旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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大島 真寿美

やがて目覚めない朝が来る


舟と離婚した、信子と有加の母子は、舟の生母である「蕗さん」が住む洋館に転がり込んだ。有加にとって祖母にあたる蕗さんは、「おばあちゃん」ではなく、どうしたって「蕗さん」なのだった。

高名な舞台女優であった蕗さんは、三十五歳の時に秘密裏に出産した。助けてくれた友人たちにも、相手の名を明かすことのなかった蕗さん。息子、舟は蕗さんを母と呼ぶこともなく、少々歪な形で成長した。ところが蕗さんの相手、「先生」が舟を認知して亡くなる直前、息子、舟の存在が世間にばれ、また先生の死と同時に、蕗さんは惜しまれつつも電撃的に引退してしまう。

有加が生まれるもっと前、蕗さんの前半生は、かようにスキャンダラスでもあったけれど、有加たちが転がり込んでからはその生活は穏やかなもの。訪れるのは昔からの友人、知人たち。蕗さんの所属事務所にいた富樫さん、芸能記者だった田幡さん、衣装デザイナーのアシスタントだったミラさん、建設会社の会長の一松さん…。有加は大人たちの話を聞くともなく聞くうち、自分の周りの様々な事情を知るようになる。

大人の中で育つ子供の哀しいところは、彼ら彼女らが、必ず誰かを見送らねばならないこと。そもそも母・信子の両親は、彼女が幼いうちに事故で二人ともが亡くなっていたり、時に番狂わせがあったりもするけれど、有加はそうしてそれぞれに味わい深かった人たちを見送っていく。みな、それぞれのやり方で、「目覚めない朝」を迎えるのだ…。

思い出話はその人がいなくなれば消えていってしまう。その時、その場所で、誰が過ごしたのか、何を話したのか分かる人はいなくなっていく。それは、でも、それでいいのだ。間違ったと後悔しても、人生を繰り返したところで、その人の分の中で、きっとまた同じ行動をとるのだろう。とにかく、確かなのはやがてその日はやって来るということ。後半は、有加自身の人生もさらりと重なり…。

やがて来る終りに向けて。 それは誰にでも平等に訪れるものではあるけれど、いつやって来るものかは分からない。それでも、後悔のないように。途中からはどう考えても、この愛すべき人たちを見送らねばならないのだなぁ、と胸が詰まる思いがしたけれど、良い読書でありました。
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塩野 七生, 水田 秀穂
漁夫マルコの見た夢

あの塩野さんが絵本??、という感じですが、中型の本だし、実際は結構文字も多いし、でもって内容も結構おっとなーなので、これもまたありかな、な本なのです。

ヴェネツィア近くのリド島に住むマルコは、十六歳にして既にリド一番の牡蠣獲り名人と言われていた。普段は口数の少ない控え目な若者であるのに、海の中でマルコは大胆で自信に満ちた一人の男に変わる…。

さて、いつもはマルコの獲る牡蠣を、親方が金持ちの家に売りに行ってくれるのだけれど、生憎用事があった親方はマルコに代わりを頼む。壮麗なダンドロ家の配膳室に招き入れられたマルコは、そこでキプロスのマルヴァジア酒を振舞われる。通常、親方ペペに振舞われるものよりも、上等な葡萄酒…。マルコはそれだけ見目が良く、若い女の召使が思わず贔屓したくなるような若者だというわけ。

そこへ突然入って来たのは、ダンドロ家の美しい奥方。奥方の気まぐれで若い貴族のなりをさせられたマルコは、ダンドロ家で開かれた夜会の客となる。

商用のため、主人たちが長く海外に滞在することの多いヴェネツィアの貴族の家では、留守を守る女たちには、「カヴァリエレ・セルヴェンテ」(奉仕役の騎士)と呼ばれる男をはべらすことも許されていたのだとか。しかしながら、これらの男たちは主人たちと同じ階級の男たちであることが不文律であり、他の階級の男たちに手を出すことは許されなかったのだという…。

夜半近く、客たちは仮装して街へ出る。男と女は、長い黒マントの下に見える衣装でしか見分けることが出来ず、鳥のくちばしのように鼻のとがった仮面で上半分を覆っていては、誰かを見分けることもまた不可能である。そう、まるで深い海の底に潜ったかのようで…。仮装したマルコは、みずみずしい若さをまき散らすかのように大胆に振舞い始める。

