小説ドラクエ10-9章(2) | カインの冒険日記

カインの冒険日記

ページをめくれば、そこには物語がある。

      読むドラゴンクエストの世界へようこそ。


 アディールとキサラギとフウラは、イナミノ街道を南下する。街道を少しでもはずれると、背丈のある草や竹が多く乱生し、ウェディのアディールでさえ視線を遮られる。身長の低いキサラギやフウラでは、もはや数歩先さえも見えないことだろう。そんな雑草の壁の中から突如飛び出て来る竹やり兵や、遮られた視界の向こうから矢を放ってくる毒矢ずきんの強襲を逃れながら、3人は南へ南へと進んで行く。
 やがて、見晴らしが開けた集落、山間の関所へと辿り着いた。見えない竹やぶの向こうから、いつ敵が襲ってくるのか、という緊張感が長く続いたこともあって、アディールたちは関所に着いた途端にぐったりと座り込んでしまう。「スイの塔は明日にして、今日はここに宿を取ろう。」というアディールの提案に、誰も反対しなかった。

 旅人が寝泊まりするだけの簡素な宿。アズランの宿屋とは比べるべくもなかったが、簡単な食事であっても、立地の特徴をよくあらわしている。箸は竹でできているし、湯呑みや茶碗も竹筒をくり抜いたもの。食事は草類が多く、地産の野菜をふんだんに盛り込んだものだった。ざっくりとした料理であっただけに、逆に素材の味を楽しむことができた。
 食事を終えた3人は、夜が更けるよりもずっと前に眠りについていた。
 翌朝、アディールたちは、神具職人から風の手綱を受け取り、スイの塔を目指すべく、スイゼン湿原へと足を向ける。3人が山間の関所を出たところで、ブルルッとアディールたちを呼ぶ声がした。
「カムシカっ!」フウラが叫ぶ。今度は嫌悪からではなく、嬉しさから出た叫び声。
「どうしたの?え?なに?私たちをスイの塔まで連れて行ってくれるの?」フウラの声に、カムシカがブルブルと首を縦に振った。よく見るとカムシカは3匹連れ。アディールとキサラギとフウラを乗せるのにちょうどよかった。


「ね!ね!キサラギ様、アディール様!私カムシカに乗ってるの!お母様みたいな風乗りになれるのかな!」
 スイゼン湿原を風のように駆け抜けるカムシカに乗って、フウラは興奮気味だった。
「見て!スイの塔がもうこんなに近くに!」
 スイの塔は七重の塔。湿原にそびえたつ雅の塔は山間の関所からもよく見えた。しかし、ずいずいと近付くにつれて、視界は全体を捕えることができなくなっていき、カムシカが入り口に着いたときには、もう塔の最上階は霧に隠れて見えなくなっていた。
「この塔は特別なチカラで封印されてるの。」カムシカから降りたフウラが言った。塔が風乗りとして認めた者にだけ門が開かれるのだという。言いながらフウラが門に手をかざすと、押してもないのにギイィと扉が開いた。「よかった。私にも風乗りの資格があったってことね。」フウラが塔の中に入って行き、アディールとキサラギもそれに続いた。
 神聖なる封印の塔には、しかし今では魔物が棲みつき、邪悪さに満たされていた。こんなところにまで、という気持ちもあったが、風が失われ魔瘴がはびこる今となっては、それも無理のないことだろうとアディールは思う。ともしび小僧や青だけ童子の攻撃を退けながら複雑な構造の魔塔を上り抜け、3人は最上階の天ツ風の間へと辿り着いた。フウラがサッと進み出て扉を開く。

