秋の気配が日に日に感じられるこの頃・・・

読書の秋・音楽の秋・映画の秋 の記事をたくさん書きたいです。






有閑マダムは何を観ているのか? in California-Henry Coe




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映画* 25時

2009-11-21 テーマ:映画


映画「ブロウ」では、ジョニー・ディップがクスリの売人を演じていましたが、

コチラの映画では、エドワード・ノートンが売人役。


警察に家宅捜査をされて、隠していたクスリや現金を見事に発見されてしまった、モンティ。

刑務所に収監されるまで彼に残された24時間が描かれます。


父親の運転する車の助手席で目を閉じたモンティが迎える、24時間過ぎたあとの、25時間目を

どう迎えるのか。

彼の選択肢は、

逃亡、自殺、刑務所入り の三つ。





有閑マダムは何を観ているのか? in California-25th hour



理屈では、クスリの売人なんてアクドイことをやってきたんだから、刑罰通りに7年間おとなしく囚人として罪を償うべきなのでしょう。


でも、彼が過ごすであろう刑務所は、粛々と罪を償う場所というよりも、

死ぬより怖い思いをしなくてはならないことが明らかな、暴力に満ちた場所なのです。


タイムリミットが刻々と迫ってくる間、モンティの心には

警察に密告したのは、一緒に暮らしている恋人ナチュレルではないのか、という猜疑心、

自分を待ち受ける暴力への恐怖、

世間に対する怒りと、自分に対する怒り、

なんて馬鹿なことをして一生を台無しにしたのかという後悔

様々な想いが次々に押し寄せてきます。


最後の夜、レストランの洗面所の鏡を前に

ニューヨークのあらゆる人種、あらゆる階層の人々に対して憎悪の念をぶつける、長い独白シーン。

いかにも、スパイク・リー監督らしい場面です。


約束の時間が迫ったモンティが、最後に一緒に過ごす幼馴染の男友達二人。

ウォール街で血眼になって働く、冷ややかな雰囲気のフランク(バリー・ペッパー)と、冴えない風貌の高校教師ジェイコブ(フィリップ・シーモア・ホフマン)が、それぞれに熱演です。


2002年に公開されたこの映画、まだ人々の脳裏に衝撃が大きく残っていた9・11事件の影がちらついています。

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本* センセイの鞄

2009-11-19 テーマ:


川上弘美さんの本、なぜ、今まで読んだことがなかったのかなあ。

久々に、金鉱を掘り当てた気分!!



駅前の居酒屋でたまたま居合わせるようになった、ツキコさんとセンセイの交流。



何年か前だったか・・・

映画化されたりもしていたように記憶していますが、

30代後半の女性と、それより30ほど年上のかつての高校時代の恩師の恋物語というので

勝手に渡辺淳一風の、どろどろねっちりと見せられるのかと遠慮してました。


全然違った!



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二人のかみ合っているのかいないのか、時にわからないような会話の絶妙さ。

近くなっていくようで、距離がなかなか縮まらないような二人の間柄。

静かに流れる時間。


一緒にお酒を飲んでいる時間を軸に、キノコ狩りに行ったり、お花見をしたり

そして時々、夢か現かわからぬ不思議な場所に流されているふたり。

もしかして、歳を重ねるほどに、「不思議な場所」にしばしば行き着くものなのかもしれませんねえ。


若者同士ではないので、情熱をほとばしらせてぶつかり合うとか、将来のあれこれを夢見るとか

そういう風にはならないのだけれど、そのとき手にしている時間をじっくりと味わうような関係がすごく良いです。

表向きにあらわれている落ち着きの裏にあるだろう様々な懊悩が垣間見られ、

その見せ方も上手いな~と思いました。


どこか浮世離れした感じのする文体が、なまなましくなくて、とても好きです。

言葉の選び方や文章がきれいで、それでいてわざとらしくなくて自然。

じっくり堪能しながら読みました。


勢いに乗って、さっそく、同じく川上さんの短編集「溺レる」を読み始めました。

・・・・これがまた、おお~さすが同じ作者だ!と思わせられる「センセイの鞄」と共通する趣もありながら

それでいてぜーんぜん違う感じもあって、おもしろいったらありません。




中国の楽器

2009-11-18 テーマ:音楽


知り合いの方のコンサートにて、初めて目にした中国楽器、楊琴。


弦の数は、なんと140本ほどもあるとか!!


