旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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林 えり子

生きている江戸ことば (集英社新書)


目次
はじめに
江戸川柳と江戸ことば
あ~わ
おわりに


私、それすら知らなかったんですが、「川柳」とはある人物の雅号だったのですね。
本名、柄井八右衛門正通。享保三年(1718)年生まれ、寛政二年(1970)年に他界。

門前町の管理人、「門前名主」の家に生まれた柄井八右衛門正通だけれど、父がなかなか家督を譲らなかったために、齢三十八にしてようやく「門前名主」になれたのだとか。著者林えりこさんは、このあたりに、「川柳」誕生の由縁をみる。

戦争のない平和な時代だったからこそ、当時の江戸には文芸や学術、美術など、様々な文化が花開いた。それらのサロンでは、武家、町人、職人など、あらゆる階層の人たちが、楽しみを分かち合ったのだとか。このサロンにおいては、身分制度などは払拭され、それぞれ思い思いのサロンに参加出来たらしいのです。

そんな中、俳諧は投句料を必要とするくらいの、比較的、お金のかからないサロンであり、そこが脛かじり状態であった川柳にはちょうど良かったのではないか、とみる。俳諧から始まった川柳の句は、「前句附句」(略して「前句附」)→「一句立」ときて、川柳となる。低俗な傾向に走りがちな「前句附」に、俳諧的な格調をつけ、町人層だけでなく、武家たちをも誘い込んだのが、新しいところ。人情の機微、物事の深層を穿ち、人間の愚かさをわらうおかしみが、「川柳点」のねらい。

さて、どうして、「はじめに」で川柳について長々と語られるかと言えば、この「江戸川柳」自体がその時代の「江戸ことば」を駆使して作られたものであるから。日常を楽しみ、浮世をおかしんだ江戸っ子の江戸ことば、江戸川柳を紐解いてみましょう、という本です。

あ~わまで、五十音順に沿った江戸ことばと、そのことばが入った川柳の解説が載せられています。

<猫なで・鼠舞い>では、

 猫なでの姑に嫁鼠舞い

という句が紹介され、「鼠舞い」という言葉は、恐れてためらうさま、こそこそと逃げる事にも使われるそう。猫と鼠は江戸市井に欠かせない存在だったため、川柳にもよく登場したのだとか。

 
夜伽とはねっこりとしたうそをつき
 
 ふてる嫁ねっこり持て来たのなり


の二句で使われる<ねっこり>も面白い。現在では使われなくなった言葉だけれど、これ、たんまり、という意味だそう。

あと、知らなかったのが、<のろま>が野呂松人形の略だったということ。これは江戸の泉太夫座で、野呂松勘兵衛が使い始めた操り人形で、扁平な頭に青黒く塗りたくられた顔面を持つ道化人形なんだとか。このため、「野呂松」が愚かものの異称になったんだって。

解説があっても、ちょっとわからないところもあったけれど、概ね楽しく読みました。特に数が多かったのが、吉原がらみの句で、随分とまた江戸の生活に溶け込んでいたんだなぁ、とちょっとびっくり。もともと、江戸の人口は男性の方が多かったのだろうけれど、更に川柳を作るのは男性が多かったのかなぁ。
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小林 章夫
ロンドンA to Z
丸善ライブラリー

  何しろ、ロンドンには人生が与えうる一切のものがある (S.ジョンソン)

A~Zまで、アルファベット順に並べられた、ロンドン百科。

目次
プロローグ
A アビイは悪の巣窟
B ブリッジの上にも人生がある
C 誇り高きシティ
D ドック今昔
E エレキがもたらしたもの
F 大火(ファイア)は近代ロンドンの出発点
G 恐怖の監獄ニューゲイト
H ハロッズは世界に奉仕する
I 第三の大学、法学院(インズ・オブ・コート)
J ジャーミンとセント・ジェームズ
K キュー・ガーデンの建築家チェインバーズ
L ロイズ保険会社の沿革
M メイヒューの見たヴィクトリア朝ロンドン
N ニュー・リヴァー株式会社
O オックスフォード・ストリートは処刑場への道
P ペストに負けぬピープス
Q オールドQの女漁り
R リフォーム・クラブの行く末
S ストウの見たロンドン
T タワー・ヒルはいかさま師の巣
U ロンドン地下鉄(アンダーグラウンド・レイルウェイ)今昔
V ヴォクソール遊園地の賑わい
W ロンドン市長ウィルクス
X ロンドンのXマス
Y ヨーマン・ウォーダーズと幽霊
Z 動物園(ズー)の「スター」たち
エピローグ
参考文献
あとがき

