旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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ロバート・J. ソウヤー, Robert J. Sawyer, 内田 昌之

占星師アフサンの遠見鏡 (ハヤカワ文庫SF)


ターミナル・エクスペリメント 」から、勢いづいてのソウヤーです。

表紙絵を見ても、恐竜が主人公である事が丸分かりなんだけど、今度の主人公は恐竜キンタグリオの少年、アフサン。まだ年若い田舎の少年であるアフサンは、帝都に上り、見習い占星師として、頭の固い宮廷占星師のタク=サリードに仕えていた。

さて、恐竜であるキンタグリオ一族には、当然ながら野性としての様々な本能がある。しかし、彼らは宗教と理性の力で、それらの本能を抑え込み、世襲制の国王のもと、中世ヨーロッパ的な文明社会を築いていた。キンタグリオの社会の中では、その個体が大人になるために、狩猟と巡礼という二つの通過儀礼が定められている。

狩猟は憎悪と暴力の衝動を一掃するための儀式であり、特別な仲間意識を共有することが出来る。消すことのできぬ縄張り意識を持つキンタグリオが、友情と協調によって一つになる事が出来るのだ。巡礼は、彼らが住む大地を離れて大河へ漕ぎ出し、かつて予言者ラースクが発見したという<神の顔>を詣でる儀式。この二つの儀式を通過することで、そのキンタグリオの魂は来世で救われるのだ。

さて、ダイボ王子と共に、ダシェター号に乗って巡礼の旅に出たアフサンは、遠見鏡を使って天体を観察するうち、驚くべき発見をする。それは、キンタグリオたちが作り上げてきた社会通念を、真っ向から否定するものであった…。

この発見を黙っているべきか、更に仮説を深めるべきか? 偶然現れた巨大川蛇、カル=タ=グードへの、ヴァー=キーニア船長の執着から、アフサンは船をそのまま同じ方向へと進めることに成功し、この世界が水で覆われた球体であることを発見する! 

というわけで、ネットを見ていたら、これは恐竜ガリレオ少年の物語であるそうです。

実は本国ではキンタグリオ三部作として、残り二作が出ているらしいのだけれど、残念ながら日本では未訳。なので、最後の方は、もうページ無くなっちゃうよ~、と思いながら読んでたんだけど、やっぱり、ええ!そこで終わっちゃうの?!という終わり方なのでした…。いや、一応、これ一冊でも完結はしているのだけれど、「序章」という雰囲気も強いんだよなぁ。

最初の頃のアフサンは、まさに田舎から出てきたばかりの少年なんだけど、様々な出来事を経てアフサンは成長していく。自らの力で真実を探り当て、その真実のために戦い、そして尊敬出来るパートナーとも出会って恋をし…。真実を伝えることは、時に大変な難しさを含んでしまう。特に、それが誰かが信ずるものを否定することになってしまう場合には。しかし、キンタグリオ全体の危機をも予知することになってしまったアフサンは、真実を伝えることに躊躇はしなかった。その代償は非常に大きなものになってしまったけれど…。

うーん、ここから先のアフサンについても知りたいなぁ。続編では、アフサンの息子やアフサン自身も活躍するそうなのだもの。キンタグリオの習性なども面白かったです。野性的な狩猟の場面や、縄張り意識の話がある一方、そういうのが向かない体型なのに、寝板に寝そべって本を読んだり、書きつけをしたり(尻尾があるので、仰向けにもなれないし、ぺたんと座るにも不具合があるのかな)、 理性的であろうと礼儀正しいところには、なんだか健気な愛らしさを感じてしまいました。
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ロバート・J. ソウヤー, Robert J. Sawyer, 内田 昌之

ターミナル・エクスペリメント (ハヤカワSF)


1995年のネビュラ賞受賞作ってことで、思いっきりSFなのですが、これは面白かったー!(おっと、今、ネビュラ賞を見てたら、でもそういえば、「くらやみの速さはどれくらい 」も受賞作でありました。あまり気にしないで読んでたけど、確かに、設定はSFだったな…)

生物医学工学を修めたピーター・ホブスンは、学生時代に関わった少年の脳死臓器移植における経験から、常々、ある疑問を持っていた。それは、脳が完全にその機能を停止するのはいつなのか?、ということ。ピーターには、脳死判定基準が十分なものだとは決して思えなかったのだ。

