11章 ガラクタの城
キーエンブレムを求める冒険者は多い。洞窟に眠る財宝とは違い、確かに人々を助けた証として与えられる勲章であるため、エンブレムを持つ冒険者は、特に高い評価を受けることができる。
キーエンブレムはアストルティア全土で通じる勲章であるが、それゆえに持つにふさわしい人物かどうかの判断が重要であり、誰でもが授与できるというわけではない。エンブレムを授与することができるのは、大きな町や都市の長のみ、とされている。つまり、大きな町が抱える問題を解決すれば、エンブレムが授与される可能性がある、ということになる。アディールたちは今、ジュレット、グレン、ガートラント、アズランのキーエンブレムを所持しているが、これはすなわち、ボーレン町長、バグド王、グロスナー王、領主タケトラの推薦状を手にしているのと同義。4都市の長に認められていることを示すための勲章である。
キーエンブレムはアストルティア全土で通じる勲章であるが、それゆえに持つにふさわしい人物かどうかの判断が重要であり、誰でもが授与できるというわけではない。エンブレムを授与することができるのは、大きな町や都市の長のみ、とされている。つまり、大きな町が抱える問題を解決すれば、エンブレムが授与される可能性がある、ということになる。アディールたちは今、ジュレット、グレン、ガートラント、アズランのキーエンブレムを所持しているが、これはすなわち、ボーレン町長、バグド王、グロスナー王、領主タケトラの推薦状を手にしているのと同義。4都市の長に認められていることを示すための勲章である。
ここ岳都ガタラには、エンブレムを授与できるような長はいない。しかし、どういう経緯か、ガラクタ好きのダストンという男がキーエンブレムを持っている、という噂が囁かれている。正式に授与されたものではないにしても、エンブレム自体は同じものであるため正式なものと区別することはできず、この勲章を手にすればそれだけで箔がつくと考える冒険者が後を絶たない。今日もまた、そういう冒険者が訪れる。
「この町の唯一のキーエンブレムは、ガラクタ城のダストンが持っているそうだがな。」と、戦士風のオーガが言う。オーガの仲間らしきプクリポが「しかし、相当な変わり者らしいじょ。とても譲ってくれそうにはなさそうだじょ。」と言っている。オーガの戦士は納得したように「そのようだがな。この町のエンブレムは諦めて、他の町に行こうだがな。」と言って駅の方に歩き、プクリポもそれをトコトコと歩いて追った。
駅を出たアディールとキサラギは、オーガとプクリポのふたり組とすれ違うように町に入った。ガタラはドワーフの住む町。ウェディのアディールから見ると、町のあちこちが小さく見える。ドワーフはウェディよりもずっと背の低い種族。エルフであるキサラギよりも小さな人々が、ちょろちょろと町を走り回りながら生活しているようだった。
アディールたちが、駅から出て町の階段を上ると、岳都ガタラで最も目を引く建物、そして最も有名な建物であるガラクタ城が見えてきた。城、というのは町人たちからの蔑みから生まれた表現であり、ガラクタ城はその実吹けば飛ぶような材木建ての家だった。建物の作りは雑で、捨て場に困った木材を投げ込んで積み上がった木材廃棄場と言っても過言ではないほどのひどい家である。しかも、敷地内には、木材ばかりではなく、機械の部品とも分解された家具ともつかないものが、これまた山のように積み上がっている。アディールが見てもキサラギが見ても、まごうことなきガラクタの山である。
この家に住むのは、いったいどのような人物なのだろうか。アディールとキサラギがそう思っているときに、当のガラクタ城の2階の窓から飛び出てきた者がいた。赤いマスクに羽飾りのある黒いハット。黒服に黒マント。小柄なその姿は、ドワーフなのだとすぐにわかる。あれがガラクタ城の主だろうか、と思う必要はなかった。
この家に住むのは、いったいどのような人物なのだろうか。アディールとキサラギがそう思っているときに、当のガラクタ城の2階の窓から飛び出てきた者がいた。赤いマスクに羽飾りのある黒いハット。黒服に黒マント。小柄なその姿は、ドワーフなのだとすぐにわかる。あれがガラクタ城の主だろうか、と思う必要はなかった。