手軽にぱらぱらめくる事が出来る新書。だけに、素早く忘れてしまいそうでもあるんだけど・・・。

そうだなー、へー、ほー、と楽しくぱらぱらめくったんだけど、精読したわけではありません。

今回は完全にメモのみ。この目次が面白くて、載せてみたかったのです。笑
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私は、「アーサー・キラ・クーチ」(本書では「その他」扱いの、通称「Q」。この本 とかこの本 とか。しかし、「Q」などと言われると、スタートレック?とも思う)と、著者の南條さんに惹かれて、この本を借りてきたのだけれど、これが面白かった! とら さんのところで、お馴染みのダンセイニ卿、ラヴクラフトについても、何だか分かったような気になりました。

南條 竹則
恐怖の黄金時代―英国怪奇小説の巨匠たち
集英社新書


目次
はじめに
第一章・・・四大の使徒    
      -アルジャノン・ブラックウッド
第二章・・・セント・ジョンズ・ウッドの市隠
      -アーサー・マッケン
第三章・・・師匠と弟子    
      -ダンセイニ卿とラブクラフトについて
第四章・・・ケンブリッジの幽霊黄金時代
     -M・R・ジェイムズその他
第五章・・・霊魂の交わるとき
     -メイ・シンクレア
第六章・・・レドンダ島の王たち
     -M・P・シールとジョン・ゴーズワース
第七章・・・魔の家を見し人は
     -H・R・ウェイクフィールド
「枠の中の顔」 付録-M・R・ジェイムズ最後の怪談
あとがき
参考文献一覧

第一章からはブラックウッドについて。ブラックウッドの身上は「大きさ」であり、いまだ大地の始原の力が息づいている土地によって、霊感を吹き込まれた彼の小説は、「自然」が彼を憑坐として、大いなる声で語っているとも言える。

第三章からは、ラヴクラフトについて。神話を、宇宙そのものを創りあげたダンセイニに心酔し、同じく古典や過去の神々を借りる事をせず、幻想境に遊んだラヴクラフトであったが、聡明な彼は他人の亜流たる事を良しとしなかった。ラヴクラフトは「小さき神々」の別天地に遊ぶ事をやめ、その代りに現実の、彼の時代の地球上に、禍々しき暗黒神の一群を連れてくる。クトゥルー、ダゴン、ヨグ・ソトホート、ニャルラトホテプ、”旧支配者”、これら「異界の神々」は、孤独な詩人が人間に追われた神々の復讐をするために召喚した「別の神々」に他ならない。

うーん、読みたくなってきたぞ~。

「怪奇小説」とはただ怖~い物語をいうのではない。それは古めかしくも、香気溢れる物語。人は「怪奇」の向こうに、自然の神秘や、その力に対する畏怖、日常世界の危うさを見るのかもしれない。とすると、美しい自然を持つ、英国や日本で香り高い怪奇の書が生まれたのも、何だか分かる話。

で、「あとがき」を読んで、またまた南條さんってすごいなぁ、と思ったことをついでにメモ。

中学三年の文化祭の時のこと-文芸部の部屋に行ったら、客は誰もおらず、部長である友人が一人で吉川幸次郎全集を読んでいた。この友人は中学時代から漢文学の研究を志し、今はさる大学で教鞭を執っている。漢文などそれこそチンプンカンプンのわたしに、閑なので、阮籍の詠懐詩についてひとしきりレクチャーしてくれた。
わたしはそのおかえしに怪奇小説の話をすることにした。急遽特別講演を行うということで、その部屋に人を集め、一時間くらいしゃべったのである。七、八人は聞き手がいたと思う。話した内容は忘れてしまったが、ただ「ラヴクラフト!ラヴクラフト!」と連呼したのだけは記憶に残っている。

なんだか豊かな中学生活。

さて、ついでに過去記事のサルベージ

・南條竹則 「ドリトル先生の英国
・南條竹則 「中華文人食物語
 一方では英国に関する本があり、またその一方では中国の食に関する本もある(で、上では「漢文などチンプンカンプン」と書かれておりまするが、これを読むと決してそんな事はないことが分かる。というか、それは中学時代限定の話?)。

・南條竹則 「酒仙
・南條竹則 「猫城
 「猫城」なんかは、本書にもちらりと登場する、萩原朔太郎の「猫町」的でもあり、これもまた一種の怪奇小説?

