カインの冒険日記 -176ページ目

カインの冒険日記

ページをめくれば、そこには物語がある。

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2章  旅立ち


 青い空、白い砂浜。透きとおる海は緩やかに砂浜を濡らし、波は貝殻を置いてまた砂浜を離れる。満ち引きの穏やかな大海。その大海のずっと上空に、アディールたちはいる。アディールと、アディールをアストルティアに導いた光の声は、ふよふよと快晴の空を浮遊している。誰にも、見えも聞こえもしないアディールたちの存在は、浮遊しながら、一方的に地上を眺めている。

「ここはウェナ諸島というところです。」

光の声はアディールに言った。

「ウェナ諸島か・・・きれいなところだな。」

 見たこともない美しい景色に、アディールは目を奪われていた。

「アディール。」光の声が呼び掛けるように言う。「あのウェディの若者が見えますか?」

 アディールは眼下を見下ろし、地上を見渡した。と、砂浜で剣を合わせるふたりの青い人影が見えた。ふたりの体つきは人間と似ていたが、露出の多い服の下からは、人間とはまったく異なる色の肌が見える。海の色を反射させたかのようなシアンブルーの肌。そして、もうひとつ特徴的なのは、顔の両耳の位置にある魚のようなヒレ。背中にもヒレがある。

「あれがウェディ?」

 アディールは、ふたりのウェディを注意深く見つめた。どうやら剣の稽古をしているようだった。ひとりは赤いバンダナを巻いた筋肉質のウェディ。筋肉質でありながら、すらりとして、人間よりずっと背丈がある。そして、その長身よりもさらに長いほどの大剣を握り、もうひとりのウェディと対面している。バンダナの大剣と向かい合っているのは、少し小柄なウェディ。といっても、人間ならばかなりの長身の部類であるし、アディールよりもずっと背が高い。髪はネイビーブルーのミディアムショート。癖がなく、風にサラサラとなびいている。細くて少し釣り上がった目にすっとした鼻筋。端整と言っても差し支えない顔立ちである。ネイビーブルーのウェディは、短剣を構えて、大剣のウェディと睨み合っている。

「あのふたりは、ここレーンの村の期待の若者たちです。」光の声がアディールに語りかける。「ですが、今から不幸な事故が起こり、ひとりの若者が死に至ります。」話の内容にそぐわないほど、耽々とした話しぶりだった。

「なんだって!じゃあ、そのことを伝えないと!」驚いたアディールは、声を荒げた。

「それはできません。私たちの声は、彼らには届きません。私たちの姿も、彼らには見えません。私たちには、ただ見ることしかできないのです。」

「そんな・・・。不幸が起こるとわかっていて、それを止めれないだなんて・・・。」

 アディールは眼下のふたりを見ながら、悔しさを口にする。

 アディールが見ている下で、バンダナのウェディが大剣を力任せに振り下ろす。ネイビーブルーの若者は、短剣でいなすようにその剣撃を弾く。ふたりのウェディの会話が、上空のアディールにも聞こえてきた。

「そんな短剣で、簡単に払いのけてくれるじゃねーか。」と、大剣のウェディ。

「簡単じゃないさ。手が痺れているよ。」と言いながら、今度はネイビーブルーのウェディが間合いを詰めて一気に踏み込み、素早く短剣を振るう。大剣のウェディがそれを軽やかな足取りでかわす。

「君こそ、そんな大剣を持って、身のこなしが軽いじゃないか。」

「おめーにゃ負けられねーからな。」バンダナのウェディは距離をとり、大剣を構えなおす。「シェルナーにふさわしいのはオレだ。」

「僕だって負けるつもりはない。」と言うネイビーブルーのウェディも短剣を構えてにじり寄る。お互いの間合いを測る。大剣と短剣。全く異なる射程距離を持つふたりは、しかしどちらの射程にも入らない場所でにらみ合っている。いくら大剣が長いとはいえ、ひと太刀をかわされて懐に入られれば、たちまちにして短剣に形勢逆転されてしまう。大剣も短剣も、得意な距離感を測ろうと、半歩ずつ近づいては離れる。