そして、ダンドロ家の屋敷に辿り着いた奥方とマルコは…。マルコは柔らかな寝床の上でも、自由で大胆な漁夫であった。

一夜が終われば、それはただの夢。しかしながら、マルコは朝の光を正面から受け、波の上に美しく浮かぶヴェネツィアの街を眺めながら、ある確信で身体を熱くする。マルコは再びあの夢を見ることが出来るのか? 策略をめぐらすマルコは、最初の純真な彼ではないけれど、自由で大胆な漁夫というのがまさに彼本来の資質であるのかもしれない。

さて、ダンドロ家と言えば、「三つの都の物語 」の主人公の一人、マルコ・ダンドロがまさにダンドロ家の出であった。マルコは良くある名前なのだろうけど、このダンドロ家とあのダンドロ家が関係あれば、ちょっと面白いなぁ、と思ったことでした。大胆に行動した漁夫マルコの血が、もしもマルコ・ダンドロにも流れていたら…。生粋の貴族よりも、何だか魅力的だなぁ、と。「三つの都の物語」において、マルコ・ダンドロは生粋の貴族として、きちんと行動していたのだけれどね。
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角田 光代, 岡崎 武志
古本道場

作家の角田さんを弟子とし、岡崎さん(私は知らなかったのだけれど、書評を中心に活躍するフリーライターだそう。これ読んだあと、図書館で著書を見かけました!)を師とする古本道場。毎回、師から指令が出され、弟子・角田さんはその指示に沿って行動する。そこは作家、角田さんであるからして、師に対する報告も、やはりまた読ませるのです。角田さんの旅エッセイも読んでみたいなぁ、と思ったことでした。実際、この本を書いている最中にも各地を旅されていたようで、さらりと書かれているそれにも興味を持っちゃったのです。

目次
古本道場 其の一 入門心得
神保町
古本道場 其の二 なつかしい、あの本と再会
代官山・渋谷
古本道場 其の三 代官山で知る古本屋の未来形
東京駅・銀座
古本道場 其の四 夜のパラダイスよ、花の東京
早稲田
古本道場 其の五 早稲田古本街で青春プレイバック
青山・田園調布
古本道場 其の六 ついに二階級特進!
西荻窪
古本道場 其の七 西荻村を満喫
鎌倉
古本道場 其の八 土地柄と値段を学ぶ
ふたたび神保町
 古書店一覧
 あとがき


私が普段行く古本屋は、所謂チェーン展開しているようなお店で、ここで出てくるような古本屋ではないのだけれど、絵ハガキがあったり、蔵書票があったり、昔の映画のパンフレットがあったり、紙という文化そのものを愛するような、こういう古本屋さんも良いなぁ、と思いました。

児童書・絵本が専門の古本屋さんなんてものがあるのだとは知らなかったし〔神保町・呂古書房〕、同じく東京駅の八重洲の地下街に古本屋があることも知らなかった〔八重洲古書館〕。古本屋街がくっ付いている、早稲田の町での学生生活は羨ましかったなぁ。

これ、この本自体もとても美しい作りで、表紙は角田さんご自身の本棚だそうです。味のある本棚ですよね。ポプラ社って、昔は児童書でお世話になったものですけれど、最近ずいぶん頑張ってますよねえ。

でも、これ、第二刷なのに、実は誤植を発見してしまいました! 誤植を見つけると、なんかドキドキしちゃうのは私だけ???
(p175 ×抱負→○豊富 だと思う)

さて、角田さん、さんざんご自身が育ったところは田舎で、一軒あった本屋も、田舎にありがちな品揃え(週刊誌と文房具と漫画雑誌を売っている)だったと書かれているんだけれど、横浜市出身と書いてあるのですよね。うーん、横浜でもそんな? つか、横浜の山側に育ったとか、海と言えば鎌倉とか、大船観音を見て「大船を通過するとき見える大船観音は、これくらい大きいんだよな、という大きさをいつも上まわって大きい。」とか、何だか私の育ったところと近いように思うのだけれど、うーん、横浜のどの辺なのかしらん。

