旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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塩野 七生
ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫

またまた、読者へ」から引いてしまいますと、この部分では塩野さんが歴史を語る際のスタンスが明記してあって、これがなかなか興味深かったです。

この連作の通し表題を、私は『ローマ人の物語』とした。だが、日本語の表題のラテン語訳には、歴史とか物語とかをダイレクトに意味する、ヒストリアもメモリアも使いたくなかった。所詮は同じ意味ではあるのだが、ジェスタエという言葉を使った。RES GESTAE POPULI ROMANI「レス・ジェスタエ・ポプリ・ロマーニ」とは、直訳すれば、「ローマ人の諸々のの所業(ジェスト)」である。いかなる思想でもいかなる倫理道徳でも裁くことなしに、無常であることを宿命づけられた人間の所業を追っていきたいのだ。

そして、歴史はプロセスにあるとの考え方に立てば、戦争ほど当事国の民の姿を裸にして見せてくれるものはなく、これほど恰好な素材もないのだという。上巻で語られるのは、強国カルタゴとのシチリアを舞台とした戦い。

さて、プロセスとしての歴史は何よりもまず愉しむもの。日本で使われている高校生用の教科書によれば、塩野さんがこの巻(文庫本では上中下の三冊)全てを費やして書く内容は、以下の五行に要約されてしまうのだという。

イタリア半島を統一したのち、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商権をにぎっていたフェニキア人の植民都市カルタゴと死活の闘争を演じた。これを、ポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権をにぎったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下におさめた。こうして、地中海はローマの内海となった。

しかしながら、これは高校生ならば知らないと落第する「結果としての」歴史であり、これ以外の諸々はプロセスであるが故に愉しみともなり考える材料をも与えてくれる、オトナのための歴史…。

さて、プロセスを愉しむオトナのための歴史。この巻で面白かったのは、「ローマ軍団」のお話。

有事の際にはじめて傭兵を募集するのが一般的であった時代に、ローマ人は高度にシステム化された軍団を持っていた。召集の仕方から軍団の編成まで、相当にマニュアル化されていたらしいのだけれど、マニュアル化もここに極まれり、と思われるのが、一日の行軍の最後となる宿営地の建設なのだという。

なぜ、ローマの人々は事細かくマニュアル化をし、さらにそれを順守する必要があったのか? それにはローマでは指揮官から兵までが毎年変わってしまうという、ローマ特有の事情があった。誰がやっても同じ結果を得るためには、細部まで細かく決めておく必要があったのだという。

この辺ね、企業などでも場合によっては必要な考え方だと思いません?

「ハンニバル戦記」と銘打たれていても、上巻ではまだハンニバルの姿は見えないのだけれど、この辺も、一人の天才が勝つのか、それともシステム化された全体が勝つのか、という点で興味深いです。

目次
 カバーの金貨について
読者へ
序章
第一章 第一次ポエニ戦役前
    (紀元前二六四年~前二四一年)
第二章 第一次ポエニ戦役後
    (紀元前二四一年~前二一九年)

■関連過去記事■
・「ローマ人の物語1・ローマは一日にして成らず[上 ]」/民族というもの、国家というもの
・「ローマ人の物語2・ローマは一日にして成らず[下 ]」/すべての道はローマに通ず

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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塩野 七生

ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) 新潮文庫


図書館本の合間に、ぼちぼちと読んでおります、「ローマ人の物語」。
乗って来ると結構スピードも上がるのですが、細切れで読んじゃうと、いちいちちょっと前に戻ったり、読みながら地図のあるページを見たりで、文庫本一冊一冊の薄さの割にはどうも時間が掛かってしまいます…。

目次
 カバーの金貨について
第二章 共和制ローマ(承前)
ひとまずの結び
 年表 参考文献 図版出展一覧


相変わらず、ローマをローマ足らしめていたシステムには、色々と感心するところが多かったのだけれど、この巻で特に面白いなぁと思ったのは、「街道」のこと。

後に、すべての道はローマに通ずと言われるまでになる、ローマとローマの戦力要所を繋ぐ街道網。それらは政治・軍事・行政上の必要から敷設され、敷設された人物の名で呼ばれることになる(アッピア街道は、アッピウスが敷設させたもの)。味方にとって便利な道は、そのまま敵にとっても便利なものになるわけで、このこと故にローマは永遠に自衛の戦いを永久に続ける宿命を負ったのではないか、と塩野さんは書く。

