旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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ハンヌ・マケラ, 上山 美保子

フーさん

国書刊行会という出版社に、この児童書のような表紙絵の組み合わせが、どうにも気になって借りてきた本です。

この表紙でちょっと困ったような顔をしている、小さな黒づくめの男が、まさにフーさん!

フーさんとは何者なのか? なんだか読んでいても、良く分らない部分もあるんだけど…。でも、読み終わる頃には、このシャイで自分の役目に忠実で、でもちょっと世慣れないフーさんを、きっと好きになっているはず。

フーさん(時に、「フーさんたち」とも表現される)は、子供を驚かせるのが仕事のオバケなのかな。

 ドアがガタガタ……
 扉がばたん……
 刃物がきらり……
 部屋にいるのはだれなのさ
 それは、ぜったいフーなのさ

(p6より引用)

だけど、実際、子供たちはフーさんを怖がることなく、言葉を交わし、一緒に遊ぶことだって出来てしまう。

 おれさまは、野蛮でおそろしいフーさんだ
 おれより強くて、気がみじかいやつはこの世のなかには、いやしない!
 おれさまは獣のようにガキを食べてやる
 ガキは、鍋にほうりこんで煮こんでしまうぞ
(p13より引用)

こーんなことを言って、女の子を脅してみても、ライオンのように叫んでみても、トラのように唸ってみても、実際のところ、フーさんは結構愛らしい。

語られるのは、時に涙ぐんじゃったり、孤独に淋しくなったりしながら暮らす、フーさんの日々の生活。フーさんは魔法を使えるみたいだけど、フーさんの亡くなってしまった「おじいさん」もなかなかに謎の人物。地下室に金貨をどっさり持っていたり、おじいさんの遺した古い粉で猫が巨大化しちゃったり、花の種からはフーさんの家を飲み込んでしまいそうな植物が生えてきたり…。

フーさんがこれしか飲まない、という紅茶、グレー伯爵ティーも気になります。フィンランドには、実際にあるのかなぁ。「フーさんの生まれ故郷を紹介する」によれば、この本はフィンランドで1973年に初めて出版されたものなのだとか。フィンランドでは、アニメ化や舞台化もされた人気者なんだって。フーさんは森の中に住んでいるんだけど、これも森の国、フィンランドならではなのかな。こういう不思議でその国の国民に愛される存在って、お国柄も表わしているようで、面白いよね。

もくじ
1 フーさん仕事へいく
2 フーさんと病気の木
3 フーさん釣りをする
4 フーさん小包をうけとる
5 フーさんリンマを怖がらせる
6 フーさんおまじないをとなえる
7 フーさん鏡に姿がうつらなくなる
8 満月にほえるフーさん
9 フーさんサウナにはいる
10 建築現場のおじさんたちとフーさん
11 フーさん町へでかける
12 フーさんと巨大なネコ
13 フーさんお呼ばれする
14 フーさん人生を考える
15 フーさんお花を育てる

フーさん生まれ故郷を紹介する~あとがきにかえて~


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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P.G. ウッドハウス, Pelham Grenville Wodehouse, 森村 たまき

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)


ブランディングズ城の夏の稲妻 」に続いて、二冊目のウッドハウスです。

こちらは「ジーヴス物」と言われるシリーズらしく、最初からして既に偉大なるマンネリズムの薫りがするのだけれど、マンネリというのも決して悪いことばかりではない。物語の場合、これがぴたりとはまれば、実に安心の読み物になるわけで…。

初めて読んだのに、初めて出会った気がしないというか、いっそ懐かしさすら感じてしまうんだなぁ。

主たる登場人物は、金やそれなりの名誉はあるものの、アガサ伯母に言わせれば、人生を無為に過ごしているとばっさり切られる、バーティー・ウースター。バーティーの頼りになる執事、ジーヴス。バーティーの親友で、しょっちゅうどこかの娘に恋しては、バーティーを頼るビンゴ。「バーティー、お前とは同じ学校に通った仲じゃないか」。バーティーの恐怖の源、アガサ伯母、常に驚異の事態を引き起こす従弟のクロードとユースタス…。

