4人の前にアークデーモンは敗れ去り、そしてシルバーデビルがチカラを失ってベビルとなったのと同じように、小さなグレムリンの姿へと変わった。
「ネルゲルさまー。」アークデーモンのときからは想像もできないような、子供のような高い声。グレムリンは口をぱくぱくと動かし、小さな羽根をぱたぱたと羽ばたかせようとしていたが、やがてそれもできなくなり、子供の悪魔は動かぬ身となった。小さなグレムリンは、そして魔瘴となって散っていった。
「ネルゲルさまー。」アークデーモンのときからは想像もできないような、子供のような高い声。グレムリンは口をぱくぱくと動かし、小さな羽根をぱたぱたと羽ばたかせようとしていたが、やがてそれもできなくなり、子供の悪魔は動かぬ身となった。小さなグレムリンは、そして魔瘴となって散っていった。
「なんか、素直に喜べないぞ。」と、ドドル。
「そうだね。もう、この先は苦しくて、そしてツラい戦いばかりなのかもしれない。」アディールが目を閉じて言った。
「しかし、アディールさん。」「なんだか顔が変わって不思議な感じですわね。」
今までともに戦ってきたウェディの姿から、はじめて見る人間の姿に変わって、パルポスもキサラギも違和感を感じているようだった。
「きっと、みんなも姿を取り戻したら、ちょっと不思議な感じになるんだと思う。」
アディールがそう言っている間に、テンスの花のチカラによって巨亀が立ち上がっていた。
「アディールよ。ようやくカメ様のチカラが解放されるときが来たようじゃ。」
アバのその言葉は、しかし巨亀が動くところをはじめて目の当たりにしたアディールの驚きの前には届いていなかった。
立ち上がった巨亀は光を放って、その亀の形から馬の形へと変化する。翼が生え、バサリと羽ばたく金色のその姿は、亀とは似てもにつかぬ天馬の姿。
「これがカメ様の真の姿、ペガサスじゃ。」アバもまた、その姿をはじめて見ているにもかかわらず、落ち着き払った声で言う。「アディールよ、これから行く先には、まだまだ多くの苦難が待ち受けておるじゃろう。だが、カメ様の申し子であるおまえなら、きっと乗り越えてくれるのだと信じておるぞ。」アバはにこやかに言った。「お別れじゃ、アディール。いつぞやは別れの言葉も交せなんだ。」そしてアディールを強く指差した。「行け。そして必ずや冥王ネルゲルを倒すのじゃ。」
アディールは深く頷き、そして、背中を差し出すペガサスにまたがった。
ペガサスは一瞬にして、アディールを転生の間へと運ぶ。それは、アディールが人間としての命を奪われたときに魂となって訪れた場所。冥王の魔瘴に晒されて、エテーネの村から飛び出して導かれた場所。
ペガサスは一瞬にして、アディールを転生の間へと運ぶ。それは、アディールが人間としての命を奪われたときに魂となって訪れた場所。冥王の魔瘴に晒されて、エテーネの村から飛び出して導かれた場所。
転生の間にはキサラギとドドルとパルポスはついてきていなかった。
「他の3人には、それぞれの体が安置される場所へと移動してもらいました。」とペガサスの声。アディールが魂となったとき、はじめに転生の間で聞いた、アディールに語りかけてきた光の声と同じだった。
「あれは、カメ様だったんですね。」と言うアディールに「はい。ですが、あのときは、魂と体と分離するだけで精一杯でした。今でも、私にできるのは、あなたたちの魂と体をもとに戻すだけ。今の私には冥王ネルゲルと戦うチカラはないのです。」
ペガサスは語った。ネルゲルの持つ闇のチカラの大きさを。いくら各地の魔瘴を封印していっても、結界を張るベルンハルトのチカラがなくなっても、それでも冥王の闇のチカラを抑え込むことはできないのだと。
「それを防ぐことができるのはアディール、あなたたちエテーネの血を引く民だけなのです。そして、その中でも最も強く血を引くアディール、あなたなのです。」
冥王がエテーネの血を根絶やしにしようとしたことを考えれば、それこそがまさしく冥王が恐れるチカラ。滅びたエテーネの末裔たちが、そしてペガサスである巨亀が唯一残すことができた最後の望み。小さな灯。わずかな希望の芽。
「今こそ希望の芽が息吹くとき。」
そう言うペガサスに、アディールが問いかける。
「待って、カメ様!カメ様はいったい・・・その魂を守るチカラはなんなのですか?」
