セカンドビギナーのゆるラン日記

40代はそれなりに記録をめざし、ウルトラマラソンをめざし、走っていました。しかし還暦近くなると、体のあちこちが痛くなり無理が効きません。そこで走る目標を変えて、ゆるゆると走ることにしました。そんなゆるランの様子を書いていきます。   by Ogaman(おがまん)


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 目を凝らしてみると、駐車場を走ってくるオレンジの影が2つある。


 20th1966さんとペコさんだ。


 まさか・・・最後まで待っていてくれた?


 コース脇に来て応援してくれる2人。私は足を止め、それぞれ握手をしながらお礼を言う。


 気持ちの余裕がないために、すぐに走り出してしまった私。でも、考えてみればゴール閉鎖までまだまだ余裕があったのだから、もっとちゃんとお礼を言えばよかった。いや、どうせならムコTの3人で、一緒にゴールに向かえばよかったかもしれない。しかしこのときの私は、頭がまったく働いていなかった。


 諦めるわけにはいかない理由がいくつかあった。だからこそ、どうにかここまで来られた。そして今、本当に諦めなくて良かったと、心から思った。


 初対面ながら、私たちムコランナーの応援に早朝から駆け回ってくれたペコさん。13時間。私たち参加者と同じ時間を共有したのだ。ムコランナーも10時間台から私のようなギリギリランナーまでいた。その応援たるや、大変なことだったろう。神出鬼没に登場してくる彼女の姿は、私にとってはサロマに降臨した女神のようにさえ思えた。そんな女神に、待ちぼうけを食わさずにすんで、本当によかった。


 「おがま~ん、おそ~い、なにやってんの~!」


 感慨に浸っている私に、駐車場内の車から強烈な声が襲いかかる。声の主は見なくてもわかる。2年前のサロマの女神だ(爆)。


 前日、このメンバーならば1番危ないのは自分だと公言していた私だが、実際に私以外はすでに全員ゴールしているのだ。私がこのままゴールをすれば、チームナナイチは全員完走の快挙を成し遂げることになる。


ゴール目前
ゴール目前(Doさん提供)


 雨の中、私は帽子を脱いで、ウエストポーチに挟む。後ろからスパートしてくる人はいないことを確認し、そして前のランナーとの間隔を保ったままビクトリーロードを右に曲がる。


 雨が降っているというのに、両側には大勢の人が詰めている。気がはやって前のランナーに接近しすぎないよう、応援の人々に手を振りながら調整する。


 ゴールでは何かをアナウンスしているのだろうか。もう何もわからない。何も聞こえない。ただ私の目に写っているのは、昨年はくぐることができなかったゴールゲートだけだ。会場の音は何も耳に入らず、この瞬間、私の頭の中では、昨年聞いていたあのアナウンスが、高らかに響いていた。


「またひとり、最後まで諦めなかったランナーが、ゴールしようとしています」


 昨年の私にとっては屈辱の言葉。しかしそれが今年は、私に対する最大の賛辞として、私の中に響いている。このアナウンスを聞きながら、ビールとともに悔し涙を飲み込んでいたあの日。あの日から止まっていた時計が、ようやくいま動き出そうとしている。


 前のランナーがゴールする。いよいよ私の番だ。1歩ずつ、足を前に進める。今は、この瞬間だけは、サロマの主役は私だ。2年前のように両手をあげて雄叫びをあげる。そう決めていた私は、勢いよく両手を天に突きあげようとした。その瞬間、


 「痛いっ!」


 左肩が攣った(爆)。


 だからといって、ここでtake2というわけにもいかない。そのまま無理やり両手を突きあげて、「やったー!」と雄叫びをあげる。


ゴール
歓喜のゴール


 ゴールする瞬間、ちらりと見たゲートの時計は12時間51分台を示していた。意外だった。70kmを過ぎてからは、「キロ9分」を意識するだけで、まともな時間計算はできていない。90km関門で2年前は10分近い余裕があったのに、今年は5分しかなかった。だからずっと2年前よりも危ないと思って走っていたのに、2年前のタイムを上回っている。


 後日確認した正式タイムは、12時間51分43秒。2年前よりも2分53秒上回っている。


 ゴールした私は、まず完走メダルをかけてもらう。このたった1個のメダルをもらうために、自分のすべてを費やして走ってきた。それだけに、ずっしりと重みを感じるメダルだ。


今年のメダル
今年のメダル


 楽しかったというイメージだけが残った一昨年の初サロマ。そのイメージは大きな壁となって私の前に立ちはだかっていた。しかし今回、この苦しさの中で、どうにかゴールまでたどり着いた。苦しさと闘った今回の完走で、ようやく自分も本当のウルトラランナーになれたような気がする。


