旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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青来 有一
爆心

目次







目次がちょっと変わった作り。
釘を頂点として、時計回りに、石、虫、蜜、貝、鳥と六作品が円形に並べられている。

主人公となる人物の年齢も性別もバラバラだけれど、共通しているのは、長崎を舞台としていること。長崎と言えば、被爆地であるとともに、キリスト教とも縁の深い土地でもある。多くの殉教者を生みながらも、先祖代代、愚直なまでに神を信じてきた、彼らに与えられた運命とは? のみはちょっと違うけれど、苦しみがまだ足りないとばかりに、なぜ彼等に苛酷な運命が襲うのか。

描かれていることは、結構辛いことが多いのだけれど、穏やかな人々が操る方言のせいか、どこかやさしくもある。どんな辛い出来事が人々を襲おうとも、そこで人生が分断されるわけではなく(分断されるに等しい出来事もあるけれど)、それでも彼らの生活は続いていくし、一歩一歩、家族や支えてくれる人々と共に、生きていくしかないのだよなぁ。

■もともと、読むきっかけとなった、作家、桜庭一樹さんの「読書日記」の記事に
リンク

■関連過去記事■
てれんぱれん 」/わたしを待っていたのは…
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乾ルカ
夏光

目次
第一部 め・くち・みみ
 夏光(なつひかり)
 夜鷹の朝
 百焔(もものほむら)
第二部 は・みみ・はな
 は
 Out of This World
 風、檸檬、冬の終わり


非常に巧い小説だと思います。
で、好きかと言うと、実はこれは微妙だなぁ、と思いながら読んでたのだけれど、ラストの「風、檸檬、冬の終わり」は結構好きでした。なので、ラストでちょっと評価を覆された感じ。

め、くち、みみ、は、みみ、はな。

身体の一部を主題に語られる異能の話。どれもこれも、死の匂いが強く、一部どうしようもなく陰惨でもある。その辺が、不思議を描いていても、朱川湊人さんなどとは違うところかなぁ。「風、檸檬、冬の終わり」にはまだ希望が見えるけれど、その他の物には、何だかほとんど希望がないのだ(「百焔」のあれは希望と見るべきか?)。

■夏光(なつひかり)
 
哲彦は疎開先で喬史という少年と仲良くなる。顔の左半分を黒い痣に覆われているものの、喬史の眼は実に美しいものだった。村人は、喬人の痣をスナメリの祟りだと忌み嫌うのだが…。喬人の目に流れる青い光の意味とは?

■夜鷹の朝
 
健康を害し、静養のために厄介になることになった家で、私はマスクで口を隠した愛らしい少女に出会うのだが…。

■百焔(もものほむら)
 
美しい妹マチといつも比べられる、姉のキミ。キミは幼い頃から、妹が憎くて仕方がなかった…。そんな折、出会った美しいモダンな女性、鶴乃に、キミはあることを教えてもらう。

■は
 
学生時代の友人、熊埜御堂の快気祝いに招かれた、長谷川。熊埜のたった一つの頼みは出された食事を決して残すな、というものだった。刺身や、鍋の中に入っている、非常に美味な白身の魚。熊埜の話と共に食事も進んでいくのだが…。

■Out of This World
 マコトの住む田舎に越してきた転校生のタク。タクの父はテレビに出るようなマジシャンだったが、息子であるタクを使った脱出マジックの失敗により、テレビ界から干されてしまう。タクの体には傷が絶えず、周囲の大人は、父親による虐待を心配するのだが…。

■風、檸檬、冬の終わり
 私には、嗅覚の異常があった。左右の鼻の穴から感じる匂いが一致しないのだ。いつしか、私は左からする匂いは、他人の感情が発する匂いなのだと理解する。死期が迫った恩人から、漂ってきた匂い。それは、私がただ一度だけ嗅いだ、忘れられない匂い。凛冽とした風、青さの残るレモン、冬の終わりの一時だけ大気に混じる緑と土の気配が混じり合う…。
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青来 有一
てれんぱれん

「てれんぱれん」という言葉は、九州地方の言葉で、何となくぶらぶらと過ごして、怠けている人を非難する時に良く使われるのだという。

語り手の「わたし」の父が、まさにそんな「てれんぱれん」な人物だった…。忙しく立ち働く母の横で、父はいつもたばこをふかし、無防備な背中を晒していた。母は、のちにニラ焼き屋と呼ばれるようになる、お好み焼屋を切り盛りしており、子供であった「わたし」も母を手伝い、母と共に「てれんぱれん」な父を責めるようになっていた。