また、このシリーズでは私は本の内容よりも、どうも後書きやら何やらに惹かれがちなのだけれど、今回もまた「ひとまずの結び」から。

同時代の研究者たちの史観に何となくしっくりいかないものを感じていた塩野さんは、原史料に当たるようになってはじめて、ローマ観が自分の中に入って来たのだという。それは、国家の興隆や衰退の要因を感性的な事に求める態度をとっていない、約二千年前に生きた彼らの姿勢によるものだ、と塩野さんは分析している。

塩野さんは、興隆は当事者たちの精神が健全であったからであり、衰退はそれが堕落したからだとする論法に納得出来ず、興隆の因を当事者たちが作り上げたシステムに求めるのだという。この辺、こういうアプローチ故に、多くのビジネスマンたちに好まれるのが分かるような気がします。

私自身について言えば、フランス革命を経た現代に生きているとはいえ、自由・平等・博愛を高らかに唱えれば唱えるほど、自由・平等・博愛の実現から遠ざかるのはなぜか、という疑問をいだきつづけてきた。歴史は、この理念を高らかに唱え追及に熱心であった民族では実現せず、一見反対の生き方を選んだ民族では、完全ではないにしても実現できた事実を示している。私などはこの頃、二十世紀末のこの混迷は、フランス革命の理念の自家中毒状態ではないか、とさえ思うようになっている。

理念は確かに大事だけれど、それだけでは人は暮らしていくことは出来ない。人が幸せに生きられるような、システムを構築することが必要なのだよね。それが、政治。逆に高らかに理念を謳うとすれば、それはシステムがおざなりにされている証拠であり、無策の証拠だと言えるのかも。国会の混迷とかを見ていると、ちょっとうんざり。言葉尻とか個人の言動がどうとかじゃなくて、例えば不正や癒着を許さないようなシステムを作ることが重要なんじゃないかなぁ。

■関連過去記事■
・「ローマ人の物語1・ローマは一日にして成らず[上 ]」/民族というもの、国家というもの

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

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本多 顕彰, ジェームズ・バリ
ピーター・パン (1953年) (新潮文庫〈第588〉)

amazonでは出ませんが、美しい表紙は米倉斉加年さんの手によるもの。この方で有名なのは、夢野 久作さんの「ドグラ・マグラ」の挿絵らしい。Wikipediaには、角川文庫版のカバーイラストが米倉斉加年さんによるもの、と書いてあったのだけれど(リンク1リンク2 )、下に貼ったのであってるのかな?



amazonでちらちら見た感じだと、こちらの雰囲気が「ピーター・パン」に近い感じかなぁ。

ついでに、興味が出てきたのは、この辺とか。


さて、本題の「ピーター・パン」に戻りますと、私、石井桃子訳、福音館書店の「ピーター・パンとウェンディ」は子供のころからの愛読書だったのですが、それとは別に「ピーター・パン」が存在する事に、これまで全く気付きませんでした…。で、図書館のリサイクル・コーナーにて、新潮文庫版のこの本を見つけて、拝借してきたというわけです。

目次
公園の大漫遊
 ピーター・パンが活躍するロンドンの大公園に、皆さんをご案内しましょう。あきれるほど広く、いろんな名所がある。
ピーター・パン
 生れて七日目、ピーターは、窓から逃げ出して、公園へ飛び帰る。赤ちゃんから、小鳥へ逆戻りしたのです。しかし、会う妖精に、みな逃げられて大弱り。
鶫の巣
 鶫たちは総動員で、ピーターのために、ボートを造りました。ピーターは、楽しい公園の探検に船出します。妖精の小人たちと会って……。
閉め出しの時間
 ピーターの奏でる美しい楽の音、躍る妖精の群れ。だが、ピーターも、お母さんが恋しくなり、飛ぶ力を与えて貰い、大空高く。そして我が家の窓へ。だがお母さんは、別の子を。
小さい家
 ぶきりょうな妖精の処女が、公爵さまの恋心を燃やし、忽ち、五十組の結婚式があげられるお話。その蔭には、可愛い、健気なお嬢さんが、夜の公園での大冒険。
ピーターの山羊
 勇敢なピーターと、健気なお嬢さんとが、親愛のキス。二人の悲しい別れ。
 解説


