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 “ポンペイ”と言えば、誰もがイタリアにある世界遺産、ヴェスビオ火山の噴火で灰に埋もれてしまったあのポンペイ遺跡を思い浮かべることでしょう。

 

 それでは“中米のポンペイ”と言ったらいかがでしょうか。

 

 実は、こちらも世界遺産に登録されていますが、日本人観光客にはほとんど知られていません。しかしながら、その歴史的価値は非常に高く、とりわけ中米に栄えた

“マヤ文明”にご興味のある方なら、何としても訪れたい遺跡といえるでしょう。

 

 その名はホヤ・デ・セレン(Joya de Cerén) 

 

 中米で最も小さい国エルサルバドルにあります。ちなみにエルサルバドルは勤勉な国民性から“中米の日本”と言われています。

 

 一般的にマヤ文明の遺跡はメキシコに数多くあり、チチェン・イツァ(Chichén Itzá)パレンケ(Palenque)ウシュマル(Uxmal)など観光地としての知名度も 高く、すでに多くの方が訪れています。そしてグァテマラのティカル(Tikal)。密林に突如として現れるピラミッドは実に神秘的です。

 

 そんな中、同じマヤ遺跡ながら、このエルサルバドルの“ホヤ・デ・セレンでしか 見られない”ということからマヤ文明を知る上で貴重な遺跡となっています。

 

 そこで、まずはマヤ文明とその代表的な遺跡ティカルについて触れたいと思います。

 下記の地図をご覧ください。

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Map_of_Central_America.png
By Cacahuate, amendments by Joelf [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], from Wikimedia Commons

 

 これは中米の地図ですが、マヤ文明が支配した世界(=マヤ・ワールド)は、現在のメキシコグァテマラベリーズホンジュラス、そしてエルサルバドル5カ国に跨っています。言い換えれば、その他の中米の国々にマヤ遺跡はありません。


 そもそも中米に栄えた最も重要な文明でありながら、統一国家を持たなかったマヤ文明がいかにして発展したかというのは、長いあいだ最大の謎でした。


 というのも、マヤが“密林の文明”といわれるように「人が住むには困難な熱帯の密林に、統一国家を持つことなく、高度な文明を発展させ、これを2000年以上も存続させた」とは世界でも稀であるからです。


 しかしながら、いざ解明が進むと、驚くことにその厳しい環境統一国家を持たないシステムこそが、マヤ存続のキーワードであることが分かったのです。


 1980年代、ようやく複雑なマヤ文字に解明の兆しが見えると、そこには年代とともに、出来事や関わった人物の名前も詳細に記録されていました。


 中でもグァテマラのティカルは、古典期マヤの最盛期(西暦250年~900年)を 担う有力な都市でした。そしてこのティカルに焦点を当てることで、マヤの発展と 衰退の実態が見えてくるのです。


 文明が発展する上で、生命にとって不可欠な水の確保は、熱帯の密林において最重要課題であったはずです。それはかのローマ帝国があちこちに築いた水道橋を考えても人類共通と言えるでしょう。


 マヤ低地といわれるグァテマラのペテン地方は石灰岩質のため、折角の雨もすぐに地中に吸い込まれてしまいます。


 そこでティカルでは、ピラミッド型の神殿などが並ぶ中央広場一体を漆喰(原料は石灰岩)で舗装し、若干の傾斜を設けることで雨水は広場を流れ、水路を通って別に設置した貯水池へと導かれるシステムになっていました。

 

<グァテマラのマヤ遺跡ティカル中心のマヨール広場>

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tikal-Plaza-Mayor-Panorama.jpg

By Bjørn Christian Tørrissen [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons

 

 そして貴重な水は飲料水のほか、大きく3段階に分けて畑などに分配されていたようです。ここにもマヤ人の驚くべき水の再利用の知識が伺えます。

 

 マヤ経済を支えたのは、焼畑農業でした。雨乞いの儀式を行う神格化された王侯 貴族の存在も、雨季を知るための天文学の知識も、全ては生きていくために必要な 農業のためでした。

 

 焼畑では作物の大量生産が困難であるため、マヤの各都市は少ない人口で自給自足を維持し、足りない産物は密林に敷いた漆喰の道路サクベ(Sacbe)を利用して互いに交易していたとされます。

 

<メキシコのマヤ遺跡チチェンイツァのサクベ>

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chichen_Itza_sacbe_6.jpg

By HJPD [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons

 

 時には都市同士の争いもあったようですが、それはごく一部の上流階級によるもので農民などは関わらなかったと考えられています。

 

