セカンドビギナーのゆるラン日記

40代はそれなりに記録をめざし、ウルトラマラソンをめざし、走っていました。しかし還暦近くなると、体のあちこちが痛くなり無理が効きません。そこで走る目標を変えて、ゆるゆると走ることにしました。そんなゆるランの様子を書いていきます。   by Ogaman(おがまん)


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(10)そして今年もはつみ三昧

 完走証を受け取ったところで北海道マラソンはひと区切りつきました。でもすぐに次なる目的が待っています。

 14時から大通西6丁目のステージでは、加賀谷はつみ完走おめでとうライブが予定されています。本当はこのライブに悠々間に合う時間にゴールしたかったのですが、そううまくはいきませんでした。

 西6丁目が近づくと、遠くから透き通った歌声が聞こえてきます。どうやら始まってしまったようです。私はもう走れないほど消耗していたはずなのに、小走りでステージを目指しました。

 1曲目の「糸」を歌っている途中でステージ前にたどり着きました。近くでは加賀谷はつみファンの仲間が立って聴いています。私は消耗し切っているためベンチに腰掛けさせてもらいました。

 本来ならばもっと早くゴールをして、西4丁目まで行って預けた荷物を受け取ってから戻ってきたかったところです。でもゴールするのが遅かったため荷物を取りに行ってる暇はありません。そのためスマホもなく写真も撮れませんでしたが、仲間が撮っているであろう写真をあとからもらえばいいでしょう。

完走ライブ

 完走したご褒美の歌声を聴いて、ステージが終わった後ではっつんにも完走報告をします。それからゆっくり歩いて西4丁目まで行って荷物を受け取り、西7丁目にあるホテルに戻りました。

 ホテルでは大浴場で体中から噴き出している塩を洗い流します。今年は北海道マラソンとしては気温が低くて助かりましたが、顔も体もしっかりと焼けていました。

 それからゆっくりと服を着替えて夜のライブ会場に向かいました。

ライブハウス

 詳細の決定が遅れてしまったこともあって十分な告知期間が取れず、せっかくの素晴しいライブハウスだったのに席を埋めることができませんでした。これは非常に残念です。

 でもはっつんはいつもと変わらないパフォーマンスで歌を届けてくれて、私たちは満足できる夜となりました。

 終了後はCD「ピークハント」の即売とサイン会です。もちろん私も1枚ゲットしました。中に収められている曲は、どれも変わらぬパワーと新たに生まれた落ち着きの感じられる素晴しい作品でした。

ライブ後

 それから大阪から来たかっきーさん、東京から来たまきおさん、札幌のライカンさんと軽く打ち上げをしました。新婚旅行以来の北海道というかっきーさんを、我々道産子3人衆が徹底した北海道料理攻撃を繰り広げました(笑)。

 ホテルの部屋に戻った私は全身が激しく痛んで眠いのになかなか眠れませんでした。昨年よりも大きなダメージを感じているように思えます。翌日の藻岩山登山に大きな不安を覚えていました。

 翌朝、外は思いのほかいい天気でした。数日前の予報では雨の心配もあったのですが、まったく心配なさそうです。むしろ天気予報を見る限り暑さの方が心配です。

 慈啓会病院前の登山口から集まったメンバーで登山を開始しました。はっつんには藻岩山程度では物足りないでしょうが、北海道マラソンとセットで考えるとこれ以外にはありません。できれば来年ははっつん自身がもっと楽しめる山を目指せたら……などと思いました。

 正直なところ、私のような山の素人でも藻岩山くらいなら問題なく登れます。だからマラソンを走った翌朝でもこうして登れることはできます。ですが大きなダメージが残っているだけに、だんだん無口になってしまいます(笑)。