最近、姪と甥の七五三のお祝いにちょっぴり参加させて貰ったのですが、あんなに良く分らない言葉を喋っていた彼らが(そう、それはまるでここで言われている鳥の言葉のよう!)、すっかり普通の言葉を話すようになっていて、意思疎通もほぼ出来るようになっていました。親に聞いているつもりでいたら、本人が答えてくれたりとか、ね。

「ピーター・パン」の中でいう「子供」は、この意思疎通が出来る前の子供を言っているのだと思います。

 子供は人間になるまえに小鳥だったのであり、生れた最初二、三週間は少し乱暴で、肩の、翼がついていたところが非常にむずむずするもの。赤ん坊時代には、小鳥時代の色々な風俗習慣を覚えていたものだけれど、成長するにつれ、いつしかそれを忘れてしまう。

さらに、この世の中には「妖精」という素敵な存在がある。永遠に子供のままである、ピーター・パンの良い友達となったのが、妖精たち。気まぐれで、役に立つことは決してしない彼らだけれど、妖精たちの舞踏会は実に素敵!

 妖精と人間との大きな違いは、妖精は役に立つことを決してしないということ。この世に初めて生れて来た赤ん坊が、初めて笑った時に、その笑いがこなごなにわれて、何百万という細かいものになって、それがすっかり跳ねまわって行った、それが妖精の始まり…。

決して子供礼讃!な本ではないのだと思うけれど、子供の持つ豊かな想像力や可能性を慈しむような物語だと思います。ちょっと古めかしい言い回しもまた良き哉。
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畠中 恵
ねこのばば (新潮文庫)

途中、すっ飛ばして、その時点での最新刊であった「うそうそ」を読んでしまった私ですが、図書館で「ねこのばば」の文庫を見つけたので、やっぱり借りてきちゃいました。

相変わらず、長崎屋の若だんな、一太郎は体が弱く、佐助や仁吉は若だんなには甘甘で…。以下、5つの短編が語られます。

目次

茶巾たまご
花かんざし
ねこのばば
産土
たまやたま


うーん、やっぱり、このシリーズは短編がいいような気がします。それでも、現時点で一番好きなのは、登場人物それぞれの事情が巧みに描かれた感のある「ぬしさまへ」で、(一太郎の腹違いの兄、松之助の話、「空のビードロ」や、仁吉の千年にわたる片思いを描いた「仁吉の思い人」など)、今回のは悪くはないけど、特筆すべき出来ではないようにも思います。人気シリーズだけに、ちと点が辛くなってしまうのかも。畠中さん、わが図書館でも人気でして、つくもがみ貸します」なんかも、すごい予約数なんですが…。

「産土」は、犬神である佐助の話。犬神である彼だけれど、「佐助」と呼んでくれる人のあるありがたさ、居場所のあるありがたさ。

「たまやたま」では、一太郎の幼馴染、栄吉の妹、お春に縁談が…。さて、一太郎はお春の謎かけを解くことが出来るのか??

メディアミックス流行りの昨今ですが、この週末にはこの「しゃばけ」のドラマが放映されますね。楽しみなような、怖いような。予約しておかなくっちゃ。

☆関連過去記事☆
・「しゃばけ 」/妖(あやかし)
・「ぬしさまへ 」/やっぱり妖(あやかし)
・「うそうそ 」/若だんな、箱根で湯治・・・・のはずが?
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松久 淳, 田中 渉

天国の本屋 (新潮文庫)


小一時間ほどあれば、読めてしまう本です。もっのすごいリーダビリティ。それでも、ちゃんと残るものは残るし、じんわりといいお話だと思いました。これはあれですね、本屋を舞台にした、それが成功の要因ですね。

秋になっても就職も決まらない、何をやりたいかもわからない。そんなさとしが深夜のコンビニで出会ったのは、この寒さの中、アロハにバミューダパンツ、素足にサンダルのおじいさん。咄嗟に関わるのをやめようと思ったさとしだったけれど、なぜかこのおじいさん、ヤマキにスカウトされ、天国の本屋で短期アルバイトの店長代理として働くことに…。

