セカンドビギナーのゆるラン日記

40代はそれなりに記録をめざし、ウルトラマラソンをめざし、走っていました。しかし還暦近くなると、体のあちこちが痛くなり無理が効きません。そこで走る目標を変えて、ゆるゆると走ることにしました。そんなゆるランの様子を書いていきます。   by Ogaman(おがまん)


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 つんつくバトルは敗れ去った。3時間50分はまたも切れなかった。しかしこのビールは美味しかった。相変わらず40km以降は失速したが、本当に楽しいレースだった。遠路はるばる来てよかった。


 コースには後続のランナーも続々とやってくる。一緒にバトルを演じたいっしーさんは、3時間53分台で初のサブフォーだったようだ。バトルで勝ったと安心しちゃいけない。多分ネットタイムでは負けている。


 サブスリーで戻ってきた人、5時間近くかかった人、納得のレースができた人、満足のいかないレースだった人。それぞれさまざまなレースをしてきたが、みんなここまで帰ってきた。そして喉を潤すビールの味はやはり格別のものがある。走った後のビールって、どうしてこんなに美味しいのだろう。


 走り終えた後はバスで土浦に移動してアフターが待っている。これも例年のことのようだが、昨日場所を確認しておいた台湾楼での宴。あちこちで今日の力走を称えあい、腹黒度を競い合いする(?)笑い声が聞こえてくる。もちろん私もバトルは負けてもここでは負けない。呑み、かつ食べ、かつ語り、時間が許す限り至福のときを楽しんだ。


Road to SAROMAN BLUE-台湾楼


 来年参加できるかどうかはわからないが、来年はつくばエクスプレスの開通により東京からつくばへ直行できるとか。そうなると東京に泊るか土浦に泊るか、どこでアフターをするかによって大きく変わってきそうだ。それはともかくとして、走ってみて実に楽しいコースだった。終盤で上り坂があるという意地悪なコースでもあるが、もう1度挑んでみたいコースでもある。果たして来年も参加できるだろうか。それはまた、来年のお楽しみということにしよう。(おわり)


Road to SAROMAN BLUE-集合写真


ラップタイム

 ロス 0分22秒(0分22秒)

 5km 27分59秒(27分37秒) 5分31秒/km

 10km 55分18秒(27分19秒) 5分28秒/km

 15km 1時間22分05秒(26分47秒) 5分21秒/km

 20km 1時間48分45秒(26分40秒) 5分20秒/km

 25km 2時間15分15秒(26分30秒) 5分18秒/km

 30km 2時間42分34秒(27分19秒) 5分28秒/km

 35km 3時間10分17秒(27分43秒) 5分33秒/km

 40km 3時間38分20秒(28分03秒) 5分37秒/km

 ゴール 3時間52分37秒(14分17秒) 6分30秒/km






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 30秒前・・・20秒前・・・10秒前・・・。カウントダウンが始まり深呼吸をしながらそのときを待つ。号砲が鳴り一斉に前へ・・・進まない。最前列の登録の部でさえこうなのだから、確かに未登録4時間付近からのスタートだとかなりのロスがありそうだ。歩きながら前へ進み、スタートラインを通過したあたりからようやく走り始めた。スタートロスは22秒。北海道マラソンとほとんど変わらない。


 走り始めるとすぐに抜かれ始める。無理もない。登録の最後尾に並んでいるから、昨年の北海道マラソン同様に直後は未登録のサブスリーランナーだ。ここはひたすらまっすぐ走るしかない。


 走り始めて間もなく、コースの左側でサンタクロースの衣装を着た若い女性が応援してくれている。「ありがとうございます」と応えたら、「FRUNがんばれ」と応援してくれる。さすがにFRUNは知名度が高い。


 しばらくすると同じFRUNのマスターさんと併走状態になる。ともに登録者の最後尾からスタートしたのだが、この抜かれまくりの流れにマスターさんもペースをつかみかねているようだ。


 マ「そんなに遅いペースじゃないですよね」


 お「遅くはないと思うんですけどね・・・」


 ということで、意見の一致を見て、しばらくこのまま併走状態で走った。


 しかしそのうちマスターさんは徐々に先に行き、私は1人旅となった。5km地点まで距離表示はないと聞いている。だから5kmに到達するまで正確なペースはわからない。突っ込むでもなく抑えるでもなく、体の動くに任せて自然体で走り、27分台ならば今日は有望、28分台ならちょっと心配。なんとなくそんなことを考えながら走っていた。


 大学構内は応援の人がけっこういる。10kmのスタート地点では出場する選手たちも大勢見送ってくれたし、ブラスバンドの演奏もあった。時折集団で応援してくれるグループもある。また、スタート前に競技場でチアリーディングを演じてくれた少女たちも沿道に揃って応援してくれている。私は彼女たちに手を差し出してハイタッチをしてもらい、力をたっぷりと分けてもらう。また見覚えのあるサンタクロース衣装の女性がここにもいた。どうやら構内を横切ってこちらに応援に回ってきたようだ。こちらでも「frunがんばれ」の声援を受けて手を振って応える。


 そういったグループを見つけては右に寄り、左に寄りして(もちろん後方確認して進路変更している)声援に応えながら走っていた。


 5km地点通過タイムは27分59秒。これでも27分台・・・だよね?ということは有望とみて間違いないのだろう。ネットは27分37秒だから、ほぼキロ5分30秒のペース。北海道マラソンと同じ入りである。


 スタート地点の手前に小さな段差がある。これについてはスタート前にランマツさんから情報をもらっていたので助かった。注意していないと躓きかねない嫌な段差だ。ここを通過して再びスタート地点を通る。再びここまで帰ってきたときは、どれくらい元気が残っているのだろう。