・小田卓爾 「ふり返らない少女-英国21人の幽霊たち
 「黄金の~」では、ケンブリッジの教授による怪奇譚が語られるけれど、こちらはオックスフォードの日本人留学生が出会う幽霊の話。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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南條 竹則
中華文人食物語
集英社新書

これまで、「猫城 」、「酒仙 」などの南條作品を読んできて、その背後には恐るべき量の薀蓄があることを感じていたのだけれど、物語の中では薀蓄はあくまでさらり。そんなわけで、南條さんは薀蓄をもっと聞きたい!と思ってしまう稀有な作家。

そして本作では、その薀蓄の数々が滔々と流れ出る!
(いや、語り口は、割とつらつらと、なんだけど)

目次
東坡肉
蘿蔔漫談
覇王別姫
一字乾坤

チャプスイの話
馬肝
犬と魯智深
憎い敵を食べる話
袁枚と王小余

そうだなー、南條さんは、気軽な軽装版であり、独酌の肴にでもしておくれ、と書いていらっしゃるのだけれど、こう、目次を見ても分かるかな。情けないけど、漢字が難しくてですね、ちょっと読み進むのに苦労しました。漢字は書けないものでも、読むのは大丈夫!と思っていたのだけど、いや、読むほうも全然駄目になってました・・・。

興味深かったのは、「蘿蔔漫談」と「一字乾坤」、「憎い敵を食べる話」の章。

「蘿蔔」は、「らふく」とふってあるけど、中国語では「ロオポ(luobo)」と読み、これは大根のこと。日本の大根のように辛くはなく、むしろ果物の一種のように取り扱う。これに絡めて語られる話の一つ(薀蓄はまだまだあるのだ~。笑)は、張果老という”八仙”の一人が子供の頃のお話。何とも大らかな伝承で、こういうお話、好きです。

一字乾坤」は、海鼠の料理の名前。ナマコには頭も尻尾もない。故に初めもなく、終わりもない。”乾坤(宇宙)”と同じだというわけ。海鼠が宇宙か~と思うと、ちょっと遠い目をしそうになりますが、かっこいい名づけ方だよなぁ。

憎い敵を食べる話」は、まさに文字通り! 憎い敵、食べたいですか? 南條さんも書かれているけど、食べちゃいたいほど好き、というのはあっても(?)、憎いから食べたいというのはあまりないように思うのだけれど・・・。中国には料理となって、今でも食べられ続けている人たちがいる。その一つは油炸檜。宋の時代に、敵国と密通して、忠臣を殺害した秦檜夫婦の不正を憎むあまりに、人々が彼らに見立てて小麦粉で二本の棒を作り、油で揚げて「釜茹での刑」にすることで恨みを晴らしたため、この名前が付いているのだそうな。もう一方、秦の始皇帝もまた、チョウザメの骨となって、二千年以上煮たり揚げたりして、食べられている。まったく、「恨みというものは買わないに如くはないネ」なのであります・・・。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。
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小長谷 正明
ローマ教皇検死録
中公新書

少々悪趣味かな、と思いながら借りてきたのだけれど、神経内科医でもある著者が書いたこの本は、雑学的な面白さもあったし、中世の歴史をヴァチカンから眺めることが出来る、非常に興味深い本だった。

目次
はじめに-大聖年のヴァティカンにて
Ⅰ 神の代理人たちの病いと死
Ⅱ 教皇庁に渦巻く暗殺疑惑
Ⅲ 女教皇ヨハンナ伝説
Ⅳ マラリアは「ローマの友だち」
Ⅴ 黒死病の黙示録
Ⅵ コロンブスの年の輸血
Ⅶ 教皇になった医者
あとがき
参考文献
Ⅰ 神の代理人たちの病いと死
第二千年期(1000~1999年)の教皇たちの、神の許へ召された様を通して、ローマ教会の歴史をみる。

Ⅱ 教皇庁に渦巻く暗殺疑惑
ルネサンス華やかなりし頃の「ボルジア家の毒」の話から、1981年のヨハネス・パウルス二世への暗殺未遂事件まで。領土や軍事力のない現在であっても、暗殺が試みられたり、噂が流されるのは、やはりローマ教皇の影響が、カトリック教徒のみならず世界中の人々に及んでいるから。

ちなみにこの章には、「グノーシスの薔薇 」に出てきたレオ十世が一部登場する。ほんとに痔の持病があって、聖職者にも関わらず狩猟好きであったのに、馬に跨る事が出来なかったそうな。そんなわけで、馬には横すわりで乗り、悪臭がしていたらしい(ただし、この臭いに気付いてはいけません。汗)。

