PGTについての一考察 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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F&S RepのEditorによるPGTについての一考察をご紹介します。

 

F&S Rep 2023; 4: 329(米国)doi: 10.1016/j.xfre.2023.11.002.eCollection 2023 Dec

要約:PGTの最大の問題点は、PGT-Aのプロセス(TE細胞生検とDNA増幅及び分析)が非常に非効率であり、胚移植率が低い(=胚廃棄率が高い)ことです。最大規模のランダム化試験では、移植可能胚の約50%にロスがみられたと報告しています。多数の卵子が獲得できなければ(胚移植率が50%だとすれば)PGT-Aをすると追加の採卵が必要になります。たとえば、1人出産するために3回の採卵が必要な方は、PGT-Aを実施するととその2倍、つまり6回の採卵が必要になります。また、完璧な検査は存在しませんので、偽陽性(正常を異常あるいはモザイクと診断)があれば、潜在的に生存可能な胚が廃棄されることになります。また、TE細胞生検による細胞損傷によって着床率が低下を考慮しなければなりません。ドナー卵子を用いた治療では、PGT胚とPGT非実施胚が五分五分であるため、PGTによる胚ダメージの検討がしやすいです。たとえば、ドナー卵子から10個の胚盤胞が得られた場合に、1つずつ移植すると5人の赤ちゃんが誕生します。しかし、PGTを行なうと6個が正常であることが判明し、移植すると3人の赤ちゃんが誕生します。つまり、40%のロスが生じます。また、ドナー卵子から得られた胚は胚ダメージが少ない可能性があるため、年齢が高い不妊患者に当てはまるかどうかは定かではありません。PGT-Aに関するもう 1 つの問題点は「モザイク現象」です。PGTが始まった当初、モザイク胚は移植されませんでしたが、現在はモザイク胚から多くの元気な赤ちゃんが誕生しており、モザイク現象は「ノイズ」と考えるのが最も適切かもしれません。

 

解説:PGT-Aは良好胚を選択することにより、単一胚移植の促進と多胎妊娠リスクの低下が見込まれます。しかし、採取した細胞が胚全体を表していない場合や検査自体が不正確な場合には、赤ちゃんになれる胚の廃棄につながります。NGS法の解像度が向上するにつれて、モザイク胚や部分的異数性胚が認められるようになり、その取り扱いに注意が必要ですが、世界的に定められた基準は現在のところありません。本論文は、現在のPGTの問題点を簡潔に指摘しています。

 

PGTについては下記の記事を参照してください。

2023.12.30「☆PGTで異常胚あるいはモザイク胚と診断された胚の正常胚率は?

2023.11.19「☆モザイク胚の取り扱いについて:ASRMの見解

2023.11.18「☆モザイク胚移植の予後調査

2023.10.18「☆PGTの臨床成績:日本の多施設共同研究

2023.10.5「☆4PN由来正常胚移植で健常児出産

2023.9.28「☆年齢によるモザイク現象の頻度の違い

2023.9.23「卵巣反応不良(POR)での正常胚獲得率

2023.9.9「☆PGT-Aによる単胎妊娠の周産期予後

2023.8.10「☆母体年齢は正常胚移植の妊娠成績に影響するか:メタアナリシス

2023.8.7「胚盤胞の液胞の有無と正常胚率の関係

2023.5.25「☆モザイク胚のカットオフ値は、20~80%より30~70%が良い

2023.3.27「☆低頻度モザイク胚移植で胎児異常

2023.1.25「カオティック(chaotic)異常胚で健常児出産!?

2022.12.25「☆☆PGTは有効か否か

2022.11.27「不育症患者における染色体異常の有無による妊娠成績:メタアナリシス

2022.11.25「☆若年の卵子凍結と高齢の採卵PGTどちらが良い?

2022.10.18「☆PGTは37歳以下では累積出産率は改善しない

2022.9.25「☆初回採卵PGTで異常胚のみだった場合の2回目採卵PGTの結果は良好!

2022.7.3「☆異常胚やモザイク胚移植で8名誕生

2022.4.10「☆胚盤胞にならないのは染色体異常のせい?

2022.3.29「PGTによる周産期リスクは?

2022.2.5「☆新しい発想の着床前診断法:マウスでの検討

2021.11.18「☆モザイク胚の取り扱いについて

2021.5.12「niPGTの診断精度は?

2021.5.4「☆非侵襲性PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2021.5.3「☆モザイク胚移植1000個の成績

2021.4.9「PGTのバイオプシーによるマイナス効果はあるか?

2021.2.10「PGT-Aの母子への影響は?

2021.1.19「☆真の着床障害は本当は少ない!?

2020.12.4「☆PGT-Aは正しく妊娠予後を予測できるのか?

2020.11.4「PGT-A胚は妊娠判定日のhCGが低くなる

2020.9.13「PGT-Aの際の新しいバイオプシー方法

2020.7.3「☆PGT-A:バイオプシー方法による違い

2020.5.19「☆PGT-Aはメリットが誇張され、デメリットが過小評価されている

2020.3.27「PGT-Aの際に顕微授精は必須ではない

2020.1.29「☆PGT-Aで出産率は改善するか

2020.1.10「正常胚の出産率予測には桑実胚になるまでの時間が重要

2020.1.9「☆PGT-A vs 形態学的選別:多施設ランダム化試験

2019.10.30「世界の体外受精の成功率が低下しているのは何故?

2019.10.3「☆刺激周期も自然周期も正常胚率は同じ

2019.9.23「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その2

2019.9.21「☆7日目正常胚盤胞も十分妊娠可能 その1

2019.9.5「モザイク型の染色体を持つ夫婦のPGT-Aの是非

2019.7.5「PGT-Aの正確性は?

2019.5.13「胚盤胞のPGT-Aの正確性は?

2019.3.12「モザイク胚100周期の移植経験

2019.2.19「PGT-Aでメリットがある方は?

2019.1.29「染色体一部モザイク(segmental mosaic)の取り扱い

2018.8.19「☆PGT-A:賛成派 vs. 反対派

2018.7.17「PGS(PGT-A)の精度は?

2018.6.22「☆モザイク胚や異常胚の移植について

2018.6.10「☆モザイク胚の淘汰:マウスモデル

2018.6.3「モザイク胚の特徴は?

2018.5.31「Q&A1845 PGS異常胚の出産

2018.4.6「☆PGSの真価は?

2018.4.5「☆PGSについて:ASRM公式見解

2018.3.22「Q&A1772 モザイク胚について2

2018.1.29「☆モザイク胚を移植したらどうなるか?

2017.10.31「Q&A1627 ☆モザイク胚について

2017.1.24「☆ASRM:PGS特集 その1 モザイクの取り扱い

2016.8.9「☆女性の年齢別染色体異常頻度 その2