旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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社団法人・日本道路協会、サンケイ新聞国際編集室編
世界の道―アメリカ・ヨーロッパ (1982年)
サンケイ出版

1982年に出版された本書。サンケイ新聞国際編集室と日本道路協会との共著ということなんだけれど、サンケイ新聞国際編集室長の巻頭の言葉によれば、この本はこんな意図で編まれたものらしい。

 
道には長い歴史が刻み込まれていて、アメリカの高速道路網も、西部開拓時代に切り開かれた駅馬車の道がその原型である。ヨーロッパには、紀元前のシーザーの戦いのあとがそのまま道になっているところも多い。日本も同様で、国道一号線はかつての東海道である。同じようなルーツとルートをたどって現代の道が出来上がったのに、なぜに東西の道に開きが出来てしまったのだろうか?

 日本には車輪の文化がなく、狭い土地に山と川があり、道が作りにくかったこと、また狩猟と農耕という民族性の違いも考えられる。けれど、「くるま社会」を迎えた今、過去の歴史によらず、日本においても車の走る事が出来る道路を作らなければならない。ここにアメリカ、ヨーロッパの道を示すことで、日本の道路との違いをくみ取り、日本のこれからの道づくりに役立ててほしい…。


と、まぁ、こんな意図で編まれたらしいのだけれど、それから既に二十年以上の時が過ぎていて、日本の道路も、アメリカ、ヨーロッパの道路も、この本が編まれたときとは、変わってしまっているはずではある。それでも、「車が走る」という目的は同じなのに、国によって違う顔を見せる道路が面白い。アメリカ、ヨーロッパだけと言わず、他の国も見てみたいなぁ。

アメリカのひたすら何もない道、東に向かって広がっていくというアメリカの町(出勤は西に向かい、家路への夕方は東へ車を走らせることが出来るから、いつも太陽を背にして眩しくない)、広い駐車場のある鉄道駅(パーク&ライド。空港ではこれが、パーク&フライトとなる)、廃道と化しても撤去されないままのハイウェーの残骸…。

ローマの石畳の道、車が入れない路地、二千年前に作られ、完全に原形を残し、一部が道路として使用されている、南フランスの水道橋、山の上に張り巡らされたスイスの道路(国民皆兵のスイスでは、山合いの地方道であってすら、戦車や装甲車の走行に耐えるよう頑丈に作られている)…。

車が走る道路だけでなく、自転車道、遊歩道、鉄道についても少し。その他にも、ドライブインや、料金所、防音壁、建設と補修などについても、各国の写真が載せられています。

どんな道を作るべきか、今参考にするとしたら、どこの国なのかなぁ。ひたすら道を追うだけでも、色々な貌が見えて面白かったです。

目次
まえがき
アメリカ編
ヨーロッパ編
 イタリア
 フランス
 西ドイツ
 オランダ 
 ベルギー
 イギリス
 スイス
アメリカに学ぶ 今野源八郎
ヨーロッパの道路 武田文夫
         坂手道明
あとがき

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河名木 ひろし

ラグーナ―もうひとつのヴェネツィア (Bee books)
アックア・アルタ―ヴェネツィア高潮 (Bee Books)
Bee Books


花粉症で疲れた目に優しい写真集。笑 ほんと、コンタクトが入んなくて、困っちゃいます。

と、それは置いておいて、本の話にもどります。ラグーナ/LAGUNA」は副題に「もうひとつのヴェネツィア」とあるのだけれど、ヴェネツィアではなく、その周辺のラグーナの佇まいを写したもの。

先日読んだ、塩野七生さんの「漁夫マルコの見た夢 」のマルコが住んでいたような辺りなのかな。この風景は、昔からあんまり変わっていないんじゃないかなぁ、と思いました。

この中で、私のお気に入りの一枚は、「Laguna Nord」という遠くに陸を望む一枚。ほとんど官能的とも言える、緩やかな波が美しいです。こういうのは潟ならではの風景なのかな。

