セカンドビギナーのランニング日記(Road to SAROMAN BLUE)

サロマンブルー。それはサロマ湖100kmウルトラマラソン(100kmの部)を10回完走した勇者に与えられる称号です。いつの日か胸にブルーのゼッケンをつけてサロマ路を走ることを夢見ています。   by Ogaman(おがまん)


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 3月26日の午後に東京で開催される会議。同僚とともにこの会議への出席が決まり、2月18日の東京マラソンを皮切りに、3月18日の湘南国際マラソン、そしてこの会議と、5週の間に3回も羽田空港へ飛ぶこととなった。


 ヒコウキハダイキライナノニ・・・。


 もう20年近く前。札幌に勤務していた頃は、年に十数回の本州出張をしたこともあった。この頃は飛行機を使わず上京していたから、こんな短期間に3回も飛行機を利用したのはもしかすると初めてのことかもしれない。


 3月25日。羽田に到着した私は、スタスタと京急の乗り場へと急ぐ。なにしろ5週で3回目。もう案内を見なくてもバッチリだ・・・などと油断していると、危うく途中で道を間違えるところだった。


 天候が悪かったこともあり、飛行機は若干遅れたが、宿泊する勝どきのホテルには16時過ぎに到着した。ナナイチオットさん、アンスラさんと17時にホテル前で合流し、移動開始。Perrierさんは残念ながら体調不良で不参加とのこと。みゅうさんも残念ながら都合がつかず、予定していた紅二点が不参加。代りにこの日の佐倉朝日健康マラソン出場のため夜の懇親会に参加希望と言っていたマラソン小僧さんが、佐倉は結局DNSだったということで急遽合流し、さまりすさんからもドタ参の連絡が入って途中で合流するということで、結局5人でのランとなった。


隅田川ラン
隅田川ラン(2007.3.25)


 地元住民のアンスラさんの観光案内付きで隅田川のほとりを走る。まだ桜にはちょっと早かったのが残念だったが、18時を過ぎると橋のライトアップも始まり、なかなか風情のあるランを楽しめた。


ライトアップ
ライトアップ(2007.3.25)


 ランの後は風呂。月島のもんじゃストリートの中にある月島温泉へ行き汗を流したあと、これまたアンスラさんの案内で、おしおでもんじゃを楽しんだ。


もんじゃ
もんじゃ焼き(2007.3.25)


 これまで私が食したもんじゃというと、空港で買ったお土産のもんじゃをつくって食べただけ。それだけに本場のもんじゃを楽しみにしていたのだが、はっきり言って期待以上だった。走ったあとのビールはうまい。そしてビールともんじゃはよく合う。満足して、部屋に帰った。


 思いのほか酔っていた。酔っていれば寝ればいい。そして夜中に起きるのだ。


 実はこの日の深夜26時20分から(正確には26日午前2時20分から)55分間にわたって、TBSで湘南国際マラソンのダイジェスト番組が放送される。北海道では放送されないため牛田も~さんに録画をお願いしていたのだが、どうせだったら見てしまおう。今寝れば、午前2時まで4時間寝られる。見終わってからまた寝たら、睡眠時間も十分だから、会議中に眠くなることもあるまい。ということで、私は22時に寝た。


 2時15分にセットした携帯電話の目覚ましで起きた。そしてすぐにTBSをつける。


 番組の序盤、スタートの模様が映し出される。仮装ランナーが何名か映されて、最後にムコレンジャーが登場した。テレビカメラを向けられたことは覚えていなかったが、しっかりと手を振っていた(笑)。


 フルマラソン150回目の方(タイムゾーンが近かったので、途中で抜いた覚えがある)、そして湘南大好きのサーファー女性2人が取り上げられ、スタートから追いかけられていたのだが、この2人はなんとムコTだった!レース中は残念ながらこの2人には気づかなかったのだけれど、これだけふんだんにムコTが映し出されると、ムコネット的には大変おいしい話だった。


 番組終了後すぐに寝ようとしたが、頭が冴えてしまってなかなか眠れない。4時を過ぎてようやくウトウトするが、6時にまた目覚ましが鳴ってしまう。直すのを忘れていたため、いつもと同じ時刻に鳴ってしまったのだ。止めてまた寝て、結局7時30分に起きたのだが、なんだか目覚めはスッキリしなかった。


 本当は、皇居でも走りに行こうと思っていたのに・・・。でも体はすっかり拒否している。朝食後ボーっとしながら思いついたのは・・・。


 天気はいい。会議は13時から。ということで10時前に、私はホテルを出た。


 まずは勝どき駅から月島へ歩き、そこから佃大橋へ。橋の上からの景色は、たしかに見覚えがある。考えてみれば、このあたりからゴールまでの景色は比較的覚えている。雨もあがり、天気も回復していたからだろうか。


