堺 だいすき ブログ(blog)

堺のいろんな情報・・・出来事・・・・もろもろを書き綴る
辛らつなブログ。
since2007.0705


テーマ:
人間の代わりに、ロボットが税金を払ってくれる時代。
Shingo Ogawa
ロボットや人工知能を「Electronic Persons」として扱い、その所有者に税の支払いを義務付けるーー。なんて計画案がEUで持ち上がっていると、各メディアが伝えています。

議会の提案には、その貢献によって人間の税負担を減らす宣言をするべき、とあるようです。

人間が働かずとも、
税収が確保できる?

人間の仕事を奪われてしまうのではないか?という議論があります。しかし、一方ではこれまでに生身の人間が努力して確保しなければならなかった財源を、代わりに調達してくれるとも。

CNNは、草案にかかれていた内容をより具体的に紹介しています。

“もし多くの職業がロボットによって賄われるようになったら、登録制度でそれらによる損害の責任を管理しなければならない。そこには人間の失業も含まれる。人間に安全やプライバシー、良心、尊厳、自由が与えられるように、人間との連絡は特別に規制されるべきである”。
もし計画に進展があった場合、所有者が税の支払いや社会保障制度に貢献し、ベーシックインカムや福祉制度を築く基盤になるべきだ、という報告もあるようです。たしかに、そうでなければ単に失業者が増えるだけ。

Forbesには、これによって工場経営者の税負担が増大するだろうという懸念も。区別の方法次第では、そのリスクはなきにしもあらず。

それに、6月22日には、ロシア企業の実験施設から“人工知能を搭載した機体が逃走した”なんてニュースもあったので、意思や権利に関する議論はまだまだ続きそうです。

ロボットが人間の代わりに税金を支払ってくれる日はくると思う?
近い将来、そうなると思う。
反乱が起きると思う。
Reference: CNN, Forbes, Live Science

以上引用
目からウロコ、
人工知能によって、仕事が奪われるなら、損害、賠償させればいい?

いわゆる人工知能税の創設?


AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
憲法24条を「女だけの問題」にしてはいけない
深澤真紀(コラムニスト・淑徳大学客員教授)
自民党や日本会議が、憲法改正のとば口のひとつとして憲法24条に目をつけたのは、敵ながらうまいところをついていると思う。
まず24条は、9条に比べて話題になりにくいのだ。
たとえばYahoo!ニュースで「憲法24条」を検索すると、ニュースの数は28本。一方の「憲法9条」は389本で、14倍近い差がある(ともに2016年6月30日現在)。そもそも9条の内容を知らない人はいないだろうが、24条の内容を知っている人は多くないだろう。
家族と婚姻の基本原則である24条改正の、どこが問題か

では家族と婚姻の基本原則である24条改正の、どこが問題か。現行憲法を見てみよう。
第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

そして、自民党の憲法改正草案はこうだ。
第24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

「個人の尊重」から「家族の尊重」へ
改正草案はなぜ、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。」からはじまるのか。
それにはまず13条の改正草案を見なければいけない。
現行憲法では、「すべての国民は個人として尊重される」なのに、草案では「すべての国民は人として尊重される」となっているのだ。
「個人」と「人」の違いは大きい。
「個人」とはそれぞれの人間のことをさすので、「個人の尊重」という言葉は多様な人間の1人1人が尊重されるということだ。一方の「人」とは、動物とは違うというくらいの意味しかない。個人から人への変更は、「個人主義」を嫌う自民党らしい大きな意味を持つのだ。
改正草案では、個人ではなく、家族が尊重されるべきとなっている。しかも「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いている

改正草案では、個人ではなく、家族が尊重されるべきとなっている。しかも「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いている。憲法とは、居酒屋のトイレに貼ってあるカレンダーではない。
自民党は、世界人権宣言16条にも「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位」と書いてあるというのだが、人権宣言ではこのあとに「(家族は)社会及び国の保護を受ける権利を有する」と続いている。
ところが改憲草案には肝心のそれが書かれていない。「家族の問題は家族だけで解決しろ、国は保護しない」ということなのだ。
消えた「両性の合意のみ」、「配偶者の選択」、「住居の選定」
2には、変更点がないようにえる。しかし、「婚姻は、両性の合意のみに基いて」が、改正草案では「婚姻は、両性の合意に基いて」となり、「両性の合意のみ」を「両性の合意」に変えている。
婚姻には、両性の合意だけではなく、他の誰か——たとえば戦前のように「家長」——の合意が必要だということを匂わせているのだ。
3では、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族」が、改正草案では「家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族」となっている。
「配偶者の選択」「住居の選定」が消え、「扶養」「後見」「親族」が増えている。配偶者や住居を選ぶのは個人の自由ではない。扶養や後見が重要だ、それも家族だけではなく、親族まで面倒を見ろということだろう。
自由で民主的な社会、リベラルでデモクラティックな社会を作るという政党の憲法改正草案がこんなことになっているのである