Ⅲ 女教皇ヨハンナ伝説
キリスト教と女性との関わりについて。
(女教皇については、おそらくは実在し、医学的には仮性半陰陽であったとの考察が載せられている)

Ⅳ マラリアは「ローマの友だち」
「ローマの友だち」、マラリアについて。ヴァティカンのあるテヴェレ川右岸には、沼地が広がり、「悪い空気(これが、「マラリア」という言葉の元になった)」が漂っていたという。「ローマの友だち」は、外からの侵入者の前に立ちはだかる。

Ⅴ 黒死病の黙示録
ヨーロッパをたびたび襲った、恐ろしいペストの流行について。

Ⅵ コロンブスの年の輸血
1492年は、世界史上の重要な出来事があった年だという。イベリア半島におけるイスラム勢力の最後の拠点、グラナダがキリスト教徒連合軍によって陥落し、レコンキスタがなり、またスペイン女王イザベラのサポートを受けたコロンブスが、新世界を発見した。これらの他に、この年、ローマ教皇に輸血を試みた、という記録が残っているのだという。

Ⅶ 教皇になった医者
文字通り、「教皇になった医者」について。中世の医者についての記述や、キリスト教と医学との関わりについても記述あり。

中世では、キリスト教の考え方が、科学や医学に多大な影響を及ぼしており、そういった視点からの語りも興味深かった。今でも中絶などに関しては、キリスト教の影響が欧米などで一部強い地域もあるけれど。

佐藤賢一作品に親しんでいる人などは、楽しく読める本だと思う。中世ヨーロッパの理解が、より多角的になるかも?(いや、直ぐ忘れそうだけど)

「女教皇ヨハンナ」も読んでみたいけれど、これってまだまだハードカバーだよなぁ・・・。

ドナ・W.クロス, 阪田 由美子
女教皇ヨハンナ (上)
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黒田 勝弘
韓国人の歴史観
文春新書

韓国は近くて遠い国。色々似ている部分もあるし、この本 や、この本 など、個人として対峙した際には、韓国の人々はとてもフレンドリーであるようなのに、国家間では「反省と謝罪」の要求や、日本に対する反発の数々が繰り返される。これは一体ナゼなのか? 本書を読むと大分すっきり。

目次
第一章 従軍慰安婦問題-日本コンプレックスの深層
第二章 対日「抵抗史観」の神話
第三章 韓国人作り-反日教育はなぜ必要か
第四章 はてしなき「謝罪」要求の根拠
第五章 中国の影-「日王」という呼び方
第六章 日帝風水謀略説-「光復五十周年」の反日風景①
第七章 旧総督府解体-「光復五十周年」の反日風景②
第八章 日帝の残滓-「光復五十周年」の反日風景②
第九章 新たなる「日本」の影
第十章 「日韓問題」は存在しない

韓国の「反日」の数々の裏にある、あちらの事情には切なさすら感じてしまう。歴史とはただそこにあること、事実のみであるという認識とは、違った認識がそこにはある。歴史を立て直さなければならない、歴史を見直さなければならない、韓国という国。「日本」を利用してきた政治家、マスコミの所業には呆れてしまう面もあるけれど、国家間の問題として、日本の対応ももう少し何とかならないのか、と思った。「謝れ」と言われたから、なんだか良く分からないけど謝っちゃうというような対応は、個人の間でも不味いものだと思うけれど、ましてやそれが国家間の話となっては。外交ってもっと強かなものではないの?

これは平成11年に刊行されている本であり、既にご存知の方も多い情報だとは思うけれど、今もまだ内容は古びてはいないと思うし、私は色々スッキリしました。ネットの論調などは、最近はこういった話を踏まえたものが多くなっているとも思いますが。

ところでこの本は、韓国を批判するだけの本ではない。返す刀で日本のマスコミや、日本の一部「知識人」を斬っている。「反省と謝罪」に寄った彼らの論は、韓国をただ自らの正義感と満足させるためのテーマとして利用したものであり、真実を見ているかというとそれは疑わしい。

互いに互いを良く見る、知ることが出来るようになるといい。そういった意味でも、これはただの批判本ではなく、お隣の人たち、韓国との付き合い方を知るための、一つの見方を提示した良書だと思う。
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徳井 いつこ
インディアンの夢のあと―北米大陸に神話と遺跡を訪ねて