生物医学用機器を扱う会社を設立したピーターは、その長年の疑問に答える装置の開発に成功する。それはスーパー脳波計とでも言うべきもので、十億を超えるナノテク・センサーによって、すべてのニューロンの電気的活動を把握することが出来るのだ。

さて、実際にこの装置を死にゆく人たちに装着したところ、ピーターは驚くべき脳の信号を検出する。それは、魂波(ソウルウェーブ)とでもいうべき存在で、死の瞬間にこめかみの方へ向かって移動し、そこから信号は検出されなくなってしまう。つまり、ピーターは、人の死の瞬間に、何かが外へ出ていくという現象を捉える事に成功したのだ。

死という現象を捉える事に成功したピーターは、十代からの親友にして、ソフトウェア開発の天才、サカール・ムハメドの助言により、生命の誕生や動物の魂についても、この装置の応用を進めていく。一連の発見は、宗教学的なセンセーションを始め、ピーターの周囲に様々な影響を及ぼすのだが…。

ピーターのそれまでの家庭生活は、学生時代からの恋人であるキャシーとの結婚以来、しごく満足のいくもののはずだった。ところが、装置の完成と時をほぼ同じくして、妻、キャシーの同僚との不倫が発覚する。ピーターはキャシーを深く愛していたのだが、キャシーにはどこか不完全なところがあるようで…。それはキャシーの生い立ちとも無縁ではない。

サカールの人工知能会社では、ピーターが開発した装置との組み合わせにより、人間の脳の完全なる複製を作ることが出来るようになっていた。ピーターとサカールは、「死後の生」を知るために、ピーターの脳の複製を作り、更にその複製に対してとある処置を施すことにした。一つは肉体の感覚から完全に切り離されたもの、いわば死後の生を生きるシミュレーション、”スピリット”。もう一つは老い、衰えなどから切り離され、肉体的に不滅の存在だと自覚しているシミュレーション、”アンブロトス”。更に三つ目はオリジナルから変更を加えないシミュレーション、”コントロール”。ピーターとサカールは、これら三つのシムたちと会話をし、彼ら三人を観察し、それぞれの特徴を掴んでいくのだが…。

予期されざる殺人が起き、これら三人のシムたちのうち、誰かがピーターにとって都合の悪い人物を殺したことが明らかになる。一体、誰が殺人を犯したのか??

あらすじはざっとこんな感じなんだけど、死とは何か、生とは何か、という一種哲学的な話を持って来つつも、物凄くしっかりエンターテインメントしているのです。一体、どのシムが殺人を犯したのか?、というミステリ的要素もあるしね。さらに、長い年月を共にした(する)夫婦の愛、親子の関係なども書き込まれている。あと、いいところは基本的に明るいところかな。なんというか、敗者復活的な要素があるところがいいな。

SFであっても、人物造形がしっかりしているし(妻、キャシーはちょっと甘いか?という気もするけど)、彼ら彼女らの感情もしっかりと描き込まれているので、楽しく読むことが出来ました。ここ数年のうちでは、こんな装置は実現出来ないとは思うけれど、いつかこんな装置が出来たら、やっぱりセンセーショナルだろうなー。

■SF苦手な私でも読めたよ!、な有名SF作品へのリンク■
・ロバート・A・ハインライン, 福島 正実 「夏への扉
・フィリップ・K・ディック, 浅倉 久志 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
ちょっと違う気もするけど…
・アン・マキャフリー, 酒匂 真理子「歌う船

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フィリップ・K・ディック, 浅倉 久志
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?  
タイトルがかっこいいなぁと思ってたんだけど、これって実は英語そのまんまなんですね。知らなかったー。

そして、これ、映画「ブレードランナー」の原作でもあるわけですが、ところがどっこい私ときたら、映画も見てないのでした…。深夜とかにテレビでやらないですかね??

この本のことは、吉野朔美さんの「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き 」にも出てきて、私も吉野さんと同じく、…今更??、と思ってたんだけど、読んで良かったです。

フィリップ・K・ディックと言えば、「奇妙な世界の片隅で 」のkazuouさんに教えていただいた「地図にない町」もとっても気になっていたのですが、こちらは実書店では探せず、うろうろしてた古本屋で先に「アンドロイド~」を見つけたので、これもまた縁というわけで、まずはこちらから。

<最終世界大戦>後、地球の大半は死の灰に汚染され、動物は死に絶えていった。すべての移民に各自の選択する型式のアンドロイド一体を自動的に無料貸与するという餌をチラつかせ、国連は惑星植民化計画を進めていたが、いまだ何千何万の人間が地球に残留していた…。