 参加賞タオルと食券を受け取って、ライバル・Beanさんのゴールを待つ。直前で抜いたのだから、すぐにゴールに来るはずだ。膝の調子は万全ではなかったろうに、でもきっちりと予定通りのペースを刻む、大人のレースをしていたようだ。


 無事にゴールしたBeanさんを迎えた後、私は腹ごしらえにいく。ゴールすると渡される食券。これは会場内の店で使用できる。しかし営業時間は18時まで。ゴール関門時間と同じなのである。そのため、ギリギリでゴールすると、すでに品切れというメニューも多い。


 それでも私が一目散に向かったホタテそばはあった。体は冷え切っており、胃腸の調子も弱っているだけに(ゴールしたとたん、寒さに気がついた)、暖かい麺類がほしかった。


 それから荷物を受け取りにいく。しかし一連の動きは、実にスローモーだ。正直なところ、本当は体を動かしたくはないのだけれど。ゴールしたら力つきても構わなかったはずなのに、やらねばならないことはまだまだ多い。


 荷物を受け取り、その場で着替えを開始する。そういえばこの会場、男子更衣室はないのだった。東京マラソンのヒートジャケットを持ってくれば良かったと思ったが、考えてみれば窮屈な格好で着替えようとすると、簡単に3~4カ所くらい攣ってしまったことだろう。


 けっしてゆっくり着替えているつもりでもないのだが、遅々として進まない。そんな私に、催促の電話やらメールやらが情け容赦なく入ってくる。


 どうにか着替えて、駐車場へ向かう。そこで13名全員完走という快挙を成し遂げたチームナナイチが勢揃いする。


全員完走
全員完走(Doさん提供)


 本当に完走できてよかった。もしも自分だけが完走できなかったら、こうして素直に笑っていることができただろうか?一昨年、そして今年と、チームナナイチは完走率100%を誇っている。こりゃ来年もNO.71さんには登場していただかないとならないね。


 私たちはさよならパーティには出席せずに、湧別に向かうことにする。2年前、満員のため入場させてもらえなかったことから、昨年からは別途打ち上げをしようということになっている。実際、その方がメリットも多い。


 2年前も、まるトラさん、R子さん、そして私の3名は、体の不調を訴えていた。だから結果的にはさよならパーティーに出席できなかったおかげで、早くホテルに戻り休むことができ、助かったのだ。そしてなにより、せっかく完走しても、ドライバーは乾杯を我慢しなければならない。そんなこともあって、昨年から私たちはさよならパーティーには出席しないという行程を組んでいる。


 今年も昨年同様に、チームからふるの皆さんと合同で打ち上げをさせてもらうことにしている。私たちはまず、スタート地点である湧別町に向かった。


 昨日もゴール地点に車を置いた後、下見がてらに走った道。今日、自分の足で走ってきたところを再び車で走ると、何ともいえない感慨がある。そして・・・ずいぶん長い距離を走ったものだと、改めて感心する。


 湧別では、これから自宅に戻るというヨーイチさんといづみさんとお別れする。しかし2人とは、また明日に札幌で行う打ち上げで再会する予定だ。残りの11名は3台の車に分乗してホテルに向かう。


 結局、二代目、R子さん、mamikさんはレースの疲れもあって打ち上げを断念し、残りの8人、そしてこの日同じホテルに泊っていたランバードさんが、チームからふる&チームアップルとの合同打ち上げに参加した。


 この場では、昨年の負け組3人男(N社長、yagiさん、Ogaman)も、2年分の怪気炎だったようだ。詳しく語るには記憶が残っていないのであしからず。


 翌日、カメKAYOさんの飛行機の時間の関係から、yagiさん、トン子さん、カメKAYOさん、mamikさんは早朝に帰る。


 残ったメンバーは、ホテルで朝食をとり、8時に出発する。マイクさんとDoさんは旭川空港でレンタカーを借りて今日は観光するとのこと。そこでまずは旭川空港に向かう。


 道中は、道の駅しらたきの入口のところで追い越しをかけてしまい寄れなくなったり(笑)、車中で話が盛り上がっていたのか、下りるべき愛別ICで下り損ねたり(笑)、休憩に寄った道の駅とうまで、同じように歩きがおぼつかない人と会って親近感を覚えたり(笑)、いろいろと楽しい道中だった。しかし1番面白かったのは、私の自宅に荷物を置きに寄ったら、家族は北見に行っていて、鍵を持たずに出ていた私は締め出しを食らってしまったことだろうか。実家に車を返しに行ったついでに私の家の鍵を借りて事なきを得たが、一時はどうなることかと思った。