なんて、個人的興味は良いとして、角田さんが買われた本は、趣味が良すぎて、私には分らない物もたくさん…。そういう意味で、作りはポップで美しい感じになってるし、柔らかい語り口だけれど、なかなかに侮れない物があります。私にとっては、釣り好きの気のいいおじさんである、開高健さんのベトナム戦争でのエピソードも知らなかったし(開高健はアメリカ軍の最前線に加わってルポを書いていた時に、戦闘に巻き込まれる。この戦闘で助かったのは、二百人中たった十七名)。

人によっては、単なる汚い本になってしまうかもしれない古本。でも、どこかの誰かの血や肉となり、愛された本がまた新たな読者を得ていくとすれば、こんなに素敵なことはないよねえ。

<関連過去記事>
・「対岸の彼女 」/大人になるのは何のため?
・「空中庭園 」/砂上の楼閣
・「人生ベストテン 」/浮遊するこころ

ニシオギと言えば、古川さんのこちら!
ここでは、「サブカルチャーの整った田舎」と書かれているのだけれど、やっぱり何だか独特な街なようで、行ったこともないのに、私の中での西荻窪イメージがどんどん固まって行きます。笑
・「サウンドトラック 」/青春を駆け抜けろ
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泉谷 玄作

花火の図鑑


実際は「夜花火」のみについて書かれている本ではないのだけれど、やっぱり花火の醍醐味と言えば、夜空にぱーっと花開くところでしょう。というわけで、この本のボリューム的にも「夜花火」に多くが割かれている。

そして、ちょっと、この本、表紙を見ているだけでも楽しいでしょう?
夏場に借りたかったのだけれど、予約待ちをしていたら、こんな秋風が涼しい季節になってしまいました。秋の夜の深さには、ちょっと花火は似合わないかしら。

もくじ
花火のひみつ
花火の図鑑
花火と親しむ


打ち上げ花火の大図解」では、花火のA~Dの各部分について知り、また、これによってまるで漢文のような花火の名前、玉名の意味が一応類推出来るようになる。

 
A:曲導(昇りの途中で起こる変化)
 B:芯(大きな輪の中心にある小さな輪)
 C:光のすじの変化(光のすじの色の変化)
 D:先の変化(花火が開ききってからの光の先の変化)


たとえば、「昇分火付八重芯錦菊先紅点滅」などは、①昇分火付-②八重芯-③錦菊-④先紅-⑤点滅に分けることができ、①-A、②-B、④-C、⑤-Dの各部を表す他に、③は「菊」や「牡丹」などの親星によって決まる花火の種類を指す。
こういった、ある種理詰めでつけられた名前のほかに、その他にはイメージでつけられた玉名というのもあるそうです。

花火の色の不思議」では、懐かしの炎色反応を思い出し(リアカーなきK村、動力借りるとするもくれない馬力)、また、和火と洋火の違いを知る。江戸時代まで、花火の星は硝石と硫黄、木炭の3つを原料とした黒色火薬系で作られており、燃焼温度が低いため、炭が燃えるときの赤橙色をした花火しかなかったのだとか。花火師たちは木炭の種類を使い分けて、燃えるときの色の濃淡をつけ、この暗い赤橙色の花火を「和火」という。

理屈を抜きにしても、沢山の写真が載せられているので、それを見ているだけでも楽しい本。
世の中には実にたくさんの花火があるみたいですよ。
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村山 早紀, 名倉 靖博
コンビニたそがれ堂―街かどの魔法の時間 (ポプラの木かげ)

カフェ・かもめ亭 」と同じ風早の街には、探し物があるものだけに開かれているコンビニがあるらしい。赤い鳥居がたくさんあるあたりに、もしもコンビニの灯りがぽっかりと光っていたら…。そこには、長い銀色の髪に金の眼の若者がおり、ぐつぐつ煮えているおでんと、つくりたてのお稲荷さんのあまいにおいが漂っているのだという。

たそがれ堂が受け入れるのは、人間だけではない。時には飼い主のことを強く想う猫だってやって来る。カフェ・かもめ亭と違って、いつでも誰でも入れるお店ではないけれど、さすが風早の街。やっぱり、このお店もとても素敵。