ベッドで飲む目覚めの紅茶、それに続く朝食、何よりも平穏を愛するバーティーの元には、それでも様々な厄介事が持ち込まれて…。それを見事に裁くのが、バーティーの頼りになる執事ジーヴス。ただし、ただ一つ彼らが相容れないのが、バーティーの服に関する色彩のセンス。バーティーが紳士として相応しくないと思われる色を身に付けるのを、ジーヴスは極度に嫌う。そんな時は冷戦状態が続き、バーティーは一人で厄介事をやっつけようとするのだけれど、結局はジーヴスの手を借りることになり、泣く泣くその服を諦めることになる。紫の靴下しかり、素敵に真っ赤なカマーバンドしかり…。

何があっても深刻な事態にまで陥ることなく、素敵に無責任なところもこのシリーズの魅力の一つかな。知的ではないとされるバーティーだけれど、そうはいっても、機を見ては詩を諳んじ、オックスフォード大学だって卒業している(ビンゴも学友ってことは…、とオックスフォードを危ぶみたくもなるけれど)。

後、目立つのは、「賭けごと」に関する熱い心。なんだって賭けごとの対象になり(教会の牧師の説教の時間から、年に一度の田舎の村の学校のお楽しみ大会まで)、それを話すに何と「スポーツマン精神」なんてものが出て来てしまう。「スポーツ」であっても、あくまでそれは自らがやるものではなく、見て(賭けて)楽しむ対象なのです。

全体通して、素敵に怠惰な貴族ライフと言ったところ。ゆったりした気分で、くすりと笑える安心の小説ですね。

目次
1. ジーヴス、小脳を稼働させる
2. ビンゴが為にウエディングベルは鳴らず
3. アガサ伯母、胸のうちを語る
4. 真珠の涙
5. ウースター一族の誇り傷つく
6. 英雄の報酬
7. クロードとユースタス登場
8. サー・ロデリック昼食に招待される
9. 紹介状
10. お洒落なエレベーター・ボーイ
11. 同志ビンゴ
12. ビンゴ、グッドウッドでしくじる
13. 説教大ハンデ
14. スポーツマン精神
15. 都会的タッチ
16. クロードとユースタスの遅ればせの退場
17. ビンゴと細君
18. 大団円
 訳者あとがき
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P.G.ウッドハウス, 森村 たまき

ブランディングズ城の夏の稲妻 (ウッドハウス・スペシャル)

青葉学園物語 右むけ、左! 」にも、「ぶたぶた会議だ ぶう!ぶう!ぶう!」なる章がありましたが、こちらの本もまた、ある意味ではブタ狂想曲と言えるのかも。

でもね、舞台は英国は美しい郊外のお城。ここで巻き起こる騒動もまた変わってくるわけで…。

執事付きのお城。厳格で恐ろしい一族のおば。ちょっと(かなり?)抜けたところのある当主。一族のはみ出し者のおじ。身分も気もいいけれど、どこかひ弱な青年。同じく、気の良さは十分に分かるけれど、どうも現世的には成功を収めているとはいえない青年。更にそんな彼らのしっかり者の恋人である女性たち。彼らが結ばれるためには、被信託人である当主の協力が不可欠で…。ところが、当主は彼等に注意を払うどころか、高貴なる飼い豚、シュロップシャー農業ショー肥満豚部門銀賞受賞のエンプレス・オブ・ブランディングズの世話に夢中…。

もーこういうの大好きなのです。これもまた、恩田陸さんいうところの、「イギリス人のミステリ」(「小説以外 」より)ではありますまいか? ま、今回のは「冷徹な観察眼と、些かの稚気、教養と合理性に、ちょっと風変わりのスパイス」というか、「かなりの稚気に、風変りのスパイス」という感じなんだけれど…。ミステリというか、ドタバタ群像劇だしね。

国書刊行会から出ている<ウッドハウス・コレクション>は、表紙のお洒落な感じもずっと気になっていたのだけれど、残りも読むぞ!と決意したのでした(今回の本は、<ウッドハウス・スペシャル>。どう違うんだ??)。

言い回しなども楽しくて、ついニヤニヤしながら読んじゃいました。P・G・ウッドハウスの生年は1881年、没年は1975年。今読んでも、全然面白いのも凄いよなぁ。<ウッドハウス・コレクション>の出版年もかなり新しいので、訳のおかげもあるのかもしれませんが…。

