旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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森見 登美彦

有頂天家族


これは狸と人間と天狗の物語。

主たる登場人物は、阿呆の血が色濃く流れるが、母思いの優しい四兄弟から成るある一家(でも、狸)及びその天敵一家(もちろん、こちらも狸)、忘年会にて狸鍋を囲むことを会則としている、金曜倶楽部の面々(「食べちゃいたいほど好きなのだもの」と嘯く大学教授と、天狗道を邁進する元・人間含む)、傲岸不遜な態度は変わらないものの、今となってはほぼ力を失ってしまった天狗、「赤玉先生」(哀しいまでに甘い赤玉ポートワインを愛飲する)。

 
人間は街に暮らし、狸は地を這い、天狗は天空を飛行する。
 平安遷都この方続く、人間と狸と天狗の三つ巴。
 それがこの街の大きな車輪を廻している。
 天狗は狸に説教を垂れ、狸は人間を化かし、人間は天狗を畏れ敬う。天狗は人間を拐かし、人間は狸を鍋にして、狸は天狗を罠にかける。
 そうやってぐるぐる車輪は廻る。
 廻る車輪を眺めているのが、どんなことより面白い。
(p7より引用)

三つ巴はぐるぐる廻って、うごうごと日々を過ごす内に、物語はクライマックスの大騒動へ! 楽しいんだけど、「で??」、と言われちゃうと困っちゃう物語でもある。だけど結局ね、文中にもあるように「面白きことは良きことなり!」だと思うのですよ、きっと。

一つの大きな謎は、この下鴨の狸四兄弟の偉大なる父はなぜ死んだのか、ということなんだけど、これが章が進むにつれて、徐々に、徐々に分かっていくという仕掛け。知っていながら、聞かれるまでは黙っている周囲の天狗も、大概ずるいよな~、とも思うんだけど、ね。

天空を自在に駆け、異能を持つ天狗は孤高の存在。しかしながら、能力を失ってなお、孤高の存在であることのみを貫こうとする天狗の姿は、哀れであり滑稽でもある。互いにそれが分かっていても、師に傅く四兄弟の三男、矢三郎とのやり取りは、ほとんど様式美。いやー、私にはこうやって人を立てる(いや、この場合天狗だけど)ことは出来ないなぁ。でも、それもまた師弟愛なんだよな。

偽叡山電車が街を駆け、偽電気ブランを製造する狸たちがいて、偽車夫つきの自働人力車が街を走る。これまでの森見作品においても、洛中において沢山の不思議なものや不思議な人物が出てきたけれど、あのうちの幾人かは天狗だったり、狸が化けたものだったのやもしれません。矢三郎のお得意の化け姿は、腐れ大学生だしさ。

「阿呆の血」というフレーズが何度も出てくるんだけど、なんとも言えぬ愛しさを籠められると、「阿呆」というのもいいもんんですね(何となく、関東は「馬鹿」をつかい、関西は「阿呆」をつかうイメージ。「阿呆」は言われ&聞き慣れないからか、実際に言われると、ちょっとぎょっとします。いや、「馬鹿」もそんな言われないけどさ)。そして、「阿呆」と言えば、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。楽しきこと、面白きことを精一杯楽しみなさい、というお話でもありました。

ところで、弁天が好むという赤割り(焼酎を赤玉ポートワインで割ったもの)ってどんな味なのでしょう。何焼酎で割るかによっても変わるよねえ。とりあえず、色は綺麗そうではあるけれど。

目次
第一章 納涼床の女神
第二章 母と雷神様
第三章 大文字納涼船合戦
第四章 金曜倶楽部
第五章 父の発つ日
第六章 夷川早雲の暗躍
第七章 有頂天家族

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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山田 宗樹
ゴールデンタイム―続・嫌われ松子の一生

ある一人の哀しい女の転落していく様を描いた、「嫌われ松子の一生 」の続編。

常に他者に人生の評価を求めていた松子は、ひたすらに堕ちていった。

さて、「嫌われ松子の一生」の感想を書いたとき、私は「笙と彼女、松子と男達を対比させることで、これから如何様にも生きることが出来る、笙の可能性を残しているのではないかと思った」などと書いたのだけれど、まさに、これはその笙と彼女、明日香の物語。