「自由」「民主」党とは、現存する政党の中で一番すばらしい党名だと思う。しかも英語名は、Liberal Democratic Party of Japanだ。自由で民主的な社会、リベラルでデモクラティックな社会を作るという政党の憲法改正草案がこんなことになっているのである。
男女平等とジェンダーフリーバッシングと夫婦別姓反対
自民党が24条に目をつけた背景には、男女平等阻止と、ジェンダーフリーバッシングと、夫婦別姓反対という「女の問題」に対する成功体験があったからだと言われる。同じように家族と婚姻の基本原則である24条も、「女の問題」と扱われがちだからだ。
まず日本では国連からの外圧により、1986年に男女雇用機会均等法、1999年の男女共同参画社会基本法が制定された。
ここで「男女雇用平等法」、「男女平等社会基本法」とすればよいものを、わざわざ「雇用機会均等」だの、「共同参画社会」だのという用語をひねり出したのは、どうしても「男女平等」という言葉を使いたくなかったからだ。
男女平等を女性が輝くに言い換えるあたり、「女の問題」として処理しようとしていることがよくわかる

それが現在の安倍政権の「女性が輝く社会」「一億総活躍社会」という用語につながっている。これだって「男女平等社会」と言えばすむのだ。ことに、男女平等を女性が輝くに言い換えるあたり、「女の問題」として処理しようとしていることがよくわかる。
さて「ジェンダーフリー」とは、「社会的な性別にとらわれない」といった意味の用語である(この用語については、フェミニズム側からも賛否両論がある)。これが2000年代に入って「男女を中性化するフェミニストの陰謀!」と曲解され、バッシングされ、内閣府男女共同参画局は「画一的に男女の違いを無くし人間の中性化を目指すという意味で『ジェンダー・フリー』という用語を使用している人がいるが、男女共同参画社会はこのようなことを目指すものではない」と否定するようになり、結果として「男女平等」にまつわる政策自体が退行していった。
そして「夫婦別姓」といえば、日本古来の伝統というわけでもないのに(たとえば明治の初期には夫婦別姓だった)、1996年に答申された「選択的夫婦別姓」を可能とする民法改正案を、自民党が「家族の一体感が損なわれる」と反対し、国会に上程すらされていない。
さらに2015年には最高裁大法廷が、「夫婦同姓は違憲ではない」と判断したのだ(とはいえ、夫婦別姓が違憲だと判断されたわけでもない)。 2016年、野党は選択的夫婦別姓の導入を盛り込んだ民法改正案を共同提出したが、審議入りされなかった。
男女平等だの、ジェンダーフリーだの、夫婦別姓だのを通さないことは、自民党にとって重要な課題であり、これが成功してしまっていることの意味は大きい。
フェミニスト、めんどくせーな! でも男だって生きにくくなる
女の問題は、保守からはこのように簡単に批判されやすいだけではなく、リベラルからも、女性からも、面倒くさいと思われてしまう部分がある。
リベラルでも、男女平等やフェミニズムへの違和感や嫌悪感を表明する人は少なくないし、女性でも「男女平等がいいとは思わない」「私はフェミニストではないけれど」とエクスキューズすることがままある。
この原稿を読んでいる多くの人も、「でたでた、フェミニスト、めんどくせーな!」と思っているだろう。
私自身はたしかに高校時代から30年来のフェミニストではあるのだが、「いつまで女の問題について書かなければいけないのだ、めんどくせーな」と、書いているこっちだって思っているのである。
男女平等もジェンダーフリーも夫婦別姓も、そういった「面倒くさい女の問題」として扱われたからこそ、自民党は自分たちと違う意見が優位になるのを阻止することができた。フェミニストは家族や男女を破壊するモンスターとして、自民党の仮想敵であり続け、結果としてうまく利用されてしまった部分があると、自戒を込めて思っている。
しかしこのまま24条を女の問題として面倒くさがっていると、同じ轍を踏むことになってしまう。
「個人の尊重」よりも「家族の尊重」が重視され、「婚姻の自由」もなく、「家族が助け合わなければならない」という社会は、女性だけではなく男性にとっても生きやすくはない

