セカンドビギナーのランニング日記(Road to SAROMAN BLUE)

サロマンブルー。それはサロマ湖100kmウルトラマラソン(100kmの部)を10回完走した勇者に与えられる称号です。いつの日か胸にブルーのゼッケンをつけてサロマ路を走ることを夢見ています。   by Ogaman(おがまん)


テーマ:
Ogamanの完走記

 初めて出場したこの大会。というよりも、11月にこうして走っていること自体、私としては画期的なことだった。

 昨年までは、10月の大会に出場した後、11月は気が抜けてまったく走れなくなっていたのだが、今年はこの大会に出場するため11月も走り続けることができた。

 冷夏に悩まされ、10年ぶりの冷害に見舞われた年だったが、冬の訪れは遅く、なかなか雪の降らない年であった。初雪も平年より10日も遅く、レースに向けたトレーニングも十分に積むことができた。ところが、大会前日、及び当日の予報は雪。しかも気温も低くなりそう。寒さが苦手な私は、思わずDNSとしてしまおうか、と思うくらいだった。

 大会前日からの雪のため、美瑛はすっかり雪景色。路面も完全に圧雪状態。10年ほど前、冬道で交通事故を起こした経験がある私としては、冬の遠出は避けたい気持ちが大きい。しかしこの日は、前日からUHB少年の船の仲間達と洞爺湖へ行っているHOSSYと札幌で落ち合って一緒に帰ることとなっている。そのため片道切符しか持たずに行っているHOSSY。もしも行かなかったら大変なことになってしまう。そんなわけで6時45分に家を出て高速道路を目指したのだが、旭川市内はツルツルのアイスバーン。いきなり前途が不安になる展開だった。もっともOgakunは助手席ですやすやと眠っていたが・・・。

 道央自動車道に乗っても、路面は圧雪状態が続いており、50km規制が続いている。この状態が続けば札幌到着はかなり遅くなってしまいそう。ちょっと不安になりつつも、アクセルを踏み込むわけにはいかない。北海道マラソンで覚えた我慢をここでも実践する。

 道中吹雪いて視界が200mくらいになる区間もあったが、岩見沢を過ぎると路面から雪が消えた。周辺の景色を見ても、田畑にうっすらと雪が残るだけ。一面が雪景色だった旭川地方とはえらい違いだ。ようやく速度規制も解けて、快調に進む。

 札幌JCT到着は9時10分。前半の速度規制を考えると、思ったよりも早く到着できた。札幌市内の路面のアスファルトが出ていることが何よりもよかった。

 すすきのの駐車場に車を置いて、地下鉄で幌平橋へ向かう。この大会のスタート地点は幌平橋の下流約100mの地点。無事に10時ちょっとすぎに到着できた。

Road to SAROMAN BLUE-河川敷


 いつもならばスタート時間の2時間くらい前に会場に到着するように心がけているのだが、さすがにこの寒さの中で長時間待つのは避けたい気持ちが強く、1時間くらい前に到着したいと思っていた。結果的には予定通りの到着時間で一安心だった。

 会場にはケロさん、tamoyanさんご夫妻、猿吉源造さんらが到着していた。しばし談笑していると、やがてしんいちさんが。そして走太郎さんとアザラシさんが現れた。

 みんなそれぞれアップをしにいく。北海道ロードレース以来、2回くらいしか走っていないというOgakunも走りに行く。しかしOgamanはその場で屈伸運動をするのみ。こんなことでいいのか?

 やがて11時を迎え、クォーターの部が一斉にスタートする。tamoyanさん、猿吉源造さん、そしてOgakunがスタートしていく。いつもは前の方に並び積極的なレースをするOgakunだが、さすがにここは練習不足のため、中団からゆっくりとスタートしていった。

Road to SAROMAN BLUE-クォータースタート


 それを見送ると、11時10分にはハーフがスタートする。Ogamanもウインドブレーカーとジャージを脱ぎ、準備を始める。これまでは寒いときでもランシャツとランパンで走ってきたが、さすがに2度という気温ではそんな格好はできない。長袖Tシャツとロングタイツ。その上からfrunウェアを着用した。このウェアを着るようになってから、内容的には満足のいくレースが続いている。それだけに、やはりこのウェアを着ないことには落ち着かない。

 しかし、ウインドブレーカーとジャージを脱ぐと、寒い!しかも十分にアップをしていないから体も温まっていない。今回は故障をしないようにのんびり走るだけだ。でも、のんびり走っていたら体が温まらなくて寒いかもしれない。余計な心配ばかりが頭の中を駆け巡るスタート前だった。シューズの紐がちょっときつく感じられたため、再度緩めに縛り直して、スタートラインに向かった。

 Ogamanはいつものように真ん中やや後方寄りからのスタートだった。横にはしんいちさん、ちょっと前にケロさん、その前にアザラシさんと走太郎さんという感じで並んでいたのだが、前の人たちは一気にかっとんでいく。後ろからはどんどん抜いていく。私自身、そんなに抑えたスタートというつもりもないのだが、さすがにこんな寒さの中でも走ろうというのは、「つわもの」が揃っているようだ。むろんOgamanはつわものなどと呼ばれることはなく、単なる「すきもの」に過ぎないのであるが。そんなことを考えているうちに、走太郎さん、アザラシさん、ケロさんの背中がどんどん遠くなっていく・・・。

 後ろからどんどん抜かれながらも、Ogamanはしんいちさんと併走し、話をしながら走っていた。

 流れが落ち着いてきた頃、左足の脛に異変を感じた。またもや張りが・・・。これでこの症状が出るのは今年3度目。みどりさわやかの10kmに始まり、旭川マラソンのフル、そして今回と、いずれもスタート直後から左足の脛に張りを感じている。間もなく張りは消えたものの、一時的なスピードダウンを余儀なくされている。

 それにしても、何故こんなおかしなところに異変を感じるのだろう?練習でも感じたことがないのに。ただこの3回の共通点はある。いずれも気温が低い中で、ウォーミングアップが十分ではなかったレースだ。ウォーミングアップ不測が原因というのであれば今後の対応も可能だが、果たしてどうなんだろう?なんとかペースダウンせずに元に戻せないかと思ったのだが、なかなか好転する気配もなく、諦めてペースを少し落としたため、しんいちさんとも離れだした。

 気分転換に、周りの景色を見ながら走る。とはいっても、豊平川の河川敷コースなので、景色の変化は少ない。橋や川面を見ながら走っていた。

 やがて10分前にスタートしているクォーターの上位の選手たちがやってくる。Ogakunが出場しているクラスは中学・高校の部。ということで、高校生も大勢出場している。一般の選手たちに混じって、高校生もどんどんやってきた。やがてOgakunもやってきた。順位はクラスで15番前後と入賞圏内には程遠いが、練習不足の割にはしっかりとした走りだった。

 tamoyanさん、猿吉源造さんも元気にやってきてエールを交換する。スタート前には会えなかったが、豊平川サーモン駅伝で競い合ったなっかさんもやってきた。当時と比べて余裕を感じる走り。もともと基礎体力はある人だけに、う~ん、来年は負けるかもしれない・・・。

 しばらくするとハーフの先頭集団もやってくる。そして次々と続いてやってきた。

 走太郎さんがやってきてハイタッチ。そのすぐ後ろにはアザラシさん。実にいいペースで走っている。これも禁煙効果かな?しばらくするとケロさんをもとらえたしんいちさん、そしてケロさんともすれ違う。

 途中の距離表示はないが、ここのハーフコースはクォーターコースを2往復。ということは、折り返し点までワンエイツ(フルマラソンの8分の1、すなわち約5.27km)と思って差し支えないだろう。最初の折り返しまでのタイムは25分50秒。5kmを何分くらいのペースかすぐには計算できなかったが、25分は切っていると思う。スロースターターの自分は、なかなか最初の5kmで25分を切れない。そう考えると、左足の脛の張りがありながらのこのタイムは、自分としては優秀といえよう。単純に考えると、100分で走るにはワンエイツを25分で走ればいい。50秒の借金はできたが、北海道ロードレースのようにここからペースを上げれば100分も切れるかもしれない。

 しかし、折り返してから思うようにペースはあがらない。折り返した途端、向かい風が強くなったような気がする。いつもは5kmまでに消えるはずの脛の張りもなかなか消えない。それでも一生懸命にペースを上げはじめた。

 やがてケロさんに追いついた。「ゴーゴー」とハッパをかけられ、そのままのペースで前を目指す。

 しばらく進むと、「Ogamanさん」と呼ぶ声が。GOさんだった。都合がつけば応援に来てくれるとのことだったが、本当に来ていただけた。このような出会いが、どんどん自分にパワーを与えてくれる。そんな効果もあってか、いつしか左脛の張りも消えていた。

 見た目はずーっと平坦だ。しかし下流から上流に向かっているのだから、わずかながら上っているわけだ。気持ちの上では往路よりもペースを上げている。しかし思ったようにスピードは上がらない。どうも体が動いてくれない。

