不幸のブログ  -37ページ目

不幸のブログ 

三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。


冒頭に触れておけば、
私は一個人の固有名詞として”アダムスキー氏"を呼び捨てして
"アダムスキー"と記事で触れることが多かった事はご存知かと思います。


ただ、今現在はアダムスキー氏の偉大さを理解する立場の人間として
”アダムスキーさん”と記事の中でも取り上げさせて頂いています。


これは書いている私の心情の変化であって
別の人間がこの記事を書いているわけではありませんので
其の点は誤解しないで欲しいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

前回取り上げた、アダムスキーさんの記事ですが
私達はあれ以外にも著書に刻まれたアダムスキーさんの意図を
正しく理解しなければならないものがあります。


例えば私達は時々自分の保身のために平気で”嘘”を付く事があります。


それは、私達が自分のエゴを満たすために、自らの保身のために、
そして自分の心が心地良くなる事を目的として実行する事が殆どです。


そして実は、私の信頼している太陽系の天使達も、
更にはその協力者達も、時には嘘をつく事があるのです。


と言っても彼らは他人を混乱させたり自分達を美化するために
嘘をつくわけではありません。


この事の参考になるコメントをアダムスキーさんの著書から引用します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第1巻]第2惑星からの地球訪問者 ページ 302


「動機というものもこの原理に関係してきます。
もしあなたの動機が破壊のためや傷つけたり搾取したりすることなら、それは間違っていますが、
その動機が、他の物をあなたの標準にまで高めることによって、
その物にたいしてなし得る奉仕を含んでいるならば、それは正しいのです。


あなたは実際には一無機物を一つの状態から別な状態に変形させて、
それがなおも大きな奉仕になるようにしているわけです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これは宇宙の法則を語ってくれた、私の尊敬する人物の言葉として
アダムスキーさんが最初の著書の中で引用していた物です。


ここからも判るように、彼らは行動の動機こそを重視しています。


それが全体の改善に繋がる事を意識してのものであればそれは正しい。。


そしてそれは方便=嘘についても同様だと認識できます。


彼らは時には”全体”の改善を意識して
嘘をつくような場合があると言うことです。


つまり、同じ”嘘”であっても、
その動機が全体の改善を意識するものであると言う事になれば


私たちの社会の中でまかり通っているような嘘とは異なり
それは単なる不正や誤りではないと言う事になります。


おそらく彼らはそれを当たり前だと考える様な
意識を持っているのです。


私は自分が殆ど嘘をつけない人間だったので
(私は誤解や誤りは嘘とは認識してはいません)
その事を理解する事が出来なかったようです。


実はアダムスキーさんもその主張の中で”嘘”をつく事があったようなのですが、
私はそのため著書の内容を裏読みできず、額面どおりの解釈をするに至って
皆にアダムスキーさんの真の想いを伝える事ができませんでした。


そして何よりもこの事実を皆に理解して頂きたいのです。


”嘘も方便”と言いますが、
実はアダムスキーさんの著書を読み進めるためには


前回の記事で触れたような
見えないハイテク技術の存在と其の効果を意識する事と共に、


”その著書全体が大きな演出の一環である”という視線
更には”嘘も方便”と言う視線も必要だと言うことです。


つまりはアダムスキーさんの著書は、
上っ面として見えている内容ばかりが記述されているのではなく、


実はその時代背景に隠れている重要な裏の実態が
時折混ぜられていて


表面を読み流していたのでは、
著書からはその全ては読み取る事が出来ないようです。


しかし、それは勘の良い人間と一部の関係者にとっては、
そのままそっくり受け止める事のできる
隠されたメッセージや知識だったと言う事のようです。


と言うことで、アダムスキーさんは日常の記事に混ぜ込んで
時折重要な事を、記事の中でさらりと語っていたようですが
当時の私はそれに気が付く事が出来ませんでしたし


本人自らが、全体の改善のための一役を担っている事からも
時にはそれを演じる必要もあったようなのですが
私はそれに関しても一切理解できませんでした。


断言してしまえば、天使達が企画した計画自体は、
その全体が壮大なドラマのようなものであって、


アダムスキーさんはその台本を演じる一人の役者として
自らの立場を表現していた人間であると言うことです。


私は今ではアダムスキーさんがそれを
(時には闇政府と戦っている敵役を演じながら当初の演出を盛り上げている事)
自からの著書の中で実行している事に気がつく事にもなりました。


つまりアダムスキーさんの本は単なる知識の詰め込みではなくて
今後の世界の展開をちりばめ、
時折芝居をも交えた台本のような物でもあったと言う事です。


そして晩年のものほどその傾向が強かったように見受けられます。


そしてアダムスキーさんの裏の活動として、
天使達と共に計画したその台本の通りにこの社会は現実に動き始めていた。


実は天使達は私が語っていたように、
特定勢力に追い出されたわけではなく


当初の計画を遂行し、目的を果たし
その後は地道にフェードアウトしたのだと認識できるのです。


(ケネディー大統領とヨハネス23世に関しても
私の解釈が異なっていた可能性に気がつきました。
近い内にいくつかの可能性として記事にします)


そして彼らが残したその活動こそが、
アダムスキーによって説明されている


”生存のための精神改革活動”であります。
(人類が悲劇を齎すことなく生き続けるための活動)


今では何となくその事を理解できるようになりました。


アダムスキーさんのような優れた覚醒者の脳の思考を
私達と同じだと考えていた事が私にとっての大きな悲劇でもありました。


しかし今では、脳機能を以前よりも少し進化させたつもりの私は
アダムスキーさんのその意図が以前とは異なり手に取るように判る気がするのです。


そして一方では日本を取り巻く目に見える流れは、
裏の社会の実態よりも、改善が遅れているように見えるのです。


裏の効果が表に現れるためのタイムラグが其の原因でしょうが
一方では地道な改善が見た目からも認識できるようにもなっているかと思います。


先日も大きな台風で日本中が被害を受けることになりましたが
一部の不運な人達の不慮の事故を除けば多くの人命には影響はありませんでした。


少なくとも数百人数千人単位で人が亡くなると言う事はなかったわけです。


その少し以前の竜巻に関してもそうだったはずです。


そして今後は少なくとも人間の手による災い(戦争など)によって
多くの人命が失われる機会は激減すると想像しています。


全ては見えない意識改革のなせる業です。


しかし未だに社会の裏では昔ながらの対立や古き伝統への執着が続き、
その結果必ずしもそれが改善として見えて来ていない事も少なくありません。


中には私が不安と恐怖心を煽ってしまったために
作り上げてしまった対立すら存在するようです。


ただ、皆に理解して頂きたいのは、今までの私の書いたような記事の視点で
この社会を見つめる事が決して真理へとは繋がらないと言うこと。


私達の目に見えている現象が全てではなく、
私達の価値観で正しいとされた物が時にはそうではない事があると言うことを
理解して頂ければと思います。


そういえばアダムスキーさんの記事の中に
意味深な書き込みを見つけましたので引用しておきます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

金星土星探訪記 P90


俳優というものは自分が演じている仕草や普通自分が過ごしている生活とは
異なる雰囲気を持つ役割を意識しているのみならず、
その反面自己の本来の姿や自身の雰囲気をも意識しています。


しかし、その劇が”高尚な性質”のものであるならば、
本人はその劇の一部であることによって自然に気分が引き立ってきます。


ところが劇が終わると完全な変化が起こって、本人はもとの自分自身の雰囲気に返ります。
私が土星旅行から帰ったときもちょうどこれと同じ感じが起こりました。


これは日常だれにもよくあることです。
特に多くの美しい場所を見たり、異なる世界に住んでいた旅行者が、
帰宅してからも元の自分の雰囲気に立ち返るのに
数日を要することがあるでしょう。あれと同じです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


これは土星への旅行の時の宇宙船のテレポーテーション
(本来の5%程度と言うことですが)機能を説明している中で
さりげなく”演劇”とその中での”俳優の役割”に関して取り上げている箇所です。


勿論自分が演技をしているとか
自分が脚本の一部を担っているなどと言う書き込みはありませんし
ネタばらしになるような記述をアダムスキーさんがするわけがありません。


しかし間違いなくアダムスキーさんは
自らが役者としてこの一大演出を盛り立てていた事は間違いありません。


自分が頻繁にそんな体験をしているからこそ
”土星からの帰りにそれと同じ感じを得た”と表現した事も読み取れます。


つまりアダムスキーさんは当時の人間達を特定の方向へと導くための劇を
自ら演じ続けているという意識を持っていたのだと思います。


しかしその演劇はすべての人間を対象として居たわけでは無いと思います。


彼の演劇は特定の人間達に対してこそ向けられた意識だったと言うことです。

元々の彼のストレートな想いは、


生命の科学と宇宙の法則を人々に直に伝え、
それを理解してくれる人間が確実に記憶を持っての転生へと
向かう事だったと思います。


そしてそのような人間達にとっては
アダムスキーさんの著書は額面どおりの解釈で
何の問題もなかったはずです。


其の方々は彼の側近達や当時のGAPの会員達がそうであった様に
生命の科学と宇宙の法則を学ぶ事で進化を果たすことになります。


アダムスキーさんは、そんな人間達にはもう一つの実態を述べ伝える必要は無かった、
もしくは伝えていても彼らはそれに参加する必要は無かったのでしょう。


しかし多くの人間はUFO飛来が無くなるだけで
アダムスキーさんの話に興味がなくなったり、


ビートルズが流行する事で
そちらに視線を向けてしまう程度の興味しか持っていませんでした。


つまりはそんな多くの人達にとって、
興味の対象は元々がUFOや宇宙人そして宇宙船であって
思想や生き方ではなかったと言うことです。


当時のアダムスキーさんを取り巻く人間達は、


1 宇宙の法則・生命の科学を理解できる人間、宇宙人問題含めた理解者
2 宇宙人やUFOに興味を持っているだけで思想や生き方に無関心な層
3 それに興味を示し協力者としてお金を出すことになったお金持ちの人間達
4 これらに一切無関心で強制的に介入しなければ関わる機会もない人間達。


と分類する事が出来るかと思います。


このように色分けした上で、目に見えない大きな計画へと導いた。。。


つまり3に当てはまるような人間に資金と人的援助を受けながら
2や4に当てはまる人間を導く流れを作り上げたのが
今この社会の中でも継続している精神改革運動だと思います。


80%の人間はこれに参加する事で進化と創造主の法
宇宙の法則を意識することになります。


そして1の人間達は放置しておいても永遠の命へと進むことが
出来る人間たちだと言うことになります。


もしもこれが実行されなければ、
この社会の中で永遠の命へと進む事ができる人間は
20%以下だったかも知れないということです。


その運動の全貌は、
新しい太陽系の中の新しい惑星において新しい社会が出来上がり
誰もがその社会へと転生していく過程であり


誰もが永遠の命を持つ事のできる様になる事を
大前提としている物だと思います。


今後この社会は、未だ進化の足りない人間が一定期間その中で転生を繰り返し
新しい惑星への転生のための進化の資質を示す事が出来る状態になるまでの
モラトリアムを体験する場所として存在し続ける事になるのかもしれません。


今この社会に齎されようとしているのは、


この地球社会の平和実現を前提に
人類の全てが結果として新しい太陽系の惑星へと
転生していくための過程である可能性が高いのです。


例え、宗教的な宣言があったとしても政治的な誘導があったとしても、
私達は誰もが早々と意識を変える事が出来るわけではありません。


結局は私達の社会の誰をも永遠の命へと導こうとすれば、
天使達は過去の聖書の教えの様に一部の人間だけを救う道を選択するのではなくて
同時に別の道をも考えなければならなかったと言う事だと思います。


例え彼らが宇宙船でこの社会に姿を現したとしても
天使達は私達に直接永遠の命を授けてくれる存在ではありませんし


私達は彼らから天国行きのパスポートを受け取る事が出来るわけでもないのです。


私達は結局は自らが自分の意思で
進化への道を選択し実践しなければならないと言うこと。


そしてこの社会の中から一人の落伍者を出すまいと考えれば、
この運動は時には強制的な加入まで意図して多くの人間達を
導くことが必要になるのだと思います。
(次の肉体が記憶を持っての転生とは限らないことが前提ですが)


それが前回の記事の中でも触れた、
今この社会の中で起きている見えない精神活動であると言うことを
是非理解して頂きたいです。


前回と今回の記事は説明が多くなってしまいましたが


今後の私の記事を理解するためにも
これらの記事の内容が最重要事項であると言う事を、
是非、皆には判って頂きたいと思います。


以前と比較すれば大きな変貌を遂げた私の記事ですが
私の理解者・兄弟姉妹の中にはすぐに私の主張の”真意”を
汲み取ってくれた方も居るかと思います。


しかし一方では未だに其の変貌振りに動揺を隠せない方も
いるのではないでしょうか。


それは今までの私や理解者兄弟姉妹の価値観を
根底から覆す内容となっているからです。


今、私が皆にお願いしたいのは、以前の私の意識は、
ある意味偏っていたと言う事を皆に正しく理解してもらう事です。


自分の価値観と異なったものを”悪”と見做し
それを叩くのが私の過去のスタンスでもありました。


しかもそれはその実態を自ら確認してもいないのに
見聞で得た知識と情報を持ってそれを自分の価値観に置き換えて
其の上でそれを自分の尺度を持って裁いていたのです。


しかしそれは私の主張していた
”自らの善と悪の基準で他人を裁くこと”に他ならないのだと言うことを
賢明な理解者・兄弟姉妹には判って頂きたいと思います。


私達は変わることが出来ます。


そしてその方向性は今こそ示されたのだと思っています。


次の生では彼ら天使達(スペースブラザーズ)の仲間入りを果たせるように
私達はこの生で永遠の命へと進むための必要な進化を果たして
この地球から卒業していきましょう。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

P.S.


