旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


テーマ:
岸本 佐知子
ねにもつタイプ

本書は、「ちくま」の2002年3月号から2006年9月号まで、55回連載されたものから48回分を選び加筆したもの。

岸本さん、前作にあたるエッセイ集、「気になる部分 」から、確実にパワーアップされております。

「気になる部分」はあくまで現実(と妄想)のお話だったけれど、本作においてはほとんどショートショートのような創作と思えるものも含まれ、いくつかのものについては、そのまま膨らませれば、一つの物語が出来てしまいそう。この次はエッセイではなく、小説を書かれたりして、ね。

(岸本さんの脳内にいると思われる)住民たちを描いた「住民録」(コマネチさん”、”子供”、”見知らぬおじさん”、”ミツユビナマケモノ”、”狂犬”、”一言婆”、”三つ編み”のそれぞれの紹介と特徴。あなたの頭の中には、これに類する何かが棲んでますか?)や、天気図にもし台風の「台」の代わりに「夏」があって、「夏」が上陸したらどうだろう?、と考える「夏の逆襲」など、岸本ワールドを堪能いたしました。

岸本さんの文章目当てに、「ちくま」を購入される方の気持ちも分かるわ~、の一冊でした。と、思ったら、「ちくま」は筑摩書房のPR誌なのですねえ。ってことは、無料?
こちら を見たら、奈良美智さんの表紙がめっちゃ印象的なんですが、うーむ、本屋で見た記憶がないぞ。汗 最近、図書館ばっかりだからなぁ。山本一力さんの「八幡の湯」も気になります。

さて、岸本さんの翻訳による、ニコルソン・ベイカー「中二階」も早く読まなくっちゃ!(って、気になる部分」を読んだ時にも、書いてたような気もするけど)
AD
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

テーマ:


宮沢 賢治, 天沢 退二郎, おーなり 由子

あまの川―宮沢賢治童謡集
筑摩書房

宮沢賢治の童話の中から選りすぐったウタたちを、読み味わうための本。
詩に添えられる、おーなり由子さんの水彩画も美しい。

宮沢賢治の言葉は、響きが楽しく、美しい。
有名な「風の又三郎」の始まり、「どっどどどどうど どどうど どどう」もそうだし、例えば童話「十力の金剛石」「りんどうの花のうた」はこんな感じ。

トッパァスのつゆはツァランツァリルリン、
こぼれてきらめく サング、サンガリン、
ひかりの丘に、すみながら
なぁにがこんなにかなしかろ

装丁も美しく、読んでみても舌が楽しい一冊。
トパーズではなくって、トッパァスだものね。

賢治の童話については、こんな本もあるようです。

国文学編集部

宮沢賢治の全童話を読む

約140におよぶ作品の一篇一篇について、〔あらすじ〕〔初出・分類〕が紹介され、更に〔原文の一部〕も載せられているので、賢治の童話の取っ掛かりに便利そうです。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

AD
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:
遥 洋子「美女の不幸」

表紙には「磨きすぎ」にご用心!とある。ついでにいうと、この表紙はとても怖い。「うつくしい」ということは、単純に「しあわせ」だと思うのに、と借りてきた。著者が「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」の遥洋子さんであることも大きかった。

芸能界は『日本国中の「きれい」と言われてその気になった女たちが集まってくる職場』である。しかし、そこで働く女性たちの素顔は、自信に満ち溢れたものではない、と遥さんは言う。

容姿でお金が取れるほどの女性たちが、そのことを手放しでは喜ばず、それどころか、明るく愛想をふりまく合間、メイク室で全身からけだるさを放出するように「ふんっ」と鼻息を出すときの表情は、人を不安に陥れるほどの凄みがあったりする。美しさの奥には何かがある。
手放しでは喜べない何か。
それは長年ずっと解けない謎のまま、私のしこりになっていた。
(中略)
私は美しさを仕事の糧としている女性たちを多く見てきた。そして、彼女たちから立ち上る闇のようなものを見るにつけ、社会で信仰のように崇められている「美」への猛進に疑問を持つのだ。
美しくなれば、ほんとうに、幸せになれるのか?