 1周目終了は51分49秒。この間は25分59秒とやはりわずかにペースダウンしていた。

 ペースアップしてこそ100分を狙えるかと思っていたのだが、ここで1分49秒の借金はきつい。残りを48分11秒。う~ん・・・。

 気を取り直して2周目に入る。100分切りは困難になったが、得意の後半が待っている。そのように自分に暗示をかけて、気分も新たに走り始める。

 同じコースを2往復、しかも河川敷というのは、景色の変化も単調で、はっきり言って飽きる。しかし残り距離がどのくらいかということは、数字的にはわからなくとも感覚的にわかりやすい。しかも適度に橋があるため、目標にしやすいという利点はある。しかもこの橋、いろいろと今シーズンの思い出深い橋も多い。

 折り返して最初に見えてくるのは南大橋。と言っても馴染みのない人も多いことと思うが、北海道マラソンの8kmくらいの地点、中島公園にさしかかる橋というと、おわかりの方も多いと思う。3ヶ月前にこの橋を渡ったときは、まだまだ不安な気持ちが一杯だった。

 南7条大橋の下をくぐり、豊平橋へ。豊平橋の少し上流のポイントは、4月のみどりさわやかマラソンのスタート・ゴールとなった地点だ。

 続く南1条大橋の下をくぐるときは、あの光景が目に浮かんだ。南大橋同様に北海道マラソンで渡った橋。序盤に渡った南大橋と違い、この橋を渡ること自体が目標と言ってもよかったかもしれない。35kmを過ぎて完走を確信しながら東へ向かって渡り、40km手前でうるうるしそうになりながら西へ向かって渡ったこの橋。次に自分の足でこの橋を渡るのは、来年の北海道マラソンだ。ぜひそうありたいものだ。

 続く水穂大橋に差し掛かると、マガモの群がいた。ずいぶん人に慣れているようで、中にはコース脇まで上がっているものもいて、その隣をランナーが駆け抜けて行っても逃げようとしなかった。

 次の東橋の付近は、1ヶ月前の北海道ロードレースで折り返し地点だった。そこまでたどり着く前にOgakunに抜かれてしまい悔しい思いをしたことは、記憶に新しい。

 東橋を越えてから目に飛び込んでくるのは、苗穂鉄道橋と上白石橋だ。いつもJRで札幌に来るときは、この橋の上から豊平川を見下ろしている。ちょうど通過する電車がいたが、さすがに手を振ることはできなかった。

 続く北13条大橋を越えると折り返し点が見えてくる。すでに折り返してくるランナーは多数おり、走太郎さん、アザラシさんとはハイタッチをしてすれ違う。アザラシさんはずっと走太郎さんとわずかな差で走っており、この分だと好タイムは間違いない。続いてすれ違ったしんいちさん。かなり差が詰まってきている。折り返し点到達は1時間16分40秒。この間は24分51秒と1分ほどペースアップしている。しかし100分切りはこのペースだと非常に厳しい。だけど、最後まで全力を尽くさなきゃ。

 通常のレースだと、このように後半でペースアップをすると、次々とペースダウンしたランナーを交わすことができる。しかしこの大会、こんな寒い時期に行われる大会だけに、参加者は“つわもの揃い”と言っている人がいた。確かに落ちてくる人はなかなかいない。もっとたくさんとらえることができれば、元気も出てくるのだが・・・。

 折り返して再び北13条大橋の下に給水所がある。ここでようやくしんいちさんに追いついた。「先に行ってください」というしんいちさんを抜いて前に出る。そして次々と前のランナーをとらえていき・・・と言いたいところだが、こちらも思うようにペースが上がらない。一生懸命走っているのだが、なかなか体は前に進まない。今年は春から北海道マラソンを完走することを、唯一最大の目標としてやってきた。そのため、練習のポイントと考えていたのは、フルを走りきるスタミナをつけること、と思ってやってきた。そのこと自体、間違いじゃない。それは北海道マラソン完走という結果が物語っている。しかしスタミナ強化に努める余り、スピード強化がおろそかになってしまった。現状では、目一杯走ってもこのスピードが限度だ。

 そんなことを考えているうちに南大橋の下に差し掛かる。遠くに本部テントが見えており、いよいよ今年のラストスパートだ。故障を避けるために重戦車スパートは封印。だけどちょっとペースを上げるくらいならいいだろう。そう思ってペースを上げたのだが、テントが大きく見えてくるにつれて私のペースも徐々に上がってくる。徐々に前のランナーを追い詰めて、1人、2人と抜いていく。あるランナーを抜いたときは「そっちの方が余裕がありそうだな」と声をかけられた。本当に余裕があるときの自分だったら「いや、いっぱいっすよ」とか応えるところだが、余裕がないため何も言えない。ただそのままのペースで走るだけだった。

 ところがこの頃、私は右足に異変を感じていた。ご安心あれ、故障じゃない。シューズが脱げそうだ!ここまではまったく感じなかったのだが、スパートして全力疾走に近くなると、右のシューズが脱げそうになってしまう。あれだ・・・。スタート直前に靴紐を縛り直したとき、緩めすぎたんだ・・・。今回はここまで大ネタなしで来れたのに、ゴール前で靴を飛ばしたらいい笑いものだ。それだけは避けなければ・・・。

 しかし足は止まらない。続くランナーをとらえにかかると、そちらも負けじとペースアップ。スパート合戦となった。さらにペースを上げると、靴は脱げる寸前に・・・。ということで、この争いから早々と脱落して、そのままゴールした。多分、アクシデントがなくても、あのスパートをされては抜けなかっただろう。

Road to SAROMAN BLUE-競り合い


 何はともあれ、今シーズンの最終レースも無事終了。1時間41分32秒というタイムだった。

 結局今年はハーフで100分を切ったのは1度っきり。下りワンウェイでタイムが出やすいヘルシーマラソンでわずか5秒切っただけだ。しかし、昨年までは下りワンウェイ以外のコースで1時間45分を切ること自体、そんなになかった。内容的には昨年のベストレースともいえる士別ハーフでも1時間41分台だった。そうやって考えると、北海道ロードレース、さっぽろさよならマラソンと、2レース続けて1時間41分台で走れたことは、やはり自分に力がついてきたことの現われだろう(と思いたい)。

 来年はもう少しスピードを磨き、コンスタントに100分を切れるようになりたい。


Ogakunの完走記

 今日はさっぽろさよならマラソンだった。僕の家から札幌に行くまでいつものようにず~っと寝てた。

 そして札幌に着いて車を駐車場に止めて、地下鉄で中の島まで行った。中の島から歩いて幌平橋の下まで行って、受付をした。受付して、スタートまで1時間近くあったから、のんびり準備してかる~くアップした。アップし終わって、走る格好になった。

 そしてスタートした。最初は一応ゆっくり行ったつもりだった。しばらくそのままで行ったが、途中で「いいペースメーカーになるかなあ」と、思った人がいたので、その人についていった。そのおかげでかなり抜きまくったが、だんだんばててきた。案の定、折り返ししてからばてた。だから思いっきりペースを落とした。だからペースメ-カーにしていた人や、抜いていった人にどんどん抜かれていった。ちょっと自分が情けなくなってきたし悔しかったから、「後で抜いてあげるから待っててね。」と思いながら走った。

 しばらくして橋の下のところに頭の青いカモ君がいた。ちょっと驚いた。「近く通ったら逃げるだろう。」と思ったが、逃げなかったからもっと驚いた。その後結構回復してきた。そして女の人に抜かれそうだった時、なんかいやだったから一気にペースを上げた。そしたらばてて抜かれた人をどんどん抜いて行って気持ちよかった。

 最終的には僕を抜いていったひとを全部抜いてゴールした。気持ちよかった。

 その後、ハーフの人が全員ゴールした後、ご飯食べて、電気屋さんでマイルチャンピョンシップを見てから帰った。

 短い距離より長い距離のほうが面白いな。


(Ogamanのラップタイム)

5.27km 25分50秒
10.55km 51分49秒(25分59秒)
15.82km 1時間16分40秒(24分51秒)
ゴール 1時間41分32秒(24分52秒)


結果

Ogakun 45分01秒(クォーター) 高校・中学男子の部 完走 32人中 16位 自己新

Ogaman 1時間41分32秒(ハーフ) 36歳~49歳男子の部 完走 64人中 42位
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Ogamanの完走記

 北海道ロードレース、秋の気配をすっかり深めた真駒内競技場。北海道マラソン以来、約2ヶ月ぶりで訪れた競技場は、私に新たな試練を与えてくれた。

$Road to SAROMAN BLUE-紅葉


 この大会に出場するのは初めてである。例年この時期は、SUNちゃんの実家(北見市)に泊まり、もこと山ふきおろしマラソンに出場していた。それなのにこちらにエントリーした大きな理由のひとつは、中学生でもハーフに出場できる数少ないレースということだ。

 2ヶ月ほど前、Ogakunのかる~い一言が始まりだった。

 「俺もたまにはお父さんみたいにのんびり走ってみたいな」

 別に私のスピードが遅いことについての皮肉ではないだろう(と、思いたい)。ただ彼の場合、中学生の部に出場して入賞狙いで目一杯走るというレースが続いていた。それに対して、私は「ファンラン」と称してのんびり笑顔で走るレースも多くある。そんなことから、彼も「ファンラン」をしてみたかったに違いない。