「個人の尊重」よりも「家族の尊重」が重視され、「婚姻の自由」もなく、「家族が助け合わなければならない」という社会は、女性だけではなく男性にとっても生きやすくはない。
自民党の改正草案には、男性が過剰な「家長」意識を持たされるしんどさがある。男女平等阻止や、ジェンダーフリーバッシングだって、夫婦別姓反対だって同じで、本当は女だけの問題ではなかったのだ。
結果として「男はとにかく働いて家族を養うものだ」「働かない男、稼がない男には意味がない」というプレッシャーにもつながりやすい。
家族が一番大事な人、男らしさや女らしさが大事な人、「家長こそが男の生き方、それを支えるのが女の生き方」と思う人がいてもいい。
でも、そうではない人、そうはできない人もいるのが、個人が尊重される社会だ。
24条改正は、女だけの問題ではないのだ。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
アベノミクス論争は無駄である
小幡 績 転機の日本経済
Toru Hanai-REUTERS

<論じても不毛なアベノミクスが、あるべき経済政策論議を混乱させている。本当に大事な論点は何か、整理する>

 アベノミクス論争は無駄である──アベノミクスは、存在しないからだ。

 アベノミクスとは何か──何でもない。なんにもないから、定義のしようもない。だから、議論も出来ないし、することは無駄である。アベノミクス、この道しかない、というのは、これからも何もしない、ということである。

 素晴らしい。

 なぜなら、現在、経済政策は動かないのがベスト、ある種のセカンドベストだからである。アウェーの戦い、何をやっても経済にはマイナスの局面では、我慢のとき、動かないことしかない。

 それゆえ、アベノミクスは中身がないところが、良いところ、唯一の良いところなのである。

 アベノミクスは中身が存在しないので、議論をすることは無駄である。

 しかし、賛成側、反対側が無駄な議論を続け、世論を混乱させているので、ここで経済政策に関して、論点を整理してみたい。

論点1)アベノミクスとは何か
 有力な解釈は4通り。

回答1-1 アベノミクスには実体がない。実体がないから何もない。

回答1-2 実体はないが、虚像はある。「デフレ脱却」という呪文を唱え続けることにより、世の中の雰囲気を変える。マインドコントロールともいえるが、日本経済に蔓延する過度の悲観論というマインドコントロールを解いたとも言える。よって、マインド戦略、あるいはイメージ戦略、である。というのが二つ目の解釈。

回答1-3 アベノミクスは存在しないが、クロダノミクスは存在する、という解釈。つまり、アベノミクスは日銀の金融緩和以外は何もない。

回答1-4 アベノミクスの本質はポピュリズムである。それ以外には何もない──株価が上がれば支持率が上がるのであれば、株価対策を全力で行う。現在は、株価対策では株価が上がらなくなってきた上に、株価対策と見られる動きを政治的に直接行うことは支持率を下げるため、直接の株価対策は止めた。その代わりに消費税増税、いかなる増税も不評なので、増税を在任期間中は中止した。それ以外の派手な財政出動は都市部の浮動票を減らすので行わず、財政再建という姿勢(ポーズ)は堅持した。

 ここでは、安倍政権になってからの経済政策全体として捉えることとし、もっとも広い解釈で、回答1-2と1-3と1-4を組み合わせたもの、つまり、デフレ脱却、という呪文を唱え続け、経済政策を一生懸命やっている、という姿勢を見せ続ける、というイメージ戦略と日銀の大幅な金融緩和政策、ポピュリズムの増税中止(ベースラインから見れば減税)の3つを組み合わせたものがアベノミクスであると定義しよう。

真のアベノミクスとは、真の三本の矢、

1 ポピュリズム減税
2 日銀依存の金融緩和
3 呪文によるイメージ戦略

により構成されている、というのがここでの結論だ。

論点2)アベノミクスは成功したのか
幅広い解釈に基づき、政権サイドの目的からすれば、就任後3年が経過しても、一定の支持率を保ち、選挙も勝ち続けてきたから成功と言えるだろう。政権維持という目的は達成されている。

