カネ カネ、 モノ モノ への欲求を募らせ
便利さを追い求めて、次々と新しいテクノロジーを開発し
アルコール、薬、セックス、あらゆる快楽に溺れる
そんな俗世を Devil's Playground とするのは、なかなかに的を得た表現かもしれません。
これは、アーミッシュの人々が外の世界をあらわす言葉。
俗世の垢にまみれたアメリカの中で、神への絶対的な信仰をもとに、今尚ほとんどの新しい文明を拒絶
自給自足で暮らすアーミッシュ。
車がブンブン走り抜ける道路を、馬車でガタガタと揺られながら移動する彼らは、
基本的に写真撮影はお断りらしいけれど、その姿をテレビや映画などで見たことのある方も多いでしょう。
2001年に制作されたこのドキュメンタリーでは、そんなアーミッシュのあまり知られていない習慣
「ラムシュプリンガ」を追うものです。
そもそも、彼らはヨーロッパで発生したキリスト教の一派なのだけれど、
生まれてすぐの赤ちゃんを洗礼することに反対したことなどから迫害され、信仰の自由を求めて
アメリカに渡ってきたそうです。
彼らの社会では、16歳以降の年齢で初めて
A:アーミッシュ教会で洗礼を受け、残りの人生をこの教会の規律に従い、神への服従を誓う
B:アーミッシュ社会とは縁を切り、外の世界で自由に暮らす
の二つの選択肢から選ぶ時期が来るのです。
その重大な人生の決定をする前に経験させられる 「ラムシュプリンガ」 とは。
Devil's Playground と言われる俗世の快楽を好きなだけ経験することが許される期間
何の飾り気も色気もないアーミッシュ独特の昔の服装を脱ぎ捨て、ティシャツにジーンズもよし。
禁じられているアクセサリーや化粧もOK。
これまた禁じられている音楽も許され、夜な夜な集まって大音響でラップでもヒップポップでもロックでも
垂れ流し、踊りまくるのもよし。
もちろん、そこではソフトドリンク、アルコール、タバコ、違法薬物、なんでもあり。
車を乗り回し、男の子と女の子は好きなだけ、好きなように肉体的快楽を追求することも許される。
ラムシュプリンガにタイムリミットはないらしく、本人が決断を下せるまで、数ヶ月でも、数年でも
俗世にまみれることが出来るらしい。
こんな好き放題のやりたい放題の毎日を送った後、
誰がストイックそのもののアーミッシュの暮らしに戻れるのだろう??
と、思いますよね。
とこらが、驚いたことに
90パーセントの若者達は俗世を断ち切って、アーミッシュコミュニティで一生を過ごすことを決断する
と言うのです。
けれども、よく考えてみれば、それも当然なのかもしれません。
彼らには、俗世の快楽という快楽、表面的な欲求や好奇心を一通り満たすチャンスは与えられるけれど、
広い世界や人生の可能性について知るチャンスはあまりないようなのです。
一握りの若者たちは、そのことに気づいて、生まれ育ったコミュニティを後にし、
社会に出て行くことを選択するのですが、一般的には目先の快楽に溺れることにばかり忙しく、
そこまで考えるに至らないかもしれない。
彼らのコミュニティでは、教育は否定的に受け止められています。
知識や知恵をつけるにつれて、傲慢さを増し、神ではなく自分が世界をコントロールできるような
錯覚を起こす危険性を考えてのことでしょう。
アメリカに暮らしている以上、13歳までの教育は義務付けられていますが、
高等教育を受けることはないそうです。
本も、聖書以外のものは読むことが禁じられ、もちろんテレビや映画などもありません。
これでは、自分の暮らしているコミュニティや、周りのアメリカの片田舎の生活の断片くらいしか
垣間見ることはなく、それ以上のものを想像したり夢見ることは、不可能に近いのではないでしょうか。
しかも、10代の若者にとって、自分を囲む全てであった家族や友人、地域社会や価値観、
馴染んできた全てのものとの断絶は、どれほど恐ろしく勇気のいることでしょう。
このドキュメンタリーは、町山智浩さんのコラム集「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」(過去記事リンク)
の中で紹介されていたことから興味を持ったものです。
彼のコラムには、もうひとつ興味深い事実が紹介されています。
04年に「アーミッシュ・イン・ザ・シティ」というTV番組がラムシュプリンガの若者たちを
ロサンジェルスで生活させる実験を行ったが、そのときは逆に9割が俗世を選んだ。
広い世界を見て、自分の可能性を知った彼らは進学や就職を望んだ。 (引用)