リック・デカードは、逃亡したアンドロイドを狩る賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)。主人を殺して逃亡した人間型ロボットは、彼にとって神話の中の絶対の悪、<殺し屋>の具現であった。ところが今回、彼が狩ることになった、火星から逃げ出した8人のアンドロイドは、ネクサス6型脳ユニットを備えた、あまりにも人間的なロボットだった。彼らとわれわれを隔てるのは、人間であればその知的能力には寄らず、誰もが備えている感情移入、共感という心理。感情移入度測定検査のみが、彼と我を見分ける術…。

しかしながら、アンドロイドに本当に魂はないのか? リックが飼っている電気羊には? また、感情移入が出来ない、若しくはその程度が低い人間は? 特殊者(スペシャル)、ピンボケと称される、少々知的能力が低いイジドアは?

あらかじめ疎外されたものたち、アンドロイドに共感するリックはおかしいのか。また、共感(エンパシー)ボックスに頼って、他人と同化した感情を得る人間たちは…。リックの揺らぎは、そのまま人間性というものへの疑問となる。

うまく言えないのだけれど、私がこれまで読んだ少女漫画やコバルト文庫(いや、SFってそれぐらいでしか読んでないのだ)のアンドロイド物がすーっと理解できたというか、良く分かるような気持がしました。

良く知られていて、でも、やっぱり読んでいないSFとしては、あと一冊気になってるのがこちら。

ジェイムズ,ジュニア ティプトリー, 浅倉 久志, ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

たったひとつの冴えたやりかた (ハヤカワ文庫SF)


表紙の川原由美子さんの絵も綺麗だし、中をちょっと見たら、中にも絵があるんですよねえ。うーむ、こちらも読むべき? 名作と言われているものには、ジャンルを越えた良さがあるから、その分野を苦手としていても、結構読めてしまいますねえ。ハインラインの「夏への扉 」も楽しかったしさ。
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アガサ・クリスティー, 田村 隆一

ゼロ時間へ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-8))

杉の柩 」の記事を書いたときに、ちらりとこの本のことは既に書いているのだけれど、「千の天使がバスケットボールする 」の樹衣子さんの映画記事(『ゼロ時間の謎 』)に触発されて再読です。

P・G・ウッドハウスの「ブランディングズ城の夏の稲妻 」を読んだ時にも、なんとなくクリスティを思い出したのだけれど、こういう一つ所に皆が集まって…、というシチュエーションには、古き良きミステリの香りがするように思います。特にそれが、海岸の避暑地の豪奢な別荘を舞台にしているとあっては!

この別荘に住んでいるのは、高齢のため体は悪くしているものの、精神は依然矍鑠たるままの未亡人、カミラ・トレシリアン夫人と、トレシリアン夫人の遠縁であり、もう十五年以上にわたって彼女の世話を続けている、オールド・ミスのメリイ・アルディン。そして、そこへ集まったのは、ウィンブルドンにも出場する、スポーツマンのネヴィル・ストレンジ。彼の現在の妻、ケイ・ストレンジ、そして、彼の最初の妻、オードリイ・ストレンジ。新旧取り混ぜ、ストレンジ夫人が二人も居るこの事態は、それが当世風だと呑込もうとしても、やはり異常。ネヴィルは彼自身の考えで、ケイとオードリイを引き合わせたと言うのだが…。

さらにケイを崇拝する美男子、テッド・ラティマー、オードリイの従兄弟、トーマス・ロイドもやって来て一つ所に集い、普段は落ち着き払った召使たちもが、ヒステリー状態に陥る緊迫した時間が始まる…。そうして起こる、一つの殺人…。さて、犯人は誰なのか???

