小説ドラクエ10-3章(2) | カインの冒険日記

カインの冒険日記

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 氷穴に入ると、キラースコップやメラリザードが行く手を阻んだが、少し闘い慣れてくると、それほど苦にはならなくなっていた。
 氷穴の奥は、岬と繋がっていて、空が見えている。さっきまで太陽が見え隠れしていたのに、今はもう完全に雲が空を覆っていた。
 と、「ジーガンフ。」と奥のほうで声がしたのが聞こえた。岬の先端の岩場の陰からだ。聞き耳を立てて、様子をうかがう。
「ジーガンフ、チカラが欲しいか、ジーガンフ?」地響きがするような低い声。
「そうだ!もっとチカラをよこせ、ゾンガロン!」ジーガンフと呼ばれた黒い短髪のオーガが、強い口調で言う。「あいつだけは許せねえ!アロルドに天罰を与えてやらねば気が済まねえ!そのためにはもっとだ!もっとチカラをよこせ!」
「いいだろう。存分に使うがいい。お前にチカラを分けてやろう。グハハハ。」ゾンガロンの姿は見えない。岩場に完全に覆われた場所にいるようだった。
 あいつがジーガンフ。ただの山籠りや修行とは到底思えない。邪悪な気配が漂っている。それに「アロルドに天罰を」とはどういうことだ?ジーガンフはアロルドに勝利したのではないのか?マイユと村王の話を聞いてしまったときには、ジーガンフのほうを助けねばならないのだと思っていた。だが、事実は、それとは違うような気がする。マイユに知らせなければならない。ジーガンフは危険だ。
 踵を返して、岬を去ろうとしたときに、足元に大振りの剣が落ちているのに気付いた。屈んでその剣に手を伸ばした。
 バチッ!ギュイン!
 手を触れた瞬間に、弾かれるような感触があり、次いで、剣から体内に何かが流れ込んできたような感覚があった。
 なんだ・・・これは・・・?・・・見える・・・ひとりのオーガが岬の先端へと歩いて行く。頭髪は、長いワインレッド。皮膚がそのまま伸びたように、体と同じ色をしている。これは・・・俺だ!いや、こいつがザーンバルフだ!ザーンバルフの思念が、この剣を伝って俺に思念像を見せているんだ。

 ザーンバルフは、岬の先端まで歩き、岩の窪みを覗き込む。「ここだったのか。邪悪な気配の出所は。」ザーンバルフが言うと、窪みの奥から「グハハ。我はゾンガロン。お前はチカラが欲しいか?」と地響きのような低音が聞こえた。「何だ!貴様は!」ザーンバルフは、岩の窪みに向かって剣を構えた。「チカラを与えてやろうと言っているのだ。この鎖を切って我を開放しろ。」ゾンガロンが言う。「そうはいかん。村に戻って、このことを報告せねば。」「チカラが欲しくないとは愚かな。ならば、この魔瘴の餌食となるがよい。」ゾンガロンが言うや、黒紫色の霧がザーンバルフの体を包んだ。「むう!これは!」一瞬ひるんだザーンバルフは、しかし、すぐに腰を落として、両手で握った剣をぶん回して霧を払う。「グハハハ。無駄なこと。もっと賢く生きればよかったものを!」ゾンガロンの声が聞こえ、直後、黒紫色の霧の束がザーンバルフの左胸を直撃した。ザーンバルフは弾け飛び、握っていた大剣は手から離れて地面を滑った。同時に、腰袋の紐がちぎれ、中から水晶のような石が転げ落ちた。「たわいもない。フン。愚かなオーガはまた来るであろう。」それっきり、ゾンガロンの声は聞こえなくなった。しばらくして、氷穴のほうからマイユの姿が見えた。「ザーンバルフさん!」倒れているザーンバルフを見て、マイユは駆け寄り、肩を揺すった。何度も何度も揺すったが、ザーンバルフが目を開けることはなかった。「ザーンバルフさん!ザーンバルフさん!」

