本* 心臓を貫かれて

2006-04-06 テーマ:

何か事件をおこしたり、反社会的な行動をとってしまったりする人に対して、すぐに「トラウマ」がどうのこうのという原因を持ち出してきたりする論調には、私はどうも納得できません。


誰も彼もが何一つ問題ない環境の、何一つ問題ない暖かい家庭で、何一つ劣等感も持たずに育つわけではなく、どんな人だって幼心に傷ついたり不安を抱いたりした経験の一つや二つは、あるのが普通ではないのでしょうか?

そんなことで、いちいちトラウマになったなんて言っていたら、世の中ほぼ全員トラウマ持ちで、問題行動の原因にそれをあてはめるなんて意味がないように思えてしまうのです。


しかし、「心臓を貫かれて」の中で語られるゲイリー・ギルモアは、そんなトラウマという言葉に懐疑的な私も、納得せざるを得ないほど心の傷を受ける生い立ちを背負っています。



マイケル ギルモア, Mikal Gilmore, 村上 春樹
心臓を貫かれて〈上〉
マイケル ギルモア, Mikal Gilmore, 村上 春樹
心臓を貫かれて〈下〉


罪もない人を殺し、アメリカ・ユタ州で死刑囚となった兄・ゲイリーの生い立ち、更に家族を遡っての暗い歴史をたどり、なぜこのような事件がおこってしまったのかを考えながら本書の原書「Shot In the Heart」を書き上げたのは、実の弟マイケル。


このギルモア家の中で心の傷を負っていたのは、ゲイリーだけではありません。

著者マイケルも、もう一人家族の中で生き残っている長兄フランクも、大きな傷を抱えたまま生きています。

ただ、同じくらい痛めつけられたとしても、その人が自分の傷のためにどのように人生を損なうか・・・

外に向かって暴力的に怒りを爆発させるのか、

それとも精神的に人を傷つけてしまうのか、

逃げ回ってばかりのような一生を送ることになるのか、

自分自身を痛めつけるような行動をせずにはいられないのか、

そこが違うだけのような気がします。


ゲイリーはもちろんのこと、ギルモア家のどの人の人生も、読みながら心が重たくなる話なのですが、私は特に長兄フランクがどんな思いで人生を過ごしているのかについて思うと、本当に心が塞がります。


表紙を初め、本書の中にはギルモア家の人々のスナップショットが何枚か出てきます。

これらの写真の人々の顔を、いちいちじーっと眺めずにはいられません。

無邪気に笑っているように見えるこの少年が、将来どんな道を歩むことになるのか、とか

難しい顔をしているお母さんも、昔はこんなに美しい人だったのだ、とか

この写真を写している瞬間には、それぞれの人はどんな気持ちを抱いていたのだろう、とか

考え込んでしまうのです。


どんな親だって、本当は「よきもの」「すばらしいもの」こそを、子供に、そしてまた次の世代に伝えて生きたいと願う気持ちが強いはず。

なのに、反対に、こうして次々と「邪悪なもの」「荒廃したもの」を送っていってしまう羽目になるとは・・・つらい話です。


あとがきで、訳者の村上春樹氏が書かれた文章の中で、この本を読み終わった私もまさにそのように感じたのだ、と思うところがあります。

 

この本を一冊読み通すことで、僕の人間に対する、あるいは世界に対する基本的な考え方は、少なからぬ変更を余儀なくされたのではないかと思う。 

「ある種の精神の傷は、一定のポイントを超えてしまえば、人間にとって治癒不能なものとなる。

それはもはや傷として完結するしかないのだ」

ということを、僕は理解できたような気がする。

頭によってではなく、皮膚によって。

理論としてではなく、ひとつの深いリアルな実感として。

 

もちろん、意味のない殺人の犠牲者となった人や、その家族にとっては、ある日急に人生を奪われた背景として、犯人の過去がどうであろうと、どのような精神の傷を背負っていたのであろうと、それを知ったところで全く何の慰めにもならず、納得できることではないとわかってはいますが・・・。

 

また、私自身にいわゆる「第六感」は全く備わっていないらしく、生まれてこの方、妖しげな現象を目の当たりにしたことも、金縛りにあったりしたこともないため、オカルト現象についてはわりと冷ややかで、そのような話をきいて背筋がぞっとすることはほとんどありません。

が、この本の中での不気味な現象については、なぜだか身の毛がよだつようなところがあります。

きっとそれらの亡霊は、怪奇現象というよりも代々ギルモア家に伝わってきたトラウマの気配だったのだろうと思うのですが。


そもそもこの本を読もうと思ったきっかけは、別の本にありました。

ブログを始めて間もない頃に読んだ、Under the Banner of Heaven  (日本語訳版: 信仰が人を殺すとき)という、モルモン教原理主義者の話。

そこでおこる事件も、モルモン教徒が作り上げたユタ州の町のなかだったわけですが、同じプロヴォの町でのゲイリー・ギルモア事件についても言及があり、実弟が事件に関して書いたフィクション「Shot In the Heart 」を探していたのですが、ここらの本屋さんでは見つからず。