「あの大剣のウェディ。名をヒューザと言います。」

 これは上空の会話。地上のウェディを見ていたアディールに、光の声が話しかける。

「そして、小柄なほうのウェディの名・・・」

 そこから先、アディールはスローモーションの世界に飛び込んだような錯覚を覚えた。一瞬のうちに、めくるめく状況の変化が訪れた。

 まずアディールは、ふたりの若者に駆け寄って行く中年のウェディの姿に気付いた。

「コラー!なにをやっているんだ!お前たちはシェル・・・」中年のどなり声が聞こえる。

 中年のどなり声に、短剣の若者がわずかに反応したように見えた。そして、そのわずかな反応の間に、ヒューザが剣撃のモーションに入ってしまっていた。ヒューザが、ネイビーブルーの若者のわずかな隙を突いたわけではない。そうではなく、ヒューザが大剣を振り上げた後に、ネイビーブルーのウェディがどなり声に意識を向けてしまったのだ。

「バッ、バカっ!よそ見するなっ!!」ヒューザは大声で叫び、振り下ろしている大剣を止めようと力を入れる。しかし、自分よりも大きな剣を咄嗟には止めることはできなかった。

「危ない!」上空のアディールは声を上げた。もちろん、声は誰にも聞こえない。その代わりに「・・・彼の名もアディール。」と光の声が言うのが聞こえた。

「え?・・・アディール?」アディールはぎょっとして、ネイビーブルーのウェディを凝視した。

 アディールという名のウェディは、もう剣を避けられない。振り下ろされた大剣が額を打ち、ネイビーブルーの髪が振り乱れるのが、アディールの目にコマ送りのように映る。短剣のウェディは、のけ反りながら後ろに倒れる。大きく見開かれた目。生気を失ってしまった青い瞳。その青い瞳が上空のアディールの視線と交差する。

 一瞬の交差であったが、アディールには時が止まったかのように長い時間に感じられた。青い目と黒い目が引き合うような錯覚。アディールは、ウェディのその青い瞳に吸い込まれるような感覚にとらわれた。

 なんだ・・・?なんだ今の感覚は?まるで、自分の体が小さくなってあのウェディの目から体内に入り込んだような、不思議な感覚。

 と。時が動き出し、コマ送りが解除され、スローモーションが解けた。ヒューザと中年ウェディがネイビーブルーの若者に駆け寄るのが見えた。不思議な感覚に身を強張らせ、アディールはただただ地上の様子を見つめる。

「あのウェディと同調したようですね。」と、光の声。

 そして、地上では「なんてことを・・・」と中年ウェディの弱々しい声。「ヒューザ。おまえとこいつは大切なシェルナー候補だったんだぞ。アーシクとキールの結婚を取り持つ大切な役目を持ってたんだぞ。」

「わかってるよ・・。だから、オレたちはシェルナーとして恥ずかしくないだけの腕を磨こうとしてて・・・」ヒューザの声も弱々しかった。

「もういい。おまえは家に帰って休め。今から葬儀の準備をする。」



 小舟に乗せられたウェディの若者が皆に見送られている。

「もうわかっていますね、アディール?」

 これは上空の会話。魂となったアディールと光の声との会話。

「わかったよ。オレ、あのウェディに転生するんだな。」

「ええ。あなたは彼、彼はあなたです。」

 アディールは小舟の上のウェディにフワフワと近付く。

「ではお行きなさい。ウェディとして生きて、使命を見つけるのです。」

 フワフワとしたアディールの光が小舟のウェディの胸に吸い込まれる。



 小舟の上でアディールは目を開いた。そして、両手を見て開いては閉じる。シアンブルーの手。これがオレの手・・・。オレの体・・・。体を起して、自分の両耳を触る。ヒレだ・・・。ホントにウェディになったんだな。小舟の中で立ち上がり、浜のほうを見ると、葬儀に参列していたウェディたちは呆然としている。そりゃそうだよな。オレは死んだはずなんだからな。

