もうちょっとなのに

どこななんだ??

第10章でもお伝えした

「どうしたいか」ということですが、

この「どうしたいか」は

はっきりしているのに

「やり方」がわからない、

そんなことって結構ありますよね。

 

 

幼少期の体験は

人生の縮図のようです。

 

目的地は

はっきりしているのに

行き方がわからない。

 

6歳のときに人生のヒントを見つけたお話です。

 

さて入学式が終わり楽しみな

小学校1年生の初登校日になりました。

 

期待に胸膨らませてと

言いたいところですが私は

ものすごく不安で胸が一杯になっていました。

 

入学式のときに

はっきりと学校に行った記憶はあります。

 

入学式でもらった

桜の木もうちにありました。

 

しかしそこまで行く

行き方を

しっかり覚えていませんでした。

 

 

なにしろ一人で小学校に行くのは

この日が初めてです。

 

 

何するところかも

よくわかってないわけです。

勉強するところというのはわかりますが、

学校の勉強も未体験です。

 

まずは小学校につかないといけません。

うちから外に出たものの

さっぱり見当がつきません。

 

そとであまり遊んでいなかったので

外に出られる嬉しさはあったものの

最初の障害に出会ってしまいました。

 

100メートルくらい行ったところでしょうか。

私はランドセルを背負っていることに気が付きました。

 

ランドセルを背負っている人に

ついていけば小学校に着くのではないか??

 

そうして見渡すと

少し体の大きい子達が

ランドセルを背負って

同じ方向に進んでいきます。

 

ここですこし不安になってきます。

「ほんとに同じ小学校にいくのかな??」

 

違っていたらまたそこで聞いてみよう。

そんなふうに思い直して

ランドセルを背負った大きな子達の後を

ついていくことにしました。

壁のある場所

予想は的中して小学校に着きました。

 

が、が、が、

 

ここで私の人生において大きな

教訓的な出来事が起こります。

それは教室がわからないということです。

 

学校について、

入り口も正門もわかりました。

 

校舎に入ったものの

上履きを置く下駄箱がわからない!!

 

当時の私の通っていた小学校は

全校生徒1000名。

 

一学年8クラスありました。

 

クラスごとの下駄箱が約50あるわけです。

 

「1年生の下駄箱どこですか?」などどきいて

「あっち」あれここじゃない

 

 

「一年生の下駄箱どこですか?」と聞けば

「まっすぐ進んで右側」、、行ってみるとまたよくわからない。

 

そんなことを繰り返して下駄箱がみつかりません。

外に出て見ると教室の校庭側に

クラスの番号が貼ってあることがわかりました。

 

下駄箱を探すのはやめて校庭にでて教室を探しました。

 

1年1組「1−1」という表示がみえました。

教室はわかったものの校庭から

入口はありません。

また下駄箱を探していたら

今度は教室がわからなくなりそうです。

 

 

 

校庭から教室を見ると、

レンガで囲った小さな池に金魚が泳いでいました。

その横に非常口を見つけました。

 

 

恥ずかしさもいっぱいでしたが、

勇気を振り絞ってその非常口をノックしました。

 

中にグレーのスーツに

赤の蝶ネクタイをした先生らしき人がみえました。

 

開けようとしても

外側からは開きません。

 

中にいた先生は

「今日だけだよ」といって非常口を開けてくれました。

恥ずかしさもいっぱいでしたがそこで

上履きに履き替えて無事に教室に到着したのでした。

 

同じことをすれば解決するものの恥ずかしさの壁がある

 

道を覚えるのは早い方ではない。

これは先入観を持たないという意味では

良い作用もある。

 

次の日も道は覚えていなかったので

同じようにランドセルを背負った子の

あとについていった。

 

しかし自分で行き方を

把握していたわけではありません。

 

何日かたって遅刻しそうになったときに、

すでにランドセルを背負った子が見つからない時がありました。

 

このときは道行く大人の中で教えてくれそうな人に

道を聞きながら学校まで行きました。

 

 

そんなに遠いわけではないし、

2,3日そんな事があったくらいだと思うが、

私の中では半年くらい迷っていたような

大きな出来事になっています。

 

人生の教訓

目的地が同じ人を見つける

というのは良い発想だった。

 

事実、能楽界に入ったときは

先生も先輩も舞台経験豊富な能楽師です。

すべてが学びになります。

ところがそれだけでは近いところにしか行けないのです。

 

多くの不安感、恐怖感は

切り替わる少し手前に起こる。

言葉を変えればゴールに近づいたときに壁はできる。

 

全部、壁だったら

万里の長城のように上を歩けばいいわけです。

実際に全部壁ということはありません。

 

教室がわからなかったことで

一番困ったのはついてからです。

 

スタートのときはおおよその方向がわかるので

玄関を出てしまえば大した不安はない。

 

またランドセルを背負った

同じところに行きそうな人も

時間帯ですぐに見つかる。

 

最後の学校についたときに

最終目的地がわからないという

不安に駆られる。

 

郵便を送るのも

マンションの部屋番号の末尾一桁が

わからなければ送れないわけですから

 

「詰め」というのは

本当に大事なことだと思います。

 

はじめての場所でも

ナビで目的地を設定して

おおよそは間違えないで

行ける時代になりました。

 

 

それでも最後の最後、

その家どこにあるの?