私が過去において目指したいとしていた道は、自分の数少ない理解者と兄弟姉妹を
金星の陣営と言われる人間達の意識に近い状態での覚醒を導く流れであった事を
皆には理解して頂きたいと思います。


私はアダムスキーさんの著書の中の
天使達の高尚な言葉ばかりを意識しては
それが彼らの全ての側面であると勘違いしていたのだと思います。


しかし彼ら金星の人間達であっても、その進化の程度は精々25%程度だと
アダムスキーさんも語っていたように、

実際には他にも75%もの学ぶべき事があると言うことになりますし


他の惑星には別の資質を持って
永遠の命へと進む人間もいる事になります。


例えば昔は金星の陣営と敵対した事のある火星と言われる陣営の人間達の
持っていた資質がまさにそれではないでしょうか。


そして実はこの社会は其の資質が火星と言われた陣営の人間達の社会にこそ
学び作り上げられてきたものだと言うことを
アダムスキーさんの著書の中から導き出すことも出来るのです。


例えば火星の陣営と言われた人間達は金星の陣営と言われた人間達に比べても
左脳の機能が遥かに優れていた可能性があります。


私達の社会は其の人間達の社会を踏襲して進化することは
アダムスキーさんの時代には宣言されてもいました。


すぐに見つからなかったので
天使たちの社会の実態に関して
その進化の差を示している箇所を引用して紹介いたします。


[第6巻]UFOの謎 ページ 134


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

程度が高いとか低いとか良いとか悪いとかの区別をしているのは地球だけなのだ。


 私にはわかっているが、火星は科学と工業が高度に発達している。
しかし金星と同様にそこにも束縛はない。


 われわれが土星を秤の象徴として描写すればそれは正しい。
土星は多くの点でバランスの役目をする惑星であるからだ。


太陽系に関してこの惑星は、惑星群、太陽、アステロイド帯などのあいだの
秤として役立っているのである。


 金星はもちろん愛と同情のレッスンが主体となっている惑星で、
それは全人類の態度と行為が基礎とすべき土台として応用されねばならないものである。


 それ以外の惑星について私は特別な知識を与えられなかったが、
もし地球のわれわれが金星人のようにもう少し自分のフィーリングを
互いに向け合って生きることを知り、火星人のように万人の福利のために科学的に成長し、


土星人のように、遊と休息と仕事のあいだのバランスをもっとうまくとれるようになったならば、
われわれは非常にうまく生活することになるだろう。


地球人がこのような努力をするならばこの世界の歴史は変わり、
やがて地球人にも太陽系という家族の中に着席する資格が与えられるだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


地球が火星の進化を踏襲しているのは
この社会の大昔からの火星の陣営と言われた人間達の影響を
一番強く反映しているからと言えます。


それは単純な進化の差ではなくて
地球社会と火星社会の類似性。


大昔からの関わりに拠るものだと認識することも出来ます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ところで、本当に久しぶりに自分自身に戻ったという事を実感しています。


おそらくは、多くの方々が未だに目的を果たせず苦しんでいる中で
自分がそこで僅かな進化を果たせた事を一応報告しておきますが
その結果得る事になる価値観と資質は皆をもきっと満足させてくれる事かと思います。


私は今後は以前からの自分の目標である
アカシックレコードを読む事を目指して日々暮らすことにします。


皆が私と同じような目標を持って進化を目指すのであれば
この精神活動を受け入れてその中で3.5次元的な生活を
体験する事をお勧めします。


夢のような意識中心の世界と、現実の世界を同時に生きる様な
そんな活動とその中での体験。


そこから目覚めた時には私達は一段高い視線を持った人間へと
変貌することになります。


以前のテレパシーと周波数の例えで説明すれば、
100階建てのビルの屋上に立っているのが天使達で、
地面に居るのが活動に参加していない平凡な一般市民だとすれば


私達は20階か30階の高さにまで登った事を意識出来る様になるはずです。


それでも私は今とても思考の範囲や視野が広がっている事を感じています。
そしてそれを理解者と兄弟姉妹にも是非体験して欲しいと思っています。


そしていずれは進化を果たしてこの社会からの卒業を目指しましょう。


いつか語っていた地球社会からの
卒業式・同窓会を楽しみにしています。


その時私達は新しい太陽系で暮らしているのかもしれませんね。




神のマリオネット=諸星あたる=古川正樹です。


久しぶりの記事の更新となります。


最初に私が以前書いた記事ですが、
全てをそっくりそのまま消すのではなくて


理解の導入になると認識できる箇所はそのまま残すことで
当時の私の理解であるとして参考にしてもらう事にします。


私の現在の私の思考でも正しいと認識できているのは
過去の宇宙の法則や聖書に関する記述であり


その他に関しては多分に誤りがあると認識していることを理解して頂いた上で
それらの記事を参照して頂ければと思います。
---------------------------------------------------------


自分の生活環境が漸くある程度落ち着いた事もありますし
久しぶりに現実をも見つめた記事をお届けします。


今回の内容は人によっては抽象的であったり理解不能かもしれませんが、
これからの私達が真の進化を体験するためのきっかけとなる事を意識して
次回の記事と併せてそのプロローグとしてお届けします。


つまり私の今後の記事を正しく理解するための指針となる記事であると言うことを
理解者と兄弟姉妹には理解して頂きたいという事です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


記事の内容は以前とは多少異なった価値観を前面に出していますが
勿論、この記事を書いている私は以前同様の人間ですし
不幸のブログと言うタイトルもそのままで継続していきます。


私の価値観が変貌したと言う事で、
その正気や買収された可能性まで疑っている方もいるかも知れませんが
そんなことは一切ない事をまずは明言しておきます。


最初に、私が最近室内で暴れていた事に関して
近所の方やその噂を耳にした方々に説明しておく事があります。


私は今回、ある協力者の方々にお願いして、特殊な覚醒方法を実践することで
自分なりの覚醒を果たす事になりました。


当初の数年間の段階に置いては、
自分が進化可能な立場に置かれている事にも気がつかない状態だったのですが、
(自分では加害行為だと認識していた)その状態からの最初の覚醒を果たし、
更に次の段階は自らの意思で選択したものです。


それは逆行催眠のような技術をも使用し、
時には天使たちのハイテク技術をも利用する事になるもので、
一般の地球の人間として生身の肉体を持つ者としては過酷な体験でもありました。


私は精神を極限近くまで追い詰めての修行を体験する事になり
その中で耐え切れずに心の中だけに留まらず
室内外で声を出して暴れることもありました。


これとは少し異なりますが、似たような技術の使用に関して
アダムスキーさんが取り上げている箇所がありますので紹介いたします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[第5巻]金星・土星探訪記 ページ 69~70


宇宙旅行よりも転生する方が楽だ


 三〇日の朝三時間と夕方の三時間は、
スペースプログラムについて私たちを啓発することについやされましたが、
それについてはいずれお話しすることが許されると思います。


というのは、この会議のあいだに火星から来た代表と私の二人の頭部に
ある器具が取り付けられました。


私たち二人だけはその場で話される事柄のすべてを記憶することができないことを
一同は知っていましたので、こんな装置によって私たちの脳細胞に知識を植えつけたのです。


洩らしてもよい時が来れば私たち二人は聞いた事柄を思い出すでしょう。


そのとき印象は活性化され、聞いたときと同じように新鮮によみがえるわけです。
言いかえれば私は今テープレコーダーなのであって、
与えられた印象はすべて無期限に頭の中に詰められているわけです。


 その機械はまるで多くの針が私の脳の各細胞ヘ突き刺さるような奇妙な感じを与えました。


その機械の使用や急速な宇宙旅行は、
私の肉体がそれに慣れていなかったために私のバランスを失わせてしまいましたので、
なるべく正常な気分を保つためにある処置を受けました。


この処置というのはひとつの”振動機械”から成っていて、
それが私の肉体内のエネルギーばかりでなく細胞のバランスを保つのです。


こちらの地球にいる異星人はそんな機械を持たず、また私を治療できる人もいませんので、
私はそれを自分でやらねばなりませんが、楽なことではありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この内容はアダムスキーさんがスペースプログラムと読んでいた計画の一部であろう
某計画の一環にかかわってくる技術とも無関係ではありません。


私の場合は機器を直接脳に取り付けたわけでもありませんし
そこで得た記憶のすべてが必要とされるものでもありませんので、


訓練中に使用していた記憶の多くは
(元々は重要なものばかりではなくて脳意識を鍛えるための物語とお芝居が其の殆ど)
其のうち忘れ去ることになるでしょうが


私が体験したこの訓練で利用された技術は、
間違いなくこれと同様な効果を齎すものだったのだと確信しています。


なぜに私がその影響を受けることになったかと言えば
どうやら私の生まれにも原因がありそうですし、


私が日々の生活の中で、この社会の実態に関して取り上げては
自らの精神の向上と社会の改善を求めていた事とも無関係では無いようです。


私は現実に目にすることの出来る現象に関して
多くの自分独自の価値観を持っていたことからも


そのプログラムを進めるに当たっての情報発信地の一つとして
選ばれることになった人間だったようです。
(詳細は記事の中で後述しています)


そして私のささやかな資質。。


人よりも少しだけテレパシー能力が発達していた事も
この訓練を受ける対象とされた理由の一つだと思います。


ただ、この訓練は当初は本人に対して通告され実行されるものではないこと、
そして彼らは決して直に対象者にその実態を語る事もないことから
私はそれを自分に対しての悪意と加害行為だと勘違いする事にもなったようです。


私は彼らからの情報をいつも無自覚のうちに
一種の”イメージ”として受け止めていたのです。


それは私にとって良い効果をもたらす物と
間接的な鍛錬をもたらすための不快な情報との両者を含むものだったようです。


それは時には電磁波に拠って与えられる情報でもあったようです。


そして実は私と同様の立場に置かれている多くの人間達が、
今この社会の中で自分の置かれている真の立場を理解することなく
”劇のシナリオ”の立場に自分を置き換えてその中で不安や恐怖を持って暮らしている。。。


その事にも漸く気がつくに至りました。


私がどんな人間達の事を語っているのかは
皆さんが想像して頂ければと思います。


そして其の人達もそのうちに私同様に
自分の置かれている立場と自分の変化に気がつく日が来ることでしょう。


自分が今認識している立場が、実は額面どおりではなかったと言う事と、
その結果身につく事になる新しい価値観と脳の機能にです。


私は今漸く落ち着いて自分の能力を確認している最中です。


実は私はこの一月の間、精神的にとても不安定な状態が続いたのですが、
タバコを減らす事と、食事による栄養摂取に気をつけること


更には追加のトレーニングを実行し続ける事で

以前よりも高い意識を維持した状態で
以前同様の普通の精神状態を取り戻すことが出来ました。


(進化し高揚した脳の状態はあらゆる刺激に過敏になっているのです。
それに馴染む事を自ら希望し実行していたわけです)


その手法に関しては、先述の様に、
天使達の使用している技術がそのまま利用されているという実態もあるようです。


ただ、その技術による精神への関与が私にとってとても過酷なものであり
一方では自分の感情や意識が、進化に伴う脳の変化に追いつかず
そのギャップに随分と苦しむことになりました。


時には進化のためのトレーニングが自らの意志によるものである事を忘れ
喜怒哀楽の感情を表に出し、


先日に至っては自分の中で溜まっていた
生まれてから今までの感情を自分のエゴに任せて室内で吐き出す事にもなり


触れなくても良い過去の話を蒸し返したりしては
騒ぎ立てる事にもなってしまいました。


しかしそんなトレーニングの結果、私は落ち着くに至り
今では以前同様に冷静な状態で記事を書く事が可能になりました。


まずその事をここで報告しておきます。


この間に迷惑をかけた身近な方々と、私を気にかけてくれていた多くの人達には
この場を借りてお詫びを申し上げたいと思います。


大変申し訳ございませんでした。


一方では、漸く自分の進化の状況も落ち着き、今の自分が見えている価値観を
皆に判り易く伝える事が出来るような状態に落ち着いたかと思います。


僭越ながらこれからは皆の新たなきっかけとして
一段階成長した私の理解をお届けする事が出来るかと思います。


そして今日の記事は、
私がそのような価値観を持つに至った経緯含めての
理解の導入として頂ければと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


と言うことで、私が何故に自分のこれまでの主張を変えるに至ったかの
その理由を説明しておきたいと思います。


私は”自称イエスの使徒”を名乗りながら
一方ではアダムスキーさんの”自称弟子”を名乗ってもいました。


しかし私は従来のブログ記事を書いている中で
アダムスキーさんの著書に関して、自分の勝手な解釈が多く
皆に多分な誤解を生じさせる結果となった事に気がついたのです。


(生命の科学の一部含む。宇宙の法則と聖書関係は除く。)


つまりアダムスキーさんの著書の内容に関する記事に関しては
残念ながら私の解釈は必ずしも正しくなくて、


実はアダムスキーさんは、単にこの社会の事実をそのまま書き連ねて
私達に問題提起を投げかけた人間ではなかったと言うことです。


そしてその著書の内容の多くは額面どおり受け止めるための物ではなくて、
その殆どの内容が、現実的な視線を誘導しながらも


結果的には"ある目的"を誘導するための手段となっている事に
私は漸く気がつくに至ったのです。


それは偏った価値観、自分勝手な正義感を持って、
自分こそが真理であると自惚れていた私には
理解の出来ない内容でもあったと言う事も今では気がついています。


アダムスキーさんの著書は
書かれていることをそっくりそのまま受け止めるための物ではなくて
同時にそれが”ある目的”を果たすための演出でもあった。。。


私は最近アダムスキーさんの著書を再び読んでいる中で
その事が理解できるようになりました。


私がこのように説明してもピンと来ないかもしれませんので
少し引用しておきたい事があります。


ただ、私がその理解をそっくりそのまま語る前に
皆に自らの思考で考えて見てもらいたいのです。


例えばこんな記述です。


新アダムスキー全集
金星・土星探訪記 P90
-----------------------------------------------------------------------------

私宛に寄せられる多くの質問に答えるために再びこのニューズレター
(訳注=アダムスキーの助手キャロル・ハニーのニューズレター。


ハニーは後に反逆してアダムスキーから離れた)ヘ寄稿することにします。
私たちの運動は次第に大きくなってゆきますので各質問に対して
私が個人的に答えることは不可能です。


UFO・異星人に関して目下ぼう大な書物になるほどの資料がありますが、
これはこの世界によりよき理解をもたらして、
よりよき住家になし得るための知識となるものです。


