20章 時渡りの術者
「ホーロー。」
「うむ。来たかアディール。」
グレンの駅を出て、階段を上がったところで、アディールとホーローはまみえた。
ここで待ち合わせをしていたわけではなかったが、運命の線路の交差点はここグレンである、とアディールは信じていた。アディールたちが冥王の心臓のあるランドン山脈に向かうためにも、ホーローが歴史書をひも解いてベルンハルトのことを調べるためにも、ここグレンを経由せざるを得ない。
「しかしアディール。おぬし、見違えったのぅ。グレートかつマーベラスな姿になって、10のキーエンブレムを揃えたおぬしの強さをビンビンに感じるぞい。それに、仲間たちも」と言いながらホーローはキサラギとドドルとパルポスの顔を見回す。「おや?ザーンバルフがおらんようじゃが?」
「ザーンバルフさんは、今は休養中なのです。」パルポスが心苦しそうに言う。「戦いで負傷して・・・」
「そうじゃったか。それは気の毒・・・いや、一時的にそういうこともあろう。しかし、必ず、あやつもおぬしたちのもとへと戻るはずじゃ。」
「運命の線路が交差するから、ですの?」
キサラギの問いにホーローは首を横に振った。
「いや、おぬしたちは、もはやそのような浅い関係ではない。同じ運命の車両に乗っておると言ってもいいじゃろう。線路が交差しようがするまいが、車両の中の者たちには関係のないこと。一時的に途中下車したザーンバルフも、きっとまた同じ車両に乗り込むじゃろうて。」
「あの。」キサラギは続けて問う。「運命とは・・・運命からは誰も逃れられないのでしょうかしら?」
「ふむ?」ホーローは首をかしげる。
「私たちは、運命によって導かれ、運命によって今ここにいますわ。その運命を決めたのは、いったい誰なのでしょうかしら。私たちの意思とは無関係なんですの?私たちの未来は、すでに決められているんですの?誰もそれに抗えないんですの?」
「ほっほぅ。確かに。」ホーローは顎をかいた。「おぬしの言うことが正しいのかもしれん。が、それはわしにはわからん。運命のとおりの結果なのか、運命に逆らったからこその結果なのか、それは誰にも判断できんからじゃ。」ホーローなトンッと杖を鳴らして「キサラギ、おぬしの質問の答えをわしは知らぬが、答えを知る方法はある。」と言う。
「それは!?」キサラギだけではなく、4人ともがその方法を知りたがっている。
「先に、わしの話をさせてもらうぞ。」ホーローの言葉に、4人は肩透かしをされたように、ガクッとなった。
「前におぬしたちと会ってベルンハルトの話を聞いてから、わしはこのグレンの歴史を調べることにした。時は遡り、約500年前のことじゃ。ふたつ目の太陽、レイダメテスを封じようと破邪舟師ベルンハルトは単身乗り込み、そして帰らぬ者となった。この話をしたとき、以前ザーンバルフじゃったか、こう言ったな。ではなぜ今グレンが存在しているのか、と。確かに、ベルンハルトがふたつ目の太陽を封じることに失敗したのなら、世界はすでに焼き尽くされておるはずじゃ。今グレンがあるのはおかしな話。ところが、歴史書を読めば読むほどよくわからなくなっての。というのは、確かにベルンハルトは帰らぬ身となり、ふたつ目の太陽は封じられなかった、と書いてあるのじゃが、その後の歴史書を読むには、ふたつ目の太陽の恐怖は綴られておらんのじゃ。」
「どういうことだい?」アディールが口を挟む。
「ふむ。推察するに、ベルンハルトによってふたつ目の太陽レイダメテスの活動は停止しておったのじゃ。いや、徐々にその能力を失っていた、と考えたほうがよいかもしれんな。しかし、レイダメテスが破壊されたわけではなく、そして帰らぬ身となっておるという理由で、ベルンハルトの勇姿は語られなくなった。そんなところじゃろう。あるいは、それ以外、ベルンハルトのチカラ以外の何らかの手段も講じておったのかもしれんの」
「でも、今、ランドン山脈の頂上にある冥王の心臓は、そのレイダメテスと同じものなんだろう、ホーロー?」とアディール。「500年前と同じ姿で。」
「活動を停止したのなら何故いま存在するのか、ということじゃな?これも推測じゃが、おそらく、ベルンハルトは、自分の身体と引き換えでレイダメテスを封印したのじゃな。壊すことはできなんだが、封じることはできた、というところじゃろう。そして、おぬしたちが会ったベルンハルトが今の時代にいるという事実が、ひとつの可能性を示しておる。にわかには信じられぬが、500年もの間、自らとレイダメテスの時を止めておったのじゃ。そう考えるしかあるまい。そして、それこそが、わしらが求める聖なるチカラ。」
「あ・・・ホーロー・・・でも、実は、ベルンハルトはもう・・・」アディールは言いにくそうに口を開く。
「死んでおる、のじゃな?」
「え?知っていたのか?」
「ふむ。冥王の心臓を取り巻くチカラが極端に弱まったのじゃ。闇の結界を張っている者が死んだのじゃとすぐにわかった。それがベルンハルトだったのじゃろう。」
「じゃあ、だったら、もう冥王の心臓に行くことができるんだね?結界がなくなって、魔瘴が弱まった今なら。」