「かつて私は」とペガサスは話し始めた。「レンダーシアのグランゼドーラに継がれし伝説の勇者の従者のひとりでした。」
「え!?カメ様が勇者の従者!?」アディールの驚きは、当然とも言える。
「私が持つチカラは時渡りのチカラ。そのチカラで勇者を支えていましたが、1000年前のある戦いで傷ついた私は、このペガサスの姿から亀の姿へと身を隠し、傷が完治するのを待っていたのです。」
「じゃ・・・じゃあ僕が持つ時渡りのチカラは・・・?」
「エテーネの民には、稀に特殊な体を持って生まれてくる者がいます。見た目は変わらないけれど、私の時渡りのチカラを取り込める体。私には時渡りのチカラがありましたが、その代わりに子孫を残すことができません。だから私は、その特殊な体を持った者が生まれてくる度に、時渡りのチカラを授けていました。いえ、それは単なるチカラではなく魂と言ってもいいでしょう。子孫が残せない私が、時渡りのチカラを受け継ぐための方法、それが、あなたたちエテーネの血と私の能力を共有させることでした。あなたが生まれたときに、いえ、あなたの母親が身ごもったときに、私は生まれ来るあなたの体のチカラに気付いていました。そこで、あなたが生まれたときに、私の時渡りのチカラを込めた魂をあなたの体へと送り込んだのです。」
「それじゃ、僕のこの魂は・・・カメ様の魂・・・?」
「そうです。あなたは私。私はあなたです。あなたの父とあなたの母の血を引き、私の魂を持つのがあなたです、アディール。」
「僕の父は・・・時渡りのチカラを持っていたのですか?」
「いいえ、あなたの父親はチカラを授けられる体ではなかった。しかし、純血のエテーネの民であることに違いはない。あなたは、そのエテーネの純血を継ぐ者。そして、あなたの母は、錬金術のチカラを持つ者。エテーネの血と錬金術のチカラと時渡りのチカラ。それが融合したのが、あなたという存在。」
「リリーネは・・・。リリーネもその血を引いているのですか?」
「そう、あなたの妹リリーネもあなたと同じ血を引いている。しかし、私の魂を送り込んではいない。あなたは時渡りのチカラをリリーネは錬金術のチカラをそれぞれ引き継いだ。」
「待って、カメ様。じゃあ、僕がカメ様の申し子と言われているのは・・・」
「あなたが生まれるときに、私はその魂を送り込むためにチカラを使いました。その姿を見た民たちは、私が動いたことを奇跡だと思ったようです。村の者たちは、あなたのことを私の申し子だと言っていましたが、実際には子ではなく私自身だと言ってよいのです。」
「じゃ、じゃあリリーネに引き継がれているチカラは、なんなのですか?母さんは錬金術なんて使ったことがない。母さんにも錬金術師の血が?」
「あなたの母親が引く血は、リリーネの血。意味がわからないかもしれませんね。あなたが過去へと送ったリリーネは子を残し、リリーネの子は錬金術師としての血を引き継いだ。その血はさらに引き継がれて、やがてあなたの母が生まれた。あなたの母からはリリーネが生まれ、そしてあなたのチカラによってリリーネは過去に戻る。時渡りの術者による血脈の輪廻だと言ってよいでしょう。もちろん、あなたもリリーネの血を引いている。はじめて術が発動した対象がリリーネだったのも、そういうことなのかもしれません。」
「ウェディのアディールはどうなるんです?僕と同じ日に同じ名前で生まれたのは、やっぱりカメ様のチカラなんですか?」
「少し説明を省いてしまいましたね。私があなたに送り込んだチカラは、時渡りのチカラだけではありません。もうおわかりでしょう。生き返しのチカラです。生き返しのチカラを持ったあなたならば、私はその魂を他の体へと転生させることができる。私の魂をあなたの体へ送り込んだのと同じことです。あなたの魂は私の魂。私は、あなたの中の私の魂をもうひとりのアディールの体の中へと送り込むことができたのです。」
「だから、なんですね。僕が生き返しを受ける者だとするのなら、僕の魂を受け入れるべき体が必要だ。だから僕と同じ日に同じ名前のアディールが生まれた。それは、将来僕が生き返しを受けるために必要な体だ。僕、人間のアディールとウェディのアディールは、もともとひとりになるべき存在だった。」