私に与えられてきたひとつの局面はその範囲がきわめて広いので、
世界の人口の八〇パーセントを包括することになるでしょう。


この地球の文明がつづくということになればその運動はきわめて
必要なことなのですが、目下私はそれについてほとんど何もなすことができません。


このような計画を始めるのに必要な人員のすべてを雇う方法を私は持たないからです。
多数の人が援助しようと申し出ておられることは事実ですが、
この仕事に必要な線に沿って訓練を受けている人はごく少数です。


この仕事を始めるとなればまずタイプライターを打つ仕事が沢山あります。
これは、仕事の遂行に援助できる人々ヘ文書を発送するためです。


もし、いわゆる黄金時代が来るとすれば、
この仕事はそれの先駆をなすものとなるでしょう。


 この計画につけられた名称は”生存のための精神改革運動”です。
もし地上に生き残る人がいなければ城を建てたり、
世界がどのようになるだろうかといった夢を描いたりする必要はありません。


新しい世界を楽しもうとするなら、夢を描く必要があります。


もし新しい社会が、創造主が提供しなければならないあらゆる善き物と共に
出現することになれば、まず絶滅の危険のすべてを排除する必要があります。


「創造主が提供しなければならない」と私が言うのはまさに字句のとおりを意味します。
というのは創造主は現在の文明ヘこの理解をもたらすために
”スペース・ブラザーズ”を用いているからです。


ブラザーズを非難したり疑ったりする人は創造主自体を疑うのと同じようなものです。
ブラザーズは神または創造主ではなく、
彼らはこの地球の文明をその愚かさから救い出すために創造主に奉仕しているのです。


もしだれもがブラザーズがすでにやってきたのと同じほどの事をなしとげるつもりならば、
われわれは放射能による絶滅を心配する必要はありません。


多くの物事が可能なのですが、しかしだれがそれをやろうとしているのでしょう。


 ワシントン市ヘの私の旅行は大成功でした。


よき結果に終わるように割当てられた使命を私は果たすことができました。
その使命というのは大気圏外を平和と教育の目的に使用することに関するものでした。
その旅行にかなり金がかかったとしてもその結果に心から満足しています。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回は紹介するだけにしておきますが、


ここでは当時にはすでに目に見えない宇宙空間での活動と
人類の”生存のための精神改革運動”が始まっていた事が取り上げられています。


まるで現在進行形のように語られていますが、
当時はすでにその活動が始まっていた状態でその活動も認識できる状態まで
進んでいたようです。


アダムスキーさんは著書の中で時折
今この社会の中で進行中であった計画の一環に触れていたのです。


それはスペースプログラムの一環である
”某計画”の一部だと想像しています。


しかしそれは全体像が見えるものではなくて
時折あちこちにその内容が”ちりばめられていて”


その断片をかき集めることで漸く全体の流れが
想像できるようなものだと思います。


これは決して私の思い込みではなくて
それらの内容は特定の高い意識を持っている人間達に対しての
隠れたメッセージでもあると想像しています。


勿論それは天使達やそれに近い意識を持っている特定の人間達にしてみれば
一目で理解できる暗号や思想の指針のようなものだと思います。


それを理解した上で宇宙の法則の知識を併せて記事を読み進めれば
私達は今まで見えなかった事実に気がつくことにもなります。


そしてアダムスキーさんの著書から汲み取ってほしいもう一つの要素がありますが
それに関しては賢明な理解者・兄弟姉妹が自ら何かを感じてほしいと言うことで
次回の記事で取り上げることにしたいと思います。


私達はそれらの要素を加味してアダムスキーさんの記事を読む事で
アダムスキーさんが当時の理解者達に伝えたかった内容、
もしくはアダムスキーさんが理解者達を導こうとした方向性に気がつくことになります。


私達はそれを認識した時にこそ
自らの新たな進化の可能性に気がつくことになるのです。


兄弟姉妹と理解者は
是非私と一緒に真の進化を目指して欲しいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

P.S.


今まで私達が体験してきた進化は既存の価値観の置き換えと言う作業であり
しかもそれは目に見える現象と実際に見えていない実態を
混同させたものに過ぎなかったと言う事を
いつか私の理解者と兄弟姉妹は理解してくれる時がくると信じています。


少数精鋭ではなくて誰もが同じ道を歩んでくれることを心から願っています。


今こそ真の進化を目指しましょう。



私や理解者・兄弟姉妹にとっての目標は進化です。


私は記事を書いていて、その事を意識しながらも
自分の感情に振り回される事が多く
進化ではなくて批判にばかり意識が偏る傾向がありました。


私の最近の記事を少しばかり非公開としましたし
今は一部の記事を訂正・削除の最中です。


これも進化の話とは無関係ではありません。


私の偏った理解や、不安や恐怖の原因となる内容をブログで晒す事を
今の自分の意識を持って良くないことだと認識したからです。


実は私は自分ではほんの少しですが進化を果たしたと思っています。


少し以前の私は、自分の本来求めていた進化ではなくて、
再び批判にばかり意識が向き始めていた事に今となって気がつきました。


その時の意識を前提に取り上げた過去の記事が、
理解者・兄弟姉妹にとっては却って進化の妨げになると考え
地道に非公開としている最中です。


勿論、生命の科学・宇宙の法則に繋がる記事は
そのまま残す事になります。


そして記事としては今までの宇宙の法則の記事をもう少し踏み込んだ
目に見えない領域における意識に関してを中心に
取り上げて見たいと思います。


そしてその一方では私はこの社会では無理だと考えていた
”宇宙的啓示”を目指してみようかと思います。


私や兄弟姉妹の多くは覚醒者であるといっても
残念ながらこの社会の三次元的実態に対して理解を得たに過ぎません。


それが目に見える事と目に見えない事の両面であっても
やはりそれはあくまで三次元的な側面に過ぎないのです。


さらに私の過去に書いた、進化の足りない認識による価値観の記事で
良くない影響を受けている理解者や兄弟姉妹も少なくないと思います。


それは決して嘘ではないつもりでしたが
結果的には偏った側面であったり、全体を考えると
誤りであったりしている記事が多数存在しているのです。


そのことで影響を受けている理解者や兄弟姉妹もいるかと思いますが
その改善含めて私は皆の進化の妨害とならないように勤めるためにも
記事を大幅に削除・訂正することとしました。


特定の人間たちは以前に私がよく
他人のブログの異変に対して語ったように
私が”洗脳”されたとか”成りすまし”されていると


勘違いされているかもしれません。

中にはそれを危惧してくれている理解者や兄弟姉妹も
いるかと想像しています。


しかし実態はそうではなくて
私の精神の確実な変化がその価値観を大きく変えさせる
きっかけになったのだと理解して頂ければと思います。


私は少しばかり今の社会の実態を
楽観的な視線で捕らえるようになっています。


と言っても、勘違いしないで欲しいのは
私が以前語っていたように


物事を不安や恐怖の側面を認識しないで楽観視する、
と言うのとは少し異なると言うことです。


私は以前の主張どおり、
最悪の事態から最良の事態まですべて把握した上で
物事のあるべき方向性を見つめると言う視点でこの社会を見つめています。


その内に機会があれば具体的にコメントしようかと思いますが


私が主張を変えるに至った過程には
私がほんの少しだけ高い周波数帯の意志を認識することが
できる様になったと言う実態も無関係ではないと思います。


そして物事を見つめる視線を変えることになった。。。


現実的に見えている現象から目に見えない原因の領域へと
視線を移すようになったのだと認識して頂ければと思います。


実は今私はもう少しで
宇宙的啓示を体感できるかもしれない状態にまで
進化を果たせたかもしれないと自分では思い込んでもいます。


そして私や理解者・兄弟姉妹は今以上の進化を目指すべきだと思います。


今度の進化は今までとは異なり、その視線を外に向けたものではなくて
限りなく自分の内に対して向けることがそのきっかけになるかと思います。


私はそれを理解者・兄弟姉妹と共に目指して見たいと思います。


今度は現実的な側面、現象としての側面を目で見て理解して認識するのではなくて
今度は精神的な側面、つまりは私達は自分の魂を感じてそれと向かい合う事になります。


そしてその行き着く先は創造主の意識、
つまりは四次元であり、アカシックレコードでもあると言う事になります。


現実社会で一体どのくらいの人間が
この領域にまで到達しているかは正直想像できません。


でも決して多くはないかと想像できます。


それは私達にはテレパシー能力、
魂の意識を感じる能力が足りないからであり、
目に見えるものに拘ってばかりで”感じよう”としないからでもあります。


私達がその領域を”感じよう”とするためにも
見ることに囚われることを止めて、
その上での更なる進化が求められることになります。


実は今私は、自分の中の極端な感情や意識を改善する作業に特化しています。


それは自分の想念を宇宙的意識に保つ事にも繋がるでしょうし
自分自身を正しく見つめる事にも繋がるようです。


更には少しでも創造主の意識を感じようと勤めるように
努力していきたいとも考えています。


以前に私はこんなコメントをしました。


それは”私達は心を持って個人を意識し
魂を持って全体を意識するのだと”言う内容です。


個人の心を持って生きる限り
私達は他人と同じ価値観を持ち難くなっています。


しかし魂の意識は誰もが全く同じ価値観を受け止める事にもなります。


私達の魂は元々が創造主の分身として私達が共有して持っている
創造主の意志・エネルギーの一部だからです。


そして今後は私達はそれを感じることを目標として
進化を意識して行くのが自分のためでも
そしてこの社会のためでもあるのではないでしょうか。


私達は時折、他人と共通の意識を感じることがあります。


そしてその原因に”アカシックレコード”が存在していると言う話は
フロムやフロイトあたりの心理学者も語っていたかと思います。


そしてそのアカシックレコードこそが私達が創造主と呼んでいる
四次元における創造主の残留思念の一部であり
私達にとっての宇宙的な図書館であると言うこと。


私であれば是非体験してみたいと願ってもいます。


そんな状態にまで自分の進化を果たして見たいです。


そしてそれを果たした時には
私達は単にこの宇宙の記憶を知るだけではなくて
自分の過去からの全ての記憶とも対面する事になるはずです。


そしてその時には、
自分の事をもっと深く知りたい、自分の魂を感じたい、

そんな動機が私達にとっての進化の誘引となってくれるかもしれません。


すでに進化を果たした人間は、それを生かして生きて欲しい。


そうでない人間は私と共に更なる進化を目指してみませんか?


私達はその時には自分の魂の実態を知り、
魂を宇宙空間に開放する事になるのだと思います。


僭越ながらいつものように私の寝言とさせて頂きます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
P.S.


突然のブログ休止に、そしてブログ再開と色々憶測を呼びそうですが、
私が意識を変えるに至った”きっかけ”を一つだけ
理解者と兄弟姉妹に明確に伝えておきます。


棒著書が著書の中(どの本かは忘れたので不明)で触れていた


「二つの陣営によってこの社会に改善が計られている」


という"趣旨"の一節の”真意”に気がついたからです。


私の目からは一気にうろこが落ちました。


勘の良い方であれば”その意味”を受け止めて
今の社会の実態に照らしてその”何か”に気がついてくれるかと思います。


そして私達の目に見えている流れだけが全てではないという事を、
いつかは皆が気がついてくれるかと思います。



極端な思考は決して進化を齎さない。


そんな事を考えるようになりました。


実は以前の私は自称正義感の塊でした。


良くないこと、間違っている事を指摘してはそれを叩く、
そしてそれの改善を求めるのが正しいと考えていたわけです。


その結果自分の正義感に抵触するものはすべてが悪とされては
私に叩かれる事にもなりました。


ただ、私の大きな間違いは、その判断基準を
結局は自分の価値思考に求めていた事にあります。


何が正義で何が悪なのかは
私達の自らの価値基準がそれを決める事になっている。。。


私達の心の価値観は私達が自分の本能と体験に拠る価値観によって
作り上げていくものである。。。


それは個人差があってもちろん千差万別であり
絶対的な価値基準など存在してはいない。。


私はその事に気がついていたはずなのに、
それを忘れて自らの価値観に基づいた正義を持って
しかもそれで対象物を裁くという誤りを侵していた事になります。


私達の善悪の価値基準は
私達が自分の生活の中で色々な経験を積む中で
心の心地良さや自分の嗜好と併せては無自覚のうちに作り上げた幻想だと思います。


それは決して絶対的なものでは有り得ないはずです。


私はその事を十分理解しているつもりでいながらも、
実は自分が真の正しい基準を持っていない事に
気がついていなかったわけです。


当時の私のその価値基準で世の中を見つめると
ありとあらゆるものが批判の対象にもなりました。


そしてその批判対象の改善を求める意識ばかりが強くなり、
それを見ている自分の意識の改善をおざなりにしていた。。。


そんな実態も在ったと思います。


これは私だけではなくておそらくは多くの人間
そしてあらゆる思想にも当てはまるものだと思います。


私達は誰もが無自覚にこのような状況を強いられているのです。


長い人生を歩む中で、それは私達の常識となり
気がつくとそれが物事を思考する尺度となっていて
しかも自分ではその事に自覚できてはいない。


私達がもしも”正しい”とされるものを認識することができれば
私達はそんな誤りを犯さずにすんだかもしれませんが
私達はその”正しさ”を認識する尺度を受け止めることができないのです。


そのために私達はいつしか自分の心地良さと不快さに
善と悪という名称を持って
自らの裁きの基準を設けるにいたります。


そしてその誤りを気がつく事なく今も生き続けているのです。


私はその事に少しだけ気がつく事ができました。


例えば、戒律の存在を考えてみてください。


徹底して自分の心の思うままにふるまう事を良しとする人間と、
徹底して自分に厳しい戒律を課す事を良しとする人間がいたとします。


この双方はお互いが異なった戒律を持っていると言う事で
争うことにもなると思います。


自分にとって正しい生き方は自分の生き方であり
相手の生き方は自分にとって悪だからです。


この両者が接点を持ちうるのはこの人間達が聖人であったような場合だけです。


元々の意識に他人に迷惑をかける意識をもたず、
そして自分の高い志を持ってそれに従って生きていれば


戒律のない状態であっても
その人間は一切誤りを実行することはなくなります。


放置しておいても他人に迷惑をかけることもないわけです。


無戒律であってもその人間は私達が罪と呼んでいるものを
侵すことはないのです。


しかし通常の私達は自分のエゴに従って奔放に振舞えば
あちこちに罪を犯すことにもなります。


そしてそのためにも私達は法律や戒律を持って
自分達の行動を規制したのだと理解できます。


一方では、聖人のようなすごい人間であれば
自らに多くの戒律を課しても、


それを自らの課題として消化しながらも
それを持って他人を裁く事もありません。


しかし聖人になる事のできない私達は、
多くの戒律を自らに課すと、それを自分で消化するだけではなくて
それをもって善悪の基準として他人を見ては裁く原因にもなります。