彼女、といっても、「嫌われ松子の一生」において、医者になるために医学部に入りなおすことに決めた明日香は、既に笙との別れを決めていたわけで、今では二人の道は分かれ、元・彼、元・彼女という間柄。

明日香は佐賀で順調に医学生としての道を歩み、開業医の息子である新しい恋人や、友人に囲まれ、充実した日々を送っている。
一方の笙は、こちらは全く振るわず。就職活動に失敗し、ずるずると東京に住みながら、フリーターで食いつなぐ。

佐賀で暮らす明日香。東京で暮らす笙。既に交わることはないかと思われたが?

明日香は順調過ぎる日々の中、申し分のない人であるはずの恋人が、明日香の将来をどんどんと決めてしまうことに焦る。自分の将来は既に自分のものではないのか? 笙と別れ、医学生を志した時の決意はどこにいってしまったのか?

全く振るわなかった笙が出会ったのは、「演じる」人たち。笙はミックやユリとの出会いによって、「俳優」という夢を見るようになる。

二十四歳の二人、明日香は目の前に結婚という現実を見、笙は一度も舞台に立ったこともないのに、ロンドン公演の夢を見る。夢と現実の戦い。けれど、誰が他人の夢や他人の人生を、「くだらない」と決めつけることが出来るのだろう。

二人は恋人同士ではなくなったけれど、「松子」の一生をともに辿ったことで、得難い友となった。笙は明日香の、明日香は笙の、定点観測地点。自分がどこにいるのか、あの頃からどう変わったのか、二人は互いを見ることで、知ることが出来るのだろう。

これ、まだ続編もありそうな終わり方。羽ばたく明日香に比べて、笙は今までいま一つ飛びきれていなかったけれど、今度は笙が羽ばたく様もみたいなぁ。
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古川 日出男
沈黙

物語るとは人をあざむく事。

そう作中人物に語らせる、古川日出男が語り、騙るストーリー。

それは架空の音楽史であり、「獰猛な舌」を持つ家系の話であり、転生する悪との戦いの話である。音楽史と家系の方にばっかり気を取られて読んでいたら、ラスト、急に悪との戦いの方がクローズアップされちゃって、ちょっと戸惑いました。うーむ、その辺り、ちょっと消化不良。あんなに上手くいっていた静さんとの生活を捨ててまで、薫子は戦いに出なくてはならなかったのでしょうか。楽しみにしていた、雪かき後の温泉は~?

東京に住む美大生、秋山薫子は喪われた母系の親族を知り、若くして亡くなった実祖母、三綾の姉、大瀧静の家に住まわせて貰うことになる。移り住んできた薫子と猫は、大瀧の屋敷に直ぐに馴染む。

屋敷の地下室には、ジャケットもなく、ラベルを剥ぎ取られた何千枚ものLPレコードと、徹底した防音が施されたリスニングルーム、そして、やはり若くして亡くなった静の甥、修一郎が遺した「音楽の死」と題された十一冊にも及ぶノートが残されていた。

「音楽の死」と題されたそのノートは、カリブ海から始まった「生きのびるための音楽」ルコ(rookow)の歴史を記したもの。想像力が歴史を系(つな)ぐ。あたし、薫子は、ルコの歴史を紐解き、読み解く。そこには誤読の可能性すらも、赦されている。ノートのトレースにより、ルコそのもの、修一郎そのものをトレースした薫子は、そうして音楽そのものとなり、ルコとなり、修一郎の脳を手に入れる・・・。

さて、薫子には、かつて秋山燥(ヤケル)という名の弟がいた。小学生だったある日、鍾乳洞の中で完全な闇を体験した燥は、薫子の家族が知っていた弟だったものとは違っていた。父は弟の所業に顔を無くし、薫子は東京へと出て行く。

薫子と燥の対決の前に、今では修一郎ともなった薫子は、修一郎の父、大瀧鹿爾と怪物との対決、大瀧鹿爾と修一郎の対決をも視る。悪とは形、形式であり、悪に対抗できるのは、ただ聴くことの出来る音楽である。生き伸びるための音楽史を創り上げた修一郎であったけれど、悪を葬ったことで、後に聴力を喪う。また、悪を縊った鹿爾は、自らが悪となってしまった・・・。悪とまみえることで、鹿爾と修一郎の二人は音楽=生を失ったけれど、燥と戦った薫子にはまだ音楽が残されていた。

