カインの冒険日記 -164ページ目

カインの冒険日記

ページをめくれば、そこには物語がある。

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7章  港町


 ガートラントからグレンへの列車の中で、アディールはうとうとと眠った。はじめは眠気をこらえていたのだが、ザーンバルフが気にせず寝ろよと言うので、遠慮なく座席にもたれて目をつぶった。
 程なくして「ここにいたか。」という声がしたので、目をこすって眠気まなこで声のほうを見た。寝ぼけているせいか、視界がぼやけている。誰かが近付いてきているのだけがわかった。しかし、その誰かは歩いているわけではない。空中を滑るように浮かんだまま近付いてきている。
 ドクン。
 アディールは得も言われぬ感覚に囚われた。
 ドクン。
 心臓が激しく脈動する。
 ドクン。
 この動き、知っている。「ピュージュの言ったとおりだな。」という声には聞き覚えがある。鋭く研ぎ澄まされた声。アディールは顔を振って眠気を払った。大鎌を持つ、天を突く長い銀髪の男が見えた。「冥王!!」アディールは叫んだ。しかし、金縛りにあっているように体が動かない。見ると、体の周りを黒紫のモヤが包んでいる。魔瘴に縛られている。冥王はフワフワとゆっくりアディールに近寄ってきて「きさまらは危険な存在。」と冷たく言い「生かしてはおけぬ。」と続けた。冥王は凍るような微笑を浮かべながら大鎌をアディールのほうに伸ばす。鎌がアディールの首にかかった。「最後のひとり。これで時渡りも終わり。さらばだ!」「うわー!!」「アディール!」「あー!!」「アディール!」