論点3)アベノミクスで経済はよくなったのか
 これは選挙的には、次の論点になる。

論点3-1 民主党政権時と現在の安倍政権時では、どちらの方が経済の状態が良いか

 景気ということであれば、ここは解釈の余地なく、現在の方が良い。GDPの水準で見ても、雇用数で見ても、どの数字をとっても現在の方が景気は良い。

 長期的な経済状況という意味では、どちらも良くも悪くもない。長期的な日本経済の状態に変化はない。

 一方、金融政策や財政状況により、長期的なリスクが現在の方が高まっている。

 よって、短期的な景気はよくなったが、長期的なリスクは高まった、というのが公平な評価であろう。

論点3-2 その結果は、アベノミクスによるものか。あるいは民主党の経済政策によるものか。

 どちらでもない。

 これが経済政策論争、アベノミクスが、今回の参議院選挙、前回の衆議院選挙で争点にならなかった理由である。今回の論戦もすべて無駄である。

 なぜなら、日本経済は、アベノミクスと無関係に回復しているからである。

 アベノミクスで経済は良くなったのか──関係ない。

 短期的な景気は安倍政権になってとてもよくなったが、それはアベノミクスによるものではなく、いかなる経済政策によるものでもない。

 日本経済は、自律的な景気循環および、世界的な景気回復により、景気がよくなったのである。

 したがって、現在の景気状況に基づいて、経済政策論争、これまでの経済政策の評価をすることは意味がない。

 現在の政策論争の論点を挙げてみよう。

論点A)民主党政権時の方が経済成長率が高い

 これは事実である。しかし、民主党の経済政策が良かったことを意味しない。リーマンショック後であるから、急激に落ち込んだ反動で景気が大きく回復したからである。増加率が大きいだけで、GDPの水準は低く、2010年から12年の方が経済状態が良かったというのは誤りである。経済政策が現在よりも良かったかどうかも分からない。状況が違いすぎて、客観的な比較は出来ない。意見は様々であろうが。


論点B)25年ぶりの低い失業率、高い有効求人倍率となっていて、現在は非常に景気が良い。これはアベノミクスの成功を表している。

 失業率が低く、有効求人倍率が高いのは事実であり、新卒の雇用状況も非常に良く、新卒に限って言えば、正社員になろうと思えば、なれる確率は近年では最高である。一方、これは景気が良いことをあらわしているわけではなく、経済政策のおかげでもない。

 通常は、経済政策は雇用政策である。景気対策が必要なのは、失業率が高いと社会的にも経済的にも損失が大きい、とりわけ若年層の雇用が少ないと、若者が労働市場だけでなく社会からドロップアウトしてしまい、経済的にだけでなく社会的に大きな損失となってしまうからである。そのため、失業率が高くなれば、景気対策をして失業を減らすわけである。

 しかし、現在は、これらの議論が当てはまらない。

 第一に、失業率が低いことは景気が良いことを意味しない。失業率と景気とはリンクしないのである。失業率が低いのは、構造的な人手不足によるものであり、景気とは別次元で決まる。失業率が低くても景気が悪いことはありうる。

 一方、失業率が低いことは、したがって、現在の経済政策がうまくいっていることは意味しない。人手不足をもたらしている経済政策であり、構造的に労働市場の発展を阻害している可能性もある。ただし、これは政府の政策で解決できる問題ではなく、長期的な問題である。長期的な経済政策、本当の意味での成長政策が必要である。それは成長戦略ではない。戦略などで出来るものでなく、社会的に地道な積み重ねによるものであり、一歩一歩、社会を良くしていく事でしか実現できない。

 したがって、目先の経済政策論争と失業率とは、現在の状況においては、無関係なのである。

 雇用の増加は、失業率よりは景気に連動した指標で、雇用が増えているということは、経済活動が増えていることになるだろう。

 ただし、現状の雇用の増加のほとんどは65歳以上の労働人口の増加によって説明できる。これは、65歳以上の経済状況が以前よりも悪いために働かざるを得ないという面もあるし、長寿化、健康化により、高齢者が働く意欲が強くなったとも言える。団塊世代が65歳以上世代となったから、絶対的な人口が増えていることも大きく、これが一番の要因であり、したがって、雇用の増加も必ずしも景気改善を、現時点では意味していない。