私が楽しんだ言い回しは、たとえばこんな感じ。

イートン校とケンブリッジ大学は息子たちをしっかりと教育する。感情を露わにするのは行儀の悪いことであるという人生の基本的事実さえ理解させてしまえば、爆弾ももはや彼らの冷静さを乱し得ないし、地震だって彼らから「ふーん、それで?」が引き出せたらば好運である。しかし、ケンブリッジにも限界がある。イートンもまた然りである           (p356から引用)

キャラがあちこちで繋がってるみたいなので、そこも楽しみだなぁ。
この本で気に入ったのは、私のイギリスの執事のイメージを覆した執事ビーチ。いや、きちんとした執事なんだけど、ほんのちょっとばかり、賭けごと(といっても、競馬情報くらいなんだけど)などの誘惑に弱い気が…。そんなところも、妙に人間味があって良かったな。

イギリスの貴族のお城を舞台にしたドタバタ群像劇。クリスティほど意地悪ではなく、クリスティのように人が死なない(他の作品は知らないけれど)。勿論、クリスティも大好きだけれど、ウッドハウスも好きーー!と思ったのでした。

目次
序文
1. ブランディングズ城に胚胎する騒動
2. 真実の愛の行方
3. センセーショナルなブタ泥棒
4. ロナルド・フィッシュの注目すべき振舞い
5. ヒューゴ宛ての電話
6. スーの名案
7. パーシー・ピルビームの仕事
8. ブランディングズ城を覆う嵐雲
9. スー登場
10. スーのショック
11. まだまだスーのショック
12. 執事ビーチの行動
13. ディナー前のカクテル
14. 有能なバクスターの敏速なる思考
15. 電話にて
16. めぐり逢う恋人たち
17. エムズワース卿の勇気ある振舞い
18. 寝室における悲痛な場面
19. ギャリー事態を掌握する
 沃地としてのブランディングズ城 紀田順一郎
 エンプレス・オヴ・ブランディングズ N・T・P・マーフィー
 訳者あとがき 森村たまき
 《ブランディングズ城シリーズ》紹介


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

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キャロル・エムシュウィラー, 畔柳 和代

すべての終わりの始まり (短篇小説の快楽)


ネットで新刊情報を見ていて、この表紙とタイトルに一目ぼれ。例によって図書館から借りてきたわけです。ちなみに、この表紙は南桂子さんという方の「しだの中の鳥」という絵らしいです。ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション協力とのこと。そして、タイトルの話をすれば、原題は「The Start of the End of It All」。恩田陸さんの「エンド・ゲーム 」の中にも、「終わりの始まりの雨が降る」というフレーズがあったのだけれど、この「終わりの始まり」という言葉には、何だか心惹かれるものを感じるのです。

50年代から主にSF雑誌にて作品を発表してきたという、著者、キャロル・エムシュウィラーは、85歳を越える現在も精力的に執筆活動を続けているのだとか。

語られるのは、SF?ファンタジー? 枠は良く分らないけれど、異種のもの、異世界との交わりのお話。私とは異なる種族であるとはいえ、それは向こうからしたら、こちらが異種であるわけで、それはきっと小さなこと。それぞれの短編は主に女性を主人公とするのだけれど、彼女たちは異種のものたちとであっても、淡々と日常生活を築こうとする。それはきっと、私たちの普通の生活においても同じであって、外見はたとえ同じ種族のものであっても、実は内面では異種のものであるのかもしれない。こういう肌触りが、実に女性作家らしく感じたのだけれど、男性はどう読まれるのでしょうか?

私の好みでいえば、最初の方は非常に面白くわくわく読んだのだけれど(「ボーイズ」あたりまで)、似たテーマが続くので途中からはちょっと飽きてきて、少しずつ少しずつ読んでました。さらに後半のものは、少々難解でもあるような気もします。

私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」はまさに文字通り、住人に気づかれずに彼女の部屋に住む「私」の話、「すべての終わりの始まり」は謎の異星人?クリンプたちの地球征服に協力することになった、「女ですし、いい歳ですが」の私の話。この件で彼らに協力しているのは、全て女性で、更に全員が離婚経験者。

見下ろせば」は女性ではなく、鳥人?(鳥とヘビと猫の三位一体)である「俺」の話。俺にとって鳥人である自分たちのみが「人間」であり、飛べない奴らはただの「半人間(ハーフ・ピープル)」。ところが、ある冬、俺は怪我をし、半人間の女に助けられ、彼らの間で神として祀られることに…。