その意識で他人を裁いたとすれば、
それは無法状態をよしとする人間が他人に与える迷惑とは異なりますが、
結局は他人に対して良くない影響を与える事に変わりは無いと言うことです。


私はまさにそれに近い事を実践していました。


自分を絶対的な善であると勘違いしては
その視線であらゆる現象を見てはそれを裁いていたのです。


そして今となって気が付いたことは、
本当の正しい事は両極端ではなくて
真ん中にこそ存在しているのだと言う事です。


聖人には成りえない私達のような器の人間にとって、
自分勝手な生き方も、必要以上の戒律を持って生きる生き方も


結果的には自分の善悪の基準を独自に作り上げては
他人に悪影響を与えかねないと言うことになります。


しかし元々この創造主の世界には
善と悪というものは存在してはいない。。


それが正しい認識のようです。


私達が体感すべき状態は私達の主張する善と悪が融合した状態。


創造主の持っている偏っていない意識こそが
私達が持つべき本当の意識だと言うことです。


そのためにも私達は自分の魂を通じて
その意志の欠片を認識する事が必要である。。。


これが今の私達にとっての一番の課題であり
同時に難問となっているのだと思います。


進化を果たしてテレパシーを体感して下さい。


魂を感じて見てください。


その時に私達は通常は見えない神の意志を
感じることになるのだと思います。


僭越ながら少しだけ進化を果たしたと
自称する人間の寝言でした。




少し前に私は不思議な夢を見ました。


この社会の全ての人間が大いなる力によって導かれるという夢です。


それは私達が通常目で見ている現象とは
一見正反対の流れにも見えるものです。


この社会は一見混乱へと進んでいるように見えます。


しかし間違いなくこの社会に働いている意志は
この社会の改善を求め導こうとするものでした。


たかが夢だと笑い飛ばさないでくださいね。


夢は決して馬鹿に出来ないと私は思っています。


夢の空間は、私達が自分の三次元の意識からかけ離れ
四次元の意識を体験し易い唯一の場所でもあるからです。


その体験は通常は私達が起きている時には
受け止めることの難しいものとなっていると思います。


なぜならば私達は通常はとても低い意識の波動ばかりへと
誘導される事になりがちだからです。


そして私達は自分達の精神の周波数に併せて
時にはその四次元の意志を感じ取る事にもなるのだと思います。


私達はその領域を幅広く受け止める事で
今まで見えていなかったものまで知覚する事になるのです。


当たり前の事ですが、通常歩いていて見ることが出来ない風景を
私達はスカイタワーに登る事で見ることが出来ます。


それまでよりも奥の深い
そして広い視野で物事を見つめる機会となるのです。


私達の精神の周波数帯もそれと似ているのだと思います。


通常私達が感じているこの周波数帯では
今、目にしている三次元のその実態しか見えませんが


その周波数帯があがることで私達は
今感じていない意志を感じることになり


同じ三次元の現象であっても、その起こっている事の意味を
まったく異なるものとして受け止める事も出来るようになるようです。


傍目から見れば不幸のどん底に見える人生を送っている人間の姿であっても、
実は延々と導かれ進化を求められ続けている状態であった。。


などと言うことも現実には有り得るのだということです。


更に極端な話が、高い意識の存在が求めているものが平和や進化であっても、
それを三次元において実現させるに至るまでの混乱や混沌を
私達はその意志の導きとして体験する事もあるということ。


私達が感じている周波数帯では理解できない意志が
もっと高い周波数帯には存在している。


私達が進化を進めると、そんな、現実に見えている現象とは対照的な
とても不思議な神の意志を体験することにもなると言うことです。


考えて見れば、私達に進化を求めたときに
神や創造主の意志が私達に心地良いものばかりを与える事にはならないと
私達は理解すべきだと思います。


子供のころから甘やかされて育った人間はどうなるのか?
大人になると私のような甘ったれた人間になります。


しかしそんな人間でも試練を受けることで
心を濁すのではなくて甘えを消す事も出来るのです。


そして時には創造主や神の意志がそれを求めてくることもある。


私達は自分の意志とは無関係にその流れに導かれることもあるようです。


しかしながらその流れこそが自分が進化を感じるためにも
乗り続けなければならない波であったりするのだと思います。


そして今の私はそんな実態をなんとなく感じ続けている最中です。


時には神や創造主は私達に苦難をも与えるのですから、
その時には当然それを与える対象だっていることになります。


そして実はそんな人間たちも見えない領域では
しっかりと神や創造主の意志に導かれている。。


私達が三次元からや、今感じている周波数帯だけではなくて
もっと高い周波数帯の意識を受け止めることによって


そんな実態を理解する事が可能になるのだと言うことを
想像して見てほしいです。


そして私達は他人との関係では相手から何かを学ぶことで、
更には自分の弱点に関しては自分の中に興味を持つことで
進化を果たすきっかけを作ることも出来る。。。


私が今実感し続けている事を是非意識して頂ければ
目に見える現象が少しづつ自分にとって好ましいものへと
変貌していくことになるかもしれません。


僭越ながら、今更生中の罪人の寝言を
善良な一般市民にお届けさせて頂きました。




この直前の記事で”最後の記事”と書いた事を
撤回させて頂きます。


色々迷惑や不安を与えることになったことも
併せてお詫びしたいと思います。


ご存知かも知れませんが私は健在です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

突然ブログ更新を停止して
驚かれた方や心配してくれた方もいるかもしれません。


実は思うところがあって、自分なりに進化を果たそうと
小さな修行をしている最中でした。


その中で体験する事となった出来事で
私はほんの少しだけ進化を果たせたと思っています。


私が自分では善と悪を作り上げるなと言いながら
実はそれを率先して実行していたこと、


更には不安や恐怖の想いが私達に良くない想念を起こす事を危惧し
皆に指摘していながらも、自らそれを実践してしまっていたことに
気がつくことにもなりました。


私はほんの少しだけ、今までと違って目に見える物以外の意識を感じて
その視線を持って現象を見つめる事も出来る様にもなりました。


その視線でこの社会を見つめた時に
驚くべきことが見えてきて私の世界観は一変する事にもなりました。


その想いを、本当は想念と言う形で皆に届けることが出来れば
私の想いと体験をそのまま受け止めて頂けるのだと思いますが
私達の社会ではそれは不可能なので、


少しだけ記事という形でそれを紹介できればと思います。


この”不幸のブログ”は私が小さな進化を果たす以前の現実視点と
誤った価値観を無自覚で持った状態での記事と理解していただき


その中で支障があると思われる記事に関しては一部削除して
多くの人間に対して持っていた誤った価値観に関しては訂正しようと思います。


今まで私と同様の意識を感じていてくれた方であれば
今の私の感じているような世界がすぐに見えるようになると信じています。


現象世界としての三次元で実際に起きている事つまり
目に見えている事が全てではない。。。


そして少し高い周波数や四次元と言われる次元では
目に見える現象に対して全く別の意志が働いている。。。


そんな実態が存在するのだと言うことを
理解して頂くきっかけにでも成れればと思います。


私がこのブログで書いてきた内容は
決して意図的に嘘や誤った内容を載せたものではありません。


しかし結果的には今の私の理解からすれば
かなりかけ離れた記事となってしまっている部分が
実は多分に存在しています。


基本的には宇宙の法則と生命の科学、聖書関係に関しては、
参考にして頂いても良いかと思いますが


その他の記述に関しては大きく内容が歪んでいた事を
関係者・関係組織そしてこの記事を信頼して
読んでくれていた理解者兄弟姉妹にお詫びしたいと思います。


今の私だからそれを理解することが出来る。


以前の私ではそれが誤りである事や
その見えている現象の見えない実態が正しく理解できなかったのです。


自分の記事の内容を翻すような事を語っていますが
間違いなく私は諸星あたると名乗っていた古川正樹 本人です。


私が見えるようになったその風景を
私が理解者・兄弟姉妹と呼んだ人達に少しでも多く
理解して頂ければと思ってこの記事を書かせて頂きました。


未だに結構多くの方々に読んでいただいている事もあり、
今の自分の理解を考えれば


これ以上、余計な不安や恐怖を撒き散らすことにならないように
自分が振りまいた不安や恐怖を少しでも取り除くきっかけとなればと
思ってでもあります。


私の今の理解に関してはその片鱗だけでも理解して頂ければと思います。



”諸星あたる” 改め ”神のマリオネット” という事で
期間未定で記事を更新させて頂きます。


【三次元に四次元を体験する】


私達が通常時認識する事が出来なくても
私達は三次元と四次元を同時に生きている存在です。


私達が目に見えている三次元とは現象の世界。
日常目を通して見えているその全ての社会がそれに他なりません。


私達はその社会の中で目で見て耳で聞いて
体を持って体験して暮らしています。


そしてその社会こそが私達にとっての全てとなっているはずです。


一方四次元とは私達の思考や想いの世界でもあります。


この領域は私達の通常の意識を持っては認識できない社会です。


しかしそれは確実に存在していて時にはこの三次元に対して
目に見えない影響を与え続けている領域でもあります。


そして実は私達が三次元で目に見えているその現象が
実はその想いの領域からの影響とは無縁ではないと言うことを
私達は気がついていないのです。


例えば私が外を歩いていて転んだとして、
その時に躓いたのは単に私が転ぶことで痛みを感じるための関与ではなくて、


例えばその時に偶然、以前に無くしたキーホルダーを見つけるために
目に見えない力が外部から働きかけた影響である。。。


そんな事が実際にあると言うことです。


目に見えている現象が不快なものであったり苦しいものであっても
実はその裏では目に見えない意志が私達を良い意味で導いているかもしれない。


そしてその導きは時には苦しいものであっても
もしかしたら自分に対して何かを働きかけている
大いなる意志なのかも知れないという事です。


この社会の中には現在、茨の道を進んでいる人間もいるかもしれません。


その人間にしてみれば、この社会の全ての人間や制度までもが
自分にとって敵であり苦しいものに見えてしまうかもしれません。


しかしそれは、もしかしたら目に見えない領域では、
貴方に進化や理解の機会を与えるための
神や創造主の見えない力の働きかけかも知れないという事です。


私達の社会では誰もがこの社会を覆っている見えない法則に
気がついてはいません。


誰もが目に見えるものばかりに囚われて
そちらにばかり意識を向けてその価値観を重視しては
今の目先の現実に囚われがちだからです。


しかし実は私達の周囲には目に見えない法則が存在していて
私達は常にそれによって導かれている最中なのです。


そしてその法則に気がつくようになるためにも私達は多くの課題を与えられては
その中で精神的な進化を遂げていくことになります。


四次元を感じることになるのです。


勿論、その課題が私達にとって心地良いものでは
無いであろう事も想像がつきます。


時には沢山の不快な経験を経て、時には躓き
時には転びながら私達は地道に進化を遂げていくはずです。


そして気がつくと私達は目に見えないこの社会を取り巻く
大いなる意識の存在に気がつく事にもなります。


私が少しだけ進化し、
その体験を通じて感じたのがまさにそのことでした。


私達を進化させるのは心地良い体験ではなくて
却って不快な経験や辛かった経験である事。


そして時には暴走し時には心地良さを貪った分に関しては
きっといつかその報いも与えられる事になる事を
私は身をもって体験しました。


しかし同時に、そんなありとあらゆる経験が
今現在の私を作り上げて来たのだと言う実態にも気がつく事になりました。


私達にとってのこの社会での生活が自分の満足に満たないものであっても
実はそれが自分を進化へといざなう大いなる意志の導きかもしれない。


そんな事を意識して日々の生活を送ると
通常見ている風景も以前とは変わって見えるようになるかもしれません。


そしておそらくはそれが私達にとっての進化なのだと思います。


何かと大変な事、厳しいことの多いこのご時世ですが
出来るものならそんな意識で生きて頂ければと想います。


僭越ながら今の私の見えている
この社会の実態と今の私の素直な想いです。



-------------------------------------------

-私の最後の記事です。



--------------------------------------------------------------

------------------------------------------------------------


--------------------------------------------------------



最近はネット掲示板でも救世主を自称する人間が
かなりの数出てきています。


救世主と言う概念が、
元々がキリスト教やユダヤ教の物なのか、
他にも同様の教えが存在していたのかは判りませんが


新興宗教には救世主伝説は多そうです。


救いを教祖に求める場合は、教祖自らが信頼を受け結果を残さないと
自分の神聖を信奉者に示すことはできませんが、
一方、救世主は未だ現れていない存在です。


その意味では救世主を待望するのは
本当であれば楽観主義にも繋がるかもしれません。


誰かがこの世を良くしてくれる。


この世を変えるために救世主が現れてくれる。


そして救世主待望論は他力本願の意識でも在ると思います。


勿論、宗教的な信仰の延長にも救世主はいますし、
現にユダヤ教徒やキリスト教徒の一部には
救世主そしてイエスキリストの再臨を待ち望んでいる人も少なくないと思います。


ただ、私たちが救世主に望むものが
この社会の改善や自分の魂の救いである限り


自らの努力や改善なしの救世主待望は、
心が不快なものを取り除き楽をして心地良い思いをしたいと言う意識にも
繋がることになると思います。


自分を救うためには自らが努力することが
何よりも求められる、


と言うのが創造主の法を理解している私達の立場。


世間一般に蔓延している救世主待望は、
神頼みと何の変わりもないのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