 なるほど。そういうことだったのか。
 ザーンバルフの剣を拾いながら、岬のジーガンフを遠目に見る。
 ゾンガロンが元凶だった。ジーガンフはそれに利用されている。しかし、ジーガンフがなぜ利用されているのか、なぜチカラを欲するのか、それがわからない。ここは一旦村に戻ろう。ザーンバルフの剣がここに落ちていたということは・・・。氷穴の出口のあたりをくまなく探した。
 あった。これだ。水晶にも見える青い石。それを拾い上げると、今度は自分の記憶が少し舞い戻ったような気がした。俺はこの石を知っている。使ったことがある。これはルーラストーンだ。
 石に記録されているのは・・・ランガーオか。ちょうどよかった。空が見える岬で、ルーラストーンを掲げた。


「なんだと!?ジーガンフがゾンガロンと!?」クリフゲーンは驚き、狼狽した。
「ゾンガロンを知っているんですか?」
「もちろんだ。悪鬼ゾンガロンは、かつてこのオーグリードを牛耳ったと言われる魔物。だが、それは遥か昔の話。おとぎ話に聞くほどの昔のことだ。実在していたのかどうかさえわからないほどのな。それが今になって。」クリフゲーンは目をつぶって少し考えているようだった。「ついてきてくれるか、ザーンバルフ君。」
 武闘場へと向かうクリフゲーンを追った。細い雪の道を通って進むと、道の先の開けた広場にマイユと、肩幅の広い戦士が立っていた。頬に白い十字傷があった。
「アロルド、マイユ、聞いてくれ!」クリフゲーンが息を落ちつかせる間もなく叫んだ。「ジーガンフがゾンガロンと契約した。」
「なんだって!ジーガンフ、なぜそんなことを!」十字傷のアロルドが言った。
「どういうこと!?」マイユの声は震えていた。
「ジーガンフはチカラを求めていた。それで、ゾンガロンの封印を解いて契約をしたんだ。ロンダの岬に行って、俺の記憶も戻った。」記憶は戻ったが、それはザーンバルフとしての記憶。俺の記憶ではない。
「でも、なんでチカラを求める必要があるの!?」
「そこのアロルドに天罰を与えるためさ。」突然別の声が聞こえた。
 全員が声のほうに振り返る。
 ジーガンフだった。「よう。アロルド。」
「ジーガンフ。天罰とは何のことだ!」アロルドが叫んだ。
「わからないとは言わせんぞ。2年前の武闘大会のことだ。」
「2年前・・・2年前はあなたが勝ったじゃない、ジーガンフ!」マイユが、わからない、という表情を見せる。
「じゃあ、お前は2年前なぜアロルドが村を出たのか知っているか、マイユ?」
「え・・・それは・・・。なぜなの、アロルド?なぜ何も言わずに村を出たの?」
「傷心のために、ひとりで旅を出たのではなかったのか、アロルド?」と、しゃがれ声のクリフゲーン。
「周りにはそう見えたろうなぁ、アロルド。だが、闘ったオレにはわかっている。傷心などではない。なぜなら、お前はオレよりも強かった。」
「え?どういうこと?」マイユは明らかに動揺していた。
「オレは勝ったのではない。勝たされたのだ。しかも、大会の後、お前は姿をくらませた。この屈辱がわかるか?オーガの戦士の誇りを踏みにじられ、村を出て嘲り笑うお前の姿を考えると、オレは気が狂いそうだった。さあ、オレと戦え!アロルド!」
「待て、ジーガンフ!オレはそういうつもりで戻ってきたわけじゃない!」
「いいだろう。ではお前がその気になるようにしてやろう。」ジーガンフの体の色がドス黒く変化し始める。額と肩のツノがにょきにょきと伸び、頭髪は黒から白へと変わる。
 狂鬼と化したジーガンフは、素早く跳躍し、マイユを掴み上げた。「これでも闘えないか?」
「いや!放して!」ジーガンフに捕えられたマイユが必死にもがく。
「フン。婚約者に向かって放せとは。お前はオレのものだろうに。」
「違う!あなたはジーガンフじゃないわ!ジーガンフを返して!」
「どうだ、アロルド。これで闘いたくなったろう?お前はオレなんかよりずっとマイユを助けたいよなぁ。助けたいよなぁアロルド?」
「やめて、ジーガンフ!私とアロルドは、そんなんじゃないの!」
「オレが気付かないとでも思ったか?さあアロルド。ロンダの岬で待つ。オレと本気で闘え。マイユを助けたくばな!」ジーガンフはそう言って懐からルーラストーンを取り出し、空へと消えた。


