小説ドラクエ10-3章(1) | カインの冒険日記

カインの冒険日記

ページをめくれば、そこには物語がある。

      読むドラゴンクエストの世界へようこそ。

3章  ランガーオの戦士


 標高の高い枯れた大地。ごうごうと荒れ狂う吹雪。太陽の光は届かず、視界の悪い銀灰色の世界。土色の山肌に積もる深い雪は行く者の歩みを止める。
 バササッ。針葉樹から雪が落ち、色のない空間にわずかな彩を与える。
 凍てつく極寒の中、無彩色の中の緑の横を歩く者がいた。
 ギュッギュッ。雪に足を取られながら、体躯の良いふたつの赤い人影が動く。
「もう少しで村に着くわ。・・・もう少しよ。」
 赤い体に白い長髪。その髪から突き出るように生える二本のツノ。耳は鋭利なナイフのように尖り、両肩からもまた、鋭いツノが生えている。赤い尻尾の先に、髪と同じ色の白い毛。一般的なオーガの風貌。
 そして、白髪のオーガに抱えられる、物言わぬもう一体のオーガ。体躯の良い白髪のオーガよりも、さらにひと回り体つきの良い巨体。濃いワインレッドの体と、それと同じ色の髪。頭皮がそのまま伸びたような長い髪が、強風に晒されてバサバサとなびく。力ない腕がだらりとぶら下がり、動かない足がズルズルと引きずられる。寒さに強いオーガ特有の分厚い皮膚の奥にも、わずかな体温も残されていなかった。
 冷たくなったその大きな体を懸命に運ぶ白髪のオーガもまた、猛烈な吹雪に体温を奪われつつあった。




 目を開けると銀灰色の空が見えた。ちらつく雪が顔に降りてきているのがわかる。
「お、おい!ザーンバルフが目を開けたぞ!」誰かがそう叫んだ。
「なんだと!?死んだんじゃなかったのか!?」別の誰かが驚嘆の声を上げた。
 聞き覚えのない声だった。
 声を聞きながら、体を起こそうと手をつく。しかし、思うように手が動かない。自分の手が、自分の意志では動かない。いや、自分の意志よりも、ずっと動くのが遅い。手を目の前に動かそうとする。そのタイミングよりずっと遅れて手が視界に入った。
 ・・・この手はなんだ?
 焦点よりもずっと先に、ワインレッドの肌の手が見えた。手を握っては開いた。
 ・・・俺の手?
 赤く、長く、太く、遅い手。
 もう一度、ゆっくりと動きを確認しながら手をつき、体を起こした。
 ツノのある赤い巨人たちが、自分を取り囲んでいるのがわかった。見るのははじめてだったが、知っている。オーガだ。
 ・・・しかし、なぜオーガが・・・
 ハッとして、自分の体を見た。ワインレッドの太い腕、隆々とした筋骨の足。手を後ろに回して、細長いものを掴む。ワインレッドの毛の生えたワインレッドの尻尾。
 ・・・まさか・・・
「おい、ザーンバルフ!聞こえてるのか!?」
 ・・・ザーンバルフ・・・。俺に言っているのか?
 声の主のほうを向くと、「聞こえてるじゃないか。こりゃ神父さんの早とちりだったか。死んでるかと思ったんだぜ。」と、最初に話しかけたオーガが言った。
「い、いや。確かに呼吸も心臓も止まっていたのだが・・・。」司祭帽をかぶった神父らしきオーガが戸惑うような表情をしている。
「仮死状態だったってか?倒れたのが雪山で、ある意味助かったな、ザーンバルフ。」
 ・・・ザーンバルフじゃない。俺の名は・・・俺の名は・・・
「俺の名は・・・ザーンバルフなのか?」
 頭を振る。記憶がない。名前が思い出せない。
「おい、どうした?まさか記憶がないのか?」
「・・・ああ。」
「ロンダの氷穴で倒れていたお前をマイユがここまで連れてきてくれたんだ。吹雪の中、相当な思いだっただろうぜ。マイユに感謝しろよ。」
 マイユと呼ばれた白い長髪のオーガが、ひとつ会釈をした。
「よかった、ザーンバルフさん。私てっきりあなたが死んでしまったものだと。冷たい氷穴の中で倒れたままでは忍びないと思って。」
 マイユの安堵の表情を見ると、なぜか心が落ちついた。
「・・・ああ。おかげで助かったよ。」
「ザーンバルフさん、ちょっと印象が変わったわ。目の色が真っ赤。燃える炎みたい。」
 ・・・目の色?・・・燃える炎?・・・炎の目・・・
「・・・あんた。」
「あんたはやめてよ。」少し困惑したように見えたが、「マイユよ。」すぐに笑顔に戻った。
「すまない。・・・マイユ。」
「なに?ザーンバルフさん?」
「その、昔の俺はどんな風だった?」自分でも不思議な質問だと思った。
「ザーンバルフさんは、1年ほど前にこのランガーオに来て、ずっと剣の修業をしていた。それも、覚えてないの?あんなに・・・あんなに熱心に修行してたのに・・・」
 うつむくマイユの姿に、胸が痛くなった。
「・・・そうだったのか。なあ、もう少し。もう少し俺のことを教えてくれないか?」真剣にこんなことを聞いてしまう自分が滑稽にも思えた。
 しかしマイユは、そんな言葉を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべている。
「もちろんよ。そうね、村の中を案内するわ。何か思い出せるかもしれないし。」
 村の中を見て回れば思い出せるのかもしれない。そう思いたいのはやまやまだったが、そういう類の記憶喪失ではないことが、自分にはわかっていた。
 違う。記憶がないのはそのとおりなのだが、村や名前が思い出せないだけじゃない。オーガであったことを思い出せない。いや、思い出せないのかどうかもわからない。手足の動きが、自分で思うのとは違っていたことも気になる。そもそも俺はオーガではなかったのだ、とも思える。しかし、現に今、俺はオーガの村にいて、オーガとして存在している。だから、記憶が戻らないまでも、ザーンバルフとして生きるための最低限のことは知っておきたい。