論点C)消費税8%引き上げの影響

 アベノミクスは成功したが、現在、景気がいまひとつなのは、消費税を引き上げてしまったことが要因である。すべての元凶は消費税8%への引き上げである。

 この議論については、当然正しい。消費税率を引き上げて景気がよくなる可能性はゼロである。駆け込み需要により、一四半期GDP増加率が急増する可能性はあるが、その反動減があるので、プラスになる可能性はゼロである。これは、すべての増税に当てはまる当然の理である。税負担があがれば、経済活動は縮小する。

 問題は、消費税を上げるべきであったか、否か、であるが、それは意見の分かれるところだ。

 ともかく、目先の景気拡大、GDPの増大を考えるのであれば、増税しない方が良い。長期的な財政の健全性を維持し、長期的な経済の健全な発展を目指すのであれば、現在の日本においては、増税したほうが良い。ここまでは疑問の余地がない。

 議論が分かれるのは、増税した方が、年金財政の健全性にプラスであることから、中年世代(特に50代で、退職後のことが念頭にあるが、まだ年金の受け取りが始まっていない世代)の消費に対しては、将来不安を減らすことから、むしろプラスである面もあることを、どの程度評価するか、ということだ。増税で将来不安を減らすというよりは、現在起きているのは、増税を何度も延期することで、むしろ将来不安が増えていることで、これが消費にマイナス、景気にマイナスで、消費税増税中止が意外と景気にプラスになっていないことである。

論点D)アベノミクスにより株価が上がったのか

 アベノミクスで経済がよくなったわけではないが、株価は上がった。これは事実だ。

 要因は4つある。

 1つは、世界市場がリスクオンに入り、世界的な株価上昇局面が始まっており、それが日本市場に波及してきた時期に、安倍政権が誕生したこと。タイミングが良く、世界の流れを受けたということだ。

 2つめは、黒田日銀による異常な金融緩和だ。これは投資家の度肝を抜き、予想以上に株価が上昇した。

 3つめが、アベノミクスによる株価上昇である。デフレ脱却という呪文が効いた。日本市場は総悲観論が蔓延していたが、悲観論の呪縛を解いたのが、この呪文だった。これこそがアベノミクスの成果、経済への影響を含めて、唯一の成果であると言っていいだろう。

 4つめがGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の日本株偏重投資への傾倒である。これも、安倍政権によるプレッシャーの結果であるという見方が一般的であり、それが事実であれば、アベノミクスがもたらしたもの、と言っていいだろう。

 黒田日銀をもたらしたのは安倍政権だから、任命による貢献があり、これもアベノミクス効果に入れるとすると、2、3、4による株価上昇はアベノミクス効果と言ってよい。

 一方、これによりリスクが高まったという面もある。

 いわば、今は株価が上がっているから良いが、2016年初頭から日本株は下落が続いており、これは、アベノミクスにより株価が上昇した分の効果が剥落しているものである。世界的な株価下落の流れを受けてはいるわけだが、先進国では、日本だけが突出して暴落している。その理由は、2015年の日本株の上昇がバブルであったからであると思われる。これはGPIFの日本株傾斜という事実がきっかけになっていると思われ、政策的なバブルであったと言えるから、暴落も政策の結果と言えるだろう。また、上昇局面では4つの要因のうち3つがアベノミクスによるものであったが、その根本は1に挙げた世界的な株価上昇の流れにあった。アベノミクスの効果は、これを加速させたもの、この流れに乗ったもの、いわばレバレッジをかけたものであったから、それが逆回転して、世界的なリスクオフのショックに日本だけが飛びぬけて脆弱であることも、政策レバレッジの影響であるだろう。

 これは、今後、さらにリスクが大きくなる、ダウンサイドシナリオが実現する可能性もある。過度な金融緩和からの脱出が不可能に見える中で、それが必然だとすると、短期的な株価上昇は、長期的なバブル崩壊、金融市場崩壊という大きな致命的なリスクを膨らませているとも言える。ただし、この点は、リスクがあることは事実であるが、その可能性が高いと見るか、低いと見るかは、意見が分かれるところであろう。

アベノミクスの今後 リスク
 論点は3つあるだろう。

1)日本国債市場リスク

2)財政破綻リスク

3)株式市場リスク

 まず、1は逃れられないリスクだ。

 ただ、これはアベノミクスではない、日銀のせいだ、と政治から切り離すことは可能である。一見、無責任であるが、結果的には、国債市場を安定化するためには、政治から切り離したほうが便利だ。そのときの政権がどのような政治的枠組みであろうが、淡々と、日銀の執行部を入れ替えるなり、なんなりして、過去の日銀の金融政策を一旦葬り去って、新しい枠組みで救済するしかない。それが出来る分、手段はあると考える。

