国津神社 (桜井市芝、九日社)
(くにちしゃ)


大和国城上郡
奈良県桜井市芝字西垣内812
(P無し、境内西隣の空きスペースに短時間なら駐車可か)

■祭神
国津神
多岐理比賣命
狭依理多岐津比賣命
比賣命


「三輪山」の西麓、「纏向川(まきむくがわ)」を挟み2つの国津神社が鎮座しています。
◎天照大神とスサノオ神との誓約(うけひ)により生まれ出た五男三女神のうち、当社では三女神の方を、もう一方の国津神社では五男神を祀っています。もちろん当社の三女神は宗像三女神。つまり「纏向川」を「天安河」にたとえたということでしょうか。
◎非常に寂れた古社ながら、古代を復元する上でかなり重要な社であると考えます。
1)上記の通り、伝説の「纏向川」を挟み2つの国津神社が鎮座していること。
2)「太陽の道」の線上に鎮座すること。同じ桜井市内では長谷寺(與喜天満宮のある「與喜山」)、秉田神社、「三輪山」、檜原神社、国津神社、箸墓古墳と続きます当社は該当せず対になるもう一方の国津神社が該当しますが。
3)いつからあるのかは不明ながら陰陽石が境内に座し、箸墓古墳を背にしていること。磐座の宝庫といえる「三輪山」近辺、無視できないものかと思われます。またご本殿は「三輪山」頂上を向いていること。
4)「国津」が「九頭(くず)」を連想させること。これは大和を中心に全国の数多くの国津社で考えられること。九頭龍神を祀っていた可能性があること。また9つの太陽を射落とす「射日神話」につながるという考えもあります。
◎他にも社名の「九日(くにち)」は、「国津(くにつ)」からの転訛、「旭」の字を崩したもの、新嘗祭の「供日(くにち)」からくるものなどと諸説上げられています。

*写真は2017年夏頃と2022年2月撮影のものとが混在しています。





石灯籠には「九日社」とあります。

こちらがその陰陽石。

400~500mほど先に箸墓古墳。ちょうど二体の間から遥拝を。

俯瞰にて。右(向かって左)が陽石、左(向かって右)が陰石。