おばあちゃん」は活動家だったスーパー・おばあちゃんとでも言うべき、祖母について孫娘が語る物語。でも、やっぱり、これもまた普通の話ではないよ。「育ての母」は、「彼ら」の指示により「幼いもの」を育てることになった「私」の話。「彼ら」は、「幼いもの」を「それ」と呼び、「それ」には知能はないと言い切るが、私は秘かに名前をつけ、彼の行く末に心を痛める。

ウォーターマスター」は、水の守人である「ウォーターマスター」の話。「ボーイズ」は、マッチョであらねばならない男性の悲哀と言いましょうか、男だけで暮らし、少年を盗み、年に一度だけ<母親たち>のもとへ行って、戦士を増やすべく交尾する部族のお話。家庭を持つことは禁じられ、どの子どもをも均等に愛するために、誰の子供であるかすら男たちには分らない。ところが、大佐である「俺」は、ここのところ、交尾日の度にウーナを探してばかり。そんな日々の中、子供たちを奪われ続けることに怒った女たちが、男たちに対して反乱を起こし…。

うーん、いっぱい書いちゃいましたが、やっぱりここら辺あたりまでが好み。SF大会におけるスピーチを収録した「ウィスコン・スピーチ」も面白かったです。世界で唯一のフェミニストSF大会ってほんと? そして、「すべての終わりの始まり」にも、「見下ろせば」にも猫が出てくるわけで、エムシュウィラーは猫好きなんでしょうか。でも、SFってなんとなく犬よりも猫の方が相性がいい感じがしますよね。

目次
私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない
I Live with You and You Don't Know It
すべての終わりの始まり

The Start of the End of It All

見下ろせば
Looking Down
おばあちゃん
Grandma
育ての母
Foster Mother
ウォーターマスター
Water Master
ボーイズ
Boys
男性倶楽部への報告
Report to the Men's Club
待っている女
Woman Waiting
悪を見るなかれ、喜ぶなかれ
See No Evil, Feel No Joy
セックスおよび/またはモリソン氏
Sex and/or Mr.Morrison
ユーコン
Yukon
石造りの円形図書館
The Circular Library of Stones
ジョーンズ夫人
Mrs. Jones
ジョゼフィーン
Josephine
いまいましい
Abominable
母語の神秘
Secrets of the Native Tongue
偏見と自負
Prejudice and Pride
結局は
After All
ウィスコン・スピーチ
WisCon Speech
訳者あとがき
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越川 芳明, 沼野 充義, 野谷 文昭, 柴田 元幸, 野崎 歓
世界×現在×文学―作家ファイル

図書館で例によって持ち分の10冊を借りきってしまった後に、見つけてしまった本書。お陰で借りてくることは出来なかったのだけれど、その場で興味のあるところはざっと読んできました。

amazonから引きますと、

118人の現代作家たちのプロフィールと作品紹介によって構成された現代世界文学のガイド。いま現在、文学を作り出している内外の作家たちの姿が、これからの文学が何を指して進んでいくのかを示す。

とのこと。国書刊行会なんて出版社から、こういうのが出てるのが嬉しいではないですか(でも、ある意味、らしい、本でもあるのでしょうか)。編者たちの心意気も嬉しいです。118人の中には、「世界」であるからして、日本の作家も何名か含まれ、島田雅彦さん(露出してるのはよく見るけど、小説読んだことないんだ)、高橋源一郎、金井美恵子、笙野頼子、吉本ばなな、村上春樹なんかも載ってました。
最近読んでるあたりでは、コーマック・マッカーシー、カズオ・イシグロ、ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、マーガレット・アトウッド、ニコルソン・ベイカーなどを拾い読み。
その他、「チカーノ文学」、「ドイツ文学」などの、大きなくくりでのお話もありました。

これら全てが、見開き二ページに収まっているので、非常に読み易くガイドとしても実に優秀。現代において、文学を読むのに力強い助っ人になりそう。

でもね、うわー、こんな本知らなかった!、なんて便利なんだ!、いいなー!、と軽く興奮していたら、これ実は1996年刊行だったのですね。知らなかったよ…。今度、図書館に行く時には、必ず借りてこよっと。

さて、ガイド本とくれば、やはりそこでは気になる本が、また増えていくわけで。
ざっと読んだ限りで気になった本のリンク。



なんで気になったのかは、微妙に忘れてしまったので、借り出しきてから追記します。
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ロアルド ダール, ロズ チャスト, パメラ ペインター, フィリップ ロペイト, アリス アダムズ, M.J. ローゼン, Michael J. Rosen, 岩元 巌, 斎藤 英治, 大社 淑子