 さて、ここからは私も二代目の車に同乗し、(自ら進んで)札幌まで拉致られる。そのまえに、せっかくの美瑛なので私のイチオシの美瑛選果のソフトクリームを皆さんにも食べてもらう。これ、R子さんとNO.71さんにも合格点をいただいたので、これからも自信を持って皆さんにお勧めするとしよう。


ソフトクリーム
美瑛選果のソフトクリーム(NO.71さん提供)


 ちょうど昼食時でもあり、「だいまる」にご案内する。実は美瑛では一昨年あたりから美瑛カレーうどんの売り出しを図っている。その中心となっているお店がここ。うどんは美瑛産の小麦(ブランド名は香麦)を使い、つけ麺タイプのカレーうどん。つけ合わせには、美瑛産の季節の野菜がつく。しかし私たちは、同じカレーうどんでもカツカレーうどんを頼む。やはり、ウルトラのあとは野菜よりも肉だよなぁ・・・。


カツカレーうどん
だいまるのカツカレーうどん


 これも皆さんの評判はなかなかいい。私も・・・実はこの店のカレーうどんは、地元だというのに初めて食べた(笑)。


 あとは、途中で休憩を挟みながら札幌へ向かう。さすがに昨日のレース疲れと満腹感のため、口数が少なくなる時間帯もあったが無事に札幌に到着し、かずきさんを自宅近くでおろしたあと、私はアスリートクラブでおろしてもらう。


 まずはアスリートクラブで皆さんにお礼。無理を言って修理、調整をしてもらい、どうにか完走メダルを手に入れることができた。一昨年、初めてのサロマに臨むにあたって、初めてこの店でシューズを買い、インソールを作った。それまで、Ogakunはここを利用していたのだけど、私のシューズは常にアウトレットだったから(笑)。


 だけどやはり、自分の限界に挑まなければならないレースに挑戦するには、私もアスリートクラブを頼ることにした。これが大正解だった。いつも痛い痛いと言っていた足が、とうとう100kmを走りきってしまう。そのためには、いったい何万回着地しているのだろう?この足を守ってくれたシューズ。このシューズとの、このインソールとの出会いがなければ、私のサロマ完走はありえなかった。そもそも、サイズの選び方自体、間違っていたのだから(笑)。


 さらに、私のシューズの減り方などの癖から、私の走り方を分析してもらう。そしてその癖を解消するためのポイントを教えてもらった。そうこうしているうちに、かずきさんもお礼を言いに現われた。


 やがて私とかずきさんは、打ち上げ会場に向かう。アスリートクラブに長居したため、開始予定時刻をすでに回っていたが、まださほど集まってはいなかった。


 やがてみんな集まってくる。参加を予定していながら、体調が回復せずに参加できなかった人がいたのは残念だったが、完走者、かつての完走者、そして来年の完走予定者が集まって、サロマ話が思いっきり盛り上がった。


宴
打ち上げ中(二代目提供)


 それにしても、今年は昨年とは正反対のレースだった。昨年は苦しさに負けて早々と諦めた。しかし今年は最後まで諦めなかった。


 粘りが身上と自己暗示をかけ続けてきたが、思っていた以上の粘りを発揮することができた。緑館を過ぎてからあれだけ苦しくて、70km手前ではランのラップも8分を超えてしまって、ところがそこからの30kmは、これ以上落とすわけにいかないというペースを守りきることができた。70kmからの10kmごとのラップは、1時間27分39秒、1時間27分06秒、そして1時間27分20秒と、見事にイーブンを保っている。この粘りは、来年からのサロマに向けて、大きな自信となる。


 サロマに関しては、私は完走以外の何ものも望まない。12時間59分59秒でもいい。とにかく、完走さえできればそれで十分だ。


 でも・・・・・・・・・。


 今回は48kmまでしかできなかったモブログ。これを最後まで続けられるようになりたい。chamaさんによると、30分はタイムロスをするという。ということは、12時間30分で走りきれる力が必要というわけだ。


 それともう一つ。これは1度だけでいい。1度だけでいいから、サロマのゴールテープを切ってみたい。どのくらいのタイムでゴールすればいいのだろう?やはり11時間台が必要なのだろうか。来年はどちらを狙っていこうか?


