旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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ホルヘ・ルイス・ボルヘス
アドルフォ・ビオイ=カサーレス
ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件

「ラテンアメリカ怪談集(過去感想にリンク )を読んで、ラテンアメリカ文学にも心惹かれておりました。

で、ラテンアメリカと言えば、ホルヘ・ルイス・ボルヘス(なんか、名前も回文みたいでいいよね)?と思って、くだんの「ラテンアメリカ怪談集」の中の「円環の廃墟」が良く分らなかったくせに、ボルヘスにいってみました。

とはいえ、これはアドルフォ・ビオイ=カサーレスという、これまたアルゼンチンの作家との共作であり、更に探偵小説なんですね。なので、普通に「ボルヘス!」というにはちょっと語弊があるだろうし、私の腰の引け具合もちょっと分かるかも…。
ちなみに、刊行当初、二人の合作者としてのペンネーム、<H・ブストス=ドメック>名で発表されたそうです。

目次
H・ブストス=ドメック
序言

世界を支える十二宮
 Las doce figuras del mundo
ゴリアドキンの夜
 Las noches de Goliadkin
雄牛の王
El dios de los toros
サンジャコモの計画
  Las previsiones de Sangiácomo
タデオ・リマルドの犠牲
  La Víctima de Tadeo Limardo
タイ・アンの長期にわたる探索
  La prolongada busca de Tai An

訳者解説


探偵役は、身に覚えのない殺人の罪で、二十一年の懲役刑を受け、獄中生活を続けている、元理髪店店主のイシドロ・パロディ。マテ茶をたて、静かに独房の中で暮らしている彼の元には、最初の事件、「世界を支える十二宮」の時にやって来た、おっちょこちょいの新聞記者、アキレス・モリナリを皮切りに、厄介な事件を抱えた人々が引きもきらない。

依頼人たちは、いずれも大仰な物言いが特徴と言えるでしょう。時には話題は詩や文学までへも広がっていく。たいていは、殺人事件について助けを求めに来ているはずなのに! 自分のことを重要人物であると信じ切っている人々の演説(だって、ほとんどご立派な演説なのだ)を、じっと見、聞いているのが、イシドロ・パロディ。そうして、彼は依頼人たちの膨大な言葉の中から、独房に坐したままで、真実をより出して見せるのだ。

依頼人の出番は一回こっきりというわけではなく、新聞記者モリナリの口コミが次の依頼人を呼び寄せたり、ゴリアドキンの夜」で登場し、”気取ったところはあるが、そそっかしくて人のいい愛すべき舞台俳優”と紹介されるヘルバシオ・モンテネグロに至っては、”皇女と結婚し、趣味としての犯罪捜査に明け暮れ”たり、”アメリカ大陸友好団体の地方局長”を経て”私立探偵”になってしまっています。どいつもこいつも、イシドロ・パロディの推理を自分の手柄にしてしまうのはなぜなんだ! 冤罪なんだから、刑務所から出してあげてよ~。

多くの訳注があるにも関わらず、詩や文学、作家については、面白さを与えようという効果が、私には消化し切れなかったなー。アルゼンチンの多様さ、混沌については、なんとなーく雰囲気が理解出来たようにも思うけど。

「世界を支える十二宮」に出てきた、イスラム教、ドゥルーズ派について、Wikipediaにリンク。

同じくラテンアメリカで、気になってるのはこの一冊。いつかは読むぞ。

七悪魔の旅
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Binette Schroeder, ささき たづこ, ビネッテ シュレーダー

ラウラとふしぎなたまご


影の縫製機 」、「ラ・タ・タ・タム 」ときて、三冊目のビネッテ・シュレーダーの絵本です。

今度の主人公は、ラウラという女の子。彼女の髪は、明るいところでは茶色に見えるけれど、夜の森では赤毛に見えて、それが夜の闇によく映えること!

