セカンドビギナーのランニング日記(Road to SAROMAN BLUE)

サロマンブルー。それはサロマ湖100kmウルトラマラソン(100kmの部)を10回完走した勇者に与えられる称号です。いつの日か胸にブルーのゼッケンをつけてサロマ路を走ることを夢見ています。   by Ogaman(おがまん)


テーマ:

 今日は3連ちゃん会議の2日目。そしてお客さんとの軽い飲み会。それでもブログ更新を頑張るぞ!


 ということで、今日は最終回です。笑顔走が自分のスタイルとなりました。でもまだ完成とは言えません。足りないものはいったい・・・?


2004北海道マラソン  2003北海道マラソン から、私は常に笑顔を意識して走っている。2004年の北海道マラソン では、初挑戦の時は顔がこわばっていたスタート~平岸小学校スクールバンド遭遇までの区間も満面の笑みで走り、スクールバンドの演奏に対しても「ありがとう!」と2年分のお礼を言って駆け抜けることができた。


 しかしこれだけでは、私の笑顔走が完成したとは言えなかった。


 2004年の3月。私はまたもや年度末に戦線離脱をした。胆石の手術である。いや、今回は年度をまたいでの長期休暇とならないように、上司とも相談して2月に入院するはずだったのである。ところがベッドが空かない。空いてもより緊急度合いが高い患者を先に入れていたようで・・・。それに対して私は「別に痛みはないです」などと言ってたのが失敗だったようだ。


 「最近、痛みが出てきたんです」と言った数日後、ようやくベッドが空く旨の連絡がきたのだが、すでに3月10日を回っていた。


 それが原因かどうかはわからない。しかし、私の同一部署在籍記録は7年目を迎えた。


 仕事内容は相変わらずである。決して意欲がないわけではない。しかしなんだか、ここで意欲を表に出すことに気恥ずかしさを感じるようになっていた。自分だけが長いこと居座っている。それが突然張り切った姿を見せたら、なにか変な目で見られるのではないか?そう思うと、うかつに変えるわけにはいかなかった。言われたことは一生懸命にやる。しかし相変わらず自ら動こうとはしなかった。いや、できなかった。


 2005年4月。私はようやく辞令を受け取った。内部異動であり、昇進を伴うわけではなかったが、ともかく環境が変わることが嬉しかった。


 環境どころか、仕事の内容も大きく変わった。農業関係の(いちおう)技術者である私。しかし今度の仕事は農業だけではない、むしろ農業以外の案件が大部分なのである。地域振興にかかわる業務。字面からすると、なんでもありという感じがする。それをいいことに、何でもしている(笑)。


 焼き鳥大学 のメンバーと知り合ったのも、その流れである。そのまま流れに身を任せていたら、24時間ラジオをやったり、パラリンピック代表選手の壮行会や写真展をやったり・・・。しかしもちろん、なんでも無条件に許されるわけではなく、それらは両方とも仕事後に打ち合わせを行い、休暇を取って当日の対応をしている。そしてそれらの活動は、本来業務にも繋がってきている。


 走ることでは充実感を得られるようになっていたが、ようやく仕事の面でも充実感を得られるようになった。今の仕事、もしかして私の天職かもしれない。そのくらい、自分に合っている。


 しかしまあ、いつまでもそのままとどまれないのが、宮仕えのつらいところ。前職のように7年も置いてくれればいいのだが、そうもいかないだろう。だがまあ、今の自分ならどんな仕事にも対応できるだろう。仕事面でも完全に復活し、私の笑顔走の完成である。


 私は市民ランナーである。職業ランナーではなく、頭に「市民」がつくのだから、仕事をきちんとこなしてこそ一人前なのである。ここにきてようやく仕事についても誇れるようになってきた。ここまで・・・長かった。大きな回り道だったけど、決して無駄な道のりではなかった。これまでの人生に自信を持って、そしてこれからの人生にも自信を持って、今日も私は笑顔で走るのである。(完)


 サボリ癖 なくす決め手が ipod


 今日は飲み会ということで、練習はできなかった。


 明日は名寄で会議。旭川に戻ってくるのは5時を過ぎそうだが、Ogakunとナイタークロカン練習に行こうと思う。4日連続おサボリは避けないと・・・。


 ひとりごと


 2月21日火曜日の札幌出張。アスリートクラブ札幌中央店がお休み、ということにショックを受けていたのだが・・・2月22日水曜日から23日木曜日までの、1泊出張が決まった。なんと、札幌3日連続だ。なんとか21日の出張が1泊にならないかと思っていた(しっかりと、1泊2,800円のホテルは予約していた)のだが、思うようにいかなかった。しかし翌日から1泊出張が入ったことで、無事にシューズを受け取りにいける。ちょうど今月は10周年記念セールをやっている。練習用シューズも買おうかな・・・。