 ただし、国債市場の混乱は必ず起こるので、ダウンサイドシナリオではなく、必然シナリオであり、そのタイミングがダウンサイドに触れるか、軟着陸に近い形になりうるかに影響するだろう。

 どういうことが起こるかについて、タイミング、プロセスなどについては、別の機会に論じたい。ここでのポイントは、このリスクが生じたのは、日銀の異次元金融緩和によるものであるから、アベノミクスがなければ存在しなかったリスクであり、100%アベノミクスによるリスクといえる。

 2の財政破綻リスクは、従来から存在したが、消費税引き上げ中止により、その可能性は高まったから、アベノミクスによりリスクが増大したといえる。ただ、今回の選挙でも大幅な財政出動が約束されたわけではないから、自民党の伝統的な政策、財政支出によるばら撒きも、ヘリコプターマネーの基礎となる地域振興券などの現金のばら撒きも大規模には行われていないから、当初のアベノミクスの機動的な財政出動と銘打った政策からの予測よりは、リスクは高まらなかったと言えるかもしれない。

 これは、消費税引き上げの中止により、永遠に消費税引き上げが不可能になり、財政破綻が必然となることを決定付けた、と考えるかどうかにより、変わってくるだろう。

 個人的には、これも別の機会に議論するが、消費税率が8%か10%で財政破綻したほうが、20%になってから財政破綻するよりはましだと考えているので、財政支出大幅拡大、消費税10%と財政支出横ばいで消費税8%なら、後者の方がましだという評価である。

 3は、常に存在するのであるが、これは日銀の金融緩和とGPIFの日本株への傾斜により拡大したと考えられる。異次元緩和第一弾では、異常な割安から妥当な水準に戻ったので、株価はバブルとは言えず、2014年10月末の追加緩和によるバブルが起き、それは2016年に入って崩壊したと考えられる。マイナス金利は逆効果だったので、ただ株価を下落させた。

 トータルで言えば、世界は圧倒的に変動が大きくなり、国内株式や為替(円)の変動が大きくなったのは、アベノミクス、サプライズ戦略を中心とした金融政策によるものであるから、その意味で、アベノミクスによりリスクを大幅に拡大したと言えるだろう。

最後にGPIFによる株式投資による、年金財政への影響を考える
 一方、GPIFは2014年10月末以降のバブルを作ったが、それは崩壊してしまったので、効果はなく、今後のリスクだけが残ったことになろう。ただし、2013年から、政権の動きとしては、GPIFに日本株を買わせるというものがあり、これを材料に海外投資家を中心に日本株を買い進んでいたから、妥当な水準に株価を戻すことに効果があった部分もある。

 ただし、一番の問題は、株を買い増ししてから、世界と日本の株価は大きく下げており、現在2015年度に5兆円の損失が出たと推定され、その公表を意図的に延期しているという報道もあり、また、現在の下げで、4~6月期にも5兆円程度の損失が出たのではないかという推計も報じられている。さらに今後も下がる可能性はある。

 ただ、2013年から株価が大きく戻したことによる利益もあるので、アベノミクスによる年金財政への貢献はなんとも言えない部分もある。しかも、どの部分が異次元緩和によるものか、世界的な株価の回復だけによるものか、判断は難しい。いつかは回復したはずと考えれば、異次元緩和は関係ないことになるが、回復したのは異次元緩和によるものであるから、それはかなり偏った意見であろう。

 ここで、確実に言えることは、GPIFが資金配分を変更した2014年10月末以降のパフォーマンスについて比較すると、つまり、日本株などへの配分を増やさなかった場合と比較して、どれだけ損失が大きくなったか、ということを考えると、買い増しのタイミングの厳密な推計は出来ないが、かなり高くなってから買い増しを行ったと思われるため、かなり大きな損失が(少なくとも数兆円オーダーで)、配分変更によりもたらされたと考えられるため、配分変更は失敗だったと言えるだろう。もちろん、今後、配分変更により利益が多く出る可能性もあるから、現時点だけの判断が正しいわけではない。ただし、変更がピークに近いタイミングで行われたことは運が悪かったか、稚拙だったか、どちらかの評価になるであろう。

以上引用

わかりやすくうまくまとまっている。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。