旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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野中 ともそ
おどりば金魚

不思議な名前の作家さん、野中ともそさんの連作短編です。
初読みだったんだけど、いやー、いいな、この雰囲気。好きです。

あるアパートを舞台に、ゆるく繋がる人々の物語。といっても、そのアパートが特別だというわけでもなく、エレベーターもなく、かつメゾン・エルミタージュなんぞという小洒落た名前のつく、ごく普通のアパート。

語られるのもごく普通の人々の話、と言いたいところだけれど、実際には結構どこか外れた人たち。規格外? でも、「○○さんは~」と優しい口調で語られる、彼ら彼女らの話には、しょうがないなぁとか、いいなぁとか、ついぼんやりと頬を緩めてしまう感じなのです。

目次
草のたみ
ダストシュートに星
小鬼ちゃんのあした
イヌとアゲハ
タイルを割る
砂丘管理人
金魚のマント

■草のたみ

このアパートの家主の娘、依子さんの話。大学を出てこの方、働いたこともなく、日々を暮らしている依子さん。依子さんはある日、アパートの踊り場である女に出会う。踊り場に居たのは、二階に住む坂崎タミだった。彼女はそこで人を待っているのだという。部屋ではなく階段の踊り場で人を待つ、その微妙な距離感がいいのだという。外でもなく、中でもない場所。それが踊り場。

■ダストシュートに星
アパートの管理人、太田さんの話。
ここのところ、太田さんを悩ませていたのは、彼の聖域であるゴミ集積所に現れる、一階のクーポンばばあこと、竹ノ塚さん。つらつら考えるに、太田さんはクーポンばばあの遠慮のない物言いだけではなく、彼女の良く動く真っ赤な口唇が苦手なようで…。
太田さんは亡き妻と、失ってしまった息子を回想する。

■小鬼ちゃんのあした
日本に来て六年になるイラン人のジャハドさんは、ある日、おどりばで小鬼ちゃんに出会う。官能的でセクシーでありながら、無邪気で不思議な小鬼ちゃん。小鬼ちゃんは、ジャハドさんの部屋に上がり込み、いつしか二人の時は滞りなく過ぎていくようになる。小鬼ちゃんと暮らして変わったのは、食事に興味を持つようになったこと。ことに最近では、暦に沿った食の行事を二人で楽しんでいたのだが…。

■イヌとアゲハ
「草のたみ」に出てきたタミさんの娘、ふうちゃんのお話。ふうちゃんとママとキタザワくんで暮らしていたときの話。その頃、本当は家族があと一人増えるはずだった…。ふうちゃんに残されたのは、心の中で、その子、キヌアになりきる癖。

■タイルを割る
「草のたみ」に出てきた依子さんのお母さん、草代さんの話。結婚寸前の恋人とうまくいかなくなってしまった草代さんの空白に、ぐいぐいと入って来たのが、夫となった不動産会社の跡継ぎの恒造さんだった。押しの強い恒造さんは、タイル職人の娘であった草代さんの、まさに苦手なタイプだったのだけれど…。
長年連れ添っては来たけれど、病に倒れてはじめて、恒造さんは草代さんにとって近しい人となった。

■砂丘管理人
アパートの一室にひきこもっている、陸二さんのお話。姉から猫を預かった陸二さんは、子供の頃のことを思い出す。砂丘地帯で育った彼と姉は、ある日、砂丘で道に迷ってしまう。

■金魚のマント
「草のたみ」のタミさんの話。タミさんが待っていたのは誰だったか。とにかく、そこに現れたのは、中学校の同級生であり、管理人太田さんの息子、敬太郎ことケイティだった。

ごく普通のアパート、と書いたけれど、普通のアパートには、きっと小鬼ちゃんもいないし、砂地や小鬼ちゃんがいる場所に繋がっているダストシュートだってないでしょう。でも、どこかにこんなアパートがあって、外でもない中でもない、おどりばで誰かが待っていてくれたらいいな、と思うのです。
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絲山 秋子

ダーティ・ワーク


絲山秋子さん、初読みです。

もっとね、バリバリに乾いた感じを想像していたら、おっと、意外とソフトなんじゃないの、と。別に物凄く肩肘張っているわけでもなく、肩の力だって適度に抜けて、ほんのりウェット。でもって、これ、ただの短編ではなく、ゆるい繋がりのある連作短編なの。技巧的にもなかなかのもの、なんじゃないでしょうか。

