22章 冥府
フルッカに連れられたアディールとキサラギとドドルとパルポスは、ランドン山脈の頂上まで来ていた。つい先日の500年前、エルジュとともにふたつ目の太陽、神殿レイダメテスへと乗り込んだのと同じ場所。500年前と違うのは、ここランドンの山頂は、灼熱に晒されているのではなく、氷点下の銀世界であること。前にウェディの姿で来た時よりも、ずっと寒く感じるのは人間の姿だからなのか、それとも事実さらに気温が低下しているのか。そんな寒さの中をぽっちゃりと丸いフルッカは、凍えるどころか、汗をかきながら息を切らしている。フルッカの吐く息はアディールたちよりもずっと白い。人間の身でありながら、まるでオーガの分厚い皮膚よりも寒さに強いのではないかと思わされるほど。
「今からあの冥王の心臓へとお送りするためのスワンの破邪舟を作ります。」
フルッカの言葉に「スワン?」とアディールが首をかしげた。
「破邪舟のカタチは術者の個性によって変わります。イカダもあれば客船もある。そして、私の場合は、それがスワンなのです。」
フルッカの説明に、アディールたちは納得したような、していないような。しかし、それに構う風ではなく「その前に」とフルッカはひと振りの短剣の鞘を差し出した。「これをお使いください。術とともに我が家系に伝わっていました。」その短剣はきらびやかでありながら奥深さを感じさせる作りをしていて、柄と鞘だけを見ても美しく気品がある。「王家のナイフです。」
フルッカの話では、父祖エルジュはレンダーシア出身ではあるものの、術を継承した後はグレンに残って城に仕え、500年後の災厄に向けて、アディールのための武器を作り始めたのだという。時代が流れ、グレンの武器鍛冶技術が発展すると、より強い武器を作ることができるようになり、その武器作りのレシピもまた洗練されていったのだと。500年かけて洗練に洗練を重ねて最高の技術でアディールのためだけに作られた短剣。それが王家のナイフなのだとフルッカは言う。王家に仕えていないフルッカがナイフの継承者となった今でも、エルジュの理念と敬意を込めて、王家のナイフという銘を打ち続け、現代のグレンの最高の技術でアディールのためにこしらえた一本が、この短剣なのだと。
「500年前に作られたわけではないので安心してくださいね。素材の精製の方法やレシピの洗練に500年かけたと言うことで、この王家のナイフができたのは最近のことなんですよ。」フルッカの言葉で、アディールは安心した。
柄を握ると、はじめて触れる武器であるにもかかわらず、まるで吸い付くようにアディールの手にぴたっと収まる。鞘から抜いたその形状は、ナイフと呼ぶには長く、太く、そして鋭い。両刃の切っ先は、舞い落ちる枯れ葉が触れただけでも、真っ二つにできると思うほどに研ぎ澄まされている。
「ありがとうフルッカ。」とアディールは言い、続けて「ありがとうエルジュ。」とも言った。生きる時代が違っても、僕たちは友達だ。その言葉をアディールはいま確かな形として受け取っていた。「見ていてくれエルジュ。この王家のナイフで、この時代の災厄を終わらせる!」
カチンとナイフを鞘に納めたアディールを見て「ではみなさん、よろしいですか?」とフルッカ。
「うん。頼むよ、フルッカ。」
アディールが答えるよりも前に、フルッカはもう陣を書き終え、その陣にチカラを込めようとしていた。やがて、陣から光る鳥のような舟が湧き出すように現れた。
「こ・・・これがスワン・・・。」アディールが驚きの表情を見せる。
「そうです。私の自慢の破邪舟ですよ。」と、フルッカのほうはニコニコと笑顔を見せている。
「そう・・・なんだね・・・」アディールの驚きは、スワンの破邪舟の美しさや壮大さによるものではなかった。フルッカがスワンだというその船は、白鳥とは似ても似つかぬアヒルの姿。美しさとはほど遠い外見をしている。
「アディールさん、なんか信用していないのですね?」と、フルッカ。「他の皆さんも、そんな白い目で見ないでくださいね。こんな姿でも、このスワンはすごくいいいんですよ。」
「うん・・・まあ、形の問題じゃないからね。」と言いながら、先に乗っていたフルッカに促されたアディールがスワンに乗り込み、キサラギとドドルとパルポスもそれに続く。エルジュの小舟とは違い、アヒル姿のスワンの舟は広々と乗り心地のよい舟だった。術者自身も乗り込める広さを持っていた。
4人が乗り込んだところでフルッカが言った。
「ネルゲルの討伐は我ら四術師にとっても500年越しの悲願。どうか、そのことも心の片隅に置いておいてくださいね。」フルッカがチカラを込めると、アディールたちを乗せたスワンがふわっと宙に浮かぶ。つい先日エルジュの小舟に乗っていたのと同じ感覚。
「目指すは心臓の黒点。」と言ってフルッカが舟を発進させた。エルジュがふたつ目の太陽突破の際に見つけた唯一の灼熱の空隙。そして今、心臓を取り巻く巨大な魔瘴の塊の小さな空隙に、アヒルにしか見えないフルッカのスワンが空を進む。
アヒルがぺたぺたと歩くように、フルッカのスワンはゆっくりと冥王の心臓へと近づいて行く。しかし、冥王も、それを黙って通すようなことはしなかった。近寄るスワンに、突然、心臓を囲む魔瘴から黒紫の刃が飛び出してアディールたちを乗せたスワンに襲い掛かる。魔瘴の刃の速度はスワンよりもずっと速い。
「こんな速度じゃ避けられない!」というアディールの心配をよそに、フルッカのスワンは、その魔瘴の刃をスルスルとかいくぐるように素早く動き始めた。「あれ、さっきまでと全然違う。」アディールの驚きと同じようにキサラギとドドルとパルポスも驚き顔で頷く。「だからいいスワンだって言ったじゃないですか。」フルッカ自慢のスワンは、もうアヒルの姿をしていなかった。今アディールたちは、美しく羽ばたく白鳥の背中に乗っていた。
光の白鳥は、迫り来る魔瘴の刃のくぐり、そしてついに黒点を通過してその心臓の内部、神殿レイダメテスへと乗り込むことに成功した。
「やった!」その声はアディールのもの。エルジュの舟でふたつ目の太陽に乗り込んだときよりも、ずっと楽に到達できたことに、アディールと驚きと喜びを同時に感じていた。500年という年月を経て、破邪舟の術も進歩してきたのだ。それもそのはず。エルジュが継承して以来、このためだけに現代まで伝えられてきたと言ってもよい破邪舟の術。アディールのためだけに洗練され続けた王家のナイフと同じように、冥王の心臓に乗り込むためだけに洗練され続けたのがこの破邪舟の術。破邪舟師の長い継承の歴史の集大成と言ってもよいことなのであるから。
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
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