格闘家の攻撃は苛烈だったが、歴戦を制して来たアディールたちは、その苛烈な格闘術を打ち破り、ラズバーンの体は地に伏した。
「な・・・なんだと・・・?貴様らはいったい・・・。」
「やりましたわ!これで、冥王が出現することはなくなりましたわ!」キサラギの声に「冥王のタマゴがここで失われるわけですからねぇ。」とパルポスも続ける。
トドメを刺そうと、アディールは短剣を振り上げた。狙う位置はラズバーンの心臓であり、冥王のタマゴが納められている、その格闘家の左胸。
しかし、ラズバーンも、ただやられるのを待っているわけではなかった。
「こうなれば、もはや仕方ない!」と叫ぶや否や、地面に向けて拳を叩きつける。と、地面が裂け、神殿自体に亀裂が入る。ガラガラと崩れゆく神殿に足元を揺すられながら「まずい!」とアディールが叫んだ。
「ぐぁははは!貴様たちもここで道連れになるのだ!」ラズバーンが大の字になったまま笑っている。
「ここが崩れれば、私たちも墜落してしまいますわ!」キサラギも叫ぶ。
「でも、あいつまだ生きてるぞ!」
「しかし、ワタクシたちも道連れになるわけにはいきません!」
脱出かトドメか。判断を迷う間に、アディールとラズバーンの間にも亀裂が入り、床ごと分断される。もうトドメは刺せない。しかし、ラズバーンの負った深手を考えると、この墜落から死を逃れることはできないだろう、とアディールは思う。一方で、アディールたちのほうも、ここへ来たのは破邪の小舟の片道切符。戻りの手段などない。崩れゆく神殿から、生還する方法があるわけではない。
アディールたち4人の乗る神殿の破片とラズバーンの乗る破片は、互いに分断されながらも、並行して落下してゆく。向こう側の破片では、ラズバーンがよろよろと這いずり、ひとつの棺の前まで辿り着いているのが見えた。そして、心臓の位置から取り出した闇色の玉を棺の中に入れているのも。
「しまった!」とアディールは思った。道連れ、という言葉は嘘だった。ラズバーンはアディールたちとともに死ぬことなど考えていなかったのだ。冥王のタマゴを守ることだけを考えていたのだ。あのトドメの瞬間、ラズバーンが考えたのが、いかにして自分の体の中にある冥王のタマゴを安全な場所に移すか、ということだったのだ。ラズバーンの「道連れ」という言葉で動揺してトドメを刺し損ね、結局いま、死にゆくラズバーンが冥王のタマゴを保存するところを見ていることしかできないアディールは、自分の犯した失敗の大きさを嘆くしかなかった。
「これじゃ・・・逆だ!僕たちは現代に戻れないけど、冥王のタマゴは現代まで生き残る!ラズバーンが死んでも、それで終わりじゃなかったんだ!運命が変わるとしても、いい方向に変わるわけじゃなかったんだ!」
失意の中、アディールたちの乗る神殿の破片もばらばらと砂のように崩れ去り、キサラギにも、ドドルにも、パルポスにも、もうアディールの手は届かなくなった。ただ、落下し続けるのをお互いに見ているだけしかできない。
そのとき。
目で追えないほど速く空を駆け巡る光がパルポスをドドルをそしてキサラギを掴む。並列して落下しているアディールにもよく見えなかった。しかし、自分もその光に受け止められたときに、その光の正体がエルジュの破邪舟であることがわかった。
「間に合ってよかった!」とエルジュが言った。
レイダメテスに乗り込んだのとは全く違う、広く、乗り心地のよい舟。墜落の心配をする必要もないほど、安定した飛行をする舟。
「アディールたちがレイダメテスに行っている間に、ガミルゴの継承の儀を終わらせてきたんだ。」とエルジュは言った。「とうとうやったんだな!」
三術師の継承の儀式を終えた完全なる破邪舟は、美しく優雅に大空を滑るように進む。やがて、空からは雨粒が落ちてくる。
「見てくれ、アディール。この灼熱のグレンに雨が降るなんて。奇跡って続くものなんだな。」エルジュはそう言って舟を進め、やがてグレン上空へと辿り着く。「見ろよ。国中のみんなが、すごい出迎えだ。みんなが僕たちを認めてくれてるんだ。いや、今はそんなことはもうどうでもいい。みんな、グレンが救われたことを喜んでいるんだ。そして、この恵みの雨のことも。」アディールが舟から乗り出して見下ろすと、人間たちだけではなく、ウェディもエルフも、オーガもドワーフも、そしてプクリポの姿もそこにはあった。「アディール。いつかキミは言ったね。500年後の未来から来たのだと。あのとき僕は信じなかった。だけど、今なら信じられる。キミは本当に・・・み・・・らい・・・から・・・」唐突にエルジュががくりと膝をつく。
「どうしたんだ、エルジュ!?」倒れそうになるエルジュの肩をアディールが慌てて抱く。
「いけませんわ!エルジュの魔力が尽きたのですわ!」
「無理をしすぎたんですねぇ。しかし、このままでは・・・。」
落下する破邪舟を救ったのは、今度はエルジュではなく三術師。フォステイルが、ヤクルが、ガミルゴが、力を合わせてエルジュの破邪舟にチカラを送っている。いがみ合っていた四術師が、はじめて協力し合えた瞬間だった。