猫好きに捧げるショート・ストーリーズ


猫に関連する短編を集めたものだそうだけれど、「猫」という動物の特性のためか、実際は猫がメインになっているものは少なくて、都会生活の大人の倦怠の小道具として使われていたり、ちょっとその扱いは自分が期待していたようなものではなく、微妙。

というわけで、関心のある所だけ、拾い読み。全部は読んでおりません。

目次
巻頭口絵 フォトグラフ/トニー・メンドサ
賢いわたし パメラ・ペインター/岩元 巌訳
猫を飼う フィリップ・ロペイト/岩本 巌訳
二匹の猫と ロブリー・ウィルソン・ジュニア/鈴木和子訳
危機 モリー・ジャイルズ/亀井よし子訳
猫が消えた アリス・アダムズ/岸本佐知子訳
土地っ子と流れ者 ボビー・アン・メイソン/亀井よし子訳
シカゴとフィガロ スーザン・フロムバーグ・シェイファー/大社淑子訳
お気をつけて カティンカ・ラサー/亀井よし子訳
絵の中の猫 ライト・モリス/武藤脩二訳
つれあい アーテューロ・ヴィヴァーンテ/亀井よし子訳
漫画組曲 ロズ・チャスト/亀井よし子訳
屍灰に帰したナッシュヴィル エイミー・ヘンペル/岩元 巌訳
暴君エドワード ロアルド・ダール/岩元巌訳
屋根裏部屋の猫 ヴァレリー・マーティン/斎藤英治訳
テッド・ローパーを骨抜きにする ペネロピ・ライヴリー/鈴木和子訳
愛情 コーネリア・ニクソン/大社淑子訳
フェリス・カトゥス ジーナ・ベリオールト/岩本 巌訳
老女と猫 ドリス・レッシング/大社淑子訳
ラルフ ウェンディ・レッサー/斉藤英治訳
ふれあいは生き物の健康にいい メリル・ジョーン・ガーバー/斉藤英治訳
こっちを向いて、ビアンカ モーヴ・ブレナン/岸本佐知子訳

 解説 岩元 巌


シカゴとフィガロ」あたりまで、あとはロアルド・ダールと岸本佐知子さんが訳しておられる「こっちを向いて、ビアンカ」を読んだのだけれど、やっぱり圧巻はロアルド・ダールによるものかな。

あとは、巻頭の写真(惜しむらくは白黒なのだけれど、猫の色々な表情が見られて実にいい! おっかないのもあるけど・・・)と、「漫画組曲」が面白かった。「漫画組曲」は、猫族四種1.ペットになりうる家庭向けの猫族、2.完全な妄想症の猫族、3.外国産「大枚申し受けます」猫族、4.摩訶不思議な猫族)と猫にささげる難問奇問世界一運の悪い猫猫のためのジャンクフードにせ猫三態を図解しています。こういうユーモア、好き~。

さて、ロアルド・ダールによる「暴君エドワード」。

エドワードとは、妻のルイザと暮らす中年の男性。二人の前に現れたのは、冷ややかな黄色い目と、銀色の毛を持つ大きな猫。ピアノ演奏を趣味とするルイザのピアノの音に、その猫は異様とも思える反応を示す。ルイザはその猫を、フランツ・リストの生まれ変わりだと信じるのであるが・・・。
30頁ちょっとと小品だけれど、なかなか締まった構成だと思います。良き夫であり、これまでは妻のルイザと上手くやって来た事が示唆されるエドワードだけれど、うん、暴君といえば暴君なわけだ。
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A.E. コッパード, A.E. Coppard, 西崎 憲
郵便局と蛇  

目次
銀色のサーカス
郵便局と蛇
うすのろサイモン
若く美しい柳
辛子の野原
ポリー・モーガン
王女と太鼓
幼子は迷いけり
シオンへの行進

巻末の「A・E・コッパードについて」によると、コッパードの作品は、キリスト教に関わるもの、村を舞台にしたもの、恋愛小説的なもの、ファンタジー、の四種に大別できるそうである。で、この「郵便局と蛇」は、その四種の中からランダムに編まれたものだとのこと。