 アディールは小舟から降りた。足をつくと、膝下までの波が緩やかに押し寄せる。

「おい・・・、アディール・・・?」

「生きていたのか?」

「てっきり死んでしまったものかと・・・。」

「なんだ。勘違いだったのか。」

「いや、何にしてもよかったじゃないか。アディールはこうして生きている。葬儀も中止だ。シェルナー選びを再開しよう。」と、中年のウェディ。中年ウェディがこの村の村長であることが、アディールには今わかった。

「アディール。」と、バンダナのヒューザが歩み寄る。「バカ野郎。危うく、オレがウェディ殺しになるところだったじゃねーか。」口調はぶっきらぼうだが、本当は心配していたことがすぐにわかる。

「オレだって死ぬかと思ったんだぞ。」

 アディールは、とりあえずそう口にしておいた。しかし、そのアディールの言葉に、ヒューザが首をかしげる。

「オレ・・・?」

「あ、いや、僕だって死にそうだったんだ。」

 慌てて言葉を訂正した。オレじゃなくて僕。僕はもうウェディのアディールだ。言葉遣いに気をつけないと。

 ヒューザは尚も不思議な顔をする。「アディール、おまえ目の色が黒くなってるぞ。」

「えっ?」

 そうか。転生しても、目の色はもとの人間のときのものなのか。でも、さすがに目の色までは変えられない。「そ、そうかな?もとからこんな色だったと思うけど。」

「ふーん。ま、細かいことはどうでもいいや。オレの興味はシェルナーだけだからな。」

 ぶっきらぼうなヒューザはそう言って場を立ち去った。


挿絵:ライム☆さん



 ヒューザが去った後、今度は細身の華奢なウェディが近付いてくる。

「アディール。心配したよ。キミは村を出てご両親を探したいって言ってたから、この村で死んでしまうのはあんまりだって思ってた。」

「えっと・・」

「頭を打って忘れてしまったのかい?ボクはアーシク。キミとヒューザは、ボクのシェルナーになってくれようとしてたんじゃないか。」

「そう・・だったね。」忘れたわけではない。知らないのだ。アディールはとりあえず話を合わせるように相槌を打つ。

「キミも知っていると思うけど、この村では、花婿は花嫁に貝殻を渡すしきたりになっている。ボクは、キミにその貝殻の仲介をしてもらいたいんだ。」

 アディールは少し驚いた表情をする。それを決めるためにヒューザと訓練をしていたのではなかったのか?

「ヒューザは確かに強くて頼りになる。信頼できる。でも、なんというか、その、花嫁のキールにもぶっきらぼうに接するんじゃないかと心配なんだ。」

 ふんふん。なるほど、と納得するアディール。

「ボクは花婿として、大きくて綺麗な貝殻をキールに渡したいんだ。協力してくれるかい?」



 アディールとアーシクは、貝殻を求めて砂浜を歩いている。

「これなんてどうだろう?いや、もっと大きな貝殻がいいな。」

 アーシクは手にした貝殻を浜に戻す。

「これは大きいけど、もっと形のいい貝殻があるはずだ。」

 貝殻を拾っては戻し、また拾ってはまた戻し、気が付くと、入り組んだ岬に入り込んでいた。

「アディール、見ておくれよ。この貝殻、大きくて白くて素敵な形だ。いいと思わないかい?」

 確かに大きく白い貝殻だった。しかし、アディールには貝殻が発するわずかな気配が気になった。

 アディールとアーシクがその貝殻に目を向けていると、突然「こんなところまで来ていたのか。」と、後ろから老人の声が聞こえた。

「バルチャ爺!」アーシクは驚き、咄嗟に貝殻を後ろ手に隠した。

「わかっているとは思うが」老ウェディがゆっくりと話し始める。「ここは慰霊の浜。昔、若いウェディ同士が恋に落ち、花婿が貝殻を送った。花嫁は身を清めるために浜から海へと入った。ところが花嫁は海の中に消え、帰っては来なかった。最愛の者を失った花婿もまた、海に身を沈めた。それから災いが村を襲い、ふたりの魂のせいだと恐れられた。じゃから、それを沈めるために慰霊碑を建てた。それが、これじゃ。」と、バルチャ老が岬の先の慰霊碑を指差す。「ここの貝殻は決して取ってはならん。よいな?」そう言って老人はふたりに背を向け、岬を立ち去った。