子供たちも独立し、同じく「てれんぱれん」であった夫との離婚も成立し、また一人に戻った「わたし」が思い出すのは、父と「わたし」を繋いでいた不思議な出来事。思春期を迎えた「わたし」は父を疎んじるようになり、何かを伝えたがっていた父の言葉を聞くこともなく、そのまま病弱な父は消えるように亡くなってしまっていた。父の思い出を追うように、以前の住まいの近くに居を移した「わたし」を待っていたのは…。

青来有一さん、初読みです。この作家さんが気になったのは、桜庭一樹さんの読書日記のこちらの記事 がきっかけ。

ただ、ここで取り上げられている「爆心」は長崎の被爆体験を書いた短編集ということで、初めて読むにはちょっと重いかなぁ、と思い、雰囲気で「てれんぱれん」を借りてきました。

でも、「てれんぱれん」も舞台は長崎。「わたし」の父もまた被爆者であり、原爆は父の人生にも大きな影を落としていたのです。

「てれんぱれん」とは前述のように、人の状態を表す言葉だけれど、それは父と「わたし」だけに通ずる符牒のようなものでもあった。父は不思議な物が視え、その力によって物事を解決出来る拝み屋のようなところがあった。それは密やかに行われるものであったけれど…。幼き日の「わたし」も、父の背中に触れている時だけ、不思議な物、「てれんぱれんさん」が視えるようになり、年とともに彼らが視えなくなっていた父の目となって働く事があった。

父が言うには、死んだ子どもは、その場所で神さまになるのだという。そこにしがみついて、父や母が迎えに来るのを、てれんぱれんとただ待っている。恨みもせず、祟りもせず、ただただ黙っている、並の神さまである、「てれんぱれんさん」…。ま、「祟りもせず」と言っている割には、「てれんぱれんさん」が見えた場所から何かが出て来て、その供養が終わると、家族の不幸が終わったりもするので、そこはちょっと不思議だけれども、ただぼーっと立ったり座ったりしている、白く無力な「てれんぱれんさん」。そうして、再びこの地に戻ってきた「わたし」を待っていたのは…。

福か禍かも分からなかった「てれんぱれんさん」。それでもそれは、父と娘を繋ぐ、待ち人でもあったのです。

次は「爆心」を読もうっと!
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山口 瞳

血族


山口瞳さんのファミリー・サーガです。この本のことは、桜庭一樹さんの読書日記で知りました(こちら )。気になって図書館から借りてきたら、ぐぐっと引き込まれ、桜庭さんも「ページをめくるのが止まらなくなったー!」と書いておられるけど、まさにそんな感じ。すっかりページに引き寄せられてしまいました。

薄皮を剥ぐように明らかになっていく、山口氏の母上がひた隠しにしていた母方の「血族」の事情。それはまるで、良く出来たミステリー小説のようでもある。

雑誌に頼まれ、田中角栄論を書いていた山口氏。田中角栄に迫るにあたり、自分の父親との対比を試みようとしていた氏は、ふとこれまで気づかなかったことに気づく。それは、父と母、それぞれの若い頃や、その後の写真はあるのに、両親の結婚式の写真が存在しないこと。自分が生まれる前の写真が、存在しないのはなぜなのか? それだけであるのなら、そう不思議なことではない。しかし、謎は続く。

兄と自分の近すぎる生年月日の謎、「瞳」という男性としては珍しい名前を氏に付けた母の謎、美男美女ばかりの親族の謎、その親族が皆、どこか頽廃的な性情を持つという謎…。山口氏自身に纏わりついた欠落感…。そして、親類の謎めいた言葉。

「いつか教えてやるよ」
と、親類の一人が言った。その人も明治の生まれである。
「いつか教えてあげるけれど、まだその時期じゃないな。お前は小説家なんだから、知っておいたほうがいいかもしれない」

そう、氏の家族には、確かに「何か」があったのだ。しかし、それは母がひた隠していた秘密でもある。父と母の秘密を暴くことを躊躇していた氏は、教えてくれる親類も全て亡くなってしまった頃になって、改めてその謎に向かい合うことになる。

