グレンに戻ったふたりは、急いで城への道を駆け上がり、城門の兵に「ジダン兵士長に会いたい。呼んでくれないか?」と急かすように声をかけた。いきなりのことに兵はいぶかしんで、何者だ、何用だ、と槍で威嚇するようにザーンバルフに問う。紋切り型で杓子定規で融通がきかない無愛想な兵士だ、とでも思ったのだろう、ザーンバルフは面倒そうに答えた。
「あー、俺はザーンバルフ。バグド王のことで・・・」そう言いながら、ザーンバルフはハッとしたように口をつぐんだ。バグド王が魔瘴に侵されていることを知る者は多くはない。聖杯のこともグロリスの雫のことも、ジダン兵士長以外に知る者はいないだろう。それどころか、この兵士が、魔瘴に侵された暴君を支持していないとも限らない。結局ザーンバルフは「兵士長に言えばわかる。ザーンバルフが来た、と。頼む。」とだけ言って、頭を下げた。アディールも「お願いします。」と、ザーンバルフに倣った。兵士は納得のいっていない顔をしてはいたが、ふたりの誠意を少しは感じ取ったようで、ぶつぶつと言いながら、城の中へ入って行った。
しばらくの後、兵士長ジダンが走ってやってくるのが見えた。一緒に走ってくる門番の兵士に、なぜもっと早く来ないんだ、と叱責しながら、ザーンバルフの前に来て敬礼する。慌てて、兵士もそれに倣って敬礼した。さっきの態度と大違いだ、とアディールは肩をすくめた。
「それでザーンバルフ殿、聖杯は見つかりましたか?」
「見つかった。これがその聖杯だ。」ザーンバルフはそう言ってアディールの持つレムルの聖杯を注意深く受け取った。「この聖杯でグロリスの雫を飲めばきっと。」
「これで王にも正気を取り戻していただける。さあ、聖杯をこちらに。」
「ほら。しかし、あの王がこれを飲むとも思えないが。」
「その点は我々にお任せを。私もただ無為に待っていただけではありません。」
「すると兵士長、なにか策があるんだな?」
ザーンバルフは目を輝かせたが、ジダンは、いや策と言うほどのものでも、と言葉を濁した。
赤い絨毯の上を歩き、階段をのぼる。徐々に王の間が迫ってくる。ジダン兵士長の呼吸が荒くなるのがわかる。おい大丈夫か、とザーンバルフが声をかけ、大丈夫勝負は一瞬ですから、と兵士長は深呼吸をした。兵士長が緊張するのを感じ、アディールは戸惑いながら腰の短剣に手を掛けようとしたが、ザーンバルフがそれを制した。武器など握ってしまうと向こうだって温厚であることができなくなる、とザーンバルフは言った。
廊下の突き当たり、王の間に辿り着く。兵士長が扉の番人に目配せをし、番人は扉を開いた。
「入ります。」
兵士長は短く言った。
「どうした?兵士長よ。」
尊大な声が玉座の上から聞こえてきた。グレン王バグドである。
「バグド王、この者たちが、王の頭痛の原因を取り除いてくれる薬を持ってきてくれました。」ジダンがザーンバルフとアディールを手で示した。
「うぬ。きさまは牢に送ったはず!どうやって出た!?どういうことだ、兵士長!?」バグドは玉座から立ち上がってザーンバルフを睨みつけている。
「王。申し訳ありませんが失礼しますよ。」ジダンがサッと右手を上げると、「バグド王、ご無礼を!」と、衛兵たちがバグド王に飛びかかった。
「なに!?きさまらもわれに逆らうのか!?」不意を突かれたバグドは、衛兵に押さえつけられ、床に伏せさせられてしまう。王はわめいたが、腕の立つオーガ3人がかりで掴まれてしまっては、さすがに手も足も出なかった。
「策と言うほどでもないのですが、仲間を作っておいたのです。」兵士長は頭を掻きながらザーンバルフに言い、聖杯を持ったまま王のほうに進み出た。「王、さあこれをお飲みください。」
しかし、王は「毒を飲ませる気か。気でも違ったか兵士長!」と、顔を聖杯から背ける。
「申し訳ありませんバグド王。しかし、そうおっしゃると思ったからこそ、このような無礼を働かせていただきました。お口を開けてください。」兵士長はそう言って王の口をこじ開けた。「どうぞお飲みください。」聖杯が傾けられ、黄金色のグロリスの雫がバグドの口へと流れ込む。
「兵士長!きさま!きさま!ぐあああっ!!!」
王はしばらく悶えたが、やがて体から黒紫の霧が吹き出し、それが散ると同時に、憑き物が落ちたように晴れやかな表情になった。精悍で鋭い目つきはそのままだが、目の色が透きとおり、その希望に満ちた目からは、もう憎しみは感じられない。
「大臣、われはいったい?」
「覚えておられないのですか?」と、チグリ大臣。
「はて。そういえば、何かを叫ぼうとしていた気がする。兵士長のことだったかような。おお、ジダン兵士長、そこにいたのか。」