 いつもの通りコースの左寄りを走っていた私だが、コースは右に曲がっていた。それだけならどうってことはないのだが、最初の給水ポイントが右側にあった。これに気づかずに通過するところで、慌てて右に斜行して給水する。競馬であれば審議の対象にもなりかねないような斜行だったが、むろん後方の安全は確認していたので特に接触もなかった。


 やがて大学構内を出て、学園東大通りに出る。スタート前に簡単なストレッチしかしていない私にとって、ウォーミングアップを終えていよいよレースの始まりといったところか。左手につけたリストポーチから塩アメを1つ取り出して、口に放り込んだ。


 学園東大通りは日本の道100選にも選ばれているらしい。両側の街路樹が大変きれいだった。なんといっても北海道はすでに木々の葉は落ちており、雪を被ったりしている。それなのにこちらは秋の日差しを浴びて紅葉をも楽しめる。こんな素晴らしい環境の中でだらしない走りをしたら、せっかく送り出してくれた家族にも申し訳がたたない。心して走らなければ・・・。


 右前方には筑波山がくっきりと見える。朝の車の中でうららさんに観光案内をしてもらったのだが、標高は877mとさほど高い山ではない。しかし関東平野には他に高い山がないため、東京からでも見えるとか。山に囲まれた美瑛で生まれ育った私には、関東平野の広さというのは不思議にさえ思える。


 青空の下にくっきりと見える筑波山。今のうちにしっかり目に焼き付けておこうと(実はカメラを持って走ろうかと思いもしたが、さすがに思いとどまったのだ)思っていた。すると期せずして頭の中にはあのメロディが・・・。


 つくばさんろくだんせいがっしょうだん・・・。


 若い方はご存じないかもしれないが、デュークエイセスが歌っていた筑波山麓男声合唱団である。筑波山といえばこの曲しか浮かんでこないというあたり、まったくイメージが貧困である。しかしこの曲、走りながら思い浮かべるのが適当な曲とは思えない。ところが困ったことに、この後ずーっと私の頭の中にはこの曲がしみついて離れなかったのであった。


 さすがに北海道マラソンのように、沿道を応援の人が埋めているというようなことはない。しかし交差点のたびに応援の人がいて、いつものように声援に応えながら走る。面白かったのは、大学周辺を走っているせいか、20歳前後と思える若い世代の応援が他の大会と比べて多かったことだ。スタート・ゴールが筑波大学構内ということもあり、きっと出場している学生も多いことに違いない。その応援に来ている仲間も多いことだろう。でも沿道にこういう若者を見かけるのって、なんだか嬉しくなってしまう。


 ふと気がつくと私の直後を走っている2人の会話が聞こえてくる。


 「キロ5分半だから、ちょうどいいペースだよ」


 どうしてわかるのだ?不思議だったが、やがて左側の歩道の上に1kmごとの距離が書かれていることに気がついた。どこから書かれていたのかわからないが、これなら自分のペースをつかみやすい。しかし歩道上に書かれているというのは、車道を走っているとなかなか見つけられない。そのため見落としてしまうことも多かった。あまりこれにとらわれず、気づいたときにはラップを押すくらいの気持ちで走り続けた。


 相変わらず後ろから来るランナーには抜かれ続けている。北海道マラソンのナンバーは持ちタイムの順番だったため、だいたいどのくらいのタイムゾーンの選手に抜かれているのか見当はついた。しかしこの大会は50音順でナンバーが割り振られているため、どのくらいのタイムの選手に抜かれているのか皆目見当がつかない。ちょっとやりづらさがある。


 10km付近(越えていたか手前だったかよく覚えていないのだが)でFRUNのゾウさんに抜かれた。「むぎさんがすぐ後ろに来てますよ」と教えてくれる。ついに来るべき人が来たか。ここは先に行ってもらって終盤捉える・・・ことができるだろうか?間もなくむぎさんが追いついてきた。


 「今日はどのくらいで走るのですか?」


 「4時間を目標にしています」


 私は正直に昨日までの目標を告げる(本当はこのあたりでは自己ベストを出したいという気持ちになりつつあった)。


 「そうなんですか。じゃあとりあえず先に行ってますね。30km過ぎで待ってますから」


 本当に待っていてくれるといいのだが(笑)。


 続いて私に一声かけて抜いていったのはいっしーさん。無駄のないスムーズな走りで抜いていく。あとで聞いて驚いたのだが、まだこれまでサブフォーの経験はないとのこと。とてもそのような走りには見えなかった。


 左側からは黄色いウェアの選手が一気に私を抜いていく。ランマツ1号さんだった。2号さんがいないな?と思ったら、10m後ろをついていっていたようで、「行けるところまで行ってみます」と抜いていった。


 こうして抜かれまくり状態で通過した10km地点。それでも通過タイムは55分18秒。この間の5kmは27分19秒と少しペースアップしている。1kmあたり5分30秒をちょっと切るペース。これならOK。自分が遅いわけじゃない。周りがまだまだ速いのだ。


 10kmを過ぎ、流れは徐々に落ち着いてきた。筑波山に向かって走っているような形なので、徐々に筑波山も大きく見えてくる。ソーラーエンジンの回転数も上がり、徐々に足取りも軽くなっていく。しかしこの段階での無理なペースアップはご法度だ。


 10km地点を過ぎて間もなく2度目の給水所がある。今度はスムーズに取れた。さすがに大きな大会なので給水所は混雑しているが、北海道マラソンのように殺気立ってはいない。先の方のテーブルにまっすぐ進めば何も問題はない。