 肩を揺すられる。「アディール!どうした、アディール!」ふと気付くとザーンバルフが呼びかけているのが見えた。「どうしたんだ、アディール!?」
「あ。え?夢?」首の回りが汗でぐっしょり濡れていた。
「悪い夢でも見ていたのか?」ザーンバルフが言った。見渡してみても、普通の列車の光景。冥王がいるわけでも魔瘴の霧が立ち込めているわけでもない。
「ああ、うん。ちょっとね。時渡りの術のことを思い出した。僕が狙われる理由。」
 アディールが息を整えてそう言ったとき、となりの車両の扉がガラリと開いて、片手に杖を逆の手に弁当をぶらさげた白ひげの老人が現れた。
「おやおや、テリブルな叫び声のようなものが聞こえたんじゃが、おぬしたちじゃったか。」
「ホーロー!あ、いや、賢者様!」アディールは口を押さえながら言い直す。
「ほっほ。よいよい。そういうフレンドリーなのもキライじゃないわい。」とホーロー。
「俺たちはあんたを探していたんだ。」ザーンバルフが言う。
 わしもそうじゃと思っとった、と言うホーローは、アディールたちの話を聞き、ほうほう、と相槌を打っている。
「うむ。わしのほうも少し話をしようかの。おぬしたちにはキーエンブレムを集めるように言ったが、実はエンブレム自体が重要なものではない。各地の魔瘴を払うことが重要なのじゃ。魔瘴を払えば、結果的に各地の長たちはキーエンブレムを授けるじゃろうから、手っ取り早く伝えるためにそう言ったんじゃよ。おっと、少しスローリーに話させてもらうぞ。」ホーローは膝の上で弁当のふたを開けて「ほう、見るからにデリシャスそうじゃのう。」と箸を割りながら話を続けた。「さて、すでに見たというので話がスピーディーじゃわい。ランドン山脈にあった魔瘴の渦、アレは冥王の心臓と言ってな。冥王ネルゲルの居城じゃ。ピュージュといったか、おぬしの見た夢のとおり、その道化もおそらくはネルゲルの手下なのじゃろう。」
「それで、冥王の心臓へ行く方法は?」
「これ、慌てるでないザーンバルフよ。おぬしたちが感じたとおり、冥王の心臓は強い魔瘴により守られていて近付くことさえできん。わしも方法を考えておるのだが、わしの方法とてあの魔瘴を突破することはできん。そこでおぬしたちじゃ。世界を巡って各地の魔瘴を封じ続ければ、やがて冥王の魔瘴も弱まり、わしらもネルゲルのもとへ乗り込める。はずじゃ。」
「はず、か。確証のなさそうな言い方だな。」
「手厳しいのう。そのとおり、確証はない。おぬしらがどこまで魔瘴を封じれるか、わしの魔力がどこまで通じるか、読み切れぬところは多い。おぬしたちには、まだまだ魔瘴封じ、いわばキーエンブレム集めということになるが、それを続けてもらう必要がある。」
 アディールは頷きながら「あの。」と切り出した。
「冥王が僕を狙うのは時渡りの術者だからです。でも、今の僕にはそんなチカラはない。それに、僕たちが生き返しを受けたのがなぜなのかもわからない。チカラのない僕が、なぜ選ばれたのでしょうか。」
「ふむ。生き返リストに選ばれた理由か。おぬしたちを繋ぐミッシングリンクは確かにある。それが時渡りの術じゃ。じゃが、選ばれた、というわけではない。決まっておったのじゃ。そう、カメ様の申し子として生まれた瞬間から。いや、それよりもずっと前から。決まっておったことじゃ。」
「じゃあ俺も」ザーンバルフが興奮気味に立ち上がる。「俺も時渡りの術者なのか!?」
「ふむ。そう考えても差し支えはあるまいな。」
「しかし、俺はエテーネの民ではないと、最初に言ったのはじいさんだぜ!」
「うむ。わしもあれからいろいろと調べたのじゃ。すると、エテーネの民は、時渡りの術を遺すために様々な場所に血を残していたことがわかったのじゃ。もちろん、エテーネの村ではほとんど知られておらぬことじゃ。」
「それって、それってどういう意味ですか!?」今度はアディールが立ち上がる。