もう一冊の、アックア・アルタ」はヴェネツィアの高潮を写したもの。風景が主だった「ラグーナ/LAGUNA」とは異なり、こちらではほとんどすべての写真に人物が写り込んでいます。膝や腰辺りまで水につかりながらも、なぜか楽しげな人々の表情が印象的です。あとがき」から引くと、ヴェネツィアでは晩秋から春にかけての大潮の時期に、シロッコ(アフリカ大陸からの南風)に雨という気象条件が重なると、潮位が異常に高くなり、街のあちこちが冠水する高潮に見舞われるのだとか。そういえば、私がヴェネツィアに行った時も、朝方は思いっきり冠水していたのを覚えているのだけれど、あれも晩秋のことでした。

河名木さんの写真略歴を見ると、「1947年 東京・深川の運河沿いに生まれる。」、「1973年 初渡欧。約一年間を各地で過ごし、特にかつての深川の運河の様子を彷彿とさせるヴェネツィアに魅了される。」とある。日本にも、かつては豊かな水の世界が隣にある、そんな世界があったのだよね。運河とかお堀とか、やっぱりいいよなぁ。

こちらも気になります。


今回の二冊ではほとんど文章がなかったんだけど、これは紀行文のようだし、面白そう。

後はこちらか。長らく積みっぱなし…。

写真で見てもやっぱりヴェネツィアって不思議な街だなぁ、と思うんだけど、それを知るためにはやっぱり早いとこ読むべきだよなぁ。

■参考■
地球観測研究センター(EORC) の「千年にわたり作り上げた水の都、ヴェネツィア 」。
こういう機関があるんですね、面白い~。

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京極 夏彦
旧怪談―耳袋より (幽BOOKS)
メディアファクトリー

江戸時代に、南町奉行、根岸鎮衛によって書かれた「耳嚢」。これは、好奇心旺盛だった根岸鎮衛が、友人知人から聞いた面白い話、奇妙な話、町の噂話、迷信などを書き留めたもの。怖がらせようという意図はなくとも、中にはなんとなく怪しい話、つまりは”怪談”として受け止められてしまうものもある。

この本は、京極さんがそういった怪しい話、奇妙な話を、現代の人間が”怪談”として読むことが出来るよう、現代風に書き改めたもの。原文そのものも併録しているところが、古典と現代を繋ぐ京極さんのお仕事たる所以でしょうか。興味が沸いたら、ぜひオリジナルの「耳嚢」を、ともあるしね。

この本には全部で三十五のお話が収められていて、原文のタイトルの他にも、現代風のタイトルが付けられている。どすん(原題:戯場者為怪死事(しばいものかいしをなすこと))とか、もう臭わない(原題:藝州引馬山妖怪の事(げいしゅうひくまやまようかいのこと))とか、一体何のこと??とちょっとそそられます。

文章の方は流石読み易いんだけど、現代語訳としてデモンストレーションとか、ミーティングなどは、ちょっとやり過ぎ?という気もするなぁ。普通に漢字でも、もっといい表現がある気がします。原文もルビがふってあって、比較的楽に読むことが出来るので、そっちと比べて読むと確かに楽しいかも。私は原文の方は、全部読んだわけではないのだけれど。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」なわけですが、生きていれば不思議なこと、割り切れぬ事に出会うこともある。そんな字余りのようなお話たちを楽しめます。
Wikipedia によると、「耳嚢」は”全10巻1000編もの膨大な量”とのことだけれど、作家さんたちはどうやってそのうちのいくつかをセレクトするんでしょうねえ、すごいなぁ。


「耳嚢」と言えば、宮部みゆきさんの、まさに根岸鎮衛その人が登場する「霊験お初捕物控」のシリーズがありますよね。シリーズの第一作「震える岩」の巻頭には、「耳嚢」の巻六からとられた「奇石鳴動のこと」が載せられているし、主人公お初の不思議な力が、作中の根岸鎮衛によって記録されたりもするのです。
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NHK「新シルクロード」プロジェクト

新シルクロード激動の大地をゆく 上 (1) (NHKスペシャル)
NHK出版


はじめに                                内山達
[第1集] 炎と十字架      南コーカサス          宮本祥子
<解説>コーカサスを知る
 南コーカサス・民族のモザイクはいかにつくられたのか    北川誠一
[第2集] シバの女王の末裔たち イエメン・サウジアラビア  吉田宏徳
<解説>イエメンを知る
 イエメンとシバの女王伝説                     蔀勇造
[第3集] オアシスの道は険し  キルギス・ウズベキスタン  矢部裕一
[第4集] 荒野に響く声 祖国へ カザフスタン・南ロシア    国分拓
<解説>中央アジアを知る
 草原・オアシス・シルクロード                   小松久男
―激動の中央アジア、その歴史舞台について
新シルクロード・深層海流を読む旅―あとがきにかえて     日置一太
放送記録