 しばらくの静寂があった。さすがのクリフゲーンも青ざめていた。無理もない、ひとり娘がさらわれたのだ。しかも、村王の跡継ぎとなるべき婚約者ジーガンフに。
「オレが行きます。」最初に口を開いたのはアロルドだった。「元はと言えば、オレが2年前にジーガンフに心のキズを負わせてしまったのが原因。ジーガンフの狙いもオレだ。」
「待て、俺も行く。岬にはゾンガロンのチカラが漏れ出している。ジーガンフだけじゃないんだ。」アロルドひとりで行かせるのは危険だ。
「すまん。私が行くべきところを・・・」クリフゲーンが頭を下げている。
「安心してください。マイユはオレが助けます。」アロルドの言葉には力が込められていた。
「君は・・・君はマイユのことをどう思っている?」クリフゲーンはアロルドを正面から見る。
 アロルドは、少し沈黙し、軽く会釈をした後くるりと背中を向けた。「ジーガンフと決着をつけてきます。」そのままロンダに向かって走り出した。
 慌ててそれを追う背後から、クリフゲーンがつぶやくのが聞こえた。「私が優勝者にマイユをなどと言ったから・・・優秀な若者達が、私のせいで失われようとしている。私が間違っていたのか・・・頼む。誰も死んでくれるな。頼む。」