その辺は希望なのかなー。うーむ、音楽の歴史、声で変装を施すことが出来る、獰猛な舌を持つ鹿爾、その鹿爾に鍛えられ、本職の声優すらを唸らせた修一郎の声の話などは面白かったんだけど、私にはどうにも「悪」が分からなかったような気がします。修一郎のおじにあたる、祝田慶典による、でたらめな吹き替え映画、「マシンガン姉」も気になるな~。「マシンガン姉」って・・・。タイトルだけで、何だかすごい。

「悪」というのは戦ってたおせる、毀せるものではなく、京極堂のように「落とす」もんなんですかね。人を唆し、世界の破綻した部分を嗅ぎ付ける燥のような悪。うーむ、これは、ある意味、クリスティのポアロ最後の事件、「カーテン 」のようなタイプの悪でもあるのかな。そうだよなー、あのポアロですら、あの「悪」には手を焼いたのだった・・・。

文庫では「アビシニアン 」と併録されているようですが、これ、保健所を襲撃して、エンマの猫を救い出したのが、薫子たちだったからなんですね。しかし、このボリュームを併録するっていうのも、なかなか凄いかも。「アビシニアン」はさっさと読めたけど、「沈黙」は今週ずーっと読んでましたもん。二つのルコに翻弄された面も大きいんだけどさ。

 ← 文庫


目次
第一部 獰猛な舌
第二部 カムフラージュ/モンタージュ
第三部 受肉する音楽
第四部 ルコ


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古川 日出男
アビシニアン

出会うのは、三者三様の痛みを抱え、痛みを克服する術をそれぞれの手段、それぞれの手法で勝ち得た人々。

義務教育終了後、全ての過去を棄て去った少女は、都心には珍しい巨きな緑地をかかえた公園に還る。
そこにはかつて彼女の家の飼い猫だった、アビシニアンの雄猫がいるはずなのだ・・・。
アビシニアンと再会を果たした彼女は、猫の生態に学び、猫と共にバードサンクチュアリに築いたシェルターの中で、季節を過ごす。
去勢された飼い猫であったアビシニアンは野性味溢れる動物として生き、彼女もまた嗅覚を研ぎ澄まし、独自の体感を発達させる。

そうして、ある日、彼女は強烈なイメージを得る。それは焚書。野生の言葉、ほんとうのことばを識った彼女に、以降、書かれた文字は必要のないものとなる。


大学生の青年は、突然襲い来る偏頭痛の発作に苦しんでいた。それは圧倒的なイメージの奔流であり、言葉にして表す事、他人に対して説明する事が出来ないもの。
発作が何なのか全く分からなかった彼に、ある日開いた雑誌の偏頭痛の特集は啓示となる。それはことばの可能性。
正体不明のものを理解可能なものとするために、青年はシナリオ書きに熱中し、多様な声を聴く事を始める。


青年と彼女はダイニングバー「猫舌」で出会う。彼女に物語る事で、青年のシナリオは加速する。それは顔のない少年と声の物語。顔のない少年は、「顔がない」ゆえに世間から、また両親からすらも識別されず、彼と共にいるのは彼が生れた時から聞こえる声のみだった。物語が進む中、その声からも断ち切られた少年は、最後ににおいを知る少女に見出される。顔がなくとも、においを識る彼女に、少年の識別は可能だ。


ダイニングバーの経営者であるマユコから、彼女に与えられたのは「エンマ」という名前。「エンマ」から青年に与えられたのは「シバ」という名前。

言葉とは、文字に書かれたものだけではない。体で知る言葉、においで知る言葉・・・。真実の言葉とは、体感を伴うものなのか?