自らの家族の謎を追い求めるという点で、マイケル・ギルモアの「心臓を貫かれて 」を思い出す。

時に怖れながら、時に秘密を暴く辛さに慄きながら、謎に迫って行く姿は、痛々しくもある。

正直ね、時代の違いからか、そうして浮かび上がった真実に、さほど驚きを覚えなかったりもするのだけれど、どこまでも仲間であったのに、血よりも濃い絆で結ばれていたのに、ばらばらであらねばならなかった事情が辛いなぁ。ばらばらでありながら、やっぱり強い絆で結ばれてもいたのだけれど。

「心臓を貫かれて」では、マイケル以外の家族を繋いでいたのは、彼らが体験した同じ地獄だったけれど、「血族」においても一族を繋いでいたのは、彼らが共通に背負った業であった。人を繋ぐのはプラスのものだけではなくて、時にマイナスのものが強く人々を結び付けることがある。なんだか、その繋がりが哀しいものだなぁ、と思いました。でも、過去があって現在がある。過去の欠落は、また新たな欠落を生んでしまう。たとえどんな過去であっても、共有してこそ家族なんじゃないかなぁ、とも思いました。愛する者だからこそ、知られたくないこともあるのだろうけれど…。哀しいけれど、迫力の一冊でした。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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蜂谷 涼

へび女房


なんでか、気になってしまって借り出した本です。かつ、タイトルにも、蜂谷 涼さんという作家にも見覚えがなかったはずなのに、一部はどこかで読んだような気が。連載とも書き下ろしとも書いてなかったんだけど、どこかで連載されてたのかなぁ。

さて、時代物であることが分かるこの表紙に、「へび女房」というタイトル。読む前はちょっと怖い話を想像していたんですが、これは幕末から明治にかけて時代が激変する中、懸命に生きた女性たちの物語なのでした。明治維新によって時代ががらりと変わる中、ある者は武家から的屋を経て薬屋へ、妾腹とはいえ姫君から芸者へ、「らしゃめん」と呼ばれ、謗られる異人の妻へ…。

一つ一つの短編はゆるい繋がりを持っており、あちらに出てきた人がこちらにもというわけで、その時語られなかったその人の事情が語られることで、その前後の短編もより味わい深くなる。

目次
へび女房
きしりかなしき
雷獣
うらみ葛の葉


強いけれど、悲しみ、悔しさを胸に秘めた女性の四様の生き方。
印象深かったのは、「きしりかなしき」と「うらみ葛の葉」。

きしりかなしき」は、めだまとおでこという、ユーモラスなお座敷名を持つ芸者二人の話。幼いころから色里で育ったたまが「めだま」、松平侯のご落胤、糸子が「おでこ」。アメリカ人軍事顧問に、日本人の妻を所望された大隈重信が、糸子の血筋を頼んでお座敷へとやって来るのだが…。
花街に沈むも苦海、将軍夫人となるのも地獄。留まるも行くも辛い道。まるで双子のような、めだまとおでこ。それぞれに、それぞれの辛い人生があったのだけれど、誇り高いおでこは、めだまを己の影とし、今一人の己と戦っていた…。

うらみ葛の葉」は、怖かったなぁ。文部大臣、森有礼の妻、常子が生んだ赤ちゃんは、金髪に白い膚。この生まれるはずのない子供を産んで以来、常子の心はどこかへ行ってしまった。親交があった、東京大学医学部教授、ベルツの妻である花は、彼女を見舞い、彼女の事情に心を砕くのであるが…。ここでは、森有礼が滅茶苦茶ひどい奴なんですが、実際のところ、どうだったのでしょうか。

しかし、もともとこの辺の話って、漫画で読むこともあるせいか、書きこまれれば書き込まれるほど、なぜだか漫画チックにもなってしまうように思いました。…という私の突っ込みは、突っ込みまくりの「百年の誤読 」を併読してた弊害か??
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伊坂 幸太郎

死神の精度


目次
死神の精度
死神と藤田
吹雪に死神
恋愛で死神
旅路を死神
死神対老女


目次を見てもひたすら死神死神なんだけれども、そう、これは人間界でオシゴトをする死神・千葉のお話(人間界で仕事をする死神には、なぜか地名に基づいた名前がある)。

人間界においては完全に旅人であり、様々な感情、感覚を、借りた男性の体を使って、しっとりと味わっていくブラッド・ピット主演、ジョー・ブラックをよろしく(感想はこちら )と同様に、「死神」は人の微妙な機微や、言い回しが分らないけれど、これはどちらかというと缶コーヒー「BOSS」における、トミー・リー・ジョーンズ演ずる宇宙人の方がイメージに近いかなー。余計な仕事はしないことをモットーとしているし、結構冷たくも感じそうな部分もあるけれど、自分とは違う存在である人間を、仕方ないなと見守ったり、その不思議さ、脈絡のなさを尊重しているように思うのです。