 給水の水はあまり美味しくないように感じたが、山がないところでは美味しい水は期待薄。そこまで注文をつけるわけにはいかない。給水のスタッフはこれ以上ないくらい一生懸命に、元気に対応してくれている。水の味よりもこちらの方がよほど重要だ。


 歩道の距離表示に気づいたところでは一応時計を確認する。どうやら5分20秒前後のペースで走れているようだ。スタート直後と比べると10秒ほど速いペース。10km過ぎて体が動くようになってきたときというのはオーバーペースの危険性がある。しかしながら、つい1週間前までは5分15秒で走ろうとしていたくらいだから、5km26分台で走っている間はブレーキをかける必要はないだろう、と決めた。


 コースはやがて左折して東大通りを後にする。筑波山ともこれでお別れであり、昭和新山とお別れとなる洞爺湖マラソンの10km地点を思い出してしまった。曲がって間もなくエイドがあった。ここまでは5kmおきの給水だったが、ここの給水間隔はずいぶん短い。事前にコース図をちゃんと見ておけばわかることだったが、10kmから先は2~3kmおきで給水所がある。これなら水分補給は大丈夫。そしてここのエイドではバナナも配っていた。


 こうしてマラソンを走るようになり、バナナのありがたさをよくわかるようになった。スタート前もバナナ。途中の給食もバナナ。バナナなしでは走れない。ここでも差し出されるままに受け取ったのだが、ビックリ。なんと丸々1本だ。今までエイドのバナナというと、2分の1、あるいは3分の1にカットされたものしか知らない。しかしせっかく受け取ったのに、半分だけ食べて残りを捨てるというわけにもいかない。無理をして1本押し込んだ。


 道端にはバナナの皮がたくさん捨てられている。そしてそこには枯葉もたくさん落ちている。そこを走っていたスタッフの女性が、足を滑らせて見事に尻餅をついた。漫画のようにバナナで滑ったのか?あるいは枯葉で滑ったのだろうか?笑うわけにもいかず(いや、このあたりは新微笑走法炸裂で笑いながら走っていた)、困ってしまった。こけた本人も笑っていたようだったから、怪我はなかったことと思うのだが・・・。


 エイドを過ぎて間もなく15km地点を通過。1時間22分05秒。この間の5kmは26分47秒と26分台に突入。1kmあたり5分20秒をちょっと超えるペース。先週まで目標としていたペースには及ばないものの、理想的なペースかもしれない。ここまでの体の調子からしても4時間を切ることは大変に有望だし、自己ベスト更新、3時間50分切りも現実味を帯びてくる。


 15km地点を過ぎて間もなく左折する。整然とした近代的な街並から徐々に郊外へと進んできたが、このあたりになると完全に田園地帯という景色が広がっている。私のような田舎者はこういう景色の方が落ち着くのだが、難点は沿道からの声援が少なくなること・・・と思っていた。ところが私の予想は見事に外れた(これだもの、ジャパンカップの予想も外れるさ)。


 確かに沿道の声援の数は少ないのだが、地域の人たちが暖かい声援を送ってくれていた。じいちゃん、ばあちゃんや小さな子どもたちが多く、とても微笑ましい。また大量にアメを用意してくれている人、小さなアンパンをたくさん用意してくれている人など、私設エイドをやってくれている人も多かった。私もありがたくアンパンをいただいた。塩アメを舐め、バナナを食べ、また塩アメを舐め、アンパンを食べ・・・。どうやらシャリバテの心配だけはなさそうだ。


 前方を走っていた女性がアメを取り損ねて落としてしまいそのまま通過すると、そのエイドをしていた年配の男性の1人がアメを拾うや否や全力で追いかけて手渡すという光景もあり、なんだか私のハイな気分は頂点に達しつつあった。


 ふと気がつくと、数十m先に見覚えのある後姿がある。いっしーさんでは?そんなに極端にペースが上がっているわけではないし、いっしーさんのペースが落ちてきたのだろうか?でもなかなか差が詰まらないところをみると、そういうわけでもなさそうだ。そのままの差を保ち走り続ける。


 またまた気がつくと、いっしーさんのさらに数十m先には赤いウェアが見えている。目を凝らしてみると、やはりFRUNウェアのようだ。ということは、むぎさん?30kmを過ぎてから追いつく予定なのに、いつの間にか近づいてしまった。う~ん、やはりペースが上がっているのかな?


 そんな状況で通過した20km地点は1時間48分45秒。この間の5kmは26分40秒と、わずか7秒速くなっただけ。私自身は10km以降はほぼイーブンペースで走っている。間もなく迎えた中間点は1時間54分37秒。自己ベストを出した昨年の北海道マラソンは1時間55分01秒だったので、それをわずかに上回っている。このままいくと3時間50分を切れる。そう思うとますます元気が出てきた。


 そのままいっしーさんの背中を追っていくと、むぎさんの背中はますます大きく見えてくる。いっしーさんがむぎさんに追いつき、そのまま交わしていった。ここで私は思いっきり悩んでしまった。このままいっしーさんを追っていくべきか、あるいはターゲットをむぎさんに変えてじっと後ろをついていくか。「つんつん」を考えたら30km過ぎまでじっとむぎさんの後ろで様子を伺うべきだろう。しかし残念ながら、私にはペースをコントロールしながら走っていける力は備わっていない。オーバーペースはむろんご法度だが、抑えすぎるのもこれまであまり好結果に結びついていない。今は無理なくペースに乗れているだけに、あまりリズムを崩したくない。そんなわけで、これまで通りいっしーさんを追うことにした。


 徐々にむぎさんの背中が大きくなるにつれ、私の中には大きな迷いが生じていた。


 つんつんをすべきだろうか?