さとしは、早番のユイ、遅番のアヅマ、ナカタという漫才コンビと一緒に、年中無休で働くことになる。現世ではやりたいことが見つけられなかったさとしだけれど、いつしか本屋の仕事を好きになり、また朗読という新たな才能が見出されることになる。この天国の本屋には、元々子供に好きな本を読んであげるというサービスがあったのだけれど、さとしの元には老若男女、様々な人たちが彼の朗読を求めてやって来る。

さて、ここで少し説明をしておくと、この世界では人間の寿命はジャスト百歳に設定されているのだという。これが本当の意味の「天寿」であり、残った天寿を全うする場所が「天国」なのだ。つまり、二十歳で死ぬ者は残りの八十年を「天国」で過ごし、八十歳で死ぬ者は残りの二十年を「天国」で過ごすというわけ。見事、天寿を全うした後には、「天国」での記憶を全て消去され、赤ん坊として再び現世に生まれてくる。

さとしが朗読を頼まれるのは、どうも人々が現世で印象深かった本のよう。特に巧みなわけでもない、さとしの朗読が求められるのは、彼の朗読がみなの大切な思い出を引っ張りだす、そんな力があるようだから。そんな中、緑色の目をしたユイだけは、さとしの朗読を聞こうともせず、「本がキライ」と言い放つのであるが…。現世でユイに何があったのか? さとしはユイのかたくなな心を溶かすことが出来るのか?

さて、Wikipediaの映画「天国の本屋~恋火」の項目 によると、「原作の『天国の本屋』(松久淳と田中渉の共著)は、かまくら春秋社から2000年に刊行されたものの売れ行きは芳しくなく、在庫品となっていたものを岩手県盛岡市の「さわや書店」店長が偶然読んで感動し、独自に宣伝して評判を広めたことによりロングセラーとなった変り種」だそう。そんなまるでおとぎ話のような展開も、実に相応しく思える物語でした。さとしが朗読する本の中で、特に重要になるのが「泣いた赤おに」とナルニア物語の「さいごの戦い。どちらも私も好きな物語であり、ちらりと出てきた「ろけっとこざる」も懐かしかった!

 ←どうやら続編も。
小説で共著というのも珍しいですよね。
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塩野 七生
ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫

ずーっと前から、借りているのだけれど、全然手を付けられていなかったシリーズです。今週は図書館本にちょっと余裕があったので、ようやく手付け。でも、これ、私が借りてるのだけでも、23巻まであるんですよねえ。うーん、シリーズ全体を読了出来るのは、いったいいつの日か?

新潮文庫なのに艶のある表紙(私の中では、集英社、文春、講談社、中公文庫あたりは艶のある表紙なんだけど、新潮は艶のないイメージ。合ってる??)、一冊一冊がやたらと薄いところ、なぜかなーと思っていたのですが、巻頭の「『ローマ人の物語』の文庫刊行に際しての、著者から読者にあてた長い手紙」を読んで、ようやく謎が解けました。

文庫化に際し、著者、塩野さんは、文庫の源泉(本を家の外に出そうとした、アルド式の文庫、「タスカービレ」)に立ち戻ろうとしたとのこと。さらに史観で分けた単行本版を、そのまま文庫化すると、分厚くて「持ち運びが容易」という文庫の利点から外れてしまう。単行本を分冊した結果が、私が「薄い」と感じた原因だったみたい。えーと、私が薄い文庫を嫌うのは、移動時間の途中で読み終わっちゃったり、コストパフォーマンスが悪く感じるからなのですが、このシリーズに関しては、幸いにも(?)それは杞憂なようで、薄くとも時間の持ちは十分でした。

また、「本造りには、「グラツィア」(優美)を欠いてはならない」という、これまたアルドの言葉に習いつつ、また、時代を映すという意味で、文庫本の表紙には金貨と銀貨が使われているそう。ちなみに、1巻のこの銀貨は、古代ギリシアの都市国家アテネで、紀元前五二七年から四三〇年の間に鋳造され続けた、四ドラクマ銀貨。表面は女神アテネで、裏面はフクロウ。ぱっと見た限りでは、文庫の表紙は全部同じデザインだと思っていたのですが、こんなにいろいろ考えられているのだとは!