 ちなみに、22日の泊りもとったのだが、例のホテル、この日の料金は3,200円となっていた。ちぇっ。400円損したぜ。


 さて、22日の夜はどのように過そうかな・・・。


 お知らせ


 引き続き、サロマ湖100kmウルトラマラソンの同行者募集のお知らせです。遠軽町のホテルサンシャイン (6月24日、25日の2泊・食事なしで、1人9,800円です)でツインを2部屋確保しました。1部屋は私とyagiさん 。もう1部屋が今のところトン子さん のみ決まっています。トン子さん と同室になる女性1名を募集中です。


 大会当日の朝は、湧別で車中泊をしている江別市民さんの車に乗せていただきスタート地点に向かいます。そしてゴール後は、あらかじめ前日からゴール地点に置いてある車(私かな?)に乗って戻ってきます。


 希望者はその旨をコメントしてください。


マラソン - スポーツ   ranQ

いいね!した人  |  コメント(19)  |  リブログ(0)

テーマ:

 今日は誕生日。えっ?何の誕生日かって?それはこれ


 早いもので、あれからもう1年だ。1年前の今頃は、非常に大きな不安を抱いていた。その不安を紛らわすために始めたのかもしれない。


 そして今日、(途中で名前は変わったが)1周年を迎え、誕生日のプレゼントが届いた。それがこれである。


ipod


 1月29日のエントリーの最後に書いた、ジョグノート のオープンキャンペーンで当選したipod nano+アームバンド。正直言って、こんなに早く届くとは思わなかった。しかし最近は機械に弱くなっている私(何といっても、取扱説明書を真面目に読まなくなったもんなぁ)。使いこなせるようになるまでは、しばらくかかりそうだ。


 それでは第8回目。2003年シーズンで私の笑顔ランは一応の完成をみます。


 私が異動しなかったことをショックに思った大きな理由の1つは、北海道マラソン出場がピンチとなったことである。毎年8月最終日曜日に開催される北海道マラソン。同じ日には、旭川農業まつりが開催されていた。私の部署では旭川農業まつりでパネル展を行っていたのである。そのためこの日は、唯一の休日出勤となる日であった。


 幸いだったのは、この年は8月の日曜日は5回あったこと。そのため、北海道マラソンのエントリーが始まるGW明けには、旭川農業まつりの日程は8月下旬としか発表されておらず、第4日曜にやるのか、第5日曜にやるのか、はっきりしていなかった。そこでまず、北海道マラソンエントリーという既成事実を作ってしまったのだ。


 後日、旭川農業まつりの日程が発表され、北海道マラソンと同じ日だった。しかし私は事情を話し、準備はすべて私が担当するということで、当日は北海道マラソンに出場させてもらうことにした。ここまでしてもらって、途中リタイアというわけにはいかない。サロマの時にとった、「完走しなければならない理由」作戦のルーツはここにあった(笑)。


 そして迎えた北海道マラソン当日。今読み返しても泣ける感動の完走記 は別途読んでいただくとして(笑)、このレースで私の笑顔走はほぼ完成をみたのだった。


 最初の5kmは緊張の余り顔が引きつっていた。しかし平岸小学校のスクールバンドの演奏で我に返ってからは、北海道マラソンの大舞台で走っていることが、本当に楽しかった。自然と笑顔が浮かんできて、沿道からの声援にも素直に応えることができた。アザラシさん に気づいていただけたのも、そうやって目立って走っていたからだろう(笑)。


 それまでの自己ベストは4時間17分。まさか完走できるとは誰もが思わなかっただろう。ところが30kmを過ぎてからランナーズハイの極致にいた私はペースをあげ、35km通過時には完走を確信していた。そして迎えた37km過ぎの第2折り返し地点。その人波のすごさに、私の感動はピークに達していた。


 ・・・本当に楽しかった。周りのランナーの存在は、もはや眼中になかった。沿道で声援を送ってくれる人は、折り返し点を十重二十重に取り囲んでいる人たちは、みんな私のために応援してくれている。心からそう思った。だから私は、沿道の人々に手を振りながら走っていた。