 まだ中間点を過ぎたばかり。ここまでの調子を見る限り、自分も今日は簡単につぶれそうにない。ここでむぎさんを交わして一気に逃げることも不可能じゃないかもしれない。しかしまだ20km近く残っている。マラソンは何があるかわからない。ここでつんつんしちゃってつんつん返しを食らうとショックが大きい。でもつんつんのチャンスを逃すのも惜しいし・・・。


 そのように迷っていたため、追いついても結論が出ず、前に出るのをためらってしまった。


 しかし考えてみれば、むぎさんがこのまま終わるはずがない。これももしかしたら、私を前に行かせて後でつんつんしようという(腹黒な)罠かもしれない。やはりまだ、つんつんをするわけにはいかない。


 「まだ30kmじゃないですけど、いっしーさんを追ってたら追いついちゃいました」


 「どうぞ先へ行ってください」


 普通に挨拶を交わし(腹の探りあい?)お言葉に甘えて前に出る。


 B会の取り決めでは、絶対に振り返ってはいけないことになっている。前に出てしまうと、後ろの状況は背中に感じる殺気で判断しなければならない。しかしとりあえずは前方を行くいっしーさんに集中する。


 しかしいっしーさんとの差はなかなか詰まらない。それどころか、少しずつ開いているように思える。私自身、20kmまでよりもペースが上がっているように思える。実際、抜かれるより抜くことの方が多くなってきている。オーバーペースにも十分に気をつけなければならない。


 25km地点通過は2時間15分15秒。この間の5kmは26分30秒と、やはりちょっと上がっている。いっしーさんを目標に走るけれども、これ以上ペースを上げるわけにもいかない。見える範囲内についていき、勝負は30km以降と自分に言い聞かせる。


 25kmを過ぎて間もなくコースは左に曲がり、エキスポ通りに入る。エキスポ通りに入って間もなくのエイドで、いっしーさんはスピードを落として給水を摂っていた。ここで差は一気に縮まった。チャンス。ここぞとばかり私はいっしーさんに追いついた。


 「やっと追いつきました」


 「マイペースで行きますから、お先にどうぞ」


 実は私はB会員が誰と誰だかよく把握していない。高橋さんとむぎさんだけは間違いなくB会員と承知しているのだが、それ以外の人はわかっていない。そのためここでもつんつんはしなかったのだが、この時点ではいっしーさんはまだC会員だった。つんつんしなくてよかった~。


 ここで前に出た私であるが、NAOJIさんの完走記によると25kmを過ぎるとアップダウンも出てくると書いてあった。なるほど勾配はさほどではないが、延長の長い上りが見えてくる。そしてついに・・・。


 ここまで足にトラブルを感じなかったのが不思議なのかもしれないが、とうとう右膝に違和感を感じ始めた。まだ痛みがあるわけではない。しかし何か違和感がある。というよりもう少し正確に言い表すと、右膝の感覚が急激に薄れてきている。何も感じなくなってしまったのだ。こうなってくると、次はいつ激痛がやってきても不思議ではない。ここからが本当の闘いだ。


 28.5kmと書かれたエイドで水を受け取るのにちょっと手間取ったら、いっしーさんがまた私を抜いていった。私はまたいっしーさんの後ろを走る形となった。


 そしていっしーさんとほぼ併走のまま迎えた30km地点。ここでドラマは起こったのである。


 「つんつん♪ つくつく つんっつんっつ~ん」

 「つんつん♪ つくつく つんっつんっつ~ん」


 「きょうの料理」のメロディーにのって、ついにむぎさんがやってきた。


 「うわぁ、やっぱりきたぁ~」


 私の心の底からの叫びだった。むぎさん、いっしーさん、私。この3人が抜きつ抜かれつを繰り返し、30km地点で横一線に並ぶ。劇的なドラマである。しかしこの展開、やはり誰かが仕組んだものなのだろうか?


 『つんつんの テーマとともに 料理され』


 などと悠長なことを言ってる場合ではない。私も一応むぎさんのつんつんは覚悟をしていた。ここからが本当のつんつくバトルの始まりだ。


 30km通過タイムは2時間42分34秒。この間の5kmは27分19秒。微妙にアップダウンがあったせいか、この前の5kmよりも49秒余計にかかっている。これがむぎさんにつんつんを許した原因だろうか?


 そういえば、よく見ると先ほどから歩道に上がってストレッチをしているランナーを見かけるようになってきている。思っている以上にダメージを受けるコースのようだ。私も膝がどこまでもってくれるのか・・・。不安はあるが、ここは何としてもついていかなければならないところだ。


 30kmのエイドは最も楽しみにしていたエイドだ。ここにはおしるこがあると書いてあったからだ。確かにおしるこは、あった。ところが、私はここまで持参の塩アメを始め、エイドでバナナ、私設エイドでアンパンやアメをもらって口に入れてきた。口の中が甘ったるくなっており、満腹感がある。ここではバナナにもおしるこにも手が伸びなかった。う~ん、給食のペース配分を間違えた!後ろ髪を引かれながら通過する。


 これまでのフルマラソンでは、途中の10kmだけは無理が利いた。ここまでは自然体で、無理せず走ってきたつもりだ。ということは、まだ10kmのロングスパートをできる足は残っているはずだ。そして前回の旭川マラソンでは、キロ6分30秒まで落ちてからでも35km以降で3kmほどはスパートをできた。まだまだ勝負どころは先にあるはず。スパートのタイミングを計りながら、むぎさんの直後につけた。


 むぎさんはB会員の掟を守って振り返らなかった。その直後にぴたりとついて走っていった。むぎさんは、背中に十分殺気を感じていたかもしれない。いっしーさんはどうしているかも気になったのだが、B会員の掟では振り返って確かめることは許されていない。