マユコのエピソードはちと余計かなぁと思いつつも、古川さんの独特のイメージの奔流をどっぷり楽しめた。物語の力を信じている作家さんの物語は楽しい。
目次
Ⅰ 二〇〇一年、文盲
Ⅱ 無文字
Ⅲ 猫は八つの河を渡る
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小泉 吉宏
まろ、ん?―大掴源氏物語

言わずと知れた紫式部による長編「源氏物語」を、大掴みに解っちゃいましょうという、ある意味での企画本。

公達と言えば「まろ」。というわけで、比類なき美貌を持つという光の君が、このマンガでは直衣を着た栗(まろん)になってます。光源氏の所業については、色々と思う所もあるんだけど、このぼーっとした「栗」で読むと、何だか仕方ないかなぁ、と思えてしまう。

五十四帖ある「源氏物語」の一つの帖(エピソード)は、現代の本にすると、5、6頁のものもあれば、100頁を超える長編もあるのだという。それらの帖を長いものも、短いものも全て、この本では一帖を見開き二頁で表現している。ながーい「源氏物語」も、ざっくりざくざく読めちゃいますよ、というのがこの本の売り。

第一部は光源氏の誕生から栄華へ向かっていくまで、第二部は中年になった光源氏の栄華、第三部は光源氏の死後、源氏の孫達とそれを取り巻く女性達のお話(というこの分け方が、そもそも通説であるらしい)。

私は源氏が身罷るまでしか現代語訳では読んでいない。だから、第一部、第二部は自分の中で補完して読めるんだけど、第三部辺りは流石に二頁ではちょっと辛かったかも。一応、分かり易さのために、女三宮と柏木(源氏のライバル、かつての頭中将の息子)との間の不義の子、薫は同じ豆系の顔、源氏と葵の子、夕霧は栗系の顔(あ、源氏の兄にあたる朱雀院も栗)と区別をつけてあるんだけど、何せ姻戚関係が入り組んでるもんだから、識別するのも結構大変。特に女性! これも、一応姻戚関係で、描き分けがされているんだけどね・・・。栗や豆を使った男性陣に比べ、女性陣はちゃんと人間だしなぁ。あ、末摘花は原文中の通りになってるけど(象のような鼻は紅く、とてつもなく長い顔)。

良かったところは、ところどころにあるスパンで「源氏物語に登場する官位表」というのが載せられていて、一目で光源氏と頭中将(これも役職ですが)や、孫たちの官位が解るところ。こういうのって目で見れば一発だけど、これまであんまり見たことなくって。

何かと出家しようとする源氏(とはいえ、俗世に未練たらたらで出家出来ず)を描いたり、「まろ 紫のご機嫌をとる」(若菜・上)では、「秘め事が知れたら 恋人や妻を苦しめるというのに それを告白することが誠実なことだと思っている人がいる。だがそれは自分の罪悪感から解放されたいと思っているだけだ。つまり甘えているだけである」という文の下には、「言ってよかったあ・・・紫ならわかってくれる」とほっと一息つくまろが描かれていたり、光源氏「まろ」に対する見方は結構厳しい。全くその通りだし、現代の感覚で見れば、私だって光源氏に対する思いは色々あるわけだけれど、この長い物語を紫式部はどんな思いで書いたのだろう。都を知らない地方豪族の娘などは、宮中の風俗を楽しみ、また都にあっても殆ど人に会うこともない深窓の姫君なども、わくわくとこの物語を読んだのかなぁ。ある意味では宮中の貴きところのガイド本でもあったのかしらん。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたらご連絡下さい。
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古川 日出男
13


目次
第一部 13
第二部 すべての網膜の終り
1 ココとマーティン/2 ココとサルサとマデリーン/3 ”マスマティシャン・オブ・カオス”/4 ココとCD/5 ココと臨死体験/6 響一と犬の少年/7 ココとマーティン、天使、響一/8 響一とココ/9 響一とココⅡ/10 ガブリエラ/11 ”王の王”/12 橋本響一、ココ・ココ・マチューカ・プラード/13 ”13”

片目だけの特殊な色覚障害を持つ響一は、その障害のゆえに特異な色彩の世界に生きていた。彼の描く絵は幼児のレベルを超え、輪郭線は存在せず、物体の輪郭は全て「色の終わるところ」として表現されていた。

そうして彼は、入園検診の時の色盲検査で新しい世界を知る。色盲の検査表には、正常者には読めても異常者に読めない文字や数字、また逆に異常者には読めても正常者には読めない文字や数字が配されている。響一が利き目ではない、異常がある左目で表を見た時に、立ち上がってきた文字や数字。それはまるで色の幽霊だった。響一はもう一つの異次元の世界を発見したのだ。それは彼の左目だけが捉えることの出来る、秘められた色彩の異世界。