目次
worried about you
sympathy for the devil
moonlight mile
before they make me run
miss you
back to zero
beast of burden


登場人物たちがゆるく繋がっている連作なんだけど、キーになるのは、ギタリストの熊井望と、中学生の時の同級生であるTTという二人の男女。彼らがバンドを組んでいたためか、タイトルは、きっとローリングストーンズの曲名とも関係あるんだよね。

    ←だし。
  ザ・ローリング・ストーンズ
  ダーティ・ワーク

特にドラマがあるわけでもない日常の中で(死にかけてる重病人も出てくるけど)、何となく大人になっていった人間たちのお話。後悔することもそれなりにあって、それでも、どこかに希望もあって…。

色々な人の視点から語られるので、「真実」が決して一つではないこと、最大公約数としての「事実」があることが、くっきり見える。で、それぞれに思い合ったり、思いやったりしながら、生きているのだよね。私が特に好きだったのは、輸入車の広報をしている貴子と、彼女の兄嫁の麻子との温泉旅行を描いた「sympathy for the devil」。

普段はどっちかというと突っ張ってるのに、兄嫁の前では何となく甘えた妹になってしまう貴子と、余裕のある大人の女である兄嫁の麻子の、二人の空気がいい感じ。
ドライブの車中での「牛遊び*」もいいなー。

 *「形容詞+牛」を言い合う遊び。
 例)楽しい牛、いかがわしい牛、悩ましい牛、おびただしい牛、小汚い牛、おどろおどろしい牛、
   輝かしい牛、せちがらい牛…。
 この遊びって、絲山さんオリジナルなのかしらん。世の中には、こういう遊びがあるの?
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ジャネット グリーソン, Janet Gleeson, 南條 竹則

マイセン―秘法に憑かれた男たち


それは、磁器が何よりも尊い価値を持っていた時代。魔法のように純白で堅くありながら、卵の殻のように薄く、陽にかざすと光が透けて見える。まさに粘土から出来た黄金ともいうべき磁器。ヨーロッパの王侯や美術の目利きたちは、たちまち東洋からもたらされたこの美しい磁器に心を奪われ、城や屋敷をこぞって磁器で飾り立てた。

卑金属を黄金に変え、人を不死にする力があると信じられていた賢者の石ほど秘教的ではなかったけれど、磁器の製法もまた人々に求められたという点では引けを取らない秘法であった。この物語は、この磁器の製法を確立した錬金術師、ヨハン・フリードリヒ・ベドガー、冷酷かつ野心的な芸術家で、マイセンの色柄と図柄を発展させたヨハン・グレゴリウス・ヘロルト、名彫刻家で新しい形の芸術を生み出したヨハン・ヨアキム・ケンドラーという三人の非凡な男たちの生涯を描いたもの。

 
三世紀近く経った今日、磁器はもはや世の主立った科学者や権力者、哲学者の心を支配することはない。たいていの人間にとって、それは比類なき財宝ではなく、気軽にデパートで買ったり、結婚のお祝いにもらったり、ショーウィンドウに置いてあるのをなにげなくながめて楽しむもので、日常生活に溶けこんだ道具だ。日頃食器をテーブルに並べ、コーヒーカップを口元に運び、炉棚の人形を並べかえるとき、そうした物がどれも何らかのかたちで、この三人の非凡な男たちのおかげをこうむっていることを思う人はまずいないだろう―また、磁器が黄金よりも貴重な時代があったなどとは。
                            
(P10「序章」より引用)

野心、裏切り、強欲なんでもあり。ノンフィクションでありながら、非常にエキサイティングな語りの運び。訳者の南條さん目当てで借りてきたのだけれど、こういう知らない時代、知らない常識(磁器がそんなに貴重だったなんて! 磁器の製法を確立したのが、錬金術師だったなんて!)を、物語として読ませてくれるという点で、この本は知的好奇心も満足させてくれる、とても面白い本でした(中欧の歴史には、いまひとつついていけてない自覚はあるけど…)。