もくじ
コンビニたそがれ堂
手をつないで
桜の声
あんず
あるテレビの物語
エンディング~たそがれ堂
 あとがき


私が好きだったのは、「桜の声」と「あんず」。
ラジオ風早のアナウンサーであり、『ティータイムをあなたと』を担当するさくら子の元に届くようになった手紙。両親の待つ田舎に帰りもせず、ひとり、この風早の街に居続ける自分。自分の声はどこに届いているのか。自信をなくしていたさくら子だったけれど…。ケツメイシの「さくら」がキーワード。確かに、「ケツメイシノサクラ」ってちょっと呪文っぽくもあるよね。

拾ってくれた「おにいちゃん」のことを強く想う猫のあんず。自らの死期を悟ったあんずは、たそがれ堂に辿り着く。彼女が求めたものは…。助けたものと助けられたもの。でも、そのどちらもが、どちらの「助け」にもなっていたのだ。

これは、挿絵を名倉靖博さんという、アニメ界の方が担当されているのだけれど、そのせいか読みながらも、何となく登場人物たちが頭の中でアニメのように動いてました。この設定だったら、実際に連作としてアニメ化も出来ちゃいそう。ほのぼのと優しい物語に、心が癒されそうです。ちょっと甘口だけれど、偶にはこんなお話もいい。
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ヒシャーム・マタール, 金原 瑞人, 野沢 佳織
リビアの小さな赤い実

著者、ヒシャーム・マタール自身の父も、反政府主義者として糾弾を受け、リビアを脱出したものの、その後、リビアの秘密警察により誘拐され、1995年以降、生死を含め、その消息は分かっていないのだという。

というわけで、これは限りなくノンフィクションに近い、フィクションなのかな。主人公のスライマーンは、今、少年の日のあの夏のことを思い出している。それは、1979年、生まれ育った街から遠くへやられるまえの、最後の夏だった…。

パパが「仕事」で遠くに行っている時、必ず「病気」になってしまうママ。「薬」を必要とするママ。「病気」の時は、少年スライマーンには分らない話を次から次へとするママ…。

きっと、そこに愛はあるのだけれど、(そして大人になって思い出すとき、そこにはいろいろな理由があるのだけれど)少年スライマーンの周囲は何だか不安定。『千一夜物語』のシェヘラザードを勇敢な女性とみるスライマーンに、「病気」の時のママはシェヘラザードは臆病な奴隷にすぎないと言い募る。ママの言う通り、生きることは誰かの許可を得てではなく、その者自身に、最初から与えられた権利であるはずなのであるが…。

そして、彼らの家庭や周囲に影を落とす、「革命評議会」の男たち。隣のラシードさんが彼らに捕まり、スライマーンの父の身にもやはり危険が及ぶ。ママやムーサは父の書物を全て焼き、部屋には大きな「革命指導者」の写真を掛けるのだが…。

少年、スライマーンにとって、クワの実こそが神様がお創りになった最高の果実。アダムとイヴが楽園を追放されたとき、きっと若い元気な天使たちが申し合わせて、この世の土にその木を植え替えたのだ。美しい小さな赤い実。

この物語が恐ろしいのは、美しい風景を描き、少年の心に丹念に沿う、その同じ丁寧な筆致で、裏切りやスライマーンの心に潜む醜い部分を容赦無く描き出すところ。大人に思うように顧みられないスライマーンは、幼い思いからとはいえ、時に致命的な誤りを犯す。また、父に対する人々の批難や、母の擁護も実に痛々しい。リビアがとる人民主義の現実が父を苦しめ、イスラーム圏であるリビアの慣習が母を苦しめた。そして、子供は親とは無縁ではありえない。

そうして、あの夏を回想するスライマーンの心に残る空洞。結果として祖国を捨てることになったスライマーンの心には、母国リビアが消えた分だけの空洞が残る。

ぼくたちはなんとたやすく、軽々しく、架空の自分を手に入れてしまうことだろう。そうすることで世間を欺き、もし余計なことをせずにいたらなっていたはずの、ほんとうの自分を欺いているのだ。

終章、二十四歳になったスライマーンは、エジプトの都市アレクサンドリアで、陸路でやってきた(リビアでは国際線の運航が禁じられている)母に再会する。年を取った女性を探すスライマーンの目に飛び込んできたのは、白髪ひとつなく、まるでこの街に初めてやって来た少女のような母親の姿(彼女がスライマーンを生んだのは、十五歳の時。彼女がスライマーンをカイロに送り出したのは、二十四歳の時)。