響一はその異世界を再発見するために、色を塗る、色を作る。この世のありとあらゆる色を繰り、支配する手段を着々と磨く。でも、まだ足りない。まだあの世界への道は閉ざされている。

中学生となった響一の元に、ザイールのムンドゥの森から、狩猟採集民ジョ族の一員、ウライネがやって来る。霊長類の研究者である響一の従兄弟、関口昭彦が、彼らジョ族に命を助けられ、その恩返しとしてこの少年ウライネを、「白人の国」日本へと連れて来たのだ。

森の民であるジョ族にも、彼らの事情があった。農耕民族と白人たちとの接触により、これまで周囲の農耕民族たちを怯えさせていた「森」の魔力、霊力が薄れてしまったのだ。森の魔力を取り戻すため、ジョ族もまた「白人」の力を必要としていた。「白人」の霊力を手に入れることで、森の超自然力は快復する。彼らの中から選ばれたのが、ウライネだったのだ。

中学校を卒業した響一は、高校進学の道を選ばない。響一はザイールのジョ族の元へ行く事を望む。ザイールに渡った響一は、ジョ族の中にウライネの兄弟としての地位を築く。響一はジョ族と共に狩りをし、食事をし、ジョ族に伝わる昔話を好んで聞く。最初の人間の話、死者の世界であるバチカンバの話・・・。濃密な森の色の中、黒い膚の彼らの、白い膚を持つ兄弟となる。

物語の縦糸は、この色彩の求道者、橋本響一が紡ぐ。

これに絡んでくるのは、ザイールの農耕民の中に出現した、聖母マリアと見なされる少女ローミ。彼女は黒いマリア。農耕民たちは、森の民、ジョ族の敵であるのだが・・・。

そして、痛ましい事件の後、ザイールを後にした響一に絡んでくるのは、「すべての網膜の終り」なる映画を撮ろうとしている映画監督マーティンに、女優ココ、主題歌を作り、歌うCD。
粗筋にもなってないような粗筋だけれど、粗筋として言えるのはこれくらい。もう、もう、全ては混沌の中、カオスの中。色、音、匂い、味・・・。森の色彩、ジョ族のボディペインティングの色、彼らの食事、映画の中の映像イメージ、本を読むという行為なのに、物凄く五感を刺激する文章に酩酊する。

犬の物語であったり、神に到達する映像であったり、森の人の話であったり、膚の色の話であったり、まだ読んでないけれど、「ベルカ、吠えないのか?」に繋がるかと思われるもの、「サウンド・トラック 」のレニにも通ずるもの、「アラビアの夜の種族 」にも通ずるもの。

古川さんの話は、全然違う物語であっても、どこか同じ地平で繋がっている感覚がある。一部だけを取り出しても、凄く豊かなイメージなんだけど、それがまた違う世界とも繋がっていたり、また違う色合いを新たに乗せられて語られるのは、物凄く嬉しいなぁと思う。

 ← こちらは文庫
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加納 朋子
ささらさや

どこか時が止まったような、ヒューマンテイストの幽霊もの。

新婚早々、可愛い息子、ユウ坊も生まれたばかり。なのに、「俺」は、まだまだ頼りない新妻「サヤ」を残して、交通事故で逝ってしまう。サヤの頼りなさのせいか、「俺」の未練のせいか、「俺」はまるで空港を通り過ぎる、「トランジット・パッセンジャー」のように、この世にとどまってしまい・・・。

目次
トランジット・パッセンジャー
羅針盤のない船
笹の宿
空っぽの箱
ダイヤモンドキッズ
待っている女
ささら さや
トワイライト・メッセンジャー

トランジット・パッセンジャー」、「トワイライト・メッセンジャー」のみ、サヤの亡き夫である「俺」が語り、その他の編は、サヤを主人公とした第三者の目で語られる。

サヤは、亡き夫、「俺」の実家から逃げるように、佐々良という田舎町へと越して来る。映画会社を経営する義父、子どものいない姉夫婦が、忘れ形見のユウ坊を狙うのだ。さて、この佐々良という町は、肉親の縁薄い、サヤの叔母が住んでいた町。ある意味都合のいいことに、数ヶ月前に亡くなった叔母が、彼女に家を遺してくれていた。