今に始まったことではないのだけれど、世界各国の物語を楽しむには、私は地理的な事にも歴史的な事にもどうにも弱くって。ついつい西洋と東洋で分けて考えてしまったり、民主主義か旧社会主義かで分けてしまったり。でも、自分の中では何と無く遠い印象があった、ヨーロッパと中近東だって、実際にはそう遠いわけではないし、大体において一つの大陸に連なる仲間でもあるわけだよね。そんな風に大陸を繋いでいた道を知りたいなぁ、と思っていたところ、ちょうどぴったりの本を見つけました。

NHKの「新シルクロード」シリーズから派生したこの本。
本放送自体は、こういったものだったようです→
(おっと、3月下旬に総集編がやるようですね、見なくっちゃ!)

シルクロード、東西の交易を結んだ道。現代において、この道は何を繋いでいるのか? 誰を繋いでいるのか?

第1集では、グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアからなる南コーカサスへ。第2集では、乳香の交易で栄えた伝説のシバの女王を追って、アラビア半島へ。第3集では、中国との国境を持つ中央アジアのキルギス共和国へ。第4集では草原の道を追って、ウクライナ、カザフスタンへ。

交易の中心として栄えたということは、そこに富が集まり、様々な人々が集い、また散って行ったということでもある。過去の富であった乳香、現在の富、宝石である石油…。石油を持つ国とそうでない国との明らかな差。石油を持つ土地は富に溢れるが、持たざる国の男たちは、家族の元を離れ、出稼ぎをして送金をする他、生きていく道はない。

大国の都合により決められた国境、国家は、遊牧民として生きていた人々を縛ったり、遣り切れない凄惨な内戦を引き起こす。内戦は、それまでは仲の良い隣人であった人々をも引き裂いてゆく。また、民族としての自覚、目覚めはそれまで共に生きていた他の民族を締め出す結果ともなる。

印象深かったのは、第2集の「シバの女王の末裔たち」で、古代シバ王国の都、マーリブを訪ねたところ。乳香の交易で栄えたシバ王国は、古代アラビア最大のダムを持ち、砂漠の地に巨大な湖を作り出していたのだという。ところが、乳香の交易が廃れたことで、ダムを補修する費用を賄えなくなり、決壊したダムがシバ王国を崩壊させたのだ。

まるで、この旅の最後に向かった、サウジアラビア北部の街、マダインサーレで出会ったベドゥインが、取材班に教えてくれた、遠い昔から伝わるという歌のよう。

 人生は旅のよう
 春にように豊かな時期もあるが
 どんな繁栄もいつかは終わる
 大地とラクダ以外は 何も残らない
(p143-144より引用)

勿論、これは「新」シルクロードであるから、こういった古代の話だけではなく、現代の話も盛りだくさん。ただ、ちょっとこの辺は、まだあんまり自分の中でこなせないんだな~。

第3集は、「ですます」調が何だか読みづらい、と思いながら読んでたんだけど、それは自分たち取材班は一時の通過者にしかすぎないと肝に銘じながらも、何とか当事者として関わりたい、近づきたいという、思いが募ったためだったのかも。長時間、共に過ごすことをしなくても、実際の放送にしたら7、8分にしか過ぎないシーンを撮ることは出来る。でも、この取材班は、18時間、国境の険しい道を越えるトラック・ドライバーと悪路を共にしたのです。

一つの土地、一つの大陸には実に様々な民族、宗教、慣習があって、それぞれの幸福を求めて暮らしている。 そして、そこには人々を繋ぐ道がある。それは、国境によって変わるものではないはずなのに。まさに、混沌とした激動の大地。これから、この土地はどうなっていくのだろう。
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沼田 まほかる
猫鳴り
双葉社

