☆箸墓古墳
(孝霊天皇皇女倭迹迹日百襲姫命 大市墓)



大和国城上郡
奈良県桜井市箸中
(P無し、駐停車禁止となっていない道が周辺にいくつかあります)



今さら…なのですが
未だ記事にしていなかったのであらためて。

奈良中南和の田舎にぽっかりと浮かび上がる古墳。近くに寄らずとも、5km以上離れていようが、否が応でも目に入る巨大墓。

市街地内の百舌鳥・古市古墳群との大きな違いでしょうか。


卑弥呼の墓として有力視される古墳。

1998年秋の台風により立木が倒れ根起き、墳丘から多量の葬送用供献土器と埴輪片が発見されました。
そして吉備や出雲の弥生時代終末期の葬送用土器と同一型式であることが判明。3世紀中頃の築造と考えられるようになってきています。つまり卑弥呼が薨じた時代と合致。

私なんぞがああだこうだと手に負えるレベルのものではなく、学者さん方にお任せするとして、簡単な概要と写真だけに留めます。

さいわいにも雲一つ無い快晴の日に撮ることができましたので(もちろんこの日をかなり待ち望みましたが)。

あまりに目にし過ぎるため、写真の撮り溜めなど一切していません。昔の写真も大方消失。
今後折に触れて写真の追加改訂を行いたいと思います。


■形状
前方後円墳
■全長
278m
■築造時期
3世紀中頃
■埋葬施設
不明(竪穴式石室か)
■出土品
宮山型特殊円筒器台、壺型埴輪
■周辺の状況
「纏向古墳群」内
■被葬者
倭迹迹日百襲姫命とされる



倭迹迹日百襲姫命が卑弥呼ではないかとされる姫神。

これについては、そうかも…と思うところでもあれば、違うかな…と思うところでも。

また箸墓古墳にあらためて思いを巡らせると、
穴師坐兵主神社の重要性が際立ちます。

残念ながら現在は、まったく人気の無い社に落ちぶれていますが…。

当時は大神神社穴師坐兵主神社で世の中が回っていたと言っていいくらいのもの。
穴師坐兵主神社抜きで箸墓古墳は考えられません。詳しくは紹介記事に譲ります。



箸墓古墳と「三輪山」





橿考研附属博物館展示の出土品