「天知る地知る人ぞ知る!」赤いマスクのドワーフは屋根の上から叫んだ。女の声。ウェディやエルフとは違う声帯ではあるが、それほど年のいっていない少女だと思わせる声だった。その声を聞いて、町人が集まり、ザワザワと人だかりができた。嬉しそうに、また出たよ、という声も聞こえた。
「美少女怪盗ポイックリン、華麗に任務完了でございますわ!」美少女怪盗は自分の目の前でVサインを作ってみせた。いや、手は横を向いているから>サインといったほうがよいのかもしれない。
人だかりはポイックリンに拍手を送った。いいぞ、よくやった、という声もあり、みんな怪盗を応援しているかのようである。
そんなところでガラクタ城の城門、もとい、ボロ扉から城主ダストンが飛び出してきた。
「おのれ怪盗!今日こそは逃がさねえでごぜえますよ!」
バイキングを思わせるような2本ツノの帽子をかぶった不精髭のドワーフが拳を振り上げてぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「追うでごぜえますよ、ポツコン1号2号!」
城主ダストンがそう叫ぶと、さらにふたりのドワーフが城から飛び出して来た。待てーと声を上げながら、屋根の上の怪盗を見上げてぴょこぴょこと跳ねる。結局は城主と同じことしかできていない。
「では皆さま。チリも残さず華麗に退散ですわ!」黒いマントを翻してポイックリンは屋根から屋根へと飛び移り、夕焼けの中へ消えていった。
あっという間に逃げ去った怪盗に地団太を踏み「またやられたでごぜえます!」と悔しがる城主は、後から出てきたふたりのドワーフたちに罵声を浴びせる。「全く役に立たねえでごぜえますね、ポツコン1号2号!特に2号は、自分も盗賊なのに、あんなやつに簡単に逃げられるのでごぜえますか!そんな役立たずは・・・」ポツコン2号と名指されたドワーフはごくりと唾を飲んだが「そんな役立たずは、大好きでごぜえます!」という城主ダストンの目尻は下がっていた。「わしは役に立たないものが大好きなのでごぜえますよ!」ポツコン1号と2号は唖然としていた。
この人がキーエンブレムの所有者?とアディールとキサラギは怪訝な表情で目を合わせ、少しだけ話を聞いてみることにした。が、こちらが聞くより前に、城主ダストンはアディールたちに目を向けた。
「なんです!?わしの役に立ちたいでごぜえますか?ダメダメ。わしは役に立つものが大キライなのでごぜえます!」申し出てもいない協力をダストンがいきなり拒む。
なんだか複雑な心境のアディールだったが、そのアディールの服のポケットからはみ出す一人前の証をポツコン1号が目ざとく見つけた。
「ダストン様!この人、一人前の証を持っているでやす!こんな何の役にも立たない物を持っているなんて、きっとダストン様の役にも立たない人でやす!」
「なんですと!?」ダストンは目を輝かせた。「よし、ではアンタたちは今からわしの助手です。頼みましたよ!ポツコン3号4号!」そう言ってアディールとキサラギを指差した。どっちが3号でどっちが4号かはよくわからなかった。
「ダストン様には喧嘩別れの娘さんがいたんでやす。ガラクタ集めが好きで、なんでも拾うダストン様は、捨てられていた子供も拾ったんでやす。」と、ポツコン1号が言った。
一人前の証を持っていたという理由から、アディールたちはポツコン3号4号としてダストンの助手に任命され、ここにポツコン会議が行われていた。2号はあまり口数が多くはなく、終始話に耳を傾けては頷いてばかりである。頬がぷっと膨らむ丸顔で、鼻は団子のように丸く、橙色の頭髪はバサバサとはねている。分厚いまぶたのせいで、ぶっきらぼうな表情にも見えるが、真面目に話を聞く様子を見ていると、表情どおりではなさそうな印象を受ける。
「その喧嘩別れの娘さんの名はチリというんでやすがね。ダストン様は知らないんですが、怪盗ポイックリンの正体がチリなんでやす。町中みんな知ってるでやすが、当の本人だけが知らないんでやすよ。」
ポツコン1号の話は続き、ポイックリンに盗まれたのは、何の役にも立たない石板で、それをなにがなんでも取り返さなければならないという話や、確かにキーエンブレムはここにあるけれども、一人前の証と同じくらい役に立たないエンブレムをダストンが手放すはずがない、ということを熱心に語った。