目次

第一部
第二部
第三部


不思議な名前が気になった、沼田まほかるさん、初読みです。このパターンで読んだのは、野中ともそさん(→「おどりば金魚 」)に引き続き二人目です。

もともと何で借りてくる気になったのか、ちょっと忘れちゃったんだけど、たぶん新聞書評かなんか?
何だろうなー、不思議な小説を読んだような気がします。

中編三篇を繋ぐのは、ある一匹の猫の存在なんだけど、その周囲にいる人間たちは、それぞれに孤独を抱えていて…。

第一部は、遅くに出来た子を、妊娠六か月目に亡くしてしまった、信枝と藤治夫妻の話。彼らの家の前に捨てられていたのが、後にこの三篇を繋ぐことになる、猫のモン。

第二部は、父子家庭で暮らす、男子中学生、行雄の話。学校をさぼってうろつく公園で出会うのが、今では巨大猫に成長した、例のモン。行雄と、信枝たち夫妻の元にモンを捨てた有山アヤメが同級生という、緩い繋がり。

第三部は、信枝が亡くなった後の藤治とモンの暮らしの話。

出てくる人間それぞれが孤独なのだけれど、語られない闇の部分があるというか、得体の知れなさがあるというか。特に、少女、有山アヤメの得体の知れなさには、もう少し彼女のことを知りたい気もするなぁ。

「猫鳴り」とは耳慣れぬ言葉だけれど、藤治はモンがグルグルと喉を鳴らす様子をそう呼んだ。それはモンが気持ちを解いていく時に聞こえる音だったのだが…。

三篇通じて、死の匂いが濃厚です。落ち込んでいる時に読むと、ちょっと危険かも。なんとなーく後を引く感じがあるのだけれど、この独特の読後感、自分の好き嫌いも含め、文章化が難しいです。


↑ この二冊も気になります。なんか、タイトルが印象的なのかも。

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森 絵都

カラフル
理論社

死んだはずのぼく。どこかに流されていく、そんなぼくの魂。

 ぱんぱかぱーん。

そんな勢いで、ぼくの魂が抽選に当たったことを告げたのは優男の天使。
そうして、ぼくはこの世界に舞い戻ってくることになった。ガイド役の天使、プラプラと共に。

ぼくの魂は生前大きな罪を犯したために、輪廻のサイクルから外されてしまったのだという。そんなぼくに与えられた再挑戦のチャンス、これが先ほどの抽選の結果と言うわけ。この当選は辞退する事が出来ず、また、途中リタイアする事も許されない。ぼくは自殺未遂をした中学三年生の男の子、小林真の体に入って、自分の前世のあやまちを探ることになる。ところが、この「小林真」がまったく冴えないヤツで…。

登校初日には普通に挨拶しただけで、クラスメイトには「明るくなった」と驚かれてしまうし、妙に思いつめた同級生、佐野唱子には真が変わったと怪しまれる。真は学校にもろくに友人がいなかったようだし、一見普通の家族である家庭にも問題を抱えていて…。真の目には、きっと真っ黒に塗りつぶされた世界が見えていたのだけれど…。それは本当にそうだったのか?

 黒もあれば白もある。
 赤も青も黄色もある。
 明るい色も暗い色も。
 きれいな色もみにくい色も。
 角度しだいではどんな色だって見えてくる。

真実は一つではないし、私たちは時に一つの物事の偏った一つの面しか見ることが出来ないでいる。他の面を知るのに必要なのは、赦しであったり、思いやりの心であったり。

小林真の周囲の想いを知ったぼくは、彼の身体に間借りしていることが心苦しくなり、彼にこの体を返してやろうと考えるようになる。果たしてぼくは、プラプラが決めた期限までに、自分の前世を思い出す事が出来るのか?

ちょっと口の悪い天使プラプラ(だけど、傘は支給品の白いふりふりの日傘みたいなのを使っている。しかし、天使も傘を使うのか?笑)がいいです。世界のカラフルさ、存分に楽しめるといいね。

 ← 文庫も。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

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川端 誠
たがや (落語絵本 (10))
クレヨンハウス

こんなシリーズがあるのですね。図書館で見つけて、思わずその場で読んでしまいました。とりあえず、私が見つけられたのはこの「たがや」だけだったんだけど、他もこの絵本のシリーズで読んでみたいなぁ。

この生き生きとした絵がいいでしょ?