平凡社新書


目次
風の吹く場所
前篇 神話を生きる-アナサジの足跡を辿る
第一章 放浪する人びと
第二章 チャコ
第三章 続・放浪する人々
【ホピ/創造とマイグレーションの伝説】
第四章 ビーンダンス
第五章 ミステリー
第六章 ココペリ
後篇 死と再生の印-点在するマウンドを訪ねて
第一章 隆起する図形
第二章 エメラルドの蛇
第三章 カホキア
第四章 ナチェス
第五章 飛翔する鳥
第六章 亀の島
遠い眺め-あとがきにかえて

著者はロサンゼルスに住んでいる間、暇を見つけては遺跡に出かけていったのだという。地図を広げて見知らぬ街の名前に印をつけ、飛行機やレンタカーを予約し、あとは行ってみてからという旅。「歴史が浅い国」と言われるアメリカの中でも、都市としてのロサンゼルスの歴史は浅く、この街にどうしても馴染めなかった著者は、古い遺跡に惹かれたようである。遺跡には、未知なるものを連れてやって来る風が吹く。時空の彼方から風が吹く時、アメリカという仮想現実は影もなく消え去り、大地に刻まれた深い皺があらわになる。タイの言葉で、「旅する」とは「風を食べる」という意味だという。この本には、一九九六年から一九九八年にかけて、複数回にわたった旅の記録がまとめられている。

◆前篇◆
「アナサジ」とは、紀元前二〇〇年ごろサウスウエストに現れ、夥しい遺跡を残して一三〇〇年頃に忽然と消えてしまった人々のこと。彼らは台地(メサ)の上や渓谷(キャニオン)の崖に、土蜘蛛や蟻の巣のような保護色の家をつくった。前篇は、アメリカ南西部のアナサジの遺跡を中心として語られる。

アナサジは砂岩を切り出し、泥で塗り固め、四角やT字形の窓をつけ、遠目には精巧なミニチュアとしか映らない不思議な光景を生み出したが、あっけなくその場所を捨てた。ひとつの場所に留まるのは、五十年から八十年。多くのアナサジが一生に一度は住み慣れた村を捨て、集団で当て所ない旅に彷徨い出していたと思われる。 サウスウエストに現れた後、彼らが主として放浪していたのはコロラド・プラトーであり、それは北はロッキー山脈、南はマギヨンリム、東はリオグランデ、西はユタ山脈に接する三三万四〇〇〇平方キロにわたる広大な高原にあたる。この地域は灌木(ブッシュ)やサボテンが生えるだけの半砂漠地帯であり、東の森林インディアンや平原インディアンに比べ、わざわざ降水量の少ない荒地を選んで彷徨っているようにしか見えない。彼らはただの酔狂だったのか、よほどのわけでもあったのか。

この移動(マイグレーション)は、恐らくは宗教儀式であると考えられる。ホピ族に伝わる、「創造とマイグレーションの伝説」の要約(”Book of the Hopi”の原典と日本語訳の両方を参照して著者が要約)が載せられている。

この篇で面白かったのは、「尊敬すべき精霊」である「カチーナ」という存在と、それに対する考え方。カチーナは神ではなく、ちょうど人間と神との中間に位置する存在だという。人間に援助と導きを与え、人間の祈りを神に運ぶ媒介者なのだ。著者の旧友である、陶芸家の老女デキストラ、彼女の息子であり、商業的にかなり成功した画家である、ダン・ナミンハが、奇しくも同じような話を著者に語る。ホピの儀式はある意味で、遠くからの眺めを与えてくれ、それにより自分が今日一体何をしているのか、この生において何が最も大事なのか、人間と自然がどんな風に織り合わされているのかが、はっきりと見えるのだという。遺跡はからっぽではなく、彼らは今も存在し、人が”まとまり”を回復し、エネルギーを充填出来るように力を貸してくれる。それによってデキストラは陶芸のデザインが、ダンは絵を描くことが出来る。彼らの”アート”は、彼らひとりだけのものではない。こう書くと、ちょっと怪しげなスピリチュアル関係の話のようでもありますが、古い伝説、歴史に連なる話は、一種、荘厳でもある。

◆後篇◆
中西部から南部に点在するマウンド(塚)について。

マウンド・シティー
:コロンバスから八十キロ余り南に下った、チリコーズという町にあり、土の堤で囲まれた五万二〇〇〇平方メートルの四角形の土地に、二十三もの埋葬用のマウンドが集中している。
サーパント・マウンド
:オハイオ州南部、ピーブルズという町の近くにある蛇型のマウンド。
カホキア
:イーストセントルイスにある、高さ三〇メートル、底面積五万六〇〇〇平方メートルを超える、西半球最大の土の建造物。ピラミッドの頂上を切り落としたような形をしており、一九世紀初頭、トラピスト会の修道院がこの頂上に建っていたため、「モンクス・マウンド」と呼ばれることもある。