「村が滅亡したときに血が途切れることを恐れたのじゃな。何かの理由でエテーネの村が滅びても、それだけでエテーネの血が途絶えるわけではなかったのじゃ。しかし、そのことはエテーネの村では一部の者だけが知るシークレットなことじゃった。知ってしまうと、交流を図ってしまうかもしれんからの。各々が無関係に独立していることに意味があった。一方が滅びても、他方に全く影響を与えずに済むことに意味があったのじゃ。」
「それで僕たちは、エテーネの村が世界で唯一の場所だなんて教えられてきたのか。」
「おそらくな。外の世界を知らずにいれば、交流を図ることもない。苦肉の策であったのかもしれんの。かくしてエテーネの血は他の地へと広がった。しかし、じゃ。ネルゲルめは、そのことさえ突きとめたのじゃ。」
「ええっ!?じゃあ!」
「左様。残念じゃが、エテーネの血を引く他の地も、エテーネ同様、すでにネルゲルに滅ぼされておる。しかし、希望を捨ててはいかん。アディール、おぬしと同じように、生き返しを受けたものがおるはずじゃからじゃ。」
「それが、それが俺ってわけか?」
「そうじゃ。そのはずじゃ。ザーンバルフ、おぬしは時渡りの術者としての記憶を取り戻す必要がある。」
「時渡りの術・・・それが俺たちの繋がり・・・。俺たちが生き返しを受けた理由。」
「そういうことじゃ。納得できたかの?」
「でも」と、今度はアディール。「僕はそのチカラはもう使えない。」
「おそらく、今はウェディの姿だからじゃろう。本来の、人間の姿でなければ術を発動させることができんのじゃろうな。」
「それでも同じことです。僕に術を使うことはできない。」
「いや。方法はある。おぬしの体はあるのじゃ。今でもエテーネに、おぬしの体が保存してある。」
「体が、ある!?僕は死んだんじゃ!?」
「死ぬ寸前にな、体と魂を引き離したんじゃよ。」
「誰がそんなことを!?」
「おぬしもよく知る守護神のカメ様じゃよ。ネルゲルの魔瘴からおぬしを助け、体を保護して魂をウェディの中に隠した。ウェディの中に隠しておけば、ネルゲルに見つからずに済むからじゃ。」
「そう・・・だったのか。生き返しを受けた理由をずっと考えてきた。転生した意味を考えてきた。その意味は、こういうことだったのか。僕は冥王の攻撃から守られ、隠された。それは、僕が冥王を倒すためだ。カメ様は、僕にその時間を与えてくれたんだ。・・・ホーロー。僕はレンダーシアに行く。エテーネに行く必要があるんだ。」
「うむ。よく言った。オーグリード大陸の隣りにレンドアという小さな港町がある。レンダーシアへの入り口じゃ。」
「わかったよ、ホーロー。僕たちはそこに行く。」
「うむ。しかし気をつけるのじゃぞ。今エテーネには、ネルゲルの目が光っておる。やつらは、おぬしが術を使えぬことを知らぬ。その気になれば、おぬしが過去へも未来へも逃げおおせるとでも思っておるのじゃろう。しかしネルゲルは、過去でも未来でもなく、ただ一点、現在のエテーネだけを見張っておる。おぬしが体を取りに行くのを待っておるのじゃ。今の姿は気付かれておらぬが、魂を隠したことには気付いたのじゃろう。油断ならないやつよ。」ホーローは、ふう、とひと息。「おぬしの魂を隠したのは、ネルゲルに見つからぬため。しかし、その利点を活かさずにのこのことエテーネの村に姿を現わせば、せっかく隠れたのがムダになるというわけじゃよ。ネルゲルもそう考えておるから、エテーネを張っておるわけじゃな。できれば、おぬしが十分に強くなり、ネルゲルと正面から戦えるようになるのを待ちたいところじゃ。」
「でも、僕たちはもうピュージュに見られてしまった。」
「だとすれば、急がねばならん。とは言っても、今のおぬしではネルゲルには到底敵わん。見つかれば終わりじゃ。深追いしてはならん。注意深く行動することじゃ。そして、チカラを蓄えつつ魔瘴を取り除くことが、ネルゲルに近付くひとつの道筋だということも忘れるでないぞ。猪突するばかりが戦いではないからの。」