 サロマから美瑛を経由して札幌まで行って打ち上げをする。そして翌朝早い特急で札幌からまっすぐ出勤する。ちょっと体力的にも厳しいコースだが、これをやらなきゃ私のサロマは終わらない。仲間たちとの打ち上げをしなきゃ、私のサロマは終わらない。


 昨日100kmを走ったばかり。体はもう悲鳴を上げるくらい疲れ切っている。できることなら早く横になって、手足を思い切り伸ばしたいところ。それも正直な気持ち。


 だけど体はくたくたに疲れきっていても、心の興奮状態は簡単に収まりそうにない。価値観を共有している仲間たちと、とことんサロマについて語り明かしたい。今ならサロマのことだけで何日でも、何十日でも話ができそうだ。願わくば、この瞬間がいつまでも続いてほしい。それも偽らざる気持ちだった。


 しかし、やがて宴も時間となり、2年ぶりの歓喜の瞬間にも終わりがやってきた。


全行程終了
全行程終了(NO.71さん提供)


 大会前日の受付の時、ゴールの時に読み上げてもらうメッセージを書くことができる。毎回書いている私だが、関門制限時間ギリギリに大勢やってくるランナーのメッセージは読まれることはない。


 でもこのとき、私の頭の中には、私が書いたメッセージが響いていた。


Road to SAROMAN BLUE第2章、ただいま完結です!

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 昨日のビールパーティでは、すっかり酔っぱらってしまった。券があるのをいいことに、何杯飲んだのだろう。それでも、ブログを書かなきゃならないという使命感に燃えて帰ってきた(笑)


 内幕をばらしてしまうと、完走記の部分は先に書き上げて下書き保存をしておいたので、これを公開モードにすればいいだけだったのだけど、ビールパーティーの部分は当然帰宅してから書いたわけだ。


 あの状態でよくこれだけ書けたな(笑)。ほとんど、何を書いたかは記憶に残っていなかったから。


 でも、mixiの方はボロボロだった。基本的にはmixiの日記はブログのコピペなのだが、画像を載せているところは若干修正している。その修正が不十分のままだった。今日になってから、慌てて修正しておいたけど。


 そして今日は楽走412旭川の練習会。つらかった・・・。飲みすぎの影響でおなかは壊していたし。やはり深酒注意ですな。


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 キロ10分でもゴール関門に間に合うようになったので、ここから95kmまでは歩いてみることにした。2年前と比べて、体のダメージははるかに大きい。それだけに、2年前のようにキロ9分台で歩けるかどうかはわからない。今の自分の歩くスピードを見て、95kmからの最後の作戦を決めよう。


 もどかしい1kmだった。早く95km看板が現われてほしかった。あえて時計は見ないで歩いている。94km地点から、何百m進んできたのだろう?そして時計はどこまで時を刻んでいるのだろう?本当にこれで間に合うのだろうか?残り時間の計算をするとき、最初に押し忘れた30秒も、ちゃんと計算に入っていただろうか?


 もしもここで10分を切るラップだったら、もう残りは走るもんか!あとはビクトリーロードまで歩くことができるんだ。だけどもしも10分を超えていたら・・・。再び走ることができるのだろうか?


 やがて見えてきた95km地点。通過するときに時計を押す。そして恐る恐るデジタル表示を覗き込む。


9分15秒。


 そこにはたしかにそう表示されていた。私は自分の目を疑った。これだけヨレヨレになって、体は自分のものじゃないような感覚がして、それでも9分台の前半で歩けるのか?こんなラップ、今よりも体力的に余裕があったというイメージの2年前でさえ刻んだことがない。だいたいからして、さっきは走りを交えてもこのくらいのラップじゃなかったっけ?通勤ウォークの効果か?それとも、2年前の私も、抱いていたイメージ以上に疲れ切っていたのか?まさか・・・時計が壊れているんじゃないよな?


 本当にこのラップを刻めるなら、もうこれで走らなくてもいい。そう思うと、心なしか体が軽くなった。


 残り5km。通勤ウォークで歩いている距離だ。もう大丈夫。未だかつて通勤の途中でリタイアしたことはない。ただ足を前に出してさえいれば、ゴールは向こうから近づいてくる。いつしか私は、雨が降っていることさえ忘れていた。


 95km地点の通過タイムは、12時間09分00秒。あと5kmを51分で行けばいい。


 96km地点は、「あと4km」表示になっていた。ついに・・・ついに100kmの道のりもカウントダウンに入った。私はこみ上げてくるものを感じた。しかしまだ早い。まだ気を緩めるわけにいかない。何ごともなければ、もはや完走は間違いない。ようやくそう思えるようになった。でも油断は禁物。まだまだどんなアクシデントが待っているかわからない。ここは慎重にいかなければ。ここまで来たからこそ、油断からくるつまらないアクシデントで、すべてを棒に振りたくはない。


 この間のラップは9分05秒。通勤ウォークの時のペースと、それほど変わらないハイペースだ。いったいどこにそんな力が残っていたというのだ?