見慣れない文字がしれっと出てきて、更にその説明が後でなされたりするので、文章が若干読み難いのだけれど、著者と一緒に旅をし、一緒に話を聞いたように思える本。また、アメリカの国立公園の保護は素晴らしいけれど、そこへ見に行くのはなかなか大変そうでありました(舗装道路などもないし)。
なお、著者が出会った人々はみな自分たちを「インディアン」と呼んでいたそうであり、彼らの流儀に習って本書でもこの言葉を採用したとのことです。
+++++++++++++++++++メモ++++++++++++++++++++
インディアン :Wikipediaにリンク
プエブロ :Wikipediaにリンク
カホキア :Wikipediaにリンク
アナサジ:ナバホ語で”敵の先祖”という意味であり、ホピはアナサジを「イタ・ヒサシヌ(われわれの先祖)」と呼ぶ(画家、ダン・ナミンハ氏による。ナバホが北からこの地域に入ってきて住みついたのは、白人がやって来る直前である、一五世紀頃の事)

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田村功「ベルギービールという芸術」光文社新書

目次
Ⅰ ベルギービールを知る
Ⅱ ベルギービールを味わう
Ⅲ ベルギービールのある食卓
Ⅳ ビア・カフェを愉しむ
Ⅴ ビールからベルギーを知る
巻末 ベルギービール名鑑

ベルギーという国に対しては、チョコレートやポアロの国として、勝手に親近感を抱いていたのですが、ここに更に「ビールの国」が加わりました!

ベルギービールに対する愛情溢れる一冊です。

ベルギーは、国土の大きさが日本のほぼ十二分の一しかない、ヨーロッパの小国。北へ行くとオランダ、南へ行くとフランス、東へ行くとドイツと陸続きになっている。ちなみに西海岸の町オーステンデから東端の町アルロンまでは、高速道路を飛ばせば二時間半もかからずに走破出来るそう(距離にすると約280キロ)。

小国ではあるけれど、そこで生み出されるビールの種類はまことに多彩。
ここまで言われると、ちょっと飲みたくなりませんか?

ベルギーの醸造家は、ホップや麦芽だけでなく、スパイスやハーブやフルーツの使い方についても、まったく天才的な閃きとテクニックを駆使しています。よその国の醸造家が目の敵にして嫌う野生酵母すら、見事に手なずけてビールに使い込んでいます。そのベルギーの醸造家たちの手によって造り出されたビールは(人によって好みが分かれることを承知のうえで言いますが)、ありきたりの美味しさをはるかに超えて、飲む人の心の隅々までジーンと沁み込みます。
ベルギービール・・・・・・、まさにビールの芸術品です。ドイツとイギリスがビールの本場であるならば、ベルギーは「偉大なビール芸術国」といってもいいでしょう。

更にベルギービールを造っている醸造家は、<ほかとの違い>を一番大切にし、「ベルギーに同じ味のビールは二つとない」と言われるのだそうだ。どれか一種類のビールが大ヒットしても、それをお手本にしてもコピーはせず、味そのものについては、それぞれの醸造家の嗜好や感性の違いが、ビールにはっきりと現れているそう。「自分なりの解釈」があるんだなぁ。そして、一つのビールが、その市場に多様な味の新たなビールを生み出し、消費者の選択を広げたことを喜ぶのだって。

小さいけれど、ぴりりと個性的で素敵な国。「Ⅳ ビア・カフェを愉しむ」には、かなり詳しいカフェの紹介が載せられているので、旅行ガイドとして愉しむ事も出来そう。「ベルギービール名鑑」は、写真つき。面白い形の専用グラスも良く分かる。

田村 功
ベルギービールという芸術
***********************************
以下、メモ
■「ベルギービールの二大潮流―フランデレンとワロニー」より
ベルギーのほぼ中央に首都ブリュッセルが位置し、その直ぐ下を言語境界線が走っている。北ではオランダ語、南ではフランス語が話される。
☆北部のオランダ語圏―フランデレン
             ・・・ゲルマンの血を多く引く
             ・・・フルーティーさや麦芽の香りを重視
☆南部のフランス語圏―ワロニー
             ・・・ラテンの血が濃い
             ・・・スパイシーさと口当たりの軽さを重視