虎の毛皮を被り、ライオンと闘う羽目になった男の話(銀色のサーカス)。
いつか世を滅ぼすとの予言をされ、封じ込められて最後の審判の日の前日までは、沼から出られない王子の話(郵便局と蛇)。
天国の悦びを探しに行った、幸福だった事が生涯三度しかなかった男、うすのろサイモンの話(うすのろサイモン)。
とある街道に立っていた、若く優美な、けれど一人ぼっちだった柳の話(若く美しい柳)。
薪を拾いにやって来た三人の女たちの話(辛子の野原)。
アガサ伯母と幽霊との蜜月を壊してしまった、ポリーとジョニーの話(ポリー・モーガン)。
戴冠することのない王女に、王冠の代わりに渡された太鼓の話(王女と太鼓)。
エヴァとトムの息子、無気力なデヴィッドの子供時代から青年時代までの話(幼子は迷いけり)。
旅をするミカエルの話(シオンへの行進)。

こう羅列してみただけでも、かなりのバラエティに富んだ話だと思う。美しい自然描写も魅力的だし、「うすのろサイモン」における天国へのエレヴェーターなど、ほんのぽっちり挿入される超自然的なアイテムも魅力的。

この中で私が好きだったのは、「辛子の野原」、「王女の太鼓」、「シオンへの行進」の三編。

辛子の野原」は、薪を拾いにやって来た女たちが、野原の中でただ語り合うという話で、不思議な事などは何もない。過ぎ去った男を追憶する二人の女、最後に一人の女が見つける一シリング銅貨など、平凡な人生にも過去それなりの出来事があり、それら全てを内包して人生は続くんだな、と思った。最後には小さな希望が残っていたり、ね。

王女の太鼓」は、家出した孤児のちびのキンセラが出会った王女トゥルースの話。戴冠式は常に延期され、王冠の代わりを求めた王女に与えられたのが太鼓、というこの突拍子もなさがいいなぁ。王女の見張りをしているのは、巨人のハックボーンズだったりね。この太鼓は実に美しく、「太鼓の胴には惜しげもなく黄金が用いられ、皮はもっとも神聖な獣の皮。飾り鋲と楔は水晶と柘榴石。絹の吊革、翠色も鮮やかな房飾り、黒壇の枹が一対」付いているのだそうな。

シオンへの行進」は、天国への旅路ということなのかなぁ。巻末の「A・E・コッパードについて」にもあるような、コッパードのキリスト教への不信感を表しているような気もするお話。旅をするわたし(ミカエル)の相棒となったのは、絹の舌と鉄拳を併せ持つ修道士。修道士は罪を犯す男を打ち殺す・・・。更に彼らと共に歩むことになったのは、自分が見た夢のために祈るマリア。

これは私にとっては「魔法の本棚シリーズ」の最後の一冊だったんだけど、これもまた不思議な味わいのお話でした。思いっきり怪奇小説している「
赤い館 」を除いて、この「魔法の本棚シリーズ」は自然描写がどれもこれも素晴らしい物語でした。美しい自然の中にあってこそ、「魔法」が活きるのかしらん。
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ヨナス リー, Jonas Lie, 中野 善夫
漁師とドラウグ

目次
漁師とドラウグ
スヨーホルメンのヨー
綱引き
岩の抽斗
アンドヴァルの鳥
イサクと牧師
風のトロル
妖魚
ラップ人の血
青い山脈の西で
「あたしだよ」
訳者あとがき

訳者あとがきから引きますと、「本書は北欧の国ノルウェーの海と森と山を舞台にトロルや海底の死人の王や風を売る妖術師らが活躍する幻想と怪奇に満ちた物語集」。うーん、この説明はほんと過不足ないな。

色々なこの世ならぬものが出てくるのだけど、繰り返し出てくるのが、「ドラウグ」という魔物。同じくあとがきから引きますと、「民間伝承に登場するドラウグは、姿は頭のない男の格好をし、頭の代わりに海草の塊を載せていることもある」らしい。ドラウグは難破船を操って航海をし、このドラウグに海の上で出会ったものは、近いうちに溺れて死ぬのだという。まさに北の海に相応しい魔物。そうだなー、タニス・リーの「
ゴルゴン―幻獣夜話 」に収録されていた、「海豹」における、海の民シールスを思い出した。