村上春樹さんの日本語訳を先に見つけて読み始めました。


「信仰が人を殺すとき」とあわせて読むと、一層

「人が自分の力ではどうしようもなく、犯罪を犯す道をたどってしまう可能性」

のようなものについて、考えてしまうと思います。


そして、不吉なものに「とり憑かれた人」というものがあるのなら、同じように不吉なものに「とり憑かれた場所」というものも、あるのかもしれない、などと考えてしまいました。

コメント

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1 ■読みます!

凄く読みたいです。と言うか、読みます。
私自身は結構、運命論者的なところがあるんです。
生きて行く上で、自分の努力以外に、誰かとの出会いとか別れとか、身の上に降りかかる出来事(幸、不幸含めて)って、自分の力ではどうにもならない、あらかじめ定められた事のような気がしています。
そして、その積み重ねが、やはり今の私を作りあげているように思っているんです。
そういう意味でも、とっても興味アリアリ♪

2 ■あわせてよみたいです。

わたしもこの2冊読みたいなあと思います。しかし、覚悟のいる本ですね。
ギルモアと同じ運命をたどったかもしれない「itと呼ばれた子」のシリーズももし読んでいらっしゃらないならぜひ!
彼の不屈の精神力はトラウマをもはねのけ
今では講演会を開いています。
その源は生き抜くという極限のもの。
デイブ・ペルザーとマイケル・ギルモアの生き方のちがい、興味深いです。

3 ■この死刑囚の名前、

どこかで聞いた事があると思ったら。
昔読んだ本に出て来てたんです。
ふうむ。
死刑を自ら要求していたんですか。
この本、呼んでみたいです。

4 ■無題

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5 ■運命は、やはり・・・

自分の意志とは関係なく「突然、降ってくる派」のvivajijiの主張を裏張りして下さったようなマダムさんの「心臓を貫かれて」。図書館にあったので以前、読みました。20年ほど前にこの手の「事件もの」は鼻血の出るほど読み漁りました。
私はコリン・ウィルソン著のものが全て網羅されていてクールな観点でいいなと思います。さすが文章屋さんの村上春樹のコメントは、“言い得てウマイ”!ですね。T・バンディ、サムの息子、マリー・ベル、E・ゲイン、津山三十人殺し、永山則夫、more and more・・・彼らに殺害された人々の「運命」って?!  「信仰が人を~」は今、読み始めましたよ。17~23歳まで私は或る宗派に属していたことがそれこそトラウマになっていて少々読み進むのが辛いところも正直な気持ち・・。

6 ■Nob さん、

もちろん、天から降ってくるものだけでなく、本人の力次第で変わってくるところ、運命を切り開いていく力なども私は信じているのですが・・・というか、両方とも信じないとやってられない、ですよね。

是非読んでみてください。
Nob さんの感想もききたいです。

7 ■しゅぺる&こぼるさん、

「It と呼ばれた子」も、まだ未読ですが、幼少時に心に傷を受けながら育った話ですよね。

この2冊はどちらも人に読んで欲しいと思うけれど、おっしゃるとおりなかなか覚悟がいるかもしれません。 エンターテインメントではないし、ボリュームもあるので、精神的にも、時間的にも。 その代わり、読んだことは無駄にはならないはずです。

8 ■猫屋会館さん、

ちょうどアメリカでは過去十年間死刑が実行されていなかったときに、復活させることになってしまったために、タイミング的にも世間の注目を集めてしまった事件だったようですね。
日本でも、小学校で無差別大量殺人をして、死刑を自ら求刑していた人が数年前にいましたよね。 彼は、どうなったのでしょうか?
しかし・・・どちらにしても・・・その犠牲者となった方々は気の毒で仕方ありません。

9 ■viva jiji さん、

さすがviva jiji さん、読むのも集中的に!ですね。
殺人者にならざるを得なかった人の人生の命運も気の毒ですが、間が悪かった、運が悪かったとしかいいようのない理由で犠牲者になってしまった人、その家族の無念を思うと、「運命」とはなんと不条理なのかと・・・。
「信仰が人を殺すとき」読まれているんですか! 私は自らが特定の宗教に積極的に参加していたことはないけれど、それでも読んでいて苦しく思いましたもの。
でも、自分に経験がないからこそ、読んでそういう気持ちを知りたい、と思ったのですけれど。
viva jiji さん、ぐったりしてしまわないように、休み休み読み進めてくださいね。

10 ■付属池田小事件の

犯人、宅間は死刑の判決が出てから一年経たないで刑が執行されました。

この事件では、私の学校の先輩がお子さんを失いました。

味わいたくない経験を積んでしまいました。

11 ■読みたいです

悪いエネルギーの連鎖というのはあると思います。そういうものを引き起こしやすい場所というのも。
また”人間性弱説”のムスリム社会(片倉氏著書より)に触れ、自分を律する力を持つことは出来るけれど、それを育む可能性ですら”与えられるもの”ではないかと思うようになっています。
両方ともぜひとも読んでみたいです。興味深い本を紹介してくださってありがとうございます!