 2年前の記憶を呼び覚ますと、たしか「あと3km」の看板は80km関門のちょっとこちら、林の中だったはずだ。ということは、ワッカ原生花園とのお別れも近い。


 相変わらず、オホーツク海の波の音は聞こえている。次にこの音を聞くのは、1年後だろうか。そのときもまた、ワッカは私を暖かく迎えてくれるだろうか。私にとってこの波の音は、勝利を意味する音になってくれそうだ。来年、必ずここに戻ってくる!原生花園に別れを告げて、林の中の道に入っていった。


 あと3km地点を通過する。ラップは9分20秒と、少し遅くなったものの、しっかり安全圏をキープしている。


 80km関門は、当然のことながらすでに撤去されている。機材などが固めて置かれ、あとは撤収を待つばかりとなっている。ここを通過したのは今から2時間半前。なんだかそんなに時間が経ったとは思えない。苦しかったワッカの記憶が、完走を確信した喜びの前に早くも消えようとしている。でも80km関門を通過したとき、すでにヨレヨレになっていた私。それからの2時間半、よく諦めずに頑張ったぞ、自分!


 粘りの勝負に持ち込めば・・・。そう言ってきた私。しかし私は、けっして粘り強くものごとに当たるというタイプの人間ではない。むしろ諦めが早い、淡泊なタイプの男だ。ただ一つ、往生際が悪いという点を除いては。


 そんな往生際の悪さを粘りに結びつけようと思い、「粘り勝負は歓迎!」と公言している私。そうすることによって自分を洗脳しようという作戦だ。今回はそれが見事にはまった。昨年のような思いはしたくない。あんなに淡泊な自分はもう見たくない。そんな往生際の悪さが、見事に粘りに結びついてくれた。


 やがてワッカを抜け出すときがやってきた。80km関門の直前で、急ぐ私たちには壁として立ちはだかっていた上り坂。今度は下り坂として私の疲れた足を痛めつける。


 「だから、足が痛いんだっちゅーのに!」


 とブツブツ毒づきながら下りていたのが私だ。


 ワッカを抜けると、すぐにエイドがある。そのエイドの高校生たちは、雨の中、コップを持ってコースまで出てきて、大声援で迎えてくれている。ヨレヨレになった私たちにとって、時間がない私たちにとって、そのままのラインを走りながら給水できるのは、本当にありがたいこと。こんなこと、マニュアルに書いてあるというわけでもないだろう。彼ら自らが私たちランナーの立場になって考えて、いや、もしかすると考えるより以前に居ても立ってもいられなくなって、降りしきる雨も構わず出てきてくれているのだろう。


 そんな彼らの中の1人に、


 「雨の中、どうもありがとう」


 と声をかけたつもりだったのだが、最後までは言葉にならなかった。その瞬間、私の目からは、涙がどっと溢れ出ていたのだ。


 彼らへの感謝の思い、そしてここまで、98kmのつらかった思い。昨年のリタイアからの1年間の思い。そういったものが、一気にこみ上げてきてしまったのだ。それがワッカを抜けて完走を確信した瞬間に、すべてが一気に出てきてしまった。


 残りは2km。この1kmも9分03秒。ゴール制限時間までは23分あまり。もう大丈夫。ここまで来れば、もう大丈夫。


 私を抜いていったブルーゼッケンのランナーがいた。弱った足取りのランナーが多い中、さすがにしっかりとした足取りだ。何故か私はその人の背中を追いかけるつもりになった。その人は先行くランナーの列を抜きながら走っていく。私はその背中を追いかけて、必死で歩く。私も次々とランナーたちを抜いていった。


 涙はなかなか止まらない。あまりにも不甲斐ないレースだった昨年からの苦しみ。もう自分には100kmを走ることはできないのではないかと、自信を失っていた日々。そして今日も、緑館を過ぎてから襲ってきた絶望感。歩かないことだけを考えていた70kmまで。そして諦めないことだけを考えていた80kmまで。完走の確信を持つことができず、もがき苦しんでいたワッカ。そのようなことが、ぐるぐるぐるぐる頭の中を駆けめぐる。そんな思いが涙となって溢れ出ていた。


 嗚咽しながら速歩きで次々と走っている人を抜いていく私。周りの人は、妙な奴と思ったことだろう。


 彼方に見えていた楽走412の黄色いウェアがどんどん近づいてくる。Beanさんだ。勢いに乗って、そのまま抜いてしまった。こういうとき、楽走のウェアは目立つから、追いかけやすいということがよくわかる。


 ウルトラマラソンでは、私は通常はラストスパートはしない。これまでずっとそう思ってきた。ウルトラマラソンでは、ゴール前はウイニングランだ。私は別に記録を狙っているわけでないのだから、それまで走ってきた99kmを噛みしめながら、最後の1kmはできるだけゆっくり走りたい。私はこれまでそう思ってきたし、その考えは今も変わらない。