「ここは道具屋。こっちは宿屋。旅立つ前には教会でお祈りを忘れてはダメ。武器はこのお店で買うの。でも、ここだけの話だけど、この村にはそんなにいい武器は売ってないわ。そのお隣が防具屋さん。そうそう、武器や防具は持ってるだけじゃダメよ。装備しなくちゃ意味がないからね。って、そんなことまで忘れてないか。」はは、と笑いながら、マイユは村の奥へと進んだ。
 細い雪道を進む。道は硬く踏み固められていて、道の両側には高く雪が積もっている。村の人が雪かきをして、道を作っているのだろう。
 と、道が開けて、少し広い空間が見えてきた。突き当たりには、頑丈な扉が見える。
「この中は武闘場。ザーンバルフさんはまだ出場したことがなかったわよね。毎年ここでね、武闘大会が開かれるの。その大会で、誰が村で一番強いのかを決めるのよ。最近はずっとジーガンフが優勝してる。でも・・・」マイユはそう言ってうつむいてしまった。
「でも?」
「でも、ジーガンフは今はどこにいるかわからないの。その前からずっとふさぎこんでて・・・」話しているのが辛そうに見えた。
「辛いことを思い出させてしまったようだ。すまない。」ジーガンフのことは思い出せないが、マイユを見ているといたたまれなくなった。
「ううん。気にしないで。私、これから用事があるんだった。先に帰ってるけど、ザーンバルフさんもあとでうちに来てよ。お父さんに会えば何か思い出すかもしれないし。あ、私の家は高台の上にある家だからね。」
 マイユは手を振りながら、走って来た道を戻っていった。明るく振る舞ってはいるが、泣いていたのかもしれない、と思った。