色々ひっくるめて、本に対する拘りが伝わってきて、私のこのシリーズに対する印象もぐっと良くなりました。

目次
『ローマ人の物語』の文庫刊行に際しての、著者から読者にあてた長い手紙
カバーの銀貨について
読者へ
序章
第一章 ローマ誕生
第二章 共和制ローマ
図版出典一覧


基本、自分は物語から逆に史実を引き付けて読む方なので、この辺の「物語」を知らないことは、ちょっと痛かったな~。「ペルシア戦役」(二章 共和制ローマ)などは、これって映画の「300」?(いや、見てないんですけど)と思いながら読んだし、「スパルタ」という都市の在り方は面白く読みましたが。

結局のところ、民族が政治体制を作り、政治体制がまた民族を作る。そして、それらが「国家」となっていく。確かにこうやって読み取って行くのは面白い~。うう、でも、周辺の「物語」をもっと補強したいところでありますよ。
■以前、読んだ塩野さんの本。
・「
三つの都の物語 」/あるヴェネツィアの貴族の生き方

これも気になる~。
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米村 圭伍

退屈姫君 恋に燃える (新潮文庫)


えーと、前作にあたる「退屈姫君 海を渡る」は、覚書をしたためる前に図書館に返してしまったのだけれど、そこは米村さん、心配はいりませぬ。ちゃーんとちゃんと、「これまでの流れをざっとご説明」してくださいます。

そんなこんなで、おさらいを終えて。さて、こたび、またしても退屈で死にそうになっていためだか姫を助けてくれたのは、風見藩の藩士にして、将棋家元である伊藤家の門人、榊原拓磨の身分違いの恋。榊原拓磨は、藩命を掛けた将軍家との賭将棋を控え、この江戸で将棋に打ち込む日々を送っていたのだけれど、何の因果か横隅藩の末姫、萌姫に出会ってしまった!

めだか姫は、この若い二人に手を貸すのだけれど、たかが色恋沙汰というなかれ、そこはあのめだか姫の目を輝かせただけのことはあり、やはりこの恋はまたしても天下の一大事へと発展する。さて、若い二人への横やりを首尾よく抑えて、めだか姫は二人を幸せに出来るでしょうか? お馴染みの面子を巻き込んで、めだか姫の策略はこたびも冴える!

このシリーズを読んだ時に、この姫君は誰かに似ている、と思っていたのだけれど、今回は特に『姫若天眼通』(各大名家の姫君若君の出来栄えを記した細見。ちなみに、めだか姫の番付は極々大凶の褌担ぎもしくは天眼鏡(むしめがね))なるものが出てきたり(これは流石に眉唾だけど。笑)、和歌を贈り合ったり、実家の陸奥磐内藩の姉姫の名を騙ったりするところ、時は平安の琉璃姫(@「なんて素敵にジャパネスク)を思い出すのでした。

あと、お仙の兄、幇間の一八といえば、「本多髷」の一八と「本多髷」が良く枕につくのだけれど、杉浦日向子さんの「一日江戸人 」のおかげで「本多髷」が分かりましたー。つーんと細い本多髷、ずいぶん傾いた髪型だったのですねえ。

そしてそして、米村さんといえば、男を押し倒すたくましき女性たち(笑)。めだか姫お付きの諏訪にはまぁ慣れたけれど、めだか姫の姉姫たち、猪鹿蝶三姉妹(シスターズ)は、しかししかし、怖すぎですよ。

■過去関連記事■
風流冷飯伝 」/風見藩が冷飯ども ←本シリーズ
退屈姫君伝 」/めだかの姫さま、活躍す ←本シリーズ

錦絵双花伝 」/虚と実とそして・・・ ←繋がってるけど異色
影法師夢幻 」/それは大いなるゆめまぼろし? ←微かに繋がってます

目次
 みたびはじまる
第一回 諫鼓鶏(かんこどり)告ぐは天下の一大事
第二回 秋空に舞いし扇は恋の花
第三回 煩うて恋する姫は雪兎
第四回 歌会は珍歌下歌(ばれうた)乱れ飛び
第五回 姫ならで妖魔に夜這う菊月夜
第六回 忠臣の血潮が守る命駒
第七回 道行の闇に揺れるは白き足袋
第八回 信長は二色の石を握り込み
第九回 大汗の家元負かす泣き黒子
 これにて幕間
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杉浦 日向子