これは少年、スライマーンの物語であるのだけれど、窮屈な世に生きたほんのちょっとだけ自己主張が強かった少女、ナジュワの物語でもある。終章、二人が再会を果たすところ、途中まではすっごい苦しい読書だったのだけれど、ぱーっと光が差すような気分になった。スライマーンの心の空洞、埋めていけるといいな。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

■メモ■
・リビア(Wikipediaにリンク
←2004年に国名が変わっていたのですね。
 「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」の外務省のページにリンク
・トリポリ(Wikipediaにリンク
・イスラーム文化圏では、結婚して長男が生まれると、その名がマスードの場合、妻は「マスードの母」という意味でウンム・マスード、夫は「マスードの父」という意味でブー・マスードと呼ばれるようになる。
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村山 早紀, 朝倉 めぐみ

ささやかな魔法の物語―カフェ・かもめ亭 (ポプラの木かげ)


カフェ・かもめ亭は、ノスタルジックな素敵な喫茶店。海辺の街、風早にあるこの店は、現・マスターである広海の曽祖父の代、七十年近くも昔から現在まで、さまざまなお客を迎え、送り出してきた…。

表通りをはずれた、一歩裏道に入った通り、石畳の道に向かって店の扉は開く。店内には緑と絵が溢れ、船に関する道具や小さな自動ピアノ、そしてこの店の象徴でもあるかもめのモビールがゆらゆらと揺れる。

Ciel Bleu 」の四季さんのところでお見かけして、いいなーと思っていた本です。あちこちでご活躍のイラストレーター朝倉めぐみさんの表紙もいいですよね。物語の雰囲気にぴったり!

 ■四季さんの記事はこちら→「ささやかな魔法の物語 カフェ・かもめ亭」村山早紀
もくじ
砂漠の花
万華鏡の庭
銀の鏡
水仙姫
グリーン先生の魔法
ねこしまさんのお話
かもめ亭奇談
あとがき


砂漠の花」~「ねこしまさんのお話」までは、お客さんや出入りの業者さん(というほど、物々しいものではないけれど)が語る不思議な話。「かもめ亭奇談」のみが、いつも聞き役に回っていた、マスターの広海自身が体験する不思議な話。

砂漠の花」の青い花の美しさ、「万華鏡の庭」で寺嶋青年の掌に残った万華鏡の青い破片など、「青」の美しさ、綺麗さが印象的でした。

不思議な話のようでいて、種を明かすと不思議ではない。けれど、やっぱり実はそこには不思議な力が働いていたかもしれない、「ねこしまさんのお話」もふんわりと優しいお話でした。お話自体は、学校に居づらくなってしまったかおるのお話なので、辛いところもあるのだけれどね。

四季さんも引用されていらっしゃいますが、あとがきにあった「明日、読みかけの本のつづきを読むために、わたしは生きていたのです」という言葉が印象的でした。明るい少女にも、やはり思春期特有の悩みはあったのかもしれないけれど、マイナー側によっていた自覚のあった、私にも覚えのある感情だなー、なんてちょっぴり苦く思うのでした。でも、大人になってこんな物語を紡ぐことが出来たり、その物語を楽しむことが出来るのだから、大人になるっていいよなぁ、としみじみ。

同じく四季さんのところで、気になった村山さんの本。
←コンビニに御稲荷さん。この取り合わせの妙よ!
村山 早紀, 名倉 靖博
コンビニたそがれ堂―街かどの魔法の時間 (ポプラの木かげ)
ポプラ社には、「ポプラの木かげ」というシリーズがあるらしく、ポプラ社のHP を見たら、このシリーズの特徴は、木かげのようなやさしさあふれる本の世界★であり、
涼しい木かげにはいって、ゆっくりとくつろぐように、本の世界であそぼう。そこでは、魔法使いが活躍し、動物たちが楽しそうにしゃべっているかもしれない・・・。
ファンタジーを中心にした創作文学。小学校中学年から楽しめるストーリーのシリーズです
」だそう。

 ←ポプラの木かげの中では、amazonの紹介文を読むと激しく平仮名が多そうだけれど、こちらのシリーズも気になるなぁ。「古道具屋さんのおしじさんが拾った洋服ダンスから黒ねこがとびだして、「ブンダバー」と名のったのです!」(ポプラ社紹介文より。…「おしじさん」って、「おじいさん」の間違い?それか、ほんとに「おしじ」さんなのか?)。古道具に黒猫という組み合わせがまた魅力的だわ。