「ジーガンフ!オレは来たぞ!どこだ!」ロンダの岬。アロルドが叫んだ。
 狂鬼と化したジーガンフが、岩場の陰から現れる。気絶したマイユの首筋を右手で掴み上げている。マイユの体が、力なくぶらりと揺れる。「ふたりで来たのか。見損なったぞ、アロルド。」
「俺は戦いに来たわけじゃない!お前と勝負するのはアロルドだ!」ジーガンフがひとりで来るのなら手出しするつもりはない。
「フン。どうだか。」ジーガンフは右手を突き上げ、マイユを高くかざし「もう用済みだ。」そのまま谷のほうに投げ上げた。いや、投げ捨てた、といった方がいいかもしれない。
 バカな!マイユはお前の婚約者だぞ!あまりに突然なことで咄嗟には声を出せなかった。助けに行かなければマイユは谷底に落ちてしまう。走らなければ!手を伸ばさなければ!しかし、体も咄嗟には動かなかった。金縛りにあったように、手も足も動かせない間にも、マイユは放物線を描いて谷への軌跡を辿ろうとしている。
「マイユ!!」
 叫んだのはアロルドだった。アロルドは、谷に向かって走りながら手を伸ばしていた。右手をめいっぱい伸ばす。その手がマイユの右手首に届き、アロルドはマイユの手をぐっと握った。しかし、マイユの質量でアロルドはズルズルと谷に引き寄せられ、ついにアロルドの体も岬から滑り落ちた。もう、かろうじてアロルドの左手が、岬の先端の岩を掴んでいるだけである。マイユは気絶したまま、アロルドは両手がふさがったまま、谷底に向かってぶら下がった状態になっていた。
「バカなやつだ。」ジーガンフが、ふたりに向かってゆっくりと歩く。「女を助けたばっかりになぁ。」
「ジーガンフ!」俺はありったけの声を張り上げて叫んだ。許せなかった。俺はジーガンフが許せなかった。走りながら剣を振り上げた。
「ザーンバルフか。」ジーガンフは振り返る。「オレに勝てると思っているのか?」
 俺は振り上げた剣を力任せに振り下ろした。しかし、その剣はジーガンフの体には届いていない。片手の甲で剣を受け止められていた。「なんだと!」こちらは両手剣。片の拳で止められるとは思いもしなかった。
「フン。こんなものだと思うなよ。飛翔拳!」
 突き上げられた右拳をまともに浴び、後ろに弾き飛ばされてしまう。くそ!手の内がわからない!ここは一旦様子を見るしかないと思い、剣を水平に寝せ、目と同じ高さに合わせた。
「どうした?ブレードガードなんかして?攻めるつもりがないのか?」ジーガンフはニヤニヤとしながら飛びかかって来た。
「オラァ!」と繰り出されたジーガンフの右拳を剣で弾いた。「セイッ!」今度は左拳。これも柄で弾いた。しかし、間髪を入れずに左足の蹴りが繰り出される。「がふっ!」剣では防ぎきれず、腹部にまともにくらった。左拳に柄を合わせ、右拳に刀身を合わせる。右の蹴りに脚を打たれ、左足で腹部を蹴られた。
「どうした?かわせるのは拳だけか?蹴りには対応できていないようだな。」ジーガンフは蹴りを多用するようになった。
 一発、また一発と腹部を襲われた。
 ぐはっ!だが、もう少し、もう少しだ。必ず隙ができるはずだと、忍耐強く耐えた。ジーガンフの執拗な蹴りに腹部を打たれ続けたが、それでもブレードガードを下げるわけにはいかない。拳のほうがもっと危険だからだ。ジーガンフのあの鋭い目。俺が剣を下げるのを待っている。蹴りを防ぐために剣を下げるのを待っている。ぐふ!だから、いくら腹を殴られようとも、剣を下げるわけにはいかない。
 ・・・ザーンバルフ、俺の中のザーンバルフよ。俺に力を貸してくれ。体が覚えているんだろう?
「何か考えているようだが、終わりにしてやるぜっ!」ジーガンフの鋭い蹴りが突き刺さった。俺は遂に剣を下げた。「バカめ!顔が出たな!トドメだ!飛翔拳!」ジーガンフは拳に力をためた。
「これを待っていたんだ。モーションが大きすぎるぜジーガンフ!」すでに剣はジーガンフに向けて振り下ろされていた。「渾身斬り!!」勝負は一瞬で決まった。
 ジーガンフは仰向けに倒れていた。「これを・・・狙っていたのか。ガードを下げたのは囮だったのか。」
「剣を下げたら飛翔拳を使ってくると思っていたぜ。二度も見せるんじゃなかったな。キメ技は最後まで取っておくものだ。」ジーガンフが倒れたのを見たら、急に足の力が抜け、膝が地面につく。腹をさすると、急に痛みが押し寄せてくる。「苦し紛れに剣を下げたフリをするのも楽じゃなかったんだぜ。」
「くそったれ!ふざけるなっ!オレより強いやつがふたりもいるなど、そんなことがあり得るわけがない!」ジーガンフが仰向けのまま叫んでいた。
「ジーガンフ。」マイユの声。アロルドとマイユは、すでに崖から這い上がっていた。「ジーガンフ!どうしたらもとの姿に戻してあげられるの・・・?」マイユの目からは涙がこぼれている。
「そんな目で見るな!そんな憐みの目でオレを見るなっ!」ジーガンフはマイユから目を反らした。
「我がもとに来いジーガンフ。」地響きのような声が聞こえた。ゾンガロンだ。「誰にも負けぬチカラをくれてやる。さあ、この最後の結界を破れジーガンフ。」
「オレは・・・オレは誰にも負けん!」ジーガンフは這いずって檻の前に行き、ゾンガロンの鎖を引きちぎった。「さあ、力をよこせ!」
 檻の中でキラリと目が光った。「グハハハ。愚か者め。ムダに手こずらせおって。」獣のような紫の体がのしのしと岩場から歩き出た。白い髪を振り乱しながら、白い歯をむき出しながらグハハと笑い続けている。「愚かなジーガンフよ。利用されているのにまだ気付かぬか。もはや貴様などどうでもよい。この世界は我がものになるのだからな。」
 ゾンガロンがひと睨みすると、衝撃派でジーガンフが吹き飛ばされる。次いでマイユのほうに振り向いた。
「下がっていろマイユ!お前はオレが守る!」アロルドがマイユの前に立ち、ゾンガロンに向けて足を踏み出す。
「ムダなことを。」ゾンガロンの周りには、黒紫色の霧が立ち込めていた。クア!というゾンガロンの雄叫びとともに、その霧がアロルドを襲った。
 戦慄した。ザーンバルフを襲ったのと同じ霧。俺はやられる!そう直感した。
 そのとき。遥か彼方で光の衝撃が広がるのを感じた。衝撃から光の糸が昇っていくのが見えた。絡み合い折り重なる光の糸は、稲妻にも龍にも見える。
「こ、これはまさかっ!」突然ゾンガロンが苦しみ出した。「チカラが出ない!チカラが封じられる!これは勇者の光!」黒紫色の霧が散り散りになっている。
 突如、頭の上を通過する赤い影が見えた。赤い影は、苦しむゾンガロンの前に着地し、ゾンガロンに拳を突き出す。拳をまともに浴びたゾンガロンがたたらを踏み、2、3歩下がった。赤い影はさらに蹴りを繰り出す。頭髪が風に揺れた。もじゃもじゃの金髪だった。もじゃもじゃの髪の男は、さらに両掌を合わせるようにして突き出し、よろめくゾンガロンを岩場の檻の奥に突き飛ばした。そして、そのまま素早く檻を閉じ、鎖を巻き付けた。何か念仏を唱えているようにも見えた。
「そんなバカな・・・我が野望がこんなところで・・・」やがてゾンガロンの声は聞こえなくなった。
「お父さん!」マイユが叫んだ。
「すまない。遅くなった。」赤い影はクリフゲーンだった。「悪鬼を封じ込める術を調べていたのだ。」