郵便配達夫が、一癖も二癖もある年寄り連中しか住んでいない、と決め付けるこの一画。サヤとユウ坊の二人組は、この一画に新風を吹き込む。偶然知り合った老女達に助けられて、何とも頼りないサヤ、お人よしのサヤ、彼女の夫言うところの「馬鹿っサヤ」は、ユウ坊と二人、何とか暮らしてゆく。

でも、泣き虫で弱虫のサヤが何とかやっていけるのは、老女達による手助けのためだけでも、仲良くなったエリカ・ダイヤ親子のためだけでもない。彼女が危機に陥った時、「ささら さや」との音が聞こえ、この世にとどまる亡き夫が、誰かの身体を借りて、彼女の危機を救うヒーローさながら、現れてくれるのだ。サヤは一人きりではない。

とはいえ、「俺」が入って身体を借りることが出来るのは、「俺」を見ることの出来る人間だけであり、そしてそれは一回こっきりのこと。また、勿論、「俺」とて、いつまでも成仏しないままというわけではない・・・。

頼りないサヤ、お人よしのサヤが、ラストでは幼な子を護る為、自ら声を上げる事になる。弱い事、自分の思いを伝えられない事は、時として罪になってしまうのだ。

ちょっと甘い話ではあるんだろうけど、私は嫌いではない。不思議な町佐々良、口煩いけれど、親切な老女達、ベビーカーならぬ乳母車などなど、良かったなぁ。ふんわりとした表紙そのままのような物語。

← 文庫もあるよう。やはりやさしい雰囲気だね。
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小林 聡美
マダム小林の優雅な生活

女優にして、脚本家・三谷幸喜さんの妻でもある、小林聡美さんの優雅(?)な生活。

目次
真実のお気楽ライフ
流行遅れ
夜のお供
指まで接着地獄
サザエさんとオザケンはえらい
オトサン
汚い話
趣味の園芸
函館の女
かぞえの三十三
怒りの餃子
長編読み物・心のアウトドア派1
長編読み物・心のアウトドア派2
とりあえずネイティブへの道
あとがき

夫の三谷さんのエッセイも、新聞連載で読んでいるのだけど、この二人は夫婦共に文才に恵まれているのかな。特に小林さんの方は、何ということもない日常を話題に、つるつると読ませる力があるように思う。この本の文体は非常にカジュアルですが。「指まで接着地獄」なんて、多分ほとんどの人に経験があるとは思うけれど、普通、これで六ページはなかなか書けないでしょう。その後、「瞬間接着剤剥し」なるものがある事を知った、という二行ほどのオチつき。ただし、この本は1998年に刊行されたものなので、ネタとして少々古いものも存在する(例えば、「オトサン」における、イタリア製耳掃除グッズなどがそう。筒を耳に差して、火を付けるっていうの、一時期流行ましたよね?)。

面白かったのは、「汚い話」と、「長編読み物・心のアウトドア派」「とりあえずネイティブへの道」

「汚い話」は、小林さん、三谷さん夫婦を襲う、謎の脱糞事件の話。ある時は、三谷さんの仕事用の段ボール箱の中に、ある時は玄関にひっそりとブツは出現した。さあ、犯人は二匹の猫のうちどちらだ?

「長編読み物・心のアウトドア派」は、夫、三谷幸喜さんとの、初めての海外旅行の話。「大自然に抱かれる旅」がテーマだったはずなのに、乗馬では列を乱してブルーになり、ラフティングでは恐怖の余り固まってしまう三谷さん。アウトドア派を自称していたものの、それは「心の」アウトドア? ああ、でも、私もお気持ち、分かります。アウトドアは素敵だと思うのだけれど、悲しいことにカラダがついていかないわけで・・・。