一日江戸人 (新潮文庫)

周期的に読みたくなるのが、杉浦日向子さんの江戸の本。また、そういう時って、図書館でぱっと目に入ってきたりもするのです。

杉浦さんが愛おしんで語り、時に図説する、江戸の生活の数々。今回もたっぷり楽しみました。

「宵越しの金は持たない」ではないけれど、江戸の町人はどうもかなり適当な感じでも生きていけたよう。お金が無くなったら働き(それも適当な大道芸だったり、近所の手伝いだったり)、お金が入ればのんびり。太平の世だから、こういうことも出来たのかなぁ。備えなくともこれだけ気楽に過ごせる楽天性は、現代人には失われたものだよね。その証拠に、江戸で名のある商人や職人は、ほとんどが地方出身者だったのだとか。

江戸の色男、美人の解説も面白い。
江戸人が選ぶ「男の中の男」、すなわち「江戸の三男」とは火消の頭、力士、与力の三職のことをいう。職業柄、男気があってかっこいいこれらの男たちとは別に、一般の町人の内では、ムキムキの肉体美ではなく、色白のやさ男が希少価値として持て囃されたのだとか。なんてったって、江戸の暮らしはほとんど人力。普通に暮らしていても、それなりに筋肉はついてしまうし、褌一つで働いている人も多いので、肉体美にはさほど関心がなかったみたい。

江戸の美人は、鈴木晴信が描く笠森お仙のような七頭身のあどけない様から、二十年後にはきりりとした濃い眉の十頭身美女、更にその三十年後にはちょっと凄みのある六頭身美女と、そんな風に移り変わったそう。「美人」は時代で変わるものとはいえ、時代が新しい方が、むしろプロポーションが悪いのが面白い。しかし、七頭身はともかく、十頭身なんて、現代でもほとんどいないよねえ。 

町人の気楽さに対して、将軍の生活の窮屈なこと! 年中無休の将軍職は、かなり厳しいスケジュールに縛られていて、この規範的な将軍の日課を実践したと伝えられる十四代家茂は、即位の八年後、二十一歳で病没しているのだとか(原因は心身の過労だといわれている)。他の将軍はどうも適当にさぼっていたようだけれど、それにしても大変なスケジュール。お江戸に生きるのであれば、武家、将軍ではなく、町人として生きるのが幸せなようです…。

目次
第一章 入門編
 大道芸
 生涯アルバイター
 義賊列伝
 江戸の奇人変人
 How to ナンパ
 江戸の色男
 美女列伝
 ザ・大奥
 将軍の一日
第二章 初級編
 長屋の生活
 浮世風呂
 夏の過ごし方
 ホビー
 お江戸動物物語
 師走風景
 結婚
 正月縁起づくし
 決定版マジナイ集
第三章 中級編
 江戸見物(硬派編)
 江戸見物(軟派編)
 酒の話
 食 PARTⅠ
 食 PARTⅡ
 食 PARTⅢ
 江戸の屋台
 相撲 PARTⅠ
 相撲 PARTⅡ
 ギョーカイ通信
 おバケづくし
第四章 上級編
 How to 旅 PARTⅠ
 How to 旅 PARTⅡ
 春画考 PARTⅠ
 春画考 PARTⅡ
 意匠(デザイン)
 傾く
 未来世紀EDO
 シャレ
 これが江戸ッ子だ!