多くの人間が救世主を待ち望んでいる。


では救世主は果たしてその願いを叶えてくれるのでしょうか。


例えばキリスト教であれば
クリスチャンはイエスキリストの再臨を待ち望む事になるでしょうし


彼らが認める救世主はイエスキリストなのだと思います。


それはイエスキリストが聖書の中で予言していることでもあります。


ただ、私にはクリスチャンにはクリアしなければならない
大きな壁が存在していると思います。

一つ目には私が黙示録は無効と言った様に、
天使たちを向かいいれるためには
地球社会が変わらなければならないと言う事。


更に、もしもイエスキリストが再臨することがあっても
私たちにはそれをイエスキリストと認識することが
可能なのかと言うことです。


旧約聖書の時代を思い起こしてみればよいと思います。


エリアは救世主の到来を予言し
それを実現するためにもイエスキリストは
地球社会の中で地球人として生まれ
そして自分の資質と創造主の法を示しました。


それは既存の地球社会での自称神が与えた戒律ではなくて
真の創造主の法であり


それを受け入れた人間たちがイエスを救世主と認め
ユダヤ教から改宗したり、新たに創造主を信仰するようにもなりました。


しかし既存のユダヤ教は無くなる事はありませんでした。


イエスキリストを救世主と信じて
受け入れる人間ばかりではなかったからです。


そしてそんな人間達の一部は、今でも自分達の救世主を
今も待ち望んでいるようですし


一方、人格神の教えから派生したタルムードのような
人間の作り上げた価値観を持つに至った人間達もいます。


私達はイエスキリストを救世主であると認識できても、
現にそれができなかった人間が大勢いたのです。


イエスキリストの周囲には色々な奇跡が
引き起こされもしました。


病人を治したり、天から声が聞こえてきたり、
イエスキリストのパンの話にしてもそうですし


イエスは多くの人間達の前でその神聖さを
奇跡をも持って表現して見せました。


時には天使達(ブラザーズ)がそれを協力して
演出したであろうことも想像がつきますが、


もしも当時の人間達に先入観としての既存の誤った価値観がなければ
もっと大勢のユダヤ人がイエスキリストの教えを
受け入れる事になったのではないでしょうか。


しかし彼らの持っている先入観がそれを妨害したのです。

自分達が心地良いと感じているものを否定する人間を
救世主とは認めたくは無かったというのが
富裕階層にいた人間達の本音だと思います。


お金崇拝社会を批判し、所有財産制度を批判したイエスを受け入れることは
自分達が今もっている権力と富を否定することになります。


それは彼らの心にとっては不快だったはずです。


そしてパリサイ派という主流の人間達も
富と権力を持っていたが故に、イエスをキリスト・メシアと
認めませんでした。


富裕層の多くの人間がそれに追従したのです。


結果キリストの教えを信仰した多くの人間が
貧困層の人間となってしまっているのだと思います。


そして当時の社会環境がその事に輪をかけたと思います。


彼らは人間として”独自の戒律”を持っていて
そちらのほうを重視していました。


法律とされ文章化された戒律を守ることで
彼らは自らを”義”であると看做していたのです。


心のあり方こそが大切だと言うイエスの教えは
そんな意識に囚われている人間達にとっては
理解しがたいものでもあったと思います。


彼らにとっての慣れ親しんだ慣習が、
そして先述のように彼らの中で力を持っていた人間達が
イエスが救世主であることを認めなかったわけです。


それどころか「イエスはベルゼブブの使いだ」とか
悪魔扱いまでされていたことは聖書の記述からも伺えます。


(ベルゼブブはハエの姿をした悪魔だと言われている
架空の存在で、地獄の使いの一人とも言われています)


そしてそれと同様の事が今の社会でも起こり得ると言うことです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


おそらく私達には先入観があります。


救世主はこんな存在であり、どんな姿をしていて、
いつどこに現れると言うそんな意識を価値観の中に作り上げながら


その到来を待つ事になると思います。


そしてそのイメージと異なる存在がもしも救世主として目の前に現れても
私達はそれを救世主と認識できないかも知れないということです。


他の宗教でどんな救世主が予定されていて、
それがイエス同様にブラザーズによって予定されたものであるかどうかが
問題ではありますが


もしもキリスト教以外にもブラザーズが
創造主の法として述べ伝えたものがあって、


そこでも救世主が予定されていたとしたら
その救世主は勿論ブラザーズ達の使いとして
現れることになるのかもしれませんが、


その人間を信者達は救世主であると認識することが
できるのでしょうか?


私にはそうは思えません。


イエスキリストが2000年前にそうだったように
神の冒涜者扱いをされて迫害されることだって在りうると思います。


純粋なユダヤ教徒の救世主にしても同様だと思います。


もしもイスラエルで本物のメシアが天使達の転生として誕生したとして
その人間が創造主の法を語ったとしたら
彼らはそれを受け入れる事が出来るか?と言うことです。


その人間が本当に彼らを救済するためにやってきたとしても
2000年前のように、自分達の価値観と異なる主張を聞いては
それに違和感や不快感を感じて、


彼らは其の人間をメシアと認識する事はできないと思います。


彼らは自分達の心の価値観で、
自分達の心にとって心地良い存在を
救世主として作り上げているからです。


例えば、選民思想を持つ人間達にとっての救世主は
自分達を特別扱いしてくれる人間でなければいけない事になると思います。


語っている事が真理であるかどうかなど
彼らには理解する事もできないのですし、


心に従って生きている人間にとっての正義の味方は、
自分の価値観を肯定してくれて自分を心地良くしてくれる
人間に決まっています。


しかし創造主の法を述べ伝える救世主は
その期待を裏切る事になります。


創造主の法の、万物への平等と万物の調和、
更には既存の価値概念を正すことを唱えるであろうからです。


ただ、私達イエスの教えを学ぶ人間にとって幸いなのは
私達が絶対的に信頼しているイエスキリストは
再臨の仕方を自ら予言していたことです。


「その時私は光る雲に乗って稲妻の様にやってくる」


私達には理解できますが、イエスキリストは宇宙船に乗ってやってくると
私達に告げたのだと思います。


つまりそれがイエスキリストであるかどうかは


一つ目の印としては
「宇宙船に乗って空から降りてくることになること」


を私達は予定することができます。


(地球製宇宙船が存在する今では
”偽イエス”が地球製のUFOでやってくるという可能性も
想定しなければいけないわけですが)


イエスはこの地球社会の中で
再び人として生まれ変わってくるわけではない事を私達は理解しています。


それだけでも私達の迷いは減る事になります。


宇宙船に乗ってやってきて
私達に創造主の法、生命の科学を語る人間は
他には存在しないだろうからです。


しかしもしもイエスキリストが
その事を聖書で触れていなかったとしたら、


私達はこの社会の中のどこかで生まれてくる
救世主を延々と待つ事にもなっていたでしょう。


そして2000年前と同じ事を
ここでも繰り返す事になったかも知れないわけです。


ただもう一つ問題があります。


自分の持っているキリストの教えと、
イエスキリストの転生が私達に述べ伝えるであろう創造主の法が
異なって感じる事になる弊害です。


先述の様に、私達が誤った創造主の法を価値観として持っている以上
イエスがやってきて真の創造主の法を語ったときに
それを自分の価値観、自分の知っている”キリスト教”と違うと認識し


其の教えに不快感を感じては、
イエスの転生をイエスと認めない可能性もあるということです。


そしてクリスチャン社会であっても
色々なイエスの教えの解釈がありますから、
世界の30%以上が信仰しているといわれるキリスト教ですが


その信者の皆が転生イエスをイエスキリストと
認めない可能性があるのです。


そして更に付け加えれば、転生したイエスキリストの姿は
私達のイメージしているようなイエスキリストの姿を
しているわけではありません。


元々が白人でないイエスキリストを白人に表現し
しかもその姿をも想像で膨らませてきたのが私達の社会の実態です。


2000年前当時のイエスキリストの姿で
私達の前にイエスキリストの転生が現れても


私達はそれをイエスと認識することができないかもしれないのに
今度はその姿まで異なっているのです。


私達はそれを救世主である、イエスキリストの再臨と
認めることが出来るのかと言うことです。


つまり本物の救世主がやって来たとしても
私達の意識が今のままでは


救世主をそれと認識できる人間は
決して多くはないという事になります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以前にも私は記事で触れましたが、

本当はイエスの再臨は50年前に果たされていたはずです。


アダムスキー(12使徒のヨハネの転生という話でした)
と金星人オーソン(イエスの転生)の再開こそが


本当はこの地球社会におけるイエスの再臨として
実現された出来事だったはずだからです。


しかし地球社会の権力者達は、
天使達とイエスの転生の存在を公にはしませんでした。


それどころか彼らの存在を隠蔽し、
今では対宇宙兵器が彼らの宇宙船の地球への侵入をも
妨害しているのだと想像できます。


彼らはイエスキリストが宇宙人という形で再臨したこと、
そして彼らは宗教ではない”創造主の法”に則って生きていることを
私達に知られたくはなかったのです。


そして私達の社会の宗教の根源を彼らの思想の中に見いだし
それに警戒心をも感じたのだと思います。


1963年にヨハネス23世が
第二バチカン公会議の最中に暗殺されなければ
(事実上毒殺だと言います)


1963年にケネディー大統領が暗殺されなければ


私達は太陽系の実態を知り
イエスの再臨を受け入れる事になったはずなのです。


しかしそれは実現することもなかった。


イエスの再臨は、今では50年前以上に
実現が難しい状況になっているのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

近年撮影されるUFOにアダムスキー型といわれる
金星や土星の宇宙船=スカウトシップの姿は確認できません。


彼らの母船とされている葉巻型の宇宙船然りです。


そして地球製?もしくは他の惑星の宇宙船かもしれない
宇宙船らしきものが確認されるのみとなっています。


そして今のこの社会のこの実態。


私達イエスを慕う人間が彼らの再臨できる舞台を作り上げない限り、
天使とイエスはこの地球社会に再び姿を見せることさえ
難しいのではないでしょうか。


私達がいくらイエスキリストの事を待望しても、
地球の権力が、誤った価値観と誤った法則に惑わされて
この社会から彼らを締め出してる限りイエスの再臨はありえないかも知れない。


そんな事をいつも考えています。


はっきり言える事は、
私達の社会を延々と改善し続けてくれた真の救世主を求めるのであれば、


私達は地球社会の中から出てくる救世主を求め
それに期待するのではなくて
空を眺めて彼らを待つことになると言うこと。


そして私達の意識の改善と社会の改善なくして
彼らが私達の前に姿を見せることはできないと言うことを
私達は認識すべきです。


一方、私達は救世主を待つだけではいけません。


この社会において救世主の到来の目撃者となりたいのであれば、
私達は受身ではなくて、自らが動いてこの社会の改革を
意識すべきだと言うことです。


この社会に文明の危機でもやってきて、
そのための大変動でも引き起こり誰もが自分の事で精一杯で


宇宙からの訪問者を地球の法則が締め出す事ができなくなった時に
イエスキリストがやってきたとしても


その時に、急に魂の覚醒を引き起こし
永遠の生へと進むなどと言う甘い考えは私達は持ってはいけません。


創造主の法は一朝一夕に理解して実践で出来る物ではないからです。


それ以前に、私達が皆創造主の法に従って生きる事ができれば
そんな崩壊をも避ける事ができますし
救世主の登場をも、期待しなくても良いかも知れないわけです。


地球の危機を救ってくれる存在を期待するのではなくて、

イエスキリストが今度は平和の宇宙大使として
この社会にやって来れるような
そんな社会を私達が自分の手で作りあげるべきなのだと思います。


そして例え救世主がやって来たとしても
それが救ってくれるのは私達の魂であることが理解できれば
私達は自らが救われるように勤めなければいけない事も明らかです。


救世主は努力せずに、心の暴走に従っている人間達を
魂から救ってくれるような存在ではないと言うこと。


私達、覚醒者と理解者であれば判るはずです。


自分を救う事が出来るのは結局は自分の意志であると言うこと。


救世主の到来はそのための大きなきっかけに過ぎないのです。


貴方に無限なる力の祝福がありますように





私のブログの紹介です。


最初にオカルトめいた事に触れれば、
私達は無自覚なだけで今とても大変な世界の中で暮らしています。


この社会は嘘と偽りで満ちているのです。


とりわけ、10年ほど前まで平和で裕福な時代が続いていた日本では
未だに其の気分から抜けきらない人間が少なくないと思います。


しかし其の裏では私達の知らない策略が
闇政府の傀儡の手で延々と作り上げられ
闇政府の策略と言うその陰謀に私達の社会は飲み込まれているのです。


其の傀儡はあなたの隣に居るかもしれません。


日本国内にも大勢存在しています。


彼らは自分達の社会を作り上げるために
私達を欺き、誘導し続けてきました。


そのために、何も気がつかない人間にとっては
以前通りの世界です。


人間が認識できるのは自分の眼で見て耳で聞いたことですし
マスコミや他人を信用しているのであれば
この社会は以前どおりの社会に見えるはずです。


しかしこの社会は映画マトリックスの様に、
其の実態に気がついてしまった人間にとっては
決して心地良い世界ではないのです。


私などはここ数年間、地獄で暮らしている気分でした。


この世の実態を知れば知るほど
絶望や恐怖心に駆られる人間も居ることでしょう。


でも知らなければもっと損をする事になります。
(私達は自分達に纏わる法則や、
生きている目的さえ隠蔽されて暮らしているからです)


私達は彼らの野望の全般を理解することで
恐怖や不安ではなくて希望と感じ覚醒と進化を果たす事が出来ます。


無知は罪ではないと言いますが、
少なくとも無知であることが自分にとって大きな損失になることも気がついて
私の記事を其の覚醒と進化のきっかけにして頂ければと思います。


理解が進めば同じ世界が
今までとは違って見えること間違いありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


こちらは私のブログを理解してもらうために設けた特別な記事です。


Q&A形式ですが、何も気がついていない一般市民にとっては
突拍子もないことを記事にしています。


興味のありそうな内容を選んで飛んでください。


今まで自分がオカルトだと認識してきたことの中で
一番興味が持てそうな記事を選択して読んで見てください。

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11384539003.html
真理質問箱 聖書
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381783912.html
真理質問箱 ハイテク兵器 策略 HAARP etc.
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381782657.html
真理質問箱 宇宙の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381781964.html
真理質問箱 アダムスキー
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381779228.html
真理質問箱 イエスキリスト
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381774916.html
真理質問箱 神・創造主
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381233460.html
真理質問箱 生命の科学 
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11380264748.html
真理質問箱  UFO編

