伊勢国多気郡 佐那神社


■表記
紀 … 手力雄神・天手力雄神
記 … 天手力男神
*その他 … 天石門別安国玉主命、大国栖玉命、大刀辛雄命とする説有り(いずれも「古屋家家譜」より)
*九頭龍神と同神とする説有り
磐排別(石押別)と同神とする説有り
*久米氏の麻戸明主命と同神とする説有り

(*当ブログではいずれも同神と捉えます)


■概要
「天の石屋」、「天孫降臨」の段に登場する神。

◎紀の本書七段
━━(天照大神が天の岩屋に入り、磐戸を閉じて籠ってしまった) 思兼神が深謀遠慮し…(中略) 手力雄神を岩戸の脇に立たせ…(中略) 天照大神が手で少し開けて外の様子を見ると、手力雄神が天照大神の手を取って引き出し奉った━━

◎記の天孫降臨の段
━━五伴緒(いつのともを)を従わせ、日子番能邇邇芸命(ニニギ神)を天降りさせた。(天照大神を天の岩戸から招き出した)八尺勾玉・鏡・草那芸剣、また思兼神・手力男神・天石門別神を副えて、天照大神は詔した。「この鏡はひたすら私の御魂として、私を拝むように斎祀りなさい。そして思兼神は私の事を取り持つように(代わりとなり)政治を行いなさい」と。
この2柱の神(不明*)は佐久久斯侶伊須受能宮(内宮)に斎祀っている。次に豊由宇気神(豊受大神)、これは外宮の度相(度会)に坐す神である。
次に天石戸別神、またの名を櫛石窓神と謂う。またの名を豊石窓神とも謂う。この神は御門の神である。次に手力男神は佐那県に坐す━━

手力男神は思兼神の子。こちらでは「思兼神・手力男神・天石門別神」の3柱が天孫降臨に「副えた」となっています。
また下部に天石戸別神(=櫛石窓神=豊石窓神)となっており、どちらも手力男神とは別神の扱いとなっています。

「この2柱の神(不明*)は佐久久斯侶伊須受能宮(内宮)に斎祀っている…」とあります。文脈からすると天照大神と思兼神ということになりますが、内宮には思兼神は祀られていません。「延暦儀式帳」という書には、相殿神二座の一座として手力男神が祀られているとあり、手力男神のことなのかもしれません。

記に記される「佐那県に坐す」とは、伊勢国多気郡の佐那神社のこと(冒頭写真)。こちらは下部にて触れます。

◎櫛石窓神と豊石窓神については神名帳に、宮中三十六座のうちの「御門巫祭神八座」に記されています。ともに式内大社。「八座」というのは、四面門に各一座ずつ祀られていることからの計八座。

◎名義については國學院大學 「古典文化学事業」の神名データベースに以下のように示しています。

━━天は「天上界の」、「手力男」は手の力の強い男とする説が多い。神格としては、腕力の神格化とする説、説話的に作り出された観念的な神であるとする説がある。万(3・419)の「岩戸割る手力もがも手弱き女にしあればすべの知らなく」という歌は、この神を背景としたものとする説がある━━

「万」とは「万葉集」のこと。

◎甲斐国一ノ宮 浅間神社に伝世する「古屋家家譜」には、天石門別安国玉命が大伴氏の祖であり、天手力男神(天大刀辛雄命)と同神であると註釈されています。また大国栖玉命とも同神であると。

◎これに対して天石門別神(櫛石窓神・豊石窓神)は、忌部氏の祖である天太玉命の子であるとも記されています。

「古屋家家譜」においては、天石門別安国玉命の后が八倉比賣であると註釈が付されています。

忌部氏のお膝元である阿波国に式内名神大社 天石門別八倉比賣神社が鎮座。社伝では八倉比賣とは天照大神のことであるとされていますが、もちろんこれは度を越した阿波愛によるもの。天石門別神の后であるとするなら、社名の二柱の並びも自然なものであり、また大伴氏と忌部氏の紀伊国における関係もここで生まれたものと想定できようかと思います。