■「ワイン同様グラスが重要」より
ベルギービールの個性的な味わい、香りを満喫するうえで欠かせないのが、銘柄ごとの専用グラス。これは機能的な要素と美的な要素の二つからデザインされており、機能については、以下、三つの観点から形状が工夫されている。
①泡立ちのコントロールがしやすいこと
②香り立ちを強化すること
③ビールと泡がバランスよく口の中に入るようにすること
(筆者によると、家庭で愉しむ際には、バルーン形、聖杯形、円筒形の三種類を用意しておけば、たいていのベルギービールに対応出来るらしい。ただし、ベルギーのカフェでは、全てのビールに専用グラスを揃えているそう)

■「ベルギービールは「スローフード」である」より
土地土地に伝わる伝統のレシピを受け継ぎ、手塩にかけて造るビールは、世界の多くのビールメーカーが熟成に一ヶ月もかけないで出荷しているのに対し、三ヶ月から四ヶ月、ところによっては二年も三年もの長い熟成期間を要する。

■「国語のない国」より
ベルギービールのラベルは絵画的表現手法でデザインされており、文字は絵画の中に埋没していることが多い。これは北部と南部の間で言語が異なり、コミュニケーション機能を持たないからであり、そのために絵画の持つ豊かなイメージ性とメッセージ性が大切にされている。ラベルに描かれるベルギーの歴史も興味深い(ゴロワーズ:ガリア人、ヘレケテル:古代ギリシャの釜、ユリウス:シーザーのガリア征服などなど)。
(中世ヨーロッパに興味が出てくると、なかなかに面白い由来のラベルが他にもごろごろ)
***********************************
秋冬はどうもイベントが多い我が家。昨日はベルギービールを飲ませるお店(メインは牛頬肉のポルト酒煮込みや、子羊のローストだったので、料理はフランス料理なのか?)で、結婚記念日ディナーをしてきました。
・・・なんか飲んでばっか?いや、程ほどですよ、程ほど。多分ね。
***********************************
☆関連過去記事:ビール
 何でビールにグラスがいちいち付いてくるんだ?、と疑問だったのですが、合点がいったことでした。今月はこれを読んだので、より楽しめそうです。

先月の「Brugse Tripel」は、”「黄金の木」を意味するハウデン・ボーム醸造所の手によるもの。心地よい甘味を伴うカラメル香とハニーの香りが印象的な、麦藁色の高アルコールビール。飲み込んだ後にホップの香りと苦味が残って、後口はまことに爽やか”なんだそうだ。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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写真のある本って好きだ。しかもこれは「極限に生きる植物」。
これまで見たこともないような植物が載っていて、興味深い。

増沢武弘「極限に生きる植物」中公新書

目次
はじめに
チョウノスケソウ―江戸末期の研修生、須川長之助
1 日本列島
2 北極地域
3 北アメリカ
4 ヒマラヤ
5 アフリカ
6 南アメリカ
7 極地ほか
おわりに

「日本列島」で取り上げられているのは、アッケシソウヤクスギを除いて殆どが高山植物。植物それぞれの工夫で過酷な高山で生き抜いていることがわかる。

アッケシソウはアカザ科で、汽水域(淡水と海水が入り混じる)の湖岸に群落を作る一年生の草本植物。知床半島の西側の湖、海に面したサロマ湖と能取湖(のとろこ)では、9月から10月にかけて湖岸の一部が真っ赤に染まる場所があり、ここに群落があるそうだ。小さなソーセージのような形の多肉が赤みを帯びた不思議な植物。
[アッケシソウ―湖岸を紅色に染めるより]

古くから屋久島には幹の周囲が10メートル以上もある巨大なスギが存在することが知られていた。このような大きなスギだけを特に「ヤクスギ」と呼び、地元では樹齢1000年以下だと「コスギ」としか呼ばないようだ。日本列島の南の島に、なぜこれほど大きなスギが育ったのかというと、暖かく多雨な環境が植物の生育に適していたからである。かつ、ヤクスギは油分が多いから、多雨の環境でも腐りにくく「丈夫」なのだ。
[ヤクスギ―油分が多雨をしのぐより]

■北アメリカからは、世界一大きく(正確には最も太く)なるスギの木、スギ科セコイアデンドロン属ジャイアントセコイア。高さは40~50メートルだけれど、太さはとてつもない。大きいものは分かれた根元を自動車が通り抜けられるほど。西海岸のほんの一部の地域だけにジャイアントセコイアの森がずっと生きつづけられたのは、何年かに一度発生する大規模な自然の山火事のおかげ。もし火事がなければセコイアは成長の早いほかの針葉樹に負けてしまうかもしれない。
[ジャイアントセコイア―山火事から身を守る厚い樹皮より]