この殺人事件はどこから始まっていたのか。一見無関係なエピソードがぴたぴたと嵌り、多くの登場人物を配しての心理劇も、流石女王クリスティらしくまたお見事。樹衣子さんも映画の仕上がりを褒めていらっしゃるけれど、原作もまた、現代にあっても全く古びないものだと思います。しかし、この事件における動機の怖い事! 舞台や登場人物はあくまで優雅だけれど、その心理は下手なホラーよりも怖いです…。また、この動機が古く感じないところがねえ…。


目次
序文
『ドアをあけると、人がいる』
白い雪と紅い薔薇
微妙な陰謀
ゼロ時間
 ソルトクリークの方へ<福永武彦>

昔のハヤカワ文庫のクリスティの本は、真鍋博さんのイラストが素敵だったのですが、今は全部クリスティ文庫になっちゃったんですよね。おっと、私が持っているものとは、訳者も変わっているみたいです。

アガサ・クリスティー, 三川 基好

ゼロ時間へ (クリスティ文庫)

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パトリシア A.マキリップ, 佐藤 高子
妖女サイベルの呼び声

「イルスの竪琴」シリーズ のマキリップ。かつ、「世界幻想文学大賞受賞!」とのことで、古本屋で見つけて、いそいそと捕獲。

魔術師ヒールドと、とある貧しい女の交わりによって生まれたミクは、モンドールの街を後に、エルド山へと赴いた。ミクの息子、オガム。そのオガムの娘、サイベルがこの物語の主人公となる。さて、ミクが始め、オガム、サイベルへと受け継がれたのは、けものたちを呼び、その心(マインド)を捉える術。

美しきサイベルは、エルド山の奥深く、けものたちのみを友として、日夜魔術の修行に励んでいた。そこに現れたのは、赤児を連れたサールのコーレン。その赤児、タムローンは、サイベルの甥であり、エルドウォルド国の王、ドリードの子であった。サイベルはタムローンに愛を与え、タムローンが少年に至るまで、王位に関わりなく育てるのであるが…。

父を求めるタムローンを、サイベルは拒絶することが出来ない。山を降りなければ、下界を知らなければ、それはそれで幸せに暮らせたはずだけれど…。

かつてサイベルにタムローンを預けたコーレンたちとドリードは敵同士であり、コーレンはドリードを兄の敵として強く憎むものであった。また、コーレンはサイベルを愛し、ドリードもまたサイベルの持つ術故にサイベルを愛す。コーレンと共に行くことは、サイベルの愛する子供であるタムローンの敵となることでもある…。サイベルはどうするのか。また、下界に降りることで、他者との関わりを持つことで、サイベルは愛と共にまた憎悪を知る。

二者の間で揺れる心や、愛や憎悪、許しをテーマにするところは、メロドラマ的でもある。「イルスの竪琴」シリーズの方が、その点、テーマがもっと複雑だと思う。両者に共通するのは、乙女の描き方。マキリップ作品における女性は、強いばかりではなく、女性らしさを残したまま、凛として一人立つ。とんでもない能力を持っているのだけれど、あくまで静かなところも印象深い。また、そこに沿って立つナイトがいるところも、見逃せないところかな。場合によっては、これ、ちょっとハーレクインぎりぎりな気もするけれど。

世界幻想文学大賞受賞作たる本作品の魅力は、出てくるけものたちによるものでしょう。大きな翼と黄金色の眼を持つティルリスの黒鳥、赤い眼と白い牙の猪サイリン、緑の翼を持つ竜ギルド、王の財宝にも匹敵する毛並みを持つライオンのギュールス、呪術と玄妙不可思議な魔力の持ち主である巨大な黒猫モライア、青い眼の隼ター…。

サイベルはガラスほどに薄く、石のように堅牢な水晶の大ドームに覆われた室から、彼らの古の名を呼び、忘れ去られた秘密の場所に探りを入れる。この心(マインド)の静寂から放たれる呼び声もまた、この物語の魅力の一つ。 その名を呼んで捉えるのは古の呪術だよね。

「世界幻想文学大賞」ってナニー?と思い、調べたところ、Takashi Amemiyaさんのこちらのページ を見つけました。リンクフリーとのことですので、貼らせていただきます。
この作品ってば、最初の1975年の受賞作だったのですねー。
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ロバート・A・ハインライン, 福島 正実
夏への扉  

図書館のリサイクルコーナーから拝借してまいりました。

自分の中で、このタイトルは古典的SFとしてインプットされていたので、へっぴり腰で読み始めたのだけれど、SF的出来事が描かれるとはいえ、そんな風に怖がる必要もなく(バリバリのハードSFは苦手なんです…)、楽しく読むことが出来ました。

 The Door into Summer.