天太玉命の后には天比理刀咩命(天比理乃咩命)がおり、子神として天宇受賣命が知られますが、他に八倉比賣も存在したということでしょうか。


◎信濃国の戸隠神社においては、
━━御神体である「戸隠山」の名称は、天照大神が籠っていた「天の岩戸」を天手力雄命が力まかせに投げ飛ばしたとき、その一部が飛んできて山になったという伝説から生じている━━(Wikiより)とあります。

また上古からの地主神である九頭龍神が、手力男神を迎え入れたという伝承もあります(奥社)。いつしか混同されたのか、或いは迎え入れ同神となったというのでしょうか。

◎大伴氏が根拠地としていた「紀ノ川」河口付近の紀伊国名草郡には、「クズ神」が多く祀られています。
福島九頭神社は「古屋家家譜」の天石門別安国玉主命の別名 大国栖玉命の祀られる代表社として註釈が付されている社。こちらのご祭神は磐排別命(イワオシワクノミコト)
この神は「紀ノ川」流域(大和国内では「吉野川」)で多く祀られる神。おそらく同神となるのだろうと思われます。また神武東征時に神日本磐余彦は、この神の子とも吉野の山中で出会っています。

佐那神社は神宮、特に外宮と深い繋がりがあるようです。三重県神社庁は以下のことを示しています。
━━━神宮の宮造使によって20年に一度の社殿造り替えに預かった12社中の一社(延喜式巻四・外宮頭工請屋次第同第二・外宮御竃木帳)であったこと。斎宮に祈念祭にも預れる神社であったこと(斉宮式)外宮禰宜の労社として祝の制を定め神田を設け毎年2月神事が行われていたこと(外宮殿舎寸法頭工引付)━━

手力男神が祀られる地は鉄(銅)や丹砂(水銀)に関わることが多いようにも思われます。佐那神社の西方5kmほどには丹生神社が鎮座。こちらは大仏造立に大量の水銀を提供したことでも知られる地。手力男神は一説には銅鐸を神格化した神であるとも。「サナキ」「サナグ」は銅鐸の古語ともされます。

佐那神社は佐那造が奉斎した社とされます。佐那造は記に、伊勢の佐那造(佐奈造)と伊勢の品遅部(ほむちべ)は曙立王(アケタツノオオキミ)の祖であると記しています。同社においては配祀神として祀られています。

曙立王は第9代開化天皇の皇子である彦坐王の孫。美濃国の支配者でもあった彦坐王ですが、各務郡に手力雄神社が鎮座しています。彦坐王は鉄を求めて丹後、丹波、美濃国を奔走したと考えています。
こちらも佐那造が奉斎したとされる社。同じ佐那造が同じ手力男神を祀っているのが興味深いところ。

垂仁天皇の皇子、本牟智和気御子(ホムチワケノミコ)が大きくなっても言葉を話すことができず、その祟りを解くため出雲へ向かいます。この時に占いをし誓約(うけひ)を行ったのが曙立王。
この説話は本牟智和気御子が水銀中毒であったと考えられます(一説にはアルビノ症とも)。

曙立王は和邇氏系の荏名津比売として生まれています。この和邇氏も派生した小野氏が鍛冶氏族と考えられます。



■ 祀られる神社(参拝済み社のみ)
[美濃国] 手力雄神社
[美濃国] 手力雄神社
[伊勢国多気郡] 佐那神社
[伊勢国多気郡] 川添神社
[伊勢国多気郡] 相生神社
[伊勢国多気郡] 伊佐和神社(配祀)

[伊勢国度会郡] 皇太神宮(相殿)
[伊賀国] 手力神社
[伊賀国] 神戸神社(配祀)
[丹後国加佐郡] 池姫神社(舞鶴市布敷)

[近江国野州郡] 御上神社 右殿若宮神社(配祀)
[大和国添上郡] 手力雄神社(春日大社境内末社)
[大和国添上郡] 手力雄神社(春日大社境外末社)

[大和国添上郡] 九頭神社(奈良市広岡町)

[大和国添上郡] 戸隠神社(奈良市北村町)
[大和国添上郡] 戸隠神社(山添村桐山)