 アディールたちが話に熱中していると、まもなくグレンに到着します、という車内アナウンスが流れてきた。気付かないうちに、時間が過ぎてしまっていたようだった。ホーローが駅弁を買うために下車する、と言うので、アディールもホーローと一緒に降りようとした。グレン王バグドに、ネックレス事件の解決のことを伝えるためだ。ところが、ザーンバルフがこう言う。
「アディール。おまえは先にレンドアに進んでくれ。ホーローの話を聞いたら、あまり悠長なことを言っていられないだろう。グレンのほうは、バグド王に報告するだけだ。ふたりで行くほどのことじゃない、俺だけでも十分だ。大丈夫だ、すぐに追いつく。」
「わかった。確かに、レンダーシアのことを調べるのにも時間がかかるかもしれない。レンドアの情報収集とグレン王への報告を並行してやったほうが早いだろうね。そっちは任せるよ、ザーンバルフ。レンドアでまた会おう。賢者ホーローも、お元気で。」
「なんじゃい。今生の別れのような言い方をするでない。わしにもやることはあるが、おぬしの活躍にも期待しておるぞ。運命の線路が交差するとき、また会おう。」
 プシューと扉が閉まり、列車が走り出す。港町レンドアに向けて。


 レンドアは、孤島の町でありながらレンダーシアの一部でもあり、人間が多く暮らす港町。交易が盛んな拠点でもあるため、アストルティアからの冒険者も多く、オーガやウェディの姿も多く見られた。島の中央を大陸間鉄道が横切っていて、駅を挟んで北側には壺錬金ギルドや道具鍛冶ギルドが賑わう商業地、南側はレンダーシア本土への玄関口、レンドア港となっていた。
 ホーローが言うレンダーシアへの入り口、とは、もちろんこのレンドア港のことを指していたのだが、アディールが来たときには、巨大客船グランドタイタス号は航行することができない状態にあった。船舶管理局によると、従来は定期的にレンダーシア本土との行き来があったようだが、現在は長期点検中のため航行停止の状態にあるという。しかし、長期点検をやむなくされた事情というのが、レンダーシア海域での波の大荒れによる事故で船体が破損してしまったということであり、船の修理点検が完了したからといってすぐに出港できるというものではなかった。波が荒れ出したのが、ちょうどレンダーシア本部が紫の霧に覆われた時期と一致するらしく、紛れもなく冥王の魔瘴の影響だとアディールは直感した。