ポツコン会議もひと段落しようか、というときになって、城主ダストンが部屋に飛び込んできて「わかったですよ!ポイックリンは東北に逃げたのでごぜえます!ポツコン2号3号4号はわしと一緒にポイックリンを追うですよ!1号は留守番をするでごぜえますよ!」と言って、誰の返事も待たずに、ひとりで走っていった。
夕日が沈み、月が出始めていた。さっきまで赤く染まっていたガタラ原野も、足元が暗くなり、アディールたちもでこぼこした岩肌になどにつまづく。とはいえ、グレンのように谷や崖があるわけでもないので、つまづくことがそれほど危険なことというわけでもない。背の低い雑草がまばらに生える程度の原野である。潜んだ魔物が飛び出してくることもなかった。アディールたちは北東に進み、やがてカルデア山道へと差しかかった。
山道では、先に出発したダストンが岩場に身を潜めて待っていた。
「遅せえでごせえますよ!みんなまとめて役立たずでごぜえますねッ!」ダストンが嬉しそうに言う。「あれを見るですよ。」ダストンが示す先には、月の光に照らされた美少女怪盗ことポイックリンことダストンの娘チリが立っていた。「とうとう見つけたですよ、ポイックリン!手に持っているのは、さっきわしから盗んだ石板でごぜえますね。あんなにキョロキョロして、どこに向かっているでごぜえますかね。」自分の娘だとも知らずに尾行する哀れな父親、とアディールの目には映ったが、しかしその父親からガラクタ、いや大切なもの、いや大切なガラクタを盗むポイックリンの行動を奇妙に思うのも確かである。単に喧嘩別れの父親に対する嫌がらせにしては、手が込みすぎているようにアディールには思えた。
しばらく張り込んでいると、ポイックリンが地面の中に潜っていくのが見えた。暗くて気付かなかったが、よく見ると洞穴になっている。
「見たですかッ?あそこに入っていったですよッ!先回りしてギャフンと言わせてやるですッ!」興奮気味のダストンは「みんな着いてくるですよ!」と言って、また返事を待たずに先に走っていってしまった。
洞穴には腐った死体やアイアンクックが棲みつき、アディールたちの行く手を阻んだ。しかし、キサラギのスカラに加えて、ポツコン2号のピオラのおかげで、アディールは腐った死体の強力な打撃にひるむことなく、アイアンクックの素早い身の動きに惑わされることなく、次々と迫りくる魔物たちをなぎ倒し、奥へと続く道を切り拓く。
ポツコン2号と呼ぶのも気が引けるので、名前を聞くと、ドドルだと答えた。最初は無口だったが、徐々に心を開いてくれたようで、ドドルはいろいろな話をするようになった。
「おいらアグラニから来たんだ。」
ガタラからはるか南東に採掘の町アグラニはあるという。ガタラ原野を東に進み、モガリムの街道沿いを歩き、ラッカニア断層帯を南下すれば、アクロニア鉱山のあるアグラニの町が見えてくるのだとドドルは言った。
「アグラニのドワーフはみんなアクロニア鉱山を掘って生活してるんだ。」
アグラニでは、ドワチャッカの古代文明の時代から使われている神カラクリと呼ばれる昇降機を使って、上下2層構造の町を移動するのだという。下層は鉱山へ、上層はラッカニア断層帯と繋がっている。住む人も少ない、田舎の隠れ里だよ、とドドルは笑った。
ドドルがアグラニを出てガタラに来たのには経緯があった。ドドルもまた勇者の光に助けられたのだと言うのである。この話を聞いて、うすうす感じていたものが確信へと変わった。目が合ったキサラギも、強く頷いている。アディールはドドルに切り出した。
「ドドル。君は生き返しを受けた者だね?時渡りの術を継承するエテーネの血を引いているね?」
「え!?」唐突な質問に驚くドドル。「なんで知ってるの!?」
「知ってるわけじゃない。今わかったんだ。冥王の魔瘴でやられたんだね。僕たちも同じなんだ。」アディールが手で示すと、キサラギも、そうなの、と軽く頭を上下させた。
「うん・・・。おいら・・・おいらみんなを助けられなかったんだ。みんながおいらを守ってくれようとして・・・でもおいらだってみんなを助けたくて。みんなはおいらを術師だって言って、だったら冥王を術で飛ばしてやろうって思って。でもやっぱり術なんて使えなかった。おいらは術師なんかじゃないんだ。結局、冥王の紫の霧で、みんなやられちゃったんだ。」ドドルはぐしぐしと鼻を鳴らしてはごしごしと目をこすった。その姿は年の離れた妹のリリーネよりもさらに年少であるように窺えた。