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11387537395.html
真理質問箱 理想の世界


オカルトがだめだと言う方はこちらのリンクから飛んで
興味ある記事を読んで見てください。


http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/7d136ac77904660dd431d9853224aa03
ニュースの裏側を読むリンク
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/c39108ffaf6e499661d322a3f28eccd3
時事ニュース・マスコミ・その他リンク
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/eb1985176fbc565c60412827bc8760b2
政治・経済リンク
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/6a3130c66977dac11fbff9acb0a35f24
政治・経済リンク2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381783912.html11381825323
闇政府の策略全般


同じ時事問題やマスコミの話題や政治経済でも
違う視点、今まで自分が見ていたのと違う角度で見ると
浮かび上がってくるものがあることに気がつくと思います。


表の偽りを出来るだけ取り除き
真実を見つめようと言う視点で書いた記事です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オカルトも多少は読めると言う方は


この下に並んであるリンク集に多くの記事がありますので
興味を持ってくれた記事へと読み進んでください。


ブログの冒頭にある記事リンクと併せると


ほぼ殆どの主要記事を読むことが出来ると思います。


記事総数は予備サイトの記事と併せて2000ほどだと思いますが
一日毎の記事がとても長い事のでとても読み応えがあると思います。


私達が今虚像の世界に生きていると言う其の実態を
あらゆる側面から捉え紹介しています。


政治経済、時事問題、陰謀策略、民族問題、
人工地震、集団ストーカー


UFO,心霊、超能力、宇宙人、


更には精神分野としても聖書やイエスの真の教え

そして創造主の法と言う私達が到達すべき真理まで


一連の記事を書いています。


真理を求め続けている人間が
真理の欠けらを手に入れるまでの
進化の過程も見えるかと思います。


そして皆にも同じ道を歩んでもらい
いつか全てに気がついて貰える事を願っています。


そして掲示板などで拡散希望です。


私のサイトはタブー扱いされていて
批判でもURLを広報してくれる人間は殆ど居ないので
是非ご協力頂ければと思います。


最近10日分ほどはリンクに反映されてないので
ご了承ください。
カレンダーなどから読んで欲しいと思います。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11409874584.html
最新記事リンク集VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11410424949.html
最新記事リンク集VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381825323.html
闇政府の策略全般
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381887064.html
生命・精神 VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11310633241.html
生命・精神 VOL2

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11480414432.html
生命・精神リンク VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381849686.html
オカルト全般
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381843804.html
HAARPハイテク関係
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381837081.html
集団ストーカー被害関係

posted by uruseiblog

指導者の導きと共に進化する

テーマ:ブログ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昨日の記事を読んで頂けましたでしょうか。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11362816099.html
進化する天使の教えと逆行する地球環境

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11363884269.html

続・宇宙の法則番外編 釈迦の教え



進化する天使達の教え。


それは当初は暴力と闘争に満ちた社会に
基本的秩序を齎すものとして与えられたのかもしれません。

(ユダヤ教)


しかしその中で暮らしている人間の意識の進化に伴い
天使達は次なる段階の課題を私達に提示して見せてくれた
(キリスト教)


そして人間が表立っての野蛮さと無知から開放されたこの時代には
ついに彼らは私達に創造主の法を意識させるに至った。

(生命の科学)


と私は個人的に認識しています。


少なくともイエスキリストと言われた魂が
どんな軌跡を地球社会の中でたどって来たかを私達なりの知識で認識すれば、


ユダヤ教、キリスト教、宇宙の法則という流れは
そのままイエスの教えの進化の過程でもあったと理解することもできます。


モーセ、イエス、オーソンと肉体の器を変えながら、
同じ魂が私達を導き続けていると認識すれば良いのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこで”変容の山”におけるイエスの体験について説明します。
 そのときイエスの心は意識によって恍惚となっていました。
彼は自身の心の意志を意識の意志にゆずり渡していて、
自身は聞き手と観察者になっていました。


そうなったとき彼の顔は変化し、
彼の心と意識がかつて表現したことのある多くの個々の容貌を現しました。
そのとき自分では何が起こっているかに充分気づいていました。これを見ていた弟子たちはイエスの容貌がいろいろ変わるのを見て、モーセその他の人間たちが現れたとイエスに語りました。


するとイエスは「私の生命は多数の人の生命である」と答えました。
言いかえれば彼はそうしたさまざまの人々の生涯を経てきた
(訳注=過去世で、その人々であった)のであって、
意識がそのことを彼の心のスクリーン上に再演し、
こうして他人が見ているあいだに彼の心の生命を現世の段階にもたらしたわけです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私は変容の山に関しては、
聖書の記述が正しいのであれば


立体ホログラフでのエリアとモーセの映像をイエスのそばに映し出して見せた
天使達の科学力による奇跡の演出と認識しています。


その証拠にこの直後には天使が神を演じては
「イエスは私の愛する子私はこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい」

と空から語りかけています。


話は戻しますがイエスは以前はモーセという肉体であったと言うこと。


私は旧約聖書の人格神の残酷さが嫌で、
殆どまともにモーセ三章を読むこともありませんが


モーセも子供時代から特別な力で守られて居たことは
容易に認識することもできます。
(子供殺害命令を逃れたり、40日間荒野をさまよったりと
イエスとそっくりですね)


モーセは厳格で残忍な人格神のなだめ役でもあり
長老会よりも権力を持たされていた民への預言者にも近い存在でした。


旧アダムスキー全集7巻、新アダムスキー全集の11巻では


アダムスキーの側近が
普段アダムスキーが語ることもなかった内容に
触れている場面があります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アダムスキーが常々語っていたように、
私たちの学習はいつになっても終わることがないのです。


 文明もまた同じパターンで進歩しています。アブラハムから、
モーゼ、イエス、オーソンヘと、次々とリーダーを変えながらです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アブラハムに関しては、それが今どんな存在に
転生しているのかはわかりませんが
(もしかしたらこれもイエスという可能性もあります)


ここはモーセ、イエス、オーソンと
同じ魂が肉体と言う器を変えては
地球の進化に資して来たことを髣髴させています。


アダムスキー研究家の藤原さんは
そんなイエスやアダムスキーの転生話も
側近から聞いて著書で紹介してもいました。


アダムスキーは自分の転生話し含めて
それを公の場で語ったことはありませんが


(以前にも触れましたが、自分が12使徒ヨハネの転生であるとか
自分がコンタクトしたオーソンがイエスの転生であると言えば
各国のクリスチャンに非難を受ける事になったであろう事も想像がつきます。
この社会の一般の人間は理解が不足しているからです)


真理を語っていたアダムスキーの話は信頼できます。
(アダムスキーはヨハネ時代の記憶から
ユダは裏切っていないと言うことを触れていましたし
そこからも聖書の改ざんの実態を垣間見ることもできます。)


そしてアダムスキーは聖書の引用はしましたが
クリスチャンではなく宗教には批判的な意識をも持って居ました。


12使徒が伝えたのは正確にはキリスト教ではなくて
イエスの述べ伝えた創造主の意志であり、
創造主の法の実践であったからです。


イエスキリストといわれた魂は
この社会の中に何度となく現れては
私達の文明に影響を与え続けてきた。


その魂は何度となく地球で転生しては
私達をその時々の時代背景に即した方法で
創造主の法へと誘導し続けてきたのです。


その魂のマヤ・アステカとかインカ文明における時代の話は
詳細が語られていないので認識できませんが


ムー大陸の指導者でもあった人間として
土星人のファーコンの話をとりあげていましたし、


彼ら太陽系の兄弟は私達に天使とか神と認識されながら
この地球社会を導き続けてきたのです。


それを事実と受け止めることができる人間にしてみれば


モーセであった人間、そしてイエスキリストと呼ばれた人間
更にはアダムスキーがオーソンと名づけた人間が
同じ魂を持っていたと言うことを認識すれば、


ユダヤ教、キリスト教、そして
50年前に私達の社会に普及する予定だった
生命の科学を基礎とした創造主の法は


それぞれの時代の私達の資質に即して
私達を創造主の意志を理解させるために
進化してきたものであると認識できるはずです。


私達が聖人達に与えられた教えは、常に時代環境に即したものだった。


そしてその当時の人間の意識を尊重し
それを進化へと導くためにその時に指針とされたものであり


本来私達は進化と共にその教えも進化すべきだったのですが、


それを、当時の時代背景を無視して
文字通りに受け止めそのまま持ち続けていることが
実は私達の理解の弊害にもなってきたのだということです。


例えば昨日の記事で書いたように、
殺戮と虐待そして強奪が蔓延っていた時代に彼らが与えてくれた戒律を


今の知恵と知識と精神の進化した私達が参考にすることは間違いで、


ユダヤ教の限界を察したイエスが
新たに私達を次の段階へと導くためにも与えてくれたものが
新約聖書のイエスの教えであると理解し、


更にそれが誤解され、時代の趨勢にあわなくなった事も含めて
知識と知恵の増した私達に新たにイエスであった魂が与えようとしたのが


生命の科学と言うスペースブラザーズの編纂した
アダムスキーの教えであったという事になります。


キリスト教は、創造主の意志の一部をイエスが引用し、
三次元と四次元、魂という意識の経路と
心と言う意識の経路の存在を取り上げそれを前提に、


私達の身体の機能と、あるべき人としての指針を示したものですが、


今度は私達は創造主の法を自ら感じて認識して、
それを実践することを求められたのだと思います。


繰り返しますが、もしも第二バチカン公会議の途中で、
ブラザーズからの親書をアダムスキー経由で受け取ったヨハネス23世が
その三日後に急死(病気とされてますが暗殺です)しなければ


間違いなくバチカンは太陽系の兄弟の存在と

その生活で実践しているかれらの創造主の法を
私達に提示することになったはずです。


ヨハネス23世は自分ではすべてを悟っていたはずです。


カトリック教徒でありながら不可思議な現象にも興味を示していた観の良い方で
しかも教皇という地位にありながら偉ぶった態度をとらず
誰にでも気さくに声をかけてその一般人振りを示していた人物は


天使達の生き方を誰よりも早々と理解することもできたはずです。
(バチカンにブラザーズの宇宙船が頻繁に着陸していたと言うのは
事実のはずです)


そこでヨハネス23世が気がついたのは
どうやら創造主は間違いなく一人であるということ。


そして地球規模の意識改革をするためにも
太陽系の兄弟達の仲間入りをするためにも
私達が意識を変える必要があると言うこと。


そのためにも私達は創造主の法を理解する必要があり

地球社会の中でおきている宗教同士の争いを
まずは解決したいと判断し


カトリック以外の多くの宗教をも
神が創ったものと認め他の宗教への歩み寄りを見せたのです。


結果的にヨハネス23世はその目的を果たすことなく暗殺されましたし、
その後ヨハネス23世の意識を強く継いだ人間が
教皇となった時にも暗殺される羽目になり
(ヨハネパウロ一世)


太陽系の実態と創造主の法は
私達の前に公にされることもありませんでしたが


アダムスキーとブラザーズが用意していた生命の科学こそが
私達地球社会の人間への天使達の最新のメッセージであり


創造主の法への導入であったであろうと言うことは
私達には推測できます。


天使達の教えは進化してきたのです。


私達人間が物質的に進化しつつも
天使の教えをその進化に載せることができていなかった。


科学を進歩させる一方で
いつまでもガラクタ錆びさせたまま後生大事に首にかけて


それを持ち続けてきたと言うのが
この社会の実態ではないでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

近年新興宗教の中には
そんな生命の科学や創造主の法に良く似た思想も存在していますが


恐らくはそれは創造主の法を模倣して
地球の法則の傀儡が自分達に都合よく誘導できるように
作り上げたものではないかと思います。


似て非なるものは大量に存在していても
真理の塊であり生命の科学を
そのまま実践しているような組織は存在していないからです。


しかしそれはとても魅力的な物に映るはずです。


天使達が伝えてくれた多くの真理を含んでいるからですし
それを私達は魂の共鳴で感じることになるからです。


しかしそこにしっかり毒が混じっていれば
その真理は本来の役目を果たすことなく
歪められる事にもなりかねません。


ユダヤメーソンが多くの宗教を作り上げたり
多くの宗教組織を乗っ取ってきたのには


人々が真の創造主の法を理解し意識を覚醒させることを
妨げようという意図によるのだと思います。


天使達の地球社会への働きかけは50年前に一段落し、
この社会は、太陽系との調和とは無縁に


事実上この社会を独自に支配しようと意図する人間達の手に
渡ったのだと思います。


悪く言えばこの地球社会は
創造主の法で満たされている宇宙空間の中において、
地球の法則と言う別の決め事で仕切られている空間であり


事実上、悪しき意味での自治が進んでいると
認識すれば良いのではないでしょうか。


そこで実践されているのも
尊重されているのも創造主の法ではなくて
この社会の支配者達が作り上げた戒律なのです。


創造主の作り上げた宇宙空間の万物が
進化の過程を進んでいるのに対して

この社会は科学と言う物質的側面ばかりに目を向けては


一番大切な私達の本質であり
本当の進化をしていくべき魂に関しては無関心であり続けている。


時々それに気がつく人間は
魂のささやきに似ている宗教に誘導されることになりますが


その宗教は良い意味での進化が果たされておらず、
その上に今度はその宗教にも地球の支配者の管理支配の手が回り、


結局私達の魂の進化がおきにくい
そんな環境が作り上げられて来たと言うことです。


そしてその中でも一部には
心底地球の法則に染まった人間達が居ます。


そしてその傀儡となって人々とそれに誘導されている人間達を
真の覚醒から妨害し続けている。


その中で私達は天使が与えてくれた
私達の学ぶべき真理を、
理解できる状態にまで進化している魂の持ち主へと延べ伝える。。。


この社会が、人としてあるべき意識を持っていては生きていけないのであれば
進化した魂はそろって卒業していくしかないのだと思います。


それでも創造主の法はこの社会には働き続けます。


天使達が送り続ける想いが実を結ぶのか
それともこの社会に渦巻く低い波動に満たされた想念が
この社会を再び崩壊に導くのかは
もう私達の関与できる問題ではなさそうです。


私達は今の時代の私達にとっての指導者である
オーソンさんについていけば良い。


人間が作り出した価値観に囚われるのではなくて、
私達を創造主の法へと導こうとしている存在を信頼して
その与えてくれた課題をこなしていけば良いのだと思います。


生命の科学は創造主の法への導入であり、
恐らくはブラザーズにとっては小学校の教材の様なものだと思います。


しかしそれは私達にとってはとても難解で、
すぐに理解して実践できる内容ではありません。


イエスが”例え話”で語りかけることで、
私達がそれを自ら思考する機会を持つ事を期待したように


生命の科学の、アダムスキーと天使達からのメッセージも


私達が創造主の法を理解するために必要な資質をも
兼ね備えることを意識して取り上げられているのだと思います。


それは宗教でも人工的なイデオロギーでもありません。


私達が学ぼうとしていることは
普遍的真理であるということを忘れないで欲しいです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

P.S.