 村を見て回って何か思い出せるかと期待したが、何も思い出せない。しかし、はじめに炎の目と言われたときに、記憶の奥から呼びかける何かに一瞬触れた気がした。炎の目。俺になにか関係があるのだろうか。・・・今はまだわからない。まずは、マイユの言うとおり、家に行ってみるとしよう。
 武闘場前の広場を出て、また細い雪の道を戻った。高台の上の家は、村王クリフゲーンの家だと、武器屋の店主が教えてくれた。武器を見ようと声をかけたところ、持ち合わせがないことに気付き、申し訳ないと思っていたところに、「気にするな」と言ってくれた上に、マイユの家まで教えてくれたのだ。ランガーオ、親切な村だ。
 少し歩いて高台を登り、村王の家の前まで来た。
「ここは村王様のご自宅だ。何用だ?」槍を持ち、鎧を纏ったいかついオーガが声をかけてきた。
「村王と少し話がしたいんだ。マイユがそう言ってくれたんだ。」あらためて何用、と聞かれると、用という用ではないような気もする。
 しかし、鎧槍のオーガは「それならマイユお嬢様から聞いている。クリフゲーン様に失礼のないようにな。」と、門を開けてくれた。「段差があるから気をつけろ。」いかつい割りに、意外と親切だった。
 廊下を進むと、部屋の扉に突き当たった。ノックをする。
「どうぞ。」低音の少ししゃがれた声が聞こえた。
「入ります。あの、俺ザーンバルフと言います。俺、事情があって記憶をなくしていて、」
「わかっておるよ、ザーンバルフ君。娘に聞いている。いつも世話になっていたそうだな。と言っても、君は覚えていないのだろうが。」
 村王クリフゲーン。マイユの父親ならば、そこそこの年齢のはずだが、その体からは、まだまだ力強さが伝わってくる。武闘大会の名誉チャンピオンだと聞いていたが、その言葉どおりの印象を受けた。髪は薄い金髪のもじゃもじゃ頭。立派に蓄えた口髭も、同じように薄い金色をしていた。
「君はロンダの氷穴で倒れていたそうじゃないか。」しゃがれた低音に言われた。「もしかしたら、そこに行けば思い出すことがあるかもしれん。ただ、道中はなにかと危ない。武器を持っておるかね?」
「いえ。」さっき武器屋に行ったのに持ち合わせがなかったことを思い出した。
「そうだろうそうだろう。壁に掛っておる好きなものを持って行きなさい。」
 部屋の壁を見ると、所狭しと様々な武器が掛けられている。槍、剣、斧、杖、爪、鞭。杖を取ろうと手を伸ばした。
「わっはっは。君は戦士だろう。」クリフゲーンが立ち上がって、斧を持ち上げた。「これぐらいは持って行ったほうがいい。」
「あ、ありがとうございます。」確かに。なにかと危ないところにひとりで行くのに、杖というのは少し心細い。呪文が使えるわけでもないのだ。
「うむ。氷穴に行って何かを思い出せればそれでよし、もしそれでも思い出せないようであれば、また私のところに来なさい。」
「ありがとうございます。」
 一礼をして部屋から出ると、入れ違いにマイユが部屋に入っていった。思い詰めたような顔をしていて、声を掛けられなかった。それが気になって、部屋の前で立ち止まり、クリフゲーンとマイユの話が聞こえてくるのを待つ。
「・・・アロルドが来るって本当なの?」マイユの声。
「ああ。しかし、突然どうしたというのだ。もう2年も村に顔を出していないというのに。」響くような低音のしゃがれ声。
「ジーガンフがどこかに行ったのと何か関係があるのかしら。」
「ふむ。アロルドが村を出たのは、ジーガンフに武闘大会で負けた直後だ。修行をして、再びジーガンフに挑戦するつもりなのかもしれん。優勝者にはお前と結婚してもらい、村王を継いでもらうと言ったのは私だ。だから、お前は優勝したジーガンフと結婚し、ジーガンフが次の村王になることはすでに決まっておる。」
「でも、じゃあアロルドはなぜ?」
「2年前、ふたりがお前と結婚するために闘ったのは事実だ。しかし、今になってアロルドが勝ったからといって、先の決定を覆すことはできん。だが、オーガ戦士のプライドというのは、そういう優勝特典とは別のものなのだ。」
「特典なんて言わないでよ。」
「すまん。いや、だから、アロルドが戻ってくるとしたら、ジーガンフとの腕試しのためだということだ。お前が心配するようなことではないぞ。」
「私だってジーガンフとアロルドとは幼なじみなのよ。心配するに決まってるじゃない。」
「そうだったな。昔は仲のよい3人だったな。2年前まではな。私が、優勝者がお前と結婚する、など言ったばかりにジーガンフとアロルドは。」
「そのことは・・・もういいでしょう、お父さん。それに、ジーガンフの行方もわからない。どこにいるの・・・ジーガンフ。」
「ジーガンフのことだ。心配はないと思うが。しかし、アロルドが戻ってくるのがただの腕試しだといいのだが。」
「なにそれ。アロルドが復讐を考えてるとでも言うの?」
「そうは言わんが。しかし、」
「私、・・・部屋に戻ります。」
「おい、マイユ。」
 マイユの足音は、部屋の外まで聞こえていた。部屋の扉が強く開いたので、あやうく扉にぶつかるところだった。
「・・・聞いていたのね、ザーンバルフさん。」
「立ち聞きするつもりは・・・」なかったと言えば嘘になってしまう。
「そう、私は婚約者のジーガンフを探してるの。」
「もし見かけたら教えるよ。」
「ありがとう。でも、ザーンバルフさんはジーガンフの顔を覚えていないでしょう?記憶が戻ったらお願いするわ。」
 確かに。ジーガンフの顔を知っているわけではない。思い出すことも、おそらくないだろうとも思う。
「そうだな。記憶が戻ったら。」あり得ないとわかっていながら、そう言ってしまった。「ロンダの氷穴に行ってくる。斧をもらったよ。感謝していたと伝えてくれ。」