「人間のときはオズルーンって呼ばれてた。名前もない内陸の集落だったけど、世界にはおいらたちだけしかいないって思ってたから、名前なんか必要なかったんだ。オズルーンって名前だって、いままでで1番長い名前だって言われた。みんな、ゼとか、ゾアとか短い名前だったし、そんなにたくさん人がいたわけじゃないから、そのくらいの短い名前でも困らなかったんだ。」
ドドルの話は興味深いものであったが、いま洞穴の途中で長話をすることもできなかった。徘徊する魔物がいつ襲いかかってくるともわからないし、ポイックリンの行方やダストンの安否も気になるところである。ドドルが生き返しだとするのならば、僕たちはともに冥王を打ち倒す宿命にあるはずだ。いずれともに歩くことになるのだと思えば、急いで確認する必要もない。そう思ったアディールは、キサラギとドドルの前を歩いて洞穴の奥へと進んだ。
洞穴の最奥部は燃えたぎる溶岩池と繋がっていた。アディールたちが踏み込んだときには溶岩池を臨む断崖の上にはポイックリンの姿があった。石板を手にしている。
「まさかこれを見つけてしまうなんて。」ポイックリンがつぶやくのが聞こえた。「あの人には悪いけど、こうするしかない。」そう言ってポイックリンは石板を溶岩池の中へと投げ捨てた。
「あっ!」とアディールが声を上げた。溶岩の中に捨ててしまっては、もう石板を取り戻すことはできない。
「またダストンさんに役立たずは好きですよッ、って言われますわね。」キサラギが苦笑いをした。役立たずと呼ばれるのも、気に入られるのも、どちらも気分の良いものではない。
アディールたちに気付いたポイックリンが「あら?あなたたちは?」と声をかけた。アディールは質問には答えず「ダストンさんは君のお父さんなんだよね?」と逆に問いかけた。
「・・・そうね。ダストンは私の父。家を追い出されちゃったけど、私の大切な人。」
「なんでこんなことを?」
「石板はウルベア地下遺跡の扉の鍵。遺跡は危険なところなの。でも石板を持ってしまったあの人は、いつか扉を開けてしまう。それだけはさせられない。だから、私は石板をここに捨てに来たの。」ポイックリンはアディールに背中を向ける。「でもこれで安心ね。あなたはあの人に頼まれて来たんでしょ?あの人はどうしたの?」背中越しに振り返った。
「そういえば、先に行ったんだけど、ここにはいないみたいだね。」アディールは周りを見渡して言う。
「きっと迷って帰っちゃったのね。私ももう行くわ。じゃあね。華麗に完了ですわ!」ポイックリンは目の前で>サインを作ってみせてから、マントを翻して走って去っていった。
ポイックリンがいなくなり、さて僕らも帰ろうか、というときになって、キサラギがふと疑問を口にした。
「でも、変ね。ここまで一本道だったのに、先に行ったダストンさんが帰るのにすれ違わなかったなんて。」
確かに、とアディールも思った。細い道だったから、すれ違ったのに気付かなかったということもあり得ない。アディールひとりじゃない、3人もいるのだ。
そんなときに、断崖の下の方から笑い声が聞こえてきた。見ると、石板が入った虫取り網を持ったダストンが崖を登って来ている。崖の下に隠れて、チリが投げ捨てた石板を受け取っていたのだ。崖を登りきったダストンは、自慢げに虫取り網を突き出した。
「どうですッ!してやったりですよッ!」という得意気な表情のダストン。
下は溶岩なのだ。落ちたら死は免れれないというのに、その執念に、アディールたちはただただ驚くばかりだった。
「ガラクタだと思っていたのに、この石板は残念ながら役に立つものだったでごぜえますね!」
チリの話も聞こえていたのだ。しかし不思議にも、命をかけて手に入れたものがガラクタではなく役に立つものであったということに落胆した様子はない。
「石板は役に立つものでごぜえましたが、ウルベア地下遺跡にはもっとちゃんとしたガラクタがあるはずですッ!」
そう言って、またダストンはひとりで走って行ってしまった。
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
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