している私達の想念をも
自在に感知することも出来ません。


私達はその能力をテレパシーとして認識しながらも
それを自在に使用することが出来ないのです。


私達の社会においては声と言う振動をもって
三次元的な感覚を持ってコミュニケーションを行うことになります。


しかし、彼らは同時に相手と想念のキャッチボールで
コミュニケーションも取れることになります。


言葉が足りなくて誤解を生ずることも無いでしょうし
彼らの社会での人間関係は
私達の理解を超えていると思います。


しかも想念には距離も無関係です。


そんな社会を生きている人間達に習って
今私や兄弟姉妹と理解者は
進化を果たそうと勤めています。


この社会の常識と環境と波動の中では
自分の魂を十分に表現することさえ大変ですが
私達はその中でせっかく真理のかけらを理解する機会を得て
進化への道を進むことを選択できたのですし


この機会を失うことなく
一度で記憶を持っての転生へと進んでいきたいと思います。


被害者である理解者、兄弟姉妹は
一段と過酷な環境を強いられているかと思います。


私がその事を身を持って嫌と言うほど感じてきました。


でもその分もきっと私達の次の生では
魂の進化として表現されることになる。


それを信じて今を懸命に生きて欲しいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

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P.S.


日々過酷となっているであろうこの社会で
背中に大きな荷物を背負いながら
それに潰されること無く
頑張って生きて欲しいと思います。