 それでも1時間ちょっとで頂上に到着しました。頂上ではコーラで乾杯をした後、山頂ライブです。「雲の向こう」を歌い上げてくれました。

藻岩山山頂ライブ

 歌詞の一部に『諦めること 諦めよう キラキラしたいから』というところがあります。昨日の自分はまさに諦めることを諦めて走っていたけど、キラキラしていたのかなあ、などと考えながら聴いていいました。

 そのあとは全員で記念写真を撮ったり、

集合写真

 ツーショット写真を撮ったりしながら、

ツーショット

 藻岩山山頂からの絶景を楽しんでいました。昨年とは違って天気が良かったので、眺めもとてもよかったです。この日は天気が良すぎて気温は31.9度まで上がりました。もしもこれが1日ずれていたら、完走は危うかったかもしれません。

 それから昼食はスープカレーをいただきました。

本日のスープ

 ここでまた楽しいひと時を過ごしました。

 マラソンを走った後でも藻岩山なら何とか登れますが、下りは足への負担が大きくて難しい状態です。下山はロープウェイにして、3日間の遠征を無事に終えました。

 復路の終盤、足の痛みと戦いながら歩いていたときは、「完走したら10年連続の完走となるし、ちょうどいい節目かもしれないなあ。そろそろ北海道マラソンから卒業しようかなあ」などと考えていました。

 実際のところ、右膝の状態はもうマラソンを走るには厳しいかもしれません。これまでも膝の痛みと戦いながら走ってきましたが、今までは「膝を痛めた」という感じでした。でも今の感じは、「膝を壊した」です。歩いていても日常生活でも常に違和感を感じ、走っていないときでも一向によくなる様子がありませんでした。「潮時」という言葉が頭の中をぐるぐる回っていました。

 でもゴールした瞬間、そんな考えは吹き飛んでいました。北海道マラソンを走り終えてゴールしたとき、それまでのつらさ苦しさはすべて吹き飛びます。そしてその瞬間から来年のことを考えています。

「来年のホテルも早めに押さえておかなきゃ」

 留萌に帰るバスの中で、私はぼんやりとそんなことを考えていました。(おわり)


(1)最大のピンチ
(2)踏ん切りつかず
(3)自己暗示
(4)昨年よりもいい感じ
(5)ランナーズハイ
(6)キロ7分
(7)絶対にたどり着いてみせる
(8)あと300メートル
(9)号泣


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(9)号泣

 300メートル先に見えるゴールゲート。はるか遠くに見えますけれども、ここまで走ってきた距離を思うとほんのわずかです。私は満面の笑みを浮かべて沿道の観衆に手を振りながら進みます。

 昨年の11月から今年の6月まで、さまざまなアクシデントもあったりしてほとんど走れませんでした。7月にランナー復帰したものの、最初はまるでビギナー並みにしか走れません。10キロを走るのも大変な状態で、8月末に北海道マラソンを走れるようになるかと大きな不安を抱きました。

 8月になって少し長い距離を走る練習をするようになりました。でもなかなか不安を払拭するまでは至りませんでした。逆に走った後の膝の状態の悪さに、自信をどんどん失っていきました。

 北海道マラソンが近づくにつれて、敵前逃亡も頭に浮かぶようになります。衝動的にホテルをキャンセルしようかという気持ちも起きてきます。走るからには完走を目指して走りたい。でも今年の私はとても完走を目指せるような状態ではない。それなら今年は無理せず来年に向けて態勢を立て直すべきではないか。そんな自問自答を繰り返していました。

 もしもこの週末の目的が北海道マラソンだけだったら、私には走る勇気はなかったかもしれません。でも今回は他にも目的がありました。だからホテルをキャンセルするわけにはいきませんでした。

 札幌までは行くものの、走るかどうかはなかなか踏ん切りがつきませんでした。当日の朝までそんな迷いは続きましたが、スタートすることだけを目標に切り替えて出場を決意しました。どうしてもゴールをする自信がない私は、そうでもしないとスタートラインにつく勇気が出なかったのです。