日本のアダムスキー全集の著者の久保田さんが
アダムスキーの側近だった女性に質問している場面を紹介します。


アダムスキーが著書の中で区分のために
意図的にブラザーズに名前をつけましたが
彼らは元々は私達が”名前”と認識しているものは持ってはいません。


その時につけた名前がどんな意味を持つのかと
久保田さんがアダムスキーの側近に訊ねている場面です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「オーソン」の意味


 あれこれと去来する想いにかられながら
次の質問を出そうとするが、なかなか思いつかない。
ふと『第2惑星からの地球訪問者』に出てくる宇宙人の名が浮かんできた。


それでたずねてみると──


ア「あの人々の名前(もちろんアダムスキーがつけた仮名である)は
それぞれ重要な意味があるとアダムスキーは言っていました。


しかし婦人たちの名前のことは何も言わなかったわ。
オーソンというのは”真理”を意味するんだそうです」


 このオーソンという名を日本のUFO関係図書で
オルソンと表記したのがあるそうだが、これは誤りである。


訳者がアメリカで会ったアダムスキー関係者の
いずれもそんな発音はしていない。
ただし「ソ」は日本語の「ソ」音ではなく、
舌の先をかるくかんで発音する th-sound である。


久「それで?」


ア「ファーコンという意味は知りません。
ラミューというのは”ムー大陸のラ”という意味で、
”ラ”は当時の偉大は指導者の名称だそうです。


 私が感じるところでは、ラミューという人は
ムー大陸にいた指導者の一人だと思います。


言いかえれば、この惑星の母なる国ですわ。
ファーコンという名前をどうしてつけたのか私にはわかりませんが、
何か宇宙とか天空とかに関係があるんじゃないかしら。
ファーコンは火星から来た人だと思います。


たぶんラミューやオーソンほどに高い進化をとげてはいないでしょう。
しかしよくわかりません。
私はこの人が典型的な宇宙人をあらわしているのではないかと思うんです」


 このあとパロマーガーデンズ時代のアダムスキーと、
ブラザーズの援助について語ったが、
これもアリス・ウェルズの話と同じ内容である。
アダムスキーはごく少数の人にだけ重要な事実を洩らしていたらしい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私の記事を読んで興味を持った方は
自分の目でアダムスキー全集を読んでもらうのが一番だと思います。


私の記事はあくまできっかけです。


ここでアダムスキーが始めてコンタクトした宇宙人を
”オーソン”と名づけた事に関して


それが”真理”という意味だと側近のアリスポマロイは触れています。


アダムスキーは相手の正体に気がついていた、
もしくは後に知らされたわけですから


イエスの転生である人間を”キリスト”と同じ意味の”真理”
と名付けたであろう事が想像できます。


このオーソンが自分達が聖書では天使(神の子というのが正しいようですが)と
呼ばれていた存在であることを仄めかしている場面があります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このようなことはすべて古代人によって予言されているのです。
彼らは予言書の中で述べています。


全世界は混乱に巻きこまれるだろう。その前兆はこれこれだろう。


神の子たちが天国から地球を救いに来るだろう、と。
こんにちの地球の状態は地球人を死の影のもとにおいています。
これは地球人がそうしたのですが──。そして全世界は混乱しています。


地球人が大気圏外につけた名は”天”ですし、


私たちも神の息子、娘なのですから、
今でさえあの古代の予言が実現しつつあるとはいえないでしょうか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

聖書の創世記では神の子が地球人の娘と結婚する話が
出ていたはずです。


そしてそのことからも、神の子が霊的な存在ではなくて
肉体を持った人間であることも私達は理解できます。


勿論、聖書で神の子と呼ばれていたのは
天使のことでもありますし
天使とは、ブラザーズ始め、太陽系の兄弟たちです。


オーソンさんはここで自分達が神の子、神の娘と
呼ばれていることを認めても居るのです。


地球人は大気圏外に”天”という名を付けて
そこからの使いとして認識した
光る雲(宇宙船)に乗ってやってきた存在を天使と呼んだ。


それは羽を生やして頭に天使の輪を載せた存在ではなく
私達と同じ人間だったと言うことが容易に理解できるはずです。


進化する天使の教えと逆行する地球環境



テーマ:ブログ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日はまずはアダムスキーの素晴らしい講釈から
引用して紹介します。


アダムスキー全集を記してくれた久保田さんにも

その素晴らしい解釈に感謝したいと思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


創造の神秘を考えよ


生きた人体を人工的に作り上げて
生きさせる方法を知っている人間は現代に存在しません。


科学者も知っていません。


しかしそれは行なわれていて、ここに私たちは存在しますし、
私たちが死んだ後も別な人々が出現するでしょう。


 自然の働きの真のプロセスを思い浮かべてごらんなさい。
それはトウモロコシを取って地面に落とすのと似ています。


ほうっておけば数日してから母なる大地より小さな縁の芽が出てきます。
芽は茎になり、茎は成長して穂軸を出します。


そうするとまた穂軸を引き抜いて食ベます。
どのようにして成長したかがわかりますか?


 あなたがたが知っているのは種子を地面に置いて水をやり、
成長してから食べたという、それだけのことです。


それがどのようにして成長するかを誰も知りませんし、
孔子、モハメッド、イエスその他の偉人にもわかりません。


この人々が偉大であったにしても完全な法則までは理解できなかったのです。


彼らが確実に知らなかったということになれば、現代の指導者も知らないはずです。
彼らほどの理解力を持たないのですから──。


 種子がまかれて一フォームとなり、その後子供になる場合、
何が起こるかを知っている人はいません。


母親でさえも知りません。数カ月後に体内で小さな胎児が動くと母親は驚きます。
胎児の創造に関して秘密を熟知しているならば驚かないでしょう。


したがって、生命が創造される秘密について人間は何一つ
知っていないという事実を正直に認めようではありませんか。


ところが、生命の創造に際して「どうしたらよいか」を知っている
”何者か”が存在するのです。


できれば顕微鏡なしには見られないような微小な種子を想像して、
次に網状組織が作られて非常に微妙な模様になってゆく光景を描いてごらんなさい。


これはしだいにクモの巣のような一定の模様になってゆきます。
小さな線はやがて形成されるフォームの骨になる部分です。


もっと細かい組織の線は各部ヘエネルギーを供給する神経になります。


 この模様は青写真みたいに描かれるのですが、
あらゆる線は互いに分離しています。


それからついに、いわゆるエクトプラズム形成の過程が始まります。
構造が明確になり始めて統一化が起こります。
神経間の絶縁物であるエクトプラズムが入ってきます。


神経組織はすさまじい力を持ちますので、それが互いに交叉しますと
ひどい痛みが起こります。


肉体内の痛みは二本の熱いワイヤーが互いに交叉するのと同じで、
接触点でエネルギーを燃焼させるのです。


 これらすべての事が起こっているのですが、母親はこれについて何一つ知りません。
胎児を作り上げている”人”は、死というプロセスによってそこを離れるまで、
その中に住んでいる”人”です。


なぜ人間は自分が生まれた後に、
自分が自分の肉体を作ったということを知らないのでしょう? 


これは前にも話しましたように、四つの感覚器官のためです。


目はその肉体と共に生まれますが、それ以前に出生した経験はありません。
今回が初めてで、他の口、鼻、耳も同様です。


肉体の心も初めて出生したのです。


 肉体を建設した”人”はただちに結果(現象)の世界に従うか、
または無理やりに結果(現象)を認めさせられますが、
これはその両親が結果(現象)に従って生きているからです。


両親はその子にたいして結果(現象)だけを見よ、
数百年続いてきた伝統と因襲という毛布で自身を包め、と主張します。


この哀れな”人”は一八歳、二〇歳、または三〇歳頃になったとき、
やっと目覚めて、すべてが間違っていたことを悟ります。


すべてはその”人”が自身の内部で感じている原型に適合していないのです。


 しかしまだ克服しようとする”何か”があります。


その人が作った家(肉体)は、その家の中で本人自身を表現させようとはせず、
家はあくまでも自分自身を(家自体を)表現しています。


ついに本人は家(肉体)と一体化し始めます。
そして伝統、因襲、習慣等の重荷を負い始めます。

これは大きなあがきです。


本人が生命の真の意義などをごくわずかに悟り出すまでには、
今生の生活を終えようとしており、肉体を放棄せざるを得ない時に達しています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アダムスキーが創造、そして生命について
取り上げている内容です。


生命の科学で学んだ事との重複になりますが
私達は生命の設計図を持ってはいません。


しかし母親は妊娠してそれを胎児へと形作り
最後には出産と言う体験をすることになります。


これは本人に知識があろうがなかろうが
本人の意志とは無関係に引き起こる反応でした。


その間母親が意図的に反応する事があるとすれば、
食べ物の嗜好が変わり、そのことによって
子供を形作るために必要な栄養分を無意識のうちに摂取することでした。


しかしそれも母親が、子供の成育ために必要と意識して食べるのではなくて
気がつくとそうなるように誘導されていると言う実態があります。


つまりは母親を導く意志が母親の心へと働きかけて
いることになります。


私達は自分の意志とは無関係に
何かに導かれてその協力をする事があるのです。


肉体の怪我の修復に関しても同様の事が言えます。


その設計図は私達の心という意識から導かれるものでは
ありませんでした。


私達はその事を延々と繰り返しているうちに
それを当たり前の事であると認識するようになっています。


それに対して深い疑問を持つことなく
「そういうものだ」と思い込むことで
そこに疑問を持つこともなくなるのです。


何故にそんな事になるのかを説明する時であっても、
その生命の創造や見えない意志の導きと言う現象を
さらに別の現象を用いて説明するに過ぎず、


その現象を説明するために、さらに別の現象を落ちいて説明し
行き着く果てに、現象として認識できないものを
認識することなくその説明は終わります。


これが地球社会の科学と言われる物の実態です。


しかし現実には現象は目に見えないものから生じている、


もしくは現象が起きた時にはすでにその原因は見えない状態になっているわけで


それを因として追求するのが生命の科学の課題でもありました。


私達は例え肉体内部の全ての現象が
もしもDNAのような情報に基づいて引き起こされていると
説明することができたとしても、


今度はそのDNAを作り上げている背景や
そのDNAが出来上がった過程などはもちろん説明ができません。


そのDNAを作り上げた意志が存在することになりますが
それを説明できる人はいません。。


私達が現象と呼んでいるもの一番最初には
目に見えない法則が存在しているのです。


その法則、もしくはその法則を作り上げた意志を
賢明な人間は感じ取ることになります。


そしてそれを私達は至上の英知、創造主などと呼んでいるわけです。


アダムスキーがここでも触れているように
私達は例え肉体を再現できたとしても
そこに生命と言われるものを吹き込むことはできません。
(入れ替わりの法則はおいておきます)


創造から崩壊に至る生命のローテーションの過程で
その万物に生命を与えることのできるのは

私達には認識することのできない法則もしくは見えない力です。


それを無視して科学を万能であると認識するのはおろかですし
創造の主体となった存在の意志を否定するのも愚かなのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アダムスキーは私達が生まれた後にも
自分達の生のローテーションを理解できない理由として


私達の肉体、そして脳機能としての心をつかさどる
目、耳、鼻、口という
四つの器官の存在を取り上げています。
(触感は魂が受け止める全ての感覚でした)


生命の科学では私達は肉体をとり変えながら
何度も転生を繰り返す存在であることを学びました。


しかし繰り返しの転生の中ではその肉体を司っている器官は
当然崩壊と創造を繰り返していることになります。


生まれ変わった時に自分の機能として存在している
四つの感覚器官は前世に自分が使用していたものとは異なります。


全ては新たに創造されたものであり
前世の肉体はすでに滅んでいるからです。


それは私達が心と呼んでいるもの、
自分の意識だと信じているものに関しても同様です。


いくら心にすばらしい知識を埋め込んで
皺を大量に作るほど学び続けたとしても
私達の生のローテーションは記憶を失っての転生です。


心しか意識の経路として使用できない私達には
いつまでたっても宇宙的記憶を持つ機会はありませんし
(もしくは微々たる物)