 ホーローが言ったとおり、確かにレンドアはレンダーシアへの入り口だった。しかし、今レンドアからの船は、魔瘴の影響による波の荒れのせいでレンダーシアには行くことができない。冥王を倒さなければレンダーシアの魔瘴は払えず、レンダーシアに行かなければ冥王に対抗するための体を取り戻すことができない。アディールには無解の難題が突き付けられていた。
 レンダーシアとは世界の中心だという。そして、その世界の中心を治めているのが、グランゼドーラ王国。グランゼドーラの王家は特別な血筋を持っていて、その血筋というのが勇者の血筋であるのだ、というのがもっぱらの噂。井戸端の噂好きたちは、勇者の光がグランゼドーラの王宮から立ち上るのを見たという話を聞いた、だとか、あの光は勇者が産まれたときに発せられたものだと書物で読んだ、だとか、俺は天空に住む竜の神の友達だから知っているがあの光は竜の神が地上に勇者を送り出したときの光なのだ、だとか、際限なく広がり続けるまことしやかな噂話からあまりにも突飛なものまで、ああだこうだと雑談が繰り広げられる。アディールも、かつてはそのレンダーシアで生活していたのだが、エテーネの村では、エテーネの村だけが中心であり唯一でありすべてであると教えられてきたこともあり、グランゼドーラ王国のことも知らなければ、レンダーシアという言葉さえつい最近まで知らなかったのである。
 アディールが座って考え事をしていると、ひとりのオーガの女が船舶管理局の扉から入ってきた。鉄の剣に鉄の大盾、鉄の鎧に鉄兜という装備に身を包んだ戦士風の女は、腰には斧までぶら提げている。アディールが見ていると、女戦士は管理局の局員にピンク色の小ビンを渡し、その礼として茶色の小壺をもらっているようだった。そういえば、さっきアディールが話しかけたときに、局員は誘惑のエキスが欲しい、というようなことを言っていたのを思い出した。あのピンクの小ビンがそれなのかもしれない。局員は「オネエ」という不思議な種族のようだった。見た目は人間と変わらないのだが、話す言葉に少し特徴がある。この世界では、アストルティア公用語という言語があり、種族を越えても会話に困ることはない。レンダーシアの言葉もアストルティア公用語と同じで、アディールで生き返しを受けたときにウェディと自然に会話ができたのも、公用語として同じ言語を使っていたからだった。だから、人間でもウェディでも、エルフでもプクリポでも、個人個人の細かな口癖を除けば、これといって違いは見られない。ところが「オネエ」という種族だけは、ある共通の種族語を使う。アストルティア公用語との共通点は多く、意思の疎通に困ることはないが、特に語尾に大きな特徴が見られ、少し会話をしてみるとオネエ族だとアディールにもすぐに認識できる。
 やがて、女戦士風のオーガ―いや、見た目が人間でもオネエ族だったりするように、オーガに見えるからと言ってオーガだとは限らないのかもしれない。オーガ風の女戦士、というほうが正しいのかもしれない―に見えるオーガ風の女戦士は、小壺を道具袋の中に押し込みながら出口へと向かう。途中、座っているアディールと目が合った。
「おや?アタシとどこかで会ったかい?」女風戦士風のオーガ風人物が話しかけて来る。
「あ、いや。」アディールは頭をかいた。「君もオネエ族なのかなと思ってさ。」
「はあ?アタシがオネエに見えるのかい?」
「いや、オーガに見えるんだけどさ。さっきオネエ族の人と話してたから、そうかもしれないと思ってさ。人間に見えてもオネエだってこともあるみたいだから。」
「そりゃ人間のオネエだからさ。アタシは女だよ。それに見てのとおりオーガだ。オーガにもオネエはいるんだろうけど、アタシは違う。女じゃオネエになれないしね。」
「え?そうなのか?」アディールは戸惑ったような表情。「オネエは人間だけど女じゃないの?じゃあ男なのか?」
「うーん。男・・・ねぇ。本人たちは、男じゃないって言うだろうさ。」
「ますます不思議な種族だ。雌雄同体だったりするのかな。」
「あっはっは!アンタおもしろいこと言うね!」女戦士は吹き出して笑った。
 女戦士はラビーヌと名乗った。主にレンドアとオーグリードを行き来する賞金稼ぎで、基本的にはひとり旅をしているのだと言う。「なんだったらアタシと組むかい?」とラビーヌは言ったが、先を急ぐアディールとしては「ありがたいけど、今はやることがあるんだ。仲間を待ってるんだ。」と誘いを断らざるを得なかった。しかし、急ぐと言っても、ザーンバルフを待たなければならないという事情もある。アディールがバザーのあるレンドア北地区へ行くと言うと、ちょうどラビーヌもバザー品を出品しようとしていたようで、結局はそこまで行動を共にすることになった。「さっきのコレ、ガマの油といって、出品しておけばたまにランプ錬金職人が買ってくれるのさ。あまりいい値じゃないんだけどね。」と、ラビーヌは茶色の小壺を見せた。
「仲間ねぇ。そういえば、昔の仲間がランガーオの旅人でさ。」北地区に向けて駅を縦断しながらラビーヌが話し始める。「装備に無頓着でバザーでの買い物も知らない戦士でね。」
「冒険慣れしてない仲間だったんだね。僕の仲間は武闘家なんだけど、武器鍛冶やらせたらすごくウデがよくてさ。ほら、この銀の短剣だって、よくできてると思わないかい?」ザーンバルフが冶金した短剣を自慢げに見せた。
「へえ、いい仲間だね。アタシの仲間は、最初は一角ウサギに殺されそうになっててさ。薬草と包帯で応急処置をしたものさ。ああ、きれいな包帯の持ち合わせがなくて、腐った死体が落とした包帯だったんだけどね。」ラビーヌは笑いながら言った。「でもね、あっという間に腕を上げてね、鎧の騎士をブッた切ったこともあったね。」ラビーヌは何度も頷いている。「でも、オネエの依頼でベコン渓谷に行ったときに立ち寄ったんだが、もうグレンにはいなかったみたいだけどね。」
「はは。忙しい仲間だったんだね。僕のほうは、確かジュレットの酒場で会ったんだよな。いきなり隣りの席に座ってさ、グレンビールをおごってくれたんだ。それからグレンやガートラントの事件を一緒に解決したんだけど、とても頼れる仲間なんだ。」