 

とかビルの何階ですか?

 

最後をしっかり詰めておかないと

結局余計に時間がかかってしまう。

 

知らない場所を訪問するときに

おおよそ近くに来てから

建物を探す場合も多い。

電話などで場所を聞く場合も

近くからというのがほとんどだと思う。

 

この最終目的を

より綿密にイメージをしておかないと

近い所まで来てから

ものすごく時間を使うことになる。

 

この体験を

小学校1年生のときにできたのは

小学校の最大の学びではないかと思っている。

 

 

舞台でも

初めての会場に行くことは多いです。

 

舞台に集中するためにも

会場にすんなり入り、

楽屋にいつも来ているように入り、

入り口を探すようなストレスなく、

スムーズに行くように地図を見て、

 

会場に迷わず到着するようにすることは

精神面にも大きく影響します。

 

特に内弟子中は

自分の舞台ではなく

師匠や仲間に会場の入り口を

伝えることも多く神経を使います。

 

また「全体」は「部分」に似ているという

自己相似の法則があります。

 

目的地に近づいたときに

障害が出てくるパターンは

大きな物事にも通じていて、

障害の起こるポイントというの

はおおよそ目的地に付く前と始める前です。

 

 

この始める前というのは

結局の所、切り替わる手前ですから、

節目の手前、目的地の手前

どんな言い方でも

「もうちょっと」というところです。

 

「もうちょっと」と壁の出現ポイントは同じです。

 

原稿を作っていてもあとは

保存だけというときに消えてしまったり、

夫婦関係においても

 

死別も含めてお別れの少し手前には

大きな問題が待っています。

 

壁のある場所を知っているだけでも対処の心構えができるものです。

 

しつこいようですが、

何かの区切りの少し前に

問題が出てくるというのは

嫌というほど身にしています。

 

この小学校初登校の体験はいまでも生きています。

 

さて次は「第12章 弟の病気」です。

 

https://ameblo.jp/yuji-nohgaku/entry-12598907447.html

 

 

生まれる前

第01章【誕生前】 選んだ家庭
第02章【 0歳 】 誕生

幼少期

第03章【  2歳  】 トイレに落ちるのをこらえていた
第04章【 4歳 】 幼稚園に送迎なしで通っていた
第05章【 4歳 】 祖母にコップで殴られる
第06章【 4歳 】 祖母に仕返しをする
第07章【 4歳 】 茶化されるのが嫌い
第08章【 4歳 】 ブランコの鉄パイプが顔に刺さる
第09章【 4歳 】 本をひたすら開いていた
第10章【 5歳 】 世田谷線を止める

小学生

第11章【 6歳 】 小学校初登校
第12章【 9歳 】 弟の病気
第13章【 9歳 】 柔道を始める
第14章【 10歳 】 給食着の紛失
第15章【 10歳 】 光に包まれる

中学生

第16章【 13歳 】 父が亡くなる
第17章【 13歳 】 ギターを始める
第18章【 14歳 】  国士舘大学の柔道部にゆく
第19章【 15歳 】 天敵が現れる

高校生

第20章【 15歳 】 サッカー部に入る
第21章【 17歳 】 交通事故
第22章【 18歳 】 柔道大会で優勝する
第23章【 18歳 】 ビンテージギターを手にする
第24章【 18歳 】 テンプル大学とのご縁
第25章【 18歳 】 引っ越し
第26章【 18歳 】 衝撃の初月給

大学

第27章【 18歳 】 テンプル大学「卵」と「バナナ」
第28章【 18歳 】 アメフトを始め防具を譲り受ける
第29章【 19歳 】 失恋劇場は上手ばかりではない
第30章【 19歳 】 座間キャンプで英語が通じない
第31章【 19歳 】 小鼓を初めて見る
第32章【 19歳 】 休学する
第33章【 20歳 】 国立能楽堂に願書提出

国立能楽堂研修生

第34章【 20歳 】 国立能楽堂の試験
第35章【 20歳 】 人生を決めた一冊「行動学入門」
第36章【 21歳 】 国立能楽堂の稽古とアルバイト

内弟子

第37章【 23歳 】 20年の運転が始まる

独立

第38章【 32歳 】 独立記念能
第39章【 41歳 】 演奏家の妻と結婚
第40章【 42歳 】 娘が誕生
第43章【 43歳 】 舞台から集中治療室に運ばれる

退院後

第42章【 43歳 】 退院後に待っていたもの
第43章【 43歳 】 いのちの電話
第44章【 44歳 】 野菜自給生活
第45章【43~47歳】社会勉強勉強でセミナー通い
第46章【 44歳 】 自分を変えなければ何も変わらない
第47章【 47歳 】 重要無形文化財能楽保持者の認定
第48章【 47歳 】 初出版『ビジネス版「風姿花伝」の教え』
第49章【 49歳 】 読書の習慣化
第50章【 50歳 】 神社とお寺に立ち寄る習慣

まとめ

これから