 しかし中学生のレースは5kmが主流。距離が短いので、これじゃあなかなかのんびり楽しくというわけにもいかない。10kmのレースも、4月のみどりさわやかマラソンに出て以来、出場機会がない。

 「のんびりハーフを走ってみるか?」

 「走ってみたい!」

 ということでエントリーが決定した。

 Ogakunが小学校4年生のときから、Ogamanは彼に勝てなくなった。ただ唯一勝つチャンスがあったのは、彼が中学1年で初の10kmを走ったとき。このとき彼は5kmのレースと同じようなペースで入り、後半ボロボロ。5kmレースを走り終えたばかりのOgamanが、荷物を持ったままでも最後の1kmを伴走できたというくらい、終盤は苦しんでいた。このときOgamanも10kmに出ていれば、勝利の美酒を味わえたのに・・・。

 Ogakunはのんびり走りたいという希望からハーフにしたことだし、初10kmのことがあるので抑えて走ると言っているし、ここは勝つチャンスだと密かに思っていた。(ファンランの息子相手に勝ち負けもないだろうに・・・)

 HOSSYもOgakunに倣って、のんびりと10kmを走ってみたいということでエントリーをしたのだが、それ以降吹奏楽部の練習と定期演奏会で忙しく、参加を断念し、2人での参加となった。

 私の今回のテーマの1つは「初心に帰れ」。最近は半端にレース慣れしたせいか、はたまた目標としていた北海道マラソンで完走したせいか、レースに臨む姿勢が雑である。だから旭川マラソンでは忘れ物が続出だった。今回は初心に帰り、緊張感を持って前日から準備をすることに決めた。

 シューズ、ウェア、着替え、タオル、救急袋・・・。リュックを使うと、リュックの大きさに合わせて荷物を減らそうという気も起きてしまうので、スポーツバッグに荷物を入れる。よし、これで完璧と思えるまで荷物を詰め込んだ。

 ・・・1時間後、何気なく棚を見てビックリ!そこにはナンバーカード引換証が・・・。まだまだ初心に戻りきれていないようだ。

 朝は5時に起床。5時30分に出発し、コンビニでおにぎりを買い込む。駐車場や道路事情などから昨年までは札幌のレースに車で行くことを避けていたが、今年はこれが3レース目。この時間に出れば札幌市内もさほど混雑していない。道央道を走り、札幌JCT到着は7時30分。これから一路、真駒内へ向かう。途中、あえて道路標識に逆らって平岸通りに乗り、北海道マラソンの序盤のコースを逆走し、感慨に浸る。このコースを走っていけば、市内の道をよく知らない私でも間違いなく真駒内競技場に行ける。本当はOgakunに、俺はここを走ったんだぞ、と威張るつもりだったが、Ogakunはおにぎりを食べた後はずーっと高いびきだ。

 思惑通り道に迷うことなく無事に競技場に到着。どうにか駐車場も空いていて、なかなか幸先が良い。心配していた雨も降っておらず、青空が広がっている。車から出たら、体感気温は旭川マラソンの時よりも高そうだ。これで風さえなければベストコンディションと言えよう。

 2000人を超えるエントリーがあるこの大会。なかなか他の仲間とばったりということもない。Ogakunと2人で準備をし、開会式の終了後かるくアップをする。5kmのレースのときは、こんなにアップをして大丈夫か、というくらいレース前に念入りに走るOgakun。しかしここは足を温存することにしたようだ。少し念入りにストレッチをし、競技場をかるく2~3周したのみであがった。6月のたかす以来4ヶ月ぶりのハーフとなるOgamanはもう少し念入りに体を温める。

 アップをしたとき、両膝に張りを感じた。痛みを感じるというほどではないが、軽い炎症が残っているのかもしれない。膝の補強をどうするか迷ったのだが、せっかく旭川では足に何もつけずにフルを走りきったのだ。やはりここも、テーピングなしで走りたい。サロメチールを塗るのみに止めた。

 スタート10分前に、ウェア姿でスタート地点に向かう。長袖、半袖、ロングタイツと準備はしてきたが、この天気なら迷わずランシャツとランパン。さすがに少しひんやりとするが、5kmも走ると体は温まっているはず。

 Ogakunは2時間で完走することを目指してのんびり走るという。OgamanはそんなOgakunに、10kmまではのんびり走るようアドバイス。10kmを過ぎて楽なようなら、そこからペースアップしても大丈夫のはず。OgakunはペースメーカーとしてOgamanがつかなくてもいいと言っていたが、まあそういうわけにもいかないかなと、とりあえずは一緒に走り出すことに決めた。

 スタート地点に並んでいると、たあ坊さん、こむそーさん、しんいちさんらと会う。スタート前になかなか会えなくても、frunウェアを着ているとちゃんと見つけてもらえる。これもこのウェアの大きな効果だ。

 ハーフのスタートは午前10時。1000人を超えるランナーが一斉にスタートする。中断より後ろからスタートした我々は、思うように進めない。でも、今日はファンランのつもりでのスタート。予めOgakunにも、「混雑しているときはその流れに乗って、まっすぐ走ること。ジグザグに走っていくのは危ないし、足にも負担がかかるから禁止。進路変更のときは必ず後ろを確認すること」と言っておいた。

 競技場内を1周して公園内に出る。競技場出口では、10kmに出場のぽん太さんが応援してくれていた。

 公園に出たとたん、Ogakunが「やべえ、トイレに行きたくなった」

 1ヶ月前の私ならば、何を今さら・・・と怒っていたかもしれない。しかし、彼は私とともにスタート15分前にトイレに行っている。そして私自身、旭川マラソンの序盤では尿意に悩まされ、8kmと14kmでトイレに寄っている。「早いうちにトイレに寄った方が、楽に走れるかもしらんぞ」と言っているうちに一つ目のトイレを通過。数m前を走っていた男性がトイレに飛び込んでいった。

 「俺も行けば良かったなぁ」と悔やむOgakun。早々とトイレを探しながらのランとなった。

 真駒内競技場発着で豊平川の河川敷がコースになっている大会は、過去に1度だけ出たことがある。5月に行われる「日刊スポーツ春さわやかマラソン」だが、このときのコースは競技場を出るとすぐに河川敷に出た。その代わり、戻ってきてから競技場の横を通過して園内をぐるっと回るという、精神的につらいコースだった(札幌マラソンはもっとつらいらしい)。しかしこの大会は逆にスタート直後に園内を回り、ゴールはまっすぐ競技場だ。

 園内の狭い通路はほとんど追い越し禁止に近い状態。そんな中をゆっくりしたペースで走る。

 「なんか、レースっていう感じがしないなぁ」

 Ogakunにとっては、練習よりも遅いペースだ。でも、のんびり走りたいって言ったのはお前だよ。

 園内をぐるっと回り、前方にトイレを発見。Ogakunはここに沈没した。

 さてこれからどうしよう?トイレの前で待っているのもおかしな話。まあここはこのまま先に行くしかないだろう。通常の場合、父親ならば追いつきやすいようにペースを落としてゆっくり走ることだろう。しかし、この父親の取った行動はまったく逆だった。なにを血迷ったか、いきなりペースを上げたのだ。先ほどまで、自主的にペースメーカーを務めようとしていた姿は、どうやら世間を欺くための(ペースメーカーをしたから負けちゃったよ、という言い訳をするための)姿だったようだ。

 しかしながら、ペースを上げるといっても、Ogakunに注意した3点はしっかりと守りながら走った。園内から河川敷に出てもコース幅は狭いので、前のランナーの抜き方には非常に気を使った。

 それともう1つ。実はこのレースでの最大の目標は、スタートからゴールまで笑顔で走り通すこと。なにしろ旭川での走りは、私本来の走りじゃなかった。ゴールのときだけはかろうじて笑っていたが、コース上では全然笑えなかった。その反省から、どんなに苦しくなっても笑顔を絶やさないことは、このレースで自分に課した使命だった。

 園内から出て間もなく、視覚障害のランナーを抜いた。すると札幌ラングラウフの伴走の方(どうやらアラジンさんのようだ)から声をかけられた。

 「FRUNの方ですか」

 「はい、そうです」

 「NAOJIさんやこうめさんにいつもお世話になっているんですよ」

 「私もラングラウフのことは伺ってます」

 「頑張ってくださいね」

 「はい、頑張りましょうね」

 走っている最中(しかもあちらは伴走中)のことであり、たったこれだけの交流だったが、これもfrunウェアのおかげ。なんだか大会に出るたびに、このウェアの効果のすごさと恐ろしさがわかってくる。だって、考えてみれば恐ろしいですよ。もしも私のサイトを見ていた人が、私がコース上に唾を吐く姿を見たらなんて思うだろうか。周りのランナーに毒づきながら走っていたら、なんと思うだろうか。後ろ指をさされないように、気をつけなくちゃ・・・。

 河川敷コースは観客がほとんどいない。それでも時折コース整理の係員の方や、散歩中の老夫婦、親子連れなどが応援をしてくれている。特に子供たちは大きな声で応援してくれる。そんな風に応援されると、私も自然と満面に笑みが浮かんでくる。中でも大人用の大きな手袋をはいて応援してくれていた女の子。こちらも目一杯の笑顔で声援に応えながら走った。

