20年の運転生活
第23章は
一度チャンスを逃すと次の節目まで
膨大な時間がかかるということを学んだ体験です。
師匠の家の近くに引っ越すようにと
すすめがあり中野区に引っ越しをしました。
駅から1分、
師匠の家まで歩いて
5分ほどの線路沿いのアパートでした。
この頃は能楽界は舞台数も多く
毎日荷物を運んで過ごしていました。
23歳のときある夕方に
「免許証を持ってくるように」といまれました。
いつも財布に免許証は入っていたので
何の用事か出かけていきました。
そうすると道すがらにある駐車場に
新車が納入されていました。
「これから運転してもらうから」といわれました。
えっ
実は19歳で免許を取ったとき
友人の別荘がある御宿までいくことがありました。
行く途中も危ないことは
結構ありましたが
かろうじてぶつからずに御宿に着きました。
細い土手の上の道を走っていて
向かいからトラックが来ました。
このトラックと正面衝突!!
かろうじて助かりましたが
土手からはみ出て落ちそうになったことがあります。
このとき以来、
「運転はしない」ときめていました。
免許取得後、
一回しか運転していない状態です。
拒絶したらやめさせられるかもしれません。
運転自免許は自分の収入でとりました。
その時点では車を運転する気は満々でした。
しかしながら
初めての運転でトラックと正面衝突寸前になり、
高校の時の交通事故の記憶もあり、
かっこつけて車を乗るより命の法が大切です。
無理をしてリスクの高い運転にとりくむより、
稽古に取り組みたいと思っていました。
そんなこともあって
人を乗せて走るというのは自分だけでなく、
乗っている人もその家族も、
また自分の親、
親戚に対する責任も重く23歳の私にとっては
責任をとれる範囲を超えていました。
そして運転には向いてないと思っていました。
教習所を出てから
2回くらいしか運転もせず4年ぶりです。
それが急に運転することになってしまいました。
なんとか事故を起こさず戻ってこられましたが
最後に車庫入れでドアをこすってしまいました。
ここから毎日の運転責任に対する
精神的重圧は
舞台の10倍くらいエネルギーを消費しました。
帰ってくると目も神経もすりへって
毎日死にたいほどの疲労でした。
最初が肝心
自分のルールを破ったときに
うまくいかないことが起こります。
ここで運転を断らなかったため
にこの日から20年運転手をすることになるのです。
人生で20年変わらないってすごいことです。
自由にすればいいじゃないかと言うことですが、
思考、想像の自由が
全くなくなって
ただただ
毎日を過ごすだけだったように思います。
なにしろ高校の時の交通事故から
交差点に来ると横から車が来るような感じで
動悸がするような状態です。
交差点にさしかかるたびに
ブレーキを踏んでしまいます。
そのたびに恫喝される。
そんななかでも
人生に必要な体験なんだと
自分を納得させて生きていました。
今になって思ってみれば
貴重な期間だったと思います。
運手している期間には
早く解放されたいという思いしかありませんでした。
一番長いときでは名古屋まで行き11時間、
帰り6時間無休で運転したこともありました。
目の前にやってきた課題を
しっかりと受け止め開く才能もあるとききます。
このときは
ほんとにこのまま隷従して
人生が終わってしまうのではないかという不安ばかりでした。
そしてロボットのように
言われたことを遂行し
なんの面白さも感じなくなってきました。
また26歳の国立能楽堂の研修終了時も、
32歳の独立の時も
「もうそろそろ運転も大変だろう」という言葉は
ありましたが運転は継続しました。
タイミングを逃すと
新幹線の駅のように
次のタイミングが来るまで
非常に長くかかるということを学びました。
その中でも
貴重なことはたくさんあり
多くの先輩、先生方からいただいた言葉は
大きな心の支えになりました。
ある日、朝の5時に
ゴルフのお迎えにいったとき
大先輩がこんなことを話してくれた。
「50になったときに能楽師としてスタートラインに立ったような気がした。」
当時はまだ30代、
スタートまではずいぶん遠いと感じていたものです。
稽古場で鼓を打つより
ハンドルを握っている方が長かったので、
送迎の行き帰りなど車の中が稽古場でした。
独立の時の道成寺の稽古も
大半は羽田空港を往復する高速の上でしていました。
こんな生活ですから、
この世は魂が遊びに来ている
遊園地と思えるようにようになってきました。
それぞれの能の舞台のように
役柄を演じているだけ。
そう思えばその役を精一杯演じることで
人生が充実する。
しかしてこの運転は43歳の脳梗塞で入院するまで
継続するのでした。20年長い期間です。
次は「第32章 独立記念能」です。
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