 しかし32km付近から徐々についていけなくなってくる。5m・・・10m・・・徐々にむぎさんとの間隔が広がってくる。むぎさんがペースアップをしたわけじゃないだろう。多分私の方がペースダウンしているのだ。30kmを過ぎ、最も苦しいところにさしかかっている。しかしこのままずるずるいくわけにはいかない。来るべきスパートのときに備え、常に背中が見えるくらいの差でついていかなきゃ。


 コースは左折し、学園西大通りへと入る。むぎさんの背中を見失わないように必死で追いかける。


 ふと左を見ると、街路樹の根元にダンボール箱が1つ置いてある。そこに書かれているのは懐かしい文字。「びえい」の文字が入ったジャガイモの箱だった。まさかこんなところで美瑛産のジャガイモのダンボール箱に会えるとは・・・。私の応援に駆けつけてくれたのだろうか?


 むぎさんとの差は徐々に開いていく。しかし背中が見える限りチャンスはあるはず。私はまだスパートをしていない。35kmを過ぎたら勝負だ。そこで見えている限り、一気にスパートをかけよう。


 迎えた35km地点。3時間10分17秒で通過する。この間の5kmは27分43秒。やはり少しずつ落ちてきている。残り7.195km。3時間50分を切るには貯金があるのかないのかわからない。残り5km地点で判断するしかなさそうだ。


 虎視眈々とむぎさんを狙っている。しかしなかなか勝負をかける瞬間が見つからない。エイドで少しゆっくりしてくれればとも思うのだが、さすがにそんな隙を見せてはくれない。36km地点のfrunエイドも速やかに通過していく。少しでも差が詰まってくれればこちらも俄然力が出てくるのだが・・・。めかさん、けーぜさん、SAKANAさんらがエイドを出してくれていたが、私はキャラメルだけ受け取ってそのまま通過する。


 「むぎさんがすぐ前にいますよ~」


 この「すぐ」がすごく遠いんだ・・・。


 どうにか見える範囲内にとどまっているが、その差はもう50m以上あるかもしれない。残り5kmになったらスパートしよう。そう思いながら必死で足を前に送るが、左のハムもそろそろピリピリとしてきた。う~ん、限界が近いのか?


 待ちに待った残り5km地点。3時間22分40秒で通過する。50分を切るには27分19秒で行かなければならない。キロ5分30秒では届かないのか・・・。ちょっと厳しいのかな?そんな弱気が首をもたげてくる。しかし挑戦しないで諦めるわけにはいかない。旭川マラソンのときだって、サブフォーには絶望的な状況からでもスパートをかけたのだから。そう、諦めが悪いのは私の美点だ。


 キロ5分30秒を切ること。そういう課題を自分に与え、いよいよエンジン全開・・・という割には、走りが変わらない。あれ~、スパートのタイミングを計っているうちにスパートする力がなくなっちゃったか?


 そんなことは言ってられない。苦しいからこそ早くゴールして早く楽にならなきゃ。気分を奮い立たせて足を前に送る。


 残り4km地点は3時間28分08秒。あと21分51秒。くっそー、ハーフで残り4kmを21分なら楽勝なのに・・・。それでもこの1kmは5分28秒。このままだとぎりぎりで50分を切れるかもしれない。むぎさんの背中も遠ざかってはいない。追っかけていけばつんつんと50分切りと両方達成できるかもしれない。


 残り3km地点。3時間33分48秒。残り16分11秒。この1kmは5分40秒と落ちてしまった。ここにきてのペースダウンは痛い。右膝と左のハムはどうにかおとなしくしているが、ここにきて腰が重くなってきている。後半の緩やかなアップダウンのダメージが、じわじわと効いてきているようだ。


 大学構内に入りランマツ2号さんに追いついた。声をかけて抜くものの、下半身は鉛のように重い。


 40km地点通過タイムは3時間38分20秒。この間の5kmは28分03秒と、ついに28分台に落ちてしまった。残り11分39秒。大変厳しくなってきた。そしてここで迎えたあの坂だ。


 立体交差になっている橋。距離にしたら数十mの、勾配は急だけど短い上り。1周目でも走った部分だが、このときは短いから大丈夫だろうと思っていた。しかし今の状態ではこの勾配はとてもつらい。足を前に送り出すのが精一杯。走っているのか歩いているのかわからないスピードだ。沿道で声援を送ってくれる人がいる。無理して笑顔を作って応えるのが精一杯だった。


 ようやく坂を上りきったが、ペースは元に戻らなかった。腰の重さが全身に伝わり、もはや体は言うことをきかなくなっていた。


 「ここまでよく頑張った。このまま流してもサブフォーは間違いない。あとはクルージングでゴールを目指そう」


 すでにむぎさんは最後のスパートにかかったのか、姿は視界から消えている。私は悪魔の囁きに簡単に耳を貸してしまった。ペースが落ちた私を尻目に、周りのランナーはラストスパートにかかっている。次から次へと抜かれていく私。先ほど抜いたばかりのランマツ2号さんにも抜き返された。今年はこんなレースばかりだった。フルマラソンで、最後までしっかり走れたレースは1つもなく、40km以降は抜かれっぱなしのレースばかりだった。そんな今年を象徴する終わり方と言えるかもしれない。また考えようによっては、来年に向けての課題が明らかになったとも言えるかもしれない。


Road to SAROMAN BLUE-もう一息


 大学構内では、スタート後に見送ってくれたサンタ服の彼女がまだ応援してくれていた。「frunがんばれ!」と変わらぬ声援を送ってくれる。こちらもとびきりの笑顔で(?)手を振って応える。