序章
 第一部 秘法師(アルカニスト)
第一章 逃亡者
第二章 変成か詐術か
第三章 王の虜
第四章 磁器の謎
第五章 絶望の底で
第六章 発見の序章
第七章 僥倖の炎
第八章 白い黄金
第九章 自由の代償
 第二部 競争者たち
第十章 死の影
第十一章 磁器の宮殿
第十二章 偽りの仮面
第十三章 十字の双剣
第十四章 汚職事件と再生
第十五章 夢の世界
 第三部 磁器戦争
第十六章 最後の旅路
第十七章 磁器の兵隊
第十八章 生活の諸相
第十九章 最後の敗北
第二十章 秘法(アルカヌム)
あとがき
謝辞 
 赤と白―解説 池内 紀
 訳者あとがき 


ベドガー、ヘロルト、ケンドラーの三人の中で、磁器の製法を最初に発見したという点で、ベドガーの生涯が一番興味深かった。ヘロルト、ケンドラーの二人はそれなりにうまくやったというのに、ベドガーが一番報われなかったという点でも…。

化学に並々ならぬ天分を示した少年ベドガーは、その知識を増やすにつれ、賢者の石の秘法を見つけ出すという考えに取付かれるようになる。十九歳となったベドガーは秘密裏に秘法の実演をして見せるようになり、種々の金属を少量の黄金に変成出来ると信じ込ませた。実験の資金を集めるためには、これは必要なことだったけれど、それはまた危険な賭けでもあった。評判が高まったベドガーは、とうとうプロイセン王フリードリヒ一世の元に召喚されてしまう。

フリードリヒ一世の手を辛くも逃れたベドガーであるけれど、今度は同じような貪欲さと野心を持つ、ザクセン王アウグストの囚われ人となってしまう。当初、戦費を賄うために、黄金を作り出すことを求められたベドガーだったけれど、磁器の製法を研究するチルンハウスの知己を得たこと、彼から研究の後継者とされたことから、賢者の石の秘法に心を残しながらも、磁器の製法の研究を進めることになる。広い実験室と窯が必要となったベドガーは、囚人の身分のまま、アルブレヒト城に移送される。そこはドレスデンの北西に行くこと約二十五キロ、趣のある中世の町マイセンに聳える王城だった…。

磁器の製法を確立したものの、当初王に約束した黄金を造り出すことが叶わなかったベドガーは、待遇が改善されたり、母や妹、義兄弟を呼び寄せたり、結婚しても、一生をザクセンにとどまり、黄金造りの研究を続けることを求められ、その生涯のほとんどを囚人として過ごす。途中、病を得て、監禁を解かれるものの、病はベドガーにとって何よりも効果的な牢獄であった…。

ベドガーを苦しめ続けたアウグストの野心や欲、贅沢(ただし、それは自分が使うものであって、ベドガーやマイセンの工場に対しては吝嗇であり続けた)っぷりは桁はずれ。こんなにギラギラと欲を持ち続けたのもすごいことだなぁ、と思うのでした。これまでとは違った目で、磁器を見てしまいそう。私はどちらかというと、磁器よりも陶器が好きで、「柿右衛門」についても、これを読んでから調べてしまったくらいの、知識のなさっぷりだったのだけれどね。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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恩田 陸
エンド・ゲーム―常野物語

光の帝国 」に出てきた、拝島母子の戦いの話。

「光の帝国」に収録された「オセロ・ゲーム」では、夫の失踪後、一人孤独に「あれ」との戦いを続ける、母、拝島暎子の危機を娘、時子が救い、母を救ったことで、時子もまた「あれ」との戦いに参戦せざるを得なくなった、というところで話が終わっていた。

で、この物語は、その後の拝島母子の戦いは、一体どうなっていたのか?というお話。十数年間が過ぎた今、失踪した父はどうしているのか?、また、その父が頼るようにと残したけれど、暎子が決して連絡を取らなかった電話番号の意味とは?