ちょっとお茶目な面も用意されていて、それは死神たちの特性として、「ミュージック」を何よりも愛するところ。調査部に属する死神のお仕事は、情報部(やつらは、いつだって必要な情報しか与えてくれない。こちらから特に聞かない限りは!)から渡されたスケジュール表を元に、死を迎える人間に接触し、その人間の死を見定めること。彼が「可」と言えば一週間後にその人間は死に、「見送り」と言えばその人間は生き続ける。大抵は「可」の判定を下すこの死神・千葉。さっさと仕事を終わらせれば良さそうなものだけれど、どうも、この死神たちは「ミュージック」を聞きたさに、調査を延ばしているようなところもある。同業者に会うのは、どこよりもCDショップの確率が高い。

仕事で人間界にやって来る時は常に雨が降っていて、これまで晴天を見たことがなかったこの死神・千葉。この短編は、短いスパンの話ではなくて、実は長い期間にまたがる話。
最後に千葉がみた景色が良い。

人間というのは、眩しい時と笑う時に似た表情になる。眩しいのと嬉しいのは似てる?
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米原 万里

打ちのめされるようなすごい本


ずーっと前に(珍しくも)購入して、それからぼちぼちと読み進めている本です。

目次
第一部 私の読書日記
第二部 書評 1995~2005


「読書日記」と、「書評」とに分かれた二部構成。読書日記で出てきた本が「書評」の方にも登場したりして、被っている部分もあるのだけれど、そうするとどちらかというと生の感情が出ている日記と、評論的に書かれた書評を読むことが出来て二度美味しい。

それにしても、驚くのは読書の幅広さもさることながら、世界情勢と緊密に繋がった、まさに「活きた」読書であること。

たとえ、フィクションであっても、土台を知っていたり、更に深く知ろうとすることで、同じ一冊の本から得られることは格段に増える。同じ高野和明さんの「13階段」を読んでいても、私は「面白い」とは思ったけれど、粗も気になったし、米原さんのように深くは読み込めなかった。米原さんの死刑制度への考えは、この一冊の本から深まっていく。私が思った粗の部分は、勿論米原さんも指摘されていて、「欲を言えば、真犯人の造形をもう少し肉付けしてほしい。それから、なぜ犯人は証拠を焼却せずに隠したのか、合理的な理由が欲しい」と注文を付けていおられるのだけれど、それはそれとして、その段階で得られる全てのものを、深く深く吸引していくような迫力を感じるのだ。

深く感動し、深く考える、米原さんの溢れる活力を強く感じる一冊。ああ、こういうことね、とさらりと流したり、ああ、知ってる知ってる、と斜に構えたりせず、いつだって一冊の本に対してとっても本気。

1995年の書評から引くと、米原さんの読書ペースは「ここ二十年ほど一日平均七冊を維持」しておられたそうで(このあと、視力と読むスピードの減少を嘆く話に続くのだけれど)、この深さでこの読書量。圧倒されてしまうのだけれど、もう、こういうものを読むことが出来ないのがとても残念。「書評」も2005年で止まっているわけだけれど、新刊でとても良い本に出会うと、ああ、この本を米原さんが読まれたら、どう評されるのだろう、と考えてしまう。この「すごい本」に出会えた喜びを、米原さんと共有したかった!、と。

■小説家としての米原さん■
オリガ・モリソヴナの反語法 」/オリガ・モリソヴナとは何者か?