 河川敷に出てから気になることがあった。左の足底だ。ペースを上げて間もなく、左足底に痛みを感じ始めている。旭川マラソンといい、スタート直後の足の違和感に悩まされるレースが続いている。だからといってどうにもならない。とにかく、行けるところまで行くしかない。

 Ogakunをトイレに送り出してからは軽快に走っている。次々と周りのランナーを抜きながら走っている。ペース的にはだいぶ回復できたかなと思いながら走っていたが、その割には5km表示が見えてこない。しかし時計はすでに25分を過ぎている。

 「きっと、5km表示を見逃したんだ。前に見える赤い看板が5km表示であるわけがない」

 そう思いながら走ったが、その赤い看板が5km表示だった。通過タイムは26分47秒。スタートロスの15秒を差っぴいても、26分半かかっている。これって、北海道マラソンの最初の5kmと変わりないじゃないか!いくらなんでもフルと同じペースとは・・・。しかも26分台となると、このあとは5kmを22分台のペースでゴールまで走りきらなきゃ100分を切れない。いきなりつらい展開だなぁ・・・。

 5kmを過ぎて、気持ちの上では更にペースアップ。ハーフの自己ベストを更新するためには、最初から最後まで5km22分台のペースで走りきらなきゃならない。そのためのトレーニングと思うことにした。それと目標はもう一つ。Ogakunへの勝利!Ogakunは私の指示を守り、10kmまでは抑えるはず。その間に差を広げて、折り返した後に「遅いぞ!」と挑発してやるのだ!絶対的な走力の違いはあるので、もしも彼がばてなければ、最後は負けてしまうかもしれない。でも、折り返し後に差がついていれば、きっと悔しがるに違いない。そんなことを楽しみにしている、子供のような父だった。

 5kmの看板を通過してから気がついたのだが、コース上には黄色い文字で、1kmごとの距離表示が主催の北海道マラソンクラブにより記されていた。これは大発見。1kmごとのペースがわかるので、ペースを作りやすい。1kmあたり4分30秒から50秒と、ちょっとペースのばらつきはあるものの、順調に順位を上げていった。走りに集中できるようになったせいだろうか、いつしか足底の痛みも忘れていた。

 やがてトップの選手が折り返してやってくる。ただでさえ狭いコース。ちょっとした集団になっていると抜き方が難しかったのだが、今度はコース幅も半分しか使えない。ますます抜きづらくなってくる。時には芝生の上を走りながら抜いていった。

 しかしこういうコースの楽しみは、コース上で知り合いと至近距離ですれ違うことができること。パパさん、シーハイルさん、トシチンさん、しんいちさん・・・次々とやってくる。折り返してくる人と距離表示の両方を気にしながら通過した10km地点。50分13秒だった。この5kmは23分26秒。かなりあがっているが、まだ22分台には届かない。まだペースアップが必要だが、これ以上ペースを上げることができるのか・・・。

 中間点を過ぎて間もなく折り返しかと思ったそのとき、いきなり隣から声をかけられた。

 「追いついちゃったよ」

 ふと見ると、うそっ???Ogakun???

 全然後ろを振り向かずに走っていたので、迫っていたのを知らなかった。

 「お前、10kmまでは抑えろって言っただろう?」

 「うん、でもスピードが上がっちゃってさ」

 表情を見ても、爽やかな笑顔だ。まったく疲れを感じさせない。

 「じゃあ、先に行くね」

 冷たい奴だ・・・。スタートのときはペースメーカーを務めてやったのに・・・(でも、置き去りにして逃げようとしていたのも私だ・・・)。

 間もなくアザラシさんとすれ違う。

 「すぐ前にOgakunがいますよ」と教えてくれたが、実はOgakunとの距離は見た目+1分あるんだ・・・(泣)

 それでもこのまま沈没するわけにはいかない。初10kmのときにも後半は失速したOgakun。こんなペースで走っていたら、後半必ず失速するはずだ。それを期待して(ひどい親だ!)精一杯追いかける。

 折り返し点でその差を確認。約20~30mってところか。表情も走りも全然しっかりしている。時折芝生の上に出て、前のランナーを並ぶ間もなく交わしていき、スピードの違いを見せ付けている。そりゃあそうだ。Ogamanだって、Ogakunがトイレに立ち寄ってからは誰にも抜かれていなかったんだ。それを並ぶ間もなく追い抜いちゃうんだから、この位置ではスピードが違う。ともかくOgakunを見失わないよう、精一杯のスピードで走る。

 それなのに、折り返してからもう1人、私を抜いていった女性がいた。これまた私とはスピードが全然違う。しかし、すでに100mくらい離れてしまったOgakunを追うより、近くの人を追う方が追いやすい。女性の真後ろにぴったりとつくのも嫌なので、斜め後ろを追いかける。1kmくらいはそうやってついていったが、その後は徐々に差が開いていった。

 しかし前を追いかけた効果か、15km通過タイムは1時間13分07秒。この5kmは22分54秒と、若干ペースアップした。しかし100分を切るには残り6km余りを27分弱で走らなければならない。終盤でキロ4分30秒。果たして走れるのだろうか・・・。

 目標にしていた女性の背中はすでに小さくなっている。Ogakunの姿はいつの間にか視界から消えた。追う目標がなくなってしまったのはつらい。

 あと5kmの表示が見えてくる。通過タイムは1時間18分13秒。残り5kmを21分47秒。5kmの自己ベストは21分48秒だから、ほとんどそのタイムで走らなければならない。それは無理だろうと思う反面、ベストを出したのは一昨年でそれ以降5kmを走ったことはほとんどないので、今はもっと速く走れるはず、と自分に気合を入れる。

 時計との闘いとなる状況は最もつらい。しかしこのレースの最大目標は笑顔。これを忘れるわけにはいかない。驚いたことに、往路で応援してくれていた人の多くは、ずっとその場に留まって応援してくれている。走るのにはちょうどいい気温だが、黙って応援するには寒いはず。感謝の気持ちを込めて声援に応えながら走る。往路で心を和ませてくれた手袋少女も、相変わらずけなげな応援を続けていた。

 時間との闘いで苦しい状況になったせいだろうか、ここにきて突然風が気になり始めた。上流に向かっているため、わずかながら上り坂。しかも向かい風。ラストスパートの段階なので気持ちの上ではラストスパートをしているのだが、左のハムストリングに刺すような痛みを感じ始めている。平手でピシャピシャと叩き、ごまかしながら走っているが、最後の試練と言うにはちょいとつらい。

 4分39秒、4分46秒、4分45秒・・・。残り2kmとなって1時間32分23秒。100分まで7分37秒となり、もう100分切りは不可能だ。そう思うと、向かい風が余計に応える。残り1kmまでのラップは4分55秒。一気に落ちてしまった。

 後ろから3人目の刺客がやってきた。黄色いウェアの男性が並びかけてくる。しばらくは併走状態で河川敷を後にする。公園内に入り、この男性が前に出る。私もついていこうとするが、なかなかついていけない。競技場の手前にかかる橋。これを上りきったところで約10mの差をつけられていた。

 しかしここから競技場までは下り坂。普段は下りよりも上りが好きな私。しかしラストスパートとなると話は別だ。絞りきれていない体が逆に武器となり、下りで一気に加速する。Ogaman名物の重戦車スパートで、数人のランナーを一気に交わした。競技場内ではsibaさんやぽん太さんご夫婦らが声援を送ってくれた。そんな中、スピードを落とさずに両手を挙げてゴール。そう、どんなレースであっても頑張って走ったという証に、北海道マラソン以降は両手を挙げてゴールするようにしている。笑顔の走りと両手をあげてのゴール。これが私のランニングスタイルだ。

 ゴール付近では、しんいちさん、こむそーさん、ソーナンスさん、シーハイルさん、sibaさんご夫婦らがいて、健闘を称えあう。しかしOgakunは見当たらない。どうやら更衣室に行ったまま戻ってきていないようだ。親父のゴールを迎えないなんて、なんと薄情な息子だ。あとで聞いたら、歩くのもつらいくらい、一時的には疲れていたようだ。追い抜いて行ったときは軽々と行ったけど、やはり彼なりにギリギリの走りだったんだなと納得。

 更衣室で着替えをし、一息ついたら抽選会だ。各組の表彰が終わり、最終ランナーがゴールしたらいよいよ始まりだ。景品はたくさんある。しかし参加者も多いため、なかなか当たるものではない。当たってもその場に残っていない人も結構いるので、なかなか抽選も順調に進んでいかない(当たっても、3回のコールで名乗りでないとパスになってしまう)。結局終わるまで1時間半余りかかってしまった。Ogakun曰く、「走っているよりこっちの方が長かった」

 知り合いで当選したのは、パパさんが鮭(酒の方が良かった?)、sibaさんがお食事券とサウナ券、NO.71さんがタイツだった。わがファミリーは全滅。HOSSYのナンバーは前後の番号が当たったのに見事に避けられた。やはりレースには出ずに、抽選だけ参加するという了見が良くなかったのか?