佃大橋
佃大橋の眺め(2007.3.26)


 景色を眺めながらふらふらする。佃大橋の上り。35kmを過ぎて初めて現れたこの上りが、あのときはどれだけ憎らしく思ったか・・・。


佃大橋の上り
佃大橋の上り(2007.3.26)


佃大橋
佃大橋の上り(2007.2.18)


 入船橋から左折して築地4丁目に向かう。ところがこの間の景色は、どちらを見てもまったく見覚えがない。距離的には35kmを過ぎ、最も苦しいところ。意識が飛びかかっていたのだろうか。沿道ばかり見ていたにせよ、あまりにも記憶がなさ過ぎる。


35km過ぎ
35km過ぎ(2007.3.26)


 晴海通りに出てからも同じである。なんといっても、歌舞伎座も覚えていない。コース紹介の写真では見ていたけれど、実物を見た覚えはまったくなかった。写真で見ると目立っているけど、実物はひっそりと立っていて目立たないんだろうと思っていたら、とんでもない!これに気づかなかったとは・・・。なんだか自分が本当にここを走ったのか、怪しくなってきた。


歌舞伎座
歌舞伎座(2007.3.26)


 しかし嬉しい発見もある。遅筋からあげさんに送っていただき、完走記でも使用した、銀座を走るムコレンジャーの写真。それと同じ景色を見つけた。こうしてみると、やはり私は走っていたようだ。


銀座を走るムコレンジャー?
(2007.3.26)


銀座を走る
銀座を走る(2007.2.18)



 銀座4丁目からは、銀座1丁目まで歩いて折り返す。さすがに、浅草までは行けない。日経写真ニュースと同じような地点から写真を撮る。ただ、あちらは超望遠カメラ。こちらはコンパクトカメラということで、遠近感は全然違う。


銀座1丁目
銀座1丁目(2007.3.26)


日経写真ニュース
日経写真ニュース(2007.2.18)



 そして再び銀座4丁目から日比谷を経由して品川方向へ向かう。このあたりはまだ序盤だから記憶もある。御成門のところから東京タワーを見ると、あの日と違いてっぺんも見える(笑)。


東京タワー
東京タワー(2007.3.26)


東京タワー
東京タワー(2007.2.18)



 増上寺の前で11時40分。13時から麻布十番での会議ということを考えると、そろそろ潮時か。大門から大江戸線で麻布十番へ向かう。


増上寺
増上寺(2007.3.26)


 あとからJogNoteで距離を確認すると7.4km。なかなか面白い企画となった。

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 スポンジポイントのボランティアの皆さんはとてもやさしかった。ここには水はたっぷりあった。分けてもらってゴクゴクと飲む。走りながら飲む場合、1度に飲み過ぎると、吸収能力以上に飲んでしまい、かえって気分が悪くなることがある。だからここまではチビチビ飲んでいた。しかしこの先は走らないのだから、もう気兼ねなく飲むことができる。やはり体はかなりの水分を欲していたようだ。


 後から来るランナーはもういない。気兼ねなく水を使うことができる。ほてった体をさますため、頭から水を2杯かけてもらった。


 同じような位置で抜いたり抜かれたりしていた緑色のウェアの中年ランナーがいる。大きくH○Cと、道内の民放局と同じ名前が入っているウェアを着たランナーだ。なんだか競技役員と揉めている。どうやら関門でもないところで止めたということにクレームをつけているらしい。


 競技注意事項をちゃんと読めばわかることだが、4-(7)-1にしっかりと謳われている。


 レース中、次関門閉鎖時刻をオーバーすると思われる競技者は、「競技者収容車」または「監察車」「終末監察車」に乗車している医師または審判員から、競技中止の指示があった場合その場でレースを中止して、同車に乗車するよう命ぜられることがある。


 レースを止めたのは収容車や監察車じゃないと文句を言われるかもしれないが、4-(7)-3には、


 審判長、医師、または移動監察員、関門役員(主任)および走路監察員等からレースの中止を命ぜられた場合、直ちに従わなければならない。


 とある。規則上、私たちがレースを続けていいかどうか、すべては審判員の判断に委ねられているのである。まあ、関門で3秒前に通過したのに止められたというのは問題があると思うが、この地点であのタイム。私を次々と抜いていった仲間たちも35km関門で引っかかったことを考えると、あそこで走っていたランナーが次の関門を通過する可能性は皆無である。交通規制の時間が過ぎたらすぐに車を通さなければならないことを考えると、あそこで止めさせるのは当然の判断であろう。


