『源氏物語』第1帖【桐壺】~第1章~
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。
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【桐壺1-① 】
【桐壺1-② 】
【桐壺1-③ 】長期記憶
【桐壺2-① 】
【桐壺2-② 】
【桐壺2-③ 】品詞の理解
【桐壺3-① 】
【桐壺3-② 】
【桐壺3-③ 】イメージ単語
【桐壺4-① 】
【桐壺4-② 】
【桐壺4-③ 】文法も丸暗記
【桐壺5-① 】
【桐壺5-② 】
【桐壺5-③ 】陳述の副詞
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上達部、上人なども、あいなく目を側めつつ、「いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。
父の大納言は亡くなりて、母北の方なむいにしへの人のよしあるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなしたまひけれど、とりたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。
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【桐壺6-① 】
【桐壺6-② 】
【桐壺6-③ 】古語の読み
【桐壺7-① 】
【桐壺7-② 】
【桐壺7-③ 】確述用法
【桐壺8-① 】
【桐壺8-② 】
【桐壺8-③ 】イメージで覚える
【桐壺9-① 】
【桐壺9-② 】
【桐壺9-③ 】少ない時こそ
【桐壺10-① 】
【桐壺10-② 】
【桐壺10-③ 】北の方
【桐壺11-① 】
【桐壺11-② 】
【桐壺11-③ 】助詞
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先の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ。いつしかと心もとながらせたまひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌なり。
一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲の君と、世にもてかしづききこゆれど、この御にほひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物に思ほしかしづきたまふこと限りなし。
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【桐壺12-① 】
【桐壺12-② 】
【桐壺12-③ 】仏教用語
【桐壺13-① 】
【桐壺13-② 】
【桐壺13-③ 】文脈判断
【桐壺14-① 】
【桐壺14-② 】
【桐壺14-③ 】丸暗記単語
【桐壺15-① 】
【桐壺15-② 】
【桐壺15-③ 】べし①
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初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなくまつはさせたまふあまりに、さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、まづ参う上らせたまふ。ある時には大殿籠もり過ぐして、やがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれたまひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、「坊にも、ようせずは、この御子の居たまふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。人より先に参りたまひて、やむごとなき御思ひなべてならず、皇女たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう心苦しう思ひきこえさせたまひける。
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【桐壺16-① 】
【桐壺16-② 】
【桐壺16-③ 】べし②
【桐壺17-① 】
【桐壺17-② 】
【桐壺17-③ 】「遊び」
【桐壺18-① 】
【桐壺18-② 】
【桐壺18-③ 】文脈判断
【桐壺19-① 】
【桐壺19-② 】
【桐壺19-③ 】「なめり」
【桐壺20-① 】
【桐壺20-② 】
【桐壺20-③ 】已然形+ば
【桐壺21-① 】
【桐壺21-② 】
【桐壺21-③ 】「きこゆ」
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かしこき御蔭をば頼みきこえながら、落としめ疵を求めたまふ人は多く、わが身はか弱くものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ。御局は桐壺なり。あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くしたまふも、げにことわりと見えたり。参う上りたまふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなきこともあり。またある時には、え避らぬ馬道の戸を鎖しこめ、こなたかなた心を合はせて、はしたなめわづらはせたまふ時も多かり。事にふれて数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿にもとよりさぶらひたまふ更衣の曹司を他に移させたまひて、上局に賜はす。その恨みましてやらむ方なし。
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【桐壺22-① 】
【桐壺22-② 】
【桐壺22-③ 】「なかなか」
【桐壺23-① 】
【桐壺23-② 】
【桐壺23-③ 】「ことわり」
【桐壺24-① 】
【桐壺24-② 】
【桐壺24-③ 】訳し分け
【桐壺25-① 】
【桐壺25-② 】
【桐壺25-③ 】マイナスイメージ
【桐壺26-① 】
【桐壺26-② 】
【桐壺26-③ 】文脈判断
【桐壺27-① 】
【桐壺27-② 】
【桐壺27-③ 】古語の読み
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この御子三つになりたまふ年、御袴着のこと一の宮のたてまつりしに劣らず、内蔵寮、納殿の物を尽くして、いみじうせさせたまふ。それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよすげもておはする御容貌心ばへありがたくめづらしきまで見えたまふを、え嫉みあへたまはず。ものの心知りたまふ人は、「かかる人も世に出でおはするものなりけり」と、あさましきまで目をおどろかしたまふ。
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【桐壺28-① 】
【桐壺28-② 】
【桐壺28-③ 】語源に絡めて
【桐壺29-① 】
【桐壺29-② 】
【桐壺29-③ 】「~あへず」
【桐壺30-① 】
【桐壺30-② 】
【桐壺30-③ 】指示語
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その年の夏、御息所、はかなき心地にわづらひて、まかでなむとしたまふを、暇さらに許させたまはず。年ごろ、常の篤しさになりたまへれば、御目馴れて、「なほしばしこころみよ」とのみのたまはするに、日々に重りたまひて、ただ五六日のほどにいと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつりたまふ。かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかひして、御子をば留めたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ。