ノルウェーの民間伝承が元になっているようだけれど、泥臭さをほんの香り程度残した、適度に洗練された物語。「漁師とドラウグ」、「風のトロル」のような容赦の無い結末を迎えるものから、どこか滑稽味のある「あたしだよ」のような物語まで、幻想的な物語を楽しんだ。一つ一つの物語については書かないけれど、「魔法の本棚」シリーズの中では、本書が一番読み易くて、自分がこれまで親しんできたものに近かった感じ。

挿画もいい感じ。ちょっとおっかないような絵なんだけど、この幻想的な物語には相応しい。
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アレクサンドル・グリーン, 沼野 充義, 岩本 和久
消えた太陽  

目次
消えた太陽
犬通りの出来事
火と水
世界一周
おしゃべりな家の精
荒野の心
空の精
十四フィート
六本のマッチ
オーガスト・エズボーンの結婚

水彩画
森の泥棒
緑のランプ
冒険家
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ズルバカンから来た夢想の騎士 沼野充義

訳者あとがきによると、アレクサンドル・グリーンという作家は、「ロシア文学の鬱蒼たる森の片隅に咲いた、一輪の鮮やかな花」と言えるそうな。とはいえ、私はほとんど「ロシア文学」を読んだ事がないので、こんな文章を引いた所でなんとも言えない。「ロシア文学」は重厚だというイメージがあるけど、米原万里さんの本なんかを読むと、ロシア人はとっても小噺好きであるわけで、そういう変わった話もないわけではないと思うんだけど。

さてこの本の中では、超自然的なもの、人間の心の中に潜むもの。それらがある種の透明さを持って語られる。私が知っているイメージでいうと、ロシア映画「
父、帰る 」の中で見られた、美しくも厳しい自然のイメージ。透徹したイメージ。

幻想的であるんだけど、これまで親しんできたような、所謂幻想的な物語とは一味違う感じ。
章扉にあるロシア文字(キリル文字?)も、何だか私の中での異国情緒を盛り上げる。

沢山あるので、印象に残った何点かについて、少しずつ。

「消えた太陽」
ある金持ちの思い付きで、太陽を知らぬまま育てられた少年。初めて太陽を見た少年は??
初めて知る命の響き、色彩、広がり・・・。

「荒野の心」
ダイヤモンドの鉱床の発見に沸くある町に、三人のスノッブな男たちが居た。彼らはその才能でもってして、人々に伝説を語り、人々を煙に巻く。そこにやって来たのは、如何にもお人よしに見える男。三人は勿論、彼を騙しに掛かるのだが・・・。

「空の精」
ある飛行士の物語。彼は老飛行士の警告を聞き入れず、ポンマールの上空を通るのだが・・・。そこに居たのは、老飛行士の警告した通りの空の精だった。

「六本のマッチ」
嵐の中、四十二日間もの間、海上で漂流していた二人の男。一人の死は、もう一人の死をも呼び寄せる。死に行くボッスはメトラエンに葉巻を所望する。

「オーガスト・エズボーンの結婚」
幸福な結婚をしたはずなのに、新婚初夜からふらりと花嫁の元を去ってしまった男。
単なる気まぐれが、取り返しの付かない事態へと進行するが・・・。

「水彩画」
洗濯女のヒモ状態のクリッソン。今日も今日とて、ベッツィからクラウン銀貨をくすねようとし、諍いが始まるが・・・。クリッソンがたまたま逃げ込んだ画廊で、展示されていたのは彼らの家を描いた水彩画。

「緑のランプ」
金持ちの気まぐれ、ちょっとした楽しい悪戯。スティルトンは、行き倒れていた男に金を与える代わりに、決められた時間、同じ窓辺に緑のランプを灯す事を約束させる。
金持ちの気まぐれであったり、何か大事な物から逸れてしまったような男たちのコンビであったり。純真で疑う事を知らぬ清い心であったり、旅を重ねる冒険家であったり。何となく「漂泊者」という言葉が頭に浮かぶ。自分もまたふらふらと漂泊しているように感じてしまう、ちょっと異質な読書体験。
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H.R. ウエイクフィールド, H.R. Wakefield, 倉阪 鬼一郎, 西崎 憲, 鈴木 克昌
赤い館  

解説によると、この本の著者、ウエイクフィールドは「最後のゴースト・ストーリイ作家」なのだそうだ。伝統的なる怪奇小説の書き手、「シェリダン・ル・ファニュ」も「M・R・ジェイムズ」も読んだ事のない自分ではあれど、この本を読んで、怪奇小説の香気をたっぷり吸い込んだ気分になった。

目次
怪奇小説を書く理由

赤い館
ポーナル博士の見損じ
ゴースト・ハント
最初の一束
死の勝利
”彼の者現れて後去るべし”
悲哀の湖
中心人物
不死鳥

さらば怪奇小説!