[大和国添上郡] 戸隠神社(奈良市須川町)
[大和国添上郡] 戸隠神社(奈良市南庄町)
[大和国添上郡] 立磐神社(夜支布山口神社境内摂社)
[大和国廣瀬郡] 穂雷神社

[大和国城上郡] 長谷山口坐神社
[大和国城上郡] 長谷山口坐神社 遥拝所

[大和国十市郡] 九十余社神社

[大和国高市郡] 天津石門別神社
[大和国高市郡] 天太玉命神社
[大和国宇陀郡] 門僕神社(配祀)

[大和国宇陀郡] 戸隠神社(大宇陀上片岡)
[大和国宇陀郡] 五社神社(榛原八滝)

[大和国吉野郡] 葛上神社(大淀町岩壺)
[大和国吉野郡] 葛神社(大淀町鉾立)
[大和国吉野郡] 佐抛大明神
[摂津国] 神須牟地神社
[紀伊国伊都郡] 戸隠神社
[紀伊国名草郡] 力侍神社

[紀伊国牟婁郡] 鑰宮 手力男神社(熊野速玉大社境内末社)
[安藝国] 厳島神社(配祀)


*関連社
[美濃国] 岩戸神社
[伊勢国多気郡] 穴師神社(松阪市立田町) … 旧社地が佐那神社の奥宮的存在か

[丹後国加佐郡] 天岩戸神社
[丹後国加佐郡] 池姫神社(舞鶴市布敷)
[大和国添上郡] 天石立神社

[大和国添下郡] 葛上神社
[大和国山邊郡] 九頭神社(天理市長滝町)
[大和国山邊郡] 九頭神社(室生多田)

[大和国山邊郡] 九頭神社(室生無山)
[大和国山邊郡] 国津神社(都祁甲岡)
[大和国山邊郡] 国津神社(都祁白石)
[大和国山邊郡] 国津神社(都祁南之庄町)

[大和国城上郡] 国津神社(桜井市芝)

[大和国城上郡] 国津神社(桜井市箸中)

[大和国宇陀郡] 岩神社
[大和国宇陀郡] 九頭神社(菟田野上芳野)
[大和国宇陀郡] 屑神社

[大和国宇陀郡] 九頭神社(室生下笠間)
[大和国宇陀郡] 葛神社(榛原山辺三)
[大和国吉野郡] 岩神神社

[大和国吉野郡] 大蔵神社(吉野町南国栖)
[大和国吉野郡] 川上鹿塩神社

[大和国吉野郡] 国栖神神社
[大和国吉野郡] 葛上白石神社
[大和国吉野郡] 久須斯神社
[大和国吉野郡] 國樔八坂神社
[大和国吉野郡] 上宮神社(吉野町入野)
[河内国大県郡] 恩智神社

[紀伊国伊都郡] 相賀八幡神社

[紀伊国名草郡] 朝椋神社
[紀伊国名草郡] 國主神社(海南市多田)
[紀伊国名草郡] 刺田比古神社
[紀伊国名草郡] 福島九頭神社


*その他 合祀や主要境内社等
[遠江国] 蒲神明宮
[伊勢国鈴鹿郡] 布氣皇舘太神社(合祀)
[伊賀国] 都美恵神社(合祀)

[伊賀国] 真木山神社(合祀)
[伊賀国] 箕曲神社(合祀)
[山城国葛野郡] 賀茂別雷神社境内社 棚尾社
[大和国添下郡] 宇奈多理坐高御魂神社境内社
[大和国宇陀郡] 阿紀神社(合祀)
[大和国廣瀬郡] 穂雷神社(広陵町安倍)
[和泉国] 夜疑神社(合祀)

[紀伊国名草郡] 伊太祁曾神社境内社 櫛磐間戸神社
[紀伊国名草郡] 力侍神社

[紀伊国牟婁郡] 大斎原(摂末社合祀別社)
[安藝国] 厳島神社境内社 門客神社



信濃国 戸隠神社 *画像はWikiより
*画像はWikiより