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【桐壺31-① 】
【桐壺31-② 】
【桐壺31-③ 】「御息所」
【桐壺32-① 】
【桐壺32-② 】
【桐壺32-③ 】最高敬語
【桐壺33-① 】
【桐壺33-② 】
【桐壺33-③ 】「奏す」「啓す」
【桐壺34-① 】
【桐壺34-② 】
【桐壺34-③ 】「もこそ」
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限りあれば、さのみもえ留めさせたまはず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、言ふ方なく思ほさる。いとにほひやかにうつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれとものを思ひしみながら、言に出でても聞こえやらず、あるかなきかに消え入りつつものしたまふを御覧ずるに、来し方行く末思し召されず、よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど、御いらへもえ聞こえたまはず、まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、我かの気色にて臥したれば、いかさまにと思し召しまどはる。輦車の宣旨などのたまはせても、また入らせたまひて、さらにえ許させたまはず。
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【桐壺35-① 】
【桐壺35-② 】
【桐壺35-③ 】「だに」
【桐壺36-① 】
【桐壺36-② 】
【桐壺36-③ 】敬語で判別
【桐壺37-① 】
【桐壺37-② 】
【桐壺37-③ 】最高敬語
【桐壺38-① 】
【桐壺38-② 】
【桐壺38-③ 】「思し召し~」
【桐壺39-① 】
【桐壺39-② 】
【桐壺39-③ 】陳述表現
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「限りあらむ道にも、後れ先立たじと、契らせたまひけるを。さりとも、うち捨てては、え行きやらじ」
とのたまはするを、女もいといみじと、見たてまつりて、
「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり いとかく思ひたまへましかば」
と、息も絶えつつ、聞こえまほしげなることはありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむと思し召すに、「今日始むべき祈りども、さるべき人びとうけたまはれる、今宵より」と、聞こえ急がせば、わりなく思ほしながらまかでさせたまふ。
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【桐壺40-① 】
【桐壺40-② 】
【桐壺40-③ 】「む」と「じ」
【桐壺41-① 】
【桐壺41-② 】
【桐壺41-③ 】掛詞
【桐壺42-① 】
【桐壺42-② 】
【桐壺42-③ 】助動詞「む」
【桐壺43-① 】
【桐壺43-② 】
【桐壺43-③ 】「させたまふ」
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御胸つとふたがりて、つゆまどろまれず、明かしかねさせたまふ。御使の行き交ふほどもなきに、なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを、「夜半うち過ぐるほどになむ、絶えはてたまひぬる」とて泣き騒げば、御使もいとあへなくて帰り参りぬ。聞こし召す御心まどひ、何ごとも思し召しわかれず、籠もりおはします。
御子は、かくてもいと御覧ぜまほしけれど、かかるほどにさぶらひたまふ、例なきことなれば、まかでたまひなむとす。何事かあらむとも思したらず、さぶらふ人びとの泣きまどひ、主上も御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを、よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれに言ふかひなし。
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【桐壺44-① 】
【桐壺44-② 】
【桐壺44-③ 】接続助詞「て」
【桐壺45-① 】
【桐壺45-② 】
【桐壺45-③ 】「いぶせし」
【桐壺46-① 】
【桐壺46-② 】
【桐壺46-③ 】完了「ぬ」
【桐壺47-① 】
【桐壺47-② 】
【桐壺47-③ 】最高敬語
【桐壺48-① 】
【桐壺48-② 】
【桐壺48-③ 】「なむ」の識別
【桐壺49-① 】
【桐壺49-② 】
【桐壺49-③ 】「あやし」
【桐壺50-① 】
【桐壺50-② 】
【桐壺50-③ 】「よろし」
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限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、母北の方、同じ煙にのぼりなむと、泣きこがれたまひて、御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて、愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるに、おはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。「むなしき御骸を見る見る、なほおはするものと思ふが、いとかひなければ、灰になりたまはむを見たてまつりて、今は亡き人と、ひたぶるに思ひなりなむ」と、さかしうのたまひつれど、車よりも落ちぬべうまろびたまへば、さは思ひつかしと、人びともてわづらひきこゆ。
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【桐壺51-① 】
【桐壺51-② 】
【桐壺51-③ 】「たてまつる」
【桐壺52-① 】
【桐壺52-② 】
【桐壺52-③ 】「おはし~」
【桐壺53-① 】
【桐壺53-② 】
【桐壺53-③ 】尊敬と謙譲
【桐壺54-① 】
【桐壺54-② 】
【桐壺54-③ 】「思ひつかし」
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内裏より御使あり。三位の位贈りたまふよし、勅使来てその宣命読むなむ、悲しきことなりける。女御とだに言はせずなりぬるが、あかず口惜しう思さるれば、いま一階の位をだにと、贈らせたまふなりけり。これにつけても憎みたまふ人びと多かり。もの思ひ知りたまふは、様、容貌などのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく、憎みがたかりしことなど、今ぞ思し出づる。さま悪しき御もてなしゆゑこそ、すげなう嫉みたまひしか、人柄のあはれに情けありし御心を、主上の女房なども恋ひしのびあへり。なくてぞとは、かかる折にやと見えたり。
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【桐壺55-① 】
【桐壺55-② 】
【桐壺55-③ 】「なむ」の識別
【桐壺56-① 】
【桐壺56-② 】
【桐壺56-③ 】「だに」の訳出
【桐壺57-① 】
【桐壺57-② 】
【桐壺57-③ 】プラスイメージ
【桐壺58-① 】
【桐壺58-② 】
【桐壺58-③ 】こそ~已然形、
【桐壺59-① 】
【桐壺59-② 】
【桐壺59-③ 】「き」と「けり」
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※原文は、渋谷栄一先生の「源氏物語の世界」 に拠りました。