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三浦 しをん
三四郎はそれから門を出た

目次
 三四郎はいかにして門を出ることを決意したか まえがきにかえて
一章 犬のお散歩新刊情報
二章 三四郎はそれから門を出た
三章 本のできごころ
四章 役に立たない風見鶏
五章 本を読むだけが人生じゃない
六章 愛の唄
 三四郎は門を出てどこへ行ったのか あとがきにかえて
特別附録「火宅拝見」イラストレーション:浅生ハルミン(後ろ見返し)


三浦しをんさんは、「愛がないなら、黙して語らずにおけ」を書評の信条としていきたいのだという。そんなしをんさんの愛のこもった書評と、本の周辺の話、家族の話、またはananに連載された、時流に微妙に乗っているような乗っていないようなお話(何せ、「役に立たない」風見鶏だし)を集めたエッセイ集。

しをんさんのことを「ブタさん」と呼ぶ弟や、パワフルさが透けて見える母との会話もいいけれど、やっぱり「愛」ある書評が楽しかったな~。自分が読んだものだと、そうそう!と思ったりして。

二章の「三四郎はそれから門を出た」は、朝日新聞に連載されていたもの。通常の書評は、一冊の本について書くものだと思うのだけれど、ここでは一見関連のなさそうな二冊について、面白い着眼点で共通項を見つけて紹介してくれるのが面白かった。たとえば、最相葉月さんの「東京大学応援部物語」とマルキ・ド・サドの「ジェローム神父」を、”報われぬ献身の美しさ”で括ったりとか。

笑っちゃったのが、京極夏彦さんの「陰摩羅鬼の瑕」における表現。しをんさんは、氏の「京極堂シリーズ」とは、総じて高級幕の内弁当のようなものだと考えるのだそう。それは、選び抜かれた素材で丹念に調理されたおかずと、白米(京極堂の蘊蓄)とのハーモニーを重視した、安心して食せる満腹感のあるもの…。ところが、一作目の「姑獲鳥の夏」には、「幕の内弁当だと思って食べ進んだら、弁当の底にカレーが敷きつめられていたよ!」という驚きがあった、とのこと。姑獲鳥の夏」は、ねえ。凄いとは思うし、好きだけど、あれ、基本的に確かに一発芸だし…。

さて、本に塗れたエッセイの中で、私が気になったのは以下の本。

 

硬軟合わせて、いろいろな本が取り上げられていたけれど、ナチス親衛隊であった母について、娘が書いたノンフィクションと、漫画家・山本直樹さん(そいえば、最近スピリッツで見ないなー)の三十年間の夢の記録、この二冊が興味を惹いた。しかし、黙って行かせて」はともかく、ラジオの仏」は図書館にはないだろうなぁ。いつか読めるといいな。
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吉本直志郎作、村上豊絵「青葉学園物語 まっちくれ、涙」

前回書いた「右むけ、左!」 は青葉学園物語の最初の巻だったのだけど、この「まっちくれ、涙」は全5部作の最終巻にあたる。あとがきには、「この青葉学園物語は、一冊ずつが独立完結のおはなしになっているので、みなさんはどれから読んでもさしつかえありません。また、一冊だけしか読まなくてもいいわけです。でもぼくは、五冊みんな読んでくれるひとのほうが好きです」、とある。

残りの3冊は順番に、「さよならは半分だけ」(これは、昭和54年度、第二十五回青少年読書感想文全国コンクール課題図書だって)、「翔ぶんだったら、いま!」「空色の空の下で」。どれも良かった記憶があるのだけれど、手元にないため、今、記事を書くことが出来ません。今の子どもが読んで共感を覚えるかどうかは分からないけど、乱暴なようでいて優しかったり、普段罵り合ってるくせに、いたわりあったり、互いに思いやりあったり。野遊びや彼らの友情がいいと思う。
*****************************************
■水アメ作戦でいこう!
青葉学園では、梅雨明けの夏休み前、すもう大会が行われることになった。寮別対抗に勝つために、なつめ寮の男子は、他の寮とは一味違う作戦を実行するが?