■エッセイストとしての米原さん■
真夜中の太陽 」/米原万里さん

■気になった本メモ■




アナトーリイ・イグナーチエヴィチ プリスターフキン, 三浦 みどり
コーカサスの金色の雲 (現代のロシア文学)

←これはどうかな、と思ってたけど、装丁もいいし、amazonのレビューもよさそう。この表紙って、朝倉めぐみさん?? んー、これだと良く分からない…。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。
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服部 まゆみ

ラ・ロンド―恋愛小説


服部まゆみさん初読みです。サブタイトルに「恋愛小説」とある本書。三篇の物語は緩やかに繋がりながら、まるで踊るようにそれぞれの恋をうつす。

目次
父のお気に入り
猫の宇宙
夜の歩み


父のお気に入り
新劇の十一歳年上の女優、妙子と付き合うことになった、大学院生の孝。二人を結びつけたのは、ジョン・フォードの戯曲「あわれ彼女は娼婦」。孝は美しく大人の女性である妙子を愛するが、彼には中学時代の忘れ得ぬ思い出があった。それは赤ら顔の醜く太っていた同級生の、意外なほどに艶めかしい桃の果肉のような白いうなじ。孝は偶然、その同級生、河合と出会うのだが…。
読み終わってタイトルの意味を思うと、うわーとなる。

猫の宇宙
同級生の姉、瑠璃に憧れていた「わたし」。四姉妹であった彼女の妹、鴇子と結婚したけれど、瑠璃とは似ても似つかぬ妻や、縁戚との騒々しい日々の生活は頭痛ばかりをもたらす。義父の元アトリエ、現・「わたし」の書斎に籠ってはマーラーを聴く毎日。そんな代り映えのしない日々であったが、進学に伴い、札幌から瑠璃の娘、藍を預かることになった。「わたし」は藍との会話に心休まるものを感じるのだが…。
さて、「わたし」の専門は哲学で、職業は私大の講師。哲学の道を選んだのには、幼き日の弟の疑問が絡んでいたのだが、自称・芸術家の弟、克己は、三十五を過ぎてもろくな仕事に就きもせず、私の苛立ちを煽る。それどころか、弟は幼き日の疑問にも、勝手な解釈を見つけたようで…。

夜の歩み
前二篇を繋ぐ物語。妙子と孝の二人が、行きつけのジャズバー『滝』の前で出会ったのは、「猫の宇宙」に出て来た藍と克己。二組のカップルの行方はいかに?

みんながみんな、腹に一物を抱えたまま、恋を踊る。そんなわけで、ここで出てくる恋愛は、お天道様の下でピクニック!というようなものではなく、暗い眼差しを湛えた隠微な感じ。この中でいえば、真っすぐで猪突猛進型の藍や、ひたすらに己の正しさを信じる「わたし」などは、まだまだ甘ちゃんと言えるのかしらん。この怖さをもっと突き詰めていくと、皆川博子さんの小説のような雰囲気になるような気がします。

 ■思い出した皆川博子さんの短編集→「鳥少年

恋愛ものでいえば、こちらはもうそれはそれは直球のド・ストレートですが、自分の中では、姫野カオルコさんの「ツ、イ、ラ、ク 」がやっぱりまだまだ一番。「ツ、イ、ラ、ク」のサイドストーリーである、「 」の文庫本が出ているのを発見して、解説を立ち読みしたのだけれど、この解説が愛に溢れていてとっても良かった! 一編集者、四十代の男性が書いたという解説だったのだけれど、男性から見ても、やっぱりこの一連の作品はとても力のあるものだったんだなぁ、と。「ツ、イ、ラ、ク」が直木賞を外したことについても触れられています。ほんと、「ツ、イ、ラ、ク」はもっと評価されるべき作品だと思うんだけどな~。良かった!、と思った単行本が文庫化されると、その解説を読むのが楽しみだったりします。桃」の解説はほんと良かったです、あれは愛ですね。

さて、また「ラ・ロンド」の話に戻りますと、それなりに力のある作品だとは思うのだけれど、私はこういう系統だったら、皆川博子さんを読みたい。著者、服部まゆみさんの作品の中で、「ラ・ロンド」はどんな位置づけなのかなぁ。
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石田 衣良
Gボーイズ冬戦争―池袋ウエストゲートパーク7

IWGPシリーズも、気づけば随分と冊数を重ねていて、とうとう今度は第七弾! …マコトって一体いくつになったのかしらん? だからというわけではないかもしれないけれど、今回のお話では、マコトやお馴染み超絶クールなキング・タカシの身辺にも、少々変化が訪れる気配? このシリーズに関しては、マンネリ寅さん状態も悪くはないけれど、やっぱり少しは違う展開が読みたいもの。そういう意味では、ここ最近のこのシリーズの中では、本書が一番面白かったかなー。