自分の前世の記憶は肉体の崩壊と共に脳と一緒に消えてなくなります。


それを司っている四つの器官と同様にです。


私達は前世でいくらためになりそうな事を学んだとしても
生まれた時にはその記憶は全て消えていて
まっさらな状態の脳へと再び記憶を刻み始めることになります。


そしてその時に私達にとって悲劇となっているのは

私達が育つ社会環境なのです。


まっさらな状態で生まれ変わった事で
私達は先入観含めて何も持たない状況からの
人生を再び送り始めることになりますが、


私達は魂と言う意識の経路を理解していなかったゆえに
前世で宇宙的記憶を持つ事も出来なかったわけですし


記憶を持った転生ができなかったわけですから
当然生まれると同時に意識の経路として心を使用し始め
つまりは現象にとらわれた生活を再び始めることになります。


更にこの社会環境の中では魂と言う意識の経路を理解している人間など
殆ど存在していませんし、社会も心の価値観を大前提に作り上げられているのですから


その中で両親から更には環境から、体験から、
私達は心に囚われ、現象に囚われて生きることを
再び学ぶことになるわけです。


その中で慣習や習慣、そして伝統と言う名の正しくはない概念で身を纏い

気がつくと心と言う意識の経路と
現象という目に見えるものに囚われるのが当たり前になっていく。


本来私達の持っている魂=精神という意識の経路に
気がつくことなく


心とそれに従う四つの器官を使用しては
現象を認識しては生き続けるのです。


しかし私達の実態は魂です。


自分達が心と言う脳や感覚器官の作り上げた価値観と
それに対する反応に従っている間にも


その魂は自分の存在を主張し続け
時にはそれに気がつくことにもなる。


ごくわずかな人間がその事に気がついて
自分のことを理解し始めるのでしょうが


その時にはすでに歳を取っていたり
身に染み付いた心への執着が覚醒を妨害することにも繋がります。


アダムスキーがとても巧みな例え話をしています。


【その人が作った家(肉体)は、
その家の中で本人自身を表現させようとはせず、
家はあくまでも自分自身を(家自体を)表現しています。】


私達の肉体は仮の宿であり、
創造主の分身であり私達の実態でもある魂をいれる器でした。


その器は心と自由意志を与えられ、
それによって自分が自分であると言う認識を
持たされる事になりますが


その器が自分の意志だけを持って動き出し

本来の私達である魂を表現することが出来なくなっているのです。


魂の器が魂を表現することなく
その器自体を主体として自己主張を続ける。


そして魂を押しのけた私達の器の意志は
いつしか器の主人となり魂の意志を反映することも出来なくなる。


反映できなくなっているのは
私達が魂で受けとめることになる創造主の意志です。


そしてそれがいつしか当たり前になっているのが
この私達の社会であり


私達が今も肉体と心と現象に囚われることになっている
原因だと言うことです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここではモハメッド、孔子、イエスと言う聖人の名が上げられていて
お釈迦様の名前がありませんので


工作員に突っ込まれることの無いように
そちらもフォローしておきます。


アダムスキーの側近のアリスポマロイが
アダムスキーから学んだことを語っている場面と、


アダムスキーが質問に答えている場面を引用します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

文明が偉大な教師を必要とするときはいつもその教師が出現します。
ブッダ、モハメッド、イエス、その他の偉大な人が来ていますね。
ジョージ・アダムスキーも全く何の飾りも宗教臭さもなしに
簡単に教えを伝えてくれました。
だから人々にアピールするのです」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

孔子の使命は何だったのですか。
  釈迦の使命は何だったのですか。
What was the mission of Confucius ?
What was the mission of Buddha ?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 彼らの使命は人間という形を通じてキリストを現わし,そ
れを宇宙普遍の状態にまで展開させ,こうして父の栄光をた
たえることによって,当時,世の中が受け取ることのできる
可能な限りの光明を世界にもたらすことでした。

 Their mission was to manifest the Christ through
a human form. evolving it to the universal state,
and by thus glorifying the Father to bring to the
world the greatest possible amount of light that
it was capable of receiving at that time.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ブラザーズがわざわざ危険を冒して地球人へと転生し
能力を落とした状態での転生から地球での覚醒を果たし、


その状態で私達に真理を語らねばならなかった理由は
地球人の進化は地球人の手によって果たされなければならないと言う
彼ら太陽系の人間達の決め事のためだったそうです。


彼らが宇宙船に乗ってやってきて
そのまま自分達を神や天使だと語り


そこで宇宙の法則を説明することがあれば
本当は一番容易であろうことも想像がつきます。


しかし彼らはそんな手段を取ることなく
あくまで地球人に対して影響を与えているのが地球人であり、
地球人は自分達の手で進化したのだと言う状況を作り上げたのです。


地球環境での転生は、この地球社会の低い波動の影響で
肉体的にも進化に限界があるでしょうし
彼らも持っている能力を大きく半減することも想像がつきます。


下手な一般のブラザーズではミイラ取りがミイラになると
いう話がありましたが、


そのためにも彼らの中で魂の進化の進んだ人間が
派遣されてきたのだと想像できます。


彼らがこの社会の中で一般市民として生まれ、
暮らしていく中で真理を語ることになれば
それはあくまで地球人の手による福音と言うことになります。


孔子とブッタに関しての役目の質問に対して
アダムスキーは彼らの役割は”キリストを現すこと”だと触れています。


繰り返しになりますがここでの”キリスト”は
私が以前から触れている”真理”もしくは神の意志を示す言葉です。


イエスキリストはイエスという人間を通じて
神の意志、真理を表現した人間だったと言うことで、

ペテロはそれを意味してイエスをキリストと呼んだのです。


キリストというのは本来は特定の人間を指し示す言葉ではなくて

真理や創造主の法を示しているわけです。


それをその時代や、その生まれた場所の環境に応じて
表現して見せたのが聖人達だということになります。


そして真理へと導くための手法は
その環境に応じて異なることになります。


インドのカースト社会に生まれた釈迦と
争いの激しい中東のユダヤ社会に生まれたイエスと
春秋時代の中国に生まれた孔子とでは


その時代や環境にも差がありますし
周囲の民族の意識にも慣習にも差があるのですから
それに適した教えも異なることになりますし


いきなり創造主の法・宇宙の法則を述べ伝えて
理解を受けるわけもありません。


精神の進化には段階が必要だったのだと想像できます。


現代社会でも説明をして理解してくれる人間もいれば、
身をもって痛い目にあわないと道徳さえ実践できない人間もいます。


そして昔の人間ほど粗暴で野蛮な傾向もあり、


無法状態で生きていた人間を真理へと導くための教えと
現代社会の人間を真理へと導く方法とでは
当然差も出てくることになります。


私達は聖人が語ったからと言って
その全てを時代背景も考慮せず受け入れることは
間違いに繋がるという事でもあります。


その教えは当時の時代に即して
精神の進化のためになると用いられたものであり


無法時代の決め事を現在の社会で正しいとすれば
そこにひずみが生じるのはあたり前の事だと思います。


アダムスキーがそんな内容を引用していたので紹介します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

金星は愛の惑星で、万物を等しく尊敬する意味での愛です。
だからイエスが金星から地球ヘ来て愛の法則を説いたのです。


愛(慈悲)はあらゆる法則を完成させるのです。


モーゼは報復の法則を教えましたが、
これは民衆がそれ以上の高度な法則を受け入れる状態になかったからです。
実際彼は次のように言っています。


「行って、互いの喉を切り裂け」


 私たちは理解力が欠乏しています。
ひとたび他人を理解するならば自分をも理解することになります。


また、自分を理解するならば、他人をも理解するので、
もはや他人を傷つけたくなくなるでしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
平気で殺し合いをしているような人間に対して
「皆仲良くしてください」
という教えが理解されるわけがありません。


そんな不法行為をすると痛い目に遭うという事を
身をもって体験させることで


そしてそんな目に遭っている人間を目撃することで
改善される意識もあるのです。


同じような指導者であっても
時代やその習慣や生活環境が異なれば
教えも異なったものであることが必要となるわけです。


ところでここでアダムスキーがイエスキリストとモーセを
並べて取り上げているのには理由があると思います。


聖書ではイエスの前にモーセとエリアが現れ
三人で語っていたと言う話がありましたが、


アダムスキーの知るところでは、
イエスであった魂はモーセであった魂であり、
そしてそれはエリアでもあったそうです。


つまりアダムスキーが始めてコンタクトすることになった
オーソンという名の金星人は


イエスの生まれ変わりであるだけでなくて
過去にはモーセとして更にはエリアとして
存在していた人間であると言うこと。


聖書の中の歴史を作り上げてきた人間として
その責任を果たすことを意図していたのか


転生してはユダヤ民族中心に人々を導きつづけてきたのです。


モーセ時代と比較しても人々が進化したことで、


過去の戒律を放棄し刷新するために
イエスがユダヤ社会に与えたのがキリスト教であると
理解すればわかりやすいと思います。


その頃にはその戒律は時代にそぐわない物となっていた事と、
その一部が形骸化していた事や


律法学者などにより新たな人為的戒律や解釈が
特定の人間の利益誘導にも利用されるに至り
人々の意識も危険な方向へとむき出していたという実態もあります。


財産の所有や物欲主義、お金崇拝
借財による労働強制や人間への服従。


そんな時代に危険性を感じたことが
神との契約の刷新にもつながったと解釈することも出来ると思います。


ユダヤ教として発達した創造主の法を、
正しいものに置き換える意志を持って
イエスは2000年前に転生してきたのではないでしょうか。


モーセ時代の神は人格神です。


その人格神の時代には、時には横暴な神の振る舞いを宥めては
民族に取り次いでいたのがモーセと言う指導者だったはずです。


その下には長老会が存在していました。

これが後のサンヘドリンの原型となる人間達です。


モーセと言う指導者がいたことで
サンヘドリンも絶対的な権限を持つことも出来ませんでした。


その後の流れを見れば
モーセの存在が歯止めになっていたであろう事も
想像がつくのです。


そして彼らは当時の人格神の意志をそのまま受け継いだような
人間達なのかもしれません。


今の時代の常識で認識すれば、過激に感じる教えや律法でも
その時代の人間を管理するには最善の策だった。。。


そして厳格で過激な人格神の存在を牽制するためにも
モーセは苦しむ事になったのだと想像しています。


旧約聖書の時代は神も民も野蛮で粗暴だったからです。


モーセがイエス同様、創造主を演出していた天使達(ブラザーズ)に
守られていたらしいことは偶然ではなく、


彼がブラザーズの一員であったからですし、


時には創造主を演じる天使と会話したり
時にはそれに向かって怒りを表したりしていますが


イエスにもモーセにも共通している人格を
感じることができないでしょうか。
(40日間荒野をさまよったり)


少なくとも奇跡の演出に関しては
誰もが共通意識を感じる事になるはずです。


そして救世主も時代と共に必要とされる意識が
異なることになるのだと思います。


イエスキリストが次に地球にやってくる時は
もちろんイエスキリストではありませんし、


60年前にはアダムスキーがオーソンと名づけた
人格と肉体を持った存在として
イエスだった魂はこの地球社会に再臨しました。


今度の地球社会は2000年前と異なり、
世界が情報や経済でネットワークもつながっていましたし
王の代わりに国家と言う機能が人々を管理してもいました。


そこにイエスは予言どおり再臨を果たしたことになりますが

その時代に即した教えや戒律を与えようとすれば
それは時代に即した手法をとらねばなりません。


既存の国家や経済や思想を尊重して見せることでです。


現に彼らはアダムスキーを広報担当して
一般市民への広報を働きかけると共に
宗教の最高権威に働きかけ政治に働きかけ理解を求めようとしました。


天使達の50年~60年前の行動を
私達はそのように認識することも出来るわけです。


その下準備はバチカンのヨハネス23世の手によって
キリスト教ユダヤ教イスラム教の神が同じ神と宣言されたこと


そしてヒンズー教や仏教も神の教えと認めたことで
出来上がったはずでした。


彼らの新たなる教えは公には公開される事もありませんでしたが
しかし地球の危機だけは救ってくれました。


核に拠る自滅への道を進むことだけはです。


ヨハネス23世とケネディーの死後
天使達の地球への働きかけは断念されたようですが


アダムスキーはその後も細々と身近な人間と理解者にだけは
生命の科学を述べ伝えるに至りました。


アダムスキーの側近の言葉からも、
アダムスキーが実は天使達の広報を地球社会が拒絶したことで


大いなる失望を感じていたのではないかとも
受け止めることも出来ます。


最盛期には80カ国で存在していたアダムスキーの支援組織も、
今ではホンの数える程度の組織しか
残されてはいないようです。


しかし私達は辛うじて、
その今回のイエスキリストの転生の手による


今の新しい時代に即した創造主の法への誘導である教えを
目の当たりにする事が出来たわけです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

聖人達の多くは今頃頭を抱えているかと思います。


自分達の教えが新たな地球の争いの原因となっているからです。


それを刷新するためにも、バチカンを通じてアメリカ政府を通じて
世界に発する予定だった新時代の到来と


私達に与えられた新たな天使達からの指針は
残念ながらその目的を達成することは出来ませんでした。


この社会の中では相変わらず聖人の教えが争いの種になっていますし
更なる分裂も続いているのです。


しかし真理なるものを探求している人間は
いつしか全ての聖人の教えが共通のものであると言う事と、


それが創造主の法を語っていると言うことを
魂で認識するのだと信じています。


【貴方に無限の力の祝福がありますように】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

P.S.


地球社会全体を改善することは不可能です。


私達は心に囚われ誤った価値観の渦巻く社会の中に
長いこと漬かり過ぎて来たからです。


全身に、そして脳の皺にまで深く刻み込まれた誤った思想は
容易には消すことは出来ないと思います。


洗脳された人間含めてです。


しかし私達の社会には常に新たな命が誕生しています。


極端な話をすれば、既存の概念に取り付かれ
頭を硬くした人間の思考を変えることが無理でも、


新たに生まれてきた白紙の状態の人間に
真理を知らしめることは容易だということです。


この社会の中で誤った価値観を持ち
権力で支配している頭の固い中年や年配者にしても、
あと数十年すれば再び生まれ変わる事になるのですし
(今回魂を消していく人間は別として)


その時に理解を求めれば、
地球社会も地道に変わっていくことになるかもしれません。


私達が生命のローテーションを変えるのです。


アダムスキーは天国はここにあるのだと言っていました。


本来は創造主の作り上げた物は全てが
天国の内側に存在しているというのがアダムスキーの主張。


私達は創造主の内にこそ存在していて
その外側に存在することは出来ません。


その創造主が作り上げたものが天国そのものなら、
私達は当然その内にいるのだから
そこは天国で無ければならないと言うことです。


ただ、私達はその事を理解できていませんし、
ここにあるはずの天国を認識できず
それを心の価値観で変貌し続けて来たに過ぎない。。。


私達にとって必要なものを全て用意してくれたからこそ
創造主はそこに生命を作り上げたのだから


私達の社会にはこの社会を天国に作り上げる全ての材料も整っている。
(私達の地球は太陽系でも一番美しかったという話もありました)


後は自分達がその事に気がついて
自らの手でその天国を実現すればよい。。


天国は本来であれば外に求めるのではなくて
この社会の中で実現すべきだと
アダムスキーは言っているのだと思います。


現実問題、今の社会を考えれば、
私が触れていることは理想であり夢かもしれません。


しかし誰かがその意志を持って動かなければ
この社会が自然に改善されることもないと思います。


悪意は蔓延り他人を誘惑する一方で
義の意識はどんどんと淘汰され続けているからです。