セカンドビギナーのゆるラン日記

40代はそれなりに記録をめざし、ウルトラマラソンをめざし、走っていました。しかし還暦近くなると、体のあちこちが痛くなり無理が効きません。そこで走る目標を変えて、ゆるゆると走ることにしました。そんなゆるランの様子を書いていきます。   by Ogaman(おがまん)


テーマ:

 昨年の北海道マラソンのテーマソングは加賀谷はつみさんの「君がいる」でした。


http://www.youtube.com/watch?v=xJ_smHGUP8I&feature=player_embedded


 北海道マラソンが近づくと、UHB(北海道文化放送)では北海道マラソンのCMが頻繁に流れるようになりましたが、そのバックにサビの部分が流れていました。とても透き通った歌声が印象深く、私はだんだんその曲に惹かれていきました。


♪ ねぇ待ってて光るゴールゲイトで そう絶対にたどり着いてみせる


 この2番サビの部分が特に印象的でした。あとこんな素敵な歌詞もあります。


♪ どんなに遠くたって 遅くたって前を向いて

あの大きな風のようにほら駆けよう 自分らしいスピードで


 聴けば聴くほどこの曲の虜になってしまいました。


 昨年2月から全国47都道府県を巡る路上ライブを行い、半年あまりかけて北海道マラソン2日前に札幌でゴールをしたはつみさんは、北海道マラソンのスタートも観戦されたようです。昨年の北海道マラソンに出場した皆さんは、スタート会場の中島公園内で流されていた「君がいる」を耳にした方も多いのではないでしょうか。


 その加賀谷はつみさん、この「君がいる」がメジャーデビュー曲となり、iTunesなどで配信もされています。


君がいる - Single /作者不明
¥250
iTunes

※モバイル非対応


 もちろん、私はすぐに購入しました。何度も何度も、もうすり切れるほど聴きました(レコードじゃないんだから)。


 この「君がいる」はすっかり私のパワーソングになりました。レースの途中で心が折れそうになったとき、この曲が頭の中に響き始めます。そうするとゴールに向かう強い心が蘇ってきます。昨年の神戸マラソンでたったの5秒ですが4時間を切れたというのも、「君がいる」効果です。


 この「君がいる」、どうやら大泉洋さんもワンマンショーの中で歌っていたということで話題にもなりました。大泉洋さんのファンの間でも注目されているようですね。


 その後もテレビ、ラジオ出演やストリートライブなどで活躍しているはつみさんですが、7月18日には渋谷でワンマンライブが決定しました。そのワンマンライブに向けて、渋谷を中心にストリートなどで歌いながらチケットも販売しています。


★7月18日(水)★

加賀谷はつみ 初 ワンマンLIVE☆

Girls wetty? Mens wetty?? チッ!チッ!チッ!今夜は、はつみウェッティ~☆Vol.2

【路上・ひとりフェスからの↑↑wwwフェス☆ゆかいな仲間たちと、みんなで一緒に、〔とんだhappy野郎〕になろうぜぃ♪】

会場:渋谷www

Open/18:30 Start/ 19:00

チケット前売り/¥3000 当日/¥3500 手売り/¥2500


 北海道、しかも留萌のような田舎にいると、なかなか生のはつみさんに触れる機会はありませんが、TwitterやFacebookで追っかけて動向に注目しています。北海道に来るようなことがあったら駆けつけなきゃなりませんから。


 そんな私と同様にはつみさんを応援しているランナーであるみっしーさんと、Twitterでつながりができました。みっしーさんも神戸マラソンはギリギリサブフォーで、この「君がいる」に力をもらいながらゴールに駆け込んだそうです。


 あのとき、すぐ近くで同じ思いを抱きながら走っていたランナーがいた。素敵なつながりができました。


 そのみっしーさんが昨日、はつみさんのライブを見てきたそうで、このような写真を送ってくれました。


Road to SAROMAN BLUE-はつみさんと色紙


 はつみさんが手にしている色紙を見てぶったまげました。なんと私のために書いてくれた色紙じゃないですか!!!