実に印象深いこの「夏への扉」というタイトル。それは、主人公ダニイの猫、ペトロニウス(ピート)の性癖に由来している。

忌々しい冬が来ると、ピートはダニイに家中の扉をあけるように迫る。たくさんある扉の内、どれか一つは夏へと通じているはずなのだ。何度同じことを繰り返し、それが失望に終わったとしても、ピートは夏へと続く扉を探すことを止めなかった。

そして、この1970年12月の3日。ピートの飼い主であるダニイもまた、夏への扉を探していた…。自らが立ち上げた会社を乗っ取られ、発明は取り上げられ、旧友にも婚約者にも裏切られたダニイは、人生の冬を迎えていたのだ。自棄になったダニイは、冷凍睡眠(コールドスリープ)に入って、この現実をやり過ごそうと考えるのだが…。

技術一辺倒のダニイとは異なり、経営を任されていた旧友マイルズ、秘書兼オフィスマネージャーであった元婚約者のベルは、遙かに強かであった。とうとう、ダニイはベルによって、直前に取り止めようとしていた、30年にも及ぶ冷凍睡眠(コールドスリープ)へと押し込まれてしまうのであるが…。

窮地に陥りっぱなしだった、ダニイの反撃には胸がすく。

30歳になるダニイだけれど、何よりも発明を愛する技術者だからか、年齢から考えるよりは、ちょっと子供っぽいところもある。であるからか、ちょっと変形の青春物語にも読めちゃうんだよね(30歳の青春小説って、ちょっと薹が立ってるかもしれないけど)。

ダニイの夏への扉は、希望へと繋がっていた。手酷い裏切りにあったダニイだったけれど、人間を信じることを止めず、復讐に血道をあげることもなく、最初に読者の前に現れた時の腐った感じから、瑞々しく生き返ったよう。ま、最初は信じていた二人に手酷く裏切られたせいで、ちょっとおかしくなっていたのだけれどね。このなんだか瑞々しいところにも、やっぱり「青春」を感じるのだ。

相棒のピートも素敵! でも、ジンジャーエールを舐める猫なんて、ほんとにいるのかしらん。ジンジャーエールを飲む猫がいたら、それはどこかの扉を開けてやって来たピートなのかもしれないね。

2000年を迎えても、ダニイが発明したような機械は未だ現れてはいないけれど、そのネーミングも含めて、彼の発明した機械は魅力的。実際にあったら、私も欲しいよう。笑 にしても、彼の機械の重要なパーツの一つである、"トーゼン記憶(メモリー)チューブ”って、原語ではどうなっているのでしょうか…。やはり、これって、日本製品なのか?(この頃のメイド・イン・ジャパンは、どういうイメージだったんだろう。安かろう悪かろうからは、脱却してる?)

古い作品で、今では”未来”として描かれた時代さえ追い越してしまったけれど、全く古さを感じさせることなく、今でもキラキラと輝いているような物語。楽しかった!
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クリストファー プリースト, Christopher Priest, 古沢 嘉通
魔法

原題の、「glamour」と「魔法」とは、なんだか相容れない感じだけれど、法月綸太郎氏による解説によると、そんなことはないらしい。

glamourという言葉は、原題英語では「(妖しい)魅力」や「華やかさ」という意味で使われているが、もともとの語義は「魔法」あるいは「呪文」であるという(したがって形容詞のglamourousにも、「魅力的な」とか「華やかな」という意味と同時に、「魔法をかけられた」ないし「魔力を備えた」というニュアンスが生じる)。         以上、解説より引用。

そして、原題となっているだけに、この物語の中でも、この「glamour」という言葉が、実に意味深に使われるのだ。「魅力」、「魔法」、「魔力を備えた」・・・。

文庫裏には、「奇才プリーストが語り(=騙り)の技巧を遺憾なく発揮して描いた珠玉の幻想小説」とありまして、読む前は、もっと幻惑的というか、煌びやかな文章を想像していたのです。でもね、最初の方は意外と普通の文章で、普通の小説の体裁を取っているの。読み進むごとに、ああ、なるほど、騙りとはこういうことね!と、なるのだけれど。

描かれるのは、様々な角度から描いた、三人の男女の物語。一つの単語にも色々な意味を持たせている感じなので、私は英語を読めないけれど、実際、原語で読んだら面白いんだろうなぁとか、ある意味では「騙り」に入ると思う、カズオ・イシグロの訳者の方が訳したらどうなるんだろうなぁ、などと考えました。