「ふむ・・・」とホーローは申し訳なさそうな表情。「わしもそう思って試したのじゃ。わしの秘術で、冥王の心臓への道を開こうと、前々から試しておったのじゃが、おぬしたちの活躍で魔瘴のチカラが弱まり、ベルンハルトの結界のチカラも失われ、今が最も冥王の心臓を取り巻く闇のチカラが弱まったと言ってよいじゃろう。しかし・・・」心苦しそうに声を絞り出すホーロー。「すまぬ。わしのチカラがまったく及ばなかったのじゃ。魔瘴が弱まれば、わしのチカラで架け橋が作れると考えておったのじゃが、そんなわしのチカラよりも、あの魔瘴のチカラはずっと大きかったのじゃ・・・すまぬ・・・まさかこれほどまでとは・・・」
「ホーローのチカラが通じない・・・通じるチカラを持っていたベルンハルトが死んだ・・・じゃあ、じゃあ僕たちにはもうあそこに辿り着ける方法がないってことなのかい!?」愕然とするアディールだったが、そんな中ひとつの考えが頭の中に浮かんだ。「そうだ!ベルンハルトの子孫は!?その破邪舟の術を受け継いでいるんじゃないのか!?それに、正式に受け継いでいなかったとしても、僕の時渡りの術みたいに、なにかのきっかけで覚醒することだってあるかもしれない!」
しかし、ホーローはそれにも首を横に振る。
「歴史書には続きがあってな。ベルンハルトのひとり息子だったエルジュは、処刑されていて、それ以外にはベルンハルトの血を引く者がおらんのじゃ。」
そうだった。それを聞いてアディールも思い出した。メギストリスでのベルンハルトとのやりとりを。確かにベルンハルトも、破邪舟の術が途絶えたのだと言っていた。その無念さを激情の形で表してさえいた。
「どうして・・・どうして英雄の子が処刑されないとならないんだ?」
「当時の指導者シオドーアの暗殺未遂、と、歴史書には書かれておる。ベルンハルトの勇姿を人々は認めておらんかったのじゃろう。」
「そんな・・・」アディールはうなだれる。「そうか・・・だからベルンハルトは、人間を見果てたようなことを言っていたんだ。500年の封印が解かれて、レイダメテスとベルンハルトが目覚めたときに、自分の身内たちに向けられた人間の醜い過去を知ってしまったんだ。・・・確かに・・・だとしたら、とても人間を守ってくれなんて頼めない・・・。人間たちを助けるためにひとりで乗り込んだのに、なのにその人間たちに自分の子を処刑されてしまうなんて・・・。」
「人間は裏切るけど、冥王は裏切らないって、ベルンハルトは言ってたぞ。」とドドル。
「わかる気もしますわ。ピュージュもガラトアも、シルバーデビルも、誰も仲間を裏切るようなことはしませんでしたわ。仲間を助けることしかしませんでしたわ。」キサラギも、納得の表情をしている。悔しそうに納得している。
アディールもキサラギもドドルもパルポスも、決して認めたくない部分だった。人間が醜く、冥王が公明であることを。
暗い面持ちのアディールたちに、ホーローがゴホンとひとつ咳払いをした。
「さて、話を戻すが。」ホーローはキサラギのほうを向いた。「運命は決まっているのかと聞いたな。運命は変えられないのか、と。」頷くキサラギを見て続ける。「わしは、それを知る方法があると答えた。」
キサラギだけではなく、アディールたちみんなの喉がゴクリと鳴る。
「それが、時渡りの術じゃ。」
ホーローの言葉の意味が、一瞬にしてその場にいる全員を理解させた。
「運命は決まっているのか。歴史は変えられんのか。その答えを見つけることができるのはおぬしたちだけじゃ。時渡りの術師たちよ。」ホーローは4人の顔をひとりずつ見ながら言う。「今この絶望的な状況を打破できるとすれば、それはすなわち、この歴史そのものを変えてしまう必要があるということじゃ。おぬしたちは、500年前に戻り、状況を見極め、改善せねばならぬ。場合によっては冥王の復活を阻止できるかもしれぬし、場合によっては破邪舟の術を現代まで受け継がせることができるかもしれん。」
運命を変えられたのかどうかを知る方法があるとすれば、それはふたつの運命を経験するということ。アディールはホーローの意図した発言を正しく理解していた。
「わかったよ、ホーロー。でも・・・僕はこの姿では術を使うことができない。いや・・・姿が戻ったって使えるかどうかわからない・・・」
「まずは、わしの術で、おぬしたちをエテーネの村に送ってやろう。その体を取り戻せば、必ずや時渡りの術を使うことができるようになるはずじゃ。」
アディールがこくりと力強く頷く。「わかった。頼む、ホーロー。」
「わかっておるじゃろうな?エテーネには冥王の目が光っておる。冥王の心臓に乗り込むのと、あまり変わらない結果が待っているかもしれぬ。」
「だとしたら、僕たちがそこで冥王を倒す!」
「ふむ。その意気じゃ。しかし無理はするでないぞ?ときには退くことも必要じゃからな。」
そう言って、ホーローは、杖を地面に突き刺した。
「我が秘術。一瞬でまったく別の場所へ移動することができる秘術。とくと見るがよい。これが旅の扉の術じゃ。」
ホーローの言葉とともに、白い光がアディールたちを包む。
「冥王の心臓へは届かなかったが、エテーネの村への架け橋にはなれるじゃろう。」
アディールたちが白い光の中へと消えて行くのを確認して、ホーローは力を抜いて深呼吸した。
「ふう。あとはアバとカメ様がなんとかしてくれるじゃろう。」
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【目次】
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】
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