 残り1km地点は3時間45分55秒で通過する。この間の1kmは6分24秒。もはや50分切りも自己ベストもほとんど無理な状況になってしまったが、この好天の下、最後まで元気に走りきれたことを感謝しよう。


 後ろからくるであろういっしーさんも気にかかるが、もはやスパートできる足は残っていない。競技場に入っての300mをゆっくりと流すのみだ。4コーナーを回るとき、FRUNメンバーが「Ogamanさ~ん」と声をかけてくれた。そちらに向かって手を振りながら、いよいよゴールを目指す。


 1歩1歩踏みしめてのゴール。いつものように笑顔でガッツポーズを作りながら。3時間52分37秒。40kmを過ぎてからは失速したが、これでも立派なシーズンベスト。昨年の北海道マラソンでマークした自己ベストに次ぐセカンドベストでもある。直前で調子が急降下を描いていたことを考えると、上出来と言えるだろう。


Road to SAROMAN BLUE-ゴール


 ゴール後参加賞のTシャツを受け取り、預けた荷物を取りに行く。しかし太腿が痛くて思うように歩けない。しかしこの痛みは42.195kmの長丁場を走りきった証の痛み。嬉しい痛みでもある。


 FRUNの陣地に戻ると、すでにゴールした皆さんが缶ビールを片手に後続の仲間を待っていた。早速0次会の始まりだ。(つづく)






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 11月27日に土浦まで移動して宿泊。28日はレース後土浦にもう1泊し、29日の夕方の便で帰ってくるというゆったりした行程。ところがこの週末、北海道は荒れ模様という予報が出ており、空港まで自分の車で行くのはやめにする。というのも、旭川空港に戻ってくるのは19時40分到着の便。この時間に帰ってきて、車の上にうずたかく積もっている雪を下ろすのは嫌だ。ということで、空港までは父に送ってもらった。むろん、帰りの迎えも頼んでおいた。


 予報の通り、前夜から激しい風と雨。夜、窓を叩く風の音はすさまじく、これで本当に飛行機が飛ぶのだろうかと不安になる。せっかく体調面ではどうにか問題なく出発当日を迎えたというのに、飛行機が欠航してDNSじゃシャレにならねぇなぁ、などと思っていた。


 しかし夜中の風と比べるといくらかおさまっているように感じる。運行状況をHPでチェックすると、羽田からの便は空港を飛び立ったようだ。少し安心して空港に向かった。


 時折吹雪いている中を空港に到着し、荷物を背負ってターミナルビルへ向かう。Air Doのカウンターに向かうと、なにやら様子がおかしい。聞くと先ほど一時ターミナルビル内が停電になったため、コンピューターが再起動中とのこと。そのためチェックイン用の機械が1台しか動いていないらしい。そんなわけで、瞬く間に長い行列が出来上がってしまった。私は幸い一瞬早く並べたのでスムーズに手続きが進んだのだが、荷物を預けようと思ったらこちらの機械も再起動中。結局待たされる羽目になった。


 無事に荷物を預け、空港内で昼食をとって搭乗待合室に入る。東京からの便の到着が15分ほど遅れたため、こちらからの出発も15分遅れるとのことだったが、吹雪の中を無事にこの飛行機も到着したので、よほどのことがない限り羽田行きが欠航になる心配はない。旭川空港には格納庫がないため、基本的に降りた飛行機は必ず飛び立つのだ。


 搭乗待合室から機内へ案内されようというそのとき、待合室内の電気がすべて消えた。またしても停電である。自動改札機も当然電源が落ち、室内の電気が点いてからもまた再起動待ち。2台のうち1台が回復し、ようやく行けると思ったらまたも停電。もういいかげんにしてくれ!吹雪、そして3度の停電。何者かの見えない意思が働いているのか?


 ようやく機内に案内されたものの、ただでさえ苦手な飛行機が出だしのトラブルのため余計に嫌だ。しかしその先に待っている楽しみを思い、我慢する。


 機内案内時の停電のため、出発が更に遅れて約30分遅れとなる。上野から土浦までの移動は、15時30分の特急でも間に合うかと思ったが、余裕をみて16時30分の特急を予約しておいた。これが正解。飛行機が30分遅れると15時30分の特急には間に合うかどうか微妙なところだ。


 フライトは順調・・・と言いたいところだが、吹雪の中を飛び立ったんだからねぇ。離陸と同時に結構揺れた。上昇しながらも揺れた。嫌なもんだねぇ、まったく。しかも機内案内では、途中も気流が悪いので揺れることが予想されるとか。そんなわけで、シートベルト着用サインもなかなか消えない。なんだか、レースの前に体力を消耗してしまいそうだ。


 ようやくベルト着用サインも消えたが、やはり時折揺れる。まあ空の上でじたばたしても始まらないが、何度乗っても慣れることができない。


 1時間近く経過し、飛行機は霞ヶ浦上空を通過する。機内誌を片手に外の地形を確認していた私(幾つになっても、やることは中学生のときと同じだ)。明日のコースに思いを馳せる。


 多少揺れながらの着陸となったが、30分遅れて14時30分に無事にまた地面に降り立つことができた。これでもうレースが終わるまで飛行機に乗らなくてもいいと思うと、それが1番嬉しい。


 14時現在の羽田の気温は18.9度。こんなに暖かいとは思わなかった。このままの天気が続いてくれたら、私にとっては最高の条件でレースを迎えられそうだ。


 荷物を受け取りモノレールに乗る。浜松町で京浜東北線の快速に乗れたおかげで、上野に着いたのは15時30分の特急が発車する直前だった。まあ結果的に間に合ったが、もしもこの特急に乗る予定になっていたら、ここまでの移動は精神的に大変だったことだろう。


