小説ドラクエ10-19章(12) | カインの冒険日記

カインの冒険日記

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 エテーネの村に戻ったリリーネは、幼少の頃から慣れ親しんだ、そしてこの時代にはまだ存在しない幻の豆を老人に手渡した。
 老人はひとつ頷いて「やはりあなたが救世主さまだったようじゃ。」と言った。「アバ様にお見せしてきますじゃ。ここで待っていてくだされ。」
 リリーネからは見えなかったが、儀式の部屋の中からは幼い少女の声がする。
「なんじゃこれは!うまい!」その少女のような声色とは、とても結びつかないような老人のような口調。「これでチカラが湧いたぞえ!こんな儀式はすぐ終わる!」
 儀式はほとんど一瞬で終わったようで「終わったぞえ!」という言葉が聞こえ、そして儀式の部屋が開いた。中から出てきたのは、リリーネがよく知る姿の老婆。長い白髪を頭の両側でそれぞれ結び、その毛先は腰の位置にまで届いている。
「アバ様!」とリリーネが老婆に跳び寄った。
「おや、救世主さまじゃな?わしはエルバ。アバではない。」
 姿形は同じでも、時代が違う。ハツラツ豆のない時代から変わらぬ姿でいられようはずもない。「ごめんなさいっ!」とリリーネは、老いたアバと同じ姿のエルバから跳び退いた。
「皆のもの!」とエルバは両手を広げて儀式の終わりを待ちわびる人々に話しかける。その姿も、リリーネの知るアバそのものだった。「救世主さまのチカラで継承の儀式は終わった。さあ、新たなる巫女を皆で迎えるのじゃ!」
 エルバの後ろから出てきたのは、リリーネよりも幼い少女。しかし、その少女がアバであることは、リリーネには一目瞭然。長い髪を頭の両側で結び、そして腰の位置まで垂らしている。ただし、髪の色は黒かった。幼いアバは、美しい黒髪をなびかせている。
「我が名はアバ。新たなる巫女としてエテーネの民を導く者なり!」アバの口調は幼い頃から同じだった。とても口調と声色が似つかわしいとは言えない。「わしはこのハツラツ豆に救われた!」と豆粒を掲げた。おそらく誰からもその粒は見えていないだろう。
「それはお前が儀式を嫌がって何も食べなかったからじゃが。」とボソリとエルバが口を挟む。「しかし、それもまたカメ様のお告げによってわかっていたこと。救世主さまの助けが必要だったことは疑いのないことじゃ。」
「そういうわけじゃ!」と幼いアバが自信満々に言った。「わしが儀式を嫌がったのはお告げを守ったからなのじゃ!」と責任を転嫁するように。「とにかく!救世主リリーネによって、わしは助けられた。そして、このハツラツ豆がめちゃうまい!」と、急に子供のような口調になる。年齢からすれば、本来はそちらのほうが正しいのだろうが、突然の口調の変化で、人々は驚いたり困惑したり。「このめちゃうまいハツラツ豆をこの村で、皆で育てるのじゃ!」
 不思議な演説ではあったが、村人たちは幼いアバの言葉に喝采を浴びせた。「これでエテーネも守られる!」「カメ様のお告げをまた聞くことができるのね!」「アバ様ばんざい!」
 その声のひとつに、幼い少年のものがあった。
「ハツラツ豆のおかげじゃないんだよ!」
 その声は、村人たちの喝采の声にかき消されてはいたが、リリーネの耳にだけは届いていた。「僕がずーっとチカラを送っていたからアバちゃんは元気になれたんだよ。アバちゃんはきっと僕を好きになっちゃう。今度は渡した手紙をビンに入れて海に捨てられたりしないよね。」
 ナルビアに届いたボトルレター。
 リリオルが拾ったボトルレター。
 そして、リリーネが、このエテーネに戻るきっかけとなったボトルレター。
 その発端となる手紙を書いた本人を目の前にして、リリーネは少年に心の中で感謝した。まさかこんな小さな少年が書いたものだとは思っていなかったが、しかし、この少年がエテーネの村で一番幸せなカップルになろうとしてくれたおかげで、ここまで来れた。また、その気持ちがアバには届かなかったからこそ、ここまで来れた。
 運命の綾、心の機微、世の無情。
 リリーネは思わずにはいられない。今、この時の流れの中で、自由に動けている者がいるのだろうか。未来はすでに運命づけられているのではないだろうか。
 少年はアバに手紙を書き、手紙はビンに詰めて流される。ビンはリリオルに発見され、リリオルはリリーネに手紙の存在を教える。リリーネは手紙をきっかけにエテーネに辿り着き、エテーネではアバが巫女の儀式に苦しんでいた。アバはリリーネが錬金したハツラツ豆に助けられ巫女となり、巫女は歳を重ねて、そしてやがてアディールとリリーネが生まれる。アディールの時渡りのチカラが覚醒し、リリーネは過去に送られる。過去のリリーネはアバを助け、老いたアバはリリーネに助言する。
 いったい、カメ様は何を予言したのだろうか。カメ様にはどこまでわかっているのだろうか。この運命の糸で紡がれた時の流れをカメ様はどこまで知っているのだろうか。
 わからない。わからないけど、私がこの村に戻って来れたのは、この子がアバ様に手紙を書いてくれたおかげ。
 リリーネはその少年に名前を聞いた。
「うん?僕の名前?僕はホーローって言うんだ。」





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目次
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】




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