 父子対決はOgamanの惨敗に終わった。しかし私は諦めはしない。次はOgakunの初フルで勝負だ!(今度は、若いんだからガンガン行けとアドバイスするぞ!)


Ogakunの初ハーフ完走記

 北海道ロードレース、僕の初ハーフだった。札幌でやったから、朝5時くらいに出て行った。朝早かったから、車のなかではずーっと寝ていた。そして札幌に着いてようやく起きた。起きたばかりだし、あんまり動きたくはなかったけど、すぐ動かなきゃ怒られるから、すぐ動いた。

 スタートするまで、とりあえず更衣室にいた。そこで時間が来るまで準備した。その時「乳ずれするからカットバン貼らなくてもいいのか?マメできないようにディクトンスポーツ塗らなくてもいいのか?」と、お父さんが言っていたが、一度、そういうので痛みを経験しておけば身に染み付くと思ったから、あえてつけなかった。その時はまだ、「僕は初めてハーフを走るんだ。」という感じはなかった。

 しばらくそこにいて、スタート30分ぐらい前に、アップした。ハーフ走るから、レース前にはあまり走りたくなかったが、とりあえず競技場を2周して、柔軟した。その後更衣室に戻って、ユニフォーム姿になった。そしてスタートラインに並んだ。はっきり言って、そのときもまだハーフ走るという気がしなかった。それまで知っている人にも全然会えなかったけど、3人ぐらいと会えた。お父さんの着ているユニフォームが赤いからとても目立つのだ。

 そして、いよいよスタートした。今までのレースよりかなり遅いペースでスタートした。どれくらいのペースで行けばいいのかわからなかったので、とりあえずお父さんについていった。走り始めてもペースがかなり遅かったから、【ハーフ走っている。】というよりも、【練習している。】という感じがし、何キロくらい走ったのかということもわからなかった。「前半はこのまま行こう。」と思っていたが、トイレしたくなってきた。このまま我慢するわけにもいかなかったから、トイレにいった。40秒ぐらいロスしたと思う。トイレから出てお父さんはいなかった。だからとりあえず、お父さんに追いつくことを目標に走っていった。お父さんがいなくなったからどれくらいのペースで行けばいいのかわからなかったから、ちょっと遅めに行った。そのままトンネルくぐって、堤防に出て、しばらくそのままのペースで行った。

 5キロの看板をすぎて、「もう5キロか。」と思った。5キロすぎてから体がほぐれたからか、徐々にペースが上がってきた。そして折り返しの選手がきてから前にいる人を抜きにくくなった。だから芝生に出て一気に抜いていった。そういうことを繰り返していくうちにペースが更に上がっていった。そのうちに前に赤いユニフォームが2つ見えてきた。どっちがお父さんかわからなかったけど、先に追いついた赤いユニフォームは違った。その前に見えた赤いユニフォームがお父さんみたいに見えてきた。そしてスタート前に会った人たちが折り返してきたときにお父さんに追いついた。他の人と同じように抜いた。いちおうそれだけだとかわいそうだったから「追いついちゃったよー」みたいなことを言った。今思うと、こういうことを言う方がもっとカワイそうにも感じる。

 その後折り返して、それからの目標は自然に「しんいちさんに追いつくこと。」になっていたが、それくらいから足の裏が痛くなってきた。残り5キロになったら、【5キロのレース】という気持ちで走ろうと思っていたから、折り返してから残り5キロまでが一番長く感じた。そして、いよいよ残り5キロのところにやってきた。それから【5キロのペース】にあげた。そこら辺では息が苦しいというよりも足の裏がいたかった。だけどそんなことは全然気にしないでいった。

 残り3キロ、まだペース上がりそうだったから、【3キロのペース】に上げた。周りの人もかなり少なくなってきた。そして残り1キロの看板をすぎてもしんいちさんは見えてこなかった。結局追いつかなかったか・・・と思ったら、トンネルのちょっと前のあたりですぐ前にいた。ユニフォームが白かったからわからなかった。そしてさりげなく抜いた。しかししんいちさんは僕に抜かれてからペースを上げた。そして「追いついちゃったか。」みたいなことを言ってきたので、「追いついちゃった。」といった。その後急激にしんいちさんはペースを上げた。負けたくなかったから僕もついていった。そしたら、しんいちさんのペースが下がった。だけど僕は出来るだけそのペースを保って、競技場でラストスパートしてゴールした。結果は1時間37分30秒だった。かなり疲れた。もう歩くのもうまくいかないで、フラフラ歩くぐらいだった。

 その後は更衣室に行って、休んだ。しばらく休んでいたら、お父さんが来た。お父さんは、僕にあっさりと抜かれたことがショックだったらしい。その後トシチンさんがきた。お父さんが前の日の石狩川駅伝のトロフィーと賞状を取りに行った時、トシチンさんがフレンチドッグをおごってくれた。とってもおいしかった。やっぱり、走った後の食べ物が一番美味しいと思った。その後抽選会に行った。景品がかなり多かった。残っていた人も多かった。だけど何か当たるだろうと思っていた。だけど何も当たらなかった。しかも1時間30分もかかった。日本シリーズを6時から見れるかどうかわからなかったから競技場でそば食べて、急いで帰った。

 またハーフ走りたいなあ。


(Ogamanのラップタイム)

スタートロス 0分15秒
5km 26分47秒(26分32秒)
10km 50分13秒(23分26秒)
15km 1時間13分07秒(22分54秒)
あと5km 1時間18分13秒(5分06秒)
あと4km 1時間22分52秒(4分39秒)
あと3km 1時間27分38秒(4分46秒)
あと2km 1時間32分23秒(4分45秒)
あと1km 1時間37分18秒(4分55秒)
ゴール 1時間41分45秒(4分27秒)


結果

Ogakun 1時間37分30秒(ハーフ) 29歳以下男子の部 完走 119人中 63位 自己新

Ogaman 1時間41分45秒(ハーフ) 40歳代男子の部 完走 251人中 141位
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Ogamanの完走記

 旭川マラソン。2年前初めてフルを走った、思い出の大会である。しかしながらこのときは、膝痛のため32km地点以降は歩きが入り、4時間48分02秒と散々なレースとなった。

 リベンジを誓って臨んだ昨年の大会。しかし8月以降は故障のためほとんど走れず、ぶっつけで臨むもあえなく返り討ち。前年と同じように30kmを過ぎてからは歩いてしまい、4時間52分55秒と前年の記録をも下回ってしまった。

 さて、3度目の旭川マラソンのフル。今年こそリベンジを、と言いたいところだが、今年からはハーフとフルのコースは全面的にリニューアルとなる。もう昨年までのコースにリベンジするチャンスはないのか・・・。

 北海道マラソンで思いもよらぬ完走の後、ちょっとした燃え尽き症候群になってしまった。9月のレース予定は、10kmと3km(駅伝)という短い距離しか入れてなかったこともあり、なかなか長い距離を走れない。結局長い距離というと、新しい旭川マラソンのコース試走(しかもミスコースをしてしまった・・・)を1周、約22kmを走ったのみ。9月の月間走行距離は130kmにとどまってしまった。

 北海道マラソン前は、自己暗示作戦で「絶好調宣言」の大安売りをしていた私だが、今回は不安な発言しか飛び出さず、逆に悪い方の自己暗示にはまってしまっていた。

 週間天気予報では、13日の天気はあまりよくなさそうだった。雨模様で気温も低い。そのことは、私の不安をますます煽っていた。膝に古傷を抱えているせいか、寒いのは苦手だ(30度を超える炎天下も得意なわけじゃないが・・・)。

 大会前日の12日の午後、陸上競技場で前日受付を済ませた。天気はすこぶる良い。1日ずれていたら・・・。恨めしい思いをしながらいったん家に帰った。

 夜は恒例となっている前夜祭。今年は20名の大人数だ。この2年間のネットランナーの皆さんとの交流で、走る仲間がこんなに増えてしまった。しかもまだまだ増殖中だ。前夜祭でのビールは2杯まで、というのが自分に課したルール。しかしこの店、グラスが通常のジョッキよりちょいと小さい。これならば3杯・・・いや、4杯までOKとしよう。注文した料理がなかなか出てこなかったこともあり、ビールの進み方が早い。3杯目を頼んだところまでは覚えているのだが、そのうちピッチャーが出てきた。こうなると自分の飲んだ量を把握できない。結局、ほとんど何も食べず、飲みに徹してしまった。でも、大勢の人と話そうと思ったら、腰を据えて食べていることもできないし、まあ楽しかったから良しとしよう。楽しく飲んだお酒は翌日には残らない(誰が決めた?!)ので大丈夫。

 さすがにお腹が空いたので、我々は山頭火でラーメンを食べた(2次会へ行った元気な組もいた)。さらに帰宅してからお茶漬けを食べて、エネルギー補給は終了。HPを巡回して掲示板への書き込みと日記を書いて、この日の予定はすべて終了。荷物の準備?朝起きてからでいいさ・・・。