フォステイルたちの協力で、ゆっくりと優雅に着陸した破邪舟を人だかりが囲み込み、エルジュをアディールをそして仲間たちを喝采した。人間たちだけではく、他の種族たちも。
倒れたエルジュは宿へと運び込まれ、アディールたちの前には入れ替わるようにシオドーアが姿を現した。
「不思議そうな顔をしているな?それもそうだろう。」とシオドーア。「お前たちがレイダメテスへ行った後、エルジュが私のもとにやってきたのだ。エルジュは、お前を助けるためにガミルゴの儀を受け、破邪舟の術を継承したいと言った。そして、深く頭を下げ、私に生涯の服従を誓ったのだ。」シオドーアはアディールたちの顔を見回して言う。「おや?私ほどの驚きは感じていないようだな。ともに戦ったお前たちとの経験で、エルジュは変わっていったのだろう。お前たちから見れば、エルジュがそのような行動をすることが不思議ではないのかもしれんな。しかし、私は気付いたのだ。そのエルジュの姿を見て、エルジュがそこまで他人のためにへりくだる姿を見て。自分のためだけでなく、他者のためにチカラを使うことの尊さを。それで私もようやく目が覚め、人間だけでなく、種族を越えて危機と戦わねばならぬことを悟った。あのエルジュにそこまでさせたお前たちに、私は賭けることにした。そして、オーガに城を返還することを決めたのだ。」
「グハハ、あんときゃ人間が先手を打って攻めて来たのかと思ったぜ!」と赤目のオーガ、ガミルゴが豪快に笑った。「破邪舟師は伊達じゃないところを見せてもらった。ベルンハルトのやつも、きっと空の上で喜んでいるだろうぜ。」
豪快なガミルゴの次に、可憐なるヤクルが歩いて寄ってきた。ヤクルはぺこりとひとつ礼をして「お別れに来ました。」と言った。「私たちはエルトナ大陸に戻ります。しかし、レイダメテスは沈みましたが、大きな闇が見える気がするのです。」
「実は・・・」アディールは、ラズバーンが最期に冥王のタマゴを後世に残そうとしていたことを伝えようとした。しかし、わざわざ人々を脅えさせるようなことを言う必要もないように思い「いえ」と軽く横に首を振って、代わりにこう言った。「でも、ふたつ目の太陽の脅威がなくなったことは事実です。この時代の危機は去ったんだ。」
「ふふっ。まるで未来を知っているように話すのですね。」ヤクルはにこりと笑って、他のエルフたちとともに、グレンを去っていった。
可憐なヤクルの後に、端整なフォステイルがアディールの前にやってきた。
「ぼくもプクランドに帰ろうと思う。きみたちのことは詩に残して、プクランドでも語り継ごう。何十年、何百年先までも。きみとは不思議な運命を感じるよ。また会おう、アディール。」そう言ってプクリポの予言者フォステイルもまた、アディールたちの前から姿を消した。
翌日。
エルジュの具合が回復したという話を聞いて、アディールたちはエルジュを訪ねた。
エルジュの具合が回復したという話を聞いて、アディールたちはエルジュを訪ねた。
「ありがとう、アディール。あらためてお礼を言わせてくれ。」とエルジュは頭を下げた。はじめて会ったときからは想像もつかない、とても同一人物とは思えないほどに、ほほえましい表情をしている。「僕はこれまで、誇りという言葉の意味を理解していなかったんだ。頭を下げて失われるようなものじゃない。人に笑われて傷つくものでもない。誇りとは、何かを信じ通すチカラなんだ。そう思ってアディールを信じたら、何も怖くなくなったんだ。頭を下げることも、人に笑われることもどうでもよくなった。今まで何を意固地になっていたんだろうと、恥ずかしくもなったよ。」軽く笑って見せてから、エルジュは続けた。「破邪舟の術を途絶えさせないようにしてほしいと言ってたな。今なら信じれる。キミは500年後から来たんだ。そして、500年後でも、破邪舟の術が必要になる何かが起きるんだろう?」エルジュは、その答えを求めているわけではないようだった。「約束するよ。術は子子孫孫まで受け継いで、必ずキミの時代へ届けてみせる。その代わり、そっちも約束してくれ。」アディールが「何を?」と聞くのをエルジュは待たずに「たとえ生きる時代が違っていても、僕たちはずっと友達だ。」と言って手を差し出した。
「当たり前じゃないか。」アディールはガシッとエルジュの手を握った。キサラギもドドルもパルポスも、次々とエルジュと握手をした。
エルジュの部屋を出て駅へと戻りながら「こういう結末だったら、ベルンハルトは納得してくれるんだろうか?」とアディールは自問する。
「もとに時代に戻ったときに運命が変わっていたのなら、きっとベルンハルトも喜んでいるのだと信じましょう。」キサラギの言葉に、アディールたちはみんな頷き、4人は時の車掌ゼーベスが待つ駅から天の箱舟へと乗り込んだ。
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
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