■ヒマラヤはじめ、アフリカの高山、南米アンデスでは、標高の高いところに超大型の植物があることは広くから知られている。ヒマラヤの標高4000メートルを超える地域で、二メートル近い白い塔のような植物レウムノビレ(セイタカダイオウ)が生育している。これは写真を見なくては分からないと思うのだけれど、ものすごくヘンな形をした植物。
タデ科のレウムノビレは、太い花茎を一メートル以上伸ばし、そのまわりを半透明の白い葉で覆い、内部の気温を上げている。日が当たると、内部は外より10~15度も温度が高くなるのだそうだ。寒冷地ならではの工夫。
[レウムノビレ―白い塔形の温室より]

■アフリカからは、バオバブの木。バオバブは乾燥に強く、長い乾季の間はスポンジ状の幹のなかに大量の水を貯えることが出来る。若い葉や種子は食用に、樹皮の繊維は敷物やロープなどに利用される。この木は不思議なことに、葉を落とす乾季には「幹が」光合成を行う。広い幹の表面の薄い表皮をはがしてみると、そのなかに葉緑体がある。乾燥の激しいサバンナで、これほど大きくなる理由は、水を貯える能力の高さともう一つ、“ひそかに”大木の幹が光合成を行うことによるのだろう。
[バオバブ―天支える恵みの大木より]

植物それぞれの、生きる工夫が面白い。
ここで挙げた以外にも、ちょっとヘンな形をした植物が、沢山載せられています。

増沢 武弘
カラー版 極限に生きる植物
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テーマ:
植松 黎「毒草を食べてみた」文春新書

タイトルに「食べてみた」とあるけれど、実際に著者がこれらの毒草を食されたわけではありません。なので、そういうのを期待すると、これはちょっと違う話になる。

1話ドクウツギ別名はイチロベゴロシから、44話ゲルセミウム・エレガンス葉っぱ三枚であの世へまで。四十四種の毒を持つ植物の実例と、歴史が載せられている。章タイトルの下には、漢字表記(和名がある場合)、科・属学名英名成分症状が記されている。
例えば、1話ドクウツギだったら、毒空木、ドクウツギ科・ドクウツギ属、Coriaria japonica、Coriaria、コリアルミルチン(coriamyrtin) ツチン(tutin)、ケイレン おう吐というように。

写真も載せられているけれど、白黒なので、毒のある植物かどうかをこの本で判断するのは難しい(ただし、野草と間違えて誤食した実例が、文章で多く取り上げられている)。

キョウチクトウ(心臓毒)スイトピー(頚椎マヒ)スイセン(ヒフ炎 おう吐)などの身近な植物にも毒があることに驚いた。アフリカの矢毒文化も、どうしてこんなレシピを編み出せたのだろうと興味深い。

解説文も味があって、どことなくユーモラス。でも、17話イヌサフラン四十八時間後の恐ろしさの中の、次の文などはちょっとどうなの?、とも思いますが・・・。それは性別にはよらないと思うなぁ。

イヌサフランは、あなどると、捨てられた女の復讐のように陰険なところがある。


さて、この季節といえば彼岸花。彼岸花については、12話ヒガンバナなぜか墓場に咲く花がで説明がなされている。 この間、白い彼岸花の蕾を見つけた のだけれど、ヒガンバナはガーデニングブームにのって、装い新たに「リコリス」という名前で登場してきたそうだ。色は野生種のような妖しい赤ではなく、すっきりと明るい赤、ピンク、クリーム、薄紫、白といったパステルカラーであるとのこと。野生種を改良してつくられたリコリスは、ヒガンバナから受ける陰気なイメージをすっかり払拭するようなもの。

ヒガンバナの毒は、リコリンというアルカロイド。球根に多く含まれていて、これはおう吐、ヒフ炎を引き起こす。その毒性は、煮たり炒めたりして、熱を加えても変わらない。それでも、この毒を持つ球根を食べざるを得なかった、貧しさがかつて存在した。

この本には、能登のおばあさんに、「ヘソビ餅(ヒガンバナの球根を粉にして蒸したもの)」を頂いた時のエピソードが載せられている。日本海の荒涼たるロケーションと相まって、なんとも凄味を感じさせられるエピソードです。


植松 黎
毒草を食べてみた
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