7本ずつほど束になって、支柱の上下を交互にアップダウンを繰り返し、右から左へ張られています。

複雑~


竹製のスティックで奏でられる音は、とても柔らかくて幻想的。


スティックのゴムに覆われた側とその背中の覆われていない側、さらに反対側のとんがった方と、3箇所で弦を叩いたりはじいたり、それぞれに違った味わいの音が作り出されます。


このスティックを操るのが、相当難しそうです。

彼女は昔バンドでドラムを担当していたそうですから、スティックの使い方には初めから慣れがあったのでしょう。

そうでなければ、まず、第一関門でしょうね・・・


有閑マダムは何を観ているのか? in California-yangqin

有閑マダムは何を観ているのか? in California-yangqin



コンサートでは、

本来この楽器で奏でられるのはこんな曲なのだろうな~

という、中国の伝統的なメロディから、クラリネット奏者やバイオリンとの共演でジャズや民族音楽風のものまで

様々な曲を聴かせてもらいました。


古来の伝統の道をまっしぐらに究めるのも簡単なことではありませんが、

それにプラスアルファ、自由な発想で従来とは違った楽器の組み合わせ、ジャンルに挑戦されるところに魅了されます。


映画* Devil's Playground

2009-11-17 テーマ:映画

カネ カネ、 モノ モノ への欲求を募らせ

便利さを追い求めて、次々と新しいテクノロジーを開発し

アルコール、薬、セックス、あらゆる快楽に溺れる


そんな俗世を Devil's Playground  とするのは、なかなかに的を得た表現かもしれません。


これは、アーミッシュの人々が外の世界をあらわす言葉


俗世の垢にまみれたアメリカの中で、神への絶対的な信仰をもとに、今尚ほとんどの新しい文明を拒絶

自給自足で暮らすアーミッシュ。

車がブンブン走り抜ける道路を、馬車でガタガタと揺られながら移動する彼らは、

基本的に写真撮影はお断りらしいけれど、その姿をテレビや映画などで見たことのある方も多いでしょう。


2001年に制作されたこのドキュメンタリーでは、そんなアーミッシュのあまり知られていない習慣 

「ラムシュプリンガ」を追うものです。


そもそも、彼らはヨーロッパで発生したキリスト教の一派なのだけれど、

生まれてすぐの赤ちゃんを洗礼することに反対したことなどから迫害され、信仰の自由を求めて

アメリカに渡ってきたそうです。


彼らの社会では、16歳以降の年齢で初めて


A:アーミッシュ教会で洗礼を受け、残りの人生をこの教会の規律に従い、神への服従を誓う

B:アーミッシュ社会とは縁を切り、外の世界で自由に暮らす


の二つの選択肢から選ぶ時期が来るのです。


その重大な人生の決定をする前に経験させられる 「ラムシュプリンガ」 とは。


Devil's Playground と言われる俗世の快楽を好きなだけ経験することが許される期間


    有閑マダムは何を観ているのか? in California-Devil's Playground





何の飾り気も色気もないアーミッシュ独特の昔の服装を脱ぎ捨て、ティシャツにジーンズもよし。

禁じられているアクセサリーや化粧もOK。

これまた禁じられている音楽も許され、夜な夜な集まって大音響でラップでもヒップポップでもロックでも

垂れ流し、踊りまくるのもよし。

もちろん、そこではソフトドリンク、アルコール、タバコ、違法薬物、なんでもあり。

車を乗り回し、男の子と女の子は好きなだけ、好きなように肉体的快楽を追求することも許される。


ラムシュプリンガにタイムリミットはないらしく、本人が決断を下せるまで、数ヶ月でも、数年でも

俗世にまみれることが出来るらしい。


こんな好き放題のやりたい放題の毎日を送った後、

誰がストイックそのもののアーミッシュの暮らしに戻れるのだろう??


と、思いますよね。


とこらが、驚いたことに 

90パーセントの若者達は俗世を断ち切って、アーミッシュコミュニティで一生を過ごすことを決断する

と言うのです。

けれども、よく考えてみれば、それも当然なのかもしれません。



彼らには、俗世の快楽という快楽、表面的な欲求や好奇心を一通り満たすチャンスは与えられるけれど、

広い世界や人生の可能性について知るチャンスはあまりないようなのです



一握りの若者たちは、そのことに気づいて、生まれ育ったコミュニティを後にし、

社会に出て行くことを選択するのですが、一般的には目先の快楽に溺れることにばかり忙しく、

そこまで考えるに至らないかもしれない。

彼らのコミュニティでは、教育は否定的に受け止められています。

知識や知恵をつけるにつれて、傲慢さを増し、神ではなく自分が世界をコントロールできるような

錯覚を起こす危険性を考えてのことでしょう。


アメリカに暮らしている以上、13歳までの教育は義務付けられていますが、

高等教育を受けることはないそうです。

本も、聖書以外のものは読むことが禁じられ、もちろんテレビや映画などもありません。



これでは、自分の暮らしているコミュニティや、周りのアメリカの片田舎の生活の断片くらいしか

垣間見ることはなく、それ以上のものを想像したり夢見ることは、不可能に近いのではないでしょうか。

しかも、10代の若者にとって、自分を囲む全てであった家族や友人、地域社会や価値観、

馴染んできた全てのものとの断絶は、どれほど恐ろしく勇気のいることでしょう。

このドキュメンタリーは、町山智浩さんのコラム集「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」(過去記事リンク)