例えば、「光の帝国」の他の短編においては、常野の人々が持つ力は、もっと実際的に役立つものだった。遠目、遠耳、つむじ足・・・。同じ常野とはいえ、ただひたすらに「あれ」との戦いを続け、「裏返すか?」「裏返されるか?」と、日々その身を危険に晒すものの、それが何の戦いであるのか、その戦いが何の役に立っているのか、皆目分からない拝島母子の能力は、随分と異質なもの。

母、暎子が裏返され、「洗う」「包む」能力を持つ「洗濯屋」なる人々が現れ、時子の高い緊張感が、読み手にも緊張を強いるのだけれど・・・。

ラストは二転、三転。

そして、終わりの始まりの雨が降る

ラスト、鮮やかに、冷ややかに振り向く時子には、覚醒を果たした「麦の海に沈む果実 」の理瀬を思い出す。恩田さんは、クールな美少女を描かせたら、天下一品だよなー。とはいえ、時にクールな美少女に、置いてけぼりにされるような気分もするのだけれど・・・。ああ、私を置いて、あんな遠い所へ!

現状では不要とされ、進化の過程で淘汰されるものであっても、たとえば環境が激変した際には、必要とされる能力、器官だってある。逆に現状では必要はなくとも、過去にはそれが必要とされていたという場合だってある。「裏返す」、「裏返される」、「洗う」、「包む」、「包まれる」。これらの能力が必要とされるのは、一体どんな状況、どんな時代なのだろう。
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恩田 陸
蒲公英草紙―常野物語

蒲公英草子。それは一人の少女が、かつて自分の日記に付けた名前。
窓の外の丘、麗らかな光を浴び、すくすくと育つ蒲公英を見た彼女は、自分の日記をそう名付ける事にしたのだ。

彼女はそこに書かれた日々を振り返る。
それは当時は分からなかったけれど、振り返ってみれば、光り輝くような日々だった。

槇村のお屋敷に聡子さまがいて、旦那様、奥様がどっしりと集落の皆を支え、お屋敷には様々な人々が出入りし、そしてあの不思議な春田家の人々がやって来たその月日。それは少女、中島峰子の幼年期の終わりでもあった・・・。

集落の医者である父に頼まれた峰子は、お屋敷に住む同年輩の聡子お嬢様のお相手を務める事になる。聡子さまは、病弱で学校に行く事が出来ないため、話し相手となる同年輩の友だちが必要だったのだ。峰子と聡子さまは親しく過ごすようになり、峰子は聡子さまの美しく清らかな心根に惹かれるようになる。ただ一つ気になるのは、聡子さまが時々あらぬことを呟く事。時にそれは現実となるのだが?

お屋敷に集う人々は様々。優しく頼もしい旦那さまご夫妻、美しい清隆さま、何かと峰子にちょっかいをかけてくる廣隆さま。先ごろの清との戦争により息子と孫を失った発明狂の池端先生、書生の新太郎さん、日本画を忌み嫌い洋画を学ぶ椎名さま、仏師だったという永慶さま・・・。そこに一家でやって来たのが、あの不思議と穏やかな春田家の人々。彼らは『しまう』一族であるというのだが。

時代はこの後、轟音をたてて変わっていく。しかしながら、この東北地方の田舎にある裕福な集落、槇村においては、そういった変化もまだほんの僅かしか訪れていない。それでも、この後の世界の変化を予告するかのように、心の臓が悪かった聡子さまがいなくなり、春田家の人々も集落を去り、お屋敷にいた人々も徐々に消え、そうして峰子の幼年時代は幕を閉じる。

新しい世界に出ること、新しい時代というもの、新しいもの。それは古いものを否定することと同義ではない。人々は春田家のような人がいることで、救いを得る。思いを託し、覚えてくれる人たちがいることで、前に進む事が出来るのだ。

この『しまう』一族、春田家のことは、代は違うけれど、光の帝国」にも出てきました。「三月は深き紅の淵を 」もそうだったけれど、この常野シリーズもまた、あちこちに様々な入口が隠れている物語。この二つのシリーズが、どんどん増殖していってくれると嬉しいなぁ。

回想記のような体裁をとる物語には、作家の力量が良く現れるように思われる。最初はこの峰子の語り口に慣れなくて、勝手に恩田さんの力量不足では?、と思っていたのだけれど、途中からは話にぐんぐん引き込まれ、最後まで通して読んでからまた最初に戻ると、恩田さんの語りのテクニックには不足が無かった事が分かりました。

にしても、回想記の体裁をとる物語は、大抵不幸な結末に至るところも、何だか苦手なところなのよね。この物語は不幸な「だけ」ではないんだけど、それでも、やっぱり哀しいんだよなぁ。