実際の「たがや」のお話はかなり残酷なものなようだけれど(だって、首が飛ぶらしいですから! Wikipediaにリンク )、子供向けの絵本であるからか、こちらでは、健やかで微笑ましいお話になっていました。

隅田川の花火見物に訪れた長屋の連中。箍屋の身重の女房も、花火が見たいとやって来た。ところが、ぎゅうぎゅう詰めの橋の上、なんとこの女房が産気づいてしまい…。
花火と言えば「玉屋~」だけれど、ここはやっぱり「たがや~」で!

■関連過去記事■
「【上方落語】桂米朝コレクション1 四季折々 」/夢の中へ

こちらも積みっぱなし。

手元にあると安心しちゃって、読めない…。
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メイヴ ビンチー, Maeve Binchy, ハーディング祥子
ライラック・バス
青山出版社

大都会ダブリンから、故郷の小さな町へと帰るライラック・バス。トムが運転するこのバスは、週末にのみいつも同じメンバーを乗せて運行している。こうして毎週末ラスドーンに帰る、運転手一人に七人の乗客。八人には、八人八様の事情がある。ある週末の出来事が、それぞれの口から語られるのだが…。

本の世界の迷子です 」さんの、こちらの記事(ライラック・バスに乗り合わせた人たち )に惹かれて借りてきました。

これ、良かったですー。派手さとか目新しさはないのだけれど、優しい筆致で語られる、普通の人々の普通の生活がじんわりと温かいです。

ケチんぼのナンシー、不倫の恋に苦しむディー、厄介事に巻き込まれているケヴ、ゲイの恋人を隠しているルーパト…。終盤を締めてくれるのは、ラスドーンの唯一のバーの女主人にしてアル中の母を持つセリア、拒食症の姉を持つ、ライラック・バスの運転手トム。家族についても考えさせられます。

やさしい伯父さんであるミッキー、自然食品のお店に入れ込んでいるジュディにも幸あれ!(でも、ジュディの行く道は大丈夫かしらん…。そこは行ってはいけない道~)

現代のお話だし、アンみたいにおしゃべりな人は誰もいないけれど、ちょっとモンゴメリの「アンをめぐる人々」を思い出しました。これ、アンはほとんど出てこないので、突出した人物はいないのだけれど、アヴォンリーの人々が主人公となった短編集。モンゴメリは短編も良いのですー♪

目次
ナンシー*Nancy
ディー*Dee
ミッキー*Mikey
ジュディ*Judy
ケヴ*Kev
ルーパト*Rupert
セリア*Celia
トム*Tom
 訳者あとがき
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岡野 宏文, 豊崎 由美
百年の誤読
ぴあ株式会社

ベストセラー本の正体を知るために、二十世紀の日本の代表的なベストセラーの大海へと飛び込んだ、岡野さんと豊崎さん。さて、その戦いの首尾は如何に?、な本です。

ベストセラーというのは時代の空気を大きく反映し、また、普段本など読まない、買わない人までをも巻き込むところが特徴であり…。トホホ本が多いことは、本読みの中では周知のことではあると思うのだけれど、1900年代まで遡ってるのは珍しいし、貴重だと思いました。斎藤 美奈子さんの、「趣味は読書 。」に通ずるところもあるんだけど、あちらが一人で書いているのに対し、こちらの本は対談スタイルなので、多少悪ノリする部分も無きにしも非ず。基本、岡野さん、豊崎さん、どちらかの舌鋒が鋭くなってくると、まぁまぁ、とどちらかがとりなしていたりもするのだけれど、作者の顔だの生活だの、二人の突っ込みの範囲は、結構下世話な部分にまで及んでいます。本来、作者の人間性って、作品とは関係ないと思うんですけど。また、一つの作品に割ける頁数の都合か、お互いの意見が割れたりすると、せっかく面白くなってきたところで、なぁなぁで綺麗に纏めちゃっていたりもするので、時々、そこもっと聞きたかったのに!、と思いました。

イイものはいいとお二人も仰っているのだけれど、多少煽情的に書いているせいか、いい作品でもくだらない突っ込みもしているし(というか、こういうのって、真面目に語っちゃうことへの照れというか、反動?)、お二方がダメ!と判断した作品については、もう、本当に糞味噌だったりもします。その作品が好きな場合は、その読み方は違うんだよーー!、と叫びたくもなるのだけれど(例)「ハリー・ポッターと賢者の石」)、私は例によっておおむね楽しく読んじゃいました。下段の、主観溢れる註も充実してました。