の中で紹介されていたことから興味を持ったものです。

彼のコラムには、もうひとつ興味深い事実が紹介されています。

04年に「アーミッシュ・イン・ザ・シティ」というTV番組がラムシュプリンガの若者たちを

ロサンジェルスで生活させる実験を行ったが、そのときは逆に9割が俗世を選んだ。 

広い世界を見て、自分の可能性を知った彼らは進学や就職を望んだ。 (引用)

 




映画* Michael Jackson's This Is It

2009-11-15 テーマ:映画


惜しい人を亡くしたと思う。

特にこのコンサートに向けて一生懸命準備してきた様子を映像で見ると、

その舞台を実現させることなく世を去った無念さは、いかばかりか・・・とも思う。


でも、同時に、彼がこのまま歳をとり続けた姿が想像できないのも事実です。


きっと、人一倍まじめで完璧主義。

これから立ち向かうことになる老いと、どう折り合いをつけるのか・・・

歌や踊りも、思うようにならなくなったとき、彼はそんな自分に対して人一倍がっかりしてしまうのでは・・・



有閑マダムは何を観ているのか? in California-MJ



この映像からは、彼の才能や努力、情熱、こだわりがひしひしと伝わってくるのだけれど

同時に、ある種病的な何かも感じさせられました。

高く理想を持ちそれを実現させるために、ずいぶんと自分に無理を強いてきたのではないかな・・・


痛々しくもあり、

でも自分の仕事にこれだけの誇りを持っている彼は、やはり キング・オブ・ポップ。

プロデューサーの操り人形のようになってしまっているポップスターとの違いは、計り知れないですね。





本* 片目の猿

2009-11-13 テーマ:


不可解な印象を持たせる題名ですね。


片目の猿 は、本書の中でヨーロッパの民話として登場します。


昔、九百九十九匹の猿の国があった。

その国の猿たちは、すべて片目だった。 顔に、左目だけしかなかったのだ。

ところがある日その国に、たった一匹だけ、両目の猿が生まれた。

その猿は、国中の仲間にあざけられ、笑われた。

思い悩んだ末、とうとうその猿は自分の右目をつぶし、ほかの猿たちと同化したー。



盗聴専門の探偵業を営む主人公が、ある調査を続けるうちに、思いがけぬ殺人事件を

「目撃」してしまう。


という、ミステリー小説ではあるのですが、

主人公をはじめ、スカウトする同業者、探偵事務所の事務員、同じアパートの住人、かつての恋人、

皆が、社会の中の 片目の猿 だということが、話の中心にすえられています。






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雑誌などで、

見事なミスリーディング!

ミステリーながら、人物をよく描けている!

などなど、かなりベタ褒めの書評を読んでいたのですが、

個人的には、そこまでノックアウトされることなく・・・


確かに、提示された謎はぬかりなく解明されるし、

うまくこちらを間違った方向に思い込ませる、ミスリーディングには、私も引っかかりました。


けど、せっかくの 片目の猿 というシンボリックなお話が

あちこちに散らばる余計な (・・・って言うと、怒られるでしょうけれど) 小道具で霞んでしまう印象。

軽~く読めるテンポの良い文体や形は、意図されたものなのだろうけれど

私は逆に、もう少しじっくりと考えさせられるような形で丁寧に、このモチーフを使って欲しかったなあ・・・

と、ちょっと物足りない読後感でした。




あっと騙されたいけれど、あちこちに散りばめられた謎や疑問に鮮やかに答えをはめ込んでもらっただけでは

「それで、何?」って、終わっちゃう。

ミステリーって、満足できるのが難しい分野・・・と思うこの頃。


国旗を手に手に

2009-11-12 テーマ:アメリカの眺め




11月11日は、Veteran's Day の休日。


サンノゼのダウンタウンでのパレードに、たくさんの人々が集まります。




有閑マダムは何を観ているのか? in California-parade



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有閑マダムは何を観ているのか? in California-parade