12 ■負の連鎖

人間が・・・・人類が親から続くような「負の連鎖」を、断ち切れないとは、思いたくないのですが・・・・自らの意思で断ち切れ、というのは、精神が崩壊するほどの傷を受けなかった幸せな立場からの甘い戯言なのでしょうか。

僕も、ぜひ読んで見ようと思います。ただ、やりきれなくなりそうなので、パワーがある時に読まないと、落ち込んでシゴトにならないかも(苦笑)。

でも、、、、「負の連鎖」の断ちきりが・・・・自らを殺すこと、でしか解決できなとするならば、、、、悲しいな。自分自身ならば、あえてそれを選ぶのも美学だが・・・他人にそれは要求できることではないし。人権なんて実現されたことのない嘘っぱちだが、やはり、、、最低限の基本的な幸福追求の権利が、個に許された社会をつくらないとだめなんだぁ、、と思う。自分ではどうしようもない『体験』や『負の連鎖』で、不幸に堕ちるのは、悲しすぎますね。

13 ■猫屋会館さん、

先輩の悲しみを察すると、本当につらいですね。 このような事件では、犯人の自暴自棄的な破壊のパワーと、世間に対する恨みのようなものが吹き出してしまうのだと思うけれど、運悪く被害にあってしまった人は、本当に気の毒です。
まして、それが小さな一年生の子供だったなんて、酷過ぎます!

14 ■ヨーコさん、

>自分を律する力を持つことは出来るけれど、それを育む可能性ですら”与えられるもの”
そうですね。 同じくらいの自制心を働かせる能力を備えるにも、すんなりと出来るか、すごい努力が必要か、それは環境その他の条件により変わってくるものなのかも。
ヨーコさん、これらの本を読まれたら、是非感想をおしえてくださいね。

15 ■ペトロニウスさん、

このような本を読むには、ほんとうに精神的なパワーが要りますね。 ちょっと息抜きに読書、というには全くむかないです。

負の連鎖は、あとに行くに従ってますます濃縮されどうにもしようがなくなっていくのですね。 本書の場合も、ゲイリーやマイケルの世代でどうしようもないところまで行ってしまったけれど、もう一つ前の親の世代でどうにかできなかったものか・・・。

ペトロニウスさんが、どのようなことを思われるか、是非教えていただきたいです。

16 ■ようやく

記事、書きましたが、これまたえらく長い感想になってしまいました。汗
お時間のあるときにでも、読んでいただければ幸いです(ってことで、トラバさせて頂きました)。
マダムさんのところで知らなければ、この本を読むことはなかったかも。重いですが、色々考えさせられる本で、読んでよかったと思います。

長兄フランクの生き方もまた、壮絶ですよね・・・。偉大な人物だと思います。

17 ■つなさん、

ほんと、ずっしりと重みを感じた一冊でした。 でも、読後にこうした確かな何かを残してくれる本は、読んだ甲斐もあるし、それをまたこうしてつなさんに伝えられたことで、更にうれしいです。
私の方からもTBさせていただきました。

18 ■初めまして

私も以前に読みました。
なんとなく存在だけは知っていたので、覚悟して読んだものの、しばらく放心・・・
言葉にして表すには、とても難しい、なんともいえない思いになったのを覚えています。
あまり有名ではないし、少し地味な印象さえ持つかもしれないけど、できるだけ多くの人に読んでもらいたいと思います。

19 ■千代さん、

はじめまして!

私も、「前知識アリ」で挑んだのですが、それでも強い衝撃を受けました。 
確かに有名ではないし、日本人にとって非常に身近な話ではないとは思うけれど、それでも読んだ人には色々考えさせる大きな手ごたえのある本でした。


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  • 記事タイトル:「心臓を貫かれて」/家族とは何か
  • 記事概要:有閑マダムさんの所で知った本書。分厚いです、重いです(内容、質量共に)。 ◆有閑マダムさんの記事はこちら ◆ マイケル ギルモア, Mikal Gilmore, 村上 春樹 「心臓を貫かれて 」   目次 プロローグ 第一部 モルモンの幽霊 第二部 黒い羊と、拒絶
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