 件の彼は、規制解除後、歩道の縁石に腰を下ろし、車道側に脚を投げ出して座っていた。


 スポンジポイントの撤収も速やかに進む。ボランティアの皆さんは、暖かくねぎらいの言葉をかけていってくれる。むしろ、皆さんの協力に応えられなかったことが申し訳なく思えた。


 民家の水道から水を引き、大きなポリバケツにためられていた水も道路上に流される。この先、35kmの給水所では水もコップもなくなり、早々と撤収されたというのに、ここにはまだ捨てるほどの水があった。


 関門ではないところで止められたので、昨年の悪夢が思い浮かんだ。だが今年は、ちゃんと正規の収容バスが止まってくれた。27号車だった。Kakusanのマスターと隣り合って座ったのだが、バスに揺られて眠気もさしてくる。うとうとしながら中島公園に向かった。


 バスを降りるとき、脚がまったく動かなくなっていた。やっとの思いでバスから降り、公園内に向かう。左膝は激痛に変わっていた。脚を引きずりながら公園内にいた仲間と言葉を交わし、荷物を受け取り、そのままホテルに向かう。


 こんなはずじゃなかった・・・。


 今年は、メダルをぶら下げて公園を出るはずだった・・・。


 ふくらはぎの不安も最後まで出なかった。ペース配分も思った通りだった。途中では間違いなく手応えがあった。最後の10kmの粘り勝負というのは、思った通りの展開だった。それなのに・・・。


 マラソンでは、喜びの涙しか流さないと誓っていた私。悔し涙は絶対に流さないと誓っていた私。しかしこのとき、私の頬を流れた一筋の涙は・・・。


 悔しかった。本当に悔しかった。どうしても完走しなければならないレースで完走できなかった。そのことが本当に悔しかった。


 ホテルの部屋でシャワーを浴びる。シャワーを浴びながらも涙はとどまらなかった。未だかつてこんなに悔しい思いをしたことがあっただろうか。


 シャワーを浴び終って部屋に戻る。ところがわずかの距離を移動するのも困難が伴うくらい、脚が動かない。まったく情けない。32.5kmでやめたのに、まるでウルトラを走った後くらいのダメージがあるじゃないか。去年のサロマの後だって、もっと満足に動けたぞ。


 そう考えて、突然目の前が開けたように感じた。


 夜久弘さんの「ウルトラマラソン 完走の幸せ リタイアの至福」にこう書かれている。


 ぼくは2000年までに「サロマ湖100kmマラソン」を9回走っている。そのうちで最も印象に残ったレースを問われれば、リタイアした93年のレースを挙げる。では、ベストの走りをしたレースと問われれば、やはり答えは同じだ。10時間06分で完走したレースは決して一番ではない。ウルトラマラソンは、自分の持てる力を出し尽くす競技だ。完走したどのレースよりも、もう1歩どころか半歩さえ進めなかった93年のレースこそぼくは完全燃焼を果たしていた。あのとき、ぼくはオフィシャル(公式)のゴールには行き着かなかったけれども、間違いなく自分自身のゴールテープを切っていた。


 さすがに、半歩も進めなかったというわけではない。だが、このダメージはどうだろう?ウルトラマラソン並のダメージを感じている。少なくともフルマラソンを完走したときでも、これほどまでのダメージを感じたことはない。


 なんだ、自分の持てる力はほとんど出したんじゃないか。


 目から鱗が落ちた。その瞬間、悔し涙が嬉し涙に変わった。


 後に発表された完走率は、52.4%。平地のフルマラソンとしては、異常なまでの低さである。そんな中で私は自分の持てる力を十分に発揮した。しかも最後まで諦めずに粘り切れた。私としては納得のレースだった。


 完走できなかった。その悔しさはもちろんある。だから満足はできない。だが、脚を運ぶのもつらい状況になるまで走れたことは、自分の現在の力をすべて発揮したということに他ならないだろう。


 2006北海道マラソン。今年も私はゴールに到達することはできなかった。しかし自分の持てる力をすべて発揮した、納得のレースだった。最後にまた、この言葉で締めることとする。


よくやったぞ!自分!!!