「とりあえずネイティブへの道」は、楽しい老後を過ごすための、小林さんの長期計画の英語学習の話。「家庭婦人のための英会話」なる看板に惹かれ、近所の英会話教室の門を叩いた小林さんだったが、現れた先生は日本人のソバージュおやじ。その名を「ホセ・ヤマガタ」といい(でも、バリバリの日本人)、脅威のカタカナ・イングリッシュを操る。また、かれは英語だけではなく、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、外国人のための日本語教室も経営しているようで・・・。この謎の先生に興味が沸いてしまった小林さんは、気づけば一年以上もこの教室に通ってしまっていた。今度こそ、ネイティブの英語を習うぞ!、という決意を固めたものの、次に銀行の掲示板で見つけた先生は、なまりのきついパキスタン英語を操るパキスタンの美人妻。彼女の事情を知り、ついついレッスンを断れなくなった小林さんのイングリッシュは、まさにソバージュおやじの言う所の、「いろんな英語があっていいんだ」状態に・・・。その後、ネイティブの英語を習うことは出来たのでしょうか?

日常の楽しみについて、しばし考えました。
楽しいこと、面白いことを探して生きている方が、お得よね。

今日は、小林さんのドラマ「神はサイコロを振らない」の放送日。途中から見たので、いまいち良く分からないのでした・・・。面白いですか?
でも、この設定って怖いよなぁ。10年前の自分や友人に、今出会ったら、一体どんな感情が生まれるのだろうか。同窓会的なものがあると、真空パックに入れられていたような、「その時」に出会った気分にもなるけれど。
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春山 満
僕にできないこと。僕にしかできないこと。
幻冬舎

目次
第一章 フェアに、爽やかに生き抜きたい
第二章 死ぬ気になれば何でもできる
第三章 あたり前の幸せのありがたさ
第四章 春山ビジネス成功の秘密
第五章 介護も老いも自己責任の時代
あとがきにかえて 夫への手紙 妻 春山由子

若年層にも分かりやすいようにしているのか、非常に読み易い。
この表紙を見て、どこかで見たことがある、と思う方も多いかもしれない。

春山満氏は、不治の病である「進行性筋ジストロフィー」の宣告を、若くして受けた人である(当時、結婚前の二十六歳)。しかし、車椅子に乗って、バリバリとビジネスをするビジネスマンとしての顔を持つ。

宣告から既に二十年以上が経過し、以前は運動神経抜群だった、春山氏の首から下の運動機能は完全に失われ、現在では自力では全く動かすことが出来ない。しかし、春山氏は社員二十名、年商八億円の総合ヘルスケア企業「ハンディネットワーク インターナショナル」の経営者であると同時に、大手医療法人の総合経営企画並びにコンサルティングも数多く手がけ、全国を飛び回る日々を送っている。

手がけた商品は、「ウェルキャブ」シリーズ(トヨタ、「エスティマ」のスライド式シートリフター)バリアフリーの自販機(大塚製薬)など。コンサルティングをつとめた企業は、松下電工、トヨタ自動車、東京海上火災保険、大塚製薬、大塚化学、岡村製作所など、多岐にわたっている。

全編を貫くのは、春山氏の強烈な意志。身体が動かないけれど、それは大人としての尊厳を冒すものではないし、常にフェアであることを要求している。本当のいいサービスは、口先だけの優しさや、薄っぺらなヒューマニズムからは得られない。いいサービスはフェアな精神から生まれ、またいいサービスを提供して貰おうと思ったら、その関連で働く人たちが安定した暮らしが出来るように、儲けさせてあげなければならない。春山氏が考える福祉とは、本当にみんなをハッピーにさせる究極の産業」なのだ。

「楽天的」だという、奥さんの力も素晴らしい。困難な現実を共に闘ってきたという意味で、これはもう互いに「戦友」だといえる。
お二人の子育ての姿勢もいい。

 ←既に文庫化されているようです 
春山 満
僕にできないこと。僕にしかできないこと。
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恩田陸「月の裏側」幻冬舎

箭納倉は水の街。街中に、迷路のように掘割が張り巡らされている。

大手レコード会社のプロデューサーである多聞は、旧知の大学教授、協一郎の誘いにのって、箭納倉へやって来た。

「ようこそ、箭納倉へ」

箭納倉では、ここ一年の間に、奇妙な事件が連続して起こっていた。
何れも堀に面した家に住む、三人の女性が数日間失踪した後、何事もなかったかのように、ひょっこりと戻ってきたのだ。

この街に一体何が起こっているのか?