 ぶらぶらしても仕方ないので、ホームで列車が入線するまで時間を過ごす。実は私は上野駅の地平ホームは大好きなのだ。終着駅という風情があって、私のような根っからの田舎者でも受け入れてくれるような気がする。何ともいえない、心落ち着くものがある。


 16時30分発のフレッシュひたち41号に乗り土浦へ向かう。指定席を取る必要はなかったかなと思っていたのだが、土曜日の夕方の特急は意外と混んでおり、私が乗った車両はほぼ満席。迷いながらも1週間前に指定を抑えておいたのは正解だったかもしれない。


 土浦駅に到着して、地図を頼りにビジネスホテル小桜館へと向かう。途中で明日のアフターオフ会場の台湾楼の前を通過。ここから5分程度で小桜館に到着し、これは絶好の場所にホテルを確保したと喜ぶ。


 一息ついた後、土浦駅前のイトーヨーカドーへ行き、夕食を済ませて明日の食料を買い込む。おにぎり2個、バナナ2本、ウィーダーを2個、大福も2個、夜食用に細巻を買い、あとは水分補給用に500mlペットのスポーツドリンクを2本。これだけ買っておけば完璧だろう。翌朝は7時30分に地元土浦在住のうららさんが迎えに来てくれることになっている。寝坊しないように、寝酒は缶ビール2本にとどめておいて、22時にはベッドに横たわった。


 本番当日、5時30分に起床。6時に起きようと思っていたのだが、目が覚めてしまったらしょうがない。ホテルのカーテンは厚いので、2度寝をしてしまうと外が明るくなっても気づかずに寝ている恐れがある。


 目覚めは快調。真っ先に外を見ると、まだ太陽は出ていないが雲ひとつ見えない。こりゃあ天気に恵まれそうだ。それだけで気持ちはハイになってしまう。足底にキネシオテープを貼り、指の間にディクトンスポーツをすり込む。乳首には救急絆創膏を貼り、そして脹脛とハムにはマッサージクリームを・・・あれっ?見当たらない。それじゃあ代わりにサロメチールを・・・って、これもない。どっちとも忘れてきたのか?ありゃりゃ。


 しかし準備の手を休めるわけにはいかない。持っていく荷物は前夜のうちに用意してあるので大丈夫。特にイエローチップを付けたシューズ、ナンバーカードの引換証、そしてウェア(今回は大丈夫)は何回も確認した。そして落ち着いて朝食を摂る。おにぎりを1個、バナナを1本、大福を1個、ウィーダーを1個。あとは会場到着後に食べればいいだろう。


 7時20分頃、部屋の窓から外の道路を見ていると、赤いウィンブレを着た人が運転する車がホテルの前に泊った。あれはきっと、FRUNのうららさんだ。私はすぐに荷物を持って外に出た。


 やはりうららさんだった。車に乗せてもらい一路会場へと向かう。途中、あれが筑波山です、と教えてもらう。標高877mとさほど高い山ではないようだが、なにしろここは関東平野。見渡す限り山はない。どの方向に向かって走るのか全然知らないのだが、左回りでぐるっと回るコースなので、走りながらよく見える場所が必ずあるに違いない。願わくば、ゆっくりと景色を楽しみながら走る余裕がほしいものだ。


 会場に到着すると、受付開始の8時30分まではまだ間があるというのに、かなり到着しているグループがいる。私たちは例年の場所という4コーナー付近の土手の上にブルーシートを敷き、陣地を確保する。なるほど、ここならゴールに向かう仲間を見つけやすい場所だ。


Road to SAROMAN BLUE-会場


 その後私は会場内を散策する。スタッフの皆さんも集合して、あちこちで打合せが始まっている。ゴールの先には給水所やミズノのブースなどもある。ちょっと奥へ行くと仮設トイレがたくさん並んでいる。これはまた壮観だ。しかしそれでもスタート前はものすごい列ができるというのだから、さすがに1万人規模の大会は違うものだと、妙なところで感心してしまった。空いているうちに1度済ませておく。


 8時30分を待たずして、準備が整ったので受付を開始するとアナウンスされている。この受付も混むということなので、空いているうちに受付を済ませる。


 今回、私のナンバーカードは171番。陸連登録としてエントリーしているとはいえ、ずいぶん若い番号だ。北海道マラソンのように持ちタイム順ということはありえない。私は比較的遅くエントリーしているので、エントリー順でもないはずだ。その謎は参加者名簿を見てすぐにわかった。50音順であった。それならば納得。


 受付を済ませてFRUNの陣地にいると、ランマツ1号さんから電話が入った。ちょうどFRUNの陣地と対角線の位置となる、2コーナー付近の土手にランマツテントを張ったとのこと。早速表敬訪問する。


 北海道マラソンのときに会って以来の再開。懐かしいランマツテントには、よく知っているランナー仲間のサインもたくさんある。むろんランマツ2号さん、そして3号さんも一緒だ。3号さんとは北海道マラソンのスタート前に初対面、そして35kmを過ぎてから追い越すときに声をかけたくらいなので、交際範囲の広い3号さんには私がどこの誰だかわからなかったことと思うが、今回は一緒に写真に納まってもらった。次は著書を持っていってサインしてもらおうかな?


Road to SAROMAN BLUE-夜久さんと


 1号さん、2号さんともしばし旧交を温めて談笑する。3月の荒川市民マラソンにもとりあえずエントリーをしてしまった私。そんな私に、もし出場するなら泊ってくださいと言ってくれた。う~ん、大変ありがたい話。こりゃAir Doスペシャルを抑えることができたら、本当に行っちゃおうかな?