■関連過去記事■
江戸アルキ帖 」/江戸の町を歩いてみれば
呑々草子 」/旅行かば・・・
大江戸美味草(むまそう)紙 」/花のお江戸のうまいもの!
ごくらくちんみ 」/酒飲み必読?
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恩田 陸
球形の季節

同じく恩田さんによる「月の裏側 」のような、その町ならではというか、町それ自身に意思があるかのような物語。うーん、今、パッとは出てこないんだけど、ジャンルとしてこういう「町モノ」は、どこかで見たようにも思います

東北地方のとある町、谷津の高校生たちを主たる登場人物とするストーリー。恩田さんお得意の高校生モノと言えるでしょう。

小説以外 」にも、この「球形の季節」にもあった表現なのだけれど、将来への漠然とした不安はあれど、ご飯の支度の心配もせず、ぬくぬくとした部屋の中、ただひたすらに読書に没頭できたのは、やはりあの時期特有の幸せだったのではないでしょうか。勿論、いつまでも安定しているものなんかはないわけで、この物語の中でも、「子供の帰還を祈って、石を積む母」などという存在が出てきて、ちょっとハッとはするのだけれど。

この本のことは、小説以外」の中で、「春は恐怖の季節。」と題された文章にて触れられていました。新しい物事が始まる春は、すべからく希望に満ち溢れたものかといえば、決してそうではないんだよね。春に体調を崩す人も多いし。春は恐怖の季節。この言葉の魅力に惹かれていた所、、たまたま古本屋で見つけたので、「球形の季節」を買ってきてしまいました。ほんとは恩田さんの本で、手元においておきたいのは、「三月は深き紅の淵を 」と「黒と茶の幻想 」なんだけどねえ。
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小野 不由美
東亰異聞

このごろ、都に流行るもの。
人に火をつけ、突き落とし、自らは全身火達磨となって姿を消す火炎魔人に、赤姫の衣装を纏い、鋭利な爪で人を斬り殺す闇御前。人魂売りに、首遣いに、居合い抜き・・・。
御一新からこちら、曖昧なものは姿を消し、合理的な考えが良しとされる世の中になったというのに、これらのものどもは、まるで物の怪、妖怪のよう。

果たして、これらのものどもの背後には人がいるのか? それとも、御一新後にたわめられた夜の眷属、闇のものどもが、跳梁跋扈しているのか?

舞台は、東京のパラレルワールドのような街、帝都・東亰。謎に迫る探偵役には、帝都日報の記者、平河新一郎に、大道芸師の顔役の万造。幕間の語りのように挟まれるのは、謎の黒衣の人物と、黒髪も艶やかな人形との遣り取り。

目次
序幕  ちかごろ、帝都に跋扈する者ども
第一幕 さて、闇の華とは
第二幕 一方、夜の華とは
第三幕 夜の底、魚の回遊
第四幕 夜の者、満願成就の場
大詰  時代転変
解説  野崎 六助


小野不由美さんを読むのは初めてだったんだけど、これは面白かったー。闇の華、夜の華に引き込まれた。

軟泥の上に築かれた街、東亰とくれば、やはり東京を思い出すわけだけれど、現実の東京とはすこーし重なって、すこーし違うのかな。明治二十九年を舞台とし、江戸から東亰へと変わった明治元年からの歴史の流れも描かれるわけだけど、この辺り、あまり知識がないので、ここに描かれたことが真実なのか、そうではないのか、良く分からなかったりもする。

さて、火炎魔人と闇御前を追う内に、探偵役の平河と万造が突き当たったのは、鷹司公爵家のお家騒動。常と直。同年に違う腹から生れたものの、先代の正室、初子は次男の常ばかりを可愛がり、莫大な鷹司家の遺産、全てを常に残すのであった。家督は本来長男が継ぐべきもの。直の周辺も、これには黙っていないようなのだが・・・。

お家騒動はともかく、延々と続く呪詛の念の恐ろしさや、黒衣の男の底知れなさが不気味でもあり、魅力的でもあった。大詰では、全ての枷が解き放たれて、まるですとんと布を落とされたように、背後に広がる大きな世界が一気に姿を現す。

歌舞伎の知識があるとちょっと楽しいのかな。ところで、あの人形は八百屋お七が変化したものでよいのかなぁ。ちょっと謎。

「闇とは、黒でも白でもない。ただひとつのもので塗りつぶされたもののことだ。夜とはそのように、ただひとつのもので塗りつぶされたもののことなんだよ」

瓦斯灯などでは、決して追い払えない、闇や夜。現代では夜の者どもは、どこへ行ってしまったのでしょうか。会いたいようでもあり、会いたくなくもあり・・・。

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