エッセイではなく、小説の形をとっている。主人公はキャスターを務める、佐々波ひかる。ただし、「主婦向け」の夕方六時台のニュースキャスターであり、それがコンプレックスでもあったりする(もっと「知的」で男性受けする美人は、夜のニュースを担当するのだ)。美しく自分を磨き上げ、仕事も出来る。しかし、仕事場では怖がられる。なぜか?「それは、佐々波さんが美人だからですよ」。しかし、世の中には敬遠される美女だけではない。なぜ?答えは「お姫様タイプ、少女キャラではない、大人の美女は敬遠される」。

うーん。「美」が「鎧」になる時、それが不幸の始まりなのかもしれない。「鎧」(というか、外見)に惹かれてやってきた異性を信用することが出来ず、またその「鎧」が仕事のための対外的な顔であるから、ずれも生じる。「本当の自分(の内面)」から、どんどんずれてしまうのだろうか。「鎧」ではない美しさ、もあると思うのだけれど。でも、やっぱり「働く」(お金を貰う)ための「美」はただの「鎧」であるわけで、それと幸福が得られるかどうかは、また別の問題なのかもしれない。

人は自分の印象で、他者の中身までを勝手に決め付けているのかも。美しい人を見るとこちらも幸せになる気がするけれど。観賞用や画一的な「美」ではなく、凛とした美しい佇まいが好き。幸せかどうかは、美の種類と、その使用法によるのかなぁ。


遥 洋子
美女の不幸

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
AD
いいね!した人  |  コメント(66)  |  リブログ(0)

テーマ:
小川洋子「沈黙博物館」

ある村に雇われてやって来た博物館専門技師の「僕」。現実の村のようでもあるけれど、その村はどこか儚い美しさを持つ不思議なところ。美しい卵細工の特産品、シロイワバイソンの毛皮を身に纏った沈黙の伝道師。

雇い主は大きな館に住む、気難しく独自の暦に従って生活する老婆。「僕」は老婆の養女である少女とともに、博物館を作ることになる。

博物館専門技師の仕事を「僕」はこう考える。
「僕の仕事は世界の縁から滑り落ちた物たちをいかに多くすくい上げるか、そしてその物たちが醸し出す不調和に対し、いかに意義深い価値を見出すことができるかに係っているんです。」

そして、老婆が望む博物館は普通のものではない。彼女が幼い頃から集めた、村人の形見の展示を望むのだ。
「いいな、私が求めたのは、その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ。それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かなのだ。思い出などというおセンチな感情とは無関係。もちろん金銭的価値など論外じゃ」
こう語る老婆が集めた形見は勿論普通のものではない。大抵の場合、それは高価でもなく、美しくもない。殆どが死の混乱に乗じて盗んできたもの。

老婆が語る形見の物語を記録し、村人が二度死ぬことがないように、丁寧に保存していく。村人の新たな死に当たっては、技師である「僕」が形見を収集することになる。物語は多分こう進むのだろうなぁ、と思う方に進んで行くのだけれど、最後、ことりと嵌まる場面は何とも物悲しい。


印象深かったのは、顕微鏡の中の世界、少女の頬の星型の傷、沈黙の伝道師など。生き生きとした野球観戦の様、少女の若さには明るさを感じるけれど、全編を覆っているのは静謐な空気。沈黙のカーテンを下ろしてはいるけれど、決して人を拒絶しているわけではない、「沈黙の伝道師」も魅力的。
小さな沈黙の世界は彼女を迎え入れ、秘密の言葉を毛皮の奥へ封じ込めているのだった。

「博士の愛した数式」 もそうだったけれど、「愛」を描きつつも、「恋愛」的要素は注意深く取り除かれているように感じる。小川洋子さんの「恋愛小説」があるのならば、読んでみたいと思いました。
 ←私が読んだのはこちら
小川 洋子
沈黙博物館
 ←すでに文庫化されているようです