「は。わたくしジダン、無礼な所業をいたしました。いかなる刑罰をもお受けします。」
「いったい兵士長はわれに何をしたというのだ?」
「兵士長は」大臣が答えた。「兵士長は王が頭痛で苦しんで倒れられたところをお助けしたのでございます。もっと早くお助けできなかったことを嘆いて、ジダン殿はそのようなことを言われておるのですよ。王はジダン殿に感謝の気持ちを叫ぼうとしておられたのではないですかな?」
大臣が軽く眉毛を動かしてジダン兵士長に目配せをしたので、兵士長は敬礼をして、そのまま頭を下げた。目が潤んでいるようでもあった。
「そうだったのか。確かに頭痛が消えておる。いや、すまない、兵士長よ。そなたには褒美を取らせねばならん。」
王はジダンをねぎらったが、兵士長はこれに首を横に振った。
「いえバグド王。このたび王をお助けできたのは、私のチカラではありません。このザーンバルフとアディールが、王をお助けした功労者なのです。もし褒美をいただけるのであれば、それは私ではなく、彼らであるべきだと私は思うのです。」
「ふむ、そうであったか。ザーンバルフ、アディール、なにか欲しい物はあるか?」
それならばキーエンブレムを、とザーンバルフは言ったが、しかし頭痛を治したぐらいでエンブレムを与えるというのもいかがなものか、と王は頭を捻った。個人的に助けてもらっただけで勲章を与えてしまっては公私混同というものであるから、というのが王の考えであった。
「それならばバグド王。」と切り出したのはチグリ大臣だった。「グレンとガートラントとの戦争を止めた褒美、というのはどうですかな。戦を防いだとあっては、我が国の英雄。グレンの勲章を与えたとしても、何の不思議もありませぬ。もちろん、王がガートラントとの戦を中止する、とおっしゃればの話ですぞ。」
「なに!われはそのような愚かなことを言っておったのか。そんなものは中止じゃ中止!中止どころか、端からなかったものにしてもらいたいところだ。」グレン王はなんとも渋い表情で頭を掻いた。「そういうことなら、グレンのエンブレムを授けようではないか。この国の将来の平和はそなたたちのおかげなのだからな。」
バグド王はグレンの勲章を差し出した。アディールとザーンバルフは、君がもらいなよ、お前がもらえよと、互いに譲り合ったが、結局はザーンバルフが拝受した。
「そういえばネックレスがないが。」バグド王が首回りをぺたぺたと触っていた。
「あのネックレスが、王の頭痛の原因でした。誰にも外せなかったあの首飾りをマリーンという賢者様が立ち寄ってくださったときに、外してもらったのです。あれは魔瘴石でできておりました。」と、大臣が言った。
「魔瘴石?しかし、あれはガートラントからの友好の品としての贈り物だったはずだが。」
「左様でございます。しかしながら、私にはそれがガートラントの仕業とはどうしても思えませぬ。確かに昔は争っていたこともありますが、ガートラントのグロスナー王も良識のあるお方。このような陰謀めいたやり方をするとは思えないのです。知らずに贈ったのか、贈る途中ですり替えられたのか、グロスナー王の預かり知らぬことであると、私は考えております。」
「とするならば、ガートラントとは別に、我々に戦を引き起こさせようとする何者かがいると、大臣はそう言うのだな?」
「そういうことになります。これは調査の必要があるかと思いますが。」
「そうだな。誰か適任がおるだろうか?」
バグド王がそう言ったときにザーンバルフが手を挙げた。
「それなら俺にやらせてくれよ。」
「おお!そなたがやってくれるというのであれば安心だ。それならば、何か餞別を与えたほうがよかろうな。兵士長、ザーンバルフとアディールによい武器を手配してくれ。」
「は。かしこまりました。ザーンバルフ殿は確か戦士であられたか。バスタードソードなどはいかがか?」
「いや、転職して、今は武闘家なんだ。」
「そうでしたか。では、シルバークローなどがよろしいでしょう。アディール殿には銀の短剣をご用意いたします。」
さあこちらへ、とジダン兵士長は言い、王に一礼した後ザーンバルフとアディールを連れて城の武器鍛冶ギルドへと案内した。
ギルド内は鍛冶炉の熱気に包まれていた。つい先ほどまでランドン山脈の極寒の中にいたアディールとザーンバルフは、今度は灼熱か、と顔をしかめた。
「誰か。シルバークローと銀の短剣を打ってくれないか?」ジダン兵士長はギルドの職人たちに声をかけた。
しかし、周りの職人たちの仕事ぶりに興味を持ったようで「なあ。俺が自分で打ってもいいのか?」とザーンバルフが言う。