「ええかおまえら。おれらなつめ寮のもんも、あのアホどもとおんなじように練習をつんだって差がつくわけはない。ほかの寮とちがうことをしてこそ、はじめて差がつくんじゃ」
「アホとおんなじことをしよったら、なーんのことはない、おれらもアホじゃないか。ええ、それが道理じゃろうが」
「そこでじゃ。これから耕一くんが、きたるべきすもう大会のために、おれとふたりで知恵をあわせて考えた結果を、練習より、はるかにまさる名案をおまえらに話して聞かせる」
「まあ、いたらぬわれわれじゃが、あのアホどもと反対の方向へむけて努力をすりゃあ勝てるということよ。これがまた、うれしい努力なんよ。くっ、ひっひひ」

■里子の島で
青葉学園の子どもたちは、毎年夏休みになると、日和島という瀬戸内海に浮かぶ小さな島へ里子に行く。一年ぶりに会う家族に優しく世話してもらったり、島の子どもたちと遊んだり、ちょっとした仲たがいをしたり、楽しい日々は10日ほど続く。耕一がお世話になっている藤浦家に、見事な鯉がいた事でちょっとした騒動が起こる。

「―しかし、人間も勝手なことをいうじゃないですか。どの鯉もまじめに泳いどるのに、やれ、おまえは尾に色がついとる、やれ、おまえはヒゲが似合わんとかいうて、鯉に相談もなしに決めつけたりして・・・・・・」
「はははは、なにをばかなことを・・・・・・おまえさんが飼うたんじゃあ、あの赤べっこうも、宝の持ちぐされじゃのう」
「はははは、そういうこと、そういうこと」
「どうじゃ、藤浦さん」「―あの赤べっこうを、つまり、その・・・・・・二万円で、わしに売る気はないかの」

島の子とちょっぴり意地悪し合って、仲たがいしても、結局最後はみんな仲良し。

「おーい、伝ちゃーん!来年もまたくるぜ!」
「バイ、バーイ!伝ちゃーん!」
「あんまり、えらそうにするなよーう!」
と、和彦も進も、それからボータンも、甲板の手すりから身をのりだすようにして手をふりかえした。
「おまえらも、おれらの島へきて、あんまりえらそうにするなよーう!」

■精霊ながし
学園のみんなが日和島で楽しい夏休みを送っている間、学園最年長で高校二年の弘明は、杉の伐採のアルバイトに精を出していた。夏休みいっぱいを働きとおし、手に入れたお金で恵子と二人で喜びを分かち合うのだ。男たちの汗の匂い、いがらっぽい煙草の匂い、花札をめくる音、弘明はこれまで知らなかった別世間を知る。弘明と年の近いタンコは、何かと弘明の世話をしてくれたのだが・・・。

おたがいにしんそこうちとけ、信頼しあえば、人間は、ぜったいこんなことはできないはずだ。しんじつ信頼を得た人間どうしのあいだでは、ぜったい、こんなことはおきないのだ。
―だれだろうと、相手が本気でくるとき、自分も本気でかえさなければいけないんだ。だれもが、そうした信頼のなかで、あったかい心をかよわせあえば、こんなこともなくなるんだ―
弘明は、自分の生活のなかには、学園での暮らしのなかには、そうした信頼のうえに成り立つあたたかい心のかよいあいがあることに思いあたった。

学園を出た仲間たちが、それぞれに遭うだろう試練や障害を考えた弘明は、それでも人を信頼する心を失わずにいて欲しいと願う。そして、学園の一人である恵子と一緒に、あたたかい家族をつくることを強く決意する。弘明の心の片隅にはいつも恵子がいる。山道を歩きながら、弘明は八年前の戦争後の焼け跡でのお骨ひろいを思い出す。

「雲にもお家が、あーるか」
弘明のほうへ首をかたむけ、なぞなぞをかけてくるようにいった。
お骨ひろいは、どの班も、恵子のようにからっぽの箱のまま学園にもどってきた子のほうが多かった。

悲しいとき、つらいとき、まてよ、ここでくじけてはいけんぞ、ここで涙なんか見せてはいけんぞ、とふんばって、明日につなぐ支えになるものを心のなかに持つのだ。
そんな何かを心のなかに持って、強く生きていくのだ。
*****************************************
古い児童書だけれど、最後の「精霊ながし」などは、大人になった今読んでもとてもいい話。世の中は決して楽園ではないけれど、きっとそれもみんな自分の心持ちなんだよね。
吉本 直志郎, 村上 豊
まっちくれ、涙