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 今日は午後から札幌に向かいます。札幌支笏湖ウルトラチャレンジ70kmに出場するためです。まだ支度をしていないので、これから大慌てで行わねばなりません。


 雨の心配もあるし、脚の状態も決して良くないし、どうなるかはわかりませんが、なんとか頑張ってきます。


 なにしろ、現在2レース連続リタイアとなっております。6月の利尻島一周悠遊覧人G以来、ゴールしていません。明日はなんとか3ヶ月ぶりのゴールを!と思っているのですが・・・。


 改めて天気予報を見ると、やはり雨が降るみたい・・・。雨の中を走るのは嫌いなんだよなぁ・・・。でも、気温はそんなに低くないみたいだからまだいいか。半袖で大丈夫だよなぁ・・・。着替えは用意しておいた方がよさそうだな。あとは・・・思いつかないや。


 もう1つ心配なのは風か。強くなりそうだね。いやだな、これも。


 ブログの神様は3連続リタイアネタを望んでいるのか?

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 北海道マラソンのダメージは予想以上に深い。32.5kmしか走っていないのに、レース後のダメージはものすごく大きかった。


 昨年サロマを完走した直後、ダメージは思ったほど大きくないと思っていた。しかしそれは大きな勘違い。ダメージはフルマラソンの後と比べてとてつもなく深かった。そのため、レース直後はなかなか現れてこない。そしてその1つ1つのダメージは、見た目小さそうなのだけれども、なかなか治まってくれなかった。


 サロマの時の左膝の痛みは本当にそうだった。無理して走れないこともない。湿布しておけばそのうち治る、と思っていたのだが、1ヶ月経ってもまったく治まらなかった。そのため病院へ行くのも遅れ、復活に時間がかかってしまった。


 今年、北海道マラソンの30km手前で痛み出した左膝は、このときと同じ症状だった。


 その後、走っていないときはなんでもなかった。しかし一昨日、昨日と走ると、同じ箇所に痛みが出た。そしてその痛みは、歩いていてもしっかりと感じられる。


 ・・・・・・・・・。


 北海道マラソンは、絶対に完走しなければならないレースと位置づけた(なのに完走できなかった)。DNFになるくらいなら、DNSを選ぶと言っていた(でも選ばなかった)。


 ウルチャレは逆に、私の中ではなんとしても出場しなければならないレース。2年前はエントリーしたけど北海道マラソンのダメージ(燃え尽き?)のためDNS。昨年は前年のことが頭にあったためエントリーしなかったら、北海道マラソンは途中リタイアだったために元気いっぱい。そこで今年こそは何が何でも走ろうと、エントリーしたレースなのだ。


 だが・・・大丈夫かな?


 幸い、この後のレース予定は何も決まっていない。旭川マラソンも出られなくなったので、北海道ロードレースとフルマラソン挑戦会くらい出ようと思っているけど、場合によってはここで故障したらシーズンオフに突入してしまえばいい。まあとにかく走ってみることにしよう。


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 昨年は、ペースが落ち始めて閉鎖48秒前にやっとの思いで通過した25km関門。すでにこの関門を通過するとき、30km関門には到達できないことを予測していた。しかし今年は気合い十分で通過した。・・・気合いが入りすぎていたかもしれない。30キロまではウォーミングアップ。それをついつい忘れてしまい、20kmあたりから気合いを入れすぎたのかもしれない。


 25kmから先は、苦しかった思いしか残っていない。昨年は25km関門を通過した時点で気持ちが切れ、脚が止まった。キロ6分を超えるラップを刻むようになり、競技役員に止められるのを待ちながらの走りだった。しかし今年は違う。しっかりとゴールを見据えての走りである。


 昨年は25kmから26kmのラップが6分を超えた。その数字を見た時点で、私は完全に諦めていた。しかし今年は5分36秒。まだまだ大丈夫。そう思いながら走っていた。


 しかし、後で判明したことだが、20km以降、私は何人かの仲間を交わしていたようだ。ところが本人はまったく気づいていなかった。それだけ集中して走っていた、といえば聞こえがいい。しかし集中した走りというのは、私の本来の姿ではない。沿道の声援に応え、出会った仲間と言葉を交わし、あちこちに気持ちを分散させながら走るのが私の本来のスタイル。ところが自分のスタイルを失っていたというあたり、知らず知らずのうちに疲労が蓄積していたのかもしれない。


 27km表示までのラップは7分近くかかった。いくらなんでもこれはおかしい。そんなにペースダウンはしていない。これはおそらく表示の位置が間違っている。案の定、28km表示までの時間は短く、この2kmは11分01秒と、相変わらずペースはいい。


 ちょうどこのあたり、稲積橋の上り下りがある。そして第2折り返しを回り、再び稲積橋を上り下りする。一昨年までのコースでもこの上り下りはあったのだが、そのときは22~3km付近だった。まだまだ余力があるときだったせいか、私はさほど苦にならなかった。だがこれがそれより5kmあとにやってくると、きつさが全然違う。