 ジーガンフは正気を取り戻した。
「オレは悔しかった。真の勝者はアロルド。その思いがずっとオレを苦しめた。なのに村人たちは次の村王だ、マイユの相手だなどとウワサする。それでいて、当のマイユはオレなんかよりもアロルドのほうばかりを気にしていた。オレは必死に修行した。しかし、チカラに限界を感じ、やつの誘いに乗ってしまった。」
「しかし」と言うのはクリフゲーン。「ゾンガロンは完全に封印されていたはず。なぜ声をかけたりできる?」
「旅先で、世界中の封印が一斉に力を弱めたという話を聞いた。それを伝えたくてオレはこの村へ戻ってきた。」アロルドは光の糸が昇った方向を見ている。「今、世界に何かが起こっている。あの白い光も、何か関係があるのかもしれない。それを確かめに、オレは行きます。」
「アロルド。」クリフゲーンのしゃがれ声。「マイユも連れて行ってくれないか?」
「お父さん?」マイユは驚き、そして大きくかぶりを振った。「私はジーガンフの婚約者。ジーガンフと結婚する気持ちは変わりません。」
「マイユ、もう迷わせないでくれ。オレに資格は無いし、それにお前はアロルドのことが好きだったろう?」
「私に気を使うな、マイユ。お前の心のままに生きなさい。」
「お父さん・・・」
「オレと来るか?」アロルドが手を差し出す。
 マイユはアロルドとクリフゲーンとジーガンフを見渡し、そしてアロルドの手を握った。「はい。」マイユの目の涙が大粒の雫となってこぼれ落ちた。
 アロルドはジーガンフの前に立った。言葉はなかった。アロルドが腕を突き出すと、ジーガンフもそれに腕を合わせた。
 ふたりは互いの目と腕で言葉を交わしたのだ。そう思った。


「世話になったなザーンバルフ君。」自宅に戻ったクリフゲーンが、椅子に腰かけたまま言った。「だが君はザーンバルフ君ではないな?ただ記憶をなくしているだけとは思えない。いや、何も言わなくていい。」クリフゲーンは引き出しから鏡を取り出した。「アロルドが旅先で見つけたモノらしい。真実を映す鏡なのだそうだ。」
 鏡を受け取り、自分の顔を映す。・・・これは・・・。写っているのは、オーガの姿ではなかった。鏡の中の顔は、ただ燃えるような赤い目で俺を見つめていた。
「それが君の本当の姿だよ。どうだね?何か思い出したかね?」
「いえ、それはまだ・・・。」
「では、その本当の姿を探すといいだろう。この一人前の証と大陸間鉄道のパスを持って行きなさい。本物のザーンバルフ君には夢があったそうだ。世界を旅する夢なのだと、マイユがいつも嬉しそうに話していたよ。ちょうどよいのではないかね?世界を巡るうちに、何か思い出すこともあるかもしれん。」
 こうして俺はランガーオを後にした。記憶を探すために。世界を見るために。



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目次
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】




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