タワーレコードに予約していた、

 

RCサクセション 

ハード・フォーク・スタジオ・

ライブ

 

届きました!見ました!

やっぱりRCは、3人時代から唯一無二の存在であること、再認識しました。

 

とても素晴らしく貴重なライブ映像です。tvk(テレビ神奈川)で72年に放送された「ヤングインパルス」という番組でのスタジオ・ライブです。

 

ただ、実はこの映像、2003年に「ライブ帝国 RCサクセション70’S」として発売されていますので、今回のものはこのライブ帝国盤に2曲追加され、曲順を変え本人たちのMCを加え再編集したものになります。

 



さて、内容を簡単にご紹介すると、

 


◆追加された2曲はコレ!



「僕の情婦」「大きな春子ちゃん」の2曲、

今回最大の目玉なんじゃないかな。

「僕の情婦」は、「情婦」という言葉がネックになってアルバムに収録されなかったと清志郎が自ら話しています。まあ詩の内容は、自転車で夜出かけて、彼女の部屋に忍び込むといったストーリーなので、そんな目くじらを立てる内容でもないのですが(笑)。なのでライブ帝国盤の選曲からも外れてたのでしょう。


「大きな春子ちゃん」、これは名盤「シングル・マン」の2曲目に収録されている、リンコさんボーカルの名曲です。少し地味でもあるため、ライブ帝国盤には収録されなかったんじゃないこな。


シングル・マンでは1曲目が「ファンからの贈り物」というエレキにホーンセクションのソウルテイストの曲です。しかも、~つまらないものはゴミ箱に捨てるぜ!~と、毒ずく威勢のいい曲なので、その次にくる優しいコーラスから始まる大きな春子ちゃんは、そのギャップもいいし、従来のファンからは、アコースティックなこの曲が2曲目にくることで安心感をもたらす効果もあったんじゃないかな。


映像ではリンコさん、若いし、かわいらしい雰囲気もあり、ウッドベース弾きながら歌っている一途な姿が詩の内容とマッチしていて、とてもEです。

 


◆3人の息がピッタリ!



全体を通して、この3人の演奏、アコースティックなのに非常に密度の高い音の壁が迫ってきてお客さんを釘づけにするような迫力があると思います。


なによりまず清志郎のド迫力のボーカルありきなのですが、リードギターの破廉ケンチの鬼気迫る演奏力、清志郎のサイドギター、それに負けじと主張するリンコさんのウッドベース、ややもすると、やかましくもあるのですが、恐らくこの時代、ライブでこのような圧倒的な演奏力を見せつけるバンドって、やっぱり稀有な存在だったんじゃないか、と思います。

 

それと、ナントなーく、ビートルズのような、

15,6歳のころから一緒にやってる仲間同士のあうんの呼吸というか、そんなものも感じました。この当時は特に清志郎は自分の曲作りの志向を他の2人にあまり言葉で伝えたりはしてなかったと思うし、だけど、相棒のギタリスト、ケンチとは言葉ではないコミュニケーションがしっかりとれていたのだと思います。わかりあえる存在というかね。この関係性って清志郎には絶対的に必要不可欠で、その後チャボと合体するのも、そういったサポーターが必要なことを、清志郎は直感的に理解していたのだと思います。

 


◆破廉ケンチさん



このビデオでは、長髪とメガネと髭のサウスポーのギタリストです。長髪とメガネでない、すっきりとしたお顔で演奏している曲もあります。5人のRCに生まれ変わる前に脱退していますが、この当時のRCを語るうえでは欠かせない存在です。2002年発売の「ロック画報10」で、清志郎と二人インタビューに答えています。


ケンチさんは、この頃のRCは全然フォークじゃないこと、ロックも含めこの頃は清志郎が最もシャウトしていたこと、PAシステム普及前、演奏の迫力ではRCがず抜けていたこと、独特の言葉のリズムの清志郎の歌に合わせてリードをとるのは大変だったこと、ドラムもなくリズムキープが難しかったこと、などを話しています。


このビデオを見ると、そんなケンチさんがドラムなきRCのリズム隊をまとめていた感じも確かにありますね。ギターアレンジもケンチさんがやっていたそうです。ところで、ぼくの好きな先生でのボンゴを叩いていた方は誰なんだろう?

 




MCの不自然さ



ライブ帝国」にはMCが入ってなかったと思うのですが、今回は入っていました。ごくごく短い言葉ですけどね(笑)。ここは少し期待したところだったのですが、ちと残念でした。でも、もともと当時のフォーク歌手の多くがそうだったようなおしゃべりは期待すべくもないバンドだったし、あったとしても、放送できず、そしてビデオにも収録できないといったものだったかも知れません(笑)。

 


◆それにしても何故こんなマニアックな番組が存在し得たのか?



単発のライブ紹介番組だったら、まあ、RCを取り上げることもあっただろうと思うのですが、この「ヤング・インパルス」という番組、1年間RCがレギュラー出演していたんです。今の視聴率至上主義の業界からしたら、ファンの私でもとても不思議なことだと思っていました。

 

その答えは、同梱されている高橋”ROCK ME BABY"康浩さんのライナーを読んだら腑に落ちました。


当時のディレクター住友利行さんの話では、このビデオが収録された1972年にtvkが開局したこと、ちょっと気になるへんてこなアナザー・テレビという存在がtvkの生きる道だと思っていたこと、などが書かれています。


なるほど、今で言うとMXテレビ的な革新性を模索していたのかもしれず、そこにRCのようなインパクトのある個性的なバンドを起用することは局のエッジの効いたカラーを打ち出す意味でもうってつけだったのかもしれませんね。


それにこの頃はRCも「ぼくの好きな先生」がスマッシュヒットした直後だったので、若者の間ではそれなりの知名度はあったのかもしれません。


こういったことが、「昭和」のおおらかさ、クリエイティビティの源だったのかな。

 


◆ライブ帝国以前にも、この映像は使われていた!



実は、RCサクセションが活動停止となる直前の1990年、デビュー20周年を記念したレコードとビデオが発売されています。「ミラクル」です。


これは日比谷野音でのライブを編集したものですが、ビデオ版では 「ヤング・インパルス」や、同じく 1980年代初頭のtvk「ファイティング 80's」の映像が背景に使われていたりします。やっぱり、このビデオで初めて見た3人時代のRCで歌う清志郎の姿、衝撃だったし、ハードフォークファンとしては、とても嬉しかったことを昨日のことのように思い出します。メチャ、レアじゃん!って。

 

5人時代のRC、なんだかんだ言ってロックバンドとして完成されているし、とても洗練されているし、楽器も多いし、ライブでの選曲やMCも唸らせるものが多いです。感動させられます。


ただ、そのようなRCに生まれ変わっていく原動力は、この3人時代のRCで培った経験が絶対生かされていると思うのです。清志郎本人はそうは思ってなかったかもしれませんけどね。


ロックを志すものは反省してはいけない


ともおっしゃっていますし。それはそれで含蓄のあることばだと思います。

 

このビデオ、デビュー55周年メモリアルイヤーに入った今年、改めて体験することの意味は大きいと思います。

以上です。





PS. なんと!tvkの住友利行さんのインタビュー

YouTubeにありました!これは必見!



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