 この上り下りで左膝に痛みを感じ始めた。


 いつもは右膝のトラブルが多い私。しかし昨年のサロマの後、左膝の上の部分の痛みに悩まされた。その痛みはなかなか取れず、北海道マラソンに向けた調整が十分にできなかった。その同じカ所が痛み出した。


 私の場合、気持ちの弱さが痛みに化けることがある。しかしまだまだ私は強い気持ちを持っていた。この程度の痛みは大丈夫。なんの影響もない。私は第2折り返しを回った。


 29kmまでの1kmは5分50秒。落ちている。これはいったい・・・。膝痛のせい?まあいい。30km関門は通過できる。そこからの10kmを死んだ気で走ればいい。あの24時間走のときは最後の1時間を切ってから10kmを走っている。その再現をできれば、完走できる。


 昨年止められた稲積橋の上。そこに差しかかる手前で、R子さんを抜いた。


 「置いていかないで~」


 昨年、ともに稲積橋の上で無念のリタイアとなったR子さん。置いていきたくはないけれど、これ以上ペースを落とすわけにはいかない。私は必死で稲積橋を上った。


 昨年リタイアした地点を通過する。ようやくここからが今年のレースの始まり。しかし、さすがに疲れを感じ始めている。


 ニコ3マークを持ったまゆちゃんが応援してくれていたのも稲積橋の上だったろうか。橋を下りるとwinさんと遭遇。初フルながら3時間30分を悠々切ってくると思っていたwinさんに会うとは思っていなかったので驚いた。どうやら足がつって苦しんでいたようだ。また晴れさんとも遭遇。このあたり、みんな苦しみながらも頑張って、目の前の30km関門を目指していた。


 30km通過は2時間46分55秒。1分05秒前の通過だった。25km関門から貯金を少し吐き出している。この間の1kmも5分57秒。ここからギアチェンジして後10kmはペースアップだ。


 しかし・・・しかし・・・おかしい。脚がまったく動かない。これには焦った。どうしたんだろう。あとたったの10km。一気に駆け抜けられる距離だ。


 だが・・・脚は動かない。そればかりか、左膝の痛みも増してくる。


 そんな馬鹿な・・・そんな馬鹿な・・・。今年は完走できるはず。絶対に完走できると思ったからこそ出走したのに・・・。トトさんの思い、ベリーさんの思い、そしてTさんの思い・・・その思いをゴールに届けるために走っているというのに・・・。1時間半もかけてシューズを調整してくれたアスリートクラブのTさん。その恩に報いるためにも、私は完走しなければならない。


 私は歩道に上がった。レースを諦めるためではない。奇跡を起こすためにだ。


 みんなの思いを今一度噛みしめる。そして屈伸をする。もう、膝もあまり曲がらない。それでもゆっくりと曲げ、そして伸ばす。まだ諦めない。諦めてたまるものか!


 すぐにコースに復帰する。ここからペースをあげていこう。


 だが、すぐにまた左膝が痛み出す。


 「くそっ!こんなところでやめるために札幌まで来たわけじゃないぞ!」


 ブツブツ唱えながら走る。しかしそんなことでは痛みはひいてくれない。私は再び歩道に上がった。


 屈伸をして、気合を入れ直して、再びコースに復帰する。しかし奇跡はなかなか起こらなかった。歩道にあがり、そしてコースに戻ること3度。だが脚は楽になるどころか、ますます重くなっていった。痛む左足を引きずりながら、必死で走った。


 まだ間に合う。ここからペースアップすれば、まだ間に合う・・・・・・・・・。


 32.5kmのスポンジポイント。前方に競技役員の乗る車が割り込んできた。この瞬間、私の道マラは幕を閉じた。(つづく)


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 8月のサーチワードは、森千夏さんの逝去にかかる検索語で占められたような感じだ。


1位 虫垂ガン 症状(170)

2位 虫垂ガン(148)

3位 ogaman(66)

4位 北海道マラソン(60)

5位 Ogaman(59)

6位 虫垂ガン とは(58)

6位 虫垂ガン 症状(58)

8位 執事カフェ(46)

9位 東京マラソン(36)

10位 虫垂がん 症状(27)


 虫垂ガン関連の検索ワードで訪れた人がものすごく多い。そのほかOgaman(ogaman)と執事カフェの「常連さん」以外で、北海道マラソンと東京マラソンが入っているあたりが、いかにもランナーブログっぽくて面白かった。

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