さて、ある明け方、ラウラは木と木の間に微かに光る、不思議なものを見つけます。
ラウラが出会ったそれは、そう、「ふしぎなたまご」。

「ラウラ・リ・ラウラ・ラ、ねえ、いっしょにあそぼうか」

一見、普通の世界に見えるけれど、この世界はちょっと縮尺などが不思議な世界。すべて緑で描かれる木もあれば、ラウラとたまごが滑り台にして遊ぶのは、チューリップのような花の葉っぱだったりもする(というわけで、このチューリップに似た花は、木よりも背が高い)。
ラウラと一緒に住んでいる、タンタンおばさんが眠るのもハンモックだし、最後に見えるラウラのおうちは、どう考えても木の上に乗ってるし。

楽しく遊んだラウラとたまご。夜になってラウラはおうちに帰ろうとするけれど、たまごは夜の森を恐れ、一人で過ごすことを嫌がる。そう、夜の森は二人で遊んだ森とは違う顔を見せるのだ。夜になればかみなりドロドロ鳥がやって来る! たまごが心配になったラウラは、森へと戻るのだけれど…。

そうして、朝になって…。

白と黒の「影の縫製機」からビネッテ・シュレーダーに入ったけれど、この人の魅力はこの色使いにもありますね。美しく、幻想的なお話です。思わず、でっかい画像を貼ってしまいました…。笑
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ペーター・ニクル, ビネッテ・シュレーダー, 矢川 澄子

ラ・タ・タ・タム―ちいさな機関車のふしぎな物語 (大型絵本)


森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女 」において、乙女が古本市で探していた(そして、先輩の死闘の元ともなった)絵本です。

「夜は~」を読むと、この絵本、読んでみたくなりませんか?

ちょうどちょっと前にミヒャエル・エンデの詩目当てで借りてきた、少々毛色の変わった絵本、「影の縫製機 」の絵を、同じビネッテ・シュレーダーが担当していて、その絵が気に入ったこともあり、毎度だけれど、図書館でこの本を借りてきました

さて、「影の縫製機」は白と黒の世界だったのだけれど、こちらはごく普通の絵本なので、当然ながらカラーの世界。

表紙の画像がちょっと小さいので、分かりづらいけれど、真ん中に見えるのが、白く優美でとってもちっちゃな機関車。ぽっぽっぽっぽっと、白い煙を吐き出しています。

絵本の内容は、「夜は~」に書かれている通りなのだけれど、機関車と言えばずんぐり大きく、黒い物という思い込みを覆す、「雪のようにまっしろで、絵にかいたおひめさまみたいにきれいな、おじょうさん機関車」が、何ともキュート。

優美な曲線、華奢な骨格が美しいです。エレガント! 風景もまた良くてですねえ。どこでもレールが繋がってるのが不思議と言えば不思議だけれど(笑)、色々な景色の中、白い機関車は行くのです。
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川上 弘美
なんとなくな日々

「古道具 中野商店」 が面白かったので、今度はエッセイを借りてきた。

うーん、確かに「古道具 中野商店」を書かれた人よね、と感じる、飄々とした中野さんのような部分、男前な中野さんの姉マサヨさんのような部分、生きる事が下手なヒトミやタケオのような部分が、ちらほらと仄見えるような文章だった。

目次
台所の闇
なんとなくな日々
平成の蜜柑

「台所の闇から」は、「台所の闇」「まざる まざらない」が、面白かった。

「台所の闇」
川上さんの台所には、悲しげに鳴く冷蔵庫がおり、見知らぬ生き物のものらしき毛が落ちている。春の朧に潤んだ夜には、台所に招かれるものなのだろうか。

「まざる まざらない」
世の中は、上手く混ざっているようで、実は案外混ざっていない。混ざらないまま、自分のいる場所こそが世界の中心なんだと思い込む事の怖さ。そして、「混ざっていない」場所にいるとき、人はその事にすら気付かないものなのかもしれない。

「なんとなくな日々」では、1から25までの章を使って、川上さんの日常が語られる。友人とお酒を飲み、ふらりと小さな旅をしたりする日々。「服のことが苦手である」から始まる14と、原稿の依頼により、突然仕事部屋の惨状に気付いてしまった16が良かった。一シーズン、同じ服を着続けるという川上さん、私の服の可愛がり方と、世間一般の可愛がり方は、どうも一致しないらしい、としょんぼりと語る。

「平成の蜜柑」からは、川上さんが時折「世間話」をする仲の、小学生の少年との会話を書いた「春の憂鬱」。世間話をする仲の小学生の少年がいる、というのも何だか羨ましい話。