 健闘を誓い合って別れ、FRUN陣地に戻っていくと、FRUN陣地の数十m隣に陣取っているWeb練習日記の幟の下には横浜中央走友会のkumeさんが。これだけの規模の大会で偶然に会えるなんて、なんたる奇遇!再会を喜んだ。しかし後日判明したのだが、Web練習日記の陣地にはオクトーバーランで同じSky Runnersチームで頑張ったのぐ8994さんもここにいたとか。ニアミスだったんだ!


 陣地に戻ると、FRUNのメンバーも大勢揃っていた。昨年か今年の北海道マラソンに参加された方は面識があるのだが、それ以外の人は初対面だ。でも人数が多いから、なかなか顔と名前が一致しない。しかしもちろん、B会を代表するむぎさんと高橋さんはしっかりとわかっている。


 B会とは何か。簡単に言うと、ベストタイムが3時間30分から4時間の選手たちである(ちなみに、3時間~3時間30分はA会、サブスリーはS会、4時間オーバーはC会というらしい)。このB会には、「つんつくバトル」という闘いが存在している。相手に気づかれないように後ろから接近し、抜くときに後ろからつんつんとつつくのである。そうして相手に精神的ダメージを与えるのだ。これ、やられると本当にダメージが倍増する(経験者)。しかもB会員の掟として、レース中に後ろを見ることは許されていない。従って、誰がどこまで接近しているかを判断するのは背中に感じる殺気と、沿道あるいはすれ違う他の選手からの情報しかない。


 ベストタイム3時間50分台の私はB会の中でも下位にランクされるのでなかなか他のB会員をつんつんするチャンスはなさそうだが、ここは密かに下克上を狙いたいところだ。


 ウェアにナンバーカードをつけて着て、そろそろ最終準備を始める。それにしても素晴らしい天気だ。会場に到着した頃はまだひんやりした感じもあったが、この頃にはもうランパン、ランシャツで全然問題ないような気温になっている。アメダス値ではこの日のつくばの最高気温は16.3度。11月にこんな気温の中を走れるなんて、信じられない。


 考えてみれば、今年4度目のフルマラソンだが、過去の3回はいずれも太陽をほとんど拝んでいない。今年のフルマラソンで好タイムが出ないのはそのせいだ(本当か?)。なにしろ私はソーラーエンジンを搭載しているので(?)太陽が出ないことには力が発揮できないのだ。


 レース用シューズを履き、ウェアの上にジャージとウィンブレを身に着け、リストバンドとリストポーチをつけたあとは、他のものを袋にしまってしまう。有料(100円)で荷物を預かってくれるということなので、一応預けることにする。ジャージとウィンブレは、スタート前に脱いで陣地に置いておくしかないだろう。


 手荷物預かり所に向かってビックリした。トイレの前は、なるほど長蛇の列。これまでの北海道内の大会では(最大規模の札幌マラソンには出ていないが)、女子トイレと男子トイレの個室には列ができるものの、小用の流れはスムーズだった。しかしここでは小専用の仮設トイレの前も長蛇の列。こりゃ早めに済ませておかなければ・・・。しかしさきほどチーム走り屋のまりおさんから裏技を教えてくれる電話もあった。いざとなれば・・・と思うと精神的には楽だ。


 手荷物を預けて出てくる。そして小用の列に並ぼうと思う。しかし何かしら引っかかるものを感じる。何か忘れているような・・・。なんだろう?どうも先ほどから引っかかっているのだが、わからない。わからないということは、たいしたことじゃないからだ。そう思うように努めるのだが・・・。


 ひざかんたん!


 突然思い出した。ひざかんたんを巻いた上からジャージを履くと、テープがジャージの裏にくっついてしまい、肝心のレース時には役に立たなくなっているということを何度か経験した。そのため今では、スタート前にジャージを脱いだとき、初めてひざかんたんを巻くようにしている。それを袋の中に入れたまま預けてしまった!


 私は悩んだ。戻って出させてもらうか、それとも面倒だから諦めるか・・・。普通は諦めないよね。これでレース中に膝が痛み出したら後悔するなんてものじゃない。ここは戻って出させてもらわないと・・・ということで無事にひざかんたんを出してこれた。これ、気づかなかったらどうなっていただろう?いや、完走記としては面白かったかもしれないけど・・・。


 安心して小用の列に並んだものの、たまたま私が並んだ列は何故か回転が悪い。隣の列が2人終わる頃にやっと1人終わるという感じに思える。気のせいかもしれないけど・・・。


 そんなわけで、自分が小用を終わらせて陣地に戻る頃にはスタート20分前くらいになっていた。徐々に焦り始める。陣地に戻っていくとき、他のチームメイトがスタートラインへ向かうのとすれ違う。そこでまた焦ってしまう。陣地であたふたとジャージを脱ぎ、ひざかんたんを巻いて準備完了。いよいよスタート地点へと向かう。


 大勢の人の流れについていく。やがて人が集まっているのが見える。スタート地点は予定タイムごとにプラカードが上げられており、5時間台のプラカードの前からスタートラインまではかなりの距離がある。そんな中、私は最前列の登録者のグループ。決して速いランナーじゃないのに申し訳ないけど、出来るだけ邪魔にならないように走りたいとは思っている。


 登録者の最後尾につけて、スタート準備はすべて完了。あとは号砲を待つばかりだ。(つづく)






 いつもマナーについてはこのブログでも発信させていただいてますが、R×L SOCKS 部長さん が、素敵なグルっぽを作ってくれました。

 ご覧の皆さんもこのグルっぽに参加して、エチケットとマナーについて一緒に考えて、一緒に行動しませんか?




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