 でもどうにかここまでこれました。練習不足の体には酷なことだったことは明らかです。体は全身が悲鳴をあげています。下半身の関節や筋肉が痛むのはもちろん、振っている左腕だって筋肉痛に苦しんでいます。でもとうとうここまでやってました。そんな万感の思いをこめて沿道の声援に左手を振って走ります。

 13年前。初めての北海道マラソンのときは、北海道マラソンのことを何も知らないが故の怖さに震えて走っていました。そんな怖さを乗り越えて、ゴールの瞬間にすべての感情が溢れ出ました。

 13年経って、私は北海道マラソンの怖さを嫌というほど知りました。怖さを知っているがゆえに足がすくみました。怖さを知っているがゆえにスタートの壁をものすごく高く感じました。

 そんな怖さを乗り越えてここまでやってきました。もうすぐです。もうすぐすべてが終わります。

 ゴールゲートの直前では有森裕子さんがハイタッチをしながらランナーたちを迎えています。私も有森さんとハイタッチを交わし、両手を天に向かって突き上げました。そしてそのままゴールラインを越えたのです。

 4時間53分02秒。12回目の完走ですが、これまでの北海道マラソンでダントツのワーストタイムです。でもこれまでで一番頑張ったレースでした。

 ゴールラインを越えて数歩進んで振り返り、いつものように深々とお辞儀をしました。そしてまた振り返って前に進み始めたのですが……。

 次の瞬間、私は壊れてしまいました。13年前のあのときのように、涙が突然溢れ出てきたのです。

 怖かったんです。今回は本当に怖かったんです。走らない理由をいろいろ探していたのも、その怖さを隠すためでした。走る前からこんなに怖かったことはありません。こんなに走りたくないと思いながらレースに出たこともありません。

 ずっと怖さにつぶされそうになっていました。そして怖さから解放されたとたんにたがが外れてしまったようです。

 13年前のあのときはあたり憚ることなく声をあげて泣きました。さすがに今回はそうはいきません。声を殺して顔の汗を拭っているようなふりをして、メガネを外して涙をリストバンドで拭いていました。

 しかしそんな私の姿を先にゴールしたtamtamさんと「ランニングパラダイス北海道」のパーソナリティーHITOMIさんがしっかりと見ていました。そんな2人と言葉を交わしましたが、興奮の極致にいた私は何をしゃべったか覚えていません。

 それから動線に従って前に進みます。完走メダルをかけてもらい、フィニッシャータオルをもらい、水を受け取ってチップを外してもらって完走証を発行してもらいました。(つづく)


(1)最大のピンチ
(2)踏ん切りつかず
(3)自己暗示
(4)昨年よりもいい感じ
(5)ランナーズハイ
(6)キロ7分
(7)絶対にたどり着いてみせる
(8)あと300メートル


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(8)あと300メートル

 もう大丈夫と思って気が緩んだとたんに大きなアクシデントがやってくる。これまで私が何度も犯してきた失敗です。だから最後まで気を抜かないよう自分を戒めにかかりました。

 実際のところ、走れる距離がどんどん短くなってきています。走り出してもすぐにあちこちが痛み出して歩くようになっています。

 そのことはラップにも顕著に現れ、どんどん落ちてきています。軽快に走っているときの5キロはあっというまですが、歩いているときの5キロは倍以上の長さに感じます。それはワッカでも経験してきたことです。

 38キロのラップは8分55秒まで落ちました。デッドラインの10分は切っているものの、まだまだ気を緩めるわけにはいきません。

 ただ冷静に計算すると、完走する確率はかなり高くなっていると思います。そう思って気を緩めないためにはさらなる目標設定が必要です。

 ここまできたら最終関門を5時間05分以内などということではなく、ゴールのタイムが5時間を切ることを目指しましょう。5時間を切るだけではなく、昨年のナゴヤアドベンチャーマラソンのときの4時間57分07秒という記録を上回ることを目指しましょう。今のペースを維持していけば、それは達成できるはずです。

