小説ドラクエ10－19章(1)

19章　　錬金術師

「お兄ちゃん！」

　そう叫ぶのは薄小麦色の肌の少女。少女はしりもちをついたまま手を伸ばして何かを掴もうとしていた。

「あれ？」

　掴もうとしていたものが、そこにはないことに気付く。

「私、どうしちゃったんだろう？」

　ライトブラウンのセミロングヘアと光沢のある黒い瞳。幼さが残る風貌と、活発さを感じさせる風体をしている。

　少女の名はリリーネといった。

「私・・・どうしてこんなところに？」

　見回すと、リリーネは草原の中心にいた。立ち上がって、パッパッと腰布の後ろを払う。

「えっと、私さっきまで・・・」

　つい先刻まで、リリーネはエテーネの村にいた。しかし、村が全焼し、自らも炎で焼かれそうな状況下において、リリーネは時空の半球に捕えられた。半球の外は時が止まり、自分ひとりだけが動ける状態にいたリリーネは、差し出された兄アディールの手を必死で握ろうとしていた。ところが、無情にも、その時空の半球は徐々に縮まり、リリーネの体はアディールから引き離され、しぼんで、やがてリリーネをこの草原へと移動させていたのだ。

「あれって、お兄ちゃんがやったことなのかなぁ。でも、私が助かっても、お兄ちゃんたちは・・・ううん。そんなことない。お兄ちゃんだってきっと無事に決まってる。」

　悪い想像を振り払うようにリリーネはぶるぶると首を横に振った。

「冥王ネルゲル・・・って言った。あれが災厄だったんだ。アバ様の結界が破られて、魔物たちが村に襲ってきて、それで私も狙われちゃって。きっとお兄ちゃんが助けてくれたんだ。それに、テンスの花を持って行ったんだもん。エテーネの村はきっと助かったに決まってるもん。私も・・・エテーネの村に戻らなきゃ。」

　全く土地勘のない草原を漠然と歩いていると、ナスビの魔物、ナスビナーラと戦っている中年の男がいた。立派な眉と口髭を蓄え、逆立つ直毛を後ろで束ねていて、目つきは鋭い。
　男はモリで魔物を突いた。そして、ギューと言って倒れる魔物に近付き「今日はナスビか。」と、ナイフで魔物の一部分を切り取り、腰袋に入れている。

「あの。」と、リリーネは声をかけた。

「なんだ、お前は？」鋭い目がギロリとリリーネに向けられる。

「ここは、どこなの、おじさん？」

　そのリリーネの言葉に、気分を害したような表情をして、男はこう答えた。

「まず、俺をおじさんと呼ぶんじゃねぇ。俺の名はイッショウだ。」

「あ・・・ごめんなさいイッショウさん。・・・ここはどこ？」

「なんだ？お前、ここがどこかも知らずにやって来たのか？」

「あ・・・うん。私・・・よくわからないけど、エテーネの村からここに飛ばされたみたいで・・・よくわからないの。」

「なんだ？よくわからねぇが、よくわからないのはよくわかった。質問には答えてやる。ここはサザミレ草原。そっちに行けばナルビアってぇ町がある。」とイッショウはひとつの方向を指差した。「この草原も大した魔物はいねぇが、町のほうが安全なのは言うまでもねぇ。ナルビアに行けば、何かわかるかもしれねぇな。俺はエテーネなんてぇ村は聞いたことがねぇ。」

　リリーネはひとつ礼をして「ありがとう、おじさ・・・イッショウさん。」と言ってイッショウが指を差したナルビアの町へと向かった。

カインの冒険日記

ページをめくれば、そこには物語がある。

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小説ドラクエ10－19章(1)