 でも、このときの私は違った。時間的には、足を前に進めてさえいれば間に合うことはわかっている。わかっているが、とにかく全力で前に進まなければならない。もう体力が限界なのだ。だから一刻も早く休みたい。順位を上げようとか、タイムを速くしようなどという気持ちはこれっぽっちもない。ただただ、1分でも1秒でも早く、もう前に進まなくてもいいよと、自分に言ってあげたいのだ。このときの私のスパートは、余裕のなさが為したものだった。


 ここまでよく頑張ってくれた。本当によく頑張ってくれた。もうすぐ、もうすぐ休ませてあげるから・・・。


 全面規制がかかっている区間に入り、ゆっくりとジョグに切り替える。相変わらず雨が降っているので、ゴール前で迎えてくれる人は少ないだろう。なにより、涙と雨がごっちゃになって、私自身が周りもよく見えなくなっている。だけど、最後のビクトリーロードはやはり走りながらゴールをしたい。94kmからすべて歩いてきたのは、最後のウイニングランの分の体力を残しておくためだ。


 1歩ずつ、1歩ずつ、確実にゴールは近づいてる。


 とそのとき、私の視界の片隅で、オレンジの影が動いた。(つづく)


楽走412旭川事務局
楽走412旭川事務局


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 しつこいと思いますが、皆さんにちょっとお願いです。相互読者登録をしているnoriiiさん から教えていただいたのですが、トライアスリートの平山経政さんが、母子感染によるB型肝炎ウイルスの急性憎悪により、現在肝硬変に至ってます。助かる道は海外での移植しかありません。


 先日、平山経政さんを救う会より、募金を呼びかけるチラシと募金箱が届きましたので紹介します。


チラシ
チラシ


募金箱
募金箱


 この募金箱を置いていただけるお店などありませんでしょうか?もしも「置いてもいいよ」というお店などがありましたら、ぜひ協力をお願いします。


 なお、質問等がございましたら、平山経政さんを救う会のHP の中に連絡先が記されていますので、直接そちらへお問い合わせください。


 みなさまのご協力をよろしくお願いします。

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 今日は美瑛町商工会主催のビールパーティ。日中の気温は25度を超える絶好のビール日和。ビールを美味しくするために日中は走り、すぐ風呂に入って準備をしていた。


 こういう人混みに出るときは、やっぱりムコT着用。まあ、周りは酔っ払いばかりだから、このメッセージの効果がどれだけあるかはわからないが(と言いながら、難病支援について熱弁をふるっていたような気がするが)。


酔っ払い
ムコTを着た酔っ払い


 で、こういう場でつきものなのは抽選会。目玉は任天堂のWiiと現金のつかみ取り。でも、我々はそこに行く前に、


パンが当たった
パンが当たった

と、


お食事券が当たった
500円のお食事券が当たった


が当たってしまった。まあ、当たらないよりは当たった方がいいだろう。楽しいひとときを過すことができた。


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コース図


 ポツリ、ポツリ、・・・。


 雨である。


 途中で日差しが出て喜んでいたのもつかの間、いつの間にか雲が広がっていた。そしてとうとう、雨が落ちてきた。しかも雨足はすぐに強くなり、本格的に降り出した。


 暑いのはいくら暑くなってもいい。30度までなら全然大丈夫。だけど逆に寒いのは苦手な私である。それが、晴れている年でさえ涼しく感じるワッカで、雨になってしまうとは・・・。別にそこまで私に試練を与えなくてもいいじゃないか。サロマの神は私を完走させたいのか?それとももう1年試練を与えようというのか?


 しかしこればかりは、いくら嘆いてもどうしようもない。嘆く暇があったら、かわるがわる足を前に出していなければならない。


 2年前のワッカでは、上り下りは歩き、比較的平坦なところでは走り、それでキロ9分以内をキープしていた。目指すところは同じである。私は平坦なところだけを走るようにした。


 ところが、2年前とはやはり違う。意識が半ば朦朧としているため、気がつくと坂道を走り、平坦では歩いていることもあった。だけどそれを無理に変えることもない。走れるから走っている。走れないから歩いている。それでいい。ただ、歩くときは全速力。これだけ忘れなければなんとかなる(忘れてしまって、ぼーっと歩いている瞬間もあったが)。


東屋
コース途中の東屋(2005年撮影)


 サロマに臨む私には、ひとつの大きな武器がある。それは歩き。2年前のサロマで、私は歩くことの重要性を知った。上りでは体力を温存しながら速歩きをし、74km以降は歩きと走りを交互に繰り返し、90km以降はゴール前のビクトリーランを除いて歩ききった。このときは、たまたま最後まで10分を切るペースで歩くことができたので、どうにか時間内にゴールすることができたのだ。


 歩くことの重要性を知った私は、それから速歩きもトレーニングに組み込んだ。特に、昨年汽車通を初めてからは、朝の通勤時にウォーキングを取り入れるようになった。旭川の2つ手前の緑が丘駅で降り、5kmあまりの道のりを歩く。今では平均するとキロ9分を切って歩けるようにもなった。このトレーニングの成果を、ここで出さないのならいつ出すというのだ?