「ゲーム」の参加者は、前述の多聞、協一郎に、地方新聞社の記者・高安と、協一郎の娘・藍子を加えた、人間四人プラス猫の白雨。

話をする内に、多聞は協一郎の弟夫婦も、この一連の失踪者であることを知る。しかも、藍子によれば、叔父夫婦と一緒に失踪した猫を火葬にした際、その後にはタール状の物質の他に何も残らなかったという。通常であれば、骨が残るはずなのに・・・。続いて猫の白雨はどこからか、人間の体の一部に良く似た物体を拾ってくる。これらは何を意味するのか?

あれは「ひとつ」。人類は戦略的に多様性を目指してきたが、同時に「ひとつ」になりたいという誘惑とも常に戦ってきた。

ひたひたとした恐怖を感じさせられる。水ってどうして怖いのかなぁ。
ラスト、殆ど明るいともいえる受容の様子は、空恐ろしくもある。
**************************************************
話としては、そこまで優れたプロットではないと思うのだけれど、流石恩田さん!と思った部分を抜書き(文章には若干手を加えています)。

■言葉について
言葉が違うということは、その人間が異分子であるということを如実に示す。自分の身を守り、共同体に馴染むには、その共同体の言葉を覚えるのが有効である。しかし、あまりに言葉の習熟が早すぎると、馴染むべき共同体から逆に警戒されてしまう。また、それぞれの共同体には、その共同体のコアを表す言葉というものがあり、ネイティヴでない者が、ある共同体の言葉を学ぶ時、骨を埋める覚悟がない限り、その共同体のコアの言葉は使うべきではない。通過者のとるべきスタンスは、共同体のルールに熟知しその内側にいるが、共同体のコアには関心を示さないというもの。

■探検について
ゲームは男だけでやった方が面白い事を、男は子供の頃から本能的に知っている。しかしそこに参加したがる女の子は、みんなが密かに憧れている女の子であったりする。彼らは内心迷うのだが、大抵の場合、女連れを良しとしない意見が勝つ。だが女の子は、メンバーの中で自分に気があると思しき男の子、若しくは一番博愛主義者であると思われる男の子に攻撃を絞り、彼一人に許可を求め、かつ彼に他のメンバーを説得することを求める。こういう時の人選を、女の子は決して間違えない。そして、当初の目的だった探検は、大抵一人の女の子に振り回されて、全然違うものになってしまう。

■新聞記者高安が語る、人を「読む」ことについて
自分が体験したことのない「悩める青春」や「感情のもつれ」、「人間の心の闇」を知る意味で、読書が好きだった。やがて、私は現実に存在する者たちを「読む」方が面白いことに気付く。人間を読むことは、読書よりも遥かに複雑でスリリングだった。人間の「読み応え」は様々で、直ぐに私は「読み応え」のあるものを求め始めた。記者という職業を選んだのは、この好奇心のためであり、同僚たちの正義感や使命感、文章修行、功名心などとは全く無縁であった。

■直感について
子どもの受け取っている情報と、大人の情報では質的に異なる(感じていることも、必要としていることも)。また、受け取った情報の処理の仕方も、子どもと大人とでは異なっている。反抗期とは、子どもの情報処理システムから、大人のそれに移行する時の混乱なのではないか。
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この本の中に出てきた、「文学しりとり」、なかなか良かった。文学作品のタイトルでしりとり。本好きが集まってやったら、ちょっと楽しそうではありませんか?


 ← 私が読んだのはこちら
恩田 陸
月の裏側
 ← 既に文庫化されているようです

得体の知れないものの恐怖としては、スティーブン・キング「It」が、今までの読書の中では一番。これも、水のイメージがありませんでしたっけ?(その時の恐怖感は残っているのに、話を殆ど忘れてしまいました。あな、情けなや)
スティーヴン キング, Stephen King, 小尾 芙佐
IT〈1〉
スティーヴン キング, Stephen King, 小尾 芙佐
IT〈2〉
スティーヴン キング, Stephen King, 小尾 芙佐
IT〈3〉
スティーヴン キング, Stephen King, 小尾 芙佐
IT〈4〉
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