アジアで数年暮らした後、アメリカに戻って思うのは、
何らかのハンディキャップを抱えている人にとって、本人も家族も堂々と暮らしていきやすい社会
ということ。
例えば、車椅子の人にとってどれだけ普通に生活できるか、とか。
精神的に不安定だったりすることも、それほど社会的に引け目を感じず医者に相談できる、とか。
中国では自閉症などに対しても、まだまだ誤った認識が多く、そうした子供を持つと家族全体が・・・とくに産んだ母親が・・・・とんでもない悪いことをした結果のような目で見られるため、普通の社会と接点を持つことも難しく、内へ内へと隠れたり隠したりして暮らすことになるのが従来の様子らしい。
こちらの中華系の社会でも同じ状態だったのが、このところようやく、一般のアメリカ人社会の意識の方向へと変化しつつあるとのこと。
とはいっても、アメリカだって昔からそのようにハンディのある人を受け入れる体制が整っていたわけではないですよね。
ほんの、ここ30年、40年で大きく変わってきたのでしょう。
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The Memory Keeper's Daughter
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1964年のアメリカを舞台としてスタートするこのお話。
主人公の夫婦、デイビッドとノラの間に、双子の赤ちゃんが生また。
医者であるデイビッドが自らとりあげたのは、健常な男の子ポールと、一目でダウン症とわかる女の赤ちゃんフィービー。
デイビッドは、とっさにフィービーを施設に送る判断をし、ノラには死産だったと嘘をつく。
現代の社会に住む私たちには、
なんと酷い!
と思われるデイビッドの行為ですが、当時のアメリカ医療界では
ダウン症の子供は、専門の施設に送るのがベスト
と認識されていたらしいです。
デイビッドは、ダウン症の子供は大抵若くして命を落としてしまうから、愛し育てた子供を亡くす哀しみを妻に味合わせないために、双子の妹を失くす哀しみをポールに与えないために、このような行為をしてしまったわけです。
自分の大切な家族を守るための嘘。
・・・だったはずなのに、この嘘が彼らの家庭生活に陰を落とし続け、その陰はどんどん暗く大きく影響してきます。
一方、本来の家族から生まれながらに引き離されたフィービー。
赤ん坊を施設に預けてくるよう言付かった看護婦のキャロラインは、フィービーを連れて行方をくらまし、自らの手で育てる決意をします。
お話は、デイビッドの視点、ノラの視点、キャロラインの視点、ポールの視点を行きつ戻りつしながら、二つの家庭が交互に描かれます。
健常者として生まれ、実の両親の元で一見何不自由なく育ったポール。
ダウン症を抱えて、本当の母親でないキャロラインに育てられたフィービー。
二人を見ていると、
どのような人生が価値があるか、どのような人生が幸せかなんて、表面的な条件だけではわからないし、誰にも予想も出来ず、決めることなんか出来ないのだ、
と感じます。
一つの嘘がひきおこす、のちのちの影響の大きさ・・・・
その嘘をついてしまったデイビッドも、消して卑怯な人物ではないのです。
読み進めるにつれて、だんだん明らかになるデイビッドの過去。
ダウン症のわが子を見て、とっさによそにやってしまう判断のもととなる体験をしているのですが、彼は全て自分の内側に留めてしまうタイプなのですね。
妻や息子には、物語の最後に至っても、その胸のうちや苦しみや彼の幼少時代の体験は完全に理解されることないまま、読者である私たちだけが知ってしまう・・・・
デイビッドの嘘がもとで大きく運命が変わる二人の女性。
妻のノラも、看護婦のキャロラインも、本来自ら行動を起こし幸せを積極的に作り上げるようなタイプではありません。
自分を幸せにしてくれる誰かがあらわれて、その男性に導かれ守られて自分の人生ができあがるような漠然とした気持ちでいた女性達。
彼女らは、それぞれに哀しみや困難を抱えた人生でもがくうちに、いつしか自分の足でしっかり歩き、幸せを掴み取る術を身に着けていった様子。
登場人物それぞれは、皆なんらかの哀しみ、孤独感、困難を抱えた人生を送っています。
でも、読後、
そんな彼らの人生は、最終的に悪くない
気の毒だと私たちが同情をよせるようなものではない
と感じるのです。
読後もしばらく登場人物たちのことが心から離れないような、本書を薦めて下さったのは、樹衣子さん(ブログ「千の天使がバスケットボールする」リンク )。
感謝です!!







1 ■読みました!
わあ、嬉しいな!読みました、こちら。
隠し事をしているということも、やっぱりノラとデイビッドの心に距離をつくってしまったのかなーと思ったし、それが息子さんとの距離になったのかなあとも思ったし。
生む前にダウン症の調査をしている人が身近にいて、もしそうだったらどうしていたのだろうと、、今でも聞けませんが、丁度そんなときに読んだ本だったのでいろいろ考えてしまいました。