 村を出て氷穴を目指す。雪は止み、雲間からは太陽が見え隠れしていた。時折日差しが見えるものの、気温は氷点下。オーガでなければ、その寒さには耐えられないだろう。動きが緩慢であるという点は置いておくとして、この分厚い皮膚は便利だ。氷点下の中でも、薄着でいても寒いとは感じない。
 少し歩いていると、突然背中を尖ったもので突き刺されたような痛みが走った。
 ぐ!なんだ!?よろめきながら振り返ると、雪と同色の白い塊がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。白い塊の上には、黄色の尖ったツノが生えていた。一角ウサギだ!雪にまぎれていて気がつかなかった!ウサギのツノの先は、赤く染まっている。慌てて左手を背中に回し、突かれた部分に触れる。・・・これか。血が出ている。
 オーガの血も赤いのか、と考えているうちに、すぐにウサギの第二撃が来た。正面からならば避けれる、と半身でかわしたまではよかったが、また背中にツノが刺さった痛みが走った。くそ!2匹いたのか!
 それからは空回りばかり。小刻みに飛び跳ねるウサギに狙いを定めることができずに、やたらめったら斧を振り回すことしかできない。一角ウサギに挟み撃ちされ、前のウサギを狙うのがいいか後ろのウサギに向き直るのがいいか、そう考えている間にもウサギのツノ攻撃は積み重ねられ、もう斧を振り上げられないほどに出血をしてしまっていた。
 くそ!ダメか!そう思っているときに、遠くから声が聞こえた。
「腰を落としな!」声の主はこちらに向かって走ってきている。「それから両足を踏ん張って斧を低く構えるんだ!」
 なんだ?誰だ?しかし、この状況。その声を信じるしかない。
「そう!そしたらそのまま体ごと一回転するんだ!」
 声を掛けられて、なんだか力が湧いてきたような気がした。構えた斧を体ごと振り回す。ブンッと斧が鋭く回転し、2匹のウサギが後ろにはじけ飛ぶ。1匹には斧が直撃し、もう1匹は風圧で飛ばされて気絶していた。
 いま急に力が出た気がした。ふと目を上げ、助言の主を見た。女のオーガだった。
「おやおや、こっぴどくやられたみたいだね。」年齢や背格好は一見マイユと同じようなものだったが、目つきは鋭く、よく見ると細いながらも筋肉質な体つきをしている。
「でも、オノ無双ができたのは上出来だったじゃないか。モノになってるとは言えないが、一角ウサギ程度なら問題ないだろう。ん?アタシかい?アタシは旅の戦士だよ。名乗るほどの者でもないさ。」
「おかげで助かった。一瞬力が湧いたような気がした。」そう、確かに不思議に力が出た。
「応援されるとテンションが上がったりもするものさ。冒険者なんてのは、あちこちにいてね。ひとり旅だったとしても、行く先々で助け助けられるものなのさ。」女は懐から薬草と包帯を取り出した。「使いなよ。薬草は飲んでもいいが、止血したいときには貼るか塗るかしたほうがいい。あとはこれを巻いとくといい。腐った死体が持っていたやつだけど、無いよりマシだろう。」
「すまないな。あんたはどんな旅を?」
「アタシは腕試しと、これさ。」女は手の拳ほどの大きさの石を取り出した。よく見てみると、石の表面がところどころ光っている。「このあたりでは銀鉱石が取れる。いい値で売れるんだよ。アンタは?」
「俺は・・・記憶を取り戻すための旅、かな。」
「へえ。記憶をなくしちゃったのかい。まあ、旅の理由もいろいろあるさね。気をつけるんだね。」 女戦士は、こちらに背を向けたまま手を振りながら去って行った。



続きを読む

前に戻る


目次
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】






読者登録してね