さて、物語の内容ですが・・・。

報道カメラマンのリチャード・グレイは、車載爆弾の爆発に巻き込まれ、ミドルクームにある予後療養所で、療養生活を送っていた。グレイは怪我の他にも、数ヶ月の記憶を失っているという問題を抱えていた。医師が言うには、記憶喪失は事故によるものではなく、何らかの精神的ショックによるもの。そんなグレイの元に、突然、スーザンという女性が現れる。スーザンは、過去、グレイと付き合っていたのだという。ただし、それはグレイの記憶が失われていた期間のこと。スーザンの残した謎めいた言葉を手掛かりに、グレイは記憶を取り戻そうとする。

ここから、失われた期間、及びその前後のストーリーが、異なる二つの視点により語られる。グレイとスーザンの間には、スーザンの長年の恋人、ナイオールという男性が常に影を落としていたようなのだが・・・。

「騙り」であるからには、これは単純な三角関係の話ではありえない。

どころか、ラストまでいくと、結局は輪の中に閉じ込められた男と女の話だったりして・・・、などとも思うのだ。ある意味で、スーザンはファム・ファタルなんだよねえ。と、一応、納得した気分で、本を置いたんだけど、色々確かめたいところがあって、また最初から読んでみようと思ったら、その後の話の展開により、すっかり忘れていた第一部の語り手の「わたし」を思い出した。こりゃ、二人で閉じられた輪どころか、一人が輪の中でぐるぐるしている物語だったのかしら。うわーーーー。

(と、いつもにまして、わけわからない文で、すみません・・・。でも、これ、もし読むとしたら、なるべく前情報入れないほうがいいと思いまーす)

多少、納得したつもりでも、何となく合点がいかない部分。

■ミス・アリグザンドラ・ガウアズの容姿
 第二部で描かれるものと、第六部の記憶の中で語られるものが違っている。第二部では割と好意的に描いてあるのに、第六部の記憶の中では、全く垢抜けなかった子に・・・(ショートカットにして、すっかり変わって現れたように描かれている)。
 忘れかけたときに、再び、物語の中に登場したアリグザンドラ。彼女は彼女で、割と重要な役割なのか?

目次
第一部・・・・語り手・わたし。
第二部・・・・リチャード・グレイの物語。ミドルクームでの生活。
第三部・・・・リチャード・グレイの物語。ミドルクームを出てから、また爆発前の南仏旅行の記憶。
第四部・・・・スーザンの物語。ミドルクームを出て。
第五部・・・・スーザンの物語。グレイとスーザンの出会い、スーザンの生い立ち、爆発前の旅行の話。
第六部・・・・リチャード・グレイの物語。スーザンとグレイの話。

次は、「奇術師」かなぁ。「双生児」もタイトルが意味深で気になるな~。
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川端 裕人
川の名前  

川に夏に少年。この三つが揃ったら、他に何が必要なのだろう。
必要なものは、もう全て揃っているではないか!

とはいえ、舞台は多摩川の支流、桜川。現代の少年たちの物語であるからして、少年たちが川にじゃぼーんと飛び込み、カワガキとなって川と戯れる、なんていう形の川と少年の物語ではない。

主人公は、菊野脩、小学校五年生。自然写真家の父さんと、これまで一緒に行ったのは、アマゾンやユーコンなどのスケールの大きな川。今までは長期の休みは、この父と共に撮影旅行に出ていたし、学校だって何度も変わった。父と離婚した母は既に新しい家庭を築いている。この夏だって、本当は父さんは脩と一緒にユーコン川に行きたかったみたいだけれど、何が特別というわけでもない、この場所、この桜川北小の五年二組。この夏、脩はここを離れたくないと思ったのだ。

脩と共にこの夏をすごすのは、一緒に自由研究をする事になった、ゴム丸こと亀丸。そして、物静かな態度だけれど、川について誰よりも深い知識を持ち、脩とゴム丸を助ける、河童こと河邑。

出て来るのは、勿論、脩の仲間たちだけではなく、何かとゴム丸に突っかかる、ジャイアンを思わせる海野や、すかした優等生、手嶋たち。

そして、彼らを巡るこの夏の出来事。

何かと脩を敵視するすかした優等生、手嶋との関係は、年齢は違うけれど、まるで『
河よりも長くゆるやかに 』のトシと深雪のようでもある。互いに認め合った彼らはきっと、これからは親友になるのだろう。

夏が終わって、少年達は少し大人になる。

周りを固める大人もいい。圧巻は、チャルメラの音楽と共に現れ、「カワガキ~」と叫ぶ喇叭爺だけど、教師のデビルもなかなかだし、水族館の獣医、鈴木先生だっていい。あ、父さんの妹で、脩を預かってくれている、看護士の恵美もね。