「ためになる」ようなエッセイでは全然ないんだけれど、転んだ時の話、沢山のお店があって目移りしてしまい、結局どの店にも入れず、自転車を飛ばして通り過ぎる話、美術館に行った筈なのに、つい関係ないところでうろうろとしてしまう話、などなど、自分にとっては何だか妙に共感してしまうエピソードが満載。私の日常も、相当ゆるゆるしているのかもしれないなぁ。そして、このゆるゆるっぷりは、私にはとても気持ちが良いものだった。
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柳田 邦男
砂漠でみつけた一冊の絵本  

目次
プロローグ いのちの泉・絵本との出会い
1 悲しみを心の糧に
2 絵本がひらく新しい表現世界
3 おとなこそ絵本を座右に心の砂漠にうるおいを
 おとなにすすめる絵本 第1弾 24冊
言葉と心の危機の時代に
 おとなにすすめる絵本 第2弾 27冊
4 心と言葉の危機の時代に
あとがき
本書でとりあげた絵本

絵本は未知なる世界というわけではないけれど、たいていの人は、大人になってからは縁薄くなっている世界。柳田さんのガイドにより、絵本の世界を深く楽しみ、味わいましょう、という本。
こちら で以前取り上げた、「はじまりの記憶」に繋がる、伊勢英子さんの本との出逢いについても書かれている。

8ページにわたるカラーページがあって、おとなにすすめる絵本として「「生と死」、そして愛と悲しみと」などのサブタイトルが付けられて、このジャンル別に絵本が紹介されているのも良いところ。ほとんど古典といえるもの、かなりメジャーな作品も含まれるけれど、私は知らないものもありました。

気になっていつか読むぞ、と思った絵本たち。


アクセル ハッケ, Axel Hacke, Michael Sova, 那須田 淳, 木本 栄,
ミヒャエル ゾーヴァ 
ちいさなちいさな王様


大塚 勇三, 赤羽 末吉 
スーホの白い馬―モンゴル民話
ここから繋がった、もう一つの物語、脳性マヒのやっちゃんと施設内学級の鎌田先生、モンゴルのツェレンドルジ氏父子のお話も素晴らしい。いい物語は、更に新たな人との繋がり、出逢いを作り出す(この下の本)。


かまだ しゅんぞう
スーホの白い馬に会ったよ―天国のやっちゃん、モンゴルにいく


いせ ひでこ
1000の風・1000のチェロ


いせ ひでこ 
雲のてんらん会


星野 道夫
クマよ  
星野氏が生前に完成させた作品ではなく、カムチャッカでクマに襲われて亡くなった後の作品であり、星野氏の写真絵本を担当してきた福音館書店の編集者が、直子夫人やデザイナーのなかのまさたか氏と協力して、星野氏の遺志を受け継いで構成したものだという。


谷川 俊太郎, 乾 千恵, 川島 敏生
月人石―乾千恵の書の絵本  
書と文と写真であらわす、自然の形


山極 寿一, ダヴィッド・ビシームワ
ゴリラとあかいぼうし  
この中に書かれているというゴリラ語に興味あり。


ユーリー ノルシュテイン, セルゲイ コズロフ, Yury Norshteyn, Francheska Yarbusova, Sergey Kozlov, こじま ひろこ, フランチェスカ ヤルブーソヴァ
きりのなかのはりねずみ  
もともとはアニメーション映画なのだそう。柳田さんの、この本の表紙にいるのも、同じはりねずみ。キュートだ♪


梨木 香歩, 出久根 育
ペンキや

ほとんど絵本の羅列になってしまいましたが、この柳田さんの本自体も良い本です。柳田さんの本を読むと、いつも「良心」という言葉を思い出す。
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オンライン書店ビーケーワン:ナルニア国の住人たち
C.S.ルイス原作、ポーリン・ベインズ絵「ナルニア国の住人たち」岩波書店

まえがき
より引用。

この本では、ナルニア国の住人たちをたたえ、その魅力をポーリン・ベインズがあらたに描いた絵と、ジェームズ・リオーダンがルイスの原作をもとに編集した文章で紹介します。

というわけで、子供の頃、「ナルニア国ものがたり」に魅せられた経験がある人には、たまらないと思われる本。少なくとも、私はそう。用があって児童館に行ったのに、そちらの用事はすっかり忘れて、これを借りてきてしまった。