☆関連過去記事
光の帝国―常野物語

目次
一、窓辺の記憶
二、お屋敷の人々
三、赤い凧
四、蔵の中から
五、『天聴会』の夜
六、夏の約束
七、運命
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小路 幸也
東京バンドワゴン

東京の下町、お寺のやたらと多い辺りのどこかにある、三代続く古本屋、築七十年になる<東亰バンドワゴン>。右から左へと書かれた<東亰バンドワゴン>の看板の下では、時に右から左へと読むことを知らない若者が、「ンゴワドンバなにひがし?」と呟いているのだとか。

この<東亰バンドワゴン>で暮らすのは、実に四世代にわたる人々。おじいちゃん、おとうさん、孫、曾孫・・・。古本屋を切り盛りするのは、まだまだ現役の堀田勘一、七十九歳。それを手伝うのは、元大学講師の孫の紺。古本屋に併設したカフェは、孫の藍子と紺の嫁、亜美が切り盛りする。四世代の人々が暮らすここ、堀田家では毎日が大騒ぎ。近所の人々、古本屋の常連をも巻き込んで・・・。

これは、そんな<東亰バンドワゴン>を通り過ぎる、春夏秋冬の物語。

そして、この物語の語り手は、堀田サチ(故人)。このおばあちゃんの語り口が何ともほのぼの。優しい人々が集うこの物語にぴったりなのだ。

目次
春 百科事典はなぜ消える
夏 お嫁さんはなぜ泣くの
秋 犬とネズミとブローチと
冬 愛こそすべて

何かがすっごく優れているとか、そういう物語ではないのだけれど、ほのぼのと安心できる物語。こういう話も好きだなぁ。ドラマ化などに、適している感じ。

春には、近所の女の子の家族の問題を一つ解決し、夏には堀田家の嫁、亜美の実家との仲を修復し、秋には本に纏わる謎を解決し、冬には晴れて、孫の青とすずみが結婚する・・・。

賑やかに、穏やかに大家族の時は流れるのだけれど、実は、この堀田家、所謂普通の大家族ではない。父の我南人(がなと)は「LOVEだねえ」が口癖の根無し草のような伝説のロッカーだし、孫の青は父の我南人が愛人との間に作った子供だし、孫の藍子は頑として父親の名前を言わないシングルマザー。それでも、みんな家族なんだよね。

どうやら、続編もあるようだけれど、藍子に思いを寄せるイギリス人のマードックさんも幸せになれるといいなぁ。すっごい読みたいけど、わが図書館に入るのは一体いつの日なのかなぁ・・・。

小路 幸也
シー・ラブズ・ユー―東京バンドワゴン
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米村 圭伍
影法師夢幻

目次
第一章 真田手毬歌
第二章 隠し砦
第三章 七代秀頼
第四章 仙台真田家
第五章 黒脛巾組
第六章 血風奥州路
第七章 忍術合戦
第八章 江戸城御黒書院


 花のようなる秀頼さまを、鬼のようなる真田が連れて、のきものいたり鹿児島へ

豊臣秀頼と淀君が大阪城にて自刃、大阪夏の陣の幕が閉じてから後、巷間にはこんな手毬歌が流行していた。真田幸村は秀頼を連れて鹿児島に落ち延びていた?

秀頼に馬糞を喰わせたことが縁となり、侍大将に取り立てられた、元は水呑み百姓の勇魚大五郎は、秀頼を追って兵庫湊へと急ぐ。秀頼のあのしみじみとした笑顔を再び見るために、秀頼を見送るために・・・。行く道で、真田の手の者、お才や佐助、淀君の守役だった老武者や、大阪方の落武者と知り合い、彼らを連れて大五郎は行く。

ところが、兵庫湊で彼らに追いついたのは、徳川配下の猛将、片倉小十郎だった。大阪方の武士たちの命運は尽きたかに思われたが・・・。

第二章では時代はぐっと下って、大阪城が落城したのはもう百七十年も昔のこと。何やら曰くありそうな、真田幸村の長男と同じ名を持つ浪人、真田大助が隠し砦を探すところから始まる。彼、真田大助が探しているのは、あの豊臣秀頼の末裔を奉る隠し砦であり、真田大助は彼の一族の悲願であった、隠し砦をようやく見つけるのであるが・・・。