タイトルにもなっている「川の名前」。この意味は、是非、自分で確かめて欲しいなぁ。「川の名前」に自分の居場所。うーん、深いです。結構前に、この本をいい!と書いておられるブログを幾つかお見かけして、そんなにいいなら、読んでみようと思っていたのだけれど、さすが評判の本。面白かったです~。

 ←少年達を前面に押し出した文庫もいいけど、単行本の装丁の方がイメージ。



メモ1
ホトケドジョウ (=オババ)
:神奈川県水産技術センター内水面試験場のページにリンク
オギ
:浜島書店のページにリンク
 ススキと、混同していましたよ・・・。違うのね。

メモ2
以下、ネタバレになってしまうので、これから読まれる方は、どうぞお読みになりませんよう(リンクも飛ばないでくださいねー)。全てを忘れ去ってしまう、自分のためのメモであります。

しかし、この作者は、ほんとにペンギンが好きなのだなぁ、と。笑
以前読んだ、同作者による本の記事はこちら → 

こっちは思いっきり、ノンフィクションなんだけど。いやぁ、この方、とっても多才だなぁ
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オンライン書店ビーケーワン:百億の昼と千億の夜   オンライン書店ビーケーワン:百億の昼と千億の夜

光瀬 龍   光瀬 龍, 萩尾 望都

百億の昼と千億の夜 」 「百億の昼と千億の夜
ハヤカワ文庫       秋田文庫


目次 ~小説~
序章
第一章 影絵の海
第二章 オリハルコン
第三章 弥勒
第四章 エルサレムより
第五章 喪える都市
第六章 新星雲紀
第七章 最後の人々
第八章 遠い道
 あとがき

目次 ~漫画~
序章 天地創造
第1章 アトランティス幻想
第2章 悉達多
第3章 梵天 帝釈天
第4章 阿修羅
第5章 弥勒
第6章 ユダとキリスト
第7章 ゴルゴダの奇跡
第8章 トーキョー・シティー
第9章 戦士たち
第10章 ”シ”を追う
第11章 ゼン・ゼン・シティー
第12章 コンパートメント
第13章 ユダの目覚め
第14章 トバツ市で待つもの
第15章 摩尼宝殿入り口
第16章 アスタータ50
第17章 幻の軍勢
第18章 遠い道
終章 百億の昼と千億の夜
 解説(山本真巳)


タイトルと、序章の文章の流れるような美しさに惹かれて古本屋でゲットしたものの、時空を自在に越え、神の存在を疑い、絶対者に迫っていくこの物語。なかなかついていけなくって難儀していた所、萩尾望都さんの手による漫画を借りる事が出来ました。

で、途中までは小説版を読んでいたのだけれど、これは駄目だ、と残りはざばざばと流し読んで(嗚呼、きっと、勿体無いんだろうなぁ)、さっさと漫画の方に移ってしまったのです。

私は小説の流れに着いていけなかったけれど、SF読みの方たちはすんなりと読めるのかしら。文章が美しいだけに、何とも勿体無いのだけれど・・・。

 
寄せてはかえし
 寄せてはかえし
 かえしては寄せる波また波の上を、いそぐことを知らない時の流れだけが、
 夜をむかえ、昼をむかえ、また夜をむかえ。
(p10より引用)

 
寄せてはかえし
 寄せてはかえし
 かえしては寄せる数千億日の昼と夜。その間も波はたゆみなく鳴りつづけ、さわぎつづけてきたのだった。
(p11より引用)

などと、「寄せてはかえす」という印象的なフレーズが、まさに寄せてはかえすように、効果的に使われている。このフレーズを読めただけでも、良かったなぁなどと思ってしまう。

さて、内容の方は、うーん、小説版にしても漫画にしても、なかなか厄介な問題を描いているように思います。正直、少々、ムズカシイ・・・。


人々は、形は違えど、神を、絶対者を信仰する。信仰とともに、そこに語られるのは、多くの場合、滅びとその後の救いの予言。キリスト教における最後の審判しかり、仏教における末法の世しかり・・・。

天上界へと上った悉達多王子が見たものは、地上と同じ荒廃だった。それは阿修羅王によるものだというのだが・・・。阿修羅王に出会った悉達多は、阿修羅王が神を信じられぬが故に、天上界での戦いを続けている事を知る。全てを救うといわれている弥勒は、なぜ現れ出でる前に、五十六億七千万年という長いときを必要とするのか。人々は約された未来の理想の社会のために、これまで何を捧げてきたのだろうか・・・。そして、これからも・・・。