 みっしーさんがはつみさんのストリートライブを聴きに行くとつぶやいていたのに対し、「いいなぁ、北海道からはなかなか行けないから・・・」と反応した私のために、こんな企画を考えてくれたようです。


 これはもう、バンクーバーマラソンに向けて大きな力になります。足と腰の痛みがあり、バンクーバーマラソンはカメラを持ってファンランしようかという気持ちも強くなっていましたが、こうして応援されるとそんなわけにはいきませんね。今回はサブフォーはきついかもしれませんが、全力で今の自分のすべてを出し切れるように頑張ってきます。


 みっしーさんからは、はつみさんからの伝言も届きました。


 「7月18日のライブの時に現物を渡したい」


 ・・・・・・・・・。


 思わずカレンダーとにらめっこしました。


 みっしーさん、「マラソンのためにバンクーバーまで行っちゃう人だから、東京まで来てくれるかもしれないよ」と話したそうで・・・。いや、こうして応援してもらったからには、私も期待に応えたいですよ、ホント。


 しかし・・・奥さんの了解を得るというのは、かなり高いハードルですからね・・・。飛行機はマイルを利用すればタダだけど、休みを取れるかな・・・。今回のバンクーバー遠征で休暇を3日もとりますからね・・・。


 でも、Ogamanの殿堂入り間違いなしのこの色紙をいただきに行きたいし・・・。もちろん、このはつみさんが色紙を持っている写真だけでも殿堂入り決定ですが。


 ちょっと奥さんの説得方法を考えたいと思います。


 皆さんの中でも、興味のある方がいらっしゃれば、ぜひ7月18日のワンマンライブ、聴きに行ってみませんか?詳細は加賀谷はつみオフィシャルサイト をどうぞ。


 ということで、まずこの写真をOgamanの殿堂に入れたいと思います。


殿堂No.12 加賀谷はつみさんからの応援色紙(の写真)


Ogamanの殿堂


NO.1 北海道マラソン初完走シューズ

NO.2 初トロフィー

NO.3 遠征初優勝の盾

NO.4 NO.71さんのサロマ応援団扇

NO.5 OLランナーさんからの応援FAX

NO.6 サイン色紙

NO.7 日本縦断駅伝 TEAM HORIZON色紙

NO.8 日の丸入りウェア

NO.9 びえいヘルシーマラソン入賞メダル

NO.10 初ハーフの写真

NO.11 北海道マラソンの写真と完走メダル、えるむ

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 マラソン大会では、大会最中の写真を撮って販売するサービスがよくあります。中でも特によく見かけるのはフォトクリエイトさんですね。全国の主要な大会で撮影をしていますから、年間に何レースかはフォトクリエイトさんのカメラに笑顔を向けています。


 ゴール写真ばかりじゃなく、いろいろなポイントで撮影していますから、どれもこれもほしくなってしまうのですが、料金を考えるとなかなか購入できません。せいぜいひとつの大会で1枚といったところです。


 ごく稀に、複数枚買うこともあります。フォトクリエイトに限らず、これまで複数枚買った大会といえば、まずは2005年の旭川マラソンですね。このときはOgakunとともに選手宣誓をし、当時の自己ベストを出しました。そんなこともあって、宣誓の写真とゴール写真を買いました。


 あとは2007年のサロマですね。ゴール写真はもちろんのこと(サロマでは1人1人ゴール写真を撮っていますので、前後のランナーとの間隔を考えてゴールしましょう)、月見が浜の写真も買いました。マイクさんやN社長とともに写っていましたからね。


 いずれも1枚はゴール写真を買っていたのですが、今年の北海道マラソンでは、ゴール写真を含まずに2枚購入しちゃいました。その写真が今日届きました。


 1枚は北大構内を颯爽と(?)走るOgamanです。颯爽という言葉とはほど遠い状態なのですが、面白いもので、笑顔で写っているから余裕がある走りにも見えます。もちろんこのあたりはずーっと7分台のラップですから、苦しい走りになっていたのですけれど。