 そのとき、あの一言が耳に飛び込んできた。


 「あの人、本当に楽しそうに走っているね」


 実際は周りに大勢の人が走っていたわけである。だけど私は確信した。あの言葉は、自分に向けられたものだ。


 その言葉を耳にしたとき、自分のランニングスタイルが固まったのだ。楽しく走るということは、私のパフォーマンスを最大限に引き出す走法だ。仕事で苦しい思いをし、うつ病による闘病生活で苦しい思いをし、さらにランニングでまで苦しい思いをする必要はない。これまでのフルマラソンでは苦しい思いをし、そしてタイムもよくなかった。しかしこの日は腹の底から楽しい思いをして、なおかつタイムも自己ベストより30分近くも上回った。楽しいからこそ走る。楽しいからこそ速く走れる。それが私の発見だった。


 この北海道マラソンを境に、私はそれまで以上に笑顔を意識して走るようになった。(つづく。次回くらいを最終回にしたいと思います)


 楽しそう その一言に ありがとう


 今日から富良野、旭川、名寄と会議3連ちゃん。明日は早く終わるので、夜は時間の余裕があると思ったら、そんなときに限ってお客さんが来て飲むことになってしまった。そんなわけで、今日と明日はランオフ。明後日の木曜日、果たして時間が作れるかどうか。アスリートの風もあるからなぁ・・・。


 お知らせ


 引き続き、サロマ湖100kmウルトラマラソンの同行者募集のお知らせです。遠軽町のホテルサンシャイン (6月24日、25日の2泊・食事なしで、1人9,800円です)でツインを2部屋確保しました。1部屋は私とyagiさん 。もう1部屋が今のところトン子さん のみ決まっています。トン子さん と同室になる女性1名を募集中です。


 大会当日の朝は、湧別で車中泊をしている江別市民さんの車に乗せていただきスタート地点に向かいます。そしてゴール後は、あらかじめ前日からゴール地点に置いてある車(私かな?)に乗って戻ってきます。


 希望者はその旨をコメントしてください。


マラソン - スポーツ   ranQ

いいね!した人  |  コメント(12)  |  リブログ(0)

テーマ:

 待ちに待っていた出張が決まった。


サロマ完走シューズ  昨年の暮れ、愛用のシューズ(踵が思いっきり減っていたGELFLASHDS。アスリートの風をご覧いただいた方はよくわかると思う)をアスリートクラブ 札幌中央店へ修理に出した。年末年始の休業期間を挟むため余裕を持って、1月末に仕上がり予定とのこと。例年2月に、私が担当している案件の担当者会議が札幌であるため、そのときに取りに行けばいいと思っていたのだ。その会議が2月21日火曜日の午後に開催されるという連絡が入ったのだ。


 よし、これで大丈夫。


 ・・・うん?火曜日?火曜日ってたしか・・・。


 アスリートクラブ 札幌中央店。定休日は毎週火曜日・・・。むむむ・・・。ともかく、3月18日まで受け取りに行ければいいのだが・・・。2月26日の白石サイクリングロード合同ランに参加するか(酔っぱらって店に行けない恐れも多分にあり)、あるいは3月1日の高石ともやさんの話を聞きに行くか、それとも・・・。大逆転となる展開を待とう。


 ということで、本日は第7回。いよいよ私もネットランナーのはしくれとなった、2002年の4月からです。


 知り合ったばかりにもかかわらず、伊達で会った仲間たちは旧知の知り合いのように受け入れてくれた。元来人付き合いが得意ではない私には新鮮な驚きだった。これはもう自分のパソコンを持って、好きなときにネットサーフィンをしなければならない。私は早速電気屋へ行き、パソコンを購入した。GWには我が家にパソコンが届き、5月22日にはHPも開設した。


 2000年10月の旭川マラソン 以来、私はいろいろな意味でマナーの良いランナーになろうと心がけていた。そのため、最初に手がけたコンテンツはマナー だった。以前もこのブログで書いたことがあるが、私がこのとき誓ったマナーは3つある。