次に語られるのはナザレのイエスの時代。彼はある大きな存在に操られた存在であった。十字架に磔にされたことすらも、計画の一部にしか過ぎず、イエスはその後、地球の管理委員となる。

そして、阿修羅王や、シッタータ、オリオナエまたはプラトン、イスカリオテのユダたちの戦いが始まる・・・。しかし、その戦いすらも、はじめから誰かに決められたものであったのか。宇宙は広く、外へ外へと広がり、長い時ですら、相対的には短い一瞬にしか過ぎない。人間が生きるこの地球、銀河系は狭く、人の一生などまさに一瞬。そうして、阿修羅王の前には、また新たな道が続いていたのだ・・・。

と、こんな風に、纏めてみても、やっぱりあまり理解したとは言えないかもー。何とも壮大な物語です。一緒にたゆたいながら、読むのがいいのかなぁ。長いときを経て、揺るぐ事のない阿修羅王(年若い少女の姿で描かれる)も素敵です。

あ、どうでもいい一言を言うと、小説の中では、「ほのお(炎)」が「ほのほ」と表記されているのですね。で、「ほのほの世界」と書いてあったのを、最初、そのまんま「ホノホノセカイ」と読んで、何だか楽しそうな世界だなぁ、と思ってしまいました。・・・そんなわけないよね。


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

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テーマ:
 
シオドア スタージョン, Theodore Sturgeon, 山本 光伸
きみの血を  

陸軍軍曹で精神科医の、フィリップ・アウターブリッジ(フィル)と、アルバート・ウィリアムズ大佐(アル)との往復書簡によって、物語が動いていくという、ちょっと変わった形式の物語。

海外駐屯地で少佐の鼻を殴って、フィルが勤務する陸軍神経精神病院へと送られてきた、兵士ジョージ・スミス。アル大佐は、ジョージは正常であり、適当なテストの後、自由の身にしてやるようにと、部下であり友人でもある、ドクター・フィルにオフレコで頼むのだが・・・。

そもそも、ジョージが少佐を殴ったのは、故郷にいる恋人、アンナに送った手紙の内容について、問いただされた場において。孤独と釣り、狩りを好む、大男であるジョージ。「なぜ狩りをするのか」。この質問もまた、彼にとって禁忌なようである。この質問を少佐にされたジョージは、コップを握り潰して、少佐に殴りかかろうとしたのだ。ジョージが恋人、アンナに送った、たった三行の手紙。その内容とは一体どんなものだったのか?

フィルが少しずつジョージの謎に迫る毎に、薄紙を剥ぐ様に、ごく普通の、若しくはちょっと寡黙なだけの人間であるかのように見えた、ジョージの異常性が少しずつ明らかになっていく。ミステリとして読んでも、サイコ・ホラーとして読んでも、これは結構怖い物語。

中盤、テストの一環として、フィルがジョージにこれまでの自分について、客観的に書いてみるようにと指示し、ジョージによる約80ページ程の手記が語られる。例えばそこで語られる森の様子、狩りの様子は、生き生きと魅力的だし、不幸な子供時代、少年時代も、貧しいアメリカとして、時に読むことがあるものだ。でも、きっと、これを読む人は、この物語を最後まで読んで、もう一度この手記に戻るんだろうなぁ。確かに、全てはそこに書いてあるのだもの!(でも、こんなの気付けないってば)

シオドア・スタージョンはSFの巨匠であるそうだけれど、この物語ではSFっぽいのは、あえて言えば、最初と最後の字体が違う部分、この物語全体を俯瞰するような視点のみかなぁ。もっと読み辛いと思っていたのだけれど、ジョージの秘密が気になって、どんどん読み進めてしまいました。うーん、巧い! でも、ジョージに「わかるだろう?」といわれるたびに、ちょっとゾッとしました。ジョージがそうなってしまったのも分かるけど、でも、その行為については分かりたくないよー、という感じ。

(あ、一点、ジョージの父さんの会話文の訳が気になりました。英語が上手く話せないヨーロッパ系移民ということで、ああいう話し方になっちゃったのかなぁ。ちょっと緊迫感が削がれましたよ(おう、ええ匂いやんけ」とか、そりゃないよ~)。
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