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 2008年2月17日バルカン半島に誕生したコソボ共和国(Republic of Kosovo)おそらく数年前まで多くの方が“コソボ”と聞くと「紛争」の二文字を思い浮かべたことでしょう。

 

 確かに多くの犠牲を伴ったコソボ紛争は、これに関わった人々にとって忘れられない辛い歴史ですが、時は経ち、コソボを観光で訪れる時代になりました。

 

 そこで今回は、コソボにご興味のある方、そして訪れてみようとお考えの方に、 この国を深く知っていただきたく、歴史とともにコソボ観光の見所をご案内したいと思います。

 

 まずご覧いただきたいのはコソボ共和国の国旗です。6つの星は、6つの異なる民族の共存を表しています。

 

        https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AFlag_of_Kosovo_(yellow).svg

By Cradel [Public domain], via Wikimedia Commons

 

 ですが、実際にコソボを訪れるとよく見られるのが下記の国旗。

 

 Original file : Flag of Albania.svg  

 

 それは、勇気を表す“赤”の地に“双頭の鷲”をあしらったアルバニア共和国(Republic of Albania)の国旗です。

 

 アルバニアの国旗は、15世紀オスマン・トルコに抵抗し戦ったアルバニアの 英雄スカンデルベグの紋章にちなんだものです。

 

<スカンデルベグ>

 

 ではなぜコソボでこのアルバニアの国旗をよく目にするのでしょうか?それは、この後お分かりいただけるかと思います。

 

 下記はコソボ共和国の基本情報です。

 

■正式名称:コソボ共和国             

■面積:10,908平方キロメートル(岐阜県程度)              ■人口:180.5万人(2013年コソボ統計局)                ■民族アルバニア人(92%)、セルビア人(5%)トルコ人等諸民族(3%) ■言語アルバニア語(アルバニア人)、セルビア語(セルビア人)等     ■宗教:イスラム教(主にアルバニア人)、セルビア正教(セルビア人)等   ■通貨:ユーロ

 

 基本情報をご覧いただいただけで、コソボ国内になぜアルバニアの国旗が登場するかが分かりますね。

 

 続いてコソボのあるバルカン半島(Balkan Peninsula)の地図をご覧ください。

 

<バルカン半島の地図>

https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ABalkans.JPG

By Dr. Zhelyu Zhelev (http://www.balkanpoliticalclub.net/en/map.php) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

 そもそも、バルカンとは一体どんなところでしょう。地理的には、トルコ語で「山」を表すように大半を山脈や山地が占めています。

 

 そしてバルカンの国としては、ユーゴスラヴィアの解体後、それぞれ独立国となっがセルビア(Serbia)スロヴェニア(Slovenia)クロアチア(Croatia)

ボスニア・ヘルツェゴビナ(Bosnia and Herzegovina)モンテネグロ(Montenegro)マケドニア(Macedonia)、そしてコソボ(Kosovo)カ国

 

 加えて、ブルガリア(Bulgaria)ルーマニア(Rumania)モルドバ(Mordova)

アルバニア(Albania)カ国が含まれます。

 

 上の地図を今一度よく見ると・・・

 

 さらに忘れてならないのは、バルカンというよりは南欧に含められることの多い ギリシャ(Greece)、そして中東に含められることの多いトルコ(Turkey)の存在です。

 

 ギリシャとトルコ、歴史的にこの2カ国がバルカンで果たした役割は極めて大きいと言えるでしょう。

 

 なぜなら、それらは東方正教をもたらしたビザンチン帝国であり、その後この地のイスラム化を実現したオスマントルコであるからです。

 

 このことを無視して、バルカン半島は語れず、すなわちコソボも語れません。

 

 それでは次に、主なバルカンの先住民を挙げてみましょう。大きく分けて3つ。 トラキア人ダキア人イリリア人です。

 

 このうちトラキア人はブルガリア人の、ダキア人はルーマニア人の、そしてイリリア人はアルバニア人祖先と言われています。

 

