終章 レンダーシアへ
冥王を打倒した喜びを噛みしめる暇はなかった。
冥王は斃れたが、冥王が斬り裂いた空間からは魔瘴が流れ出続けている。魔瘴はまた、冥王を掴んだときと同じ巨大な手を形作り、アディールたちを握ろうと襲い掛かってくる。
「こ、これはっ!」
アディールは迫り来る魔瘴の巨手から逃れるように身をかわした。しかし、一度かわした巨手が、また引き戻るようにアディールへと迫る。
「くっ!これが闇の根源なのか!?」アディールがまた必死にそれをかわす。
しかし、魔手は、かわしてもかわしても執拗にアディールを捕えようと迫り続ける。
「みんな!出口まで走ろう!!」
この魔瘴の巨手、闇の根源と戦う必要があるのか?アディールの答えは否だった。いや、必要がないとも言えるし、戦うことが無謀であるとも言える。この魔手の正体は、アディールたちが今まで封じてきた各地の魔瘴の発生源から流れ出る、黒紫の霧と同じようなものなのだから。
確かにアディールたちは各地の魔瘴を封じ込めて来た。だが霧と戦ってきたわけではない。今この巨手状の霧に立ち向かうことに意味はないのだ。
冥王の間を出て走って脱出しようとするアディールたちを魔瘴の巨手は追い続けている。気付けば、巨手は1本だけではなく、2本にも3本にもなっていた。
「アディール!増えてるぞ!」走りながらドドルが叫ぶ。
「あ、アレに掴まれたらワタクシたちも冥王のようになるんでしょうか!?」
「そうかもしれない!僕たちが冥王に、イッドに、マリーンになるかもしれない!人の姿を失った魔物に!!」
「ゾッとする話だぜ!みんな!絶対に捕まるなよ!」
「もちろんですわっ!私たちが第二の冥王になるわけにはいきませんわっ!」
巨大な無形の魔手の追手をかいくぐりながら、通路を戻り、廊下を曲がり、階段を下り、アディールたちはレイダメテスの入り口へと走り続ける。
「もう少しだ!もう少しで出られる!」
アディールはそう言った後にハッと思い出した。入り口へと戻っても、もうフルッカはいないのだ。フルッカのスワンがない以上、この冥王の心臓から地上に戻る手段がない。
やっと入り口まで辿り着いたアディールたちは、しかし脱出口にはならない空の神殿の端に追い詰められていた。もはや逃げ場のないアディールたちに、魔瘴の巨手たちが襲い掛かる。
「みんな!飛び降りよう!」
その後のことなど考えていなかった。ただ魔手たちに捕まるわけにはいかない、という思いだけだった。ランドン山脈の上空に位置する神殿レイダメテスから5人は飛び下りる。そして5人は重力に引き寄せられるままに地上へと落ちてゆく。
墜落するアディールは、漠然と死を意識した。脳裏には、過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。フルッカのこと、ホーローのこと、エルジュのこと。アバ様のこと、カメ様のこと、オーディス王子、ドゥラ院長、ラグアス王子。そしてその記憶はどんどんと遡り、やがて、あるウェディの老人の言葉まで戻っていた。レーンの村のバルチャ爺。ウェディのアディールの出生について。「あれは生き別れの親を探しておった。大きな城の研究者だったそうじゃ。」老人の言葉はそれだった。
そう。だから僕はヴェリナードで、ウェディの両親を探した。他の国でも探した。でも見つからなかった。だけど、冥王の縛鎖から解き放ってくれたウェディのアディールは、僕にそのことを追求しなかった。気になっていたはずなのに。心残りだったはずなのに。・・・だから・・・僕には、まだやるべきことがある!