 6時。目覚ましが鳴る。清々しい目覚め・・・とはいかないが、さほど前夜の酒が残っているわけではない。まずは一安心して目覚めのトイレへ。Ogakunを起こし、準備にかかる。外を見ると、雲は低く垂れ込め、道路は濡れている。ウェットレースは間違いなさそう。思いっきり気が滅入る。シューズとウェア、ナンバーカードだけは前夜のうちにリュックに詰め込んでおいた。あとは着替えや入浴の道具(とはいってもタオルだけ)を用意するだけ。荷物はできるだけコンパクトにしたい。ということで、いつもは持っていく救急袋も置いていくことにする。なんでこんなことを考えたのだろう?まだ酔っ払っていたのかなぁ・・・。

 いざ出陣と思ったら、大事な忘れ物に気がつく。それはゴミ袋。ハーフまでなら多少寒くてもなんとか・・・と思うのだが、4時間もの間寒さにさらされた経験はまだない。一応防寒用に準備していく。

 朝食を買うためにコンビニに寄る。おにぎりをあさっていたら、前日に準備しておいたウィーダーインゼリーを忘れたことに気づく。これも補充。おにぎりはとり五目とおかか、そして忘れちゃいけない梅。これにスポーツドリンクを買い、準備は完璧(と思っていた)。

 昨年まで8時頃に到着すると、すでに駐車場は満車に近くなっていた。そこで今年は少し早めに着くように出たのだが、入り口はすでに長蛇の列。参加者が増えていることと、悪天候のため、自家用車の利用台数が増えているのだろうか。じたばたしてもしょうがない。

 外は相変わらず雨。しかしここで大事な忘れ物に気づく。傘・・・。予定していた集合場所は競技場第1コーナー付近の芝生席。一応テントは持ってきているが、Ogamanテントは雨が入ってしまう。仕方がないので、少し車の中で待機することにする。とりあえずOgamanはトイレに行くために体育館へ向かう。早くもこれがこの日2度目のトイレ。しかしこの時点ではなにも気にしていなかった。

 トイレを済ませて体育館を出ると、ndaichaさんとばったり会った。そして皆さん体育館の中に集まっていると聞き、車の中で寝ていたOgakunとともに体育館に向かう。体育館にはndaichaさん、NAOJIさん、おやんずさん、NAOMIさん、ソーナンスさん、パパさん、シーハイルさん、よういちさんらがいた。

 荷物を開いて準備を始めると、だんだん顔面が蒼白になっていくのがわかった。忘れ物の嵐だ。というか、なんで救急袋を置いてきたんだ?!あの中には、必要なものがたくさん入っているのに・・・。乳ずれ防止のためのカットバン、ひざかんたん、キネシオテープ、サロメチール、エアーサロンパス、ディクトンスポーツ、ついでにリストバンドまで忘れている・・・。リストバンドはなけりゃあないで仕方ないと思ったのだが、これは幸いOgakunが余分に持ってきていた。しかし・・・。特にカットバンがないと大変なことになってしまう。忘れたら、ハーフでさえ後半は乳首が擦れて痛みとの戦いになった。これがフルだと・・・想像しただけでも恐ろしい。競技場付近にはコンビニもないし、ここは誰かのお情けにすがるしかない。ndaichaさんにお願いしたところ、1枚あった!これを2つに切って貼ることができた。ndaichaさん、ありがとうございます。おかげでレース後お風呂に入れます!

 次なる問題は膝の補強。ひざかんたんもキネシオテープも何もつけずにフルを走るのは初めてのこと。特に今、トラブルを抱えているわけではないが、不安が残る。しかしこれはまあ、試してみるいいチャンスと割り切ることにする。

 ということで、残った問題はウェアをどうするかだ。ランシャツとランパンで走ろうと準備をしてきたが、いかにも寒い。周りを見ても、ランシャツとランパンという人は多くはない。不安になってTシャツの上からランシャツを重ね着してみる。そしてちょこっと歩いてみた。・・・しっくりこない。あまりこういう格好は慣れていないので、しっくりこない格好で長時間走るのはやはり・・・。迷った挙句、Tシャツは脱ぐことにする。ランシャツ、ランパン+ゴミ袋で決定!安心してトイレへ行く。・・・早くも3度目だぞ。寒いせいかな?

 ウェアが決まって準備完了。小雨がぱらつく中、スタート地点へ向かう。今年からコースが変わったこともあり、スタートも昨年までとは違っている。昨年はスタンド前4コーナー寄りをスタートした後競技場を1周し、4コーナーのところのゲートから出ていた。しかし今年はゴールライン付近からスタートし、逆周りの形で4コーナーに向かいそのままゲートを出て行く。まあそれは要項に出ているコース図から事前にわかっていたのだが、当日スタートラインに並んでから初めてわかったということが2つもあった。

 1つはフルとハーフのスタート位置が違うこと。昨年まではフルとハーフのスタートラインは一緒だった。走路の内側にフル、外側にハーフというように指示されていたように思う。要項には特に何も書かれていなかったから、今年もそうだと思い込んでいた選手は私も含めて多かったはず。ところが実際は、ハーフのスタートラインはフルよりも後ろに設定されていたようだ。スタート地点に集合してから、一生懸命その旨がアナウンスされていた。でも、アナウンスだけじゃわかりづらい。せめてそれぞれのスタート地点にプラカードの1枚でもあれば・・・。また、要項にもその旨記しておくなどの配慮も欲しかった。そのため、スタート直前になってもハーフのゼッケンをつけた人をフルのスタート地点で何人か見かけた。

 もう1つは、スタートの方式。スタート10秒くらい前に徐々に歩き出して、歩きながらスタートするというローリングスタートが行われた。これ、ヘルシーマラソンもこの形式なので、ヘルシーマラソンに出ている人は違和感はないと思うのだが、初めての人は戸惑ったことだろう。ヘルシーマラソンのときは、スタート前にこの方式について何度も繰り返して周知に努めている。そういった配慮が欲しかった。

 私が並んだ場所はフルの中団あたり。NAOMIさん、ソーナンスさんとともにfrun赤い軍団を形成する。もう一人の赤い戦士・ひろぴょんさんは前方に並んだ。ちょうど隣には走太郎さんの姿も。お会いするのは北海道マラソン以来だが、先日の札幌マラソンではスポーツ報知に掲載されたスタート写真に大きく写っていた。

 赤いfrunウェアの集団が固まっているのが目立ったせいだろうか。突然「Ogamanさんですか」と声をかけられた。以前yahooの掲示板で何度かやりとりをしたblueさんだった。初フルということでパワーを分けてほしいと、握手を求められた。しかし必ずしも絶好調とは言えないこの日の私。こんな私のパワーが役立つのだろうか・・・。

 やがてカウントダウンが始まり、徐々に歩き始めた。号砲とともにスタート。Ogamanはいつもの通り抑え気味のスタートだ。今年の道マラもそうだったが、競技場を1周してから出て行くのであれば、列もある程度縦長になり、出口が混雑することはそれほどないのだが、このようにほんの100m余りで出口となると団子状で殺到することになる。そのため出口でスピードダウンを余儀なくされる。このタイムロス云々で文句を言うつもりは毛頭ないが、前が詰まるということは将棋倒しの危険性もあり、大変危ない。今回は特にトラブルはなかったことと思うが、今後も要注意だ。

 競技場を出てから旭橋まで国道を走るコースは昨年までと同じ。ちょうど国道に出るとき、今回はお嬢さんとともにファミリーランに出場のふれっぷさんに声をかけてもらう。私の前を走る小柄な女性はふれっぷさんの奥さんだった。よく見ると、「frun」と書かれたTシャツを着ていた。このままふれっぷさんの奥さんについていこうかと思ったが、ついていけない。まだ体が温まっていないから動かないのか、無理についていくのはやめた。自然とスピードが上がってくるリズムをつかむまではペースを上げない方がいい。無理して上げようとするとフォームもバラバラになる。

 私は中央線寄りを走っていたのだが、左端を上がっていく赤い姿が目に入った。NAOMIさん?同じ位置に並んでいて、向こうの方がはるかに速いはずなのにどうして?と不思議だった。あとで確認したところでは、スタート直前に靴紐の解けに気づき、締め直していたとのこと。大きなアクシデントではなかったようで、良かった。

 コースはスタルヒン球場前を通過して護国神社に差し掛かる。1kmも進んできただろうか。このあたりで早くもレースをやめたくなった。理由の一つはコースが濡れていること(たったそれだけのことかい!)。シューズが濡れてガッポガッポと音を立てて走るのはどうも苦手だ。だからできるだけ水溜りをよけて走っている。しかし混雑しているので、むやみやたらと左右にコースを取るわけにはいかない。左右を気にし、スペースがなければ水溜りを飛び越えて走る。そんなおかしな走り方をしていると、左足の脛にみどりさわやかマラソンのときのようなおかしな張りを感じ始めた。う~ん楽しくない!ここでやめたら、自分の足で帰れる。そんな馬鹿なことも一瞬考えてしまった。

 しかしまあ、こんなところでやめるわけにもいかず、走り続けた。旭橋までの国道区間はこのコース唯一の観衆の声援が期待できるポイント。しかし今年は悪天候のため、観衆の数も少ない。う~ん、燃えてこない!体動かない!足も出ない!