 バルチャ老が立ち去ったのを確認してからアーシクが耳打ちをする。「あの、アディール・・・このことはみんなには黙っていてくれないだろうか。」

「いいのか?」

「だって、こんなに綺麗な貝殻なんだ!きっとキールだって喜んでくれるよ!」

 少し不穏なものを感じはするものの、まだ状況が飲み込めずにいるアディールには、それを辞めさせることもできなかった。



 翌朝。

「ヒューザ。アディール。シェルナーの試験を受けてもらうぞ。」と、中年の村長。「その試験内容だが・・・」村長は、ポケットからふたつの空の小ビンを出した。「村の北に地底の湖がある。おまえたちは、アーシクのために、あるものをこの小ビンに詰めて来るんだ。」

「で、あるもの、ってなんなんだ、村長?」ヒューザの質問は、至極当然のものだった。

 しかし、村長の答えは、少し意外なもの。

「それはおまえたちが考えるんだ。アーシクのためになると思うものを取って来い。もちろん、早いほうの勝ちだ。」

 ヒューザとアディールは同時に地底湖へと出発し、そして戻ってきたのもほぼ同時だった。

「ふたりとも早かったな。」村長は感心した素振りを見せる。「では、小ビンを見せてもらおう。まずはヒューザ。」

 ヒューザの小ビンには、砂が詰まっていた。

「これは地底湖の貝殻が風化してできた砂だ。花婿にはピッタリだろう?」

「うむ。見事。ではアディール。」

 アディールの小ビンには少しの水が入っていた。

「地底湖の水です。鍾乳石から滴る雫だったので、あまりたくさんは取れませんでした。鍾乳石の下の石には穴が開いていて、石をも通す強い心を持ったアーシクにふさわしいと思って持ち帰りました。」

「うむう。こちらも見事だ。」

 村長はふたりを交互に見た。

「これはわしには決められん。アーシクの貝殻に聞いてみることにしよう。」



 村長の家に呼び出されたアーシクは貝殻を指し出す。そこにヒューザが小ビンの砂をかける。貝殻が弾いた砂は、キラキラと美しかった。

 アディールが小ビンの水をかけると、貝殻が潤いを取り戻し、美しく光る。

「うむ。ヒューザの砂も美しいが、これはアーシクのために取り行われた試験。アーシクの貝殻を引き立てられる地底湖の水のほうを勝ちとしよう。」

「チッ。」ヒューザは悔しそうに舌打ちをした。「しょうがねぇ。お前の勝ちだ、アディール。」

「今回はアディールの勝ちだったが、ふたりとも見事だった。さて、アディール。シェルナーの仕事を伝えるぞ。花嫁のキールは、ジュレットの町長の娘だ。今はここより北西の祈りの宿まで来ている。おまえの役目は、アーシクの貝殻を花嫁に届け、花嫁をこの村まで連れてくることだ。」



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目次
序章:誕生【1】【2】
1章:エテーネの民【1】【2】
2章:旅立ち【1】【2】
3章:ランガーオの戦士【1】【2】【3】
4章:ジュレット【1】【2】
5章:グロリスの雫【1】【2】
6章:赤のエンブレム【1】【2】【3】
7章:港町【1】
8章:嘆きの妖剣士【1】【2】
9章:風の町アズラン【1】【2】
10章:世界樹の約束【1】
11章:ガラクタの城【1】【2】
12章:五人目の男【1】
13章:団長の策謀【1】【2】【3】【4】
14章:娯楽の島【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】
15章:三つの願い【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
16章:太陽の石【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
17章:白き者【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
18章:恵みの歌【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
19章:錬金術師【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
20章:時渡りの術者【1】【2】【3】【4】
21章:ふたつ目の太陽【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】
22章:冥府【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】【12】【13】
終章:レンダーシアヘ【1】【2】



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