パレードルート沿いに立つ人々は、手に手に星条旗を振って、復員軍人の方々に敬意を表します。

国民が一丸となって、愛国心を表明する機会でもあります。


・・・正直に言いますと、私にとってはこういう場はちょっと、そわそわしてしまいます。


日本で生まれ育つと、このようにして戦争で戦い、生き延びた方々を国民揃って称えるようなチャンスはありません。

第二次大戦に負けて以来、日本では軍人さんを称えるようなことはあまり言えないのではないでしょうか。

もしも、第二次大戦で生き残った軍人さんに国民が日の丸を振るようなパレードがあれば、近隣諸国が目の色を変えて抗議をしてくるのでは・・・・。



国によって、戦争を始めた理由はそれぞれ違い、

あとになって、誰が間違っていたとか、誰の闘い方は汚かったとか、いろいろなジャッジが下されます。

だけど、本来、戦いの勝ち負けには関係なく、母国のため闘った兵隊さんたちの命の尊さは同じはず。


アメリカのこのような一面に立ち会う時、自分の母国と比較せずにはいられなくて、

戦争に負けるということは、戦後何十年の年月を経てなお、愛国心などという言葉さえやすやすと口に出来ない

国を作ってしまうのだなあ・・・ということを、しみじみ考えさせられるのです。



そんな私が、なぜ、わざわざパレードを観に行ったか!?


長女の所属するバンドがパレードに参加するから・・・という単純な理由でした。



有閑マダムは何を観ているのか? in California-parade

有閑マダムは何を観ているのか? in California-parade

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たまには趣向を変えて

2009-11-11 テーマ:カリフォルニアのアトラクション




昨晩は、ちょっと最近の私にしては珍しい場所で夫とデート。


オークランドの Oracle Arena にてバスケットボール観戦。


アジア駐在に出かけるまでは、結構好きだったんだ!


久しぶりにアツイ観衆の中に身をおいて声援を送り、楽しかった~。




有閑マダムは何を観ているのか? in California-oracle

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これぞ、アメリカの娯楽!


シーズンスタートするなり悪戦苦闘中の地元のゴールデン・ステート・ウォリアーズも、昨晩は圧勝。

勝利の女神が客席から観ている事に気付いたのね。



映画* いとこのビニー / My Cousin Vinny

2009-11-10 テーマ:映画




法廷モノのコメディ として、かなり楽しい!


大学生二人がアラバマにやってきたドライブシーン始まり、

弁護士ビニーと婚約者がアラバマを去っていくドライブシーンに終わる、1992年の映画。


ごく普通の青年二人が、強盗殺人犯に間違えられてしまういきさつが、まず笑える。


未経験の弁護士ビニー(ジョー・ぺシ)の、いかにもいい加減で頼りなさげな様子も

その婚約者リサ(マリサ・トメイ)の、肝の据わりっぷりも

勝ち目のなさそうだった裁判が、意外な大逆転をしていく様子も、いい。




有閑マダムは何を観ているのか? in California-my cousin vinny



けれど、一番面白かったのは、ニューヨークからやってきた青年達+ビニー&リサ=4人の、

南部アラバマ州での異邦人っぷり


大学生の二人がこんなところで捕まってしまったのは、気ままなドライブ旅行の途中。

都会の人間がバケーションといえば、南に向かうもの。

彼らもまた、緑あふれる田舎道の風景や、温暖な気候、のんびりゆったり流れる南部の時間を楽しむつもりだったのに違いないのです。

けれど、いざ強盗殺人犯と間違われて警察に逮捕されると、アラバマという土地が急に違ってみえてくる。

のんびりゆったりどころか、野蛮で乱暴な異質な土地という恐怖のイメージに怯え始めるんですね。


ビニーとリサの派手で奇抜な格好は、車を降り立った瞬間、アラバマの通りでは誰もが口をポカンと開けて目が釘付けになってしまうような浮き上がった存在。


食堂での、いかにも南部風の朝食場面も可笑しい。

いきなりラードの塊を鉄板の上に塗りつけるオヤジに、二人は目が点。

「全米で、コレステロールが問題になってること、あんた、知ってる??」

って言われても、アラバマのオヤジはそんなこと知ったこっちゃない。

コレステロールなんか気にしてたら、南部の料理は成り立たないんだから。


お皿の上に載っている奇妙な物体、グリッツをおそるおそる口にするビニーと、その瞬間をカメラに収めるリサ。


アラバマのオヤジがどれだけ呆れているかと思うだけで、笑ってしまいます。


グリッツは、南部では欠かせない食材ですが、北部や西部では馴染みのないもの。

ドロドロべったりした見かけに、食欲を失くすのでしょうね。

おかゆなどを見慣れた日本人のほうが、まだしも違和感がない食材かもしれません。


このグリッツが、あとで法廷で大切な鍵となる運びにも、にんまりしてしまいました。






映画* After Innocence

2009-11-07 テーマ:映画


もともとホラー映画は嫌いなのであまり観ませんが

怖い思いを味わいたいならば、ホラー映画よりもこのごろのドキュメンタリー映画のほうがずっとずっと効果的 ではないか、と思います。


食べ物業界の話

原理主義宗教の話

医療保険の話


そして、本作で扱われている 冤罪の話 も・・・!!