 旭橋から河川敷に下りて、周回路(1周20km、旭川ラウンドウェイ)の始まりだ。今度は排水性舗装の防災道路になったので、水溜りの心配は少なくなった。しかしこの舗装、ところどころ荒れているところがある。しかしそれは考えてみれば、アスファルト舗装でも同じか・・・。水溜りの心配がなくなりフォームも少し戻ったのか、左の脛の張りはいつしか消えていた。

 新橋の下をくぐり、旭西橋へ。昨年はこの下を通り抜け、神居古潭方面へ向かったのだが、今年はここで堤防を上がり、旭西橋を渡る。渡りきって堤防を下りる途中に5km表示がある。通過タイムは28分ちょうど。遅いだろうとは思ったが、27分台も出ないとは・・・。この後体が温まって調子が出てくるのならいいのだが、果たして・・・。遅いばかりではなく、一向にリズムを感じられないことが不安だった。

 旭西橋から永山橋まで10km近くは上流に向かって走る。まず最初のポイントとなる区間だ。気がつかないような緩やかな上り。ここでうまく流れに乗って、折り返してからの下りは楽に走るという作戦だ。しかしペース云々の騒ぎではない。この後思わぬ敵が潜んでいた。

 新しいコースは5kmごとに給水所がある。5km地点を過ぎ、上流へ向かって間もなく最初の給水があった。しかしここでは取ることを失敗した。これが北海道マラソンなら取りに戻るところだったが、今回はあっさり諦めた。気温が低いためまだ給水は取らなくても大丈夫という計算もあったが、もう一つの理由があった。またももよおしてきていたのだ・・・。

 今までレース中にトイレに寄ったことは1度だけある。初フルだった2年前の旭川マラソン。このときは10km過ぎくらいからもよおしてしまい、折り返し後我慢できずトイレに寄った。その後コースに復帰したが、急に足が動かなくなったという嫌な思い出がある。しかし今はまだ5km過ぎ。足のダメージは全然感じていない。トイレに寄るならダメージのない早いうちの方がいいかもしれない。そんなことを思うようになっていた。 

 コースは再び新橋の下を通り、旭川市のシンボル・旭橋の下へと出る。ここは旭川冬まつりのメイン会場ともなるところ。カラーブロックが敷きつめられて整備されているのだが・・・雨で濡れたカラーブロックは滑る!仕方がないので護岸ブロックの上を走って難を逃れた。

 牛朱別川人道橋を渡り市立病院の裏を通る。ここは天気が良ければ入院患者さんや看護師さんの応援を密かに期待していたポイントだが、この天気じゃ外に出てくる患者さんはいない。残念だ。自分の走りが、少しでも入院患者さんを力づけることができれば、な~んて考えていたのだけれども。

 金星橋の下を通り8km地点を過ぎると前方に簡易トイレが見えてくる。いずれにしてもリズムに乗れない苦しい走り。ここで多少のタイムロスは問題ではない。むしろこれがリズム好転のきっかけになってくれれば・・・。そんな思いでトイレに駆け込んだ。ほんの数十秒のピットインだが、これが吉と出るか凶と出るか・・・。私自身、これから走ってみないとわからない。

 初フルでトイレに寄ったときは、その後足は鉛のように重くなった。しかし今回は早めに寄ったことが良かった模様。足はまだダメージを感じていないため、スムーズに隊列に復帰。それどころか体がすごく軽く感じる。キロ当たりのタイムも20秒ほど速くなり、どうやらピット作戦は成功だったようだ。このままのペースで花咲大橋の下を通り10km地点を通過する(56分45秒)。

 秋月橋の下を通り12km付近を通過するとき、前方に1人のランナーを発見。背中につけたナンバーカードは見覚えのある番号だ。小さく書かれている名前を確認すると、やはり前日Ogamanの掲示板に書き込んでくれていた、初フル挑戦中のなべちゃんだった。早速追いついて声をかける。10キロ55分、ハーフ2時間くらいの力と聞いていたが、10km通過は56分台とのこと。ちょっと速いかもしれない。「体が温まって動くようになってくるから自然とペースも上がりがちになるけど、今回は初フルだし30kmまではじっと我慢しておいたほうがいいよ。」とアドバイス。そしてそのまま抜き去ってしまった。あとで聞いたところでは、後半のペースダウンもそれほどなく、見事に4時間ちょっとで完走。このタイム、Ogamanの洞爺湖マラソンよりも速い・・・。

 なべちゃんを抜いて少し進むと、前方に見覚えのあるフォームの女性が。帯広のマドンナ・Sさんだった。道マラでも、前半は勝手にペースメーカーとさせてもらったSさんだが、この日の走りはいつもとは明らかに違う。横に並んで話しかけると、案の定膝痛をおしての出場とのこと。しかも、膝を痛めていながら前日もハーフを走ってきたというのだから驚きだ。制限時間は6時間とたっぷりあるので、歩いてでも完走する、と笑って言っていた。さすがにすごい。

 Sさんを抜いて軽快に走る・・・といきたいところだったが、この頃にはまた5分40秒ペースに戻っていた。原因は・・・またもや尿意。もういい加減にしてくれ・・・。

 右手から声が聞こえたような気がしてふと見ると、堤防の上を歩く2人連れの年配の女性が手を振りながら声援を送ってくれている。いつもなら負けじと大声で応えるOgamanだが、この日はここまでも全然大きな声が出ていない。仕方がないので、大きく両手を振って声援に応える。しかしこれだけでも2人の女性はより一層の声援を送ってくれる。一体感を感じることができる、至福の瞬間だ。こうやって応援してくれる人がいるからこそ、我々ランナーも走らせてもらえるのだ。感謝!

 しかし尿意は治まらなかった。北旭川大橋を過ぎて13km過ぎにハーフコースの折り返しがある。その手前にあるトイレに再び飛び込む。例えて言えば、タイヤトラブルでピットインしてタイヤ交換。ニュータイヤで颯爽と攻め始めたものの、交換したタイヤがしっくりしなくて再びピットインを余儀なくされたというところか。まだ15kmも走っていないのにこのありさまじゃ、リズムなんてつかめるはずがない。もう集中力も切れかけて、今度はトイレを出ても先ほどのようにはペースが上がらなかった。

 ハーフの折り返しを過ぎると堤防へ上がり永山橋へ向かう。ここを渡って右岸に行くのだが、橋の上は強風が吹いていた。帽子を飛ばされぬよう手で押さえながら渡りきり、再び堤防を下りて河川敷の中の防災道路を走る。河川敷に下りるとすぐに15km地点。通過タイムは1時間25分ちょうど。これってもしかしたら、北海道マラソンの関門閉鎖タイムと同じじゃないか!ということは、私の真後ろに終末車がいるってこと?

 ここから25kmまでは下流に向かって走る。力を抜いて体力を温存しながらある程度のスピードをキープして走る・・・作戦だった。ところが下流に向かってまともな向かい風。全然ペースが上がらず、リズムも変わってこない。ますます前途多難。コース試走をしたときも感じたのだが、永山橋から秋月橋に至る区間は最も殺風景だ。気分が滅入って走っているときはちょっとつらい景色だ。

 北旭川大橋を過ぎると、再びハーフのコースと合流する。少しはコース上の人数も増えて賑やかになる。秋月橋の付近にはパークゴルフ場がある。コース整理の方やパークゴルフ場の管理人の方が応援してくれている。いつものように「ありがとうございます」と応えるが、相変わらずいつもよりも声が小さい。

 秋月橋を過ぎてから堤防に上がる。ここからのコース、試走のときは間違えてしまって行き止まりになってしまった。しかしこの日はもちろん大丈夫。やがて20km地点を通過した。タイムは1時間53分12秒。道マラの関門制限時間を1分12秒も過ぎている・・・。げげ~っ、まさか、まさかの20kmリタイア?来年、この悪夢が現実にならなきゃいいけど・・・。

 花咲大橋を通り、中間点を通過。1時間59分19秒。かろうじて2時間を切った。5度目のフルだが、中間点の通過タイムとしては、おそらく最も遅いタイムだ。中間点の記録は全部残してはいないが、20kmの通過タイムを比較すると最も遅い。だがイーブンペースでいきさえすればぎりぎりサブフォーとなる。この調子じゃイーブンで走ることは難しいかもしれないが、とにかく目標を設定して走らないとすぐにでも歩いてしまいそうだ。なんといってもここから競技場までは1kmくらいしかないのだから、絶好のリタイアポイントでもある。

 そういえば、北海道マラソンはイーブンペースで走れたものの、中間点までが1時間55分ちょうどに対し、中間点からゴールまでは1時間55分18秒と、わずかながら後半のペースの方が遅かった。よし、今回は前半のペースが遅い分、後半を上げるチャンスだ。フルマラソンでのビルドアップという偉業を達成しよう!という目標ができた。

 かといって、残りはまだ20kmある。スパートは30km以降でないともたないだろう。ここから30kmまでは、いかにして楽にペースに乗るかだ。そのためにはやはりリズムを生み出さねば・・・。1人1人、前のランナーの背中を追いかけ始めた。

 2周目に入り、若干のペースアップ。しかしそれと同時に、しばらくの間鳴りを潜めていた尿意が再び襲ってくる。しかしやっとリズムが出掛かっているところ。今止まるわけにはいかない。