 ワッカの楽しみのひとつは、最高で3時間近く離れているランナーとでもエール交換をできることである。80km手前の地点でワッカに入り、出ると間もなく98km地点。実に18kmも先行しているランナーと会うことができるのだ。2年前も、次は誰が来るかと、それを楽しみに走っていた。しかし今年の私には、それを楽しんでいる余裕はなかった。


 yagiさん、いづみさん、二代目、sibaさん、カメKAYOさん、Kuriさん、R子さん、Doさん、・・・(会った順番は不明)。反対車線を走ってくるのはわかったけれど、満足にエール交換もできない状態だった。


 81kmは10時間05分50秒(8分33秒)。82kmは10時間14分36秒(8分46秒)。 83kmは10時間23分07秒(8分31秒)。84kmは10時間31分59秒(8分52秒)。 85kmは10時間41分02秒(9分03秒)。80kmからの5kmは43分45秒。


 よしよし、このペース。ともかくキロ9分を切っている限り、ゴールは近づいているんだ。もう細かい計算をできる頭じゃないから、何分で間に合うかなどという計算はしない。ただ、キロ9分を切ること。これだけでいい。


 エイドがあっても休んでいる暇がない。足が止まって多少の時間をロスするということよりも、立ち止まった拍子に気持ちが止まってしまうことの方がずっと恐ろしいからだ。


 雨は本降りとなっている。すでに全身はずぶ濡れだ。しかし私は、妙な感覚にとらわれていた。


 「意外と暖かいな・・・」


 寒いことを覚悟していたワッカ。しかも本格的な雨。どれだけ寒いことかと思ったら、そうでもない。その私の比較対照は、とんでもないところにあったのだ。


 「東京マラソンよりずっと暖かいよ」


 そりゃそうだ。本州とはいえ、あちらは2月。気温5度だった。気温5度で全身ずぶ濡れになったときのことを考えると、たしかに全然平気だ。東京マラソンのときは、どうしてこんな日にこんな天気に・・・と嘆いたが、逆にこの雨があったればこそ、ワッカの雨を平気で受け入れることができた。


 この大会でおしるこエイドにおしるこもそうめんもなかったことが最大の幸運とするならば、2番目の幸運は東京マラソンで冷たい雨に打たれたこと、とでもなるのだろうか。まったく、人生においては何が幸いするのかわからない。もしかして、東京マラソンのあの雨さえも、このレースで劇的なシーンを演出するためにサロマの神が振らせたものなのだろうか?


龍宮街道
龍宮街道の表示(2005年撮影)


 反対車線をやってくるランナーの中に夜久さんの姿を見つけたときは嬉しかった。私が参加するようになった2005年は、夜久さんがブルーゼッケンをつけて初めて臨んだ年。しかしそのときは、私は魔女の森を歩いている夜久さんの姿を見てしまった。そして昨年もリタイアに終わった夜久さん。ついに今年はブルーゼッケンをつけての初ゴールだ。


 ハイタッチをしながら「もう大丈夫ですね」と言われたが、こちらはまだまだ大丈夫という確信を持てる状況ではなかった。


 その後もランナーは続々とやってくる。マイクさんが通過し、トン子さん、mamikさん、カナダさんは集団ですれ違う。序盤のように自分もあの集団につけていられたら・・・。そういえば、「ここからそのうち1人減り、2人減り・・・」なんてジョークを言ってたが、結局減ったのは自分だけかい!と、ひとりでツッコミを入れてみる。


 待てよ、とよーく考える。ここまですれ違ったランナーを考えると、チームナナイチですれ違っていないのは、かずきさん、ヨーイチさん、NO.71さんだけだ。その3人は速いから、私がワッカに到着する前に抜けているはずだ。ということは・・・私がチームナナイチの最終ランナーだ。つまり、私がゴールさえすれば、チームナナイチの13名は全員完走となるわけだ。これは凄いことだぞ!その快挙を達成するためにも、なんとしてもゴールしなければならない。責任重大だ。