「僕はまだ死ねない!」
そう強く思ったとき、アディールの心の中に、ウェディのアディールがすぅっと現れた。
「ありがとう、人間のアディール。」とウェディの青年は言った。
「僕は・・・君の体を借りていたのに、君の望みはまだ叶えていない!」アディールは、心の中のウェディに言う。
「僕の両親は・・・人間の国の研究者だったんだ。」とウェディのアディール。
「人間の国・・・つまりレンダーシア・・・?」
「うん。おそらくね。でも、僕も小さい頃で、記憶がはっきりとはしないんだ。」
「他に・・・他に何か手掛かりは?」
「ううん。・・・今はこれ以上は思い出せない・・・」
「じゃあ・・・じゃあ、もう一度僕にその体を貸してくれないか?ウェディのその体を。」
「え?でも、それじゃまた時渡りのチカラを失うことになる。」
「もう・・・いいんだ。時渡りのチカラの役目は終わった。君のそのウェディの姿が、いまの僕には必要なんだ。その姿こそが、君の両親と繋がる唯一のカギなんだ。」
「・・・いいんだね?またもとの人間の姿に戻れるかどうかわからないんだよ?」
「・・・うん。僕は必ず君の両親を探す!」
「わかった。ありがとう。」
そう言って、心の中に浮かんだウェディの青年の姿は、また消えていった。
ほんのわずかな時間だった。アディールが、心の中の青年と会話をしたのは。
今ランドン山脈に向けて真っ逆さまに転落しているのを忘れるほどの話をしたはずなのに、アディールが現実へと舞い戻ったのは、ほんの一瞬の後だった。
ウェディのアディールと堅く約束したのに、落下しているという状況を改善できたわけではない。アディールはそのままランドン山脈の火口へと落ちていく。
それを救ったのは、またしても破邪舟だった。エルジュの破邪舟とは違ったが、光り輝くフルッカのスワン。スワンは、バサリと羽ばたきながら、ザーンバルフをキサラギをドドルをパルポスを次々と空中で受け止める。
「大丈夫ですか、アディールさん?」スワンの持ち主、フルッカが問う。そして「アディールさん?アディールさんですよね?」とも。
ハッとしてアディールは自分の両手を見た。シアンブルーの肌の色。
「ザーンバルフ・・・僕の体はどうなってる?」アディールはザーンバルフに目を向けた。
「おい、ウェディに戻ってるぞ!どうしたんだ、アディールだけ!?」
「・・・そっか、・・・うん。僕はウェディの姿でレンダーシアに行かなければならないんだ。」
そんなアディールの言葉を遮るようにフルッカが叫んだ。「あぶない!」その言葉とともに、スワンがギュインと急に方向転換する。「魔瘴の手が追ってきています!しっかりつかまっていてくださいね!」
アディールたちが落下しているのを魔手たちはずっと落下と等速で追ってきていたのだ。今フルッカのスワンに拾い上げられたことで、魔手たちに追いつかれてしまった。
「大丈夫です。そんなに遠くまでは追って来れないはずです。一気に振り切ります!」フルッカがそう言うと、スワンはまた速度を上げた。
ぐいぐいと速度を上げて、そして軽やかに旋回して、スワンは魔手たちを振り切る。フルッカも「ここまで来れば。」とひと安心。「ふう。」と額を拭うフルッカは、額だけではなく、体全体が汗でぐっしょりだった。オーガよりも寒さに強いであろうそのぽっちゃりとした皮膚は、ランドン山脈の上空の寒気をも全く感じさせないほどである。
「もう・・・追ってきてはいませんね。」フルッカは振り返って魔手が来ていないことを確認してから、着陸を始めた。「ランドン山脈の裾野、ランドンフットとの境目あたりでしょうか。」スワンは徐々に高度を下げて、スワンはその裾野の雪の上へと降り立つ。アディールたちがスワンから降りるときには、その破邪舟の姿は、はじめに見たアヒルの姿に戻っていた。
「戻ったんだね・・・」
「ええ。こちらのほうが降りやすいかと思いまして。」ぽっちゃりとしたフルッカが笑顔で言う。確かに、白鳥の背中から降りるよりは、地面に着いたアヒルの形の舟の座席から降りるほうが楽ではある。見た目はともかくとして。
「ありがとう、フルッカ。」
「いえ。冥王の心臓のただならぬ様子に急ぎ破邪舟を作って正解でした。悲願を叶えていただけたのですね?四術師の悲願を。」
「うん。冥王は倒すことができた。でも、闇の根源まで根絶することはできなかった。」
「そうですか。今はまた冥王の心臓のほうに戻って行きましたが、いつまた闇が暴れ出さないとも限りません。」アディールたちが破邪舟から降りたのを見て、フルッカはまたアヒルに乗ったまま浮かび上がった。「私は山頂に戻って心臓の様子を見張ります。」アディールたちに別れを告げ、そしてフルッカはまた山頂のほうへと飛び去って行った。
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
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