 一歩踏み込むと「誰だ!」という声が聞こえた。声のほうに目をやると、ソファーからゆっくりと立ち上がる怪獣の姿が見える。でっぷりとしたお腹の3等身の竜にも似た怪獣。黄色い背中から尻尾にかけて、茶色の斑点が広がっている。長いまつ毛が印象的で、首にはピンクのリボン、肩からは長いポシェットを垂らしている。「オレ様のスウィートルームに土足で上がり込むのは誰だ!?」裏返ったようなだみ声を発しながら、短い手を振り、短い足でよちよちとアディールたちに向かってくる。怪獣に言われて足元を見ると、立派な絨毯が敷かれている。確かに、土足で上がってはいけないようないけないようなふうでもあった。絨毯だけではなく、テーブルもベッドもカーテンも壁紙も、ピンクを基調として統一された色合いでまとめられていて、スウィートルームと称するのも頷ける話である。
「私は風の衣を取りに来たの。あなたが持ってるの?」フウラが一歩出た。
「む、お前は!」怪獣がフウラによちよちと走り寄り「オレ好みのキュートなハニー!」と、さっきまでより1段階高音のだみ声で叫んだ。
「な、なによ!?」フウラがササッと下がって言った。「私はあんたなんか好みじゃないんだから!」
「お前のことじゃない!お前が抱えているハニーのことだ!」だみ声が響く。「ハニーをよこせ!」怪獣はフウラの持つ人形へと手を伸ばした。
「なにするの!?ケキちゃんはダメ!あんたなんかに絶対渡さないんだから!」人形を巡って、フウラと怪獣の引っ張り合いが始まった。
「ふぬー!どうしても渡さないと言うのなら、力づくで奪ってやる!風の衣もハニーもオレのものだ!」だみ声が叫ぶ。
「ケキちゃんは渡さない!風の衣はもらう!」フウラも負けてはいなかった。
 やれやれ、とアディールが手で目を覆っていると「アディール様、キサラギ様、お願いね!」と呼ばれ、天を仰ぎながらフウラの前に立った。「なんだか変なことになっちゃったね。」とアディールが言うと「ええ。私たち悪いことしているみたい。」とキサラギも苦笑いしていた。
「よし、いいだろう。オレの名はプスゴン。ギッタンギッタンにしてやるからちょっと待ってろ!」アディールが身構えると、しかしプスゴンはアディールに背を向けてテーブルを持ち上げ、部屋の隅に持っていった。プスゴンが戻ってきたので、アディールがまた身構えると、プスゴンは、今度は椅子を持って部屋の隅に行き、さっきのテーブルの下に収めた。「もう少し待て!」プスゴンはそう言い、部屋の片づけを続けた。「よし!これで大丈夫だ!」とプスゴンが納得したときには、すでにスイの塔を上ってきたのと同じほどの時間が過ぎていた。部屋の中央は、戦っても差し支えないほどに、きれいに片づけられていた。
「じゃあ、まあ、始めようか。」アディールは、どうにも調子が狂う、とつぶやきながら「援護してもらっていいかな?」とキサラギを見た。
「任せてください。」と言うキサラギは、さっそくリホイミを唱えてアディールを守った。
「お前らなんかどうでもいいんだ!」だみ声が言い、立ちはだかるアディールには目もくれず、フウラが持つ人形に一直線。押し返そうとするアディールをプスゴンはでっぷりとしたお腹ではねのける。
「ダメだ、押さえきれない!」と苦しむアディールにズッシードが飛ぶ。これで押し負けません、とキサラギがスティックを向けたまま言った。
 ズッシードのおかげで、体が地に吸いつくように力が入る。アディールはそこからプスゴンを押し戻した。
「ぐぬぬー!ハニー、今行くから!」というだみ声とは裏腹に、プスゴンは引きずり下げられた。「ぐぐー。オレ様を本気で怒らせたな!」押される一方のプスゴンは激情し、小さなポシェットに入っていたとは思えないほど巨大なイチゴを取り出して、投げ上げた。巨大イチゴの落下点にいたキサラギが、ちょうどそのイチゴを受け止める。
「なにかしら、これは。」そう言うキサラギを見るプスゴンの目がギラリと光った。「バカめ。それはイチゴ爆弾だー!」プスゴンが言い終わらないうちに、キサラギの手の巨大イチゴが爆発した。「きゃあっ!!」キサラギが弾け飛ぶ。そしてドサッと地面に落ちた。キサラギの纏うローブは焼け焦げて、ぶすぶすと煙を上げていた。
「次はお前だ!マジカル☆ポシェットーッ!」プスゴンのポシェットからは、今度は傘が出てきた。またポシェットよりもずっと長い傘。ポシェットの中は亜空間であるのか。プスゴンが傘を開くと、あたりに落雷した。プスゴンは雷を傘で受け止めたが、アディールのほうは防ぎようもなく、落雷の直撃を受ける。「うあー!!」アディールの服も焼け焦げる。感電したアディールは、ドサリと尻餅をついた。
「ぐふふー。手こずらせやがって。トドメだー!」プスゴンは短い手を振り上げた。
「やめて!!」という叫び声。フウラだった。「もう、やめて。これ・・・あげるからやめて・・・。」ぐすぐすと鼻を鳴らした。
 プスゴンが手を下ろして振り向くと、フウラが人形を差し出している。
「ハニー・・・。ハニーもやめろと言うのかい?」プスゴンはフウラに歩き寄って人形を手にした。「そうかい、ハニーが言うんなら仕方ない。」勝手に納得したようにだみ声が言う。
「ごめんね・・・ケキちゃん・・・」ぐすぐすという涙声が小さく響いた。
「わかったよ。オレ様は心が広いんだ。運命のハニーに免じてやるよ。」人形を持ったプスゴンは、窓際へよちよちと寄る。「オレ様たちは今から旅に出る。この部屋も風の衣も、お前たちにくれてやるよ。」プスゴンは、倒れているアディールとキサラギに目をやる。何も言わずにポシェットに手を突っ込み、上薬草を2枚取り出して、床にぽいっと投げて置いた。「あばよ。」だみ声を残して、プスゴンは窓から飛び降りる。いつの間にか、外は真っ暗になっていた。怪獣は、月の綺麗な夜空に消えた。
 武士の情けか怪獣の優しさか、煎じた上薬草を飲んだアディールとキサラギは一命を取り留めた。スウィートルームのクローゼットに、丁寧に保管されていた風の衣を持って3人は塔を降りる。塔の下にはカムシカが待っていて、満身創痍のアディールたちは、ただカムシカの手綱を握るだけだった。七重の塔に傾く満月が美しい夜だった。