 ただ北大構内を走っている自分の姿というのは、とてもいい記念になります。この写真は外すわけにいきませんでした。


 そして同様に外せなかった1枚は、北大のクラーク像前のローターリーで、若者たちの熱いエネルギーを分け与えてくれた、「北海道マラソン応援プロジェクト」の皆さん。そんな皆さんとの熱いハイタッチの場面を、フォトクリエイトさんはしっかりと押さえてくれていました。


 買わないわけにいかないっしょ。


 今年の北海道マラソンは、北大の学生支援課の方に声をかけていただき、北大の学生向け広報誌エルムに私からのメッセージを載せていただきました。

http://ameblo.jp/ogaman42195/entry-10992426690.html


 そんな縁もあって、大会後はプロジェクトリーダーの方とも、メールのやりとりをしています。北海道マラソンのコースが北大を通るようになって3年目ですが、今年は今まで以上に熱い気持ちを持ってこの地を走ることができました。


 そんな思いを持たせてくれた北海道マラソン応援プロジェクトの皆さん。皆さんとの心を通じ合わせた瞬間の貴重な写真です。


 この2枚の写真は、


 完走メダル


Road to SAROMAN BLUE-完走メダル

 「えるむ」


Road to SAROMAN BLUE-えるむ

 とともに、私の宝物となります。久しぶりにOgamanの殿堂に入れたいと思います。


殿堂No.11 北海道マラソンの写真と完走メダル、えるむ


Ogamanの殿堂


NO.1 北海道マラソン初完走シューズ

NO.2 初トロフィー

NO.3 遠征初優勝の盾

NO.4 NO.71さんのサロマ応援団扇

NO.5 OLランナーさんからの応援FAX

NO.6 サイン色紙

NO.7 日本縦断駅伝 TEAM HORIZON色紙

NO.8 日の丸入りウェア

NO.9 びえいヘルシーマラソン入賞メダル

NO.10 初ハーフの写真

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 実はこの写真、殿堂入りさせるつもりは全くなかったのだけど、昨年の暮れに札幌で行われた仲間うちでの忘年会の時、「門外不出」の写真を持ち寄って見せあおうという企画に乗った私はこの写真を持っていった。


 結果的に、「門外不出」と言えるような写真を持っていったのは私くらいのもの。みんなちゃ~んといい写真を持っていったのに、私だけこんな写真を持っていき、えらい恥ずかしい思いをしてしまった。


 ところが酔った私にはその恥ずかしさが快感に・・・じゃなくて、


この反響は美味しいぞ


 と思えてしまったのである。そのため、急遽殿堂入りさせて広く公開することとした。ネタのためにはそこまで自分を晒すのか?と呆れられてしまいそうだが、その通り!私はこのブログのために、すべてを晒しちゃうのだ!


殿堂NO.10 初ハーフの写真


初ハーフの写真


 時期的にも先日紹介した殿堂ネタと重なるので、本当は連日で紹介した方がわかりやすいかと思ったのだが、まあ仕方がない。


 1999年のヘルシーマラソン後にランナー人生の第1歩を踏み出した私。だが動機が動機だけに、フルマラソンだ、ウルトラマラソンだ、などというものは、現実としては目標にしえなかった。ただ高校時代の急歩大会で約20kmの距離を走った経験があるだけに、ハーフマラソンはトレーニングをすれば走れるかな、という気持ちはあった。


 そこで立てた目標は、最初の年は、10kmを走れるようになること。そして2年目にハーフマラソンを走れるようになることだった。


 当時の練習コースは、自宅周辺の2.2kmコース。これを1周。ごくまれに2周。そんな程度だから、月間走行距離も100kmには遠く及ばなかったが、5kmのレースを中心に、日帰り圏内で行われている大会に、どんどんエントリーをした。