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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吉本直志郎作、村上豊絵「青葉学園物語 右むけ、左!」

カバーの「作者からきみたちへのメッセージ」より

あっ、「右むけ、左!」をみつけたな。これは、ぼくが書いたはじめての作品だ。小説を書く才能があるふりをして、本を出版してもらうのもなかなか才能がいるんだ。毎日、ペンをガリガリやって、ようやくぼくの仕事はおわった。あとは君たちが、青葉学園のなかまとどんなふうに遊ぶか楽しみだ。
さあ、いっしょに飛びだそう!梅雨晴れの空の下をのどいっぱいにわめき、もつれあいながら走っていくあの子たちと。

青葉学園物語は「広島戦災児育成所」という養護施設が舞台になっている。昭和三十年ごろになると、戦災で身寄りを失った子どもたちがあらかた巣立って、一般家庭の事情によって、施設に身を寄せる子どもの方が多くなり、のちに「童心園」と名を改めた。この物語に登場するのは、その戦災児育成所時代と、童心園時代にまたがる時期の子どもたち(以上、「あとがき」より)。

全五巻からなる物語ですが、今も私の手元にあるのは、一巻に当たるこの「右むけ、左!」と、最終巻である「まっちくれ、涙」のみ。読み直していたら、ちょっと買い直したくなりました。この一巻は、どうもその当時のお友達から、私の9歳の誕生日に頂いたものであるようです。お母さまが選ばれたのだとは思うけれど、この物語に出会えてよかったなぁ、と思います。感謝。沢山笑って、ほんのり涙するような物語。
**************************************
■ぶたぶた会議だ ぶう!ぶう!ぶう!
青葉学園にはブタが三匹いる。各寮に分担された畑で野菜をつくり、それを市場におろして買ったブタだ。二年まえ学園にやってきたブタはもうすっかり大きくなって、近いうち売られていく。きょうの夕食のあと、そのブタを売った金でなにを買うか、自治会をひらいて決めることになっている。
進はみんなのまえにまわって、うしろむきで歩きながら、
「―みんな、野球のユニホームがほしゅうないか。」
と、きりだした。

青葉学園のメンバー、お目見え。野球のユニホーム欲しさに、進たちは女の子におべっかを使ったり、色々工夫するのだが・・・。

■青葉ニュースです
毎月の一日には誕生会がある。
みんなで歌をうたったりクイズをして、その月に生まれた子どもたちをまとめて祝うのだ。
誕生会で、きまってやるのは「青葉ニュース」という幻燈だ。先月、学園でおきたことを絵にして、食堂の壁に映すのだ。どこの寮でも誕生会主催の番がめぐってくると、これにいちばん力をいれる。

「ぶたぶた会議」で、惜しくも野球のユニホームの夢破れた進。肥溜めに落ちた子豚を助け、ユニホームへの望みを繋ぐ。そんな進を待っていたのは、楽しい幻燈ニュースでは映せないような出来事だった。

■手品師の忘れ物
―あのおじいさんと女の子は、どこで眠るんじゃろうか。帰っていく家はあるんじゃろうか。あの子、学校はどうしよるんじゃろうか―

「ボータン。右むけひだり、言うたら・・・・・・ついつい、心にもないことをしてしまうことかも知れんのう。」
ボータンは、ちょっとの間だまっていたが、
「おれは、そうは思わん。」
と言った。
「ぶ、ははは、は、おまえもしぶといのう。まあ、それぞれに受けとり方があるわい。」
と、和彦は、にがりきったように笑い、
「おれは、右むけひだり、言うたら、気持ちは右をむいとるのに、ついつい、その反対のことをしてしまうことじゃと決めた。」
「そいじゃあ、おれは、事実が右じゃっても、一歩ゆずって、相手を理解してやることじゃと決めた。」
「言葉いうて、いろいろに考えられるもんじゃのう、ボータン。」

学園に手品師のおじいさんと、女の子がやって来た。学園の皆は滅多に見られない手品を楽しむのだが・・・。
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表題作である「右むけ、左!」がとてもいいのです。学校帰りに道理もへったくれもない言い合いをするのも、和彦とボータンの二人なら、引用中の会話を交わすのも同じ二人。「右むけ、左!」になること、ありませんか?
吉本 直志郎, 村上 豊
右むけ、左!

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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