例えば二十歳ソコソコで、身に覚えのない罪を着せられて、そのまま20年も刑務所で過ごした某氏。

本来なら仕事についてキャリアを積み、結婚して子供の一人や二人を育てているかもしれない、人生の実り多き時間を丸々奪われた挙句、

「あ、間違いでした」

の一言で世間に戻されたときには、もう40過ぎ。


お金、ない。

仕事もない。

家族といえばすっかり年老いた両親のみ。


その両親も、息子の無罪を証明しようとして雇った弁護士に払う費用などがかさんで、預金はすっからかん。


よーし、これからバリバリ働くぞ!

と思っても、世間で信用を築くチャンスさえ奪われていた彼ら。

経歴には20年を刑務所で過ごした過去がついてまわるのだそうです。

たとえ、それが冤罪だったとしても、記録には

「殺人容疑にて懲役20年」といった形で残るため、就職には大変な障害となってしまう。


世間の目、すべてがそうなんですね。

ほんとうに罪を犯したのかどうか、ということは、いちいち釈明するチャンスがないままに、

「あの人は刑務所帰りだって。 20年ぶりに出てきたらしいよ!」

と、間違ってはいないけれど不完全な情報だけが広まってしまう。


翻って、本当に罪を犯して刑期を終えて社会に出てきた前科者の場合は、保護監督下に置かれるなどの条件はあるものの、社会復帰を手助けするためのシステムなどはずっと整えられているそうなのです。


こんなこと、

「あ、間違いでした」

の一言で済まされて良いのか!?


「ごめんなさい」という謝罪さえなかったりするというのです。







有閑マダムは何を観ているのか? in California-after innocence



このドキュメンタリーで紹介されているケースは全て、物的証拠無しに、目撃者・被害者の証言を元に

有罪判決を受けているケースです。

当時は、DNA鑑定など、存在しなかった。

今になって、DNA鑑定を改めて認められ、無罪がようやく証明されたという人たち。


有罪判決を下した裁判官や、裁判に関わった弁護士、検察官、操作を担当した警察署などなどは

自分の名誉を守りたい。

キャリアに傷つくようなことは、阻止したい。

だから、過去の判決を覆される可能性を嫌い、当時の証拠品の隠蔽をしようとしたり、再調査には抵抗するケースがとても多いのだそうです。


何十年を無駄にしてしまったにしても、最終的に無実が証明された人たちは冤罪の氷山の一角に過ぎず、

アメリカの刑務所には、それはもう随分たくさんの人が現在もいわれのない罪を着せられて服役中なのであろう、ということです。


無実の人間を社会に戻してあげることよりも、自らの保身ばかり心配するなんて!!と怒りを覚えたり、

ようやく清廉潔白が証明されたはいいけれど、これから人生をやり直していく困難をたくさん抱える被害者を気の毒に思ったりしながら観ているうちに、だんだんと


これは、だれにでも起こりうることなんだ

もしかしたら、自分だってある日とつぜん、身に覚えのない殺人やレイプの罪を着せられて何十年も投獄される事だってあるんだ


と気付き、恐怖を感じます。


このドキュメンタリーで印象に残るのは、そうした暗澹たる事実や、自分の名誉を守ることばかりが大切な人たちといったマイナスの部分だけではありません。


絶望的な刑務所での日々を送る冤罪の被害者救出のために力を合わせる非営利団体の方々の働きには、

こういう活動に自分のリソースを喜んで投入できる人々こそ、すばらしいなあ、と感じます。


また、自分の受けた理不尽な被害の大きさから、すっかり恨みつらみを膨らませてしまったり絶望してしまったりしていてもおかしくはない被害者の人々の、今後の人生に対する前向きな姿勢にも、非常に清清しいものを感じます。


トラウマ体験がどうのこうのと、うまくいかない人生や、自分の欠けた部分を、何もかも過去の

正当に扱われなかった体験のせいにしてしまう言い訳ばかり並べる犯罪者の発言が目立つ中、

どれだけ不当な扱いを受けても、そのために人間性までメチャクチャになってしまわずに強くいられる人たちもいるのですよね。


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