 この頃は面白かった。大会に出るたびに、自己ベストを更新できた。走れば走るほど結果を出せたので、本当に面白かった。この歳になっても記録をどんどん更新できるという喜びに目覚めて、ランニングにのめり込んでいった。そして迎えたシーズン最終戦は、もこと山ふきおろしマラソンだった。


 このレース、もこと山から駆け下りてくるハーフマラソンがメインの大会で、その途中の地点からスタートする10kmも、下りのワンウェイである。


 やはり初めての距離となると、ものすごく緊張した。スタート地点で待つ間も、何をしていればいいのかわからないくらいだった(スタート地点までバスで移動するというのも、初めての体験だった)。


 スタートしてからは、初めての距離なので(練習でも最高は4周=8.8kmだった)抑え気味に走る。ところが中間点通過タイムは23分台。この頃、5kmのベストタイムは25分13秒。はるかにそれを上回るタイムである。下りワンウェイの威力としか言いようがない。


 そのままのペースを保って走りきり、初10kmのタイムは47分08秒。なんと5kmではなしえなかった、キロ5分切りをやってのけるという、とんでもない結果となった。おそるべしっ、下りワンウェイ!


 無事に初10kmをこなした私は、初ハーフに向けて翌年も走り続けた。初ハーフの舞台は、当時は9月第2日曜日に開催されていた第20回千歳日航国際マラソン。この大会に照準を合わせた理由はただ1つ。フィニッシャーTシャツがほしかったのだ。


 憲法記念ロードレース(6km)、びえいヘルシーマラソン(ワンエイツ)、たかすジョギングフェスティバル(10km)と走ったところで故障し(鵞足炎)、復帰後はくりやまマラソン(10km)をひと叩きして本番に臨んだ。


 練習量は若干増えていた。月間走行距離も、90kmを超えるようになった。しかしなかなか100kmには届かなかった。それでもハーフに備えた15km走は1度だけ行っておいた。


 前日から家族4人で千歳に泊まった。前夜から極度の緊張に襲われた私は、夜もなかなか眠れない。ようやく眠ったと思ったら、今度は腹具合が悪くて目が覚める。実は私は小心者。しかも極度の緊張に襲われると、決まって神経性の下痢になる。この時がまさにそれだった。


 睡眠時間は3時間弱。しかも下痢。最悪の状態で初ハーフを迎えた。


 ハーフのスタートの前、私はトイレの前に並んでいた。スタート30分前にようやくトイレに入った私。正露丸を飲んでいるものの、いっこうに治まらない下痢。DNSも頭を過ぎる。


 しかしここまできて、せっかくハーフマラソンを走ろうという決意をしたというのに、このまま帰るわけにはいかない。もしも悲劇が訪れたら・・・その時はその時だ。今からくよくよ考えても仕方がない。ただ万が一に備えてポケットティッシュだけはランパンのポケットに忍ばせて、スタートラインに向かった。すでにスタートまで15分を切っていた。(結果的には、走りに集中していたのか、粗相はせずに済んだ)


 2時間以内という看板の付近に潜り込んだ私。ズバリ、目標は2時間以内だった。想定ペースは、キロ5分40秒。このくらいのペースなら、楽に走れるくらいの走力はついている。問題は、21.0975kmという距離を走りきれるかどうかだ。


 号砲とともにスタートした・・・と言いたいところだが、号砲が聞こえた覚えがない。この年のハーフは2~3000人のエントリーがあったと記憶しているが、これだけの人数でのスタートというのは初めてのこと。ただただ驚くばかりだった。スタートラインを越えるのに2分以上かかったということも驚きだった。


 スタートしても、思うように前に進めない。ようやく流れがよくなったと思ったら、大きな道路を横断する手前で車を通すために止められてしまう。ラップタイムは8分台~6分台と続き、2時間切りに早くも黄信号が灯ったのだった。


 3kmくらいからは自分のペースで走れるようになった。5分30秒前後で進み、少しずつ借金返済にかかった。前半の林道部分は上りが続く。ここで少しずつ借金を返済していけば、後半の下りで盛り返せるかもしれない。そういう計算はしていた。