 風送りの儀は華やかにとり行われた。風の衣を纏って舞うフウラの姿は、アズランの人々を熱狂させた。風送りを熱望し、清風を渇望したアズランに、カザユラの再来だと言わしめた。
「アズランにこのフウラある限り、育みの風でアズランを守りましょう!」フウラの宣言に、アディールとキサラギも町人同様に喝采した。「まるで人が変わったみたいだね。」と言うアディールに「フウラも成長したんですわ。私たちも助けられたじゃありませんか。」とキサラギが答える。儀式は日が暮れるまで続き、日が暮れる頃にはアズランに清らかな風が流れていた。

 夜、アディールとキサラギは領主の屋敷に呼ばれた。
「このたびは大変感謝する。アズランによい風が吹き始めた。アズランの英雄たちよ、このキーエンブレムを受け取ってくだされ。」タケトラは、緑色の勲章を差し出した。
 しかし、アディールは簡単に受け取ることができない。自分がそれほどの働きをしたとも思えないし、キサラギより受勲にふさわしいとも思えない。
「アディール殿。はじめて会ったときにわしはこう言った。フウラが風乗りになってアズランが救われるのなら、キーエンブレムを差し上げたい、と。そして、事実そのとおりになった。わしに約束を守らせてはもらえまいか。」
「でも、風乗りになったのも魔物を追い払ったのもフウラがやったことです。僕は何も。」
「以前にも言ったとおり、アディール殿には特別なチカラがあると思っておるのだ。わしはフウラに風乗りになってほしいと思っていたが、しかしフウラがそれを望まないのであれば、風乗りのことを諦めていた。わしは風の衣の試練を与えたが、魔物がいると知っていれば、その試練を与えなかったかもしれない。フウラが風乗りにならない可能性だってあった。しかし、風乗りになった。塔の魔物が引き下がらない可能性だってあった。しかし、人形で引き下がった。なぜだと思うかね。それはきっと、見えない何かを掴むチカラ、とでも言うかな、そういうチカラを持っているからだと思うのだよ。」
「はぁ。」アディールは気のない返事をする。
「まあ、深く考えないでくれ。この町は救われたし、わしはアディール殿のことを気に入った。それでよいではないか。もちろんキサラギ殿にも、十分な礼はさせてもらう。」
 そこまで言われてエンブレムを受け取らないわけにもいかない。いや、そもそもこの勲章を求めてやってきたのだから、差し出されて拒む理由もない。アディールは緑色のエンブレムを両手で受け止め、深々と頭を下げた。
「しかし、不思議なのはスイの塔に魔物が棲みついていたことだ。アズランの風がよどんだからだと言うこともできるが、もしかしたらそれだけではないよからぬことが起こっているのかもしれんな。いずれにしても、旅を続けるのならば気をつけられるがよかろう。」


 タケトラの屋敷を出たところで、アディールはキサラギに声をかけられた。
「これからどちらへ行かれますの?」とキサラギが聞くので、列車に乗ってドワチャッカへ、とアディールは答えた。理由は魔瘴を払うため、魔瘴の根源ネルゲルを討つため。それを聞いてキサラギは大きく頷いた。
「大切なお話がありますの。」
「大切な話、というと?」
「生き返しについて、ですわ。」

キサラギ2

挿絵:ライム☆さん



続きを読む

前に戻る


目次
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】


よかったらクリックしてもらえると嬉しいです(^-^)
     ↓


読者登録してね