この辺から、色々とややこしいのだけれど、七代・真田大助を名乗っていた彼は、実はあの馬糞を喰わせた、勇魚大五郎の末裔であると名乗り直し、本物の七代・真田大助であるところの老武士だの、隠し砦の奥深くに住まう七代・秀頼も出てきて、百七十年後の因縁が回りだす。

更に、勇魚大五郎は秀頼を江戸に向かうよう唆すのであるが、勇魚大五郎の意図は一体どこにあるのか? そして、その道中にも百七十年前の因縁が・・・。回る回るよ因縁は。七代目の誰それなど、子孫がわらわらと出てくるこの物語では、誰もが誰かの影法師のようでもある。

途中、「笠森お仙」が出て来たときに、おおっ、と思ったんだけど、期待違わず、あの熊野忍びお仙も、倉地政之助も終盤で登場します。『
錦絵双花伝 』や、『退屈姫君伝 』シリーズを読んだ人には、実に嬉しい展開。特に『錦絵双花伝』! もしかすると、あの大蜘蛛仙太郎の子種が根付くやもしれません。

終盤の、「秀頼」と家斉の差しでの会話も楽しい。

「予が家斉である」「予は秀頼である」

歴史上のifは色々ありまするが、たとえゆめまぼろしのような儚いものであろうとも、「そう思ったほうが楽しい」、「そう思ったほうが夢がある」、そういうことはそう思ってしまってもいいんじゃないかなぁ、という物語。

松平定信に対する家斉の言葉がなかなかいいのですよ。

「暮らしを豊かにすれば、すべての苦しみが救われるのか。予はそうは思わぬ。たとえ暮らしが貧しくとも、心豊かな暮らしであれば、金の価値が人の価値とばかりに金儲けに血道をあげる暮らしよりも、むしろ苦しみは少ないのではないか。経世済民とは、人倫を正しくし庶民が楽しく日々を送れるようにすることも含まれているのではないか」

滅び行くものに愛惜の念を、可能性には夢を・・・。錦絵双花伝』はちょっとダークだったけれど、これは明るく楽しく読む事が出来ます(真田の忍び、佐助が操る銅蓮花は、ちょっとむごいのだけれども)。米村さんの心豊かさ、ちゃめっ気が十分に生かされた物語。百七十年に及ぶ隠れんぼ。楽しいではないですか。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。
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古川 日出男
サウンドトラック

青年は護るべきものを見つけ、目覚めたガールは踊りによって外界を揺らし、未だどちらの性にも属さないものは、誠実に現実を射って、一人、烏と共に戦いを挑む。そして、最後に彼らは共闘する。

さて、「
アラビアの夜の種族 」ではまった古川さん。図書館にあるもので次何を読もうかな~、と考えていた私は、amazonやbk1の書評を参考にしました。で、概ね好評だったこの「サウンドトラック」を読んだわけですが、いやー、皆さん良くこれ読みこなしましたね、という感じ。450頁をちょっぴり超える上下二段組と、かなりボリューミーなこの作品は、半分くらいまで読む進まないと、どんな物語かすら分からない。

私が読んだ単行本の表紙を上に載せましたが、今回の場合、こちら、文庫本の表紙の方が内容に合っている様に感じました。多分これは、現実から少し捩れた場所にある、東京を舞台にした青春小説。



主な登場人物は、トウタとヒツジコとレニ。冒頭は、六歳にしてサバイバル技術を叩き込まれたトウタが、父親とのサバイバル・クルーズの訓練中に、荒れる海の中でいきなり父親を亡くす場面。それまで鳴り響いていた音楽は死に、父親は海に消える。トウタは一人、無人の山羊の島に辿り着く。同じ夜、同じ海で、四歳の幼女、ヒツジコは母親の無理心中に付き合わされていた。同じ夜にヒツジコの乗る客船から出た、浅はかな自殺志願者のために降ろされた救命ボートが彼女を救う。ヒツジコもまた、トウタと同じ島に辿り着く。