ポーリン・ベインズは、「ナルニア国ものがたり」の挿絵を全て描いた人。「ナルニア国ものがたり」は、文章のイメージも勿論素晴らしかったのだけれど、この挿絵の魅力も大きかったように思う。その他の仕事には、「床下の子どもたち」のシリーズ(装丁)や「アラビアン・ナイト」の挿絵、絵本「ビルボの別れの歌」があるそうだ。
************************************************
ナルニア国の住人たちを、大きなカラーの絵で見ることが出来るのはとても嬉しい。ルイスの文章を元に編集された文で紹介されているから、「これは誰だっけ?」と思う事もない(忘れていても、きっと思い出せるはず!)。巻末には、用語集と年表、地図付き。

私が特に気に入った絵は、「のうなしあんよ」、「コルネリウス博士」、「松露とり」、「竜になったユースチス」、「泥足にがえもん」、「タムナスさん」、「リーピチープ」、「トマドイ」などなど(勿論「アスラン」の絵も素晴らしい)。「竜になったユースチス」は、なんと見開き二ページを使って描かれる。悲しむユースチスの鼻からは、しっかり煙が立ち昇っています。これ、子供心にとっても印象的だったのだ。

☆関連過去記事
「さいごの戦い」/まことの信心
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ル=グウィン作 清水真砂子訳 「ゲド戦記Ⅰ 影との戦い」

三巻までで長らく停まっていたのだけれど、なぜか昨今になって4巻「帰還」、5巻「アースシーの風」、別巻「ゲド戦記外伝」が刊行されています。
表紙にはこのように記されている。
ゲド戦記シリーズ
「無数の島々と海からなるアースシー(EARTHSEA)。並はずれた魔法の力をもつ男ゲドの波乱万丈を軸に、アースシー世界の光と闇を描く壮大な物語」
アースシーの設定からして、いいよなあと思う。

一応、最近のシリーズも買い揃えたのだけど、やっぱり子供の頃に親しんだ、ゲドの成長記である三巻までが好き。4巻以降は、テナーやテハヌーといった女性陣の方に、重点が移っているのかな。そしてファンタジー色がとっても薄くなっているように思う。自分が親しんだゲド戦記とは別物として読んだ方が、まだ納得がいくような気が致します。というかゲドが大好きだったから、あまりうらぶれたゲドを見たくない、というのも大きいのかも・・・。あれを「うらぶれる」だなんて、読みが甘い!と言われてもね。


一巻「影との戦い」で凄く印象に残っているのが、「真(まこと)の名」という概念。世界各地でこういった思想って存在するのですよね、確か。

強い能力を持つものの、まだ愚かで血気盛んな若者であるゲドに対し、師匠であり「ゲド」という彼の真の名を授けたオジオンの言葉。
「そなた、エボシグサの根や葉や花が四季の移り変わりにつれて、どう変わるか、知っておるかな?それをちゃんと心得て、一目見ただけでも、においをかいだだけでも、種を見ただけでも、すぐにこれがエボシグサかどうかがわかるようにならなくてはいかんぞ。そうなって初めて、その真の名を、その全存在を知ることができるのだからな。用途などより大事なのはそちらのほうよ。」

血気盛んで、傲慢なゲド。ゲドは自分の力を見せ付けるためだけに、「影」を呼び出してしまう。一巻「影との戦い」では、この「呼び戻してしまった災い」をもとに戻すまでが描かれる。

「そなたはすぐれた力を持って生まれた。そなたはそれをあやまって使ってしまったな。光と闇、生と死、善と悪、そうしたものの均衡にどういう影響を及ぼすのかも考えずに、そなたは自分の力を越える魔法をかけてしまったのだ。しかも動機となったのは高慢と憎しみの心だった。それでは悪い結果が出てこぬのが不思議というものだ。」

ゲドにはいい友人もいる。
「ただの人間でさえ、よほど信頼している人でなければ本名をあかさないのだから、よりあぶない目に会うことの多い魔法使いともならば、なおさらのことである。人の本名を知る者は、その人間の生命を掌中にすることになるのだから。それなのに、カラスノエンドウは自分さえ信じられなくなっているゲドに、真の友人だけが与え得るゆるぎない信頼のしるしを贈り物としてさし出してくれたのだ。」


魔法使いだからって何だって出来てしまうような設定でもないし、決して明るくもなく哲学的ですらある。でもこの話、子供の頃から大好きだったのです。


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

著者: アーシュラ・K. ル・グウィン, 清水 真砂子, Ursula K. Le Guin
タイトル: 影との戦い―ゲド戦記 1
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