「ネルゲルの行動までは、私には読むことができませんでした。しかし、生き返しのチカラと転生を受け入れる体は同時に生まれなければならない。ここまで予想していたわけではありませんが、結果的にこういう形になってしまいました。生き返しを受けずに生涯を閉じることができるのならば、そのほうが喜ばしいことです。」
「その・・・生涯を終えたら、やっぱり僕の魂はカメ様のもとに帰るのですか?」
「はい。そして、次の時渡りのチカラへと移り行くことになる、はずでした。」
「はず?」
「もうエテーネの民はいないのです。あなたが最後の純血のエテーネの民。チカラを受け継ぐとしたら、もうあなたの子孫でしかあり得ないのです。」
「・・・そう、ですか・・・。ザーンバルフやキサラギやドドルやパルポス。彼らもカメ様の魂を持っているのですか?」
「そう。彼らにも私の魂を授けています。しかし、あなたほどではない。エテーネの血が薄くなるほど、私の魂を引き受けるチカラも弱くなるということ。だから、彼らに授けたチカラは、あなたに比べればずっと小さいものです。今の私では、これ以上多くの人にはチカラを授けることができない。これ以上強いチカラを授けることもできない。申し訳ありません。」
「そんな!でも、やっとわかりました。僕たち5人が目覚めた理由が。なぜ僕なのか、なぜ僕たちだけなのか。そして、なぜ人間の姿にならなければ術が使えないのか、も。エテーネの血を持つ、特別な体を持つエテーネの民でなければ、カメ様の時渡りのチカラを発動させることができない。」
「そのとおりです。」
「生き返しを受けるとすれば、それはエテーネの民として時渡りのチカラを使うため。時渡りのチカラを使うために生き返しを僕たちは受けた。カメ様は、僕が生まれた日にウェディのアディールの誕生をさせただけではなく、僕が生き返しを受けると同時に僕の人間としての体を守ってくれた。」
「そうです。そうしなければ、あなたの魂をウェディの中に隠した意味がないのです。いずれ時渡りのチカラを発揮するためには、人間としてのあなたの体が必要です。冥王のチカラに対抗するためには、私はそうするしかなかったのです。」
「・・・そうか・・・。僕の魂は・・・僕と、ウェディのふたつの体を行き来したからこそ、冥王の追撃を逃れて、時渡りのチカラを取り戻すことができた。」
「あなただけではありません。キサラギも、ドドルも、同じことが言えます。パルポスだけは、あるいはチカラを使うことができたのかもしれません。エテーネの血を引くプクリポのパルポスの体の中に、エテーネの民ソイルの魂が存在しているのですから。しかしそれでも、人間としてのソイルの体に戻るほうが、強いチカラを取り戻せることに違いはありません。」
「・・・あの、カメ様。」
「なんでしょう?」
「運命は・・・変えられるのでしょうか?過去から未来まで流れ行く時の中で、僕たちに運命を変えることはできるのでしょうか?」
「それを確かめるために、あなたはここへ来たはずです。さあ、その時渡りのチカラを使って、それを確かめてきてください。」
アディールが「はい」と力強く頷くと、それを待っていたかのように、ペガサスの後ろからひとりの青年が歩き寄ってきた。サラサラとしたネイビーブルーの髪。シアンブルーの体のウェディ。さっきまで自分自身だったアディールの姿。
「はじめまして、かな。会えてうれしいよ。」とウェディのアディールが言った。
今、霊の姿となったウェディのアディールと、体を取り戻した人間のアディールが対面していた。
今、霊の姿となったウェディのアディールと、体を取り戻した人間のアディールが対面していた。
「僕の体を使ってくれてありがとう。」とウェディのアディールが言った。
「うん。僕たちは、生まれたときから同じ宿命を持っていたんだね。」と人間のアディール。
「だけど、僕の体の役割は、もう終わったみたいだ。」
「・・・うん・・・今までありがとう。」
「冥王を・・・ネルゲルを倒してきてくれ。僕たちの宿命の敵。」
「もちろんだ。」
ふたりのアディールは、そして手を強く握り合った。
挿絵:ライム☆さん
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
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