 コースは北大構内に入りました。北海道マラソンのコースが変更されて北大構内を通るようになったとき、母校の中を走ることができるということに感激をしました。

 ところがいつもここまでにへばってしまい、颯爽と母校を駆け抜ける、という姿にはほど遠い走りとなっています。今年もこうなってしまいました。歩き、歩き、歩き、たまに走り、という感じになってしまっています。ここを軽快に走り抜けられる日は、この先やってくるのでしょうか。

 北大構内にはときおり木陰があります。ここまでほとんど日差しを避けられる場所がなかったので、これは助かります。少し息を吹き返しましたが、足が動かないことには変わりありませんでした。

 このあたりまでくると、濡れたシューズに起因するマメが両足裏にでき始めていることを痛みで教えてくれます。下半身の関節や筋肉が悲鳴をあげているところに足裏まで。痛いのを通り越してこんな状態でも走ろうとしている自分が可笑しく思えてきました。

 39キロのラップは9分21秒です。ついに9分台まで落ちてしまいました。9分を超えたことを憂うべきか、10分を切っていることに安堵すべきか……もちろん私は後者を選びました。ここまできて悲観的な見方をする必要はまったくありません。

 このままでいい。今のペースを持続していればそれでいい。どのくらいのタイムでゴールできそうなのか、計算していないのでわかりません。とにかくこのペースを守って前進していれば、おのずから結果はついてくるはずです。

 北大のメインストリートに入ると、沿道の観客も増えてきます。その声援の中を颯爽と走るのが私の夢なのですが、今年も夢は夢のままで終わろうとしています。死力を振り絞って走るのですが、100メートルも走らないうちに歩きに変わってしまいます。その繰り返しで少しずつ少しずつ前進します。

 やがて40キロ地点を通過しました。関門制限時間は4時間50分と書いてありましたが、私の通過タイムは4時間32分05秒でした。約18分残しての通過です。この間のラップは9分22秒とほぼ変わらないラップを刻んできました。

 残る関門は1つ。1.6キロ先に設けられています。そこまで30分かけていっても間に合いますから、全部歩いても大丈夫です。40キロ地点の先にある給水所に立ち寄り、テーブルの陰に引っ込んで足を止めて給水をしました。

 リフレッシュしてゴールを目指します。また歩いたり走ったりを繰り返しながら、1歩ずつ前に進みます。足を動かしている限り完走は間違いない。すべての動きを停止したがっている体に対し、私は叱咤激励を続けます。

 北大を出て、今度は道庁に向かいます。目の前には赤レンガ庁舎が見えているのですが、なかなか近づいてきません。ただ時間との戦いは終わりました。あとは焦らず確実に前進するのみです。

 歩いて歩いて歩いて歩いて走り、歩いて歩いて歩いて歩いて走り……やっとの思いで41キロ地点を通過します。4時間41分31秒。この間のラップは9分26秒です。少しずつ落ちていますが、最後まで10分を切ることができました。

 道庁構内に入り、こちらもコースの両側に詰め掛けている大観衆の中をゆっくりと進みます。そしてついに最終関門である41.6キロ地点を通過しました。

 あとはゴールまで600メートル。もう関門はありません。前に進む意志をしっかりと示している限り、ゴールは約束されました。

 歩いたり走ったりしながら大通公園までたどり着きます。すると後ろからtamtamさんがやってきました。そこで二言三言言葉を交わしながら大通りに入ります。tamtamさんは私を抜いて自分のペースでゴールに向かっていきました。

 私も最後の300メートルはゆっくりでもいいから歩かずに走って行こうと思い、コースの左端を走っていきました。(つづく)


(1)最大のピンチ
(2)踏ん切りつかず
(3)自己暗示
(4)昨年よりもいい感じ
(5)ランナーズハイ
(6)キロ7分
(7)絶対にたどり着いてみせる


(9)号泣


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