 そう思っていると、待ちかねた人がもうひとり、前からやってきた。N社長だ!オーバーペースでつぶれるんじゃないかと心配だったけど、相変わらず私よりも前にいる。見事な走りだった。


 ということは、おそらくチームアップルも私がゴールすれば全員完走か?こちらも危ないのは私とN社長の2人だったから、そういうことになるのだろう。やめられない理由がこの期に及んでどんどん出てくる。私はひたすら折り返し点を目指していた。


 注目していたのは、反対車線ばかりじゃない。こちら側の車線では、今回もデッドヒートが繰り広げられていた。マリオパパさん、そしてカントクさんとは、抜きつ抜かれつとなっていた。みんな歩いたり走ったりしているだけに、歩いていると抜かれ、走っていると抜き返し、という繰り返しになっていたのだ。別に競争をしているわけじゃないけれど、こんなバトルもしばらく続く。


 やがてワッカを折り返す。残りは約11km。もう一息・・・もう一息だ。もう少し我慢すれば、苦労が報われるときがやってくるんだ・・・。ここまではゴールからどんどん離れてきたが、あとは一歩ずつゴールに近づいていくことになる。そのことも気持ちの上では楽になってくる。


第2折り返しから
ワッカの折り返しからコースを望む(2005年撮影)


 90km関門が見えてくる。ここを越えれば残すはゴール関門のみ。もうその後のことは考える必要ない。次の関門を越えたところで力尽きてもいいんだ・・・。体力を温存する必要はない。


 90km関門の通過時間は11時間24分23秒。関門制限時間までは5分半ほどある。この間の5kmは43分21秒と、その前よりもちょっぴり速い。1kmごとのラップも8分28秒~8分51秒と、きっちりキロ9分を切ってきた。だけどまだ、確信は持てない。残り距離×10分の余裕があれば先が見えてくるのだが・・・。


 2年前は、関門制限時間まで9分あまりあった。だから最後の10kmは歩いても大丈夫という計算ができたのだが、今回はまだそこまでの貯金ができていない。しかも2年前のようなスピードで歩けているかどうかもわからない。90km関門を越えてからも、これまで同様に走らざるを得ない。


 すでにフォームはぐちゃぐちゃだ。腰がぐにゃっと曲がり、膝も曲がったままで、お尻が落ちているのもよくわかる。首が大きく左に倒れているのがわかる。口が開いたままで間抜けな顔になっているのもわかる。わかるけどどうしようもない。なりふりかまっていられない。こんなフォームでないともう走れないのだからしょうがない。


 コース上にはところどころ水たまりができている。シューズを濡らすことが嫌いな私は、極力水たまりを避けて走っていた。しかしもうそんな余裕はない。まっすぐにしか走れなくなっている。水たまりの中にでも、平気で飛び込むようになっていた。


 ペースは更に落ちている。91kmは11時間33分37秒(9分14秒)と、9分を越えた。このままズルズル行くとまずい!最後の頑張りで、なんとか9分以内をキープしていかなければ。92kmは11時間42分27秒(8分50秒)と少し戻す。93kmは11時間50分59秒(8分32秒)。


 ちょっと気を抜くと9分を超えてしまう。気を抜くわけにはいかない。もうゴール後は1歩も動けなくなってもいいのだから、ここは全力で行かなければならない。ここが頑張りどころだ。ここで頑張らなければ、頑張るところがないじゃないか。


 そしてついに、94kmで11時間59分45秒(8分46秒)となった。


 たまたま他のランナーと並んで94km地点を通過したのだが、その人がぼそっとこう言った。


 「あとはキロ10分でいいんだね」


 「そうですね」


 キロ10分。1時間でわずか6km行けばいい。ここまでくれば・・・。確信まではいかないまでも、ようやく光明が見えてきた。(つづく)


将パパ
将パパさん


うみのくに
うみのくにさん


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 しつこいと思いますが、皆さんにちょっとお願いです。相互読者登録をしているnoriiiさん から教えていただいたのですが、トライアスリートの平山経政さんが、母子感染によるB型肝炎ウイルスの急性憎悪により、現在肝硬変に至ってます。助かる道は海外での移植しかありません。


 先日、平山経政さんを救う会より、募金を呼びかけるチラシと募金箱が届きましたので紹介します。


チラシ
チラシ


募金箱
募金箱


 この募金箱を置いていただけるお店などありませんでしょうか?もしも「置いてもいいよ」というお店などがありましたら、ぜひ協力をお願いします。


 なお、質問等がございましたら、平山経政さんを救う会のHP の中に連絡先が記されていますので、直接そちらへお問い合わせください。


 みなさまのご協力をよろしくお願いします。

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