 12kmまでのラップタイムは以下の通り。


1km 8分16秒

2km 6分26秒(ランナーストップあり)

3km 5分38秒

4km 5分30秒

5km 計測漏れ

6km 11分16秒(5分38秒/km)

7km 5分21秒

8km 5分21秒

9km 5分20秒

10km 5分30秒

11km 5分49秒

12km 5分12秒


 転機となったのは、林道の出口での出来事だった。折り返しを過ぎて林道を出てサイクリングロードに出る部分で一般道を横断する。そこで先ほど同様に車を通すためにランナーを止める箇所があった。その100mほど手前に差しかかったとき、前方で「止まれ」のサインが出て、ロープが張られた。しかし、誰も止まろうとしない。みんな次々とそのロープをくぐっていく。それはまるで、カンダタの後ろから蜘蛛の糸をよじ登っていく罪人の群のようにも見えた。


ランナーって、こんなにも醜い人種なのか?


 私はだんだん腹立たしくなってきた。結局私がそこにたどり着くまで、止まったランナーは誰1人いなかった。ところが面白いもので、私が止まると、無理矢理くぐっていこうというランナーはそれ以降現われなかった。


 じっと怒りを溜めて待っていた私。GOサインが出ると、全力疾走に移った。


 13km手前のことだった。むろん、早すぎるスパートである。しかし私は前を行く醜いランナーたちを許せない気持ちになっていた。本当は抜き去りながら唾でも吐きかけたかったけど、もちろんそれは気持ちだけでとどめておく。そして心の中で、「あんなところでズルをして前に進むより、もっとちゃんと速く走れよな」と毒づく。こんなことを考えるあたり、私もカンダタと同じで極楽には行けず、地獄に逆戻りをしてしまう人間のようだ。


 ちょうどここらはけっこう急な下りだったこともあり、ラップタイムはいきなり4分台になった。怒りのためにアドレナリンが分泌され、当時の私としては驚異的なペースアップをすることができたのだ。


 コースはやがて千歳川の河川敷に入る。そこで押しボタン式の信号付の横断歩道を渡るのだが、お約束のようにここでも止められ、なんと3カ所のランナーストップですべて止められるという快挙(?)を成し遂げて、河川敷に入る。


 しかし早すぎるスパートのつけで、最後の3kmはきつかった。ペースダウンはしたものの、それでも5分そこそこのペースを保って走っていた。この写真は、多分そのあたりで撮られたものだろう。


13km 6分27秒(ランナーストップあり)

14km 4分43秒

15km 5分02秒

16km 4分59秒

17km 4分55秒

18km 6分10秒(ランナーストップあり)

19km 5分05秒

20km 5分16秒

ゴール 6分01秒(5分29秒/km)


 結局タイムは、1時間58分17秒。怒りのパワーをスピードに変えて、見事に目標を達成したレースだった。


 でも、考えてみると今日のメインはレース回顧じゃない(笑)。主役はあくまでもこの写真である。先日も指摘されたのだが、今とは全然体型が違っていて笑える。体重そのものも、このころはまだ75kg近くあっただろう。だから上半身は肉付きが良い。それに比べてトレーニング量も少ないため、下半身は貧弱だ。大きな上半身を貧弱な下半身で支えている。よくこれで走れたものだ。


 笑える写真ではあるけれど、初ハーフ完走記念、そして現存する私の最古のランニング写真ということで、殿堂入り決定!


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 さて、先日もお知らせしたIPCノルディックスキーワールドカップの速報だが、日本勢、頑張ってますよ。


 1日目のバイアスロン12.5kmでは、井口(旧姓小林)深雪さん、太田渉子ちゃんとも、金メダルを獲得!出来島さんは5位だった。


 2日目のバイアスロン7.5kmでは、井口さんが銀メダル、渉子ちゃんが銅メダル、出来島さんが7位、瀧上さんが11位だった。


 引き続き、皆様の応援をよろしくお願いします。

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