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら御連絡下さい。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

優れたノンフィクション作家であり、且つ「ビンボー作家」であられた、
松下竜一氏のエッセイ集。

松下竜一「ビンボーひまあり」

残念ながら、氏は既に亡くなっておられます(2004年6月死去)。若い頃から病弱で、その死因も肺出血による出血性ショックとのこと。死去の際の年齢は67歳とのことなので、一般的にはまだお若いと思われ、やはり身体を騙し騙し使っていらしたのだろうなあ、と思います。 市井の人として生きた著書、ノンフィクション作家としての気迫溢れる著書、全部読んだわけではありませんが、どちらの本も素晴らしいです。

私がこの人を知ったのは「豆腐屋の四季」という本がきっかけ。1969年に緒方拳主演でドラマ化されているそうです。この本の中でも少し出てくる緒方拳さん。実はあまり良いイメージを持っていなかったのですが、何だ素敵な人じゃない、とコロっと自分の考えを変えてしまいました。

「豆腐屋の四季」より
泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん
病弱な身体を酷使して、朝早くから豆腐屋の仕事に精を出す。この豆腐屋の仕事は松下氏自身が望んだものではなく、実弟の反抗などにもあう。とにかく、何事もうまく運ばない青春。こんな青春もあるのだなあ、と息を呑んで読みました。松下氏の恋が実ったくだりでは、お相手のお母様の素晴らしさに感動したり、良かったなあと思ったり。

暫くして村上龍「69」を読んだり、その他の本で色々と出てくる「全共闘」というものに興味が湧き、その関連で
手に取ったのが「狼煙を見よ―東アジア反日武装戦線“狼”部隊」。これが同じ作者によるものかとびっくりしました。凄い迫力で丁寧に「“狼”部隊」を追っている。

晩年になっても奥さんと仲良しで、本当に「身の丈のあった」暮らしを続けておられた氏。こういう人だからこそ、素晴らしい迫力に満ちたノンフィクションが書けたのかもしれない。

本書「ビンボーひまあり」の中での娘さんのエピソード。本来であればあまり祝福されない形の結婚だったかもしれないのに、見守る松下氏の視線が素晴らしい。こんなに腹の据わった親は、なかなかいないのではないかなあ。娘さんもとても素直。大変なんだけれど、微笑ましい夫婦となっていた。

いつも年収が200万円くらいだから「ビンボー」と称されていたらしく、たまたま印税のタイミングなどが重なって年収400万円になってしまい、「ビンボー」なんて自称出来ないよと、慌てる氏の姿がこの「ビンボーひまあり」に収められている。何てったって、「税金を納めた」事が新聞の記事に掲載されるくらいで、そんな作家は松下氏くらいではないかなあ、と思います。大体、電気の契約が15Aってどういうことなんだ。私なんて30Aでも落ちまくっていたというのに・・・。

こんな素晴らしい作品を書かれた方の年収がそれだけなんて、と少し切なくなってしまう。お金による評価って不思議です。大分の中津川の傍で、奥さんと5頭の犬達、二人の孫にも恵まれ、幸せに生きておられたようだからいいのでしょうか。でも、もっと金銭的に評価されても、しかるべきだと思うのだけれどなあ。うーーん。

著者: 松下 竜一
タイトル: ビンボーひまあり
-----------------------------------------------------
私の今の生活も「ビンボーひまあり」。働いていればお金はあれど時間がなく、無職であれば時間はあれどお金がない。要はバランスなんでしょうけど難しいなあ。
現住居の辺りは今まで住んだ中で一番歴史が古い所で、いつも新興住宅地にばかり住んでいた自分には興味深いです。ただ歩いていても、いろいろと面白い発見があります。後暫くはこの暮らしを楽しもうかなあ。

いいね!した人  |  コメント(5)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。