トウタとヒツジコは、無人の島で完璧に暮らす。ヒツジコはまた、この島にいる間に経験した地震により、自身の体が重力から解き放たれる瞬間を知る。そして1997年、環境庁の依頼で、東京都が小笠原諸島の北部地域からのヤギの駆除に乗り出す。トウタたちが暮らす無人の島に人が入る。都の職員は、トウタとヒツジコを発見する。保護された彼らは、兄妹として父島で暮らすことになる。

父島の暮らしの中でトウタは苛立ち、ヒツジコはある切っ掛けで、自らが沈められた過去を思い出す。目覚めたヒツジコは、トウタより一足先に島を出る。トウタが島を出るのはもっとずっと後。義務教育を終え、持て余されたトウタが父島にいられなくなるのは、まだ先の2008年の話。

現実から、少しずつ捩れていくのはこの辺りから。小笠原諸島よりも暑いくらいに、熱帯化した東京。東京から既に冬は消失していた。女子高生たちは、冬を非夏と呼びならわす。2004年7月に入管法と外国人登録法が改正され、東京のあちこちに移民街が出現していた。少女と少年の間を自由に行き来するレニは、神楽坂の角付近、通称「レバノン」で暮らしていた。本当のレバノンでは、大叔父は王族の鷹匠(サッカール)だったのだという。サッカールとは、黒い目のハヤブサや黄色い目の大鷹を調教する専門の技術者。レニは東京のレバノンで、ハシブトガラスのクロイのサッカールとなる。

移民街で「非日本人化」が進むにつれ、その反動のように「純日本人化」が進む地域もある。ヒツジコが住み、彼女の学校、テレジアがある西荻窪、通称「ニシオギ」は、純日本人のサンクチュアリと化す。

ヒツジコは踊りの技術を高め、外界を揺らすことを覚える。攻めに転じた彼女は、テレジアを揺らす、揺らす。その舞いは、ほとんど天災。免疫を持つ、揺らされぬ何かを持つ少女以外は、全てその踊りに感染する。ユーコ、フユリン、カナという「免疫体」を従え、ヒツジコは長い髪、長い手足を揺らし、踊る、踊る。

東京には様々な要素が混在する。レニが敵視する「傾斜人」、自称コロポックルたちの住む地下。純日本人、非日本人・・・。正規日本人でありながら、変わった生き方を選ぶ、トウタ、ピアス。移民たちのドクトルとして生きるリリリカルド。熱帯化により爆発的な流行を見せる伝染病。トウタは、ヒツジコは、レニは、それぞれのフェイズで、このイカれた東京の状況と戦うことになる。

面白かったんだけど、この面白さに至るまでが、大変な一冊でありました。一旦、読み始めたら、最後まで読むことをオススメしますが、青春物であるせいか、何となく舞城氏に似たものを感じたり(そして、読みこなすのがちょっと大変?)。文庫本の表紙なんかを見ても、これ、長編のアニメなんかにいいんじゃないかな、と思いました。

amazonを見ると、文庫本の解説は、これまた柴田元幸さんのようですね。立ち読みしなくっちゃ!

この記事を書いた時は、割とブツブツ言ってたんですが、でもこれは読み終わった後の方がじわじわとすっごいクる物語でした。なんか中毒性があるというか。私にとってある意味分りやすかった「アラビアの夜の種族」と比べても、全く見劣りしない物語であったなぁ、と。

以下、トラバのためのリンクです。

物語三昧 」のペトロニウスさんのリンクを辿って、更新を楽しみにしているブログ「族長の初夏 」さんの「サウンドトラック」記事です。

・「サウンドトラック」(上) 古川日出男
http://umiurimasu.exblog.jp/5988131
・「サウンドトラック」(下) 古川日出男
http://umiurimasu.exblog.jp/6010103
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テーマ:
諸田 玲子
髭麻呂

平安時代といえば、自分の中では「なんて素敵にジャパネスク!」の瑠璃姫、高彬、鷹男の帝が活躍、若しくは「陰陽師」の安倍晴明と源博雅が活躍する時代。大概、イメージが偏ってはおりますが・・・。

で、今回のこの本は、お鳥見女房」「犬吉」などの時代物をものしている諸田さんが、平安時代を書いたもの。そうだなぁ、くだけた「ジャパネスク」と雅な「陰陽師」の中間のような物語。