 レンドアには2か所のバザーがある。取り扱いの品は同じものであるのだが、それぞれ壺錬金ギルドと道具鍛冶ギルドに併設されていて、職人たちが素材を買ったり作ったものを出品したりするのに便利な立地になっている。レンドアは、南の島ラッカランとともにレンダーシアの一部であるので、レンダーシアバザー運営局の管轄になっている。レンダーシア本土との行き来ができなくなってしまった今、レンドアのバザーは、ラッカランとの提携しかないのだが、しかし、それでも賑わいに翳りは見せていない。依然人々はレンドアを交易の拠点として利用し続けていた。グランドタイタス号が定期出港していたときには、レンドアとレンダーシア本土とのバザー品の交流があった。一方で、本土とラッカランでも交流があったのだが、こちらには直通の船が出ておらず、本土からラッカランに移動するためには、一度レンドアを経由してグランドタイタス号と大陸間鉄道を乗り継がなければならなかった。しかも、レンドアとラッカランは、環状鉄道の直径上の二点に位置するため、他のどの大陸の都市に行くよりも長い距離を移動しなければならない。従来から不便な位置関係にある二島であったが、レンダーシア本土が封印された今となっても移動に支障を来さないのは、ある種の幸運とも言えることであった。

 アディールはバザー品の靴のコーナーを物色した。レーンの村から履き続けてきたサンダルも、そろそろ心許なくなってきている。バザーに行くときには、いつも靴を見てきてはいたのだが、ウェナバザーやオーグリードバザーでは気に入る物がなかったり、気に入ったのにお金が足りなかったりして、なかなか装備を替えられずにいたのだ。何足か見ていると「靴をお探しですか?このマタドールシューズは一品モノですが、通常品とは違ってとても身のこなしが素早くなれますよ。」と店主に勧められたので、それを買った。履いてみると、靴底のグリップがよく効く上に、錬金効果のおかげか、店主の言う通りいつもより素早く動けたので、移動中に高速で逆方向に切り返すという動きにもついてこれそうだった。ラビーヌが「よく似合ってるじゃないか。」と言ったので、アディールは一層気分を良くして「だろ?」と一周回転して見せた。
 ラビーヌと別れた後も、アディールはシューズの底と地面をこすり合わせながら、しきりに感覚を確かめる。タップを踏むにも体が軽い。タップの瞬間にキュキュッと音が鳴る以外は、何の不自由もない良い靴だった。


 ザーンバルフが到着しないまま夜になった。できれば今日中にレンドアを発ちたいところだった。当初はレンドアを拠点に、レンダーシア本土への足がかりを掴もうと考えていたのだが、船が出せないとなると、この町に長居してもあまり意味を見出せない。他の大陸の魔瘴を払う、という目的も忘れてはいけないのだ。アディールは宿で1泊してザーンバルフを待った。夜だから列車が走らない、ということはない。遅い時間になっても、ザーンバルフが到着する可能性はある。そう考えて、宿の女将に事情を説明して、到着したザーンバルフをアディールの部屋に通すように願い出もした。
 翌朝になってもザーンバルフは到着せず、アディールはしかたなくひとりで次の大陸へ向かうことにした。バグド王に報告するだけでこんなに時間がかかるものなのか、と思うと、アディールは少し嫌な想像をしたりもした。また事件に巻き込まれて、今度はザーンバルフが捕えられたりしているのではないか、とも考えた。腕の立つアロルドだって、マリーンに捕えられてしまったということもある。ザーンバルフだからそんなことはない、と断言することもできなかった。しかし、だからといって、レンドアから逆進してグレンに引き返すことはできない。アディールが急いで先に進めるようにザーンバルフは残ったのだ。今アディールがグレンに戻ったのでは、ザーンバルフのそもそもの行動が無意味なものになってしまう。それに、お互い逆方向の列車に乗っていることを知らずに入れ違いになることだってあり得る。ザーンバルフのほうは、アディールが戻ってくることなど考えていないだろうから、レンドアにアディールがいなければ、さらに先に進んでしまうことだろう。そうなると、より合流が難しくなってしまう。先に進んで、ザーンバルフが追いつくのを待つしかない。そう思ったアディールは、宿の女将にまた伝言を託し、駅へと向かった。ザーンバルフが宿に来れば、伝言を聞いて追ってくるはずだ。今はそう信じるしかない。アディールは、仲間を信じて、扉の開いた列車に乗り込んだ。


 レンドアから時計周りに進むと、列車は海を越えてエルトナ大陸へと入っていく。エルトナ大陸はエルフたちが暮らす国。オーグリードよりもずっと気候が穏やかで、雨も多く、緑は映え、そして木々は美しい花を咲かせる豊かな土壌の大地。列車の車窓からは、木々を包んだ白やピンクの花弁が風に吹かれて優雅に舞う光景が見えた。どことなく、ランドン山脈にちらつく冷雪を想起させる花弁たちは、しかし、突風に晒されても、その美しさを失うことなく散ってゆく。とても魔瘴に侵されているとはアディールには思えない美しい大地だった。
 エルトナ大陸に入って最初に停車するのはカミハルムイ駅。しかし、アディールが座席から立ち上がり、列車から降りようとすると、車掌がやってきて、許可証は?と問われた。どうやら、カミハルムイ駅を利用するためには、王による特別な許可が必要なようだった。許可を持たないアディールは、しぶしぶと座席に戻る。列車は、エルトナもうひとつの駅、風の町アズランへと向かった。




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目次
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】


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