ちょっと吃驚だったのが、銀の匙」の中勘助が、なかなかの偉丈夫だったこと。1885年生まれで身長180センチって凄いよねえ。そして、彫りの深いモテ男だったにも関わらず、人嫌いで病弱、上野の森の奥、墓地の隣のお寺に部屋を借りてたんだそうです…。ああ、私の印象に残ったところも、思いっきり下世話なところだな。汗 そして、この本を読んだ後の弊害は、ついついツッコミながら読書してしまうこと! 

真面目な感想を言えば、ベストセラーは時代性もあるので、その時代性を込みで評価しないのは不当だとは思うのだけれど(たとえば、当時は類書がなく、非常に新しかった、とか)、古典だろうが名作だろうが、実際に読んでみて自分の感性を信じる他はないということ。ま、でも、こんなことはみんな分かっていることでもあるよな…。ざーっと百年史が読めるというのが、やっぱりこの本の良いところですかね。大分駈け足ではあるけれど、日本のベストセラー史を一気に読めるのは、やはり貴重でしょう。引用箇所も流石に巧いので、これだけで読んだ気になっちゃったりね。ただしこういう本は、皮肉なことにこれ自身が非常に時代性を持ってしまうので、2004年に出版されたこの本、今読むとやっぱり少し古いような気もします。笑って楽しめる人向けでしょうねえ。

目次
百年への船出 岡野宏文
第一章 1900~1910年
第二章 1911~1920年
第三章 1921~1930年
第四章 1931~1940年
第五章 1941~1950年
第六章 1951~1960年
第七章 1961~1970年
第八章 1971~1980年
第九章 1981~1990年
第十章 1991~2000年
付録 百年の後読 2000~2004年
百年を語り尽くして 豊崎由美
 参考文献
 索引
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三浦 しをん
夢のような幸福
大和書房

今回の本で言いたいことは、表紙が吉野朔美さんだよ!!、ということでしょうか。笑
(吉野朔美さんの本エッセイ漫画?の感想はこちら
→「
お父さんは時代小説が大好き 」/本読み人の習性とその生態
 「
お母さんは「赤毛のアン」が大好き 」/本読み人の習性とその生態)

先日読んだ、「
乙女なげやり 」といい(こちらは、のだめの二ノ宮さんが表紙絵を描いておられます)、しをんさんの漫画への愛故か、しをんさんのエッセイは素敵な表紙がついてまさに「幸福」。

目次
一章 我が愛のバイブル
二章 夢のような話
三章 男ばかりの旅の仲間
四章 楽園に行く下準備
五章 世界の崩壊と再生
あとがき


内容はいつものしをんワールド。世界の名作、嵐が丘」を読むに及び、ガラスの仮面」から入り(ああ、私だって、ヒースクリフ桜小路優は忘れられないさ)、己の中の愛の位置づけを再確認するために、梶原一騎原作「愛と誠」を読む。愛と誠」って見たことも聞いたこともなかったんだけど、しをんさんの解説を読むだけでおなかいっぱい。さすが梶原一騎原作…。なかなか恐るべき漫画のようですね。

映画についての、しをんさんの解説というか紹介もまた面白くって。しをんさんは故・淀川長治さんの「どんな映画に対しても愛を持ち、少しでもいいところを見つけて褒めよ」との言葉を大切にしておられるそうだけれど、微妙なラインにいる愛すべきダメ映画に対する文章が面白いです。
 (織田裕二主演、「T.R.Y.」、しをんさんの愛するヴィゴ氏出演の「G.I.ジェーン」など。どう考えたって微妙だよね、これ。笑)

さて、これはあまり関係ないのだけれど、しをんさんといえばBL、BLと言えばしをんさん。

本日、本屋で「ユリイカ」がなぜか裏表紙を表にして並べられてるなぁ、と思ったら、表紙はこんなでした。別に裏返さなくてもいいじゃん、と思うのだけれど。でも、やるな、ユリイカ…。


ユリイカ 2007年12月臨時増刊号 総特集=BL(ボーイズラブ)スタディーズ
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