最後のゴースト・ストーリイ作家 鈴木克昌

登場人物は、大抵イギリスの品ある紳士。理性も品格もたっぷりと持っている筈の彼らが出会う、この世ならぬもの。それは彼らの心を凍り付かせる・・・。

著名な怪奇小説の書き手であるM・R・ジェイムズは、怪奇小説の作者は彼自身熱心な幽霊信者である必要はないと述べた事があるそうだけれど、このウエイクフィールドはその反対の立場を取っていたという。たとえ一時的にせよ自分自身で恐怖を感じなかったとしたら、作家は誰を恐怖に陥れることが出来ようか?

「赤い館」
田園生活を楽しむために、幼い息子、妻と共に滞在したその赤い館には、不吉な住人達がいた・・・。緑色の厭な匂いのする軟泥。庭の木戸や息子の部屋に残されたそれは何を意味するのか? これは最後がいいなぁ。彼らを追い出した赤い館に棲むものどもは、再び館を我が物にする。

「ポーナル博士の見損じ」
「わたし」が受け取った奇妙な手紙。この世に友というものを、唯一人も持たないかのように見えた博士からの奇妙な頼みごと。そこに書かれていたのは、ポーナル博士と彼のライバルであったモリソンという男の話。そして、その話はその手紙の中だけでは終わらずに・・・。

「ゴースト・ハント」
この中では軽妙とも言えるかも。悲惨と言えば悲惨なんだけれど、私はこの短編、結構好きでした。
ゴースト・ハントのラジオ中継の首尾は如何に?

「最初の一束」
古来からの人間の儀式。ポーチャスはなぜ片腕を失くしたのか?

「死の勝利」
女性が出てくるのはこれくらい?
ウィンダミア湖の先、北部の丘陵地帯にあるエリザベス様式の家、カースウェイト邸。陰気なこの館では、ペンドラム老嬢に仕えるアメリアが、日夜辛い仕打ちを受けていた・・・。

「”彼の者現れて後去るべし”」
エドワード・ベーラミーの学友、フィリップは困った羽目に陥った挙句、彼の目の前で亡くなってしまった。彼に呪いを掛けたという、オスカー・クリントンなる人物は一体何者なのか? ベーラミーは復讐を誓う。

「悲哀の湖」
妻アンジェラを殺害した容疑で起訴されたものの、逮捕を免れた「わたし」。わたしが取り急ぎ手配したこの田舎の屋敷の敷地内には、土地のものから「悲哀の湖」と呼ばれる湖があった。「ここはいつも罪と死の場所だ」。カーマン爺さんの言葉は一体どういう意味なのか? 緋色の罪は湖を染め、湖が染まった時には、中に死体があるのだという・・・。

「中心人物」
「わたし」が法廷精神科医として著名なランドン博士から受け取った奇妙な文章。そこにはある劇作家の生涯が書いてあったのだが・・・。

「不死鳥」
数学家としての才能に恵まれた「わたし」。このわたしこそが、ロンドンのメトロポリタン大学における、欽定純粋数学講座担当教授の地位に相応しい。ところが、齢70にも達する老齢のキャノピー教授は、その座から降りようともせず・・・。不幸な偶然により、キャノピー老教授の死の切っ掛けを作ってしまった「わたし」。わたしは以来、キャノピーと特別の関係にあったかに見えた、白いクロウタドリに悩まされることになる。
ここまで三作読んだ「魔法の本棚シリーズ」においては、このウエイクフィールドの手によるものが、一番商業的な完成度が高いような印象を受けました。・・・というか、こういうのは職人的というのかしら? 秋の夜長に怪奇小説の薫り高いこんな本もなかなか乙なものかもしれません。

☆関連過去記事☆
・「
幽霊船 」/不思議のカケラ、小さな少年、満たされぬ思いを抱える者。それらのスケッチ
・「
奥の部屋 」/ストレインジ・ストーリー
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