 道路にツバを吐かないこと。

 コップやスポンジは路上に捨てないこと。

 沿道の声援には必ず応えること。


 道路にツバを吐かないということを考えると、必ず思い出すシーンがある。


 若い人はご存じないだろうが、第1回東京国際女子マラソンでのことである。確かこの大会は、女子マラソンとしては世界で最初に公認された大会だったと思う。この大会の優勝者はジョイス・スミスさん(しかも、当時すでに40歳を超えていたのではなかったっけ?)だったが、彼女は終始ハンカチを握りしめて走っていたのだ。彼女は道路にはツバは吐けないと、ハンカチで拭きながら走っていたのだった。


 これは非常に衝撃的だった。


 そしてそれから20年余り経って、私はそれを真似したのである。えっ?ハンカチを持っていないだろうって?私の右腕のリストバンドは、汗を拭くとともに、我慢ができないときはツバを拭くのである。


 ジョイス・スミス選手に続くトップランナーがみな彼女の真似をしてくれたら、ランナーの姿は変わっていたのかもしれない。しかし残念ながら、そのような美しい走りをしたのは彼女だけだった。しかし私は、その彼女の崇高な姿を目標にしたいと思った。


 コップやスポンジもゴミ箱に捨てるよう心がけている。捨てそびれたときは、路上に捨てることもある。正直言って。でもその場合でも必ず紙コップはつぶして(その方が風に飛ばず、ボランティアの方も始末しやすいそうです)道路脇に捨てる。決してコースのど真ん中に捨てたりはしない。時にはランパンの裾に挟み、次の給水所まで持っていくこともある。


 声援に応えるというのは、私のランニングスタイルとして定着している。そうすることで笑顔にもなれるし、Smile Running Projectのルーツともいえよう。そのスタイルが定着するきっかけとなったトマムフォレストマラソン、サフォークランド士別ハーフマラソンを走ったのもこの年だった。


 しかし調子にのって走っていたせいか、8月に故障してしまった。しばらく走れない日々が続き、またテンションが下がってもおかしくない状況だった。しかし、自分が走らなくても仲間の応援ができる。子供たちを連れて大会会場へ行くと、仲間と会うことができる。それだけでも十分に楽しかった。


 さて、仕事の方はというと、同じような仕事を5年もやっているのである。要領もわかっており、手の抜きどころも理解している。だからそれなりにこなしていたが、こなしていたに過ぎなかった。業務の遂行にあたり自分の意見を言うわけでもなかった。ただ、このままじゃいけないという思いはだんだん大きくなっていた。


 当然異動の声がかかると思っていた2003年4月。1月頃は、確かに異動の打診もあった。しかし結局は6年目を迎えることになった。さすがに嫌気がさしたが、宮仕えの身であるからにはどうにもならなかった。(つづく)


 ハンカチで 拭う姿の 美しさ


 今日の練習内容


 明日から会議が3連ちゃん。そのため夜のトレーニングは難しそう。唯一時間に余裕がありそうで、社保へ行って筋トレをしようと思っていた水曜日も、札幌から来るエライ人が飲みに行くという。あ~あ、飲み会続きで破産状態なのに・・・筋トレをしようと思っていたのに・・・悲しき宮仕えである。


 そんなわけで、昨日の今日ではあるが、Ogakunに誘われるままクロカンのナイター練習に行ってきた。


 実は昨日の往路から右膝に痛みが出ていた。最近の痛みは、膝の内部からの痛みに感じられ、正直なところ気持ちのいいものではない。しかしクロカンをやっている間はこの痛みが消えているので助かった。


 グラウンドを2周したあと、2kmコースを2周。Ogakunから、「お父さん、ずいぶんうまくなった」と言われてちょびっと機嫌をよくした。


 今日 XCスキー 4.7km(ラン換算3.3km)   今月累計 46.2km


 お知らせ


 引き続き、サロマ湖100kmウルトラマラソンの同行者募集のお知らせです。遠軽町のホテルサンシャイン (6月24日、25日の2泊・食事なしで、1人9,800円です)でツインを2部屋確保しました。1部屋は私とyagiさん 。もう1部屋が今のところトン子さん のみ決まっています。トン子さん と同室になる女性1名を募集中です。


 大会当日の朝は、湧別で車中泊をしている江別市民さんの車に乗せていただきスタート地点に向かいます。そしてゴール後は、あらかじめ前日からゴール地点に置いてある車(私かな?)に乗って戻ってきます。


 希望者はその旨をコメントしてください。


 さて、明日は記念日だ・・・。


マラソン - スポーツ   ranQ
いいね!した人  |  コメント(7)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。