要町テレフォンマン詐欺師のヴィーナスバーン・ダウン・ザ・ハウスの三作は、お馴染みのマコトの人助け。振り込め詐欺グループからの足抜け、あやしげな絵を売りつける女神に負わされたローン、自分の家に火を付けてしまった少年…。

表題作でもあるGボーイズ冬戦争では、一転、マコトとキングの友情にスポットが当たる。ひょんなことから、自分が書いたコラムを元にした自主製作映画に出演することになったマコト。映画監督は腐ったスニーカーと、染みだらけのチノパンを履いたアキヒロ。映画製作の元手は、彼がカードローンで掻き集めた400万。下流社会代表の生涯一フリーターのアキヒロ。どうせ自分は一生バイトして終わる運命。一度くらいは好きなことをしてみたかったというのだが。

一方、鉄の結束を誇るGボーイズの中にも不穏な動きが起こり、GボーイズNo.2のヒロトは、キング・タカシに反旗を翻す。Gボーイズの内紛に時を合わせるように、裏社会からは「影」と呼ばれる凄腕が呼ばれ、また、過去因縁のあった目出し帽の男が池袋の街に現れる。この騒ぎを裏で操るものは誰なのか?

今回は、珍しくGボーイズの王様、タカシの台詞が多く、彼の本音が少しのぞけるのが嬉しいところ。赤・黒」のサルの番外編のように、キングの番外編も読んでみたいなぁ。…口数が少なすぎて成立しないのかな。

目次
要町テレフォンマン
詐欺師のヴィーナス
バーン・ダウン・ザ・ハウス
Gボーイズ冬戦争


☆関連過去記事
「池袋ウエストゲートパーク
・「電子の星 池袋ウエストゲートパーク(4 )」
・「反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパーク(5 )」
・「灰色のピーターパン 池袋ウエストゲートパーク(6 )」
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星野 智幸
植物診断室

新聞の書評で気になって借りてきた本。

子供にはなぜか懐かれるのだけれど、孤独を好み、独身、散歩というよりは、徘徊という言葉が似合う趣味を持つ中年男性、寛樹。実家の母親の決まり文句は、「誰かいい人はいないの」。

子供に懐かれる特性を買われ、妹夫婦に紹介されたのが、DV夫から逃れて離婚したばかりの山葉母子。母である山葉幹子は、息子・優太に、父親とは異なる大人の男性のロールモデルを示したいというのだが・・・。

世にいう「成長」が自分には欠落していると感じる寛樹ではあるが、幹子の「面接」に合格し、山葉母子と友好を深める事になる。知らない道を歩く楽しさを優太に教え、自分の住む(転勤になった同僚から譲り受けた)タワーマンションのベランダに造り上げた、「自然林」を見せ・・・。それは幹子曰く、本物の匂いがする二十一階の森。

絆を深める寛樹と山葉母子であるけれど、山葉家の合鍵を貰う段になっても、寛樹は幹子が自分の役割を、子供との関係だけに縛っていると不満を持ち、爆発してしまう。ぼくの居場所はどこなのだ?

しかしながら、居場所とは自分で要求するものではなく、いつの間にか形作られるもの。既に幹子と優太の信用を勝ち得ていた寛樹と彼らの交流は、それでも続く。自らが子供を持たなくても、寛樹が新しい大人の男性像を示すことで、根茎で繋がるスギナ、杉の子のように、寛樹は未来とも繋がっていく・・・。

タイトルにある「植物診断室」とは、寛樹がしばしば通う、植物診断師による一種の療法を行うところ。一旦、生物の生れる前の地球に戻り、微生物になり、魚になり、動物へ、植物へと姿を変える。今、自分はたまたまヒトへと生れついたけれど、そこに至るまでには沢山の分岐があり、植物になっていたとしても、何の不思議もない。そうして診断師は、植物となったその人間の未来の姿かたちを、探ってみるのだという。

とはいえ、結局、人間はその人間でしか有り得ず、自らのアイデンティティに確信を持ったラストにおける寛樹は、もう植物診断室へは行かないだろうという予感を得る。多少、不健康ではあろうけれど、この「植物診断室」という部屋の描写は、ちょっと魅力的でありました。

うーん、全体の感想としては、ちょっと息苦しいかなぁ。もう一冊くらい読まないと、作家さんの判断は出来ないけれど、こういった生き辛さを書いた作品は、ちょっと苦手かも 。多少身につまされるんだけど、解決策が微妙というか・・・。
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