「魔法」/the glamour
テーマ:ハヤカワ文庫
クリストファー プリースト, Christopher Priest, 古沢 嘉通
「魔法 」
原題の、「glamour」と「魔法」とは、なんだか相容れない感じだけれど、法月綸太郎氏による解説によると、そんなことはないらしい。
そして、原題となっているだけに、この物語の中でも、この「glamour」という言葉が、実に意味深に使われるのだ。「魅力」、「魔法」、「魔力を備えた」・・・。
文庫裏には、「奇才プリーストが語り(=騙り)の技巧を遺憾なく発揮して描いた珠玉の幻想小説」とありまして、読む前は、もっと幻惑的というか、煌びやかな文章を想像していたのです。でもね、最初の方は意外と普通の文章で、普通の小説の体裁を取っているの。読み進むごとに、ああ、なるほど、騙りとはこういうことね!と、なるのだけれど。
描かれるのは、様々な角度から描いた、三人の男女の物語。一つの単語にも色々な意味を持たせている感じなので、私は英語を読めないけれど、実際、原語で読んだら面白いんだろうなぁとか、ある意味では「騙り」に入ると思う、カズオ・イシグロの訳者の方が訳したらどうなるんだろうなぁ、などと考えました。
さて、物語の内容ですが・・・。
報道カメラマンのリチャード・グレイは、車載爆弾の爆発に巻き込まれ、ミドルクームにある予後療養所で、療養生活を送っていた。グレイは怪我の他にも、数ヶ月の記憶を失っているという問題を抱えていた。医師が言うには、記憶喪失は事故によるものではなく、何らかの精神的ショックによるもの。そんなグレイの元に、突然、スーザンという女性が現れる。スーザンは、過去、グレイと付き合っていたのだという。ただし、それはグレイの記憶が失われていた期間のこと。スーザンの残した謎めいた言葉を手掛かりに、グレイは記憶を取り戻そうとする。
ここから、失われた期間、及びその前後のストーリーが、異なる二つの視点により語られる。グレイとスーザンの間には、スーザンの長年の恋人、ナイオールという男性が常に影を落としていたようなのだが・・・。
「騙り」であるからには、これは単純な三角関係の話ではありえない。
どころか、ラストまでいくと、結局は輪の中に閉じ込められた男と女の話だったりして・・・、などとも思うのだ。ある意味で、スーザンはファム・ファタルなんだよねえ。と、一応、納得した気分で、本を置いたんだけど、色々確かめたいところがあって、また最初から読んでみようと思ったら、その後の話の展開により、すっかり忘れていた第一部の語り手の「わたし」を思い出した。こりゃ、二人で閉じられた輪どころか、一人が輪の中でぐるぐるしている物語だったのかしら。うわーーーー。
(と、いつもにまして、わけわからない文で、すみません・・・。でも、これ、もし読むとしたら、なるべく前情報入れないほうがいいと思いまーす)
多少、納得したつもりでも、何となく合点がいかない部分。
■ミス・アリグザンドラ・ガウアズの容姿
第二部で描かれるものと、第六部の記憶の中で語られるものが違っている。第二部では割と好意的に描いてあるのに、第六部の記憶の中では、全く垢抜けなかった子に・・・(ショートカットにして、すっかり変わって現れたように描かれている)。
忘れかけたときに、再び、物語の中に登場したアリグザンドラ。彼女は彼女で、割と重要な役割なのか?
目次
第一部・・・・語り手・わたし。
第二部・・・・リチャード・グレイの物語。ミドルクームでの生活。
第三部・・・・リチャード・グレイの物語。ミドルクームを出てから、また爆発前の南仏旅行の記憶。
第四部・・・・スーザンの物語。ミドルクームを出て。
第五部・・・・スーザンの物語。グレイとスーザンの出会い、スーザンの生い立ち、爆発前の旅行の話。
第六部・・・・リチャード・グレイの物語。スーザンとグレイの話。
次は、「奇術師」かなぁ。「双生児」もタイトルが意味深で気になるな~。











1 ■不穏な魅力
トラックバックありがとうございました。
ありふれた三角関係、ありふれたSF的なガジェット、それらがプリーストの手にかかると、じつに魅力的な作品に化けてしまうところが、すごいですね。
プリーストって、どの作品でも「はっきりした事実」とか「一直線のストーリー」というものを断固拒否していますよね。いくとおりもの現実があって、読者がそこから物語を選びとる、といった感じがします。なんというか、読者も物語づくりに参加しているような気がして、そこらへんにもプリースト作品の魅力があるのかな?とか思ったりします。
つぎに読むのは、やっぱり『奇術師』でしょうね。『双生児』はまだ読んでいないので、何とも言えませんが、『逆転世界』とか『ドリーム・マシン』も面白かったですよ。