 一方、後にバルカン半島に出現したユーゴスラヴィアを形成した国々の主なる民族はスラブ人です。

 

ユーゴスラヴィアとはセルビアを中心に南スラヴ系の民族を統合して成立した 国家を言います。                                                                  1918年スロヴェニア人・クロアチア人・セルビア人国からはじまり、1929年 ユーゴスラヴィア王国となります。                                                           以降、国名は幾度か変わりますが、2003年セルビア・モンテネグロとなったことからユーゴスラヴィアの国名は消滅します。                                                     下記は旧ユーゴスラヴィアの地図です。『7つの国境、6つの共和国、5つの 民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家』と形容されました。                                       当時コソボセルビアの一部であったことが確認できますね。                     注)この地図は「Former Yugoslavia Map.png」に一部日本語を加えています。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AFormer_Yugoslavia_Map.png

By Cartographer of the United Nations [Public domain], via Wikimedia Commons

 

 これらをもとに、バルカンにおけるコソボの歴史を大筋で見ていきたいと思います。

 

 ポイントは、各時代にコソボの地が “どの民族の土地”であったか? でしょう。  

 

 なぜなら、このことこそ、その後の“コソボ紛争”にもつながるからです。

 

 現在のアルバニアとともに、コソボ一帯に古くから住んでいたアルバニア人の祖先イリリア人も、ヨーロッパの他の多くの地域でそうであった様に、ローマ(カトリック)さらにビザンチン(東方正教)の支配を受けました。

 

 そこへ7世紀になってスラブ人が侵入。ビザンチン帝国を脅かす存在で あった彼らでしたが、一方でその影響を強く受け、東方正教を信仰します。

 

 そして1168年、このスラブ人コソボの地に初のセルビア王国を 築くと、ここはセルビア正教会の中心として発展します。

 

 つまりこの時から、コソボの地スラブ人(セルビア人)によるセルビア 正教会の中心となるのです。

 

 しかし1389年、その後のバルカンを600年以上も支配することとなるオスマントルコとの対決“コソボの戦い”に敗れたセルビア人は、イスラム化を恐れて この地(コソボ)を去りクロアチア以北へ移住してしまいます。

 

<コソボにある1389年“コソボの戦いの地”記念碑>

 

<1389年“コソボの戦い”を示す碑>

 

 そこで、このセルビア人が去ったコソボの地に再び入植したのがアルバニア人だったのです。彼らはオスマントルコの支配の下、イスラム教改宗します。

 

 つまり、コソボの地アルバニア人の住むところとなります。

 

 19世紀になるとオスマントルコは衰退し、セルビアはいち早く独立を果たしてセルビア王国を樹立しました。

 

 その後、アルバニアも大アルバニア主義に基づいて、一時的にコソボを自国領と するも、オスマントルコ滅亡後は、チトーによるセルビア中心ユーゴスラヴィア 連邦コソボは吸収される形となったのです。

 

 そして迎えた1991年ユーゴスラビアの崩壊・・・

 

 今一度、コソボの複雑な歴史背景を整理してみると、以下のようなポイントが見いだせます。

 

 1. アルバニア人の主張として、彼らの祖先であるイリリア人こそコソボの先住民

  である。

 2. コソボは12世紀セルビア王国建国の地と同時に、セルビア正教発祥の地として

  セルビア人にとって魂の故郷である。

 3. バルカンのイスラム化を決定づけた“コソボの戦い”(1389年)において、オス

  マントルコ聖戦の地である。

 4. オスマントルコ支配下のコソボ住民はアルバニア人だった。

 

 つまりコソボは、セルビア人アルバニア人ともにその思い入れが相当に強く、 とりわけ前者にとっては、現在ユネスコの世界遺産に登録されているセルビア正教の中世修道院群があるコソボを手放すことは絶対に認められないのです。

 

   まさにコソボ『バルカンのエルサレム』ということです。

 

 以上、バルカンにおける大まかなコソボの歴史でした。それではコソボ観光へ!

 

   コソボその②にてコソボの世界遺産『中世建造物群』をご紹介します。

 

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