 再び旭西橋を渡って25km地点。通過タイムは2時間20分46秒。まだ道マラの関門制限時間より遅いが、この5kmのラップは初めて27分台になった。

 走る前は周回コースというのはどんなもんだろうと不安だったが、少なくともここまではそれほど苦痛ではない。これが10km×4とかいうと嫌になるかもしれないが、20km×2くらいであれば、1周している分距離感もよくわかり、かえって走りやすくさえ感じた。まあ、考えてみれば折り返しコースだって、方向が違うとはいえ同じところを2回走っているんだから同じこと。

 決して自分でもスピードアップをしているとは感じない。現に、2周目に入ってから私を抜いていった人も何人かいる。ただ、抜いていった人を見失わないように注意していた。今に見てろよ、後で追い抜いたる!という思いを持ちながら。

 しかしそういう強気な自分ばかりがいたわけではない。新橋、旭橋、金星橋と通過して迎えた花咲大橋。これを渡るとすぐに競技場だ。リタイアするには絶好のポイントにやってきた。さて、どうしよう。これを過ぎたら、あとはゴールまで向かうしかないぞ・・・。やめるなら今だ・・・。

 ここでは意地が勝った。まぐれかもしれない。フロックかもしれない。でも仮にも道マラのフィニッシャーだ。別に体に問題があるわけじゃない。問題があるとすれば気力だけ。それだけの問題でリタイアするわけにいかないじゃないか。やるだけやってダメならしゃあない。でもお前はやるだけやったのか?

 なにもしていない。ただ惰性で走っているだけ。

 こんな走りは許さない。こんな走りはOgamanの走りじゃない。例え遅くとも、Ogamanの走りは全力投球だったはず。笑いながら走っていても、自分のすべてを表現するために走っていたはず。よ~し、前を追うぞ!気を取り直して花咲大橋の下をくぐった。橋の上からはちょうどふれっぷさんも声をかけてくれた。

 30km通過タイムは2時間48分28秒。まだ道マラの関門タイムには届かない。しかしペースは確実に5キロ27分台をキープしている。強気な自分が蘇ったことで、ようやくリズムも生まれてきたようだ。先ほど自分を抜いていった人との差も徐々に詰まってくる。もう少し、もう少しじっと我慢して走ろう。そして35kmからは最後の勝負をかけるんだ。

 1人、2人、順調に前のランナーを抜き始めた。先ほど抜かれたランナーも、ついに捉えることができた。かつては大きな壁として存在していた32km地点も、何事もなく通過した。

 再び渡る永山橋。相変わらず風は強い。おそらく橋を下りるとまた向かい風。しかし風に負けない気力が蘇りつつあった。

 橋を渡りきり、堤防から駆け下りる。そしてスタートからずっと被っていたゴミ袋を引きちぎった。そう、シドニーオリンピックのQちゃんが勝負どころでサングラスを投げ捨てたように、Ogamanは35km地点のゴミ箱にゴミ袋を投げ捨てて、スパートのきっかけとした。給水もバナナも取らない。あとはゴールまでの7kmを死ぬ気で走るだけだ!35kmの通過タイムは3時間15分52秒。ようやく道マラの関門制限時間をわずかながら上回った。

 これまでの走りとは明らかに違う(と自分では思った)。スピードも増し、次々と前のランナーを抜き始める。キロ5分10秒~20秒のペースに上がり、このままゴールまで押し切ろうと思った。

 ところが、ダメな日はとことんダメだ。突然右のふくらはぎに「ズン」という痛み。これ自体、走れなくなるような深刻な痛みではない。しかし、ちょっと変な力が入ると、簡単に攣るか、あるいはもっと深刻な状況になりそうだ。やむを得ずペースダウン。しかしいったんリズムに乗ってしまうと、逆に5分30秒までしか落とせない。

 40kmの手前で1人の女性ランナーに追いつく。ところがこの女性ランナー、走りのリズムがOgamanとほぼ同じ。だけど後ろにピタリとつかれるのも嫌だろうし、斜め後ろを走るようにする。だけどやっぱり足音は気になるのかなぁ・・・。そんなそぶりが見えたので、悩みながらもちょっとペースを上げて抜いてしまった。そしてそこが40km地点。3時間43分10秒。道マラの制限時間に対しては1分50秒の貯金だ。

 道マラのときもそうだったが、40kmからが自分の新たな課題だ。ここでもがくっと足に来た。しかしなんとか足を前に出す。だがやはりペースが落ちている模様。40kmで交わした女性に再び前に出られた。なんとか差を広げられないよう頑張って走る。

ゴール直後 40kmを過ぎるとスパートにかかるランナーが出てくる。35km以降はほとんど抜かれなかったのに、ここにきて2~3人に抜かれてしまった。まだまだ気を抜くのは早い。道マラだって、40km以降もしっかり走ってさえいれば、3時間50分を切れるペースだったのだ。最後まで気を抜かず、しっかり走らなきゃ。

 堤防を越えて住宅街へ。先ほどの女性には10mほどの差をつけられている。その後から抜いて行ったランナーは更に前にいる。堤防を出ると競技場まであとわずか。しかも今年は競技場に入るとすぐにゴールだ。この住宅街でスパートだ!まずはこの女性を捉え、更に前の選手をどんどん追い始める。

 5~6人の集団が競技場に入っていくとき、私はまだ10mほど後方にいた。ここからは死ぬ気でのダッシュ。別に入賞がかかっているわけでもなく、記録がかかっているわけでもない。でも、前の人を抜きたいというのはランナーの本能だろうか。重戦車のようなスパートで(ひろぴょんさん談)みんなまとめて抜き去った。ゴール前ではOgakunがカメラを構えているが、構えるのが遅い!それじゃあオレのスピードには間に合わないぜ。案の定、ゴール直前の後姿しか撮ってもらえなかった。

Road to SAROMAN BLUE-ゴール


 タイムは3時間55分04秒。北海道マラソンよりも5分近く遅いタイムだったが、これで2度目のサブフォーだ。  道マラは楽しさと笑顔の42.195kmだった。しかし今回は苦痛としかめっ面の42.195kmだった。だけど、5月までは32kmを過ぎてからは満足に走ることもできず、4時間を切るのは遠い夢だった私。そんな私が、苦しみながらも4時間を切って走ることができたということは、大きな自信となった。スタート直後からリタイアが頭に浮かぶ苦しい展開。それでも最後まで走りきった自分を、ちょっと見直すことができた。

Road to SAROMAN BLUE-ゴール後


(ラップタイム)

5km 28分00秒
10km 56分45秒(28分45秒)
15km 1時間25分00秒(28分15秒)
20km 1時間53分12秒(28分12秒)
(中間点 1時間59分19秒)
25km 2時間20分46秒(27分34秒)
30km 2時間48分28秒(27分42秒)
35km 3時間15分52秒(27分24秒)
40km 3時間43分10秒(27分18秒)
ゴール 3時間55分04秒


Ogakunの完走記

 今日は旭川マラソンだった。僕は5kmに出た。朝6時くらいに起きて7時くらいに花咲陸上競技場に向かったのだが、かなり眠かった。だから着いてからも眠くてちょっと眠った。その後雨降ってたから体育館に行った。いろいろ準備して10時にスタートした。

 最初は前もつまっていたからゆっくり行った。そのままずーっと行って1km過ぎてからちょっとペース上げて、折り返してからちょっとペース上げて、後1kmくらいで全道大会の1500メートルに行った人を抜いた。たぶんあんまり長い距離が得意ではないのだろう。そして【あと500メートルくらいでゴール!】と、いうところに後ろから凄いペースで1人来た。その人についていったが、あと200メートルというところでちょっと離されたが、相手が油断しているように見えたのであと150メートルぐらいというところで全速力でラストスパートした。最後は1秒勝った。やっぱりラストスパートで抜くと気持ちがいい。

 その後完走証もらって順位を見たら6位だった。結構強い人集まっていたから入賞は難しいと思っていたからうれしかった。

Road to SAROMAN BLUE-6位


 そして着替えて、お父さんに頼まれたハーフに出ている人の写真を撮ろうと思ったら、表彰に呼び出された。結局誰も撮れなかった。その後フルの人のも頼まれていたが、1時間ぐらい時間があったので、1個390円のジュンドックでも食べようと思ってお父さんの財布を見たら、2000円しか入っていなかった。悲しくなったので隣で売っていた1杯300円の天ぷらそばでガマンした。

 その後写真撮ったが、みんな速くてなかなか撮れなかった。そしてお父さんも来て帰った。

 帰るときにご飯をとんかつ屋で食べようと思って中に入ってふと思い出した。「お金大丈夫かなぁ?」お父さんに「財布2000円くらいしか入っていないけど大丈夫?」と聞いたがやっぱりやばかった。しかしよーく財布を見たら1000円小さくたたんで小銭のところに1枚あったし、500円玉も車の中に1枚あったからなんとか修羅場をのりきった。その後温泉行って帰った。

 今度はハーフだ。


結果

Ogakun 19分07秒(5km) 中学男子の部 29人中6位(入賞)

Ogaman 3時間55分04秒(フル) 40~49歳男子の部 201人中124位
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