検非違使庁に勤める監督長(かどのおさ)なる下位の官人である、藤原資麻呂こと髭麻呂は、盗賊追捕の役を仰せつかっているものの、これが生来の怖がりで。年の頃は二十四。おっとりした顔立ちの優男ぶりを、太い眉と頬髯で誤魔化している。

さて、髭麻呂が仰せつかるお役目とは、巷を騒がせる盗人・蹴速丸を捕らえること。蹴速丸は変貌自在にして神出鬼没。義賊であるという者があるという一方、残虐非道な人殺しだという者もいる。偽者も横行し、誰一人としてその顔を見たものはいないのだが・・・。

目次
楓館の怪
女心の怪
月夜の政変
かけがえのないもの
烏丸小路の女人
笙と琴
香たがえ
鬼法師の正体

髭麻呂と蹴速丸とのファースト・コンタクトは、楓館で殺された女人の元。蹴速丸はなんと役人に化けており、髭麻呂はまんまと彼を逃してしまう! その後も、変幻自在の蹴速丸に翻弄され続ける髭麻呂であるが、いつしか蹴速丸の事情を知り、彼らは友人となる。さて、蹴速丸の隠された事情とは?

怖がりだけれど、心優しく人のいい髭麻呂。気風も良く頭も切れ、かつ隠された役目のために邁進する蹴速丸。髭麻呂の恋人で、謎解きを得意とする梓女。キャリア・ウーマンである、梓女の母(衣擦れの音を頼りに装束を作る、今で言う服飾デザイナー)と祖母(都でその名を知られた調香師)。髭麻呂が拾って、従者とした生意気な雀丸。羅生門近くの孤児達・・・。これらの人物造詣がいいんだー。

実際にあった政変を絡めたストーリーだけど、特に難しくもなく、彼らの活躍を楽しみながら、するすると読めてしまう本。ただし、平安時代の女人として、梓女のスタイルはちょっと疑問だけど・・・。笑 (華奢な体付きに似合わぬ、形が良く豊満な乳房っつーのは、平安時代にアリなのか?) あと、彼女の話し方がちょっと蓮っ葉なんだよな。も少し上品でも良かったと思うのです。 

 ← こちらは文庫。「王朝捕物控え」だそうな。
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テーマ:
倉阪 鬼一郎
ブラッド

不穏当なエントリーですが、これ、本当にとんでもない量の人があっさりと死んでいくのです。
いやー、こんなに人がいっぱい死ぬ小説を読んだのは、ほとんど初めてといってもいいかも。汗

さて、旧家の広大な敷地跡に建った、アミューズメント施設、ファンタスティック・シティM。この施設の周辺で不気味な事件が相次いでいた。近くのファミリーレストランで食事中の母子が、突然ウェイトレスによりフォークでめったざしにされて殺害されたり、同じファミリーレストランで食事中の若い男性が突然発狂し、女性の眉間にフォークを突き立てたり。更にはタクシーの死亡事故、近くのマンションからの飛び降りも・・・。全て施設の半径500メートル以内で発生しているこれらの事件。この周辺では一体何が起こっているのか?

謎に迫るものに死を贈りながら、物語は語られる。探偵役になるかと思われた人間が次々に死に、次の人間へと謎は順送りされる。そうして浮かび上がってきたのは、童謡のようなメロディーを持つ不気味な詩と、『子供を悪魔にする方法』なる一冊の本。この本を著した久谷透とは、一体何者だったのか?

ラストは宗教家たちと邪霊との戦い。勝者はどちらだ?

まともにホラー小説を読んだのは、ほぼ初めてなんだけど、うーむ、ホラーってこういう理不尽なものなのでしょうか。とりあえず、先が気になって、どんどん読んじゃうことは読んじゃったけど、残るものはあまり気持ちの良いものではない。

倉阪鬼一郎さんが翻訳された本を借りたので、ついでにこちらも借りてきたんだけど、ちょっと呆然とするくらい人が死ぬ物語で吃驚。ホラー小説ってこういうもんなの? うーむ、この方の本は、多分もう読まないなぁ。私はも少し古典的な怪奇小説の方が好き。あと、怪奇小説の翻訳なんかをされているので、もっとお年を召した方なのかなぁ、と漠然と思ってたんだけど、意外とお若いんですね(1960年生まれ)。

 ← こちらは文庫。単行本とどっちが不気味?
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