「もちろんです。素材はここにあるものをなんでも使ってください。やり方はそこのギルドマスターに聞くといいでしょう。」兵士長はそう答え「マスター・ラセド、いるか?」とカウンターの奥に声をかける。
「これはこれは兵士長。どうしましたね?」ラセドと呼ばれたギルドマスターがのそりのそりと出てきた。
「このザーンバルフ殿に鍛冶のしかたを教えてやってくれ。」ジダンがザーンバルフを示した。
「おお。いいですともいいですとも。武器鍛冶に興味を持つ者に、どうしてギルドの門戸は閉じることがありましょう。」そう言ってマスター・ラセドは、素材の選び方、鍛冶炉の使い方、ハンマーでの叩き方、叩くときの力加減を丁寧に教え指導した。
アディールがしばらく見ていると、ザーンバルフはすぐに銀の短剣を作り上げ、ほらよ、と手渡された。はじめて冶金をしたとは思えないほどよくできた短剣だった。よほど筋がよいのだろう、マスター・ラセドも驚いたように、いいよいいよこれはすごいよ、と何度も同じ言葉を繰り返しながら目を丸くしていた。僕の裁縫とは比べものにならないなぁとアディールは感心し、同時に自分で縫ったいびつな形の若手芸人の服を見て恥ずかしくなり、なんとなく縫い目を手で隠したりもした。
やがてシルバークローも打ち終わったザーンバルフが立ち上がり、それを手にはめて試し振りしながら、うむ悪くない、と納得したようにひとり頷いていた。すごいよいいよと、マスターはまだ言っていた。
「おやじ、グレンビールをひとつ。」
「僕も同じものを。」
酒場のマスターが、へいお待ち、と勢いよくジョッキをテーブルに置いたので、ザーンバルフとアディールは、自分のビールが溢れないように慌ててジョッキに口をつけた。ジュレットのような上品な酒場ではなく、量と安さが自慢の、荒くれたちの集い場といったところだ。内陸のグレンでは新鮮な魚は手に入らず、荒れた土地ではいい野菜も育たず、家畜を飼育するのも難しい。だから、酒場での食べ物といえば、チーズや燻製などの保存食が主である。それでも構わないという大雑把なオーガたちが賑やかに騒ぐ場所、それがここグレンの酒場だった。
アディールとザーンバルフは、少し飲んでしまったけど、と前置きしてからジョッキをカツンと合わせた。アディールがぐいとジョッキを傾け2口ほど飲んでからテーブルに戻したら、ザーンバルフのほうはもう半分以上も減ってしまっていた。早いんだな、とアディールが言うと、体がデカいもんでね、とザーンバルフはおどけた。そして、もっとも最近オーガになったばかりなんだけどな、と笑いながら付け加えた。
「さてアディール。これからどうする?」ザーンバルフが身を乗り出してアディールを見た。
「そうだね。ガートラントからの贈り物に魔瘴のネックレスを仕込んだ犯人を探したいところだけど、運んできた使者を探すのは大変そうだ。まずはガートラント王に会って話を聞くところからはじめよう。」
「そうだな。それに、そこでビンゴって可能性もあるしな。」
「うん。大臣はそんなことないと言っていたけど、ガートラント王だって魔瘴に侵されているかもしれない。行ってみないとわからない。」
「よし、明日はガートラントだ。今日はゆっくり寝るとしよう。」ザーンバルフは席を立って、すでに空いたジョッキをカウンターに戻した。
それを見てアディールも、ジョッキの残りを一気に飲み干し、「ごちそうさま。お代を置いておきます。」と、カウンターに言って店を出て宿屋へ向かった。
宿の呼び鈴を鳴らすと、ふっくらと丸い女将が出てきた。
「はいはいいらっしゃい。あら、あんたたち。賢者様には会えたのかい?おや、その顔は会えなかったんだね。それは残念だったね。またそのうち機会があるさ、きっとね。それで、今日はお泊まりかい?ちょうど1部屋空いてるんだよ。ひとり部屋だから、ちょっと狭いけどね。お代は安くしとくから泊まって行きなよ。」
アディールとザーンバルフは部屋に入った。
「なんだ、広いじゃないか。オーガの部屋ってこんなに広いんだね。」
「そうみたいだな。」
「ソファーもオーガサイズだ。僕はこっちで十分寝れそうだ。」
そう言うと、アディールはソファーにもたれてすぐに寝息を立てて眠った。
ザーンバルフは、アディールに毛布をかけようとして、少し考えて毛布を引っ込め、タオルをかけてやった。そして、自分もベッドに潜ろうとしたが、やはり毛布を取り払い、何もかけずに大の字になって眠った。
極寒のランドン山脈から戻ったばかり。グレンの宿はふたりには暑すぎた。
極寒のランドン山脈から戻ったばかり。グレンの宿はふたりには暑すぎた。
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
ご愛読に感謝!!