 そもそも密林には大規模な軍隊が進む道も無いわけで、そうなると戦争による壊滅的な破壊は考え難く、まさにこれが相互協力を必要とするマヤの都市国家を長い間 存続させた理由と言えるでしょう。

 

 さて、それではなぜマヤ文明は衰退してしまったのでしょう。

 

 農業が安定し、一般庶民が食に困らぬ時は、人々の王への尊敬と信頼も厚く、神聖なる王権の下でマヤ文明の栄華を極めた高度な美術様式やピラミッドに見られる優れた建築物も生まれました。

 

 しかしこの特権階級が肥大化すると、これまでの持続可能な社会は崩壊しはじめたのです。

 

 つまり都市同士の競争が露骨化し、発展のための労働力を得る目的で戦争も増えたのでしょう。これまでマヤ衰退の理由に様々な説が浮上しましたが、今のところその最大の原因として、急激な人口増加に対応すべく無理な開発が干ばつなどの環境破壊を招き、生命線となる水の確保が出来なくなったのではないかと言われています。

 

 かくして一度戦いに敗れた都市は二度と再生することなく、次第にマヤワールドは縮小、滅亡していったのです。

 

 実際に今なお密林に埋もれるティカルを訪れると、マヤ文明の偉大さに敬服するとともに、環境破壊がもたらす人類の行く末を感じます

 

 さて、ここでマヤ文明の話はおしまいとさせていただき、今回ご紹介するホヤ・デ・セレン(Joya de Cerén)についてですが、ご覧のように小さい遺跡です。

 

 

<ホヤ・デ・セレンのマヤ遺跡>

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ES_Joya_Ceren_05_2012_Estructuras_11_y_6_y_1_Area_1_1491.jpg

By Mariordo (Mario Roberto Duran Ortiz) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons

 

 というのも、エルサルバドルのホヤ・デ・セレンはマヤの一般住居が残る集落として、他のマヤ遺跡では全く例が無いため、その歴史的価値が高く評価されているのです。

 

 実際、これまで発掘されているマヤの遺跡というものは、そのほとんどがピラミッドや神殿、王宮といった建築物であることから、それらはマヤ文明における宗教都市であったという認識にとどまっていました。

 

 前に触れましたメキシコのチチェン・イツァやパレンケ、ウシュマル、そしてグァテマラのティカルもその例です。

 

 つまりマヤの庶民の生活は謎に包まれていたのです。

 

 ところが、1967年エルサルバドルにおいて公共建造物の工事をしていたところ、 偶然見つかったのがこのホヤ・デ・セレンでした。

 

 調べてみると、その遺跡は紀元600年頃のマヤの一般住居跡で、近くの火山が噴火した際、6メートル位の灰にすっぽり覆われてしまったことが分かりました。

 

 『中米のポンペイ』と言われるのはそのためです。

 

<ホヤ・デ・セレンの住居跡>

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ES_Estructura_1_Area_1_Joya_Ceren_05_2012_1513.jpg

By Mariordo (Mario Roberto Duran Ortiz) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons

 

 幸いここに住んでいた人々は避難する余裕があったのでしょう、遺跡から人骨などは一切見つかっていません。それが“イタリアのポンペイ“との違いです。

 

 しかし、灰に覆われたおかげでどの様な住居に住み、どの様な道具を使って農業を営んでいたか、また残された食器からマヤ人の食生活も明らかになったのです。さらに住居の様子から彼らの身長が一般的な成人で130cm~140cmであったことも推測できました。

 

<ホヤ・デ・セレンの博物館に展示されている遺跡から発掘された陶器>

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ES_Joya_Ceren_Museum_05_2012_1520.JPG

By Mariordo (Mario Roberto Durán Ortiz) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons

 

 謎の多いマヤ文明・・・事実、私たちに残されたマヤ文明の記録はこの地に入植したスペイン人によるものが大半です。

 

 そうなるとこのホヤ・デ・セレンは1300年の眠りから覚め、私たちに事実を伝えるマヤ人による貴重な証言とも言えるでしょう。

 

 エルサルバドルには、この他にも巨大ピラミッドの残るタスマル遺跡(Tazmal)やアステカ族に関連するサン・アンドレス遺跡(San Andrés)など見所がたくさん  あります。

 

 中米で最も小さいエルサルバドルは火山と湖、そして緑多い自然も豊かな国です。

 

 訪れた際には是非、地元名物ホッカホカのププーサをご賞味下さい。

 

 

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